60 / 66
番外編 初めての出産
しおりを挟む
「うぉぉぉぉぉ~~~痛ぇ!!」
俺の叫びからこんにちは。
只今陣痛最高潮です。
今腰のつけ根を槍で突かれグリグリとされているような痛みに襲われています。
痛みで脂汗は出るし呼吸は浅くなるし、この痛みに耐えて産んだ人達マジリスペクトだぜ。
もう少ししたら分娩室に移動するらしいけど、俺歩いて行けるんだろうか。いや、隣で伊月さんが手をワキワキさせてるから抱いて移動させる気なんだろう。めっちゃ良い笑顔なのが嫌だ。
そもそも子供はあと2年作らない予定だったのに……
◇◇◇◇◇
〈8ヶ月前〉
「ぎも゙ぢわ゙る゙い゙……」
「瀬名大丈夫?」
「ぅ゙~~~」
朝起きると妙に怠く、胃の中の物がせり上がってくるのが止まらず、俺はベッドの住人になって……なかった。
それは横になるより座っていた方が楽だったから。今伊月さんの膝の上に乗り、背中を擦られている状態だ。
「風邪かなぁ?」
「風邪じゃないと思うよ」
「え」
顔が真っ青らしい俺にブランケットをかける伊月さんが、にこにこと断言する。
「でも怠いし吐き気が……」
「風邪じゃないねぇ」
「カゼジャナイネェ?」
「デキたんじゃないかな?」
「デキタンジャナイカナ?」
また断言された。
しかし気持ち悪さで頭が回らない俺は言葉の意味が上滑りして九官鳥のように繰り返す事しか出来ない。
「うん、妊娠したんじゃないかな」
「ニンシンシタンジャ……うぇぇぇ、妊娠⁉」
あまりに大きな声だったからか、大藤さんと美佐子さんが慌ててリビングに顔を出す。
「伊月様、今妊娠と聞こえましたが?」
伊月さんに聞く大藤さんの声が震えている。見るとあわあわと出している手も震えていた。
「僕の見立てではね。病院に連れて行くから連絡しておいて」
「……!はい!」
俺のお腹を擦りながら指示を出す伊月さんに満面の笑みで大藤さんが返事をし、バタバタと駆けて行く。
「え、マジ?」
「うん、マジ」
「俺、心当たり無いんだけど」
「………」
「ちょっと何で目を逸らしてんだ⁉ぅ゙ぇ……」
「瀬名⁉興奮しない!」
興奮させてんのは誰だよという言葉は吐き気で口から出なかったが、心の中では言っといた。
「うん、やっぱり妊娠してる」
そう言われたここは花ノ宮家が持っている病院、しかも伊月さんが俺を診査するだけの為に誂えた診察室。俺の妊娠出産を手がけるだけの為に産科医になるんだと宣言したのは本当だったらしい。良規さんも同じ事を言って神楽を真っ赤にさせていた。
その2人が研修中、「瀬名(神楽)以外の股を見るのが苦痛だ」と唸っていたのはここだけの話だ。
エコーで見た小さな塊を見ておおっ、と感動したのはちょっと置いといて俺は確認しなくてはいけない事がある。
「ちょいと伊月さん?」
「なんだい?」
「何故俺は妊娠しているんだろうか?」
「………」
「目ぇ逸らさない!」
白衣を着て医療用ゴム手袋を外しながら目を逸らす伊月さんの顔を両手で挟みじっと見つめる。
「結婚式の後わりとすぐに発情期が来たでしょ」
「うん?そうだな」
「その時、僕が発情になったの覚えてる?」
「そうだっけ?」
そう言われはて、と首を傾げる。
1人で発情期を過ごしていた時は、夢中で自慰をして疲れたら寝るを繰り返していただけで意識も結構残っていたが、伊月さんと過ごすようになってからは始めからぐずぐずにされ数日意識がトンでいるから覚えていないのだ。
「結婚式をあげて瀬名が僕のものだって思ったら発情になっちゃって気づいたら4日経ってた」
なるほど、発情期前に飲んだ避妊薬は効果が72時間、4日そのままヤり続けていたらそうなるわ。
「その後アフターピルを飲ませれば良かったんだけど、デキてもいいかなと……」
「ん?」
それは確信犯だと受け取っていいのか?
