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【2‐2】見えない壁

ブレイブハート

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 フィラノスの大図書館。目的の情報を得ようと、サキたちは潜入した。そして謎の襲撃により、足止めを食らっていた。
 意図的に明かりが消され、視界が奪われる。しかも同行していたコーディと、サキの後輩のメルシィが悲鳴を上げ、気配が消えた。今動けるのは、サキとローズだけだ。
   サキは暗闇の中で杖を握り締めた。まずはこの暗闇から抜け出そう。大きく息を吸って、杖で床をコツコツと叩いた。
「闇を這う光となれ!  ウィル・オ・ウィスプ!」
 サキの魔法を確認して、ローズも行動に出た。
「アイシクル!」
   ローズは無造作に媒体を投げ、氷の塊を作って光を乱反射させた。サキの魔法は鬼火のような青白くぼんやりとする光……に見えて、実は水と闇と雷の特殊な魔法だ。天井の壊された明かりを引き継ぐように、ふわりふわりと漂う。
 本当は、本に悪影響を及ぼしそうな魔法など使いたくはなかった。光の魔法で一気に明るくする手も考えたが、また消し潰されるだろう。ならば、光は弱くても潰しにくいものがいい。サキは自分で戦略を考えていた。間違えた判断をすれば、無事であるローズを危険な目に遭わせてしまう。
   ローズが機転を利かせてアイシクルを乱発した。鬼火の光を反射させ、かなり見やすくなった。
   足元には湿り、いや、粘液らしきものが確認できた。横切るように続いている。
 サキはその先を見て息を飲んだ。
「なっ、何ですか、あれ……」
   水、いや、スライム状のような何かが蠢いている。スライムと聞くと、それなりに弱いイメージがあるが、これは想像を絶していた。
 視野が開けたせいか、使い魔たちが顔を出している。
「うわぁ、あれ、見たまんまスライムじゃん?」
「のぉん、こんなに大きいのは初めて見ましたのぉん」
   使い魔の言葉に耳を疑った。スライムは水場で変質した物質がコアなどを持ち、害虫やネズミなどを駆除する。
 サキは学校で聞いた覚えがある程度だった。だが、今見ているスライムはあまりに大きすぎる。
   壁を跨ぐ高さ、広範囲な動き、天井にぎょろりと大きな目玉が見えた。目が合ったら凍りつきそうだ。
 ローズが下を指さした。
「サキ君、あそこ……」
   粘液にまみれ、苦しそうにもがくコーディとメルシィが見えた。声を最後に、姿も気配もないと思ったら、捕らわれていた。
 サキは身を乗り出しそうになった。
「助けないと!」
「待つデス……」
   今にも駆け出しそうなサキを、ローズは手で遮った。何か策があるのか、ほんのりとした光は彼女のルージュが笑う口元を照らす。
「あれは何らかの原因で変質した人喰いスライムデス。コアがどこかわかりませんが、目玉を潰せばもっと明るい光が使えるかもしれませんネ」
 ローズの落ち着いた説明を聞き、サキは疑問に思った。
「目玉がコアではないんですか?」
「おそらくは、ネ。案外、目玉を刺激したらコアを出すかもしれませんヨ」
 スライムの一部が触手のように伸び、鬼火を飲もう試みていた。放つ雷に弾かれる。これがウィル・オ・ウィスプの特徴だ。光は弱いが、サキは知っていてこれを放った。強い光を放っても消されてしまう。ならば、地味だが物理的に消すことができない光で対抗した。
 満足とは言えない視界だが、一歩前進した。次はメルシィとコーディを助け出すこと。そのためにはスライムの動きをどうにかしなくてはならない。
 サキは目玉を攻撃すればこちらへの追撃はないだろう考えた。もう少し欲を言うと、これ以上視界を気にしないで動けるかもしれない。
「頑張って目玉を潰します!」
「それには高さが足りないですよネ……」  
   ローズは苦笑いをしている。彼女が言うように、べったりとした体が床の一部、壁、天井を這っている。増幅し過ぎて動けなくなったのかもしれない。本体が動かないぶん、触手だけが伸びて横着をしているみたいにも思える。ただ、目を刺激する光は嫌らしい。
   ローズはあたりを見て頷くと、先に駆け出した。
「ワタシが道を作りますヨ!」
「えっ、ローズさん?」
   ローズは荒れて傾いた本棚に体当たりをし、ぐらついた表紙を狙ってまたも回し蹴りをした。本棚がドミノ倒しになり、人喰いスライムから伸びた触手を圧迫した。同時に階段状の足場ができた。
「ローズちゃん、大活躍じゃん!  どうしたのさ?」
   圭馬にどうしたと聞かれる。ローズは答えずに、白衣のポケットに手を突っ込んだ。お馴染みの媒体を取り出すのかと思ったが、彼女が手にしているのは大きめのガラス玉だ。
   魔石を弾くように頭上に放つと、ぼんやりと蒼白い光を放つ槍を手にしていた。
   こんなローズは知らない。いつも細々とした魔法で援護をしてくれるのがいつもだ。いつ武器召喚の道具を購入したのだろうかと疑問もある。
   ローズは倒した本棚に足をかけ、槍を構える。もう、火気厳禁などと、綺麗ごとを言っている場合ではない。
「囮になるデス……よろしくネ」
   ローズはサキの返事を待たずに駆け出した。サキは遅れて判断する。
 ローズは火の点いたネズミ花火を手にしていた。
   サキは杖を握り締め、覚悟を決めた。戦うことが専門ではないローズにばかり頑張らせては、申し訳ない気持ちもある。
「僕だって、やってみせるっ!!」
 何よりも、自分がしっかりしてここを切り抜けなければ。その思いが強かった。
 サキは足を進ませながら詠唱を開始する。その間に、ローズはさらに駆けて行った。
 槍はあくまでも護身用という扱いなのだろうか、使い慣れていない感じが見え見えだが彼女なりに考えがあるようだ。
「コッチデス……鬼さんコチラ!!」
 素早い訳でもないが、スライムに向かってネズミ花火を投げつける。投げつけたせいでぎょろりとした目玉が天井から壁を伝い、下に移動した。不気味だが、ローズは目もくれない。
 サキはまだ間の位置と、捕らわれてしまっている二人の位置を確認していた。
「(現状で雷と火は使えませんから)」
 サキが心配をしていた『現状で』とは、メルシィたちを思ってだ。雷による通電と火による熱気、どちらもハイリスクだ。あとは場所のせいで大きな魔法が使えない。ここを崩したら、それこそ生き埋めだ。なかなか満足のいく状況で戦えない。
 サキは計算をしながら杖を振り上げた。
「ソニックブレイド!!」
 下を向いた眼球に向かって真空の刃を放つも、体の一部でガードされてしまった。しかも、水を切るのだけでも難しいのにこの粘液だ。どうしても貫通しないし、ダメージを与えたとは言えない。
 スライムは触手でローズを仕留めようとする。ところが、これをローズは読んでいた。
 ローズは伸びた触手に向かって媒体を投げつけ、氷漬けにする。それに対し、槍を振り上げ砕いた。バラバラと凍ったの破片が散る。構えも突きもしっかりしていないが、攻撃を防いでいた。
 手を止めてしまったサキに、ローズが言う。
「止まってはいけませんデス!!」
「で、でも……」
 サキは次の手が思いつかない。そうこうしている間にローズの槍に触手と粘液が絡みついた。槍はぼんやりと蒼白い光を放っている。それゆえに狙われたのだろう。ローズはそのまま体を引き込まれそうになり、抵抗をしていた。
「ローズさんっ!」
「いけない、目玉を攻撃するんだ!」
   圭馬に止められ、サキはこのままではまずいと我に返った。仲間を見捨てるのかと揺れているが、この場を切り抜けなければどちらにしても先には進めない。強敵を倒すことも、仲間を助けることも叶わない。
「潰すなら、みんなも助け出します。我が魔力、解放せんっ!」
   サキはブローチを撫でた。この胸のブローチは、ヒアノスの王女だったセティにもらったものだ。彼女に頼ることからはっとした。彼女とつながりのあるクディフが脳裏を過る。自分が何に長けているか、まだ諦めてはいけない。彼女を頼るのは最終手段。
 サキは首を振って魔力の開放を中止した。
 いきなり違う行動を取ろうとするサキに、圭馬が疑問の声を上げる。
「キミ、何するつもりなの?」
 サキは答えず、カバンから緑の魔石を掴み出した。足元に杖を振りながらローズの蹴り倒した本棚を上がって行った。
 身動きが取れないローズを横切る。振り返らずに前を向く。その先には目玉がサキを凝視していた。
