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五話「変異」
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人は何故、暴力をふるうのだろう。
私は争いが嫌いだ。
だから暴力も嫌い。
人を傷つければ罪悪感でいっぱいになる。
それでも私だって人間だ。
小学5年生のときに一度だけ取っ組み合いのケンカをしたことがある。
その時に故意ではないが相手の女の子に怪我をさせた。
私が彼女を突き飛ばした先にたまたま階段があったのだ。
彼女は階段下まで転げ落ち、額を3針縫った。
幸いにも脳への損傷はなかったと、彼女の家に謝罪に行った両親から聞いた。
後は残らない傷ではあったが、頭に包帯をした彼女はとても痛々しかった。
理由もはっきりと思い出せないほどの小さな原因のケンカで、もしかしたら彼女に大怪我をさせる事になったかもしれない。
大怪我でなくても、もし傷が残れば彼女の人生が変わった可能性もある。
私はすごく落ち込んだ。
しばらくは眠っていても階段を落ちていく彼女がスローモーションのように頭の中で再現されるたびに飛び起きた。
汗が噴き出し動悸も激しくなり思わずパジャマの胸を強く握りしめる。
自分のした事を恥じて大声で叫び出したくなる。
できることなら時間を巻き戻したいほどの後悔・・・。
小さい事が、一時の怒りが、他人の人生を大きく変える事がある。
それを幼い心で自覚した。
わたしはそれから争う事を避けるようにした。
もうあんな嫌な思いは二度としたくないからだ。
私の体を蹴り続けるこの男たちもそんな罪悪感を感じた事はないのだろうか。
それとも元から持っていないのだろうか。
わからない。
私は無抵抗のまま男たちの暴力に耐えていた。
男たちの暴力はそれでも止まらない。
まるで私の体をボールのように蹴り続けた。
ただ蹴るのではない。確実に肉体の破壊を狙った打撃である。
致命傷を与えるような容赦ない暴力だった。
この男たちもユウジと同じ・・・
人を殺すのにためらいがない。
痛いっ痛いっ
痛い・・・・・っっっっ!!!
上半身の骨は何箇所も折れて内臓に食い込んでくる。
足の骨も何度も踏みつけられて変な方向に曲がっている。
コンクリートの床を私の血が放射状に飛び散って赤く染めていた。
「ひっ・・・うっ・・・・」
私はすでにまともな声すら出なくなっている。
うめき声のような悲鳴しか出ない。
ひどい・・・っ
酷すぎる・・・・・っっっ!!!
私はなぜこんな暴力を受けなくちゃいけないのっっ!?
どうしてっっ
こんな目に会わなくちゃいけないのっっっっ!!!!!
絶え間ない激痛が私の正常な意識を奪っていく。
痛みの感覚が身体中に爆発するように広がっていく。
痛いっ!
気が狂うほどに痛いっっ!!
「おい、殺してもかまわねえっ もっとやれっっ!!!」
ユウジが何故そんな事を言っていたのだろうか?
私から知りたい事を聞き出したかったのではないのっ?
おそらく私をあの日のように殺すまで痛めつける事で何かが解ると思っていたのだろうか。
もしかすると「彼」に殺されたアキラという仲間たちと同じ状況を作ろうとしたのかもしれない。
ユウジの声を聞いて何かがおかしく感じる。
もちろんユウジの言動のチグハグさもあるけど、私の身体にも異常な違和感が生じていた。
そう… 絶え間ない激痛に耐えながら極めて冷静に私の思考力は働き出している。
なぜだろう。私はどこかで自分の「死」を感じてない。
むしろ激痛に耐えるほど頭の中が冷たく冴えていくようだ。
さっきまでの狂おしいほどの絶望感は急激に薄れていってる。
それと同時に身体中の痛みも薄れていく・・・・・。
そんな違和感を感じている私に男たちは止まることなく執拗な暴力を加えていた。
でもそれは彼らの大きな”誤り”だった。
私の違和感は予兆だった。
「彼」は”私の中”にいる。
そう、確かに存在していた。あの日から、ずっと・・・・・
「彼」は眠っていたのだ。 私の中で・・・・
そう眠ったままでいれば良かったのに、もう遅い・・・!
”私”の肉体の危機に「彼」が気づかないはずもなかった。
だってこの体は彼のものなのだからっ!!
私は後でそれを知り激しく後悔する事になった。
ゴキィッッ!!
私の体の中から不気味に骨がきしむ音が突然響く。
何かが体の中で発生した!
体の芯が燃えるように熱いっ!!
私は直感した。
「彼」が起きたのだ・・・・・と!!
グシャッ ゴギッッッッ
私の体の中から漏れる異様な音に男たちの動きが止まった。
そして何かの異変を感じて私から離れた。
男たちの反応は素早い。
きっと特別な訓練を受けているのだろう。
私は体の内部に何かが蠢くのを感じた。
それは胴体から右腕へと移動した。
ビチャッと嫌な音を立てて右腕の皮膚が縦に割れた。
割れた傷口の中から木の根のような細い筋肉が無数に伸びて螺旋状に腕に絡みつく。
その筋肉の根は私の腕全体を包むように巻き付き私の腕を別の形状に変えていった。
すでに元の腕より何倍も太くなっている。
筋肉の”こぶ”が至る所が盛り上がったその右腕は人間とは一見して違う巨大な凶器のような形状だった。
それは人間の手と同じ五本の指があるが黒い金属のような緩やかな曲線を描いて鋭く伸びている。
まるで指全体が爪のようだ。
ユウジのナイフもその黒光りする獰猛な形状をした爪に比べれば子供の玩具に等しい。
その巨大な爪を支える手も腕も筋肉のこぶが異常に隆起して人間の筋肉とは逸脱していた。
私の姿はどんな風に、その男たちに映ったのだろう。
巨大な爪を宿す異様に太く筋肉の鎧をまとった右腕。
男たちは明らかに驚愕していた。
私は立ち上がった。
折れた足はいつの間にか復元している。
私の右腕はまさに怪物と化していた。
顔も胴体も足も私の姿を保っている。
だけど右腕だけが人間ではない。
16歳の少女の小さい体に不似合いすぎる巨大な怪物の腕。
そのアンバランスな姿が凶悪な禍々しさを増幅していた。
[・・・愚かモノどもが・・・・]
地獄の底から聞こえてくるような不気味に響く太くしゃがれた男の声。
私の声ではない。
あの「彼」の声が私の口から唸るように絞り出て来た。
私は自分の意志で立ち上がったのではない事を今更ながら気づいた。
「に・・逃げて・・・」
私は口の筋肉を無理やり動かすようにして声を出した。
そうしないと声が出せないのだ。
意識しなくても動く眼や口が強く意識しないと動かない。
私は私の体が別の誰かに支配されていくのを感じた。
いや、元々は私の体ではない。
「彼」の体なのだっ!!
「うそだろ、これは何の冗談だよ・・・!」
ユウジは薄ら笑いを浮かべながら私を見た。
その眼は期待したものを探し当てて喜ぶ子供のようにも似ていた。
ユウジも狂った人間なのかもしれない。
「・・・逃げて、早く・・・殺される・・・」
私は再び男たちに警告した。
だが男たちは私の姿を見て立ち尽くしているだけだ。
何が起きているか理解できていないようだった。
もう「彼」は強大な殺意で満たされている。
私の精神の中に”彼”の感情が奔流のように流れ込んで来ていた。
強烈な殺意、殺意、殺意。
「すげえなってめえ、これがテメエの本当の正体か!」
「アキラたちもテメエが殺したんだな!!」
ユウジは叫んだ。
ユウジの声は震えていた。自らの動揺を隠すために虚勢を張っているのがわかる。
だがその声で男たちは我に帰り素早く行動に移した。
ユウジの手にも男たちの手にもいつの間にか拳銃が握られ、私に銃口を向けている。
やはりこの男たちはただのチンピラではない。
ただ快楽に生きる人間が「彼」のような怪物を見てこれほど素早い対応ができるだろうか。
ユウジも異常者ではあるけどそれだけではないと感じた。
「死ねや、化け物がーっっっっ!!!」
乾いた音の銃声が立て続けに鳴り響く。
10数人の拳銃から発射された銃弾が私の体を容赦なく襲った。
いったい何十発、何百発の銃弾が私に浴びせられたのか。
でもすでに私は「痛み」を感じる事は出来ない。
いや五体そのものに私の意思は伝わっていなかった。
痛みも感触も意思さえもすでに私から離れている。
男たちは銃を撃つのをやめ、私の反応を確かめる。
だが私は動かずにそこに立っていた。
コトッ・・・
コンクリートの床に鈍く小さい音が響く。
コンッ コトッ トンッ
続けざまに私の体から潰れた鉛の弾が力なく落ちていく。
あのおびただしい数の銃弾はただの一発も私の体を貫いてはいなかった。
男たちがそのことに気づいて再び銃にマガジンを装填し構える。
だがその手は小刻みに震えていた。
例えようもない恐怖が男たちの表情に宿る。
彼らの銃弾がまた私を襲った。
だが結果は同じだ。銃弾は私の体の皮膚に阻まれて簡単に潰れて弾かれる。
怪物になった右手だけでない。私の全身が銃弾さえ通さない体になっていた。
それも当然だろう。この体はすでに私のものではない。
この体はもう「彼」のものなのだ!
私の体から一滴の血も流れていない事に男たちは驚愕した。
あの銃弾の雨でさえ私を傷つけられないと知ったからだ。
ユウジのナイフで刺された傷もすでに塞がっていた。
皮膚の上から傷の跡を探すのが不可能なほどに・・・.。
不意に怪物になった右腕が伸びた。
何メートルもの長さに!
その長く伸びた腕の先には黒く光る獰猛な爪が男たちを捉えている。
ピシッッ
わずかな破裂音のような音がした。
爪が空気を切り裂く音は意外に小さい。
それでもその爪の威力は甚大だった。
男たちの体は一瞬で切り裂かれる。
男たちの腕も足も胴体も分断されていく。
あっという間に10人以上の男たちの肉体が粉々に散った。
男たちは声も出さなかった。
それほどの高速で怪物の腕は動いていたのだ。
はたして人間の肉眼で見える動きなのだろうか。
私は「彼」の目を通してそれが見えた。
男たちはバラバラと大小の肉片となって床に落ちる。
彼らは死を認識する事はできたのだろうか。
それほど一瞬の出来事だった。
私をあれほど痛めつけ地獄のような苦痛を与え続けた男たちは、おそらく痛みを感じる事もなく死んでいった。
それでもその男たちの死は私の心を大きく揺さぶる。
逃げてと言ったのに…なぜ…?
偽善ではなく殺戮を眼前にして吐き気と目眩が私の精神を襲う。
私の姿をした「彼」はユウジの方に振り向いた。
ユウジは異形の怪物になった私を見て後ずさった。
彼の足は貧乏揺すりのように激しく震えている。
ユウジの味方であった男たちが一瞬で全員殺されたのだ。
恐怖を感じない方がおかしい。
「なんだよテメエは・・・なんなんだよ・・・っっ!!!」
ユウジは失禁していた。
あれほど暴力を好み、それに性的な快感を感じていた男なのに…
今はその暴力に怯えている。
私はユウジに初めて人間らしい感情を見たように感じた。
この人にも人間らしさがあったのだ。
それだけでこの”人間”を逃がしたくなった。
しかし「彼」はそれを許さなかった。
腕が伸びた。
ユウジの頭部は一瞬で無数の肉片と化した。
頭部を失ったユウジの体は糸が切れたように床に崩れ落ち痙攣している。
それで終わりだった。ユウジは死んだ。
辺りには生きている人間は誰もいなかった。
ユウジの仲間も全て死んだ。
それが「彼」の望みだったのだろうか?
「彼」を見た人間は一人も生かしてはおけない。
その強大な”意思”を持った殺意が私の心を蹂躙していた。
逆らう事など出来ない。
そう私はすでに死んでいる。
この体は「彼」のものなのだ。
だから私の意志が反対してもそれに従うことはない。
「彼」の意識は再び深い所へと静かに沈んでいった。
私との意志の疎通は必要ないと感じているのだろうか…。
無数の肉片となった死体とおびただしい血だまりの中で…
私はただ立ち尽くすしかなかった。
私は争いが嫌いだ。
だから暴力も嫌い。
人を傷つければ罪悪感でいっぱいになる。
それでも私だって人間だ。
小学5年生のときに一度だけ取っ組み合いのケンカをしたことがある。
その時に故意ではないが相手の女の子に怪我をさせた。
私が彼女を突き飛ばした先にたまたま階段があったのだ。
彼女は階段下まで転げ落ち、額を3針縫った。
幸いにも脳への損傷はなかったと、彼女の家に謝罪に行った両親から聞いた。
後は残らない傷ではあったが、頭に包帯をした彼女はとても痛々しかった。
理由もはっきりと思い出せないほどの小さな原因のケンカで、もしかしたら彼女に大怪我をさせる事になったかもしれない。
大怪我でなくても、もし傷が残れば彼女の人生が変わった可能性もある。
私はすごく落ち込んだ。
しばらくは眠っていても階段を落ちていく彼女がスローモーションのように頭の中で再現されるたびに飛び起きた。
汗が噴き出し動悸も激しくなり思わずパジャマの胸を強く握りしめる。
自分のした事を恥じて大声で叫び出したくなる。
できることなら時間を巻き戻したいほどの後悔・・・。
小さい事が、一時の怒りが、他人の人生を大きく変える事がある。
それを幼い心で自覚した。
わたしはそれから争う事を避けるようにした。
もうあんな嫌な思いは二度としたくないからだ。
私の体を蹴り続けるこの男たちもそんな罪悪感を感じた事はないのだろうか。
それとも元から持っていないのだろうか。
わからない。
私は無抵抗のまま男たちの暴力に耐えていた。
男たちの暴力はそれでも止まらない。
まるで私の体をボールのように蹴り続けた。
ただ蹴るのではない。確実に肉体の破壊を狙った打撃である。
致命傷を与えるような容赦ない暴力だった。
この男たちもユウジと同じ・・・
人を殺すのにためらいがない。
痛いっ痛いっ
痛い・・・・・っっっっ!!!
上半身の骨は何箇所も折れて内臓に食い込んでくる。
足の骨も何度も踏みつけられて変な方向に曲がっている。
コンクリートの床を私の血が放射状に飛び散って赤く染めていた。
「ひっ・・・うっ・・・・」
私はすでにまともな声すら出なくなっている。
うめき声のような悲鳴しか出ない。
ひどい・・・っ
酷すぎる・・・・・っっっ!!!
私はなぜこんな暴力を受けなくちゃいけないのっっ!?
どうしてっっ
こんな目に会わなくちゃいけないのっっっっ!!!!!
絶え間ない激痛が私の正常な意識を奪っていく。
痛みの感覚が身体中に爆発するように広がっていく。
痛いっ!
気が狂うほどに痛いっっ!!
「おい、殺してもかまわねえっ もっとやれっっ!!!」
ユウジが何故そんな事を言っていたのだろうか?
私から知りたい事を聞き出したかったのではないのっ?
おそらく私をあの日のように殺すまで痛めつける事で何かが解ると思っていたのだろうか。
もしかすると「彼」に殺されたアキラという仲間たちと同じ状況を作ろうとしたのかもしれない。
ユウジの声を聞いて何かがおかしく感じる。
もちろんユウジの言動のチグハグさもあるけど、私の身体にも異常な違和感が生じていた。
そう… 絶え間ない激痛に耐えながら極めて冷静に私の思考力は働き出している。
なぜだろう。私はどこかで自分の「死」を感じてない。
むしろ激痛に耐えるほど頭の中が冷たく冴えていくようだ。
さっきまでの狂おしいほどの絶望感は急激に薄れていってる。
それと同時に身体中の痛みも薄れていく・・・・・。
そんな違和感を感じている私に男たちは止まることなく執拗な暴力を加えていた。
でもそれは彼らの大きな”誤り”だった。
私の違和感は予兆だった。
「彼」は”私の中”にいる。
そう、確かに存在していた。あの日から、ずっと・・・・・
「彼」は眠っていたのだ。 私の中で・・・・
そう眠ったままでいれば良かったのに、もう遅い・・・!
”私”の肉体の危機に「彼」が気づかないはずもなかった。
だってこの体は彼のものなのだからっ!!
私は後でそれを知り激しく後悔する事になった。
ゴキィッッ!!
私の体の中から不気味に骨がきしむ音が突然響く。
何かが体の中で発生した!
体の芯が燃えるように熱いっ!!
私は直感した。
「彼」が起きたのだ・・・・・と!!
グシャッ ゴギッッッッ
私の体の中から漏れる異様な音に男たちの動きが止まった。
そして何かの異変を感じて私から離れた。
男たちの反応は素早い。
きっと特別な訓練を受けているのだろう。
私は体の内部に何かが蠢くのを感じた。
それは胴体から右腕へと移動した。
ビチャッと嫌な音を立てて右腕の皮膚が縦に割れた。
割れた傷口の中から木の根のような細い筋肉が無数に伸びて螺旋状に腕に絡みつく。
その筋肉の根は私の腕全体を包むように巻き付き私の腕を別の形状に変えていった。
すでに元の腕より何倍も太くなっている。
筋肉の”こぶ”が至る所が盛り上がったその右腕は人間とは一見して違う巨大な凶器のような形状だった。
それは人間の手と同じ五本の指があるが黒い金属のような緩やかな曲線を描いて鋭く伸びている。
まるで指全体が爪のようだ。
ユウジのナイフもその黒光りする獰猛な形状をした爪に比べれば子供の玩具に等しい。
その巨大な爪を支える手も腕も筋肉のこぶが異常に隆起して人間の筋肉とは逸脱していた。
私の姿はどんな風に、その男たちに映ったのだろう。
巨大な爪を宿す異様に太く筋肉の鎧をまとった右腕。
男たちは明らかに驚愕していた。
私は立ち上がった。
折れた足はいつの間にか復元している。
私の右腕はまさに怪物と化していた。
顔も胴体も足も私の姿を保っている。
だけど右腕だけが人間ではない。
16歳の少女の小さい体に不似合いすぎる巨大な怪物の腕。
そのアンバランスな姿が凶悪な禍々しさを増幅していた。
[・・・愚かモノどもが・・・・]
地獄の底から聞こえてくるような不気味に響く太くしゃがれた男の声。
私の声ではない。
あの「彼」の声が私の口から唸るように絞り出て来た。
私は自分の意志で立ち上がったのではない事を今更ながら気づいた。
「に・・逃げて・・・」
私は口の筋肉を無理やり動かすようにして声を出した。
そうしないと声が出せないのだ。
意識しなくても動く眼や口が強く意識しないと動かない。
私は私の体が別の誰かに支配されていくのを感じた。
いや、元々は私の体ではない。
「彼」の体なのだっ!!
「うそだろ、これは何の冗談だよ・・・!」
ユウジは薄ら笑いを浮かべながら私を見た。
その眼は期待したものを探し当てて喜ぶ子供のようにも似ていた。
ユウジも狂った人間なのかもしれない。
「・・・逃げて、早く・・・殺される・・・」
私は再び男たちに警告した。
だが男たちは私の姿を見て立ち尽くしているだけだ。
何が起きているか理解できていないようだった。
もう「彼」は強大な殺意で満たされている。
私の精神の中に”彼”の感情が奔流のように流れ込んで来ていた。
強烈な殺意、殺意、殺意。
「すげえなってめえ、これがテメエの本当の正体か!」
「アキラたちもテメエが殺したんだな!!」
ユウジは叫んだ。
ユウジの声は震えていた。自らの動揺を隠すために虚勢を張っているのがわかる。
だがその声で男たちは我に帰り素早く行動に移した。
ユウジの手にも男たちの手にもいつの間にか拳銃が握られ、私に銃口を向けている。
やはりこの男たちはただのチンピラではない。
ただ快楽に生きる人間が「彼」のような怪物を見てこれほど素早い対応ができるだろうか。
ユウジも異常者ではあるけどそれだけではないと感じた。
「死ねや、化け物がーっっっっ!!!」
乾いた音の銃声が立て続けに鳴り響く。
10数人の拳銃から発射された銃弾が私の体を容赦なく襲った。
いったい何十発、何百発の銃弾が私に浴びせられたのか。
でもすでに私は「痛み」を感じる事は出来ない。
いや五体そのものに私の意思は伝わっていなかった。
痛みも感触も意思さえもすでに私から離れている。
男たちは銃を撃つのをやめ、私の反応を確かめる。
だが私は動かずにそこに立っていた。
コトッ・・・
コンクリートの床に鈍く小さい音が響く。
コンッ コトッ トンッ
続けざまに私の体から潰れた鉛の弾が力なく落ちていく。
あのおびただしい数の銃弾はただの一発も私の体を貫いてはいなかった。
男たちがそのことに気づいて再び銃にマガジンを装填し構える。
だがその手は小刻みに震えていた。
例えようもない恐怖が男たちの表情に宿る。
彼らの銃弾がまた私を襲った。
だが結果は同じだ。銃弾は私の体の皮膚に阻まれて簡単に潰れて弾かれる。
怪物になった右手だけでない。私の全身が銃弾さえ通さない体になっていた。
それも当然だろう。この体はすでに私のものではない。
この体はもう「彼」のものなのだ!
私の体から一滴の血も流れていない事に男たちは驚愕した。
あの銃弾の雨でさえ私を傷つけられないと知ったからだ。
ユウジのナイフで刺された傷もすでに塞がっていた。
皮膚の上から傷の跡を探すのが不可能なほどに・・・.。
不意に怪物になった右腕が伸びた。
何メートルもの長さに!
その長く伸びた腕の先には黒く光る獰猛な爪が男たちを捉えている。
ピシッッ
わずかな破裂音のような音がした。
爪が空気を切り裂く音は意外に小さい。
それでもその爪の威力は甚大だった。
男たちの体は一瞬で切り裂かれる。
男たちの腕も足も胴体も分断されていく。
あっという間に10人以上の男たちの肉体が粉々に散った。
男たちは声も出さなかった。
それほどの高速で怪物の腕は動いていたのだ。
はたして人間の肉眼で見える動きなのだろうか。
私は「彼」の目を通してそれが見えた。
男たちはバラバラと大小の肉片となって床に落ちる。
彼らは死を認識する事はできたのだろうか。
それほど一瞬の出来事だった。
私をあれほど痛めつけ地獄のような苦痛を与え続けた男たちは、おそらく痛みを感じる事もなく死んでいった。
それでもその男たちの死は私の心を大きく揺さぶる。
逃げてと言ったのに…なぜ…?
偽善ではなく殺戮を眼前にして吐き気と目眩が私の精神を襲う。
私の姿をした「彼」はユウジの方に振り向いた。
ユウジは異形の怪物になった私を見て後ずさった。
彼の足は貧乏揺すりのように激しく震えている。
ユウジの味方であった男たちが一瞬で全員殺されたのだ。
恐怖を感じない方がおかしい。
「なんだよテメエは・・・なんなんだよ・・・っっ!!!」
ユウジは失禁していた。
あれほど暴力を好み、それに性的な快感を感じていた男なのに…
今はその暴力に怯えている。
私はユウジに初めて人間らしい感情を見たように感じた。
この人にも人間らしさがあったのだ。
それだけでこの”人間”を逃がしたくなった。
しかし「彼」はそれを許さなかった。
腕が伸びた。
ユウジの頭部は一瞬で無数の肉片と化した。
頭部を失ったユウジの体は糸が切れたように床に崩れ落ち痙攣している。
それで終わりだった。ユウジは死んだ。
辺りには生きている人間は誰もいなかった。
ユウジの仲間も全て死んだ。
それが「彼」の望みだったのだろうか?
「彼」を見た人間は一人も生かしてはおけない。
その強大な”意思”を持った殺意が私の心を蹂躙していた。
逆らう事など出来ない。
そう私はすでに死んでいる。
この体は「彼」のものなのだ。
だから私の意志が反対してもそれに従うことはない。
「彼」の意識は再び深い所へと静かに沈んでいった。
私との意志の疎通は必要ないと感じているのだろうか…。
無数の肉片となった死体とおびただしい血だまりの中で…
私はただ立ち尽くすしかなかった。
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