「医師免許も持ってるし設備も万全、サポートもしっかりするから大丈夫だよ!瀬名は体を労ることだけ考えればいいから」
「お……おう」
若干押し切られた感があるが、それから妊夫生活が始まった。つわりは2ヶ月くらいで治まり、やたら柚子茶が飲みたくなり毎日飲んでいた。食べ物は何故かキムチがダメになったくらいで食欲旺盛になるわけでもなく過ごしていた。
お腹は女性より大きくならず、安定期になると様子を見ながらヤる事はヤッていたけど、お腹に赤ちゃんがいるのにヤるってちょっと不安になるよな。
そして予定日の2日前、リビングで柚子茶を飲んでいたらお腹と腰回りに違和感が。
あれ、痛いかな?という感じが時間が経つにつれ段々強くなり、ズキズキとしてきた時に伊月さんに連絡、すぐ帰って来てくれて出産準備をして病院に。それから半日もしないで冒頭の苦しみだ。
「ほら深く息を吸って……吐いて……」
伊月さんに腰を擦られながら言われたようにしようとするが、上手く出来ず呼吸が浅くなってしまう。痛くて辛いのにこの前買った本リビングに置きっぱなしだったなぁとか昨日履いた靴玄関に出しっぱなしだったとか、どうでもいい事が頭に浮かんでくる。完全に現実逃避だ。
やっぱり伊月さんに抱き上げられ分娩室に向かうが、その間廊下には誰もいなくて何でだろうと思ったら人払いされていたと後に知らされる。
分娩室の前に来ると、伊月さんの両親、俺の両親、何故か鷹司のひいじいちゃんやじいちゃんが。それに良規さんや神楽までいて、一瞬痛みが飛ぶほど恥ずかしくなった。
だって廊下で全員「頑張れー!」って騒ぐんだぜ。誰も他にいなかったから良かったけど、恥ずかしすぎるだろ。
うちの両親なんて白衣のまま来てて、仕事抜け出してきたの丸わかりだったしな。いつもクールな伊月さんの母親である神奈さんが一番大声だったのには驚いたよ。
俺一生忘れない。この恥ずかしい一瞬を。
次回があったらあの人達は出禁にしようと心に誓う。
分娩台に降ろされ、素早く準備を終えた伊月さんが大股開きをした全開の下半身の前に来た時、叫んでしまった。
「モロ間近で最初から最後まで旦那に見られるとか羞恥プレイかよ!!」
その場にいた助産師さん達が吹き出し、「俺もうお嫁にいけないぃぃ」と顔を手で覆い言うと余計笑われてしまった。「もう僕のお嫁さんになってるでしょ」とかそんな冷静な返しはいいんだよ!
羞恥と痛みに耐えながらいきみ、ソフトボールくらいの大きさ(イメージ)をじわじわ押し出すように産まれたのは想像より小さな赤ちゃんだった。
女性体より男性Ωが産む赤ちゃんは小さいとは知っていたが、それでも元気に産声を……元気?元気なのか?
産声は産声なんだけど大きくなく悲しそうな、可哀想な泣き方をする赤ちゃんだった。
「赤ちゃんの産声ってこんな感じなの?」
「赤ちゃんそれぞれって感じかな。ほっとけない泣き方する子だね」
「確かに」
産湯で綺麗にしてお包みで包んだ赤ちゃんを胸の所に置かれると、体は疲労で怠いが充足感と愛しさがこみ上げてくる。
「瀬名、僕の子供を産んでくれてありがとう。愛してるよ」
髪を梳かれ俺と赤ちゃんの額にキスをする伊月さんの目は少し潤んでいた。
「あ、緑」
キスをされた赤ちゃんが一瞬薄目になって見えた瞳の色は俺と同じ緑色だった。
◇◇◇◇◇
産後の処置をされまた伊月さんに抱きかかえられ分娩室を出ると、待ってましたとばかりに群がる群がる、助産師さんに抱かれた赤ちゃんに。
お、今度は放置プレイか?分娩室に入ると前と後でこんなに差があるとは。俺ちょっと寂しい。
しかし群がり過ぎて赤ちゃんが泣き始めてしまい、助産師さんに怒られる両親達。病室に戻る俺を抱えた伊月さんと助産師さんの後をぞろぞろと移動する集団にすれ違う看護師さんがギョッとしている。そりゃ大の大人がしょんぼりしながら歩いてたらビビるだろうさ。
病室に戻ると、ベッドから見える位置に置かれた小さなベビーベッドに赤ちゃんが寝かされ、撮影会が開始される。それには伊月さんも混じってスマホやいつ買ったのか性能が良さそうなカメラで撮影していて、気づけば大藤さんや神奈さんの秘書が来ていてビデオを回していた。
「この子赤ちゃんの時の伊月に瓜二つなんだけど。伊月、お前が産んだの?」
撮影が一段落して、まじまじと赤ちゃんを見た神奈さんが真面目な顔で聞いてくる。そう聞きたくなるくらい俺の要素が無いらしい。
「しっかり瀬名から出てきたよ。今目を瞑ってるけど瞳の色は瀬名と同じ緑だよ」
「本当だ、僕と同じ目だ」
しっかり出てきたって変な言い方しないでほしい。おい、父さん無理矢理赤ちゃんの目を開かないでくれ!
「で、男の子?女の子?」
産着が黄色いこともあり、伊月さん似の赤ちゃんは見た目どちらとも取れる容姿をしていてみんなどっちか分からないようだが、それ聞くの遅くない?
「男の子ですよ」
「初孫!」
「男の子!」
「次は瀬名たん似で!」
最後絶対ひいじいちゃんかじいちゃんだろ。赤ちゃん1人でこの浮かれっぷり凄いな。
「名前はもう決めているの?」
「はい、「椿」です」
「「「「椿……」」」」
みんな感慨深く名前を口にして押し黙る。
「いいね!いいよ椿くん!」
「椿くんじぃじですよー」
「椿くん神奈って呼んで」
「あっ、俺も雅也って呼んで!」
黙ったかと思えば急に思い思いに椿に話しかけ、騒がし過ぎたのか泣き出してしまう。それでも可愛い可愛いと騒ぐので全員伊月さんに「瀬名も疲れているからまた明日」と言われ病室から締め出されてしまう。
「やっと静かになった」
出産で疲れているのに余計疲れた気がする。両手を広げベッドに仰向けに寝ると伊月さんが傍まで来て「授乳しようか」と言ってくる。
「いやぁ……俺胸膨らまなかったんだけど」
「膨らまなくても少しは出るからマッサージしようか」
「え」
「ちょっと痛いかもね」
「ちょっ、待って、い゙だっ!ちょっとどころじゃない!い゙だだだだだだだだっ!!」
仰向けになっている俺の病院着の胸元を広げ容赦なくマッサージをされ、息も絶え絶えになる頃にやっと終わったかと思ったら反対側の胸をマッサージ。
両方終わった時には虫の息の俺。上半身を起こされ「はい」と渡された赤ちゃんの口を乳首まで寄せると弱弱しくも吸い始める。
息子の初おっぱい、感動!となるんだろうがおっぱいマッサージで虫の息になっていた俺は、半分魂が抜けた状態になっていて感動も何もなかった。
結局おっぱいだけじゃ足りなくてミルクを飲ませ、その時にやっと俺が産んだんだと実感した。
次の日からはみんな一気に押しかけて来ず、騒がしくなるとこもなく退院まで過ごせ、その間に神楽も妊娠したとめでたい話を聞く事になる。
退院後は初めての育児に苦戦しながらも大藤夫婦のサポートもありすくすくと育ち、椿が産まれて半年を過ぎた頃に神楽が出産、「有理」と名付けられ俺達の時と同様騒ぎすぎて病室から締め出しをされた。
その後俺は2人産み、3人目にしてTHE赤ちゃんという産声を聞く事になった。
今はみんな元気に大きくなり、たまにアルバムを見て三人三様の子育てだったなぁとしみじみ思ってみたり。
まあ、まだ桜花は5歳で子育て真っ最中なんだけど。
俺の叫びからこんにちは。
只今陣痛最高潮です。
今腰のつけ根を槍で突かれグリグリとされているような痛みに襲われています。
痛みで脂汗は出るし呼吸は浅くなるし、この痛みに耐えて産んだ人達マジリスペクトだぜ。
もう少ししたら分娩室に移動するらしいけど、俺歩いて行けるんだろうか。いや、隣で伊月さんが手をワキワキさせてるから抱いて移動させる気なんだろう。めっちゃ良い笑顔なのが嫌だ。
そもそも子供はあと2年作らない予定だったのに……
◇◇◇◇◇
〈8ヶ月前〉
「ぎも゙ぢわ゙る゙い゙……」
「瀬名大丈夫?」
「ぅ゙~~~」
朝起きると妙に怠く、胃の中の物がせり上がってくるのが止まらず、俺はベッドの住人になって……なかった。
それは横になるより座っていた方が楽だったから。今伊月さんの膝の上に乗り、背中を擦られている状態だ。
「風邪かなぁ?」
「風邪じゃないと思うよ」
「え」
顔が真っ青らしい俺にブランケットをかける伊月さんが、にこにこと断言する。
「でも怠いし吐き気が……」
「風邪じゃないねぇ」
「カゼジャナイネェ?」
「デキたんじゃないかな?」
「デキタンジャナイカナ?」
また断言された。
しかし気持ち悪さで頭が回らない俺は言葉の意味が上滑りして九官鳥のように繰り返す事しか出来ない。
「うん、妊娠したんじゃないかな」
「ニンシンシタンジャ……うぇぇぇ、妊娠⁉」
あまりに大きな声だったからか、大藤さんと美佐子さんが慌ててリビングに顔を出す。
「伊月様、今妊娠と聞こえましたが?」
伊月さんに聞く大藤さんの声が震えている。見るとあわあわと出している手も震えていた。
「僕の見立てではね。病院に連れて行くから連絡しておいて」
「……!はい!」
