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【2‐3】天秤

同じ目線

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 カランカランと道具屋のドアベルが鳴る。
 ここはフィラノスの大きな道具屋だ。品揃えがきちんとしている。
 竜次は先に買い物をしていたサキに声をかけた。
「サキ君?」
 サキはぼんやりとしていた様子だ。考え事をしていたのか驚いた。
「あ、先生」
「どうしました? ぼうっとして」
 竜次はサキの顔を覗き込んだ。サキの表情は暗い。手元には購入を考えているのか、魔石が見えた。
「あ、いえ。でも、先生なら考えが違うかもしれないから、話してもいいかな」
 サキは竜次に対して反応がいい。大魔導士の話が出ても、客観的な立ち位置だった。仲間のように言い迫り、説得しようとはしていない。
「先生は誰かに強制されたことはありますか?」
 唐突な質問だ。だが、サキの心情からこの質問は竜次を試している。
 竜次は深く考えずに答えた。飾らない笑顔だ。
「たくさんありましたよ。嫌な思いもたくさんしました」
 国の関係者なら、無理を強いられることも多かっただろう。やけにあっさりと答えたのでサキは拍子抜けてしまった。自分へ舞い込んだチャンス、旅の目的、板挟みと葛藤に苛まれ、負のスパイラルに落ちずに済みそうだ。
「私も本当はジェフと同じで、逃げてばかりでした」
「先生が?」
「えぇ、そうですよ」
 サキは眉をひそめた。妙だとは思ったが、少し考えれば何も飾っていない。
「サキ君は、大人になりたいですか?」
「へ?」
「自分のやりたいこと、自分の道は自分で決めました。サキ君もそうするのかなって」
 竜次の言いたいことは、わかりにくい。サキは自分自身でどうしたいのか、それを緩やかに諭している。あくまでも強制ではない。一歩距離を置いて、助言をしていることになる。
 やけに親身だ。悪い気はしないが、サキにはすぐ判断を下せないでいた。
 あと一歩、踏み出せる勇気がほしかった。誰かに背中を押してもらいたい。それが、サキの本心だった。
 残念ながら、竜次は背中を押してくれなかった。ただ、自分を対等に見てくれる数少ない理解者だ。サキはそう思った。
 気にしすぎだ。身構えることもなかった。サキは笑ってしまった。
「ふふっ……」
「サキ君?」
「あ、ごめんなさい。何でもないです。もう少し魔石を買っておこうかな」
 サキは含み笑いをしながら売り場に戻ってしまった。竜次は違うことを諭してしまったのかと首を傾げた。
 同じ目線では話すことはできたと思う。だが、サキが求めているのは自分ではない。おそらくジェフリーだろう。竜次はため息をついた。
「友だち、か……」
 弟のジェフリーが持つものが羨ましい。人間関係も立場もそうだが、人に好かれやすい人徳のようなものがある。同じ家の兄弟なのに、自分にはないものをたくさん持っている。旅に同行してからだ。知らない部分を知る機会が増えた。嫌なところも、いいところも。醜い感情だと知りながら、嫉妬は増すばかりだ。
 自慢ではないが、自分には友人らしい友人はいない。また一つ、ジェフリーではいけない場面に遭遇した。
 
 サキは話すことで心の重荷が幾分か和らいだ。
 どうも、心が安定しない。難しく考えすぎだという指摘を思い出した。自分は悩みすぎかもしれない。
 カバンの中から声がした。
「お兄ちゃん先生、まーた空回りしてるね」
 ひそひそと圭馬が小声で言う。
「でもさ、お兄ちゃん先生が言うことも、わからなくはないかな」
 どうも圭馬はサキにおせっかいを焼きがちだ。悪意があるわけではない。幻獣は人間に干渉しすぎてはいけないという一定の決まりがありながら、サキと契約をした。
 一行が優位に立てるようにアドバイスをくれたこともある。その圭馬は、竜次の気持ちがわかると言った。
 
 人に言われたからやる。誰かに言われたからその道を選ぶ。そんな選択はしたくないとサキは考えていた。
 だが、あまり迷っている時間はない。それ以前に、やるかやらないか、それだけでもはっきりさせておきたい。これだけでも決めておかないと、皆に迷惑をかけてしまいそうだ。
 受けたいと言えば正直なところ。だが、条件が悪い。旅が落ち着いた頃にこの話が持ちかけられたのなら、アイラに相談して受けると志願した。
 サキは一息ついて天井を仰いだ。
 
 カランカランとドアベルの音がした。騒がしい声がする。皆が入店したようだ。
 サキは思い耽っていたところから現実に引き戻された。
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