三本角物語

当山 佳

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十話「鳴動」

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私は学校から帰宅して、すぐに自宅の自分のベッドで横になっていた。
必死に頭の中に問いかける。

(起きているのなら返事をしてくださいっ!!)
(お願いだから答えてくださいっ!!)

私はゲンジと会ったあと急いで自宅に戻った。
自分の部屋に入ってからずっと「彼」に呼びかけている。

「彼」は起きている。

ゲンジと会った時に感じたこと。
それが事実なのか、それを確かめなくてはいけない。

以前からその試みは”彼”に喰われてからずっと行っている。
頭の中で「彼」を幾度となく呼んでみた。
テレパシーというのが本当に存在しているのかはわからないけど同じ体に同居してるのだから頭の中で意思疎通は出来ると思っていた。
それに記憶だって一部は共有している。
「彼」が何者かはまだ知らないからその共有自体「彼」が制限してるのは確かだろうけど。

返事はいつもの如く全くなかった。
いや、「彼」の気配さえ感じない。
だから「彼」は眠っていると判断していた。今までは…。

でも会議室の床に亀裂を入れたあの「力」は確かに”彼”のものだ。

「彼」は起きているかもしれない。
いや寝ていると思っていたのは私の勘違いかもしれない。

私はその推察に恐怖はしているが、それと同じぐらい「彼」と話したい欲求もある。

「彼」は何者なのか?
何処から来たのか?
何を目的にして生きているのか?

そして・・・・
私は本当に1年で死ぬの?
それがどういう”死”なのっ?!

私という”意識”がなくなってしまうのだろうか・・・・。
あの漆黒の闇の世界にまた堕ちてしまうのっ!?

聞きたい・・・っ
知らないということがこんなに怖いものだとは思わなかった。
だからこそ”彼”とコンタクトを取りたいっ!

頭の中での呼びかけは失敗した。
もしかしたらアプローチの仕方が間違っていたかもしれない。

そうだ、直接「耳」に呼びかけたらどうだろう。

この体は「彼」のものなのだ。
直接、肉体を刺激する方がいいのかもしれない。
私は声を出してみた。

「あの…聞こえますか…?」
「聞こえているのでしたらお返事をお願いします。」

思わず敬語になってしまう。
しかも声はヒソヒソ話をするように小さい。

傍目から見たらかなり間抜けな行為に移るだろうなと自己嫌悪になる。
独り言を敬語にしている… 幽霊とこわごわ話してるみたい…。

私は意を決してもっと大きな声を出した。

「あの、私ですっ 聞こえていますか!?」
「返事をしてくださいっ!!」

「彼」の名前がわからないから実にやりにくい。

「あのっ… 起きているんでしょっ」
「教えてくださいっ あなたは誰っっ!?」

何度も「彼」を呼んだ。
「彼」の返事はない。
気配も感じない。

焦る気持ちが心の中でどんどん膨らんでいく。
私は苛立ちを我慢出来なくなっていた。
私の呼びかけに少しも反応してくれない「彼」に腹立たしいとも感じていた。
あの山中から機会があるたびに私はずっと「彼」に呼びかけているのだ。
それなのに人を殺す時にだけ「彼」は勝手に現れて状況を悪くして勝手にいなくなるっ!
なんて自分勝手で傲慢な生物なのだろうっ!

ずっと溜まっていた心の不満が次第に噴出して声が大きくなる!

「私はどうなるのですかっ」
「私は本当に死ぬんですかっ!?」

『死』への恐怖、私はその不安にずっと怯えていたっ!
1年という限られた時間の恐怖にずっと耐えていたのだっ たった一人でっ!!
そんなこと誰にも言えないっ お父さんにもっ お母さんにもっ 誰にもッッ!!
そんな理不尽さに怒りが込められていく。

「教えてっっ 私は死にたくない・・・っ」
「もっと・・・生きたい・・・・っ」

「ねえっ 答えてよっ!!」

「私を・・・殺さないでっっ!!!!」



バタンッッッ!!

突然、大きな音を立てて部屋のドアが開いた。
私はその音にビックリしてベッドで上体を勢い良く起こす。

私の目の前には血相を変えて立っている前田さんがいる。

私は硬直した。
興奮して思わず大声を出して叫んでいたことに今さら気付いて赤面する。
恥ずかしくて前田さんから顔を隠すようにタオルケットを頭からかぶった。

「い、いや、大きな声がしたもんで、つい・・・」

私の様子を見て前田さんもばつが悪そうな口調だった。

”彼”の声も気配も結局は感じられない。

私は恥ずかしさとひどい挫折感で急に涙が出て来た。

鳴き声を漏らす。頭からかぶったタオルケットが小刻みに揺れていた。

前田さんは私の側に近寄って優しい口調で言葉をかけてくれた。

「ごめんね。…でも辛いときは僕に話してくれてもいいんだよ。」
「君は本当に大変な思いをしたんだ。無理しなくていい。」

前田さんは私が事件で傷ついた事を本当に気遣ってくれている。
その温かい気持ちが心にしみてきて嬉しかった。

「ごめんなさい… そうではないんです。 私・・・・」

タオルケットから頭を出して前田さんに謝った。
私がなぜ謝ったのか… 前田さんは困惑した表情で私を見つめている。
そんな前田さんを見て、私は彼に申し訳なく思い余計に涙が出てきた。

(私はもう死んでいるの。)

前田さんに心の中で訴える。

(怪物の体の中で生かされているの。)

父や前田さんたちが守ろうとしている「雨森千佳」はもうこの世にはいない。
それどころか今の「私」でさえ、あと1年の存在なのだ。

前田さんの優しい気持ちは私の涙を懺悔の気持ちに変えていた。

  

*******************************



その大邸宅は武家屋敷のような頑強な日本式の城門で守られていた。
それでもその重厚な門が場違いに見えないのは邸宅の敷地の広さが一般住宅の広さからかなり逸脱しているからであろう。
その大邸宅はゆうに一つの町内がすっぽり入るほどの広さを持っていた。
その敷地の中央に巨大で豪勢な日本家屋が建っている。
知らない人が見たら何かの寺か神社の敷地かと思ったろう。

その城門が厳かに開き黒塗りのリムジンが邸内に入って来る。
車は邸宅の玄関の前に止まり、車の周りに黒色に近い紫紺色のスーツを着た男たち十数名が一糸乱れずに整列した。

その中の一人の男がドアを丁重に開ける。

車のドアの内部から、のっそりと恰幅の良い50代後半の初老の男が出て来た。
身長はゆうに190センチもあるだろうか、日本人離れした体格の持ち主の初老の男は、整列した男たちと同じ紫紺色の袴姿であった。

御前ごぜん、お帰りなさいませ。」

御前と呼ばれた袴姿の大男は、紫堂宗佑しどうそうすけという。
広域暴力団「三永会」の最高幹部の一人であった。

紫堂宗佑は広い邸宅の長い廊下を配下の男を従えながら進み、200畳はあろうかという大広間に入った。
大広間の奥には壁一面の床の間があり、その床の間と天井をつなげる巨大な欄間には荘厳な龍虎の彫刻が彫られ来る者を威圧している。
その床の間の前には他の広間から一段高い畳の間が舞台のように拡がっていた。
一見したら江戸時代の将軍家の部屋と見間違うだろう。

その段差の上にある巨大な座椅子に巨体を降ろし宗佑は不適な笑いをもらす。

「くだらん、またつまらん脅しをかけてきおったわ。」

時代がかった口調で宗佑は野太い声で吐きすてるように言った。

「ではやはり今日の急な呼び出しはあのことでしたか。」

宗佑の前で正座している男が答えた。
その40代半ばに見える純白の背広を着た男は両手を膝の上に乗せ真っすぐに背筋を伸ばしている。
その姿勢のまま微動だにしない姿は、この男の宗佑への忠誠を物語っていた。

「うむ、相も変わらず、この組の資金ルートの開示を迫って来おったわ。」
「”三永会”の最高幹部も、このご時世で資金繰りに苦しいようだな。見栄も外聞もない。」

宗佑はことあるごとに「三永会」幹部に、紫堂組の資金調達の開示を要求されていた。
だが宗佑はそれをいつも突っぱねていたのである。
宗佑の紫堂組は古参に比べて新興組織であり、宗佑の態度は実に傲慢の部類に入る。
本来なら幹部連の不満を買い粛清されるか強硬に資金ルートを吐かされ資金を吸い上げられるだろう。
だが「三永会」はそのような行動を取れずにいた。
宗佑の「裏の力」を恐れて思い切った行動には出られないのである。

