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二十話「始動」
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そこは古いビルが建ち並んでいた。
都内でも交通の便が悪く人通りも少ない場所であるためにビルの利用者は極端に少ない。
その閑散とした古いビルの一つは紫堂組の買い取ったものであった。
そのビルの一室にその若い男達はいた。
部屋の中には簡易なベッドがあり、辺りには無数の空き缶と弁当箱の空箱が散乱しており異臭を出している。
少なくともこの部屋に数日間は暮らしている様子であった。
その男達は6人だった。
年齢はまだ20代半ばであろうか。
服装は黒っぽいタンクトップや安っぽいシャツでラフな格好が多い。
だが荒んだ目つきと腕や顔などに彫られた大きなタトゥーは彼らをまともな社会人から隔絶させている。
暴力団員でもない彼らは”半グレ”と世間で言われる集団であった。
だがこの古いビルの一室に彼らは実に似つかわしくなかった。
この近辺は彼らのような若者がたむろするにはあまりに何もない場所であるからだ。
繁華街からは遠く離れ、居酒屋もコンビニも近くにはない。
もちろんカラオケ店やゲーセンもなかった。
このような場所に長いこと生活していた彼らの不満は高まっていた。
「いつまでこんな所にいなくちゃならねえんだ。」
「我慢も限界だぜ!」
「ああクソッ 女抱きてえっ!」
「俺もそろそろ薬が切れそうだぜ!」
「おめ、まだ”スピード”やってんのかよ!」
「バッカ、あれ打って女としてみなよ。やみつきになるぜ!」
「それにしても、ゲンジはなにしてんだ!?」
「こんなとこにいつまでも閉じ込めてようっ!」
「警察が俺らを捜してんなら仕方ねえだろ。何人殺したと思ってんだ。」
「殺したって!? あれはユウジが勝手に女を殴り殺してただけだろっ」
「俺らは女を殺すより姦っちまうのがメインだったんだからな!」
「ばーか、みんなで拉致ってんだぞ。共犯だって。てめえも刑務所行きさ!」
「てめえこそユウジにのせられてホイホイ付いていきやがったくせに威張ってんじゃねえよっ」
「でもよ、あの話はホントかな。」
「話って、あのアキラ達が始末しにいった女の事か。」
「ユウジは生きてるってい言ってたじゃねえか。」
「あんなもん嘘に決まってるだろ!」
「ユウジがどんだけぶっ壊したと思ってんだ。」
「ユウジの奴、目ん玉まで抜き手で潰したんだぜ。ドタマは陥没するぐらいボコってよ!」
「見てるこっちが気分悪くなっちまったぜ。」
「あそこまで徹底できるのがユウジってとこだろうな。」
「あいつ年少でもマジやばかったからな。」
「でもよ、日本に戻ってきてからは昔よりヤバくなってたぜ。」
「あいつ、人を殺さねえと満足できねえと言ってたっけ。」
「俺たちも女を姦るのには興奮してたけどよ、ユウジには正直ついていけなかったな。」
「あんな血みどろの女なんかよく抱けたよな。」
「そうじゃねえと起たねえと言ってたぞ。」
「傭兵で戦争しててどっか壊れたんじゃねえか?」
この若者達は千佳をさらった紫堂佑治の仲間達だった。
少年院で佑治と知り合い、院を出てからも佑治とつるんで悪事を働いていたのである。
兇暴な佑治も暴力団の組員と違って同世代の仲間とつるむのは貴重な時間と感じていたようだ。
彼らの言動から佑治とは対等に近い友人関係が形成されていた。
佑治が主犯となり手当たり次第に若い女性を次々と誘拐し強姦した後に殺して始末していたのも佑治とこの男達の”遊び”であった。
彼らが各々に愚痴を言い合っている時に部屋のドアに人影が現れた。
「おいおい、少しは掃除しなよ。こんな悪臭でよく我慢できるね。」
