逃げ出した王女は隣国の王太子妃に熱望される

風子

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兄と妹

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「ねーさまと市井に行かれたそうですね」

「ああ、もう伝わったのか?」

「当たり前ですわ、私にもバロンは付いておりますわ」

「そうだな」

王家の者にはそれぞれバロンと呼ばれる影の部隊が付いていた。
必要な情報を集めることができる。
決して表に出ることはなく顔を見せることのないバロンは、昔から王家を裏から支えてきた組織である。

バロンを統括しているのはウェルズス家であり、ウェルズス家は宰相として王家を表から支え、裏ではバロンを率いて護ってきた。
バロンの今のリーダーはスタンリーである。
その為、バロンとの繋がりが一番強いのは今やベルラードだ。

「お前こそ、ヨハンにルリアを抱えさせたらしいな。聞いてるぞ」

「まぁ、口の軽い男は嫌いですわ、まったく!
お兄様の願い通り、ねーさまと仲良くしているのですから問題ないでしょう?」

「‥‥そうだな‥‥」


突然、執務室にやってきたマリエットは、忙しそうに書類を書くベルラードを気にも留めず話し続ける。

「独占欲のかたまりだったお兄様が、少しは成長されましたのね」

「選ぶのはルリアだからな」

「まぁ‥‥」

「前のように囲い込もうとして、ルリアの命を危険に晒すようなことはしたくないのだ。
たとえここを去っても、ルリアが無事でいてくれるのなら、それで良い」

「お兄様にこんな短い時間で愛を教えるとは、やはり大国の王女は只者ではございませんわね。‥それで?」

「‥何だ?」

顔も上げずに仕事をするベルラードに、少し苛立つようにマリエットが食い下がる。

「ここを去らせるつもりがないから市井を見せたのでしょう?
本来、私がやろうと思っていましたのに横取りですわね」

「何のことだ?」

マリエットの言葉に顔色ひとつ変えずに手を動かし、サインを終えた書類はヘイルズがまとめていく。

「まぁ、白々しい。ねーさまは安易に市井で暮らせると思っていましたから、実際市井で働く者達を見せれば、自分の立場を理解すると思いましたわ。
お兄様もそれが目的でしょう?
ねーさまが市井に降りたとしても働けるわけがないんですもの。
お兄様もねーさまにそれを解らせる為にお連れになったのでしょう?」

「いいや、選ぶのはルリアだ。
俺はただ参考までに連れて行っただけのことだ」

「善人ぶったことを仰いますのね。
まぁ、いいわ。ねーさまがどうするかは、これから分かることですから」

立ち上がると側に立っていたアロンを見て、

「ここはお茶も出ないものですから帰りますわ!」

と嫌味を言って出て行ってしまった。

ベルラードは一度も顔を上げないまま続けている。
書類は山積みになっていた。
忙しいのは当然のことだが、マリエットと顔を合わせなかったのには、やはり訳があった。

選ぶのはルリアだと冷静に返したものの、ヨハンにルリアを抱えて運ばせたのは妹のマリエットだ。
あんなに細くて柔らかいルリアを、俺以外の人間が触るなど許せるはずもない。

マリエットが妹でなかったら、殴っていたかもしれない。
顔を見れば文句を言ってやりたくなる。

だがマリエットの気分を害して、ヨハンの味方にでも付かれたら大変だ。
ルリアはマリエットをかなり信頼している。

マリエットを敵に回してはルリアが遠のいてしまう。
マリエットはなかなか悪知恵の働く女だから、気をつけなければならない。
我が妹ながら厄介な奴だ。

夜会までには、ルリアからここに残ってもいいという返事をもらいたい。
追い詰めるような事は、もうしたくないが、どうやったらここに残りたいと思ってるもらえるだろうか‥‥
女性が喜ぶことなど考えたこともない。
まったく未知の領域だ。

「はぁ‥‥」

手を止め、ため息を吐く。

「殿下の心がここにないことは分かっておりますが、少しは集中して下さい」

「無理だ‥」

ヘイルズは主君の気落ちする姿を新鮮に思っていた。
五つ年下のベルラードが思い悩む姿などほとんど記憶にない。
公務でも自分に課せられた責務を即断即決し全うしている。

それが今はどうしたら良いか分からずに何もできないでいる。
これは由々しき事態である‥‥

「殿下、ルリア様は花がお好きでいらっしゃいますから、今人気の植物の香りを自分好みに作れる店などはいかがですか?」

ガタンッ ガシャン ガチャン バサバサバサッ

「殿下⁈」

突然立ち上がると足でもぶつけたのか体勢を崩して、机の上の物をほぼ落としている‥‥

「それは良い!!ヘイルズ良い案だ!
それにしよう!!」

「‥殿下」

ヘイルズとアロンは一瞬顔を見合わせた。

「アロン、その店を近いうちに貸切にしておいてくれ!ルリアを連れて行く!」

「‥はい。かしこまりました」

「ヘイルズ、ルリアと行けるように俺の仕事も調整しておいてくれ。」

今まで感情も表情も出してこなかった男が、この短期間でこうも変わるとは、喜んでいいのか嘆くべきなのか‥‥

ヘイルズとアロンは、もう一度顔を見合わせた。




















































































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