逃げ出した王女は隣国の王太子妃に熱望される

風子

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皇妃ルリア

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これ以上ここに居るのは何だか怖い。
不思議なことが多すぎるもの‥

「少し疲れただろう?」

「‥‥ええ」

「急がせてすまないな」

彼は拝謁を済ませて満足そうだ。
それが余計に気に障った。

「何故こんなに急ぐの?結婚の話など聞いていないわ!話が違います。何故誰も反対しないの?陛下も王妃も、どうして突然現れた私を受け入れて下さるのか理解できないわ。何故なの?何故私はどこへ行っても自由になれないの?」

鬱憤を晴らすように私は王太子に向かって思わず声を荒げた。
一気に話して息が切れる。

「ごめんなさい‥‥王太子殿下に‥失礼を」

「いや、君は王女殿下だ」

「‥そうね。ならば猫を被る必要もないわ。私は大人しい令嬢ではないわ。理不尽なことが嫌いで国まで飛び出すような女よ。納得出来ないことは、受け入れられないわ。大人しくあなたの言いなりになる様な人を捜しているのなら、他を当たってちょうだい。私は黙ってこのまま現状を受け入れることは出来ないわ」

「‥‥気が強いな」

「褒め言葉ね」

あははははっ
王太子は腹を抱えて笑い出した。

「何がおかしいの?」

「良かった。気が強い女は好みだ」

「変人ね」

あははははっ

こんなに笑う人なの?
私面白い事ひとつも言ってないけど。

「上辺だけの腹黒令嬢よりよほど良い。俺に面と向かってそんなに正直に言う女は初めてだ」

「‥‥」

でしょうね。
王太子殿下に意見するなんて普通はしないもの。
私は嫌われる覚悟で自分の思いを言っただけよ。
それなのに、何で嬉しそうなの。

「俺も正直戸惑っていたんだ。そなた自身のことは何もわからないから。でも良かった。そなたは私の理想を上回った」

「え?」

「完璧だ」

「は?」

美しい黒い瞳は今までで一番優しかった。

「ルリア、そなたに話すことがある。衣装部屋を見たのなら不思議に思っただろう」

「はい。気味が悪いです‥‥」

あははははっ

笑い上戸とはこういう人なのだろうか。
第一印象の冷たい感じとはだいぶ格差がある。

「正直だな。ますます気に入った。部屋で話そう」

ベルラード殿下は上機嫌のまま、一際大きい扉を開けた。

「ここは王族のみが入ることができる部屋だ」

「!お‥お待ち下さい。私はまだ結婚したわけでもありませんし、納得したわけでもありません。部屋に入るのは、ちょっと」

「いいから入れ」

「‥‥」

圧をかけるのはやめて欲しい。
この人、二重人格なの?
足を踏んでやりたい‥‥という衝動に駆られるのを我慢して中へ入る。


「え?これ‥‥」

目に飛び込んできたのは女性の肖像画。
しかも等身大の大きなものだ。
それよりも驚いたことは‥‥

私によく似ている。

「これは」

あまりの衝撃に言葉が続かない。

「驚かせてすまないが、よく似てると思わないか?」

髪や瞳の色は違う。
肖像画の女性は、髪色が銀、瞳の色も銀色だ。
何というか、この世の人ではないような神秘的な人。
でも似ている‥
肖像画の女性が着ているドレスは、今私が着ているドレスと同じ物だ。

「どういうことですか‥‥誰なのですか」

私に似ているということは、母にもよく似ている。
母は、濃紺の髪に紫の瞳。
私は、金の髪に紫の瞳。
色は違えど顔立ちも体型もよく似ている。

誰‥‥

「座って話そう」

ベルラード殿下は、動けなくなっている私の手を取ると少し奥にある椅子に座らせた。
その奥にはベッドもあり、誰かの部屋であるようだ。

「少し長くなるが、全て話した方がいいだろう」

私は彼を真っ直ぐに見た。
彼は緊張したように、ひとつ咳払いをすると話し出した。

「ルリア、昨日そなたを帰せない理由がいくつかあると言ったが覚えているか?私がそなたを婚約者に選んだ理由でもある」

「‥‥」

「その大きな理由。先程の肖像画の女性は、この国が帝国であった時の皇帝陛下の皇妃だと言われている。だが、皇后陛下がおられたことで、あまり表立っては知られていなかったようだ。
皇帝はある国を攻め入った時に、その美しい女性に心を奪われ連れ帰ると、側から離さなかったと伝えられている。
皇妃を迎えてから帝国はより一層栄え、帝国全盛期を迎えた。
皇帝の溺愛ぶりは、皇后の怒りを買った。皇帝の居ない時に、皇后は皇妃に毒を盛り殺してしまったそうだ。
それを知った皇帝は、皇后を殺し、自らは皇妃と同じ毒を飲み亡くなった。
帝国は内乱が起こり、国は分裂、崩壊。
そなたのアルンフォルトも何百年も前は、我が帝国の一部だったと聞いている」

「そうですか」

「皇帝は、自らの命を断つ前、側近達に言い残していたことがある。
それは、皇妃は必ず生まれ変わる。だから、いつ見つかってもいいように、部屋を用意し、ドレスを作り、宝石も準備しておくようにというものだった。
そして自分も再び生まれ変わり、必ず彼女を皇后にすると言ったそうだ。
それを数百年。迷信だと皆思いながらも、願掛けのように受け継がれてきた。
十八になるとまるで儀式のひとつのようにドレスを作らされる。
私が作った物は、昨日ルリアが着たピンクのシルクのドレスだ」

「あのドレスが?」

「今ルリアが着ているドレスは、皇帝が皇妃の為に作った物だ」

「⁈これが?」

「何百年経っても皇妃の為に用意された物はすべて劣化することはない。そのままの姿を保っている」

「どうして‥‥」

「さぁな。そのドレスを元に、皆が同じサイズのドレスを作ってきたんだ」

「‥‥そんな迷信の為に私を婚約者にしたのですか?偶然私が肖像画に似ていて、偶然体型が似ていた。それだけのことです。何百年も昔の話で私を宮殿に縛るおつもりですか?」

「私も信じていなかった。今までの王族も、父上も、信じていなかっただろう。
だが、そなたが現れた‥。
皇妃が現れれば王国は再び帝国になると言われ、我が国復活の兆しとされた。皇妃の生まれ変わりは我が国の宝であると‥‥。皇帝が愛した皇妃の名は‥‥ルリアという」

「‥‥っ!!」

息が止まった。

気持ちが悪くなってきた。

吐きそうだ‥‥

「大丈夫か?すまない。顔色が悪い。部屋に戻ろう」

「ええ‥」

頭がクラクラする。
地面が揺れているように感じる。
何も考えられない。
部屋に戻るとエマが飛び付いてくる。

「ルリア様!どうされたのですか?顔色が悪いです!」

「急いで着替えさせ横にならせてやって欲しい。疲れたようだ」

「はい、今すぐに」

エマはフィナとカリンを呼ぶと、せっかく仕上げてくれた装いを解いてくれた。

「ごめんなさい。せっかく綺麗にしてくれたのに」

「いいえ。体調の異変に気付かずに、私達の方こそ申し訳ありません」

エマは頭を下げる。

「私達は、少し張り切りすぎていて、配慮が足りませんでした」

「申し訳ありません」

フィナとカリンも焦って頭を下げる。
彼女達のせいではない。
三人ともこんな私に対して本当に心配しているようだ。
けれどここで心を許して親しくなってしまえば、ここを出る時の足かせとなる。
あまり深く関わってはいけないのだ。

「悪いけど、一人にしてちょうだい」

「かしこまりました。何かあればお呼び下さい」

三人は揃って部屋を出る。
一人でベッドに横になると、先程のことが思い出される。
等身大の女性は、確かに私によく似ていた。
そのうえ名前まで同じだなんて気持ちが悪い。
私は偶然船に乗りこの国に来ることになった。
前から決めていたことではない。
この国でも偶然王太子に見つかった。
ラヌー語を話さなければ、王太子と関わることはなかった。

偶然肖像画の女性に似ていて、偶然名前が同じだった‥それだけのこと。

生まれ変わりなどではない。
 
これ以上気味が悪い事はお断りだ。
何とかこの王太子宮から逃げ出したい。

けれどヨハンさんやフェルネスさん達の事が‥‥
どうしたらいいのかしら。

このままでは、結婚させられてしまうかもしれない。
国王陛下まで一日も早く式を挙げよと言っている。
反対しなかったのは、あの女性に似てるから‥
皇妃の生まれ変わりだと信じてこの国に残す為なのね‥

あんな迷信、数百年以上も前の話を信じているなんて、どうかしてるわ。

そんなことを考えながら、私は深い眠りに落ちた‥‥


















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