俺のお腹を擦りながら指示を出す伊月さんに満面の笑みで大藤さんが返事をし、バタバタと駆けて行く。
「え、マジ?」
「うん、マジ」
「俺、心当たり無いんだけど」
「………」
「ちょっと何で目を逸らしてんだ⁉ぅ゙ぇ……」
「瀬名⁉興奮しない!」
興奮させてんのは誰だよという言葉は吐き気で口から出なかったが、心の中では言っといた。
「うん、やっぱり妊娠してる」
そう言われたここは花ノ宮家が持っている病院、しかも伊月さんが俺を診査するだけの為に誂えた診察室。俺の妊娠出産を手がけるだけの為に産科医になるんだと宣言したのは本当だったらしい。良規さんも同じ事を言って神楽を真っ赤にさせていた。
その2人が研修中、「瀬名(神楽)以外の股を見るのが苦痛だ」と唸っていたのはここだけの話だ。
エコーで見た小さな塊を見ておおっ、と感動したのはちょっと置いといて俺は確認しなくてはいけない事がある。
「ちょいと伊月さん?」
「なんだい?」
「何故俺は妊娠しているんだろうか?」
「………」
「目ぇ逸らさない!」
白衣を着て医療用ゴム手袋を外しながら目を逸らす伊月さんの顔を両手で挟みじっと見つめる。
「結婚式の後わりとすぐに発情期が来たでしょ」
「うん?そうだな」
「その時、僕が発情になったの覚えてる?」
「そうだっけ?」
そう言われはて、と首を傾げる。
1人で発情期を過ごしていた時は、夢中で自慰をして疲れたら寝るを繰り返していただけで意識も結構残っていたが、伊月さんと過ごすようになってからは始めからぐずぐずにされ数日意識がトンでいるから覚えていないのだ。
「結婚式をあげて瀬名が僕のものだって思ったら発情になっちゃって気づいたら4日経ってた」
なるほど、発情期前に飲んだ避妊薬は効果が72時間、4日そのままヤり続けていたらそうなるわ。
「その後アフターピルを飲ませれば良かったんだけど、デキてもいいかなと……」
「ん?」
それは確信犯だと受け取っていいのか?
「医師免許も持ってるし設備も万全、サポートもしっかりするから大丈夫だよ!瀬名は体を労ることだけ考えればいいから」
「お……おう」
若干押し切られた感があるが、それから妊夫生活が始まった。つわりは2ヶ月くらいで治まり、やたら柚子茶が飲みたくなり毎日飲んでいた。食べ物は何故かキムチがダメになったくらいで食欲旺盛になるわけでもなく過ごしていた。
お腹は女性より大きくならず、安定期になると様子を見ながらヤる事はヤッていたけど、お腹に赤ちゃんがいるのにヤるってちょっと不安になるよな。
そして予定日の2日前、リビングで柚子茶を飲んでいたらお腹と腰回りに違和感が。
あれ、痛いかな?という感じが時間が経つにつれ段々強くなり、ズキズキとしてきた時に伊月さんに連絡、すぐ帰って来てくれて出産準備をして病院に。それから半日もしないで冒頭の苦しみだ。
「ほら深く息を吸って……吐いて……」
伊月さんに腰を擦られながら言われたようにしようとするが、上手く出来ず呼吸が浅くなってしまう。痛くて辛いのにこの前買った本リビングに置きっぱなしだったなぁとか昨日履いた靴玄関に出しっぱなしだったとか、どうでもいい事が頭に浮かんでくる。完全に現実逃避だ。
やっぱり伊月さんに抱き上げられ分娩室に向かうが、その間廊下には誰もいなくて何でだろうと思ったら人払いされていたと後に知らされる。
分娩室の前に来ると、伊月さんの両親、俺の両親、何故か鷹司のひいじいちゃんやじいちゃんが。それに良規さんや神楽までいて、一瞬痛みが飛ぶほど恥ずかしくなった。
だって廊下で全員「頑張れー!」って騒ぐんだぜ。誰も他にいなかったから良かったけど、恥ずかしすぎるだろ。
うちの両親なんて白衣のまま来てて、仕事抜け出してきたの丸わかりだったしな。いつもクールな伊月さんの母親である神奈さんが一番大声だったのには驚いたよ。
俺一生忘れない。この恥ずかしい一瞬を。
次回があったらあの人達は出禁にしようと心に誓う。
分娩台に降ろされ、素早く準備を終えた伊月さんが大股開きをした全開の下半身の前に来た時、叫んでしまった。
「モロ間近で最初から最後まで旦那に見られるとか羞恥プレイかよ!!」
その場にいた助産師さん達が吹き出し、「俺もうお嫁にいけないぃぃ」と顔を手で覆い言うと余計笑われてしまった。「もう僕のお嫁さんになってるでしょ」とかそんな冷静な返しはいいんだよ!
羞恥と痛みに耐えながらいきみ、ソフトボールくらいの大きさ(イメージ)をじわじわ押し出すように産まれたのは想像より小さな赤ちゃんだった。
女性体より男性Ωが産む赤ちゃんは小さいとは知っていたが、それでも元気に産声を……元気?元気なのか?
産声は産声なんだけど大きくなく悲しそうな、可哀想な泣き方をする赤ちゃんだった。
「赤ちゃんの産声ってこんな感じなの?」
「赤ちゃんそれぞれって感じかな。ほっとけない泣き方する子だね」
「確かに」
産湯で綺麗にしてお包みで包んだ赤ちゃんを胸の所に置かれると、体は疲労で怠いが充足感と愛しさがこみ上げてくる。
「瀬名、僕の子供を産んでくれてありがとう。愛してるよ」
髪を梳かれ俺と赤ちゃんの額にキスをする伊月さんの目は少し潤んでいた。
「あ、緑」
キスをされた赤ちゃんが一瞬薄目になって見えた瞳の色は俺と同じ緑色だった。
◇◇◇◇◇
産後の処置をされまた伊月さんに抱きかかえられ分娩室を出ると、待ってましたとばかりに群がる群がる、助産師さんに抱かれた赤ちゃんに。
お、今度は放置プレイか?分娩室に入ると前と後でこんなに差があるとは。俺ちょっと寂しい。
しかし群がり過ぎて赤ちゃんが泣き始めてしまい、助産師さんに怒られる両親達。病室に戻る俺を抱えた伊月さんと助産師さんの後をぞろぞろと移動する集団にすれ違う看護師さんがギョッとしている。そりゃ大の大人がしょんぼりしながら歩いてたらビビるだろうさ。
病室に戻ると、ベッドから見える位置に置かれた小さなベビーベッドに赤ちゃんが寝かされ、撮影会が開始される。それには伊月さんも混じってスマホやいつ買ったのか性能が良さそうなカメラで撮影していて、気づけば大藤さんや神奈さんの秘書が来ていてビデオを回していた。
「この子赤ちゃんの時の伊月に瓜二つなんだけど。伊月、お前が産んだの?」
撮影が一段落して、まじまじと赤ちゃんを見た神奈さんが真面目な顔で聞いてくる。そう聞きたくなるくらい俺の要素が無いらしい。
「しっかり瀬名から出てきたよ。今目を瞑ってるけど瞳の色は瀬名と同じ緑だよ」
「本当だ、僕と同じ目だ」
しっかり出てきたって変な言い方しないでほしい。おい、父さん無理矢理赤ちゃんの目を開かないでくれ!
「で、男の子?女の子?」
産着が黄色いこともあり、伊月さん似の赤ちゃんは見た目どちらとも取れる容姿をしていてみんなどっちか分からないようだが、それ聞くの遅くない?
「男の子ですよ」
「初孫!」
「男の子!」
「次は瀬名たん似で!」
最後絶対ひいじいちゃんかじいちゃんだろ。赤ちゃん1人でこの浮かれっぷり凄いな。
「名前はもう決めているの?」
「はい、「椿」です」
「「「「椿……」」」」
みんな感慨深く名前を口にして押し黙る。
「いいね!いいよ椿くん!」
「椿くんじぃじですよー」
「椿くん神奈って呼んで」
「あっ、俺も雅也って呼んで!」
黙ったかと思えば急に思い思いに椿に話しかけ、騒がし過ぎたのか泣き出してしまう。それでも可愛い可愛いと騒ぐので全員伊月さんに「瀬名も疲れているからまた明日」と言われ病室から締め出されてしまう。
「やっと静かになった」
出産で疲れているのに余計疲れた気がする。両手を広げベッドに仰向けに寝ると伊月さんが傍まで来て「授乳しようか」と言ってくる。
「いやぁ……俺胸膨らまなかったんだけど」
「膨らまなくても少しは出るからマッサージしようか」
「え」
「ちょっと痛いかもね」
「ちょっ、待って、い゙だっ!ちょっとどころじゃない!い゙だだだだだだだだっ!!」
仰向けになっている俺の病院着の胸元を広げ容赦なくマッサージをされ、息も絶え絶えになる頃にやっと終わったかと思ったら反対側の胸をマッサージ。
両方終わった時には虫の息の俺。上半身を起こされ「はい」と渡された赤ちゃんの口を乳首まで寄せると弱弱しくも吸い始める。
息子の初おっぱい、感動!となるんだろうがおっぱいマッサージで虫の息になっていた俺は、半分魂が抜けた状態になっていて感動も何もなかった。
結局おっぱいだけじゃ足りなくてミルクを飲ませ、その時にやっと俺が産んだんだと実感した。
次の日からはみんな一気に押しかけて来ず、騒がしくなるとこもなく退院まで過ごせ、その間に神楽も妊娠したとめでたい話を聞く事になる。
退院後は初めての育児に苦戦しながらも大藤夫婦のサポートもありすくすくと育ち、椿が産まれて半年を過ぎた頃に神楽が出産、「有理」と名付けられ俺達の時と同様騒ぎすぎて病室から締め出しをされた。
その後俺は2人産み、3人目にしてTHE赤ちゃんという産声を聞く事になった。
今はみんな元気に大きくなり、たまにアルバムを見て三人三様の子育てだったなぁとしみじみ思ってみたり。
まあ、まだ桜花は5歳で子育て真っ最中なんだけど。
35
お気に入りに追加
687
あなたにおすすめの小説

飼われる側って案外良いらしい。
なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。
なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。
「まあ何も変わらない、はず…」
ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。
ほんとに。ほんとうに。
紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22)
ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。
変化を嫌い、現状維持を好む。
タルア=ミース(347)
職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。
最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!
ずー子
BL
戦争に負けた貴族の子息であるレイナードは、人質として異国のアドラー家に送り込まれる。彼の使命は内情を探り、敗戦国として奪われたものを取り返すこと。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。正直「もう楽になりたい」と思っているのに。
「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」
なんだか義兄の様子がおかしいのですが…?
このままじゃ、スパイも悪役令息も出来そうにないよ!
ファンタジーラブコメBLです。
平日毎日更新を目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります♡
【登場人物】
攻→ヴィルヘルム
完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが…
受→レイナード
和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。

からかわれていると思ってたら本気だった?!
雨宮里玖
BL
御曹司カリスマ冷静沈着クール美形高校生×貧乏で平凡な高校生
《あらすじ》
ヒカルに告白をされ、まさか俺なんかを好きになるはずないだろと疑いながらも付き合うことにした。
ある日、「あいつ間に受けてやんの」「身の程知らずだな」とヒカルが友人と話しているところを聞いてしまい、やっぱりからかわれていただけだったと知り、ショックを受ける弦。騙された怒りをヒカルにぶつけて、ヒカルに別れを告げる——。
葛葉ヒカル(18)高校三年生。財閥次男。完璧。カリスマ。
弦(18)高校三年生。父子家庭。貧乏。
葛葉一真(20)財閥長男。爽やかイケメン。
異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話
深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

お荷物な俺、独り立ちしようとしたら押し倒されていた
やまくる実
BL
異世界ファンタジー、ゲーム内の様な世界観。
俺は幼なじみのロイの事が好きだった。だけど俺は能力が低く、アイツのお荷物にしかなっていない。
独り立ちしようとして執着激しい攻めにガッツリ押し倒されてしまう話。
好きな相手に冷たくしてしまう拗らせ執着攻め✖️自己肯定感の低い鈍感受け
ムーンライトノベルズにも掲載しています。


【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話
gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、
立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。
タイトルそのままですみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる