トレジャーキッズ ~委ねしもの~

著:剣 恵真/絵・編集:猫宮 りぃ

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【2‐4】天秤(2)

レゾンデートル

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 フィラノスで過ごす夜。
 皆に話が回ったところで軽食を摘んだ。ポテトフライにサンドイッチ。小振りの具材のサラダ。もう少し晩御飯の時間だったら、どっしりとしたご飯にありつけたかもしれない。時間が時間なので仕方ない。
 こんなに味気も彩もない食卓だが、ミティアだけは幸せそうだ。
 カロリーの暴力、フライドポテト。サラダ感覚で食べられるサンドイッチ。
 ミティアはカリカリに揚がった細身が好きらしく、狙って手にしては小刻みに口を動かしている。
 和やかな空気だ。食事中は暗い話をしない。この一行の暗黙のルールだ。
 食事中だというのに、サンドイッチを一切れ食べただけで他に手を付けていないジェフリー。口に合わないのか、あるいは具合が悪いのだろうか。
 竜次は意外に思い、気遣った。
「あれ? ジェフ、もう食べないんですか?」
「減量中」
「えっ?」
 ジェフリーにしては珍しい。だが、最近食べ過ぎている感が否めないのは確かだ。街に立ち寄ってはどこかで食事を食べている。それでなくても、携帯食料は栄養が豊富だ。最近はその消費も減ったが以前は携帯食料にお世話になることも多々あった。
 体重を気にするジェフリー。頭のうしろに両手を回し、ため息をついた。
「最近まともに食ってるせいか、体が重くなった。剣を振るのが鈍るだろう?」
 キッドは手を止め、恨めしそうにジェフリーを見ている。
「嘘でしょ、あんたってそういうの、気にするの?」
 ジェフリーはこれに答えず、違う心配をしていた。
「体を動かすためにも、落ち着いたら賞金稼ぎでもするかな……」
 現実的ではない物言いに、竜次はため息をついた。
「ジェフはちゃんとした職に就きなさい」
 だが、食べ過ぎを意識しているので、自然と竜次も意識してしまう。素振りでもしようと思ってしまった。
 食べ終わって余韻に浸っている。爪楊枝をへし折り、ローズは急に飛び上がった。
「やば、忘れてましたデス。これ、サキ君へファンからの贈り物デスヨ」
 ローズは明日のことを考えて、忘れ物に気が付いた。試験だと聞いたのに、すぐに渡せず今にいたる。すれ違いが多かったので詫びた。
 革のカバーの手帳だ。ケーシスから預かったものだが、名前を言うなと釘を刺されている。それでも、気付かれるのも時間の問題かもしれないと、ローズは思っていた。
 サキは受け取って首を傾げた。
「僕のファン?」
 サキは紐を解き、中を開いた。紙質が古く、横から見ただけでも染みがある。革のカバーの内側はコーヒーでも零したような染みがあった。紙には文章が書いてある。しばらく読んで、半ばで閉じた。表情が違う。影響を受けたようだ。
「やっぱり勉強しよう……」
 深く頷いてサキは立ち上がる。火のついた目をしていた。
「ローズさん、ありがとうございます。これをくれた人に感謝しなきゃ」
 サキはお水の入ったグラスを下げて部屋に戻ると告げた。彼はこのまま打ち込ませるべきだろう。残った者たちで計画を立てる。
 これだけは絶対に確定させると、ジェフリーが意気込んだ。
「サキは試験に集中させるとして、夕方の実技には絶対みんなで立ち会おうと思う」
 もちろんこの意見には誰もが同意する。この時間までに用事を済ませるつもりだ。
 ミティアは目を輝かせる。
「そうだね。みんなでサキの応援、したいね!!」
 減量中のジェフリーの前で、デザートにプリンまで食べ出すミティア。先ほどの貧血はもう大丈夫なのかと安心する。
 コーディがメモを取る。ネタ帳かもしれないが、万年筆を走らせている。
「実技の試験までにみんなの予定を詰めないと、だよね?」
 問題は効率よく、どう動けばいいのか。
 予定を詰める。ジェフリーは動き方の提案をした。
「キッドとコーディは俺と動いてほしい。サキの後輩の親父さんに会って、何をしたらいいのかを詳しく聞いておきたい」
 サキの後輩にあたる、メルの父親は武器や防具を作る技術者として認識している。その技術を買われ、ここ数日は城に赴き留守にしていると聞いていた。明日に戻ると把握しているため、特殊金属と錬金術の相談をしたい。
 店に売っていた武器や防具などから、それは可能だろう。ミティアの衰退を抑え込む手段として考えていた。
 ローズは白衣のポケットから火山で採取した金属を取り出した。
「あぁ、じゃあ金属の鑑定をお任せするデス」
 形になっているものは袋に入っており、液体金属の入ったボトルは別途だ。
 これで一行が進めている、一番の目的は達成されるだろう。
 
 問題はケーシスとサテラの件だ。
 竜次とミティアが説明し、ローズも捕捉をした。
 ジェフリーは摘んだ薬草が特別なものだとは思わず、疑問を抱いていた。それでも助力が必要ならば仕方がないと納得していた。ここまでは順調だ。
「金属の鑑定が終わり次第、そのスラムに顔を出す。場所を教えてくれ。住宅街は詳しくない」
 ローズが街の簡易地図を取り出し、道を示した。ペンで印をつける。
 優先する意識の低さが気になり、ミティアが懇願した。
「ジェフリー、お願い。命がかかっているの。ケーシスさんに早く会ってほしい。わたしも一緒に行くから」 
 向こうでは壱子が待機している。確かに予定を早めれば、話も早く進むだろう。
 どうもケーシスが絡むと、ジェフリーは腰が重い。すぐに行動に移してほしいという訴えにも渋々だった。
「だとしたら、朝イチ、かぁ……」
 どうも行きづらそうだ。そう判断した竜次は付き添うことを約束した。
「私も一緒に行きます。お父様と、話しづらいでしょう?」
「これじゃあ、俺が悪いことをしたみたいだな……」
 好きな人と兄に補助されて、自分の親に会いに行くなど、どう考えても奇妙だ。
 ジェフリーは素直にお願いをした。なぜなら、うまく話せる自信がなかったからだ。相手はほとんど話したことがない父親だ。
 竜次や正姫とは違い、親の愛情を知らない。どう接したらいいものか、手探りの状態である。ジェフリーはこの機会に、もっと親子としての話がしたかった。そうは思いながら、意地が先立つ。
「面倒な話は早く済ませたい」
 複雑な心境だ。頼まれたから動く。今はその理由だが、自分はちゃんと向き合えるだろうか。不安だった。
 たかだか薬草の話をするだけなのに、どうも気が落ち着かない。
 表情から心境を読んだのか、キッドが厳しい指摘をする。難しい話には消極的だが、どうしてもこれだけは言っておきたい。
「あんたって、内面はまだまだガキよね。喧嘩っ早いし、つまんないヤキモチは焼くし、変に意地っ張りだし……」
「……まぁ、そうかもな」
「あんまり意地張ってると、生きづらいわよ」
 昨日の今日で自覚がないとは言い切れない。ジェフリーも心当たりはあった。
 なぜキッドがこう話すのか、彼女はサキ以外の肉親がいないからだろう。文句を言いながら、親と向き合えるのを羨ましがっているのかもしれない。
「珍しいじゃない。あんたって、反抗的なのが売りだったのに」
 キッドが煽る発言をする。だが、ジェフリーはこれにも乗らない。自制しているというか、落ち着いているのが正しい。
 ジェフリーが追いやられている。ミティアはキッドに注意をした。
「キッドぉ、いじわるしちゃダメだよ」
 この流れが申し訳なくなったのか、ジェフリーは素直になった。
「いや、キッドは正しい。最近は俺が迷惑をかけている自覚はある。だから、少しは人の話にも耳を傾けないといけないと思った。別に誰かに言われたからじゃないが、悪かったな……」
 自分勝手のまま、ただ気持ちのままに振る舞って貫くのもいいだろう。だが、そうしていく間に周りに迷惑をかけ、仲間との歩調だって乱す。その果てが、サキとの信頼関係が崩れかけ、心苦しい思いをした。このままでは、ミティアにだって嫌われてしまうかもしれない。
 コーディは竜次に指摘を入れた。
「お兄ちゃん先生は、ジェフリーお兄ちゃんに甘いからいけないんじゃない?」
「むむっ……」
 竜次は難しい顔をする。兄弟として過ごした年月はほんの数年。特殊な環境で育ったと言えば言い訳になるのだが、言われてみれば兄として対応は甘いかもしれない。
 気を引き締める意味では、ジェフリーの改心は皆にもよい点だった。
 ジェフリーは暗い顔で立ち上がる。
「俺は早めに休む。親父にどうやって接したらいいのか、考えておきたい」
 サキに続いて、ジェフリーも離脱した。
 残った者で雑談が始まる。この場に残ったのは、竜次、ローズ、コーディ、ミティア、キッドだ。
 ローズはコーディの原稿について触れた。
「あぁ、そうだ。コーディの原稿は取り合ってもらえたのデス?」
「ん? うん……まぁね、依頼はしたよ」
 ローズは自分の父親の話だからこそ、余計に気になっていた。コーディは自分の原稿に満足していないようだ。執筆者らしい悩みだ。
「でもね、おじさんはあれが全部じゃないって言ってた。ローズは何か知らないの?」
 逆にコーディから質問をされ、ローズは言葉に詰まった。隠しごとが下手な彼女は暗い表情になる。
「ワタシ、オトーチャン……父さんと家族の話をした記憶がほとんどないデス。何も交流がなかったわけでして、嫌われているのかもしれないデスネ。話そうとすると、避けられているみたいな……」
 暗くなりかけて、かぶりを振る。手もばたつかせながら明るく振る舞うローズ。
 そんなローズの気が紛れたらいいと、竜次がアイラから預かっていた大きな封筒をカバンから取り出した。
「そうだ、ローズさん、こちらをマダムから預かりました。急ぎはしませんが、空を飛ぶ技術だそうです。次の目的になるかもしれませんので、軽く目を通しておくといいと思います」
 ローズは封筒を受け取る。中をチラリと見ただけなのに目を輝かせた。
「ホゥッ!? メカの話デスカ!! ででで……でも今は優先するものがあるデス。とりあえず、我慢デスネ……」
 竜次の読み通り元気になった。元気になったのだが、気になる話もしておく。
「アリューン神族としてご相談があったみたいです。アリューン界で、流行り病があったそうで、時間があったらその話も聞いてあげてください。私も障りしか教えていただけなかったので」
「流行り病?」
 ローズの眉がつり上がる。心当たりがあるのかはこの段階ではわからなかったが、小難しい表情をしていた。
「ンー……体が三つくらいほしいデスネ」
 今まで補助役だったローズが大活躍の予感である。本人はこの状況だが、全く嫌がっていないのが救いだ。
 キッドはそのローズを気遣った。今日のキッドは、やけに仲間を気遣っている。
「ローズさん、体壊さないでくださいよ?」
「キッドちゃんもサキ君の心配でメンタル壊さないでほしいデス」
「あ……あたしは大丈夫ですってば!!」
 女性陣だけで盛り上がってしまった。
 竜次も席を立った。使い魔たちが竜次について来ようとする。
「ジェフが減量なんて意識をしているんですから、私も軽く体を動かして休みます。ミティアさんも早いでしょう?」
「わわっ、そうだった。わたしも早めに休もうかな」
 ぼちぼちお開きになった。夜更かしも増えたので、気をつけないといけない。
 色んな情報が飛び交って、同時進行の案件が多くて困ってしまうが、これもいいことが重なっているので悪いとは思わない。
 きっかけは悪かったかもしれないが、誰も傷つかないし、いい関係を築けている。

 皆が成長している中で、竜次は自分だけが何も進歩していないのではないかと焦りを感じていた。
 年齢的にも皆を引っ張ってあげないといけないのに、その功績は少ない。
 男性部屋に戻ると、二人は不在だった。貴重品は個々で持っていると思うので大丈夫だろう。部屋着がない様子は風呂でも行ったのだろう。
 気が滅入っているサキも、気分転換になっていいはずだ。
「さぁて……」
 竜次は誰もいない部屋で軽く伸びをする。ついて来た使い魔がからかう。
「へ、運動ってまさか、いやらしいことするんじゃないよね!?」
「圭馬チャン、お相手がいませんよぉ」
「そんなの、キッドお姉ちゃんに決まって……むぎぎぎぎぎぎぎ」
 使い魔たちが下品な会話をしている。竜次は木刀で圭馬の頭をぐりぐりと突いた。
 突っ込み方が雑になった気がするが、これもご愛敬だ。突っ込まないと圭馬は悔しがるし、このまま暴走しても困る。扱いはこれが正しい。
 竜次は拗ね気味に怒る。
「私は本人の意思を尊重します。なので、同意もなくそのような行為はしません!」
 男なら興味がないわけではない。だが、『今』必要なことだろうか。どうもからかわれている気がして気分が悪い。この気分を運動で晴らそうと、竜次は荷物を漁る。二本の木刀を持って、代わりにマスケットとカバンを下ろした。木刀を手にするのは久しい。感覚が覚えていない。
「どっちが持ちやすい方か、忘れてしまっているなぁ……」
 部屋には誰もいないが、ここで振り回すと、どこかにぶつけてしまいそうだ。
 何となく、本当に何となく、竜次は外に出た。
 サキのファンや、追っかけでもいるかと警戒したがいなかった。夜も深まっていたため、不審な人物は見当たらない。通行人もいなかった。
 竜次は静かな噴水広場で準備運動をする。誰もいない噴水広場で使い魔たちがはしゃぎ出す。
「わー、本当に運動だった」
「ふぅむ、準備運動は大切なのぉん……」
 使い魔たちまでついて来てしまった。別に見られて困るものでもない。竜次はサキの勉強の邪魔をするよりはいいと軽く考えていた。
 竜次は屈伸運動をし、脚を慣らした。圭馬が歩み寄る。
「お兄ちゃん先生の剣って早いよね。ちゃんと見たら、弱点がわかるかな?」
「ふっふっふ、ウサギさんに見えるといいですね」
 竜次は肩を回し、とりあえず一本目を手にする。
「ほっ、はっ、よっと……」
 基本的には歩まずに型を取り、剣を振る技法だ。剣戟はジェフリーより力はないが、気の流れと力の誘導で反撃もする。
 竜次は軽く型をこなし、一息ついて背筋を伸ばした。
 じっと見ていた圭馬が首を傾げる。
「今のって三段突き?」
「さーて、三回だったかな?」
「えぇーっ!? 先生、見えませんでした、もう一回やってっ!!」
 圭馬が面白おかしく囃し立てた。
 動物でも追えない速さが出せるのに、行動はいつも鈍足。もったいない剣豪だ。
「正解は四回と反撃の構えだな」
「そうですよ。よくわかりましたね!!」
 どこからか正解が唱えられた。
 ぽかんとしている圭馬とショコラを見て、竜次は独り言を呟いていたのだと気がついた。鈍いのは行動だけではなかった。
「あ、れ……?」
 声の主は圭馬でもショコラでもない。
 圭馬はぴくりと耳を立てる。彼の視線は、近くの民家の屋根の上だ。
 竜次は圭馬の視線を追う。声の主に唖然とした。
 夜風に黒いマントがなびき、完全に悪者にしか見えないクディフだ。腰をかけ、膝に肘を乗せ、さらにその手に顎を乗せてこちらを眺めている。つまらないものを見るような目を向けていた。
 圭馬は毛を逆立て、威嚇をする。
「うわぁ、出たよ。何を考えているのかわからない人!!」
 その横でショコラは首を傾げていた。
「のぉん?」
「やいやい、お兄ちゃん先生に喧嘩でも売ろうってのかっ!?」
 圭馬の言葉に竜次は髪を逆立て、驚いている。
「ちょっと、ウサギさんっ!?」
 圭馬言葉に応えるようにクディフは立ち上がり、屋根からストンと降りた。黒いマントのせいで明らかに悪者に見えてしまう。夜の闇に溶け込みそうな黒いマント、ほのかな光に反射する鈍色の髪。腰から下げている二本の刀を引き抜く様子はなく、ゆっくりと歩み寄った。
「預けた勝負があったな……」
「ええっ!! 今ここで、ですか!?」
 竜次は完全に不意打ちを食らった気分だ。ただ軽く運動をするつもりだったのに、困惑してしまう。
 圭馬はクディフにいい印象を抱いていない。ゆえに、好戦的だった。
「こんな奴、こてんぱんの、けちょんけちょんにやっちゃえ!」
「やっちゃえって……物騒なこと言っちゃいけませんっ!」
 竜次はこんなときでも圭馬の暴言をしっかりと拾い、指摘まで入れている。おふざけのコントのようなやり取りだ。
 クディフはまったく動じない。腕を組み、眼光鋭く薄ら笑みを浮かべている。彼は真剣だ。
 こうなると、竜次も引け越しになる。
「え、えっと、剣は宿に置いて来てしまったのですが……」
「案ずるな。貴殿に我が剣はもったいない。それこそ、刃こぼれどころでは済まぬだろうな?」
「えっ? えっと……」
 クディフは視線を竜次の脇に落とした。持って来た木刀を見ている。
「あっ、あぁ。で、ですよねぇ。こちらをどうぞ」
 竜次は脇に置き立てかけてあった方を持って差し出した。クディフは差し出された木刀を見て、竜次の手元にも目を向けた。
「今持っている方をよこしてくれれば、貴殿の面を汚さずに済む」
「……はい?」
 クディフは左手を出した。彼の利き腕だ。竜次は気に食わないのだろうかと疑問に思いながら、持っていた木刀を差し出した。
 クディフは木刀を受け取って言う。
「木刀など、使い手の癖で多少なり歪むものだ。材質や個体差もあるが、真っ直ぐ持って右に曲がりが強いこちらは左利きの者が使っていたのだろう。まぁ、これくらいは誤差だが……」
「あまり気にしなかったですね。持ちやすいか、持ちにくいはありましたが」
 個体差があるのは意識しなかった。それだけ振る機会が少なかったが、言い訳じみてしまう。
「で、でも、どうしてそんなことを?」
 小さい指摘だ。竜次はわざわざ言う理由が気になった。
「負けたときに武器のせいにされたくはないのでな……」
「そ、そんな子どもみたいな言い訳はしません!!」
 負けたことなど考えていない。もとより、そんな言い訳をするつもりもない。もしくは、『子ども』だと思われているのか。竜次は眉間にしわを寄せながら口を窄める。実はこの態度が子どもっぽい。
 クディフは刃の先を竜次に向ける。
「茶番はいい……何を賭けるか、問おう」
「か、賭けるって……」
 手合わせのはずなのに、賭けと言い出した。冗談などではない。木刀を振るうとはいえ、真剣勝負である。
「俺が勝ったら、貴殿の居場所をもらい受ける。国に去れ!」
 竜次は突き抜けるような感覚に襲われた。成長を乏しく思っていた自分への追い討ちにも感じた。背中に冷たい空気を感じる。
「……つまり、私に一行を抜けろと?」
 言葉の真意を理解した。喉の乾きを感じ、生唾を飲み込む。
「そんなの、絶対に嫌です……」
「貴殿は自分の立場に甘え、ぬくぬくと仲間の優しさに身を投じ、何を得た? 誰かの成長を眼前にしても変わらぬ、ただの自惚れ者にでも成り下がったか。命が関わらないならば、それもよかろう。貴殿の本質は民の声も聞かず、身勝手で命など尊さも感じない王だからな……」
 無様なほどに的を射られた。こんなにも、自分の存在の小さく感じた覚えはない。言われて悔しいが何も言い返せない。身勝手で国を捨て、一度は命を粗末にした。竜次は己の過去に向き合う。
 クディフが言いたいことはこれだけではない。ミティアについても触れた。
「そんなことはないと、あの娘は優しい言葉をかけるだろう。貴殿はいつも甘えているのだ。金で縛るか? 医者という仮面でやり過ごせると思うのか? 貴殿を本当に必要としている者は存在するのか?」
「……ッ!!」
 竜次は悔しさのあまり、奥歯をギシリと噛み締めた。何も間違っていない。心のどこかでわかっていたのに、見ようとしなかった。認めようとしなかった。
 キッドにもきちんと認めてもらったわけではない。まだ、彼女の口から直接答えを聞いていないままだった。仲間の中に、自分を本当に必要としてくれる人は存在しないかもしれない。心の闇が燻ぶる。
 クディフは間合いを取り、木刀を構えた。
「それでも築いたと言うのならば見せてみよ、貴殿の存在意義を!」
 臨戦状態になり、圭馬は身を縮める。
「お兄ちゃん先生……」
「ちょっと離れていてください。あなたたちが怪我をしたら、サキ君に申し訳ない」
 竜次はほんのりと笑みを浮かべて頷く。
「わ、わかったよ……」
 強気だった圭馬が耳を下げる。こういうときは元気がない印だ。
「私は負けません。貴方に私の居場所は渡さない。絶対に!」
 素振りでもしようと思っていた小さな気持ちが、ここまで引けないものになってしまった。預けた勝負がここまでこじれるとは、想像もしていなかった。
 こちらがいくら手を差し出しても、クディフは手を取ってくれない。それが歩み寄りを見せたわけではなく、こちらを押し退けるような仕掛けられ方だ。
 
 竜次はここまで追い込まれる経験などなかった。他者に旅の理由を問いつめられなかった。ここまで責められることがなかった。だらだらと甘えていたのだと思い知らされた。
 自分は日常から逃げたいがために、弟のジェフリーについて来た。旅の理由なんて本当はない。ジェフリーの保護者という理由で、医者だから役に立てると売り込み、お金を工面すると言って、みんなを騙していたのかもしれない。その先に、たまたま父親の影があったから、今の自分はここにいる。
 存在意義……何を持って自分はここに存在するのか。

 竜次の木刀を握る手が震える。この場を凌ごうと考えていた。だが、クディフはそれすらも見透かす。
「そんな剣で何を斬る」
「……」
「たとえこの場をやり過ごしても、理由のない剣は誰も守れないだろう」
 答えは見えない。竜次は大きく深呼吸をし、右手を構えた。
「来い! 中身のない剣鬼よ!!」
 何故こうも竜次を陥れるのか。仕える姫君を失ってもなお、クディフには剣を振るう理由があるからだ。
 先に仕掛けたのは竜次だ。真剣ならば、火花でも散りそうな剣戟。乾いた木のはずなのに、噴水の音よりも大きく響く。
 力押しなどではないが、同じ流儀がぶつかるのはすさまじい。互角の太刀筋。ただ、利き手が違う。
 クディフは僅かに身を引いた。
 竜次はぶつかった互角の力が流され、攻め込まれそうになった。利き手が違うのだから、力の流れが読みづらい。危うく木刀を落としそうになった。
「くっ……」
 堪える右手がジンジンと痛む。弾かれ、木刀が地面に落ちれば負けになる。
「貴方こそ、剣を振るう理由は何ですか!」
 負けん気だけで立っている竜次と、余裕の笑みを浮かべるクディフ。
 心構えが違い過ぎる面、竜次の精神面が削られる。
「理由など簡単だ。俺には守らねばならない約束と、仕えたい者がいるからだ」
「あぐっ……」
 激しいぶつかり合いに耐えられず、いったん間合いを取った。だが、肩で息をする竜次にクディフは容赦なく襲いかかる。こんなに激しく動いても、クディフの腰の鈴の剣は鳴らない。
 竜次は体勢が整わないままだ。間髪入れずに責められっぱなしで気分が悪い。これを受け止められないほど落ちぶれてはいないが、切り替えが追いつかない。強敵を相手にしていない経験不足がここで痛手になった。
 豪速突きが左の頬に抜ける。真剣だったら鼻をかすめたかもしれない。竜次はこの隙にチャンスを掴んだと、下から弾きにかかった。
 取ったと思ったが、そんなに甘くはない。受け止めは、またもギリギリと木刀を軋ませた。
 明らかにむきになっている竜次に対し、クディフは涼しい顔をしている。
「殺意もなければ覇気もない。守るものもない貴殿の剣技は児戯に等しい」
 竜次は押されている。一瞬でも気が緩めば、ねじ伏せられてしまう。今はクディフの言葉によって精神面も追いやられている。
「私にだって……私にだって、守りたいものは、あるっ!!」
「それは自分のためのものであって、誰かのためのものではないであろう。なぜなら貴殿は『孤独』を満たすための『居場所』を守ろうとしているのだから」
 クディフの言葉に胸の奥が痛んだ。
 間違っていない。正解以上の正解だ。だからこそ悔しくてたまらない。そこまで見透かしておきながら、クディフはどんな答えを求めているのだろうか。
 見えない正解に焦り、竜次は懊悩した。

 答え……答えは……

 竜次が己を落ち着かせるために浅く息を吐いた。その瞬間に目つきが変わる。
「そうです……私は、誰よりも『孤独』の苦しさを知っている!! 自分で選んだ道だからこそ、その責任の重みも知っている!!」
 腰を低くし、足を踏み込んだ。
「だから、自分みたいな人を作らないように、大切な人たちを守るッ!!」
 大振りだが早い剣技だ。踏み込みで隙は生まれるが、素早い打数で仕掛ける。
 外から一撃振り、切り返しの二撃目、そしてフェイントをかけながら突きをする。クディフもフェイントに気付けず、突きを繰り出した。その突きは、二人向かい合ってお互いの鼻先でぴたりと止まった。
 クディフも突きを回避できなかった。食らったフェイントに、表情を曇らせている。真剣ならば、お互いを一刺ししているであろう。
 ぴたりと動きを止め、睨み合った。
 この頃合いで、使い魔たちが言葉を発した。
「ババァ、何があったか見えたか?」
「老眼で見えんのぉん?」
 じっと静観していた圭馬がぽかんとしている。ショコラはマイペースなので、この勝負に関心を示しているのかも怪しい。
 二人は睨み合ったまま、言葉を交わす。
「真剣でしたら、眼を突かれていましたね……」
「俺は腹と右腕だな」
 先に木刀を下ろしたのはクディフだった。
「貴殿の勝ちだ」
「……えっ?」
 クディフは右手で乱れた髪を整える。左の手では木刀を回転させ、刃の部分を持って突き返した。その表情は先ほどよりも柔らかい。
「一瞬だけ垣間見えた剣鬼の姿、しかとこの目に留めておこう。数々の侮辱を詫びる」
 勝った実感がない。これでは一方的にクディフが負けと決めつけて、強制的に終戦である。竜次は納得がいかなかった。
「勝っていません。貴方が一方的に納得しているだけです!! それに、貴方が言っていたことは、侮辱でも何でもない事実です」
 竜次は木刀を受け取るも、納得していない。モヤモヤとした気持ちに地団駄くらい踏んでやりたい。だが竜次もそこまで子どもではないと自制をかけた。
 どうあってもこの場は終いらしい。
 竜次は納得していないが、これで自分の『存在意義』を示せたのだろうか。不安だった。クディフの発言は、まるで竜次や一行を羨ましく思っているようにも捉えられた。竜次はそれが気になった。
 クディフは竜次に期待のまなざしを向ける。戦っていた頃とは違い、とても温かく、優しい目だ。
「剣鬼の言葉を信じていいのならば、器の娘と魔導士に孤独な思いをさせないでもらいたい」
「ミティアさんとサキ君、ですね?」
 まだ気になることがある。クディフは使い魔を見やった。
「これは憶測でしかない。聞き流す程度でいい……」
「憶測……?」
 何の話かと思えば、クディフは勝負から切り替えていた。
 これは前置き、本題を話す。
「ルッシェナ・エミルト・セミリシアは長い年月をかけて、この世界に何か撒いていたのかもしれぬ。狂暴化した野生動物の急増だ。天空都市でも何か目論んでいる。だとすれば、アリューン界も無事ではないだろう」
「あっ……」
 竜次には心当たりがある。思わず変な声を上げた。
「マダム……アイラさんが、アリューン界で流行り病の話をしていました」
 アイラから聞いたと話すと、クディフは険しい表情になった。
「銭ゲバ王女とは関わりを持ちたくはない。何かあったのであれば、貴殿が解決するがいい」
「むぅっ、簡単に言いますね。貴方はアイラさんと、どのような関係ですか? 面識がないのかと思えばそうではなく、殺し合いをするような因縁もあるようですし……」
 竜次の視点から、クディフの人間関係は不可解な点が多い。アイラとの関係はその一つだ。
 クディフは竜次と視線を合わせずに言う。何かやましいことでもあるようだ。
「貴殿なら察せる最大のヒントだ。男と女の関係のもつれというものだ……」
 普段は涼しい表情を崩さないクディフが、ちくりとどこかを指されたように表情を歪ませている。
 竜次はクディフとアイラの関係を察した。多くを語らなくとも……いや、これを聞かなくとも今までの状況からある程度は察せることができたかもしれない。それが確信になった。
 クディフはアリューン神族と人間のハーフ。そして、もともとはアリューン神族の王族に仕えていた。
 アイラはアリューン神族、王族の関係者。
 判断材料は揃っていた。関係のもつれ、男女の事情、本当はもっと前に修復できたものではなかろうか。殺し合いをするようなもつれとはぞっとする。竜次が想像するに、クディフの言動から、誤解を生みやすいのではないかと思っていた。
「誤解を解かなくてもいいのですか?」
「さぁ?」
「さぁって……」
 竜次は妙な返しに困惑してしまった。ここ数年の話ではないだろう。そうなると修復は難しいのかもしれない。
 クディフは竜次と目を合わせて言う。
「貴殿は何も賭けなかったのだな」
「あ、そうだった……かも? い、いえ、自分の居場所を賭けました!!」
 指摘を受け、竜次はむきになって答えた。居場所を守ったと言えば後付けの答え。だが、間違ってはいない。
 クディフは鼻で笑う。この笑みは絶対に嘲笑だ。
「明日は早いのだろう? 貴殿はケーシスのような、咎と後悔にまみれた人生を歩まないと願っている……」
「どうして私にそこまで? もしかして、ストーカー!?」
 竜次は嫌な予感がした。話の流れから推測すると、全部ではないが、ある程度はクディフに筒抜けている。意識をしなくてはいけないと気を引き締めた。恥ずかしいことなどできない。
 クディフは黒いマントを翻し、立ち去ろうとしている。竜次は強く呼び止めた。
「待って!! 貴方にどうしても言いたいことが……」
 クディフは無言で顔だけこちらに向け、早くしろと目で訴えた。
「貴方がこの旅を仕組んだ。理由はいいものではありませんでしたが、変われる起点をくれたのは貴方です。ありがとうございました」
 旅の始まりはこの人からだった。貿易都市ノアで知った衝撃は、忘れもしない。その点から、竜次は『恩』を感じていた。
 クディフは眉をひそめ、何とも残念そうに脱力して答えた。
「娘が自分の足で歩むと決め、選んだ道だ。本当に感謝するならば、半ばで投げ捨てなかった己の弟と、献身的に尽くして道を見出してくれた娘、仲間に……感謝するがいい」
「やはり、貴方は仲間を求めているのでは……」
「……俺は裏切りの側であると忘れるな」
 引きずるような言い方だ。本当に後味が悪い。
 クディフはどうしても仲間ではない中立を貫くようだ。竜次の居場所を貰い受けると言ったあのクディフは何だったのだろうか。
 何が彼を固執させるのか、竜次には気になった。
「貴方も、仲間です……」
「……手合わせなら付き合ってやってもいい。久しぶりに血が沸いた。楽しかった。礼を言う」
 どうして、差し出した手を取ってくれないのだろうか。
 竜次の思いも虚しく、クディフは民家の間の壁を蹴り上がり、屋根へ移動したところまでは見えた。その黒マントの姿は、深夜の闇に紛れ、どこへ行ったのかもわからない。

 剣術で汗をかき、緊張の解けた体に夜風が抜ける。異様に寒さを感じた。竜次は息をつき、余韻に浸る。髪は乱れ、体は土埃と汗の臭いがする。
 落ち着いたところで使い魔たちが喋った。
「あーっ、ヤな奴だよね、ホント!」
「圭馬チャン、何もしてないのぉん?」
「う、うるさいなぁっ! お兄ちゃん先生、あんな奴、もうほっとこ?」
 圭馬とショコラが元気に言い合っている。圭馬は中立を貫き、敵も味方もハッキリしないクディフをよく思っていなかった。
 竜次は何を言うわけでもなく、二匹を拾い上げる。そのまま抱えて宿に連れて帰った。手荒に突っ込みもするが、この子たちも大切な仲間なのだ。


 部屋に戻ると、ジェフリーは悩むわけもでもなく、豪快ないびきをかいて寝ていた。
 サキは眼鏡をかけ、チェストに備えつけられたスタンドを寄せて本を広げている。顔を上げ、竜次に挨拶をする。
「あっ、先生、おかえりなさい。ごめんなさい。寝れなかったら消します」
「いえ、運動したのでお風呂に行きます」
 心地よい疲労に、このまま横になって寝てしまいたい。が、汗をかいたせいで気にしてしまう。
 風呂を入れる環境なら入っておきたい。竜次は荷物を置き、部屋着を引き出して準備を整えている。だが、地鳴りに似たジェフリーのいびきが気になって仕方がない。
「うるさい子ですねぇ、まったく……」
 竜次はいびきを止めようと、ジェフリーの鼻をつまんで意地悪をしている。ため息をつき、サキに言う。
「サキ君、集中できないでしょう……」
「いえいえ。それより、先生は大丈夫ですか?」
「ん?」
 大丈夫ですか? と聞くサキの横では僅かに開いた窓。
「あぁ……お恥ずかしい。聞こえちゃいましたか?」
「全部じゃないですけどね……」
 サキは淡々と答える。その実は聞いていましたと言う態度が抜かりない。
「あの剣士さん、お手合わせをしてくれるんですね。意外だったかも?」
 しっかりと聞いていたのではないか、一部始終を見ていたのではないかと竜次は不安になった。前々から思ってはいるが、サキは敵に回すと怖いタイプだ。
 話が蒸し返され、圭馬が再び憤慨する。
「ヤな奴だよね。お兄ちゃん先生に、強引な喧嘩をふっかけちゃってさ?」
「圭馬チャンは漢のロマンがわからないですのぉん?」
「ロマンじゃないよ。敵なのか味方なのかハッキリしないし」
 ショコラの発言もハズレな気がするが、まったくハズレでもない。ただ、ロマンとはまた違う気がする。
 喧嘩腰だったかもしれないが、収穫がなかったわけではない。竜次は剣戟を受け止めて圧倒されそうになった感覚を思い出した。
「強かった。本来はあんな人がみんなを引っ張ってくれたら、いいのでしょうね」
 竜次は服装と髪の毛を解いて、ラフな格好になり肩を鳴らした。その表情は悔しさばかりが滲んでいる。
 サキは竜次がクディフと何を交わしたのか気になっているようだ。だが、詮索はしない。今は試験に備えて、頭に入れる新しい情報を制限したい。
「生意気を言うのですが、僕は未熟だからこそ助け合えると思っています。もちろん僕も未熟なので、もっと頑張ろうと思っています。だから、先生は僕たちが道を誤らないように目を光らせてくれたらうれしいな……」
 まるで聞いていたかのような口振りだ。サキのお得意である、先読みをしているのかもしれない。
 竜次は、自分がここにいる理由は決して孤独を満たすためではない。新たな自分を作らないように、しっかりと皆を見てやらないといけないと奮い立たせた。
「私がみんなと一緒にいられるのは、当たり前だと慢心していました。身を置く理由なんて、ほとんどがあとづけであってないもの。でも、もう少しお兄さんとして支えてあげたいですね。私も頑張らせてください」
 自分の存在の小ささを感じたばかりなのに、こんなにも暖かい言葉をくれる人がいる。大切にしたいと思った。壊したくないと思った。この仲間たちは特別だ。
「サキ君も、一夜漬けは体に来ますよ。ほどほどにお休みしなさいね?」
「あっ、そうか。もうこんな時間だった……」
 指摘を受け、サキが懐中時計を取り出して時間に驚いている。
 片付けをはじめるサキを背に、竜次は使い魔たちを連れて部屋を出た。

「はぁ……」
 サキは散らかした本をまとめながら、実は気になって仕方がないことがあった。
 いびきをかいて眠るジェフリーを見て、恨めしくため息をついた。気楽なものだ。
 本をカバンに詰め、ローズから渡された革の手帳を手に取った。気になっていたのはこの手帳だ。
 目を通して持ち主を知ったのは半ばだった。これは亡くなった父親の手帳だ。誰に宛てたのかはわからないが、大魔導士の試験を受けるコツがまとめてある。
 試験の傾向は思っていたものより違っていたため、その不足分を補うように勉強していた。かなり古いものだが先人の助言は確かだろう。
 この世界にこの試験を受ける人は少ない。高額な費用、滅多に味わえない緊張、周りからの期待。試験自体は落ちてもためになるものだと高評価だが、条件が揃わないと受験の資格すらない。一般的には難しいため、合格しても本は出回らない。受験とならば、参考書くらい出回るものだろうが見た記憶がない。
 サキは情勢を理解していた。こんなに期待を寄せられるなんて思いもしなかったが、世の中は疲弊している。
 邪神龍の出現、壊滅する村や都市、狂暴化した野生動物による襲撃、崩れる国の情勢。いいニュースがない。だからこそ期待を寄せて、沸いているのだろうと。
 これも、ぼんやりとした解釈だが、人の役に立つ目的に沿っている。
 自分が誰かに希望を与えられる、立派な人間なのかはわからない。
 それでも、自分の価値を見出すために、決意をした。せっかくだから結果を残したい。
 ただの自己満足かもしれないが、育ての親のアイラと、世話になった友だちや仲間に恩返しになればと思った。
「でも、お父さんは、これを誰に宛てたのかな……」
 ぼんやりと窓の外を眺める。文面の、細やかな言い回しなんかは少なくとも自分に対してではない。『嫁さんを惚れ直させたいなら頑張れ』と書いてある。
 きっとこの手帳をくれた人は努力をする人だ。そして、父親と親しかった人。会ってみたいが、きっと素性を明かすのが苦手な持ち主なのだろう。正体をぼかされたのだから。
 サキは手帳を撫で、目を閉じた。
「きっと、友だち思いのいいお父さんだったんだろうなぁ……」
 何も知らないからこそ、想像力がかきたてられた。どんな父親だったのだろう。姉のキッドなら、もっと詳しく教えてくれるだろうか。
 想像に紛れて眠気を感じた。
 何だか、今日はいい夢が見られそうな気がする……。 
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