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二十九話「照準」
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越田家の別荘の敷地は周囲10km、別荘の背後は標高250mの山となっている。
ノーマンはその山の中腹に潜伏していた。
彼は元グリーンベレーのエリート兵士であり山中での活動は得意分野である。
しかし、その彼にしてもこの別荘のセキュリティは実に難攻不落の鉄壁さであった。
(別荘周囲5キロにわたっての熱感知センサーに24時間体制の自動追尾監視カメラか。)
(それに2時間おきに別荘周辺を3人体制でパトロールしている。)
(しかも別荘を取り囲むように高さ4メートルの金網が設けられて金網内部には軍用犬まで配置か。)
(浜辺には日中は監視員が常備しており夜間はサーチライトで警戒している。)
(さすがに越田家の令嬢が誘拐された後だから警備も厳しくなっているようだ。)
ノーマンは大体の地理や別荘の警備態勢を把握してから敷地内から離脱した。
彼は別荘の裏山を越えた県道に駐車していた車に乗り込む。
「どうでしたか?」
車の運転席にいる堀田という男が後部座席に座るノーマンに質問した。
彼は島崎とのパイプ役の人間であり紫同組の幹部の一人であった。
「ダメだな。陸地からの潜入はリスクが高すぎる。」
「海からの潜入が望ましい。」
ノーマンはぶっきらぼうにそう答えた。
彼には気持ちの乗らない仕事であった。
彼が殺す相手は16歳の少女である。
ノーマンの娘とそれほど年齢も変わらない。
彼にとって実に不愉快な依頼であったのだ。
それでも仕事を引き受けたのは娘を盾に脅迫されだけではない。
標的のある情報が彼を動かした。
「あの少女が”キャリア”だというのは本当なのだな…?」
ノーマンは確かめるように堀田に尋ねる。
「それはあなたも見たはずです。 Mr,ノーマン?」
堀田は含み笑いをしてバックミラーに映るノーマンを見た。
ノーマンはその堀田の顔を見て苦々しく舌打ちをする。
(確かに・・・あの少女は特別な力を持っていた・・・。)
(閃光弾の中で平気で動き窓ガラスを破って4階の高さから人質を抱えて飛び降りた。)
(そして人間の速度を超えた走力で俺たちの銃弾をかわして逃げた。)
(普通の人間ではないことは確かだ…!)
ノーマンはあの時の千佳の行動を一部始終観察していた。
閃光弾が窓ガラスを破って撃ち込まれてすぐにゴーグルを外し目を守ったのだ。
そして閃光の中で目を守りながらも人質の確認を怠らなかったのである。
彼は千佳の超人的な行動を目撃したのだ。
(だが…あの少女が本当に”キャリア”ならなぜこいつらはそれを殺そうとしている?)
(”キャリア”の貴重性はこいつらも知っているはずだ。)
ノーマンは島崎からの雨森千佳抹殺依頼の真意を図り兼ねていた。
ノーマンのいう”キャリア”とは「ヴァリエーション・ステロイド」と言われる薬品の核となる新種のホルモン物質の持ち主を指す。
ヴァリエーション・ステロイド…通称「V・S」と呼ばれるこの薬品は世界の軍需産業に革命をもたらしたと言われるほどの発明品であった。
その薬の服用効果は兵士の筋力を150%増強させ、人間の反射速度、知覚、脳の覚醒効果も通常の薬物よりも数倍高いものであった。
しかも効果の持続性が通常のステロイドよりも3倍も長い上に副作用も極めて軽微であるのだ。
それはステロイドの投与で見られる免疫疾患や骨密度の減少及び動脈硬化などの副作用も起きにくい神秘の薬品であった。
そんな夢のような薬品である「V・S」は軍需だけでなく重病患者の治療薬、労働力問題や健康や美容など多方面での開発が期待されたのである。
その経済効果は天文学的な数字になるだろうと誰もが予測していた。
だがその「V・S」の開発元は一切極秘であり、その薬品の品数も制限されていた状況だった。
今は各国の軍需産業にだけ薬品が取引されており、その売買ルートの全容も判明されていない。
ただ「V・S」の流通だけは実際に行われており、米国がその販売ルートを独占しようとしているとも言われていた。
そのような状況だったので「V・S」による活用は軍事のみというごく限定的なものでしかなかった。
無論、世界中の各機関が「V・S」の製造を試みたが、その薬の核となるホルモン物質の培養に失敗しており、同じ薬品を作るのは不可能との結論に至った。
その「V・S」の核になるホルモン物質がある特別な人間から摂取されているものという事だけが解明されており、そのホルモン物質を持つ人間が”キャリア”と呼ばれていたのだ。
今ではその”キャリア”である人間を獲得できるのなら世界中の国家機関が動くほどの貴重な存在である。
ノーマンはその情報を馴染の米軍将校から聞いていた。
実際にノーマン自身がその「V・S」を服用して効果を試していたのだ。
それは驚くほどの効果だった。
それは100メートルを9秒台で走破し、両腕で持ち上げる重量は600kgに達した。
スコープなしでも300メートル級の狙撃が可能となり、射撃演習でも的を撃つ反射速度と命中率は実に200%も上がったのだ。
これはもはやステロイドではなくサイボーグに近い性能アップである。
もしも敵がこの「V・S」を使用してきたらと考えるとノーマンは寒気がした。
今まで彼が積み上げてきた経験も役に立たずに殺されるかもしれない…そう確信したのである。
その「V・S」の”キャリア”が目の前にいる。
ノーマンは島崎からの依頼を引き受けたのは「V・S」を大量に流通させるのが危険だと考えたからでもあった。
だが相手は民間人の少女だ。
しかも少女は戦闘を回避して誰も殺してはいない。
人質奪還の時もノーマン達を倒す選択をしていたら何人かは確実に死んでいただろう。
それをせずにただ逃げることのみを選択した。
事実ノーマンの仲間は誰も負傷しなかったのだ。
あの銃撃戦でもあの少女を逃がすための援護でしかなく、仲間は一発も被弾していなかった。
(あの少女に罪はない…それでも俺にあの娘を殺せるのか…?)
ノーマンの顔は苦渋で歪んでいた。
私は世界の軍事や薬品の取引なんかと関わっているとは夢にも思わずに美代さんと夕食を楽しんでいた。
別荘の大きく豪華な食卓テーブルで美代さんと並んで座り目の前のゴージャスでおいしそうな大量の料理に舌鼓を打っている最中である。
「とっても美味しいけど、こんなに食べちゃうと太っちゃうかも。」
「ふふ、太った千佳さんも好きですわよ。」
なんて魅惑的な言葉かしら。美代さんが男性ならどんな女性でも落ちると思う。
そんな美代さんは隣の席から私にどんどん料理を勧めてくる。
私の満腹メーターはすでに針を振り切っていた。
「ごめんなさい、もう入りません。」
「あらそう? ではまた明日の楽しみに致しましょうね。」
美代さんは手を叩いてメイドさんに片付けを指示した。
それは一般家庭とはかけ離れた光景。
ああ、やっぱり庶民とは違うなと少し美代さんが遠くに感じた。
美代さんとはやはり住んでいる世界が違うと再認識する。
そんな美代さんがなぜ社会の歯車を望んでいる取るに足らない私にこれほど好意を寄せてくれるのだろう?
実に不可解である。
そんな疑問を見透かすように美代さんは私に微笑む。
「私は千佳さんのことをもっと良く知りたいのです。」
「だからここに招待したんですのよ。」
美代さんは食後のコーヒーを口にした後にそう話しかけてきた。
「私のこと? それはこの間話したと思いますけど…?」
「怪物の”能力”のことですか? あれはあれで特殊な事柄ですが本当に知りたいことではありませんわ。」
「私の知りたいのはですね千佳さん…」
「貴方が越田家代表の私の右腕としてこれからずっとサポートしてくださる意思があるかですの。」
私はビックリして思わず後ろにのけぞった。
美代さんは世界的な大企業の一人娘だ。将来はその大企業の運営に携わるのは間違いない。
その美代さんが私を右腕に…っ?
晴天の霹靂とはまさにこのことである。
「私は貴方に起こった事の経緯や身につけた能力などにさほど興味はありません。」
「それも貴方だから起こったことだと考えておりますの。」
「雨森千佳という人物の資質が招いた結果に過ぎないと思ってますのよ。」
美代さんは自信に満ちた表情でそう語りかける。
私はその真意がわからなかった。
私の資質・・・?!
それが一連の事件を招いたと美代さんは言ってるの?
「ねえ、千佳さん。貴方が公園で少女を助けようとしたのも貴方の高貴な資質だと思いませんか?」
「そして”怪物”に助けられたのは天に導かれた運命。そしてその能力を授かったのも天意かもしれません。」
「私はそんな貴方の資質にとても興味を持っているのです。」
「そしてその資質の可能性にもすごく期待してるのですよ。」
美代さんは少し興奮気味に喋っているように思える。
顔も少し紅潮していた。
でも私はどこか他の誰かのことのように彼女の言葉を聞いていたのである。
だって、私には何もない。
容姿も知力も体力も普通並みの人間でしかないのだ。
今は「彼」の能力が少しだけ使えるけど私自身は大した性能もない人間である。
「美代さん、それは買いかぶり過ぎです。」
「私は貴方にそこまで期待されるような人物ではありません。」
私は必死に否定した。
彼女の右腕になるなんて考えられなかったからである。
彼女のサポートとは世界的な大企業に勤める何万人という従業員の人生を背負うことになるだろう。
そんな責任感は私にはないし、そんな責任を果たせる自信など微塵もない。
でもそんな風に慌てて否定する私を美代さんは笑みを浮かべて静かに見つめていた。
その瞳は慈愛にも近い優しさが宿っているように見える。
「ふふ、私の右腕になりたい人間はいくらでもいますのよ。」
「それこそ、たとえライバルを抹殺してでも・・・。」
「でも、あなたはそれを拒んでいる。まるで野心がない人ですのね。」
「野心や欲望よりも相手のことを思って行動する人物、それを命がけで出来る人がどれほど貴重か…。」
「ともすると、その貴重性を本人が一番理解してないのが自然なのかもしれませんわね。」
美代さんはそう言ってクスクスと笑う。
その笑顔はすごく満足そうであった。
「あの・・・私・・・?」
「もしかして失礼なことを…?!」
「いいんですのよ。千佳さん、私の申し出にすぐに答えてくださらなくても。」
「高校を卒業するまでに二人でゆっくりと話し合いましょう。時間はまだあるのですから。」
美代さんの言葉が胸に刺さる。
私に残された時間はそんなにはないのに・・・。
私は美代さんと別れて自分の部屋に戻った。
一人で寝るには広すぎるキングサイズのベッドで横になる。
美代さんの笑顔と言葉が頭の中で何度も消えては蘇る。
(美代さんは私を凄く評価してくれている。)
(それは正直とっても嬉しい・・・。)
(でも、私には彼女の期待に応える自信なんか全くない。)
(きっと彼女は勘違いしてるのだろう。私が奇妙な体験をしているから…。)
(でも…もし彼女が言うように、私の資質が「彼」と引き合わせたのなら・・・)
(私の資質って何なのだろうか…?)
(そんなことは一回も一ミリも考えたことはなかった。)
(美代さんは私の中にどんな資質を見たんだろうか…?)
そんな答えも出ない疑問を堂々巡りで繰り返す。
(でも…本当に何だろう?)
(「彼」にあと一年の命だと言われてから、こんなに失いたくない人たちが増えるなんて…!)
(最初は両親だけが私の失いたくない人だった・・・。)
(今は前田さん…そして美代さんまで…。)
(もしかするとこれからももっと増えるのだろうか・・・?)
私はそこまで考えると辛くなった。
自分の運命に悲観する。
自分を悲劇のヒロインにするつもりはないのだけど自然に涙が流れた。
とにかくもう考えるのは止そう・・・。
そうして眠りについたのだ。
でも私は知らなかった。
この別荘でこれから起こる惨劇を・・・・・。
ノーマンはその山の中腹に潜伏していた。
彼は元グリーンベレーのエリート兵士であり山中での活動は得意分野である。
しかし、その彼にしてもこの別荘のセキュリティは実に難攻不落の鉄壁さであった。
(別荘周囲5キロにわたっての熱感知センサーに24時間体制の自動追尾監視カメラか。)
(それに2時間おきに別荘周辺を3人体制でパトロールしている。)
(しかも別荘を取り囲むように高さ4メートルの金網が設けられて金網内部には軍用犬まで配置か。)
(浜辺には日中は監視員が常備しており夜間はサーチライトで警戒している。)
(さすがに越田家の令嬢が誘拐された後だから警備も厳しくなっているようだ。)
ノーマンは大体の地理や別荘の警備態勢を把握してから敷地内から離脱した。
彼は別荘の裏山を越えた県道に駐車していた車に乗り込む。
「どうでしたか?」
車の運転席にいる堀田という男が後部座席に座るノーマンに質問した。
彼は島崎とのパイプ役の人間であり紫同組の幹部の一人であった。
「ダメだな。陸地からの潜入はリスクが高すぎる。」
「海からの潜入が望ましい。」
ノーマンはぶっきらぼうにそう答えた。
彼には気持ちの乗らない仕事であった。
彼が殺す相手は16歳の少女である。
ノーマンの娘とそれほど年齢も変わらない。
彼にとって実に不愉快な依頼であったのだ。
それでも仕事を引き受けたのは娘を盾に脅迫されだけではない。
標的のある情報が彼を動かした。
「あの少女が”キャリア”だというのは本当なのだな…?」
ノーマンは確かめるように堀田に尋ねる。
「それはあなたも見たはずです。 Mr,ノーマン?」
堀田は含み笑いをしてバックミラーに映るノーマンを見た。
ノーマンはその堀田の顔を見て苦々しく舌打ちをする。
(確かに・・・あの少女は特別な力を持っていた・・・。)
(閃光弾の中で平気で動き窓ガラスを破って4階の高さから人質を抱えて飛び降りた。)
(そして人間の速度を超えた走力で俺たちの銃弾をかわして逃げた。)
(普通の人間ではないことは確かだ…!)
ノーマンはあの時の千佳の行動を一部始終観察していた。
閃光弾が窓ガラスを破って撃ち込まれてすぐにゴーグルを外し目を守ったのだ。
そして閃光の中で目を守りながらも人質の確認を怠らなかったのである。
彼は千佳の超人的な行動を目撃したのだ。
(だが…あの少女が本当に”キャリア”ならなぜこいつらはそれを殺そうとしている?)
(”キャリア”の貴重性はこいつらも知っているはずだ。)
ノーマンは島崎からの雨森千佳抹殺依頼の真意を図り兼ねていた。
ノーマンのいう”キャリア”とは「ヴァリエーション・ステロイド」と言われる薬品の核となる新種のホルモン物質の持ち主を指す。
ヴァリエーション・ステロイド…通称「V・S」と呼ばれるこの薬品は世界の軍需産業に革命をもたらしたと言われるほどの発明品であった。
その薬の服用効果は兵士の筋力を150%増強させ、人間の反射速度、知覚、脳の覚醒効果も通常の薬物よりも数倍高いものであった。
しかも効果の持続性が通常のステロイドよりも3倍も長い上に副作用も極めて軽微であるのだ。
それはステロイドの投与で見られる免疫疾患や骨密度の減少及び動脈硬化などの副作用も起きにくい神秘の薬品であった。
そんな夢のような薬品である「V・S」は軍需だけでなく重病患者の治療薬、労働力問題や健康や美容など多方面での開発が期待されたのである。
その経済効果は天文学的な数字になるだろうと誰もが予測していた。
だがその「V・S」の開発元は一切極秘であり、その薬品の品数も制限されていた状況だった。
今は各国の軍需産業にだけ薬品が取引されており、その売買ルートの全容も判明されていない。
ただ「V・S」の流通だけは実際に行われており、米国がその販売ルートを独占しようとしているとも言われていた。
そのような状況だったので「V・S」による活用は軍事のみというごく限定的なものでしかなかった。
無論、世界中の各機関が「V・S」の製造を試みたが、その薬の核となるホルモン物質の培養に失敗しており、同じ薬品を作るのは不可能との結論に至った。
その「V・S」の核になるホルモン物質がある特別な人間から摂取されているものという事だけが解明されており、そのホルモン物質を持つ人間が”キャリア”と呼ばれていたのだ。
今ではその”キャリア”である人間を獲得できるのなら世界中の国家機関が動くほどの貴重な存在である。
ノーマンはその情報を馴染の米軍将校から聞いていた。
実際にノーマン自身がその「V・S」を服用して効果を試していたのだ。
それは驚くほどの効果だった。
それは100メートルを9秒台で走破し、両腕で持ち上げる重量は600kgに達した。
スコープなしでも300メートル級の狙撃が可能となり、射撃演習でも的を撃つ反射速度と命中率は実に200%も上がったのだ。
これはもはやステロイドではなくサイボーグに近い性能アップである。
もしも敵がこの「V・S」を使用してきたらと考えるとノーマンは寒気がした。
今まで彼が積み上げてきた経験も役に立たずに殺されるかもしれない…そう確信したのである。
その「V・S」の”キャリア”が目の前にいる。
ノーマンは島崎からの依頼を引き受けたのは「V・S」を大量に流通させるのが危険だと考えたからでもあった。
だが相手は民間人の少女だ。
しかも少女は戦闘を回避して誰も殺してはいない。
人質奪還の時もノーマン達を倒す選択をしていたら何人かは確実に死んでいただろう。
それをせずにただ逃げることのみを選択した。
事実ノーマンの仲間は誰も負傷しなかったのだ。
あの銃撃戦でもあの少女を逃がすための援護でしかなく、仲間は一発も被弾していなかった。
(あの少女に罪はない…それでも俺にあの娘を殺せるのか…?)
ノーマンの顔は苦渋で歪んでいた。
私は世界の軍事や薬品の取引なんかと関わっているとは夢にも思わずに美代さんと夕食を楽しんでいた。
別荘の大きく豪華な食卓テーブルで美代さんと並んで座り目の前のゴージャスでおいしそうな大量の料理に舌鼓を打っている最中である。
「とっても美味しいけど、こんなに食べちゃうと太っちゃうかも。」
「ふふ、太った千佳さんも好きですわよ。」
なんて魅惑的な言葉かしら。美代さんが男性ならどんな女性でも落ちると思う。
そんな美代さんは隣の席から私にどんどん料理を勧めてくる。
私の満腹メーターはすでに針を振り切っていた。
「ごめんなさい、もう入りません。」
「あらそう? ではまた明日の楽しみに致しましょうね。」
美代さんは手を叩いてメイドさんに片付けを指示した。
それは一般家庭とはかけ離れた光景。
ああ、やっぱり庶民とは違うなと少し美代さんが遠くに感じた。
美代さんとはやはり住んでいる世界が違うと再認識する。
そんな美代さんがなぜ社会の歯車を望んでいる取るに足らない私にこれほど好意を寄せてくれるのだろう?
実に不可解である。
そんな疑問を見透かすように美代さんは私に微笑む。
「私は千佳さんのことをもっと良く知りたいのです。」
「だからここに招待したんですのよ。」
美代さんは食後のコーヒーを口にした後にそう話しかけてきた。
「私のこと? それはこの間話したと思いますけど…?」
「怪物の”能力”のことですか? あれはあれで特殊な事柄ですが本当に知りたいことではありませんわ。」
「私の知りたいのはですね千佳さん…」
「貴方が越田家代表の私の右腕としてこれからずっとサポートしてくださる意思があるかですの。」
私はビックリして思わず後ろにのけぞった。
美代さんは世界的な大企業の一人娘だ。将来はその大企業の運営に携わるのは間違いない。
その美代さんが私を右腕に…っ?
晴天の霹靂とはまさにこのことである。
「私は貴方に起こった事の経緯や身につけた能力などにさほど興味はありません。」
「それも貴方だから起こったことだと考えておりますの。」
「雨森千佳という人物の資質が招いた結果に過ぎないと思ってますのよ。」
美代さんは自信に満ちた表情でそう語りかける。
私はその真意がわからなかった。
私の資質・・・?!
それが一連の事件を招いたと美代さんは言ってるの?
「ねえ、千佳さん。貴方が公園で少女を助けようとしたのも貴方の高貴な資質だと思いませんか?」
「そして”怪物”に助けられたのは天に導かれた運命。そしてその能力を授かったのも天意かもしれません。」
「私はそんな貴方の資質にとても興味を持っているのです。」
「そしてその資質の可能性にもすごく期待してるのですよ。」
美代さんは少し興奮気味に喋っているように思える。
顔も少し紅潮していた。
でも私はどこか他の誰かのことのように彼女の言葉を聞いていたのである。
だって、私には何もない。
容姿も知力も体力も普通並みの人間でしかないのだ。
今は「彼」の能力が少しだけ使えるけど私自身は大した性能もない人間である。
「美代さん、それは買いかぶり過ぎです。」
「私は貴方にそこまで期待されるような人物ではありません。」
私は必死に否定した。
彼女の右腕になるなんて考えられなかったからである。
彼女のサポートとは世界的な大企業に勤める何万人という従業員の人生を背負うことになるだろう。
そんな責任感は私にはないし、そんな責任を果たせる自信など微塵もない。
でもそんな風に慌てて否定する私を美代さんは笑みを浮かべて静かに見つめていた。
その瞳は慈愛にも近い優しさが宿っているように見える。
「ふふ、私の右腕になりたい人間はいくらでもいますのよ。」
「それこそ、たとえライバルを抹殺してでも・・・。」
「でも、あなたはそれを拒んでいる。まるで野心がない人ですのね。」
「野心や欲望よりも相手のことを思って行動する人物、それを命がけで出来る人がどれほど貴重か…。」
「ともすると、その貴重性を本人が一番理解してないのが自然なのかもしれませんわね。」
美代さんはそう言ってクスクスと笑う。
その笑顔はすごく満足そうであった。
「あの・・・私・・・?」
「もしかして失礼なことを…?!」
「いいんですのよ。千佳さん、私の申し出にすぐに答えてくださらなくても。」
「高校を卒業するまでに二人でゆっくりと話し合いましょう。時間はまだあるのですから。」
美代さんの言葉が胸に刺さる。
私に残された時間はそんなにはないのに・・・。
私は美代さんと別れて自分の部屋に戻った。
一人で寝るには広すぎるキングサイズのベッドで横になる。
美代さんの笑顔と言葉が頭の中で何度も消えては蘇る。
(美代さんは私を凄く評価してくれている。)
(それは正直とっても嬉しい・・・。)
(でも、私には彼女の期待に応える自信なんか全くない。)
(きっと彼女は勘違いしてるのだろう。私が奇妙な体験をしているから…。)
(でも…もし彼女が言うように、私の資質が「彼」と引き合わせたのなら・・・)
(私の資質って何なのだろうか…?)
(そんなことは一回も一ミリも考えたことはなかった。)
(美代さんは私の中にどんな資質を見たんだろうか…?)
そんな答えも出ない疑問を堂々巡りで繰り返す。
(でも…本当に何だろう?)
(「彼」にあと一年の命だと言われてから、こんなに失いたくない人たちが増えるなんて…!)
(最初は両親だけが私の失いたくない人だった・・・。)
(今は前田さん…そして美代さんまで…。)
(もしかするとこれからももっと増えるのだろうか・・・?)
私はそこまで考えると辛くなった。
自分の運命に悲観する。
自分を悲劇のヒロインにするつもりはないのだけど自然に涙が流れた。
とにかくもう考えるのは止そう・・・。
そうして眠りについたのだ。
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