37 / 90
婚約者としての時間
しおりを挟む
自分のせいで市井に行くことができなくなった。
せっかくマリーが時間を作り市井の暮らしを見せてくれることになっていたのに、自分で自分の首を絞めるとはこのことなのね。
「ルリア。今日は良い天気だから庭でも散歩しないか?」
ベルラードは忙しい合間を縫って何度も顔を見にきている。
「王太子は忙しいのですから、私のことなど気にしないで下さい」
「夜会までは婚約者だろう?婚約者らしいことをさせてくれ」
あれから妃にするとは言わなくなった。
夜会までだからと私を安心させるように言う。
「でもまだ足が‥‥」
「分かっている。俺が抱えて行くからいいだろう?」
「そんな」
「今は婚約者として側にいたいんだ。
俺の我儘を許してくれないか?」
脱ぎ着しやすい薄手の服は、ベルラードの体温を感じて恥ずかしくなるが、何故か同時に安心感もあり不思議な気持ちだった。
庭に出るとジェイフがすぐに駆け寄り、
「今日は黒バラが綺麗に咲いております。珍しいので見られますか?」
「ええ!黒バラなんて見たことがないわ。ぜひ見たいわ」
そう言うとベルラードも嬉しそうに頷いた。
「まぁ!とても美しいわね」
「はい。このバラは殿下の髪色を思わせるので私は大事に育ててきたのです。
今まで殿下は一度も見てくださっていませんが‥‥」
チラリと恨めしそうにベルラードを見るジェイフに
「それはすまなかった。これからはもっと花にも興味を持つとしよう」
と優しく微笑んでいる。
初めに会った時よりも随分とベルラードの表情は豊かで優しくなっている。
「ベルラードの瞳とも同じ漆黒のバラですね」
すぐ側にある瞳を見れば、その瞳はじっと私を見ている。
「紫のバラもあれば良いな」
私の瞳は母譲りの紫色。
私の為に言ってくれている。
「すみません、紫のバラは育てていません‥‥。咲かせるまでには少しかかります‥‥」
「何年かかってもよい。紫のバラを咲かせてくれ」
「かしこまりました!殿下」
ジェイフは張り切って嬉しそうに出て行ってしまった‥。
庭園のガゼボに私を座らせると、給仕係がシルバープレートを持ってくるのが見える。
「花を見ながらの食事も良いだろう?」
テーブルをセットされ、次々と運ばれてくる。
花に囲まれながら焼きたてのパンをいただくのはとても幸せな気持ちになった。
「いつもより美味しく感じますね」
「ああ、美味いな」
それはまるで本物の婚約者同士のように穏やかで幸せな光景で‥‥
夜会までの偽物とは思えないくらいで‥‥
ベルラードの笑顔を見ると‥少し胸が締め付けられるようだった。
会話が普通にできるようになり、彼からの威圧感など全くなくなった。
限られた時間をただ楽しんでいるようだった。
「明日、一緒に市井に行かないか?」
「え?」
突然の話にびっくりしてポロッとパンを落としてしまう。
「市井?ですか?」
「ああ。ルリアは元々市井で暮らしたいと思ってやって来たのだろう?
ならば、見ておいた方がいいのではないか?」
マリーと内緒で行くはずだった場所。
まさかベルラードの口からそう言われるとは夢にも思っていなかった。
「はい‥そうですが‥」
「明日時間を作る。一緒に行こう。せっかくヨハンが用意してくれた服もあるのだから、市井で買い物でもしてみよう」
「ですが‥まだ足が少し‥」
「だから俺が抱えて行けばいいだろう?
休憩しながら行けば問題ない。
ルリアも俺につかまれば、立っていることはできるだろう?」
「はい、それはそうですが‥」
「よし!決まりだ」
ベルラードは嬉しそうに卵やらベーコンをパクパクと食べている。
「これから天気の良い日はここで食べよう」
夜会へのカウントダウンは始まっている。
私は後ろに立つヘイルズに声を掛けた。
「ヘイルズ。ベルラードは私にばかり時間を使っているけれど、公務の方は大丈夫かしら?」
「ヘイルズ、余計なことは言うなよ!」
「ええ‥‥まぁ‥‥夜会までということですから‥何とか」
夜会まで‥‥
望んでいたのは私の方なのに‥‥
何故今日はその言葉が重苦しく感じるのだろう‥‥
せっかくマリーが時間を作り市井の暮らしを見せてくれることになっていたのに、自分で自分の首を絞めるとはこのことなのね。
「ルリア。今日は良い天気だから庭でも散歩しないか?」
ベルラードは忙しい合間を縫って何度も顔を見にきている。
「王太子は忙しいのですから、私のことなど気にしないで下さい」
「夜会までは婚約者だろう?婚約者らしいことをさせてくれ」
あれから妃にするとは言わなくなった。
夜会までだからと私を安心させるように言う。
「でもまだ足が‥‥」
「分かっている。俺が抱えて行くからいいだろう?」
「そんな」
「今は婚約者として側にいたいんだ。
俺の我儘を許してくれないか?」
脱ぎ着しやすい薄手の服は、ベルラードの体温を感じて恥ずかしくなるが、何故か同時に安心感もあり不思議な気持ちだった。
庭に出るとジェイフがすぐに駆け寄り、
「今日は黒バラが綺麗に咲いております。珍しいので見られますか?」
「ええ!黒バラなんて見たことがないわ。ぜひ見たいわ」
そう言うとベルラードも嬉しそうに頷いた。
「まぁ!とても美しいわね」
「はい。このバラは殿下の髪色を思わせるので私は大事に育ててきたのです。
今まで殿下は一度も見てくださっていませんが‥‥」
チラリと恨めしそうにベルラードを見るジェイフに
「それはすまなかった。これからはもっと花にも興味を持つとしよう」
と優しく微笑んでいる。
初めに会った時よりも随分とベルラードの表情は豊かで優しくなっている。
「ベルラードの瞳とも同じ漆黒のバラですね」
すぐ側にある瞳を見れば、その瞳はじっと私を見ている。
「紫のバラもあれば良いな」
私の瞳は母譲りの紫色。
私の為に言ってくれている。
「すみません、紫のバラは育てていません‥‥。咲かせるまでには少しかかります‥‥」
「何年かかってもよい。紫のバラを咲かせてくれ」
「かしこまりました!殿下」
ジェイフは張り切って嬉しそうに出て行ってしまった‥。
庭園のガゼボに私を座らせると、給仕係がシルバープレートを持ってくるのが見える。
「花を見ながらの食事も良いだろう?」
テーブルをセットされ、次々と運ばれてくる。
花に囲まれながら焼きたてのパンをいただくのはとても幸せな気持ちになった。
「いつもより美味しく感じますね」
「ああ、美味いな」
それはまるで本物の婚約者同士のように穏やかで幸せな光景で‥‥
夜会までの偽物とは思えないくらいで‥‥
ベルラードの笑顔を見ると‥少し胸が締め付けられるようだった。
会話が普通にできるようになり、彼からの威圧感など全くなくなった。
限られた時間をただ楽しんでいるようだった。
「明日、一緒に市井に行かないか?」
「え?」
突然の話にびっくりしてポロッとパンを落としてしまう。
「市井?ですか?」
「ああ。ルリアは元々市井で暮らしたいと思ってやって来たのだろう?
ならば、見ておいた方がいいのではないか?」
マリーと内緒で行くはずだった場所。
まさかベルラードの口からそう言われるとは夢にも思っていなかった。
「はい‥そうですが‥」
「明日時間を作る。一緒に行こう。せっかくヨハンが用意してくれた服もあるのだから、市井で買い物でもしてみよう」
「ですが‥まだ足が少し‥」
「だから俺が抱えて行けばいいだろう?
休憩しながら行けば問題ない。
ルリアも俺につかまれば、立っていることはできるだろう?」
「はい、それはそうですが‥」
「よし!決まりだ」
ベルラードは嬉しそうに卵やらベーコンをパクパクと食べている。
「これから天気の良い日はここで食べよう」
夜会へのカウントダウンは始まっている。
私は後ろに立つヘイルズに声を掛けた。
「ヘイルズ。ベルラードは私にばかり時間を使っているけれど、公務の方は大丈夫かしら?」
「ヘイルズ、余計なことは言うなよ!」
「ええ‥‥まぁ‥‥夜会までということですから‥何とか」
夜会まで‥‥
望んでいたのは私の方なのに‥‥
何故今日はその言葉が重苦しく感じるのだろう‥‥
6
お気に入りに追加
176
あなたにおすすめの小説


純白の牢獄
ゆる
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」
華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。
王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。
そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。
レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。
「お願いだ……戻ってきてくれ……」
王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。
「もう遅いわ」
愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。
裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。
これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。
(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)
青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。
だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。
けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。
「なぜですか?」
「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」
イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの?
これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない)
因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。

愛など初めからありませんが。
ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。
お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。
「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」
「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」
「……何を言っている?」
仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに?
✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

追放された悪役令嬢はシングルマザー
ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。
断罪回避に奮闘するも失敗。
国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。
この子は私の子よ!守ってみせるわ。
1人、子を育てる決心をする。
そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。
さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥
ーーーー
完結確約 9話完結です。
短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる