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【2‐2】見えない壁
懐かしい出会い
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気になっていること、些細なこと、どうしてあのときこんなことを?
そんな話を長々とし、眠たい極限は朝方に訪れてお開きになった。
部屋のシャワー室で軽く温まってから休む者もいた。
四時間と少し、睡眠時間はそんなものだった。
船がフィラノスに着いたときは曇り空だった。うっすらとではなく、かなりのどんよりだ。今にも空が泣き出しそうな天気である。
寝不足だが、寝すぎてヘマをするよりはいいかもしれない。適度な緊張感をもって挑めるのが寝不足のいいところだが、怪我にだけは気を付けたい。
一行は下船し、船着き場をあとにする。やっと地面に足を着けたのに、ふわふわと揺れている感覚がして気持ち悪い。
ジェフリーが伸びをしながら振り返る。
「さて、動き方を考えるべく……」
「ご飯!!」
先ほどまで眠たそうにしていたミティアが、突然目を輝かせる。
こんなにわかりやすいと、他の話しがしつらい。まるで犬のようにつぶらなこの目、油断したらご飯どころか何でもほしいものを与えてしまいそうだ。
いつか慣れると思っていたが、いつまでも圧倒されている。むしろ、日が経つにつれて、強さが増しているようにも思える。勢いと誘惑にのまれたら負けだと、自制するしかない。ジェフリーは恨めしく思った。
フィラノスなら、サキが詳しい。
「朝ご飯……には少し遅いですが、繁華街かすずらん通りなら何かあると思います」
生まれ育って、この街の魔法学校を卒業している。裏道しか通らないで、目的地まで歩くことも可能だったくらいだ。
サキの案内で街中に出る。まずは名物の噴水広場。だが、様子がおかしい。
人通りが少なく、お店も開いていない。やけに静かだ。
キッドが街に活気がないのを不思議がった。
「あれ、前、こんなに静かだったっけ?」
「いえ、そんなことはなかったはず。明らかにおかしいですね」
がらんとしている。人は歩いているが、話を聞いていい雰囲気ではない。どこか暗い表情の人ばかりだ。
お腹を空かせているミティアが嫌な予感がするのか、キョロキョロと開いていないお店を確認している。
「一体どうしたんだろう? みんな暗いし、フィラノスに何かあったのかな?」
その嫌な予感は見事に的中した。繁華街への道が封鎖されている。木箱、コンテナ、縄が張ってある。立ち入り禁止どころではない。
さすがに異常だ。先頭を歩くサキの表情が曇った。
「繁華街に入れないって、どうしてだろう?」
サキが考え込んでいると、近くを通りかかった女の子に声をかけられた。
「あの、もしかして、今ギルドで噂の人たちじゃないですか?」
女の子は紫の前髪まで切り揃ったストレートボブで、魔法学校のケープを羽織っていた。ケープの胸もとから銀のクロスがチラリと見える。
「あれ?」
サキが何度か瞬いて尋ねる。
「もしかして、メル?」
「おっほー、数日前まで指名手配だった先輩じゃないですか。なーに、小じゃれた格好して正義の味方ゴッコなんてしちゃってるんですか?」
背は低く、目は大きくて可愛いらしいが、サキに対してやや失礼だ。砕けた喋り方をしている。メルと呼ばれた子は一同を前にしてももの怖じせず、じろじろと観察している。サキは皆に向かって紹介した。
「あ、紹介します。クレリックの後輩で、メルシィです。ちょっと変わっていますが、これでも雑貨屋さんの子だったはず……」
「きゃあ、王子様タイプのかっこいい人!!」
紹介の途中でメルシィは竜次にすり寄って見上げている。
「沙蘭の竜次様ですよね? やーん、実物の方がかっこいいー!!」
「え、えっと……」
「めっちゃタイプなんですけどぉ!!」
困惑する竜次におかまいなく、メルシィは抱き着いた。初対面にここまでする人はなかなかいない。
竜次は顔を赤くし、慌てふためきながら、メルシィを剥がそうとする。
「わわっ、いけません!! またフィラノスで問題を起こしたくはありません!!」
メルシィは離れる様子がない。彼女は図々しく、竜次に頬擦りまでしている。
ジェフリーは念のため確認をした。
「サキの後輩って、当然だがお前より年下だよな?」
「はい。一個下です」
つまり十五歳だ。ジェフリーはため息をついた。
「問題どころか、犯罪だな……」
メルシィはコーディより少し高いくらいの身長だ。お似合いというよりは、犯罪ではないかと危機を感じた。
コーディは少し離れて一部始終を見ていた。竜次の勝手は知っている。顔はいい。長身だし、沙蘭の有名な人。だが、実際は子どもっぽく、自分勝手な行動も目立つ。もっとも、それは仲間であり、旅路を経て知ったものだ。その上で一言呟く。
「お兄ちゃん先生モテモテだね……」
そのコーディの肩をローズが軽く叩き、視線を違う方へ向けている。視線の先には、少しむくれているキッドの姿。二人は小さく笑った。立派なヤキモチを目撃したのだ。
サキはメルシィに説明を求めた。
「それよりメル、フィラノスはどうしたの? お店は開いてないし、人もあまり歩いていないし、繁華街への道はこうなっているし」
メルシィは視線だけサキに向けて答えた。まだ、竜次に抱き着いたままである。
「ギルドのハンター、別名、勇者御一行なのに知らないんですか?」
メルシィは念のためなのか周囲を警戒し、小声になって話した。
「フィラノス王、亡くなったらしいです。ご遺体は見つかっていませんが、血の付いた王冠とマント、あと勲章とか色々、装飾品が街の外れで回収されたって。つか、街には狂暴な動物が入って来るし、本当は港も閉じたいらしいです。でも、ここから離れる人もいるし、ウチも今は、物資の不足であんまり長い時間、店も開けられなくってですね」
情報量満載の説明だった。この繁華街だって、封鎖したのは狂暴化した野生動物に攻め込まれた際に住人が逃げやすくするため。なるほど、役人や兵士が見張る場所が減る。
街中に活気がなく、部分的な封鎖の理由があるとこれでわかった。
ここも攻め込まれていると、ジェフリーが判断した。
「フィラノスもまずそうだな」
全国、いや、世界で混乱が起きている。狂暴化した野生の動物たちだけではない。国の治安も不安定だ。フィラノスのギルドが正しく機能しているのかも怪しい。
サキはフィラノスの造りを指摘した。
「この街は沙蘭と違って、塀や壁で囲まれていません。群れで来られたら弱いかも……」
街外れは雑木林や廃墟、墓地もあり、ここから街という境界線があやふやである。ゆえに沙蘭より守りを固める条件が悪い。
メルシィはさらりと言う。
「お金を持っている人は別の街に逃げるけど、あの広い森か寂れた街しか逃げ場所がないから陸路は少ないみたい。ほとんど船。ウチは貧乏だし、おばあちゃんがいるからここを離れるのは選択肢としてないですね」
メルシィの言う『広い森』はスプリングフォレスト。『寂れた街』はレストを指すようだ。富豪はどんどん街を出てしまう。さらりと言う割には、内心怖いようだ。
「ねぇ竜次様って沙蘭の偉い人だったんでしょ? フィラノスは救ってはくれないの?」
「難しい話ですね。本来、残った臣下や兵が、民を守るものだと思うのですが」
「そうだよねー、勝手に他国を助けられないですもん」
メルシィはようやく竜次から離れた。諦めるような表情だ。
「すみませんでした」
「あぁ、はい……」
急にしおらしく、素直になって調子が狂う。今ならもう少し話が聞けるかもしれないと、サキはまた質問をした。
「メル、学校はどうしたの?」
登校時間はとっくに過ぎているはず。メルシィは魔法学校の学生のはずだ。だが、登校するような様子はない。制服は一応着ている。
「数日前から休校ですよ」
「えっ、じゃあ、大図書館は?」
「この非常事態に勉強なんてしますー?」
思いのほか状況が悪い。街の一部が封鎖されているだけではなく、大図書館も利用できない。つまり、調査と情報収集にも支障が出る。
大図書館に行って、ケーシスの論文や、今まで読めなかった本を探す目的があったのに。
皆の表情が曇った。このままではこちらも困る。
サキはメルシィが図書委員だったことを思い出した。
「君って図書委員だったよね。何とかなったりしない?」
「うわー、先輩って、今年の首席卒業でただでさえ頭おかしいと思ってましたけど、ホントにこの状況で勉強しますか」
メルシィはサキに対しては当たりが強い。先輩を慕っているのかそうでないのか、判断に難しい。少なくともサキ本人は、友だちはいないと言っていたが。
やはり厳しいかと思いきや、メルシィは一同の顔を見渡して何やら考えている。
「そーですねぇ、今度ウチで新商品を始めるんですが、それ食べてもらえませんか? それで、感想を広めてほしいし、ウチの店にも書いて出していいですか? それなら大図書館、開けてもいいですよ?」
何とも強引な条件だ。だが、ポッと出た条件に関しては悪くないかもしれない。
「新商品の食べ物って何ですか?」
サキが詳細を聞く前に、ミティアが横から出しゃばった。お腹が空いているようだ。
「総菜コッペパンです。まだ試作なんで種類が少ないですが。もうご飯食べ終わってる時間ですよねー?」
言い終わってからメルシィは、目をギランギランに輝かせているミティアにドン引きした。
「おぉぉ、先輩、このお姉さん、すごい目していますが、大丈夫ですか?」
ミティアの反応はともかく、条件は悪くない。
サキは皆を代表して決断をした。
「メル、その話、乗ってもいいかい? 僕たち、朝に船で着いたばかりで何も食べてないんだ。お味見がてら、お邪魔するよ」
メルシィの表情が明るくなった。整った顔立ちで目も大きいから、こういった輝いた表情が眩しい。
「こうしちゃいられない。先輩ってウチの店、知ってますよね?」
「すずらん通りの木箱がたくさん積んであるお店だっけ?」
「ですです。先に帰ってママに伝えます。先輩、ちゃんと来てくださいよ!!」
ビシッと人差し指を立て、メルシィはバタバタと裏通りに消えて行った。まるで嵐のような子だ。彼女が去ったあとで、サキは肩を落とした。
「はぁ……まさかフィラノスがこんなことになっているなんて」
勝手に話が進んでしまった。だが、ジェフリーは別のことを気にしている。
「お前、友だちはいないって言ってなかったか?」
「彼女は後輩で図書委員です。ちょっと変わっていて、クレリックなのにミステリーなものが好きなので。僕がこの街では避けられているローレンシア一家の人だって知っていて、普通に接して来ます。ちょっと失礼な子ですけど……」
ジェフリーは友だちではないかと指摘した。だが、サキは動揺もしないで事細かに答えたので、本当に先輩と後輩仲だと思われる。
知っていてからかうローズ。
「先生サン、モッテモテ……」
「や、やめてください……あんまりそういうの、慣れていませんので」
竜次は本当に困っている様子だ。少し離れて怪訝な顔をするキッドの存在も、もちろん把握しての受け答えだが。
「そうだ、マナカが来ているのですよね? もしかしたら何か動きがあるかもしれません。制限がかかる前に用事は済ませてしまいたいですね」
定期船の中で、マナカに会ったとミティアたちに聞いた。確かに調査のためなのだろうが、場合によっては何か動くかもしれない。
ここで話していても仕方がないし、ミティアがお腹を空かせて不機嫌になりつつある。早く何か口に入れさせないと。
すずらん通りとは、繁華街や噴水のある大通りとはまた違う、少し賑やかな通りだ。
ぽつぽつとお店が開いているが、カフェなど軽いものが目立つ。繁華街が通れないとなると、ギルドも使えない。皆はどこで情報を仕入れているのだろうか。
すずらん通りも人が少ない。だが、大通りよりお店が開いているせいか、それなりの生活音が聞こえる。
木箱の積んである店と言ってはいたが、本当に木箱が積んであった。いたずら防止なのだろうが、物々しさが感じられる。
サキが扉の前で一応忠告をした。
「僕はこのお店、一回しか来たことないです。多分驚くと思いますよ、雑貨屋とは言っていましたけれど……」
そんなに親しい間柄でないのはわかったが、そこまで言うだろうか。ドアに鈴がついており、おしゃれなレースカーテンをくぐって中に入る。
サキは一応断りを入れて入店した。
「おじゃましまーす」
入店してすぐ、『オジャマシマス、オジャマシマス』とオウムのぬいぐるみが、文字通りオウム返しをした。一同は第一印象で驚いた。確かに変わった店かもしれない。
焼きたてパンの匂いが充満している。これだけで胃が刺激された。
「いらっしゃいませ、ご一行様」
「待ちわびたぞ、勇者御一行!!」
「こら、メルったら、きちんとご挨拶なさい!!」
メルシィもお店も変わっているが、母親は普通らしい。ベレー帽をかぶり、トングを持って挨拶をして来た。
ところが、母親も竜次を見てうっとりとしている。嫌な予感がした。
「まぁー、メルが言ってた通り、イケメンって生きているだけで罪よね」
母親も変わっていた。そんな気はしていたが、言われ慣れていない竜次ががっくりと肩を落としている。
カチカチとトングを片手に、メルシィがメニュー表を出した。
覗き込んで、ローズが即声を上げた。
「ムムッ、これはなかなかデス……」
続く様に皆も口にする。
「変わったメニューが多いような……」
「俺は辛くなければいいや……」
まずは兄弟。種類自体は十種類以上、二十種類には満たないくらい。
「カレーホイップって何だろう。甘いのかつらいのかわからないね」
「変わりネタで勝負する方針なのかな?」
コーディとサキも微妙な反応だ。試作と言っていたので文句は言えない。
「せっかくだから何かご馳走にならないと、えーと、えぇーっと……」
「あたしはパスタ焼きそばにしよっかな……」
迷っているミティアの横で、キッドが一番まともそうなものを注文した。
まともと言っても、パスタを焼きそばにする意味がよくわからない。
思い思いの物を注文して竜次がお金を払った。試作の価格なのか、かなりお財布に優しい半額相当だった。
微妙な空気の中、店内のカフェスペースで待つ。しばらくして頼んだパンを前にするも、どこか特徴的で、ただのパンでは済まされない。
メルシィが注文のパンを運ぶ。まずはジェフリーから。
「こちらは海鮮かき揚げ明太マヨパンでーっす」
「ホントにパンにかき揚げ挟まってる……」
ジェフリーが頼んだのは、コッペパンに合わせて細長いかき揚げにキャベツと明太マヨが挟まっているサンドイッチだ。
隣の竜次は同じものだが、彼はわさびマヨ味のようだ。かき揚げにマヨネーズがとろけてほのかなわさびの匂いが食欲をそそる。
キッドはパスタの焼きそばパン。コーディが手にしているのは、一見ホットドックにも見えなくないが、シナモンチュロスとホイップクリームが挟まっている。このあたりは意外と美味しいかもしれない。
問題はミティアが持っている、いかにも高カロリーなパンだ。クラッシュプリンにホイップ、パンの上部にはチョコレートのコーディングがされており、カラフルチョコのスプレーまで乗っている。食べるのが難しそうだ。何が問題かと言うと、彼女はもう一つシナモンラスクにメープルシロップのかかったカップを持っている。シェアするとは言っていたが、既に半分はミティアが食べてしまっている。
ローズは味噌カツサンド。普通に美味しそうだが、ソースではないと嫌な人と喧嘩になりそうだ。
メルシィはサキにも注文のパンを渡す。だが、やはりどこか小馬鹿にするような態度を取っていた。サキに対してはこれが普通のようだ。
「先輩こんな控えめなのでいいんですか?」
「僕、そんなにたくさんはいいので……」
サキが注文したパンは、マーガリンにブルーベリーのジャムとカットチーズが挟まっている割と普通のものだった。皆のように変わったものを食べていない。
「僕はこの街では嫌われているから、書き出したり、記事にしたりしなくていいよ」
ぽつりと突き放す言葉に、メルシィの目つきが変わった。
「先輩が自分でそう思っているだけだったりしてねー……」
メルシィは本当に失礼な後輩だ。サキはその程度にしか思っていなかった。
「食べ終わったら呼んでください。ウチも出かける支度をしますんで」
メルシィは手際よく片づけて店の奥に引っ込んだ。普段から手伝っているような手際のよさだ。
感想を書いてくれと、お店の名前が入ったコースターとペンを渡された。ジェフリーはさっそく『美味しいけどかき揚げがデカい』と書き込んでいる。
メルシィの母親はカウンターの中で座り、にこやかに本を広げていた。
「他にも御用があったら声をかけてくださいな」
雑貨屋なのだから普通の買い物もしていいかもしれない。ジェフリーが売り場に目をやるが、視界に入ったサキの表情が暗い。
「どうかしたのか?」
「いえ……」
メルシィに言われたことが気になるのか、サキは手を休めている。どうも最近のサキは落ち着きがない。
一見きれいな箱だが、開けたら馬鹿にするような笑いが延々と発せられる箱。『効果絶大!』と書かれた藁の人形。この世の召喚魔獣を呼べますと書かれた胡散臭いお札。
変わった雑貨があるが、普通の道具も売っていた。
ジェフリーが竜次を手招きし、呼びつけた。彼は壁に釣る下がっている大剣と、その真下の棚のアクセサリーに注目した。
「兄貴、この武器を見てくれ」
「むっ、これは、すごい職人技なのでは?」
「いや、それもそうなんだが……」
ジェフリーが剣を少しだけ引き抜いて刃の根元を見せる。剣には名前が刻まれていることが多いが、ジェフリーの剣もそうだった。傷も多く、手入れもあまりしているところを見ない。荒っぽい扱いもしているが、彼はこの剣を剣術学校に入った頃から使っている。
壁に釣る下がっている剣、棚のアクセサリーと同じ名前が刻まれている。
竜次ははっとした。
「えっ、もしかして?」
「へぇ、こいつの親か、会ってみたいな……」
ジェフリーは口元を緩めている。
竜次はもっと大きなことに気がついた。慌ててカウンターの中に居るメルシィの母親に訊ねる。
「あの、もしかして、あちらはご主人が?」
「まぁ、お目が高いですね。そうですよ。あちらは鍛冶職人の主人が打った金属です」
「か、鍛冶職人……」
竜次が声をひっくり返す。その声は店内の皆にも届いた。ピンと来たものもいたようだ。
サキのカバンの中から、圭馬が眠たげな顔を出した。
「あー……そっか、腕輪を作ってもらえるかもしれないね」
近くにいたミティアが、圭馬にシナモンラスクを差し出した。
カリカリと音を立てながら食べていて可愛い。ショコラはまだお眠らしく、カバンから見えて来なかった。
暢気に圭馬に餌付けしているが、当の本人はまだよくわかっていないらしい。
キッドが目を輝かせてミティアに言う。
「ちょっとミティアったら、今何が起きているかわかってる?」
「うん?」
ミティアは皆の注目の的になっているのにやっと気がついた。
「えっと、わたしの?」
これで素材が揃ったところで、完全にミティアが助かるわけではない。ただ、衰退のスピードが落ちるだけ。それでも皆は必死なのだ。少しでも彼女に生きてもらえるように。
竜次はメルシィの母親に訊ねる。
「ご主人はどちらに?」
「お城へ。もう何日もフィラノスがごった返していますので、帰っておりませんの。仕方がないのですけれどもねぇ」
かなりの職人なのだろう。だとしたら、まだもしかしたらの段階だが城で働いているのかもしれない。
ローズが大袋のトウガラシを会計し、白衣にしまい込んだ。その顔は明るい。
「ふーむ、動き方が見えて来ましたネ」
竜次も消毒液など、細々したものを会計してカバンに詰めた。
店の端で、一同は集合する。
何とか大図書館へ行けそうだ。サキが同行者を募る。
「それで、僕と一緒に大図書館へ行く人……」
サキが言い終える前にローズがビシッと挙手をした。いつもは控えめに挙手するのに、今回は意思表示がはっきりしている。
コーディも意思表示がはっきりとしていた。
「えっ、私も行きたい!!」
コーディが一緒なら、読めない文字の解読や高い所の本も取りやすくなる。フィラノスの大図書館が入り組んだ構造であることは把握している。
サキは小難しく考え込んだ。今は大図書館のルールなどあってないものだ。
「本来同行者は限られていますけれど、非常事態です。今回は何もないはずなので大丈夫ですね。調べたいものや得たい情報が決まっていますので」
少し強引だが、何とかなるだろう。のちにこの判断が、ことを大きく左右するなんて思いもしなかった。
今回の探索も手分けをして情報を得る流れだ。サキたちは大図書館、竜次たちは城へ行こうと考えていた。
「私は城に行ってみようと思います。フィラノスがどうなっているのかを把握しておく必要がありそうです。マナカに会えたら一番いいのでしょうけれど」
「なら、俺たちも一緒がいいな。キッドも」
「さすがに防衛戦になったらまずいですからね。助かります」
見た目ほどひどい怪我ではないが、キッドを放っておけない。できるだけ安全な手を考えたいものだ。ミティアは言わずもがな、一人にする選択肢はない。
動き方が決まって、竜次たちは先に雑貨屋を出て行った。
街の構造なら、ジェフリーとキッドもだいたいの歩き方を把握している。
サキたちも出発の流れを組む。あらためてメルシィに声をかけた。
家事を手伝っていたのか、腕をまくった状態で出て来た。手早く支度して出発する流れになった。
大図書館探索組は、サキ、ローズ、コーディ、案内役にメルシィだ。もちろん大っぴらには言わないが、圭馬とショコラも含まれている。
がらんとした街を歩く。ローズが本人不在をいいことに、メルシィに訊ねた。
「先生サン、好みだったのデス?」
「んー、と言うか、長髪でかっこいい人って大好きです」
サキは黙っていたが、ここにいない仲間にはクディフも好みに入ると言ってある。
ずいぶんと前の話なので、もしかしたら忘れてしまっている可能性があるが。
「ってことは、あのおじさんも好みの対象かもね」
察したようにコーディがクディフを指した言い回しをする。
「あっ、先輩、ウチが勝手に大図書館開けたこと、内緒にしておいてくださいよ!?」
メルシィは思い出したように釘を刺した。人通りは少なかったが、念のため裏通りを通って大図書館のある場所へたどり着いた。大図書館の上は魔法学校だ。
メルシィが言っていたように、休校になっていて正門は閉まっている。当然だが、誰もいない。静かすぎて不気味だ。
「先輩、コッチです……」
メルシィの案内で正門から逸れた。ここから下を行ったら大図書館のはずだが。
「えっ、この下じゃないの?」
「関係者入り口がコッチなんですってば!!」
メルシィが手招きしている。階段を下がるのではなく、魔法学校を回り込む形で塀の中に入った。いくら通学していたとはいえ、サキはこんな場所を知らない。
ドアノブの上に押しボタンがいくつかあった。電源はなかったがいくつか押してパターンを示して開くものらしい。
メルシィは慣れた手つきでパターンを押して、ドアノブを動かした。金属の扉を開き、中へ入った。
当然いけないことをしているのだから、背後や周囲には気を配ったが、閉鎖されているせいか誰もいなかった。
「フェアリーライト」
サキがすっかりお馴染みになった小さい光の魔法を唱える。心許ないが、ないよりはずっといい。
コーディも確認を取った。
「えーと、燃えやすいものが多いから、火気厳禁だっけ。ランタンは使えないね」
コーディとローズは辺りを照らす大きなものを持ち合わせていない。サキから離れず、明るくなるのを待った。
メルシィが懐中電灯を持って壁を探っている。
「えー……なんでぇ?」
パチパチとスイッチの音はしているが、明るくなる様子はない。
「ブレーカーが落ちてるのかなぁ」
メルシィはスイッチから伸びているコードを照らしている。関係者だけが知る入口だ。しっかりとした造りはしていない。なぜか配線はむき出しだし、換気用のダクトも壁に埋まっていない。粗末な造りだ。
サキはこの場所を知らない。ゆえに説明を求めた。
「メル、僕は構造がよくわかってないんだけど、ここは裏口みたいなものなの?」
「んーとですね、ここはお城の地下通路とつながっている連絡通路です。そこが改良されて、非常口みたいな扱いになって、関係者入り口になって……」
「ごめん、メル……わからないけど、案内をお願いしてもらってもいいかな? 貴重な本とか古書がある上の階に行きたいんだけど」
説明されても、関係者の使う通路や入り口は知らなかった。ここは余計なことを言わないで案内をお願いした方がよさそうな気がする。
「ほほいっと……」
メルシィは懐中電灯を脇に抱え、大図書館の館内配置図を取り出した。いっそ、それがほしく思う。
やけにメルシィが積極的だ。
「ウチもスプリングフォレストの実習をクリアしていますからね」
どうして積極的なのかが見えて来た。サキはあえて厳しいことを言う。
「外の世界は、そんな実習では済まされないよ。もっと命のやり取りをする」
忠告を受け、メルシィは顔を上げる。
「知ってます。いくら技術を学んでも、外に出たらただのヒヨコです。ニワトリになる前に死にます。でも、おとなしくしてなさいってどうかと思うんですよね。だって、外の世界って広いんでしょ? 本で見ましたよ。色んな種族の末裔がいて、写真でしか見られないような景色があるんですよね?」
メルシィはコーディに視線をおくる。
「ドラグニー神族の末裔ですよね? コスプレって誤魔化せるレベルですけど」
「怖がらないんだね」
「ま、ウチも普通じゃないんで」
メルシィは意味深な言葉を言いながら壁に沿って歩き出した。どうもメルシィは一行に興味を持っているようだ。サキはメルシィとの距離感が掴めず、扱いに困っていた。
「確かにメルは変わっているけど、普通じゃないって言い方は違うと思うけどなぁ」
ぶつくさと言いながら、サキはメルシィのあとを追って歩いた。
しばらく歩くと一枚の金属扉があり、ロックの解除を試みる。メルシィが変な声を上げた。
「うっわ! な、何か、ぬるぬるする!! きんもっ」
メルシィは手を上下に振って大きい動きをする。それで気が付いた。
「はっ?」
メルシィが照らしたドアは、右上四分の一に大きな穴が空いて立てつけが悪い。光に反射して、何か液体のようなものが見えるのは把握できた。
非常灯が下がっていたと思わしき配線が見えたが、先端はない。
このままここで足を止めているのも話が進まない。ローズは恨めしく思いながら、メルシィに訊ねた。
「ブレーカーってこの先デス?」
「あっ、はい。大きなのがあったと思うんですけど」
聞いてローズが金属扉に回し蹴りをぶちかました。すると、ロックを解除しなくても開いてしまった。
ローズはスタイルがいいので、伸びた足がすらっと綺麗に見えたのは皆も黙っている。
コーディは意外に思った。
「ローズって『あんなこと』するんだ?」
「むかーし、ちょびっとだけ、格闘術をやっていたデス。ホント、二十年くらい前……」
最近ローズは靴を変えた。こういうことがしたくて、ヒールからブーツにしたのかもしれない。
ローズの豪快な活躍によって、さらに奥に入れた。
メルシィがブレーカーあのある場所に直行する。
サキが床の粘液に気がついた。足を取らはしないが、ぬるぬるしている。フェアリーライトの光で粘液の正体を探っていた。
メルシィがブレーカーを動かしたようだ。部屋が明るくなった。
サキは明るくなったばかりの照明を直視してしまい、顔を伏せた。目がしばしばして慣れるのに時間がかかる。慣れる前に大きな音がした。
ガラスのようなものが割れる音がし、崩れる音もした。
「きゃうぅぅ!!」
メルシィの悲鳴も聞こえた。その声が少しずつ遠くなっていく。
圭馬の声、コーディの声もした。
「わーっ早く避けて!!」
「サキお兄ちゃん!!」
目が慣れないサキには、何が起きているのかまったくわからない。そして突き飛ばされたようだ。その瞬間、背中に突風が走った。次いで、またもガッシャンとガラスが割れる音がした。
「みぎゃーん!!」
トランクが離れたのか、ずっとぬいぐるみの真似をしていた恵子の叫び声がした。突き飛ばされたあとに、また辺りが真っ暗になった。電気が割られたのだろうか、パラパラとガラスのようなものが散る音がする。目が慣れず、眼球に違和感がある。
サキはゆっくりと目を開いた。やはり何も見えない。突然の視界の暗さに困惑する。目がくらみ、潰れたのかと思ったくらいには、鈍い頭痛がする。
「サキ君、どこデス?」
ローズの声だ。少し遠い。そうだフェアリーライトはなぜ消えてしまったのだろう。違和感の残る背中、感じた風は何だったのだろうか。サキは声を小さくして呼びかけに応えた。
「ローズさん、ここです。何が起きたかわかりますか?」
サキは体を起こし、カバンから杖のガラス玉を探る。
「全然さっぱりデス。でも、二人の悲鳴が聞こえたような?」
ローズの声が近づいた。白衣の擦れる音がする。サキは耳を澄ませるが、それ以外は何も聞こえない。
「どう思うデス?」
「メルとコーディちゃんがいない、かも? 僕もよくわからないです」
「ちょっと、実験してみていいデス?」
ローズが何かをしている、としかこの暗闇ではわからない。
ジュッ!!
一瞬だけ見えたローズは何かを抱え込むような態勢で、小さい火花を散らせていた。
サキはそれだけを確認して、身の毛がよだつくらいに焦った。
「えっ、火気厳禁……」
「そぉれっ!!」
「だ、だめですったら!」
サキが注意する声も届かず、ローズが何かを放り投げた。
くるくるとした輪っかが見えた。ネズミ花火だ。丸だけ残像のように目に焼きつき、ジュッと音を立てて一瞬で消えた。
パンと弾ける前に何者かに消されたと見ていいだろう。
ローズは状況を見て、さらに提案をする。
「サキ君、消せないほどの強い光って出せますかネ? もっと注文すると、触ったら怪我をするような強い炎……は、出すといけないんでしたっけネ」
こればかりは科学の力ではどうにもできない。ローズの提案に反応したのは、圭馬が先だった。
「そっか、ローズちゃんすっごい!! 消させない戦法だね」
意味がサキにも伝わった。だが、まだ解決の策を考えている段階だ。
「電気や光るものが潰される……」
パッと思いついたのが、魔力解放で圭馬やセティに頼る手だ。しかし、これでは二人を救えるかわからない。あっけなく餌食になって終わるかもしれない。そもそも、敵はどこに行ったのかが見えない。迂闊に光を放てば仕留められる。それだけはわかった。
暗闇の中、サキは小さく唸る。
「勉強以外でこんなに頭を使うなんて……」
杖だけは手にしている。だが、魔石が使えない視界での魔法は無限ではない。もちろん体力も。
「ローズさん、援護をお願いしてもいいですか?」
「サキ君、ワタシを頼ったことないデス。初めてかもしれませんネ……」
白衣の擦れる音がする。サキは緊張しながら詠唱に入った。ローズを頼るなんてあっただろうか。覚えがない。
大図書案への潜入組とは別に、行動を起こしていたのは竜次たちだ。ジェフリー、キッド、ミティアも同行している。
竜次の目論見通り、フィラノス城の近辺を探っているとマナカに遭遇した。だが、彼女の表情は険しい。もともと生真面目なマナカの性格から、ただでさえ威厳のある顔をしているのに、ただごとではないように思える。
城自体は閉鎖されていないのだが、関係者以外は通してもらえない。
もちろんマナカも入れなかったようだ。
合流して話を聞く。
竜次はマナカに訊ねた。
「街の警備状況はどうなっていますか? 場合によっては我々も手伝いますが」
ここは城の傍の生垣。見張りをしている騎士たちには聞こえない距離だが、長居をするとまずそうだ。
竜次の申し出に、マナカは考え込んでいる。
「城の中に知り合いがいるのですが、少ししか情報がありません。ギルドが機能していないので、この街の治安を守るのは、たまたまいた流れの冒険者と騎士団だけしかいないようです。役人はほとんどが他の街に逃げてしまったと聞きました。情けないですね……」
偶然居合わせた冒険者にも金を握らせて、防衛に参加させているらしい。情勢はあまりよくないとのこと。
役人はともかく、騎士団が逃げ出さない忠義は他国でありながら感心する。
「フィラノスの構造には詳しくありませんが、どこからでも入れてしまう開放的な街でいいですね。この状況でなければ……ですが」
マナカの口から皮肉が放たれる。表情は強張ったまま、焦っているようにも思えた。
フィラノスのことならキッドもそれなりに詳しい。
「沙蘭と違って守りが固めにくいし、街の一部が封鎖されているのもわかるわ。あんまりいい状況じゃないわね。でも何とかならないかしら」
マナカが小難しい表情で街の様子を見渡している。
「聞いたところによると、手が空いている者で防衛線を張ろうと団結していますので、これから合流も考えています」
防衛線を張る動きがあるのはいいことだ。団結してもいいし、手伝ってもいい。だが疑問もある。竜次が別の質問をした。
「お城はどうでしたか?」
これも気になる事項だ。マナカは周囲に気を配り、誰もいないのを確認した上で答えた。警戒する様子から、よくない話のようだ。
「王様が亡くなられたのは本当のようです。その直前、側近が地下牢に監禁されたと聞きましたが、城の中に入れないので本当かはわかりません。もしかしたら、城の中の誰かが、何かを隠蔽しているのかもしれませんが」
予想していたように、あまりいい話ではなかった。
マナカは沈んでしまった空気を振り払うように切り替えを試みる。
「竜兄さんたちもこれから詰め所に来てください。兄さん方の方が世の中では顔も名前も知られているでしょうから、協力的になってくださるかもしれません」
引き連れる形で、マナカは先導した。
歩きながらジェフリーはとあることを思い出した。魔界でセティを前にコーディが言っていた言葉だ。氷のように冷たい地下牢。もしかしたら、その場所は同一でないのか、と。城に入れない以上、何もつかめない情報なのだが。
「ねぇ、ジェフリー?」
そんなに難しい表情をしていたのだろうか、ミティアが手を握って顔を覗き込んだ。
綺麗な瞳、癒される声。緊張続きの中での彼女の存在は大きい。
「あぁ、ごめん。考えごとをしていただけだ。どうした?」
前にフィラノスを訪れたときはこうして目を合わせるのも恥ずかしかった。今はこの人が離れがたい大切な人だ。ジェフリーは軽く握り返し、ミティアの心配を緩めようとする。ところが、ミティアが思っていたことは少し違っていた。
「こんなにみんなが不安になる事件とか、争いとか、早くなくなるといいね」
何でもない言葉だった。自分の心配ではない。ミティアはこの状況でも誰かの身を案じ、助けになりたいと思っているようだ。
今は終わりの見えない旅ではなく、ぼんやりとした終着点が描けている。まさか、ミティアの不思議な力の正体を追って、世界規模の旅になるとは思いもしなかった。
この世界の混沌を救い、ミティアが普通の女の子として生きる道を見つける。今はまだ旅の途中だが、目的を達成したら次はどうしようと想像を膨らませる。
竜次がその話に加わった。
「全部落ち着いたら、遺跡の探検やら未開の地へ行ってみたいですね。ほら、遺跡探検なんて、前に却下されませんでした?」
遺跡探検の話なら、キッドも覚えている。あれは確か、貿易都市でサキが興味を示していたはずだ。
「一番興味があったのはあの子ですよ。と、言うか、先生は平和になったら沙蘭に帰って腕を磨くのでは?」
キッドの必殺、ちょっといじわる攻撃がはじまった。竜次が慌てながら首を振って否定した。
「そ、そんなっ、私だってもうちょっと探検とか冒険とかしたいですよ? 皆さんと離れるって結構つらいと思うのですけれど?」
言っている本人は気がついていないかもしれないが、マナカは遊び歩こうとする気が満々の竜次をじろりと見ていた。「人の気も知らないでよくも……」なんて言いたそうな目だ。
何にも捕らわれず、『自分たちの居場所を探す旅』を想像する。もちろんミティアも想像した。
「みんながここで生きたいって場所が決まるまで、わたしは最後まで一緒にいたいし、見届けたい。ずっと先の話だと思うけど」
沙蘭に限定した話ではないとミティアは言っている。自分が腰を下ろしたい場所を見つける旅なんて、絶対に楽しいだろう。
ジェフリーはやんちゃな笑みを浮かべながらミティアに言う。。
「もちろん、ミティアが生きたい場所も見つけような?」
「わ、わたしは、ジェフリーと一緒ならどこでもいい!!」
歩きながらだと言うのに、腕に飛びつく始末。このうれしそうな表情を見ると、意識をしていないとだらしなくなってしまいそうだ。
ミティアがジェフリーに対してここまで好意を示すのは珍しい。しかも人前だ。当然だが、場の空気が一気に変わる。
「わー、ジェフったら、見せつけてくれますねぇ」
竜次はじっとりとねっとりとした目をしながらからかった。キッドも呆れながらもどこか笑っている。
「はぁー……ホント、最近はいい話がないから、憎たらしいわね」
これだけハッキリしているのだから、羨ましいのかもしれない。
キッドの気持ちを知っているのか知らないのか。はたまた、場の空気を瞬時に変えようとしているのか。ミティアはキッドに思い切ったことを聞いた。
「ねぇ、キッドは先生を好きじゃないの?」
「へっ? はぁっ!?」
キッドは顔を真っ赤にしている。
このときジェフリーはやはり自分は腹黒いと思った。ミティアが言い押せば、もっと意識をしてくれるかもしれない。キッドの腹の内は沙蘭で聞いた。彼女は必至で甘い思い出を振り払おうとしている。
竜次はあくまでも冷静に、少し落胆するような苦笑いを浮かべていた。
「まさかそんな。いい友人です、今のところ、ね」
キッドに向かって、『ねっ?』と加えた。これに対して今度はキッドが落胆した。
この、ビターチョコを食べたような感覚は何だろうか。煮え切らない関係に、苛立ちも覚えた。お互い何か踏み込みきれておらず、何に気を遣って遠慮しているのが本当に焦れったさを感じる。ジェフリーはやはり竜次次第で今後が左右されるのではないかと思った。早めに手を打つべきか、焦ってことを悪化させないかも考えていた。
マナカの案内で石畳を抜け、町外れの舗装されていない地面に差しかかった。すぐに状況を把握した。
街に境目がない状況から、沙蘭のように外壁を作ろうとしている。コンクリート用のサラサラとした砂袋をひっくり返してペーストにしている者。木や竹を組んで木や竹を組んで垣根のように骨組みを組む者。
人手が足りないかと思っていたが、武装していない一般人も加わっている。
「さて、我々も混ざりましょう。できることはいくらでもあるはずです」
マナカの声に四人は大きく頷き、行動を開始した。
そんな話を長々とし、眠たい極限は朝方に訪れてお開きになった。
部屋のシャワー室で軽く温まってから休む者もいた。
四時間と少し、睡眠時間はそんなものだった。
船がフィラノスに着いたときは曇り空だった。うっすらとではなく、かなりのどんよりだ。今にも空が泣き出しそうな天気である。
寝不足だが、寝すぎてヘマをするよりはいいかもしれない。適度な緊張感をもって挑めるのが寝不足のいいところだが、怪我にだけは気を付けたい。
一行は下船し、船着き場をあとにする。やっと地面に足を着けたのに、ふわふわと揺れている感覚がして気持ち悪い。
ジェフリーが伸びをしながら振り返る。
「さて、動き方を考えるべく……」
「ご飯!!」
先ほどまで眠たそうにしていたミティアが、突然目を輝かせる。
こんなにわかりやすいと、他の話しがしつらい。まるで犬のようにつぶらなこの目、油断したらご飯どころか何でもほしいものを与えてしまいそうだ。
いつか慣れると思っていたが、いつまでも圧倒されている。むしろ、日が経つにつれて、強さが増しているようにも思える。勢いと誘惑にのまれたら負けだと、自制するしかない。ジェフリーは恨めしく思った。
フィラノスなら、サキが詳しい。
「朝ご飯……には少し遅いですが、繁華街かすずらん通りなら何かあると思います」
生まれ育って、この街の魔法学校を卒業している。裏道しか通らないで、目的地まで歩くことも可能だったくらいだ。
サキの案内で街中に出る。まずは名物の噴水広場。だが、様子がおかしい。
人通りが少なく、お店も開いていない。やけに静かだ。
キッドが街に活気がないのを不思議がった。
「あれ、前、こんなに静かだったっけ?」
「いえ、そんなことはなかったはず。明らかにおかしいですね」
がらんとしている。人は歩いているが、話を聞いていい雰囲気ではない。どこか暗い表情の人ばかりだ。
お腹を空かせているミティアが嫌な予感がするのか、キョロキョロと開いていないお店を確認している。
「一体どうしたんだろう? みんな暗いし、フィラノスに何かあったのかな?」
その嫌な予感は見事に的中した。繁華街への道が封鎖されている。木箱、コンテナ、縄が張ってある。立ち入り禁止どころではない。
さすがに異常だ。先頭を歩くサキの表情が曇った。
「繁華街に入れないって、どうしてだろう?」
サキが考え込んでいると、近くを通りかかった女の子に声をかけられた。
「あの、もしかして、今ギルドで噂の人たちじゃないですか?」
女の子は紫の前髪まで切り揃ったストレートボブで、魔法学校のケープを羽織っていた。ケープの胸もとから銀のクロスがチラリと見える。
「あれ?」
サキが何度か瞬いて尋ねる。
「もしかして、メル?」
「おっほー、数日前まで指名手配だった先輩じゃないですか。なーに、小じゃれた格好して正義の味方ゴッコなんてしちゃってるんですか?」
背は低く、目は大きくて可愛いらしいが、サキに対してやや失礼だ。砕けた喋り方をしている。メルと呼ばれた子は一同を前にしてももの怖じせず、じろじろと観察している。サキは皆に向かって紹介した。
「あ、紹介します。クレリックの後輩で、メルシィです。ちょっと変わっていますが、これでも雑貨屋さんの子だったはず……」
「きゃあ、王子様タイプのかっこいい人!!」
紹介の途中でメルシィは竜次にすり寄って見上げている。
「沙蘭の竜次様ですよね? やーん、実物の方がかっこいいー!!」
「え、えっと……」
「めっちゃタイプなんですけどぉ!!」
困惑する竜次におかまいなく、メルシィは抱き着いた。初対面にここまでする人はなかなかいない。
竜次は顔を赤くし、慌てふためきながら、メルシィを剥がそうとする。
「わわっ、いけません!! またフィラノスで問題を起こしたくはありません!!」
メルシィは離れる様子がない。彼女は図々しく、竜次に頬擦りまでしている。
ジェフリーは念のため確認をした。
「サキの後輩って、当然だがお前より年下だよな?」
「はい。一個下です」
つまり十五歳だ。ジェフリーはため息をついた。
「問題どころか、犯罪だな……」
メルシィはコーディより少し高いくらいの身長だ。お似合いというよりは、犯罪ではないかと危機を感じた。
コーディは少し離れて一部始終を見ていた。竜次の勝手は知っている。顔はいい。長身だし、沙蘭の有名な人。だが、実際は子どもっぽく、自分勝手な行動も目立つ。もっとも、それは仲間であり、旅路を経て知ったものだ。その上で一言呟く。
「お兄ちゃん先生モテモテだね……」
そのコーディの肩をローズが軽く叩き、視線を違う方へ向けている。視線の先には、少しむくれているキッドの姿。二人は小さく笑った。立派なヤキモチを目撃したのだ。
サキはメルシィに説明を求めた。
「それよりメル、フィラノスはどうしたの? お店は開いてないし、人もあまり歩いていないし、繁華街への道はこうなっているし」
メルシィは視線だけサキに向けて答えた。まだ、竜次に抱き着いたままである。
「ギルドのハンター、別名、勇者御一行なのに知らないんですか?」
メルシィは念のためなのか周囲を警戒し、小声になって話した。
「フィラノス王、亡くなったらしいです。ご遺体は見つかっていませんが、血の付いた王冠とマント、あと勲章とか色々、装飾品が街の外れで回収されたって。つか、街には狂暴な動物が入って来るし、本当は港も閉じたいらしいです。でも、ここから離れる人もいるし、ウチも今は、物資の不足であんまり長い時間、店も開けられなくってですね」
情報量満載の説明だった。この繁華街だって、封鎖したのは狂暴化した野生動物に攻め込まれた際に住人が逃げやすくするため。なるほど、役人や兵士が見張る場所が減る。
街中に活気がなく、部分的な封鎖の理由があるとこれでわかった。
ここも攻め込まれていると、ジェフリーが判断した。
「フィラノスもまずそうだな」
全国、いや、世界で混乱が起きている。狂暴化した野生の動物たちだけではない。国の治安も不安定だ。フィラノスのギルドが正しく機能しているのかも怪しい。
サキはフィラノスの造りを指摘した。
「この街は沙蘭と違って、塀や壁で囲まれていません。群れで来られたら弱いかも……」
街外れは雑木林や廃墟、墓地もあり、ここから街という境界線があやふやである。ゆえに沙蘭より守りを固める条件が悪い。
メルシィはさらりと言う。
「お金を持っている人は別の街に逃げるけど、あの広い森か寂れた街しか逃げ場所がないから陸路は少ないみたい。ほとんど船。ウチは貧乏だし、おばあちゃんがいるからここを離れるのは選択肢としてないですね」
メルシィの言う『広い森』はスプリングフォレスト。『寂れた街』はレストを指すようだ。富豪はどんどん街を出てしまう。さらりと言う割には、内心怖いようだ。
「ねぇ竜次様って沙蘭の偉い人だったんでしょ? フィラノスは救ってはくれないの?」
「難しい話ですね。本来、残った臣下や兵が、民を守るものだと思うのですが」
「そうだよねー、勝手に他国を助けられないですもん」
メルシィはようやく竜次から離れた。諦めるような表情だ。
「すみませんでした」
「あぁ、はい……」
急にしおらしく、素直になって調子が狂う。今ならもう少し話が聞けるかもしれないと、サキはまた質問をした。
「メル、学校はどうしたの?」
登校時間はとっくに過ぎているはず。メルシィは魔法学校の学生のはずだ。だが、登校するような様子はない。制服は一応着ている。
「数日前から休校ですよ」
「えっ、じゃあ、大図書館は?」
「この非常事態に勉強なんてしますー?」
思いのほか状況が悪い。街の一部が封鎖されているだけではなく、大図書館も利用できない。つまり、調査と情報収集にも支障が出る。
大図書館に行って、ケーシスの論文や、今まで読めなかった本を探す目的があったのに。
皆の表情が曇った。このままではこちらも困る。
サキはメルシィが図書委員だったことを思い出した。
「君って図書委員だったよね。何とかなったりしない?」
「うわー、先輩って、今年の首席卒業でただでさえ頭おかしいと思ってましたけど、ホントにこの状況で勉強しますか」
メルシィはサキに対しては当たりが強い。先輩を慕っているのかそうでないのか、判断に難しい。少なくともサキ本人は、友だちはいないと言っていたが。
やはり厳しいかと思いきや、メルシィは一同の顔を見渡して何やら考えている。
「そーですねぇ、今度ウチで新商品を始めるんですが、それ食べてもらえませんか? それで、感想を広めてほしいし、ウチの店にも書いて出していいですか? それなら大図書館、開けてもいいですよ?」
何とも強引な条件だ。だが、ポッと出た条件に関しては悪くないかもしれない。
「新商品の食べ物って何ですか?」
サキが詳細を聞く前に、ミティアが横から出しゃばった。お腹が空いているようだ。
「総菜コッペパンです。まだ試作なんで種類が少ないですが。もうご飯食べ終わってる時間ですよねー?」
言い終わってからメルシィは、目をギランギランに輝かせているミティアにドン引きした。
「おぉぉ、先輩、このお姉さん、すごい目していますが、大丈夫ですか?」
ミティアの反応はともかく、条件は悪くない。
サキは皆を代表して決断をした。
「メル、その話、乗ってもいいかい? 僕たち、朝に船で着いたばかりで何も食べてないんだ。お味見がてら、お邪魔するよ」
メルシィの表情が明るくなった。整った顔立ちで目も大きいから、こういった輝いた表情が眩しい。
「こうしちゃいられない。先輩ってウチの店、知ってますよね?」
「すずらん通りの木箱がたくさん積んであるお店だっけ?」
「ですです。先に帰ってママに伝えます。先輩、ちゃんと来てくださいよ!!」
ビシッと人差し指を立て、メルシィはバタバタと裏通りに消えて行った。まるで嵐のような子だ。彼女が去ったあとで、サキは肩を落とした。
「はぁ……まさかフィラノスがこんなことになっているなんて」
勝手に話が進んでしまった。だが、ジェフリーは別のことを気にしている。
「お前、友だちはいないって言ってなかったか?」
「彼女は後輩で図書委員です。ちょっと変わっていて、クレリックなのにミステリーなものが好きなので。僕がこの街では避けられているローレンシア一家の人だって知っていて、普通に接して来ます。ちょっと失礼な子ですけど……」
ジェフリーは友だちではないかと指摘した。だが、サキは動揺もしないで事細かに答えたので、本当に先輩と後輩仲だと思われる。
知っていてからかうローズ。
「先生サン、モッテモテ……」
「や、やめてください……あんまりそういうの、慣れていませんので」
竜次は本当に困っている様子だ。少し離れて怪訝な顔をするキッドの存在も、もちろん把握しての受け答えだが。
「そうだ、マナカが来ているのですよね? もしかしたら何か動きがあるかもしれません。制限がかかる前に用事は済ませてしまいたいですね」
定期船の中で、マナカに会ったとミティアたちに聞いた。確かに調査のためなのだろうが、場合によっては何か動くかもしれない。
ここで話していても仕方がないし、ミティアがお腹を空かせて不機嫌になりつつある。早く何か口に入れさせないと。
すずらん通りとは、繁華街や噴水のある大通りとはまた違う、少し賑やかな通りだ。
ぽつぽつとお店が開いているが、カフェなど軽いものが目立つ。繁華街が通れないとなると、ギルドも使えない。皆はどこで情報を仕入れているのだろうか。
すずらん通りも人が少ない。だが、大通りよりお店が開いているせいか、それなりの生活音が聞こえる。
木箱の積んである店と言ってはいたが、本当に木箱が積んであった。いたずら防止なのだろうが、物々しさが感じられる。
サキが扉の前で一応忠告をした。
「僕はこのお店、一回しか来たことないです。多分驚くと思いますよ、雑貨屋とは言っていましたけれど……」
そんなに親しい間柄でないのはわかったが、そこまで言うだろうか。ドアに鈴がついており、おしゃれなレースカーテンをくぐって中に入る。
サキは一応断りを入れて入店した。
「おじゃましまーす」
入店してすぐ、『オジャマシマス、オジャマシマス』とオウムのぬいぐるみが、文字通りオウム返しをした。一同は第一印象で驚いた。確かに変わった店かもしれない。
焼きたてパンの匂いが充満している。これだけで胃が刺激された。
「いらっしゃいませ、ご一行様」
「待ちわびたぞ、勇者御一行!!」
「こら、メルったら、きちんとご挨拶なさい!!」
メルシィもお店も変わっているが、母親は普通らしい。ベレー帽をかぶり、トングを持って挨拶をして来た。
ところが、母親も竜次を見てうっとりとしている。嫌な予感がした。
「まぁー、メルが言ってた通り、イケメンって生きているだけで罪よね」
母親も変わっていた。そんな気はしていたが、言われ慣れていない竜次ががっくりと肩を落としている。
カチカチとトングを片手に、メルシィがメニュー表を出した。
覗き込んで、ローズが即声を上げた。
「ムムッ、これはなかなかデス……」
続く様に皆も口にする。
「変わったメニューが多いような……」
「俺は辛くなければいいや……」
まずは兄弟。種類自体は十種類以上、二十種類には満たないくらい。
「カレーホイップって何だろう。甘いのかつらいのかわからないね」
「変わりネタで勝負する方針なのかな?」
コーディとサキも微妙な反応だ。試作と言っていたので文句は言えない。
「せっかくだから何かご馳走にならないと、えーと、えぇーっと……」
「あたしはパスタ焼きそばにしよっかな……」
迷っているミティアの横で、キッドが一番まともそうなものを注文した。
まともと言っても、パスタを焼きそばにする意味がよくわからない。
思い思いの物を注文して竜次がお金を払った。試作の価格なのか、かなりお財布に優しい半額相当だった。
微妙な空気の中、店内のカフェスペースで待つ。しばらくして頼んだパンを前にするも、どこか特徴的で、ただのパンでは済まされない。
メルシィが注文のパンを運ぶ。まずはジェフリーから。
「こちらは海鮮かき揚げ明太マヨパンでーっす」
「ホントにパンにかき揚げ挟まってる……」
ジェフリーが頼んだのは、コッペパンに合わせて細長いかき揚げにキャベツと明太マヨが挟まっているサンドイッチだ。
隣の竜次は同じものだが、彼はわさびマヨ味のようだ。かき揚げにマヨネーズがとろけてほのかなわさびの匂いが食欲をそそる。
キッドはパスタの焼きそばパン。コーディが手にしているのは、一見ホットドックにも見えなくないが、シナモンチュロスとホイップクリームが挟まっている。このあたりは意外と美味しいかもしれない。
問題はミティアが持っている、いかにも高カロリーなパンだ。クラッシュプリンにホイップ、パンの上部にはチョコレートのコーディングがされており、カラフルチョコのスプレーまで乗っている。食べるのが難しそうだ。何が問題かと言うと、彼女はもう一つシナモンラスクにメープルシロップのかかったカップを持っている。シェアするとは言っていたが、既に半分はミティアが食べてしまっている。
ローズは味噌カツサンド。普通に美味しそうだが、ソースではないと嫌な人と喧嘩になりそうだ。
メルシィはサキにも注文のパンを渡す。だが、やはりどこか小馬鹿にするような態度を取っていた。サキに対してはこれが普通のようだ。
「先輩こんな控えめなのでいいんですか?」
「僕、そんなにたくさんはいいので……」
サキが注文したパンは、マーガリンにブルーベリーのジャムとカットチーズが挟まっている割と普通のものだった。皆のように変わったものを食べていない。
「僕はこの街では嫌われているから、書き出したり、記事にしたりしなくていいよ」
ぽつりと突き放す言葉に、メルシィの目つきが変わった。
「先輩が自分でそう思っているだけだったりしてねー……」
メルシィは本当に失礼な後輩だ。サキはその程度にしか思っていなかった。
「食べ終わったら呼んでください。ウチも出かける支度をしますんで」
メルシィは手際よく片づけて店の奥に引っ込んだ。普段から手伝っているような手際のよさだ。
感想を書いてくれと、お店の名前が入ったコースターとペンを渡された。ジェフリーはさっそく『美味しいけどかき揚げがデカい』と書き込んでいる。
メルシィの母親はカウンターの中で座り、にこやかに本を広げていた。
「他にも御用があったら声をかけてくださいな」
雑貨屋なのだから普通の買い物もしていいかもしれない。ジェフリーが売り場に目をやるが、視界に入ったサキの表情が暗い。
「どうかしたのか?」
「いえ……」
メルシィに言われたことが気になるのか、サキは手を休めている。どうも最近のサキは落ち着きがない。
一見きれいな箱だが、開けたら馬鹿にするような笑いが延々と発せられる箱。『効果絶大!』と書かれた藁の人形。この世の召喚魔獣を呼べますと書かれた胡散臭いお札。
変わった雑貨があるが、普通の道具も売っていた。
ジェフリーが竜次を手招きし、呼びつけた。彼は壁に釣る下がっている大剣と、その真下の棚のアクセサリーに注目した。
「兄貴、この武器を見てくれ」
「むっ、これは、すごい職人技なのでは?」
「いや、それもそうなんだが……」
ジェフリーが剣を少しだけ引き抜いて刃の根元を見せる。剣には名前が刻まれていることが多いが、ジェフリーの剣もそうだった。傷も多く、手入れもあまりしているところを見ない。荒っぽい扱いもしているが、彼はこの剣を剣術学校に入った頃から使っている。
壁に釣る下がっている剣、棚のアクセサリーと同じ名前が刻まれている。
竜次ははっとした。
「えっ、もしかして?」
「へぇ、こいつの親か、会ってみたいな……」
ジェフリーは口元を緩めている。
竜次はもっと大きなことに気がついた。慌ててカウンターの中に居るメルシィの母親に訊ねる。
「あの、もしかして、あちらはご主人が?」
「まぁ、お目が高いですね。そうですよ。あちらは鍛冶職人の主人が打った金属です」
「か、鍛冶職人……」
竜次が声をひっくり返す。その声は店内の皆にも届いた。ピンと来たものもいたようだ。
サキのカバンの中から、圭馬が眠たげな顔を出した。
「あー……そっか、腕輪を作ってもらえるかもしれないね」
近くにいたミティアが、圭馬にシナモンラスクを差し出した。
カリカリと音を立てながら食べていて可愛い。ショコラはまだお眠らしく、カバンから見えて来なかった。
暢気に圭馬に餌付けしているが、当の本人はまだよくわかっていないらしい。
キッドが目を輝かせてミティアに言う。
「ちょっとミティアったら、今何が起きているかわかってる?」
「うん?」
ミティアは皆の注目の的になっているのにやっと気がついた。
「えっと、わたしの?」
これで素材が揃ったところで、完全にミティアが助かるわけではない。ただ、衰退のスピードが落ちるだけ。それでも皆は必死なのだ。少しでも彼女に生きてもらえるように。
竜次はメルシィの母親に訊ねる。
「ご主人はどちらに?」
「お城へ。もう何日もフィラノスがごった返していますので、帰っておりませんの。仕方がないのですけれどもねぇ」
かなりの職人なのだろう。だとしたら、まだもしかしたらの段階だが城で働いているのかもしれない。
ローズが大袋のトウガラシを会計し、白衣にしまい込んだ。その顔は明るい。
「ふーむ、動き方が見えて来ましたネ」
竜次も消毒液など、細々したものを会計してカバンに詰めた。
店の端で、一同は集合する。
何とか大図書館へ行けそうだ。サキが同行者を募る。
「それで、僕と一緒に大図書館へ行く人……」
サキが言い終える前にローズがビシッと挙手をした。いつもは控えめに挙手するのに、今回は意思表示がはっきりしている。
コーディも意思表示がはっきりとしていた。
「えっ、私も行きたい!!」
コーディが一緒なら、読めない文字の解読や高い所の本も取りやすくなる。フィラノスの大図書館が入り組んだ構造であることは把握している。
サキは小難しく考え込んだ。今は大図書館のルールなどあってないものだ。
「本来同行者は限られていますけれど、非常事態です。今回は何もないはずなので大丈夫ですね。調べたいものや得たい情報が決まっていますので」
少し強引だが、何とかなるだろう。のちにこの判断が、ことを大きく左右するなんて思いもしなかった。
今回の探索も手分けをして情報を得る流れだ。サキたちは大図書館、竜次たちは城へ行こうと考えていた。
「私は城に行ってみようと思います。フィラノスがどうなっているのかを把握しておく必要がありそうです。マナカに会えたら一番いいのでしょうけれど」
「なら、俺たちも一緒がいいな。キッドも」
「さすがに防衛戦になったらまずいですからね。助かります」
見た目ほどひどい怪我ではないが、キッドを放っておけない。できるだけ安全な手を考えたいものだ。ミティアは言わずもがな、一人にする選択肢はない。
動き方が決まって、竜次たちは先に雑貨屋を出て行った。
街の構造なら、ジェフリーとキッドもだいたいの歩き方を把握している。
サキたちも出発の流れを組む。あらためてメルシィに声をかけた。
家事を手伝っていたのか、腕をまくった状態で出て来た。手早く支度して出発する流れになった。
大図書館探索組は、サキ、ローズ、コーディ、案内役にメルシィだ。もちろん大っぴらには言わないが、圭馬とショコラも含まれている。
がらんとした街を歩く。ローズが本人不在をいいことに、メルシィに訊ねた。
「先生サン、好みだったのデス?」
「んー、と言うか、長髪でかっこいい人って大好きです」
サキは黙っていたが、ここにいない仲間にはクディフも好みに入ると言ってある。
ずいぶんと前の話なので、もしかしたら忘れてしまっている可能性があるが。
「ってことは、あのおじさんも好みの対象かもね」
察したようにコーディがクディフを指した言い回しをする。
「あっ、先輩、ウチが勝手に大図書館開けたこと、内緒にしておいてくださいよ!?」
メルシィは思い出したように釘を刺した。人通りは少なかったが、念のため裏通りを通って大図書館のある場所へたどり着いた。大図書館の上は魔法学校だ。
メルシィが言っていたように、休校になっていて正門は閉まっている。当然だが、誰もいない。静かすぎて不気味だ。
「先輩、コッチです……」
メルシィの案内で正門から逸れた。ここから下を行ったら大図書館のはずだが。
「えっ、この下じゃないの?」
「関係者入り口がコッチなんですってば!!」
メルシィが手招きしている。階段を下がるのではなく、魔法学校を回り込む形で塀の中に入った。いくら通学していたとはいえ、サキはこんな場所を知らない。
ドアノブの上に押しボタンがいくつかあった。電源はなかったがいくつか押してパターンを示して開くものらしい。
メルシィは慣れた手つきでパターンを押して、ドアノブを動かした。金属の扉を開き、中へ入った。
当然いけないことをしているのだから、背後や周囲には気を配ったが、閉鎖されているせいか誰もいなかった。
「フェアリーライト」
サキがすっかりお馴染みになった小さい光の魔法を唱える。心許ないが、ないよりはずっといい。
コーディも確認を取った。
「えーと、燃えやすいものが多いから、火気厳禁だっけ。ランタンは使えないね」
コーディとローズは辺りを照らす大きなものを持ち合わせていない。サキから離れず、明るくなるのを待った。
メルシィが懐中電灯を持って壁を探っている。
「えー……なんでぇ?」
パチパチとスイッチの音はしているが、明るくなる様子はない。
「ブレーカーが落ちてるのかなぁ」
メルシィはスイッチから伸びているコードを照らしている。関係者だけが知る入口だ。しっかりとした造りはしていない。なぜか配線はむき出しだし、換気用のダクトも壁に埋まっていない。粗末な造りだ。
サキはこの場所を知らない。ゆえに説明を求めた。
「メル、僕は構造がよくわかってないんだけど、ここは裏口みたいなものなの?」
「んーとですね、ここはお城の地下通路とつながっている連絡通路です。そこが改良されて、非常口みたいな扱いになって、関係者入り口になって……」
「ごめん、メル……わからないけど、案内をお願いしてもらってもいいかな? 貴重な本とか古書がある上の階に行きたいんだけど」
説明されても、関係者の使う通路や入り口は知らなかった。ここは余計なことを言わないで案内をお願いした方がよさそうな気がする。
「ほほいっと……」
メルシィは懐中電灯を脇に抱え、大図書館の館内配置図を取り出した。いっそ、それがほしく思う。
やけにメルシィが積極的だ。
「ウチもスプリングフォレストの実習をクリアしていますからね」
どうして積極的なのかが見えて来た。サキはあえて厳しいことを言う。
「外の世界は、そんな実習では済まされないよ。もっと命のやり取りをする」
忠告を受け、メルシィは顔を上げる。
「知ってます。いくら技術を学んでも、外に出たらただのヒヨコです。ニワトリになる前に死にます。でも、おとなしくしてなさいってどうかと思うんですよね。だって、外の世界って広いんでしょ? 本で見ましたよ。色んな種族の末裔がいて、写真でしか見られないような景色があるんですよね?」
メルシィはコーディに視線をおくる。
「ドラグニー神族の末裔ですよね? コスプレって誤魔化せるレベルですけど」
「怖がらないんだね」
「ま、ウチも普通じゃないんで」
メルシィは意味深な言葉を言いながら壁に沿って歩き出した。どうもメルシィは一行に興味を持っているようだ。サキはメルシィとの距離感が掴めず、扱いに困っていた。
「確かにメルは変わっているけど、普通じゃないって言い方は違うと思うけどなぁ」
ぶつくさと言いながら、サキはメルシィのあとを追って歩いた。
しばらく歩くと一枚の金属扉があり、ロックの解除を試みる。メルシィが変な声を上げた。
「うっわ! な、何か、ぬるぬるする!! きんもっ」
メルシィは手を上下に振って大きい動きをする。それで気が付いた。
「はっ?」
メルシィが照らしたドアは、右上四分の一に大きな穴が空いて立てつけが悪い。光に反射して、何か液体のようなものが見えるのは把握できた。
非常灯が下がっていたと思わしき配線が見えたが、先端はない。
このままここで足を止めているのも話が進まない。ローズは恨めしく思いながら、メルシィに訊ねた。
「ブレーカーってこの先デス?」
「あっ、はい。大きなのがあったと思うんですけど」
聞いてローズが金属扉に回し蹴りをぶちかました。すると、ロックを解除しなくても開いてしまった。
ローズはスタイルがいいので、伸びた足がすらっと綺麗に見えたのは皆も黙っている。
コーディは意外に思った。
「ローズって『あんなこと』するんだ?」
「むかーし、ちょびっとだけ、格闘術をやっていたデス。ホント、二十年くらい前……」
最近ローズは靴を変えた。こういうことがしたくて、ヒールからブーツにしたのかもしれない。
ローズの豪快な活躍によって、さらに奥に入れた。
メルシィがブレーカーあのある場所に直行する。
サキが床の粘液に気がついた。足を取らはしないが、ぬるぬるしている。フェアリーライトの光で粘液の正体を探っていた。
メルシィがブレーカーを動かしたようだ。部屋が明るくなった。
サキは明るくなったばかりの照明を直視してしまい、顔を伏せた。目がしばしばして慣れるのに時間がかかる。慣れる前に大きな音がした。
ガラスのようなものが割れる音がし、崩れる音もした。
「きゃうぅぅ!!」
メルシィの悲鳴も聞こえた。その声が少しずつ遠くなっていく。
圭馬の声、コーディの声もした。
「わーっ早く避けて!!」
「サキお兄ちゃん!!」
目が慣れないサキには、何が起きているのかまったくわからない。そして突き飛ばされたようだ。その瞬間、背中に突風が走った。次いで、またもガッシャンとガラスが割れる音がした。
「みぎゃーん!!」
トランクが離れたのか、ずっとぬいぐるみの真似をしていた恵子の叫び声がした。突き飛ばされたあとに、また辺りが真っ暗になった。電気が割られたのだろうか、パラパラとガラスのようなものが散る音がする。目が慣れず、眼球に違和感がある。
サキはゆっくりと目を開いた。やはり何も見えない。突然の視界の暗さに困惑する。目がくらみ、潰れたのかと思ったくらいには、鈍い頭痛がする。
「サキ君、どこデス?」
ローズの声だ。少し遠い。そうだフェアリーライトはなぜ消えてしまったのだろう。違和感の残る背中、感じた風は何だったのだろうか。サキは声を小さくして呼びかけに応えた。
「ローズさん、ここです。何が起きたかわかりますか?」
サキは体を起こし、カバンから杖のガラス玉を探る。
「全然さっぱりデス。でも、二人の悲鳴が聞こえたような?」
ローズの声が近づいた。白衣の擦れる音がする。サキは耳を澄ませるが、それ以外は何も聞こえない。
「どう思うデス?」
「メルとコーディちゃんがいない、かも? 僕もよくわからないです」
「ちょっと、実験してみていいデス?」
ローズが何かをしている、としかこの暗闇ではわからない。
ジュッ!!
一瞬だけ見えたローズは何かを抱え込むような態勢で、小さい火花を散らせていた。
サキはそれだけを確認して、身の毛がよだつくらいに焦った。
「えっ、火気厳禁……」
「そぉれっ!!」
「だ、だめですったら!」
サキが注意する声も届かず、ローズが何かを放り投げた。
くるくるとした輪っかが見えた。ネズミ花火だ。丸だけ残像のように目に焼きつき、ジュッと音を立てて一瞬で消えた。
パンと弾ける前に何者かに消されたと見ていいだろう。
ローズは状況を見て、さらに提案をする。
「サキ君、消せないほどの強い光って出せますかネ? もっと注文すると、触ったら怪我をするような強い炎……は、出すといけないんでしたっけネ」
こればかりは科学の力ではどうにもできない。ローズの提案に反応したのは、圭馬が先だった。
「そっか、ローズちゃんすっごい!! 消させない戦法だね」
意味がサキにも伝わった。だが、まだ解決の策を考えている段階だ。
「電気や光るものが潰される……」
パッと思いついたのが、魔力解放で圭馬やセティに頼る手だ。しかし、これでは二人を救えるかわからない。あっけなく餌食になって終わるかもしれない。そもそも、敵はどこに行ったのかが見えない。迂闊に光を放てば仕留められる。それだけはわかった。
暗闇の中、サキは小さく唸る。
「勉強以外でこんなに頭を使うなんて……」
杖だけは手にしている。だが、魔石が使えない視界での魔法は無限ではない。もちろん体力も。
「ローズさん、援護をお願いしてもいいですか?」
「サキ君、ワタシを頼ったことないデス。初めてかもしれませんネ……」
白衣の擦れる音がする。サキは緊張しながら詠唱に入った。ローズを頼るなんてあっただろうか。覚えがない。
大図書案への潜入組とは別に、行動を起こしていたのは竜次たちだ。ジェフリー、キッド、ミティアも同行している。
竜次の目論見通り、フィラノス城の近辺を探っているとマナカに遭遇した。だが、彼女の表情は険しい。もともと生真面目なマナカの性格から、ただでさえ威厳のある顔をしているのに、ただごとではないように思える。
城自体は閉鎖されていないのだが、関係者以外は通してもらえない。
もちろんマナカも入れなかったようだ。
合流して話を聞く。
竜次はマナカに訊ねた。
「街の警備状況はどうなっていますか? 場合によっては我々も手伝いますが」
ここは城の傍の生垣。見張りをしている騎士たちには聞こえない距離だが、長居をするとまずそうだ。
竜次の申し出に、マナカは考え込んでいる。
「城の中に知り合いがいるのですが、少ししか情報がありません。ギルドが機能していないので、この街の治安を守るのは、たまたまいた流れの冒険者と騎士団だけしかいないようです。役人はほとんどが他の街に逃げてしまったと聞きました。情けないですね……」
偶然居合わせた冒険者にも金を握らせて、防衛に参加させているらしい。情勢はあまりよくないとのこと。
役人はともかく、騎士団が逃げ出さない忠義は他国でありながら感心する。
「フィラノスの構造には詳しくありませんが、どこからでも入れてしまう開放的な街でいいですね。この状況でなければ……ですが」
マナカの口から皮肉が放たれる。表情は強張ったまま、焦っているようにも思えた。
フィラノスのことならキッドもそれなりに詳しい。
「沙蘭と違って守りが固めにくいし、街の一部が封鎖されているのもわかるわ。あんまりいい状況じゃないわね。でも何とかならないかしら」
マナカが小難しい表情で街の様子を見渡している。
「聞いたところによると、手が空いている者で防衛線を張ろうと団結していますので、これから合流も考えています」
防衛線を張る動きがあるのはいいことだ。団結してもいいし、手伝ってもいい。だが疑問もある。竜次が別の質問をした。
「お城はどうでしたか?」
これも気になる事項だ。マナカは周囲に気を配り、誰もいないのを確認した上で答えた。警戒する様子から、よくない話のようだ。
「王様が亡くなられたのは本当のようです。その直前、側近が地下牢に監禁されたと聞きましたが、城の中に入れないので本当かはわかりません。もしかしたら、城の中の誰かが、何かを隠蔽しているのかもしれませんが」
予想していたように、あまりいい話ではなかった。
マナカは沈んでしまった空気を振り払うように切り替えを試みる。
「竜兄さんたちもこれから詰め所に来てください。兄さん方の方が世の中では顔も名前も知られているでしょうから、協力的になってくださるかもしれません」
引き連れる形で、マナカは先導した。
歩きながらジェフリーはとあることを思い出した。魔界でセティを前にコーディが言っていた言葉だ。氷のように冷たい地下牢。もしかしたら、その場所は同一でないのか、と。城に入れない以上、何もつかめない情報なのだが。
「ねぇ、ジェフリー?」
そんなに難しい表情をしていたのだろうか、ミティアが手を握って顔を覗き込んだ。
綺麗な瞳、癒される声。緊張続きの中での彼女の存在は大きい。
「あぁ、ごめん。考えごとをしていただけだ。どうした?」
前にフィラノスを訪れたときはこうして目を合わせるのも恥ずかしかった。今はこの人が離れがたい大切な人だ。ジェフリーは軽く握り返し、ミティアの心配を緩めようとする。ところが、ミティアが思っていたことは少し違っていた。
「こんなにみんなが不安になる事件とか、争いとか、早くなくなるといいね」
何でもない言葉だった。自分の心配ではない。ミティアはこの状況でも誰かの身を案じ、助けになりたいと思っているようだ。
今は終わりの見えない旅ではなく、ぼんやりとした終着点が描けている。まさか、ミティアの不思議な力の正体を追って、世界規模の旅になるとは思いもしなかった。
この世界の混沌を救い、ミティアが普通の女の子として生きる道を見つける。今はまだ旅の途中だが、目的を達成したら次はどうしようと想像を膨らませる。
竜次がその話に加わった。
「全部落ち着いたら、遺跡の探検やら未開の地へ行ってみたいですね。ほら、遺跡探検なんて、前に却下されませんでした?」
遺跡探検の話なら、キッドも覚えている。あれは確か、貿易都市でサキが興味を示していたはずだ。
「一番興味があったのはあの子ですよ。と、言うか、先生は平和になったら沙蘭に帰って腕を磨くのでは?」
キッドの必殺、ちょっといじわる攻撃がはじまった。竜次が慌てながら首を振って否定した。
「そ、そんなっ、私だってもうちょっと探検とか冒険とかしたいですよ? 皆さんと離れるって結構つらいと思うのですけれど?」
言っている本人は気がついていないかもしれないが、マナカは遊び歩こうとする気が満々の竜次をじろりと見ていた。「人の気も知らないでよくも……」なんて言いたそうな目だ。
何にも捕らわれず、『自分たちの居場所を探す旅』を想像する。もちろんミティアも想像した。
「みんながここで生きたいって場所が決まるまで、わたしは最後まで一緒にいたいし、見届けたい。ずっと先の話だと思うけど」
沙蘭に限定した話ではないとミティアは言っている。自分が腰を下ろしたい場所を見つける旅なんて、絶対に楽しいだろう。
ジェフリーはやんちゃな笑みを浮かべながらミティアに言う。。
「もちろん、ミティアが生きたい場所も見つけような?」
「わ、わたしは、ジェフリーと一緒ならどこでもいい!!」
歩きながらだと言うのに、腕に飛びつく始末。このうれしそうな表情を見ると、意識をしていないとだらしなくなってしまいそうだ。
ミティアがジェフリーに対してここまで好意を示すのは珍しい。しかも人前だ。当然だが、場の空気が一気に変わる。
「わー、ジェフったら、見せつけてくれますねぇ」
竜次はじっとりとねっとりとした目をしながらからかった。キッドも呆れながらもどこか笑っている。
「はぁー……ホント、最近はいい話がないから、憎たらしいわね」
これだけハッキリしているのだから、羨ましいのかもしれない。
キッドの気持ちを知っているのか知らないのか。はたまた、場の空気を瞬時に変えようとしているのか。ミティアはキッドに思い切ったことを聞いた。
「ねぇ、キッドは先生を好きじゃないの?」
「へっ? はぁっ!?」
キッドは顔を真っ赤にしている。
このときジェフリーはやはり自分は腹黒いと思った。ミティアが言い押せば、もっと意識をしてくれるかもしれない。キッドの腹の内は沙蘭で聞いた。彼女は必至で甘い思い出を振り払おうとしている。
竜次はあくまでも冷静に、少し落胆するような苦笑いを浮かべていた。
「まさかそんな。いい友人です、今のところ、ね」
キッドに向かって、『ねっ?』と加えた。これに対して今度はキッドが落胆した。
この、ビターチョコを食べたような感覚は何だろうか。煮え切らない関係に、苛立ちも覚えた。お互い何か踏み込みきれておらず、何に気を遣って遠慮しているのが本当に焦れったさを感じる。ジェフリーはやはり竜次次第で今後が左右されるのではないかと思った。早めに手を打つべきか、焦ってことを悪化させないかも考えていた。
マナカの案内で石畳を抜け、町外れの舗装されていない地面に差しかかった。すぐに状況を把握した。
街に境目がない状況から、沙蘭のように外壁を作ろうとしている。コンクリート用のサラサラとした砂袋をひっくり返してペーストにしている者。木や竹を組んで木や竹を組んで垣根のように骨組みを組む者。
人手が足りないかと思っていたが、武装していない一般人も加わっている。
「さて、我々も混ざりましょう。できることはいくらでもあるはずです」
マナカの声に四人は大きく頷き、行動を開始した。
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