 サキは目を合わせないように瞑り、両方の足で踏み込んだ。魔界で壁を越えるときに使ったハイジャンプを繰り出す。杖でこの魔法の分、そして左手で緑の魔石を弾いた。
「ソニックブレイバー!」
   弾いて杖を振り上げる。すぐ両手で振り下ろした。目玉は潰れ、飛沫を上げる。もがき苦しむ奇声が聞こえた。まったく違う場所からだ。
「アイシクルニードル!」
   サキは下降する際、間髪を入れずに奇声のした方角に氷の魔法を放ったが、これは当たらなかった。着地した床を変質した水が跳ねた。
「ぷはっ!」
   コーディはメルシィを引き摺りながら束縛を抜け出す。目玉が潰れたことにより、意思を持っていた粘液が脱力した。そのせいで抜け出せたようだ。
「せ、先輩、すごい……」
   メルシィが着地したサキに駆け寄る。サキ自身は『まだ』と首を振った。
「メルは下がって!  多分、ここからが本番……」
「えっ、先輩、何言って……」
「在るべき姿を崩されたものは、再生しようとするはずだよ」
   束縛を抜け出したローズとコーディも身構えた。二人はお互いの立ち回りを称えた。
「ローズ大活躍だったね」
「コーディがサキ君を庇ったのには、きっと意味があったから……デスネ?」
   ローズは気付いていた。サキのフェアリーライトを潰しに仕かけられたものを、暗闇でもある程度目が利くコーディが庇ったと。
 コーディはサキに向かって言う。
「物理より魔法かなって思った」
「コーディちゃん……」 
「おじさんの言葉、覚えてたんだね?」
 コーディの指す『おじさん』とはクディフを指す。サキは最近、足を引っ張っているのではないかと苦悩していた。そのクディフの助言を覚えていた。
「魔力解放も、僕の特技です。でも、次の手がないときのための最終手段。だから、僕は魔法で勝負しました」
   サキは短い詠唱をし、杖を振り上げる。
「目はないなら、もう大丈夫なはず……ホーリーライト!」
   フェリーライトやウィル・オ・ウィスプよりも、ずっと明るい光の魔法を放った。部屋全体が照らされた。やっと状況が理解できた。床は水浸しの状況。それと、反対側の床を赤い核が実態を保てなくて床を這う。ミミズのような触肢が放射線状に蠢き、見ているだけでも気色が悪い。目玉を潰したことにより、今度はスライムの視界が奪われた。人間と同じ思考ならば、次は声か音を頼りに仕掛けてきそうだ。
   メルシィは本棚の影に隠れながら、息を飲んで様子をうかがっている。
「こんなの、本でも見たことがない。知らない……」
   ずぶ濡れの状態なのに、自分のことなどかまっていられない。それほどまで食い入るように見ている。
「どうしよっか」
「ワタシ、動きを止めるヨ」
   コーディの作戦会議とまで言えない呼びかけに、ローズがノリノリで答える。コーディはその話をサキにも振った。
「それじゃ、再生できないくらい跡形もなくよろしくね、サキお兄ちゃん?」
「えっ、何ですかその無茶振り」
   サキが驚いている間に、二人が行動を開始する。今さら説明するまでもないが、異種族という接点からローズとコーディは仲がいい。
「アイシクルトリプル!」
   ローズの十八番になりつつある媒体投げが、攻撃の合図となった。
   不慣れな槍で攻撃するのかと思いきや、まさかの氷魔法だった。ひとつではない、三連続。コアから伸びた触手が凍り付き、立派な氷柱にまで築いた。スライムの行動を封じている。
   ローズがガッツポーズする頃にはコーディが助走なしで飛び、強烈な蹴りで氷柱を砕いた。破片が散る。これでもういい気もするが念のためだ。
   あまりに手際がいいのでサキは置いて行かれそうになった。
   いつもよりずっと長い詠唱だ。杖を両手で持ち、祈るように精神を集中させる。
「広がれ、聖域よ。悪しきものを浄化せよ、サンクチュアリ」
   杖が光を帯び、光が粒子のように舞う。星のように弾け、降る光が床をほんのりと照らす。浄化の光は蛍よりも儚く小さい。だが、杖を振る度に濡れた床、散った氷が少しずつ消えていった。
 この長い呪文は触手の攻撃をかわしながらでは難しい。沙蘭が襲撃された際に襲って来た魔女に対して使ったものと同じだが、今回は広範囲でより強力だ。
 
   あたりは何もなかったかのように、本棚と本だけになった。もう再生はしないようだ。コアから何か仕掛けられる前に撃破できて本当によかった。何よりよかったのは、誰も怪我をしなかった点だ。残念ながら入り乱れたせいで濡れてしまったが。
 戦線にいた三人が確認を終える。平穏な状態に戻った。
 気が付けば、メルシィは座り込んでいた。サキが手を貸す。
「先輩、浄化の魔法、使えるんですね。やっぱり頭の作りが違う……」
「メル、怪我してないよね?」
「あ、はい……あの、ありがとうございます……」
「どうしたの?」
   メルシィはサキと視線を合わせない。握った手が、異様に震えている。
「た、立てなくて、怖くて……」
「あ、そっか。怖がらせてごめんね」
   メルシィはやっと立ち上がった足もガクガクと震えていた。
「先輩もそうですけど、一体どんな勇者御一行なんですか?  おかしいでしょ。ファンタジー小説じゃあるまいし。普通の人間があんなの、戦えるわけがない。ホント、ホントに……」
   ぶるぶると唇も震わせている。いつの間にか瞬きも増えて泣きそうだ。
 サキは仲間を悪く言われているのかと苦言を呈す。
「僕を悪く言うのはかまわないけど、みんなは悪く言わないでもらえるかな?」
「あ、あの、悪く言うつもりはないです。その、口が悪くてすみません……」
   メルシィは覚束無いながらも起立し、頭を下げた。どうやら興奮して落ち着かないようだ。
 
 静寂を取り戻した大図書館。だが、戦った痕跡は残ったままだ。特に暴れてしまったローズは唸っていた。
「倒した本棚はどうしましょうかネ……」
 いくら何でも、倒した本棚や壊してしまった扉はどうすることもできない。コーディもこの状況に諦めの色を示す。
「派手にやったね。これはちょっと直しようがないよ」
   確認しながらドミノ倒しになった本棚を見つめる。だがこればかりは散らばった本も含めて直すのが難しい。
 使い魔たちも警戒を解き、床に降り立った。圭馬がサキをえらく称えている。
「それにしても、キミはよくやったね。ブローチを撫でたときはどうなることかと思ったよ。セティ王女の浄化の力を頼らないで自分でどうにかしようなんて、根性あるね」
「のぉん、本当に主は成長しましたのぉん」
「これで進めるね、目的の本、さっさと見に行こうよ」
   使い魔達も気を遣わずに話し出してしまった。メルシィはあまり驚かないようだ。それよりも、今はまだ恐怖が勝っているのかもしれない。
 コーディはあたりを見渡しながら不満を漏らす。
「本当、お兄ちゃん先生たちがいないときにこういうの、困るね」
   危機は去ったが、現実に引き戻され、一気に疲労が押し寄せる。コーディは肩を落とし、ため息をついた。
 サキはちょっとした手応えを感じたようだ。最近は誰かに助けられてばかりだった。自分の頭で考え、自分で行動し、仲間の誰も怪我をしないで切り抜けられた。ローズに助けられたが、力を合わせてつかんだ勝利だ。
   サキは杖を戻し、顔を上げてローズとコーディの顔を見た。
「僕を信じてくれて、ありがとうございました……」
   俯きながらはにかんだ。落ち着いたところで明かりを抑え、警戒しながら進む。どうやら明かりを嫌う人喰いスライムによって電気は全部やられてしまったみたいだ。
 進めど明かりはなく、スイッチを入れても、ブレーカーを入れても明るくならない。
   廃屋の中を進んでいる気分だった。
 メルシィは徐々に冷静さを取り戻した。変異したスライムに遭遇して逃げることもできたはず。それをわざわざ撃破した。聞いてはいけないと思いながら、質問をする。
「そ、その、先輩たちって大図書館で何を調べるんですか? どうしてわざわざ危険を承知で戦ったり、今だって奥に進んだり……」
   メルシィの疑問に、三人は足を止める。
 サキはメルシィに向き直り、首を傾げた。
「んー、そうかぁ……そうだよね」
   まだ理由を言っていない。こちらが強引に大図書館に入りたいと、言ったが確かに疑問を持たれても仕方ない。
 かつて、ジェフリーを案内したサキと同じ状況だ。
   ローズとコーディは話す判断をサキに委ねた。
 サキは迷ったが話す選択をした。メルシィに『知る』権利はあるはずだ。ただ、奥深い真意まで話さないように気を遣った。
「とても信じてもらえないだろうけど、人の命を弄ぶ人がいるんだ。そのせいで、苦しんでいる人がいる。細かい事情は省くけど、僕はその人が少しでも長く生きられるように手を尽くしたいんだ。普通に生きられるように助けてあげたい……」
   ざっくりした説明と理由だ。納得するかはわからないが、嘘はついていない。
   メルシィは塞ぎ込むように唇をきゅっとさせた。だが、何か決まったのか、頷いて顔を上げる。
「事情があるのはわかりました。でも先輩、ウチもいいですか?」
「?」
「ウチも、ママを助けたくて。その、お医者さんとかでもどうにもならなくて。歩きながらでいいから相談に乗ってもらえますか?」
   歩きながらと言うので、場や時間を設けるわけでもなく、進みながら話した。
「ワタシ医師免許を持ってるデス。助けたいとはどうしましたネ?」
   ローズは医者だ。メルシィの言っていたことが気になるらしく、話を振った。メルシィの事情がざっくりとしている。少しでも理解してあげたい。
「ママは自分が長く生きることができない種族だと言っていました。それがこの種族の運命だからって……」
   メルシィは『種族』と強調した。歩きながらだが、足を止めて聞き入りそうな話だ。
「メルはさっきもコーディちゃんの種族に関して触れていたよね。どうして他種族に興味があるの?  僕に対してもそうだけど、なんで他の人と違うのに抵抗ないの?」
   一般の人が他種族に興味を持つのは、珍しいかもしれない。私生活の中で神族の末裔には遭遇するが、外見に大差がなければ気が付かない。学校のクラスメイトにいれば、本人は悟られないように隠す。普通の人間なら、避けるかもしれない。そんな生活をしてみんなは当たり障りなく、何となく仲良くして大人になっていく。
 中には自分と違うことで無視をしたり、避けたりする輩もいる。自分と少し違うだけでも他種族の多くを理解しない。だから、差別やいじめがなくならないのかもしれないが。
 メルシィは急に声を下げ、サキに上目遣いになった。
「先輩、天空都市って知ってます?」
「ギルドでたまに噂になっているよね」
   サキはここで知っているとは言わず、世の中に有り触れている程度に答えた。メルシィは声を大きくし、訴えるように言う。
「あれは噂なんかじゃないです。ママはそこの種族だって言ってました。信じてもらえないですよね、こんな話……」
   この先の重要な書物のある階へ上がろうという階段で、いったん立ち止まる。
 サキは重い質問をした。
「メルはどこまで『知る』覚悟がある?」
   賢い人の話し方だ。こちらが知っている情報を、無闇に出したり匂わせたりしない。
   メルシィも何となく様子がおかしいのを察知したようだ。言葉を選んでいる。
「ウチ、知りたいです。 前々から変だとは思っていました。普通じゃない正体をずっと知るのが怖かったんです」
   知るのが怖かった。それを聞いて、ローズが顔をしかめた。彼女は知識や技術などの情報を開示しないアリューン神族の混血だ。知ることで傷つく人がいる、その考えが強い。
   どちらかと言うと、サキもその考えが強い。好奇心が強いメルシィは、もしかしたら『こちら側』へ踏み込もうとしているのかもしれない。その考えが、話す言葉を余計に選ばせる。
   コーディは二人とは逆だ。皆が知るべき情報をもっと発信するべきだという考えだ。本まで書きたいと、しっかりした夢を持っている。
 メルシィが起こそうとしている行動は、以前の自分に似ているとサキは思った。
「知らないことを知りたいって、前の僕みたい……」
 その考えにはある程度の理解を示す。だが、これ以上『こちら側』に踏み込んでしまっては困る思いもあった。どこかで突き放さなくてはならない。メルシィとの最大の違いは、サキには帰る場所がなかった、居場所がなかったのだから全然違う。
「僕は知ろうとする心がけ自体を否定はしない。だけど、メルには帰る家があるんだ。わざわざそこを抜け出そうとするのがいいとは思えない」
「そうですよね。ウチ、先輩たちを利用しようとしていたのかもしれません。邪神龍も倒しちゃうし、勇者御一考ならどうにかしてくれないかなって」