紫堂元治は不快そうに表情を歪めてドアに立っている。
臭そうに鼻をつまんでいた。
男達は元治の姿を見つけると口々に叫び出す。
「てめえっゲンジ! いつまで待たせやがるっ!」
「ユウジもアキラたちも死んだんだっ あいつらが犯人だと警察に言ってやればいいだろっ!」
「そうすりゃ俺たちもこんな所で隠れてる必要もねえだろがっ!」
男達は1週間以上もこの空きビルに閉じ込められて不満が爆発寸前だった。
元治への言葉が荒々しくなるのも仕方ない。
だが元治はその男達の恫喝にも涼しい顔をしていた。
「でも君たちも兄貴の共犯だろ。殺された人数を考えると無期懲役か死刑は間違いなしだよ。」
元治は諭すように彼らを見る。
事実、千佳を運んでいたアキラ達の殺害現場から少し離れた崖下で十数人の女性の遺体が警察によって発見されていた。
だが男達は元治をバカにしたように舌打ちをする。
「俺たちはユウジの命令に従っただけさ。そんなに重い罪にはならねえよ。」
「それに拉致った女達も全部死んでいるからな。誰も俺たちが直接殺したって証言する奴はいねえさ。」
男達は薄気味悪い笑みを浮かべてそう嘯嘯く。
ゲンジは肩をすくめた。
そして呆れたように言った。
「なるほどね、少しはない知恵を出して考えたんだ。」
「でも、ユウジから聞いてるだろ。被害者の女子高生が一人生き残ってるって。」
男達の顔から笑みが消えた。
ゲンジの方に全員の顔が向く。
「じゃあ、あの女は本当に生きてたのかっ?」
「あれだけユウジに殴られて…まだ生きてんのか・・・!」
「でもよ、あの怪我じゃまともに証言なんかできやしねえだろ!」
「ああそうだな。頭が変になってても不思議じゃねえ!」
ゲンジはにっこりと笑った。
「いやあ、残念だなあ。彼女は元気だよ。」
「ピンピンして学校に通ってるからね!」
男達は再び元治を見た。
驚愕と怒りが入り混ざった珍妙な目で彼を見つめている。
「ふざけんなよっゲンジっ!!」
「あの怪我で学校なんか行けるかよっ!」
「一生ベッドで寝込んでてもおかしくねえっ!!」
男達は佑治が死んだのを知っている。
もちろんアキラ達が死んだのも。
千佳が生きている事は佑治が話していたから仲間内にも伝わっていた。
だがユウジやアキラ達が惨殺されたことで男達も薄々ながらも何か異常な事が起きていると感じていたのである。
それに千佳が関係しているということも。
男達は千佳を心のどこかで恐れていた。
あれだけの致命傷を負う怪我をしていたのに生きている。
千佳を始末しに行ったアキラ達も殺されている。
あのユウジさえも・・・!
学のない男達も危険な事には敏感であった。
アキラもユウジも千佳に関わった人間は全員死んでいる。
千佳という女がその事に関係しているのは間違いないと考えていた。
「あの女が・・・やっぱりユウジ達を・・・」
「バカやろっ そんな事あるかっ!」
「そうだ! 冗談じゃねえっ!!」
男達は怒りと恐怖で騒然としていた。
千佳が幽霊になって犯人を呪い殺しているのではと話したこともあったほどだ。
その男達のうろたえる様を元治は可笑しそうに眺めていた。
だがその目は冷酷な光を宿している。
「そうか。あんたらは彼女を覚えているのか…。」
「やっぱり・・・君たちは邪魔だな。」
元治はそう言うと不意に男達の方へ歩を進めた。
いや飛んだ。
彼の身体は重力を失ったように天井に向かって飛翔し空中で反転して逆立ちのようになる。
だが元治の両手はポケットに入れており、空中で逆さまに歩いているようにも見えた。
そのまま天井を足で踏みつけて空手の三角飛びのように男達へジャンプする。
男達は元治の動きをただ眺めるしかなかった。
元治はほとんど助走なしでこの一連の動作をしたのだ。
足音もほとんど聞こえない。空中に浮かんだのかと思えるほど信じられない跳躍力であった。
元治はそのまま男達の頭上に飛来し空中に浮遊したまま1人の男のこめかみを蹴った。
蹴られた男は眼球が飛び出してその場に倒れた。
また返す蹴りで隣の男の頭部を蹴る。
軽い蹴りのように見えたが骨のひしゃげるような嫌な音を立てて男の首はあり得ない方向に曲がった。
その男への蹴り足を反動にして別の男を蹴る。
今度はのど元に元治のつま先がめり込み、そのまま元治の動きが止まった。
男の喉に蹴り足の先端が埋まりその状態で元治は立つように静止している。
それはまるで重力を失ったような不自然な体勢だった。
残った男達は声を出すのも忘れてその光景に目を奪われていた。
元治は自由な方の足でその男の頂頭部に踵を落とし陥没させた。
そのままの勢いで再び残る男達の方へ飛んでいく。
それは早いようにも遅いようにも見えた。
それだけ元治の跳躍は予備動作が少なく重力に反していた。
元治の細く長い足は見かけとはかけ離れた筋力を発揮して、次々と男達を襲い破壊していった。
ある者は側頭部を蹴られて首がねじれた。
ある者は頸椎を蹴られて頭部が背中まで折れた。
悲鳴はほとんど聞こえない。
現実とは思えない攻撃を目撃した男達はその元治の暴力を非現実のように感じていたのである。
理解を超えた現象は時に人の恐怖を麻痺させる。
元治が地面に降り立ったときには男達は一人残らず倒れていた。
顔のあらゆる孔から鮮血が流れ出ている。
彼らの死は一目瞭然であった。
「ホント、暴力的な事は嫌いなんだけどね。」
「死体ってさ、臭くて醜いものだし…。」
「でも千佳ちゃんの秘密が他の人間に漏れるのはまずいんだよ。」
「ま、彼女を覚えていたことが不運と思いなよ。」
元治は返り血を一滴も浴びていない事を確認すると軽快な足取りで歩き出した。
(千佳ちゃん、君は甘すぎるよ。)
(君が秘密を守ろうとするなら当事者を殺すだけじゃだめだ。)
(君を傷付けた者を全員始末しなきゃね。)
元治はそう言うと微笑んだ。
(千佳ちゃん、君はおそらく「天孫降臨」だよ。)
(僕の一族のようにね。)
元治は満足そうに笑うと夜の闇に消えていった。
深夜3時、辺りは静寂に包まれている。
その頃ゲンジがユウジの仲間たちを殺害していた事を知らない私は、事件が起きたあの公園にいた。
(ここで私の人生が終わった。)
あの日、ユウジたちに拉致された場所にあるベンチを私は眺めていた。
父とベンチに座り夕日を一緒に眺めていた楽しい思い出は遥か遠い幻想となり、代わりに血塗られた地獄が私の脳裏に上書きされている。
理不尽な運命・・・怒りにも似た感情が私の中に広がった。
私は両足に意識を集中する。
“ウィーン…”という耳鳴りがする。
意識を集中すると軽い電子音のようなものが頭の中で響く。今ではいつでもすぐにこの音を出せるようになった。
それと同時に聴覚と視覚が鋭くなり周辺の状況が頭の中で俯瞰するようにイメージが広がっていく。
頭の中で3Dナビゲーションのように表示される感じである。私からの距離や温度も一目で解る。
私は周囲に人がいない事を確かめると、助走なしで真上にジャンプした。
地面を傷つけないように力の加減に気をつける。私の体はまるで何かに弾かれたように垂直に飛んでいった。
目の前の景色がスローモーションで眼下に広がっていく。
動体視力も進化して今なら走っている車のホイールもゆっくり動いているように見える。
だから私の体が凄い勢いでジャンプしてもそれをスローのように感じてしまう。
街灯の灯があっという間に私の視界の下に移動した。
私の全身は4メートルはある街灯よりも高い位置にある。
その街灯の頭を右足で軽く蹴って更に上へと飛ぶ。
だが金属で出来た街灯の頭は簡単にへこんでしまった。
(しまった!)
私は慌てた。
空中でバランスを崩して落下する。
公園の芝生にお尻から着地した私は首の折れ曲がった街灯を見上げた。
次に落ちた場所の芝生をお尻の形で穿つのを見る。私の体重は100kg以上なのだから仕方ない。
本当は街灯の頭を足がかりに他の所へジャンプする予定だったのだ。
けして街灯を壊すつもりではない。
「ごめんなさい・・・。」
私は街灯に向かって両手を合わせて頭を下げた。
警視の娘が器物破損の犯人である。本当に申し訳ないと思った。
私はため息をつく。
まだ筋力の方は思うように使えない。
当然だ。もともと運動音痴なのだから。
そうそう上手く「彼」の怪力を使いこなせるはずもない。
私は五感を聴覚から始まり嗅覚、視覚へと鍛えていった。
残念ながら、触覚は鍛える方法がわからないので保留にしている。
この触覚をマスターできたら銃弾を寄せ付けない皮膚が手に入るかもしれないけど今は後回しようと思う。
それで現在は筋力をマスターしようとしていた。
こればかりは部屋の中では狭いので外に出て練習するしかない。
もちろん、家族や前田さんには気づかれないように深夜に家を抜け出して練習していた。
運動は苦手だけど、「怪力」の出し方はスムーズにいった。
聴覚を鍛えた時の”電子音”が鳴る集中力は筋力の時にも有効な手段だと気づいたからだ。
一つの事を突き詰めると他の事にも通じると父に言われた事があるけれど、なるほどこういう事かと納得した。
父はよく、
「一を知って十を知れ。」
と、私に説明してくれる。
昔の私は何の事か理解できなかったが、「能力」を得るために必死に努力した結果が「一を知る事」になったらしい。
実はその「一を知る」ことだけでも結構大変だったのだけど・・・。
父の教えはいつも私の支えとなっている。
もちろん母の小言もたまには役に立つ。
それにしても”彼”の能力は凄い。
覚醒していない状態でも、街灯よりも簡単に高く飛ぶ事が出来るなんて。
今の状態でも本気で走ったら100メートルの世界記録を軽く抜きそうだ。
ただ問題なのは集中力の持続である。
聴覚などの五感だと持続もある程度は容易だけど、筋力はちょっとした気持ちの動揺でいきなり普通の人間に戻る。
さっきも空中でバランスを簡単に崩してしまった。
これでは、小心者の私には使いこなせない。
まさに猫に小判である。
私は芝の上でスポーツウェアの汚れを落としながら体の状態を確認した。
(でも落下の痛みは全くない。体の耐久度は高いままみたいね。)
(もう帰ろう。空が明るくなってきた。)
私は慎重に普通のジョギングのスピードで家に向かって走り出す。
だけどこの練習が家族を守ること以外で、大いに役立つ時が来るのを私はまだ知らなかった。
都内でも交通の便が悪く人通りも少ない場所であるためにビルの利用者は極端に少ない。
その閑散とした古いビルの一つは紫堂組の買い取ったものであった。
そのビルの一室にその若い男達はいた。
部屋の中には簡易なベッドがあり、辺りには無数の空き缶と弁当箱の空箱が散乱しており異臭を出している。
少なくともこの部屋に数日間は暮らしている様子であった。
その男達は6人だった。
年齢はまだ20代半ばであろうか。
服装は黒っぽいタンクトップや安っぽいシャツでラフな格好が多い。
だが荒んだ目つきと腕や顔などに彫られた大きなタトゥーは彼らをまともな社会人から隔絶させている。
暴力団員でもない彼らは”半グレ”と世間で言われる集団であった。
だがこの古いビルの一室に彼らは実に似つかわしくなかった。
この近辺は彼らのような若者がたむろするにはあまりに何もない場所であるからだ。
繁華街からは遠く離れ、居酒屋もコンビニも近くにはない。
もちろんカラオケ店やゲーセンもなかった。
このような場所に長いこと生活していた彼らの不満は高まっていた。
「いつまでこんな所にいなくちゃならねえんだ。」
「我慢も限界だぜ!」
「ああクソッ 女抱きてえっ!」
「俺もそろそろ薬が切れそうだぜ!」
「おめ、まだ”スピード”やってんのかよ!」
「バッカ、あれ打って女としてみなよ。やみつきになるぜ!」
「それにしても、ゲンジはなにしてんだ!?」
「こんなとこにいつまでも閉じ込めてようっ!」
「警察が俺らを捜してんなら仕方ねえだろ。何人殺したと思ってんだ。」
「殺したって!? あれはユウジが勝手に女を殴り殺してただけだろっ」
「俺らは女を殺すより姦っちまうのがメインだったんだからな!」
「ばーか、みんなで拉致ってんだぞ。共犯だって。てめえも刑務所行きさ!」
「てめえこそユウジにのせられてホイホイ付いていきやがったくせに威張ってんじゃねえよっ」
「でもよ、あの話はホントかな。」
「話って、あのアキラ達が始末しにいった女の事か。」
「ユウジは生きてるってい言ってたじゃねえか。」
「あんなもん嘘に決まってるだろ!」
「ユウジがどんだけぶっ壊したと思ってんだ。」
「ユウジの奴、目ん玉まで抜き手で潰したんだぜ。ドタマは陥没するぐらいボコってよ!」
「見てるこっちが気分悪くなっちまったぜ。」
「あそこまで徹底できるのがユウジってとこだろうな。」
「あいつ年少でもマジやばかったからな。」
「でもよ、日本に戻ってきてからは昔よりヤバくなってたぜ。」
「あいつ、人を殺さねえと満足できねえと言ってたっけ。」
「俺たちも女を姦るのには興奮してたけどよ、ユウジには正直ついていけなかったな。」
「あんな血みどろの女なんかよく抱けたよな。」
「そうじゃねえと起たねえと言ってたぞ。」
「傭兵で戦争しててどっか壊れたんじゃねえか?」
この若者達は千佳をさらった紫堂佑治の仲間達だった。
少年院で佑治と知り合い、院を出てからも佑治とつるんで悪事を働いていたのである。
兇暴な佑治も暴力団の組員と違って同世代の仲間とつるむのは貴重な時間と感じていたようだ。
彼らの言動から佑治とは対等に近い友人関係が形成されていた。
佑治が主犯となり手当たり次第に若い女性を次々と誘拐し強姦した後に殺して始末していたのも佑治とこの男達の”遊び”であった。
彼らが各々に愚痴を言い合っている時に部屋のドアに人影が現れた。
「おいおい、少しは掃除しなよ。こんな悪臭でよく我慢できるね。」
紫堂元治は不快そうに表情を歪めてドアに立っている。
臭そうに鼻をつまんでいた。
男達は元治の姿を見つけると口々に叫び出す。
「てめえっゲンジ! いつまで待たせやがるっ!」
「ユウジもアキラたちも死んだんだっ あいつらが犯人だと警察に言ってやればいいだろっ!」
「そうすりゃ俺たちもこんな所で隠れてる必要もねえだろがっ!」
男達は1週間以上もこの空きビルに閉じ込められて不満が爆発寸前だった。
元治への言葉が荒々しくなるのも仕方ない。
だが元治はその男達の恫喝にも涼しい顔をしていた。
「でも君たちも兄貴の共犯だろ。殺された人数を考えると無期懲役か死刑は間違いなしだよ。」
元治は諭すように彼らを見る。
事実、千佳を運んでいたアキラ達の殺害現場から少し離れた崖下で十数人の女性の遺体が警察によって発見されていた。
だが男達は元治をバカにしたように舌打ちをする。
「俺たちはユウジの命令に従っただけさ。そんなに重い罪にはならねえよ。」
「それに拉致った女達も全部死んでいるからな。誰も俺たちが直接殺したって証言する奴はいねえさ。」
男達は薄気味悪い笑みを浮かべてそう嘯嘯く。
ゲンジは肩をすくめた。
そして呆れたように言った。
「なるほどね、少しはない知恵を出して考えたんだ。」
「でも、ユウジから聞いてるだろ。被害者の女子高生が一人生き残ってるって。」
男達の顔から笑みが消えた。
ゲンジの方に全員の顔が向く。
「じゃあ、あの女は本当に生きてたのかっ?」
「あれだけユウジに殴られて…まだ生きてんのか・・・!」
「でもよ、あの怪我じゃまともに証言なんかできやしねえだろ!」
「ああそうだな。頭が変になってても不思議じゃねえ!」
ゲンジはにっこりと笑った。
「いやあ、残念だなあ。彼女は元気だよ。」
「ピンピンして学校に通ってるからね!」
男達は再び元治を見た。
驚愕と怒りが入り混ざった珍妙な目で彼を見つめている。
「ふざけんなよっゲンジっ!!」
「あの怪我で学校なんか行けるかよっ!」
「一生ベッドで寝込んでてもおかしくねえっ!!」
男達は佑治が死んだのを知っている。
もちろんアキラ達が死んだのも。
千佳が生きている事は佑治が話していたから仲間内にも伝わっていた。
だがユウジやアキラ達が惨殺されたことで男達も薄々ながらも何か異常な事が起きていると感じていたのである。
それに千佳が関係しているということも。
男達は千佳を心のどこかで恐れていた。
あれだけの致命傷を負う怪我をしていたのに生きている。
千佳を始末しに行ったアキラ達も殺されている。
あのユウジさえも・・・!
学のない男達も危険な事には敏感であった。
アキラもユウジも千佳に関わった人間は全員死んでいる。
千佳という女がその事に関係しているのは間違いないと考えていた。
「あの女が・・・やっぱりユウジ達を・・・」
「バカやろっ そんな事あるかっ!」
「そうだ! 冗談じゃねえっ!!」
男達は怒りと恐怖で騒然としていた。
千佳が幽霊になって犯人を呪い殺しているのではと話したこともあったほどだ。
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「そうか。あんたらは彼女を覚えているのか…。」
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元治はほとんど助走なしでこの一連の動作をしたのだ。
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それはまるで重力を失ったような不自然な体勢だった。
残った男達は声を出すのも忘れてその光景に目を奪われていた。
元治は自由な方の足でその男の頂頭部に踵を落とし陥没させた。
そのままの勢いで再び残る男達の方へ飛んでいく。
それは早いようにも遅いようにも見えた。
それだけ元治の跳躍は予備動作が少なく重力に反していた。
元治の細く長い足は見かけとはかけ離れた筋力を発揮して、次々と男達を襲い破壊していった。
ある者は側頭部を蹴られて首がねじれた。
ある者は頸椎を蹴られて頭部が背中まで折れた。
悲鳴はほとんど聞こえない。
現実とは思えない攻撃を目撃した男達はその元治の暴力を非現実のように感じていたのである。
理解を超えた現象は時に人の恐怖を麻痺させる。
元治が地面に降り立ったときには男達は一人残らず倒れていた。
顔のあらゆる孔から鮮血が流れ出ている。
彼らの死は一目瞭然であった。
「ホント、暴力的な事は嫌いなんだけどね。」
「死体ってさ、臭くて醜いものだし…。」
「でも千佳ちゃんの秘密が他の人間に漏れるのはまずいんだよ。」
「ま、彼女を覚えていたことが不運と思いなよ。」
元治は返り血を一滴も浴びていない事を確認すると軽快な足取りで歩き出した。
(千佳ちゃん、君は甘すぎるよ。)
(君が秘密を守ろうとするなら当事者を殺すだけじゃだめだ。)
(君を傷付けた者を全員始末しなきゃね。)
元治はそう言うと微笑んだ。
(千佳ちゃん、君はおそらく「天孫降臨」だよ。)
(僕の一族のようにね。)
元治は満足そうに笑うと夜の闇に消えていった。
深夜3時、辺りは静寂に包まれている。
その頃ゲンジがユウジの仲間たちを殺害していた事を知らない私は、事件が起きたあの公園にいた。
(ここで私の人生が終わった。)
あの日、ユウジたちに拉致された場所にあるベンチを私は眺めていた。
父とベンチに座り夕日を一緒に眺めていた楽しい思い出は遥か遠い幻想となり、代わりに血塗られた地獄が私の脳裏に上書きされている。
理不尽な運命・・・怒りにも似た感情が私の中に広がった。
私は両足に意識を集中する。
“ウィーン…”という耳鳴りがする。
意識を集中すると軽い電子音のようなものが頭の中で響く。今ではいつでもすぐにこの音を出せるようになった。
それと同時に聴覚と視覚が鋭くなり周辺の状況が頭の中で俯瞰するようにイメージが広がっていく。
頭の中で3Dナビゲーションのように表示される感じである。私からの距離や温度も一目で解る。
私は周囲に人がいない事を確かめると、助走なしで真上にジャンプした。
地面を傷つけないように力の加減に気をつける。私の体はまるで何かに弾かれたように垂直に飛んでいった。
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だから私の体が凄い勢いでジャンプしてもそれをスローのように感じてしまう。
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その街灯の頭を右足で軽く蹴って更に上へと飛ぶ。
だが金属で出来た街灯の頭は簡単にへこんでしまった。
(しまった!)
私は慌てた。
空中でバランスを崩して落下する。
公園の芝生にお尻から着地した私は首の折れ曲がった街灯を見上げた。
次に落ちた場所の芝生をお尻の形で穿つのを見る。私の体重は100kg以上なのだから仕方ない。
本当は街灯の頭を足がかりに他の所へジャンプする予定だったのだ。
けして街灯を壊すつもりではない。
「ごめんなさい・・・。」
私は街灯に向かって両手を合わせて頭を下げた。
警視の娘が器物破損の犯人である。本当に申し訳ないと思った。
私はため息をつく。
まだ筋力の方は思うように使えない。
当然だ。もともと運動音痴なのだから。
そうそう上手く「彼」の怪力を使いこなせるはずもない。
私は五感を聴覚から始まり嗅覚、視覚へと鍛えていった。
残念ながら、触覚は鍛える方法がわからないので保留にしている。
この触覚をマスターできたら銃弾を寄せ付けない皮膚が手に入るかもしれないけど今は後回しようと思う。
それで現在は筋力をマスターしようとしていた。
こればかりは部屋の中では狭いので外に出て練習するしかない。
もちろん、家族や前田さんには気づかれないように深夜に家を抜け出して練習していた。
運動は苦手だけど、「怪力」の出し方はスムーズにいった。
聴覚を鍛えた時の”電子音”が鳴る集中力は筋力の時にも有効な手段だと気づいたからだ。
一つの事を突き詰めると他の事にも通じると父に言われた事があるけれど、なるほどこういう事かと納得した。
父はよく、
「一を知って十を知れ。」
と、私に説明してくれる。
昔の私は何の事か理解できなかったが、「能力」を得るために必死に努力した結果が「一を知る事」になったらしい。
実はその「一を知る」ことだけでも結構大変だったのだけど・・・。
父の教えはいつも私の支えとなっている。
もちろん母の小言もたまには役に立つ。
それにしても”彼”の能力は凄い。
覚醒していない状態でも、街灯よりも簡単に高く飛ぶ事が出来るなんて。
今の状態でも本気で走ったら100メートルの世界記録を軽く抜きそうだ。
ただ問題なのは集中力の持続である。
聴覚などの五感だと持続もある程度は容易だけど、筋力はちょっとした気持ちの動揺でいきなり普通の人間に戻る。
さっきも空中でバランスを簡単に崩してしまった。
これでは、小心者の私には使いこなせない。
まさに猫に小判である。
私は芝の上でスポーツウェアの汚れを落としながら体の状態を確認した。
(でも落下の痛みは全くない。体の耐久度は高いままみたいね。)
(もう帰ろう。空が明るくなってきた。)
私は慎重に普通のジョギングのスピードで家に向かって走り出す。
だけどこの練習が家族を守ること以外で、大いに役立つ時が来るのを私はまだ知らなかった。
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