事実、資金ルートを探ろうとした組員や興信所の人間は一人残らず殺害され、行方不明の人間も多数いる。
資金ルートの調査を依頼された3次組織の組長は一家全員行方不明になっている。
おそらく生きてはいないだろう。その組長の自宅にはおびただしい血痕が残っていたからだ。
現場に犯人の痕跡はなく、捜査に入った警察でさえ犯人の特定は出来なかった。
おそらくは紫堂組の仕業と推察できるが、紫堂組の全ての構成員には完璧なアリバイがあり紫堂組の犯行として立件が出来なかった。
証拠がなければ警察も「三永会」でさえ追求出来ない。
紫堂組には構成員以外に「裏の力」としてのプロの実働部隊がいるのは確実だった。

それ以降「三永会」の幹部たちも資金ルートを秘密裏に探る行為は控えている。
だから宗佑を公式の場に呼び出しルートの開示を要求していたのだ。

「だが、島崎しまざき、”品物”の取引には用心を怠らないように警戒を緩めるな。」
「最近は組のスパイだけでなく、警視庁もこの組の捜査をしている動きがある。」

「心得ております。」

島崎と呼ばれた正座している男は深く頭を下げた。

「やあ、親父さま、お帰りなさい。」

島崎の背後から爽やかな笑顔でゲンジが歩いて来る。

「親父さまじゃない、父上と呼べ。」

宗佑は呆れたように言った。

「そんな大仰なものはこの部屋だけにしてよ。」

そう言って笑うとゲンジは島崎の横にあぐらをかいて座った。

「ねえ、アニキが気にかけてた女に会って来たよ。」

ゲンジはまるで友人に話すような気軽な口調で父である宗佑に語りかける。

「どうでした、佑治様を殺した犯人の手がかりは掴めましたか?」

島崎がゲンジに尋ねた。

「どうだかね、あの女は別に普通の子だったからね。」
「とてもアニキたちを殺すような”力”を持っている風には見えなかったよ。」

ゲンジは無邪気に笑みを浮かべながら島崎を見た。

「ですが、あの少女が佑治様の死に関係しているのは確かです。」

そう言った島崎の眼は鋭く光った。

「別にいいっしょ。アニキが死んで島崎さんも内心は喜んでいるんじゃない?」

「そんなことはありません。」

島崎は動揺もせずに即座に否定した。

「だって、アニキが女を拉致して痛めつけて殺したのは5、6人じゃきかなかったでしょ。マスコミも騒ぎだしていたしさ。」

「他の組のスパイを始末する仕事も最近はめっきり減ってきてて、アニキもフラストレーションが溜まるいっぽうだったからね。」

「あのままじゃ、きっともっと大勢の女をさらって殺してたと思うよ。」
「そうなったらこの組にもいずれ警察の手入れが入ったかもしれないじゃん。」

「元治っ もうよい!」

宗佑はゲンジの言葉を遮るように声を荒げた。

「佑治は確かにあの”欲情”を抑えられなかった。だが、それが紫堂家の血筋でもある。 口を慎め。」

ゲンジは肩をすくめた。

「はいはい、わかりましたよ。」
「確かに”呪われた一族”だからね。」

ゲンジの眼は不気味に光った。
それはもう軽い口調の彼ではなく、得体の知れない威圧を他者に与える存在になっていた。

「やはり、佑治様の殺され方は無視出来ません。」

島崎は宗佑に向かって進言した。

「うむ。やはり真相を掴まねばならぬようだな。」
「もしあれが我らの対抗勢力の仕業なら捨ててはおけぬ。」

宗佑はつぶやく。その顔は太々ふてぶてしい彼には珍しく苦渋に満ちている。
なぜならユウジ達こそが紫堂組の「裏の力」の実働部隊だったからである。
ユウジ達を殺害したのが敵の組織なら、敵の正体を掴まねばならない。
それは紫堂組の存続にも関わる。

「元治、しばらくはお前に任す。必要なら島崎の手を借りろ。」

宗佑にそう言われ、島崎はゲンジに向かって軽く頭を下げた。

「わかったよ。 でも僕は野蛮な事は苦手だからね。こっちのやり方で任せてもらうよ。」

そう言うと島崎を睨みつけてスクッと立つ。
ゲンジの態度は島崎に対して挑戦的に見えた。

だが、島崎はそのゲンジの態度には無関心のように宗佑の方だけを見ている。
彼の主人はあくまで宗佑なのだ。
ゲンジの挑発的な視線には関心がないように無表情のままである。

ゲンジは広間を出た。

その口元には笑みを浮かべていた。

(あの女は島崎には渡さない。)

(雨森千佳・・・あの女には確かに”何か”がある・・・ッ!!)


ゲンジの瞳は青白く光っていた。

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