「僕は利用されたとは思っていないよ」
「ウチ、ママが言う種族がどんな特徴があって、助けられるのかが知りたいです。やっぱり、ウチがしようとしていることって、おかしいですよね」
「そうかもしれない。この先で一緒に探そう! その先は、お勧めしないけどね」
 サキが牽引する形で、迷っているメルシィを導いた。ゆっくりと階段を上がる。
 
 メルシィはサキのうしろ姿を見ながら考え込んでいた。
 自分の知っている先輩は、こんなに逞しくなかった。もっとか細くて、でも芯はしっかりとして、いつも周りに負けないように自身で頑張っていた。
 誰かに、周りに、認められたいがために。そんな憧れていた先輩は、手が届かない場所に進んでしまった。
 メルシィが初めてサキを目にしたのは、街中で育ての母親のお使いをしていたときだった。頼まれたご飯を買っていたのだ。
 ギルドなどでもそうだが、この街ではローレンシア一家を悪く言う者が多い。
 暗殺組織の名のもとで育った彼は、周りから避けられていたのにその原因が親の名前のせいだと知っていても、勉学に挫けはしなかった。不思議に思ったのが興味を持ったキッカケである。
 サキの成績は優秀だった。避ける者はいなくなったが、いつも学校では一人だった。そんな彼は教授に許可をもらって、よく大図書館に足を運んでいた。図書委員だったメルシィはすぐに顔を覚えた。閉館時間ぎりぎりまで残っていることもよくあった。話しかけてみたら、意外と普通に接してくれたのが心に残っている。
 勝手に憧れていただけ。勘違いしていたのかもしれない。自分も普通ではないから。
 
   暗い部屋だが、魔法のおかげでほんのりと明るい。ガラスケースが明かりを変に反射するので、警戒してしまった。
 革張りの椅子や、高そうなテーブルもそのままだ。ここは荒らされていないらしい。以前ジェフリーと来た際に彼がブレーカーをいじっていたのを思い出し、サキは壁を探った。
「えっと、確かこの辺りにブレーカーが……」
 久しぶりのように思えるまともな電気だ。明るくなったのを確認し、サキが魔法を解いた。手を振って光を振り払うと次に、サキの足がふらついた。
「サキ君!!」
 ローズに支えられ、倒れるのを回避した。体力の消耗が激しかったようだ。
 メルシィもサキを心配した。
「先輩、あんなに魔法を唱えて、ずっと明かりを……」
「まだ、大丈夫。前だったら、とっくに倒れているけどね」
 こればかりは仕方がないが、もう少し体力の配分を考えないといけない。帰り道も考えなくては。サキは自分の中で猛省した。
 幸いにもこのフロアは明かりがある。本を読んでいる間は休むことができる。
 
 手分けして目ぼしい本を探す。このフロアの奥にある本は、重要な書物が多い。圭馬とショコラも探索に加わる。
「あの場で魔力解放しなくてよかったね。キミ、もしかしたらここまで歩けなかったかもしれないよ?」
 圭馬が言うように、判断を誤ると皆まで危険に晒す。
 項目のない本棚でローズが目ぼしいものを手にした。
「おぉっと、このあたりデス……」
 コーディが両手に持った数冊の本の中から自分の書いた本を見つけ、複雑な表情をしている。
「ここすごいね、私の本がある」
 自分の執筆した本を予期せぬ場所で見かけるなど、完全な不意打ちだ。
「なーんか、古書店に並ぶより複雑ね……」
 普通の生活をしている人は、まず目にしない場所だ。重要書物、古文書、とある人たちが意図的に隠しておきたい情報がここにはたくさんある。
 コーディの本はその一つに該当するらしい。
 サキも本棚に目を走らせる。背表紙がないものが多いため、片っ端から開いて数ページ読み散らかすしかない。
 サキが梯子を持って引っ張っている。それを見たコーディが気を利かせた。
「あっ、大変でしょ。上段は私が見るよ」
「そうですね。助かります」
 ぱたぱたと可愛らしく翼を羽ばたかせ、上段の本を何冊か抜いて本棚の上に座って広げている。上はコーディに任せていいだろう。
「よし……僕もやるぞ」
 すでに使い魔たちも本棚に飛びついている。サキも腕をまくって取りかかった。
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