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【3‐1】ステップアップ
社会勉強
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話が楽しくなってしまい、船で十分な睡眠が取れなかったにも限らず夜更かしをしてしまった。ハーターが陽気で気さくである上に、話が面白いせいだ。
目が覚め、昨日の残りをとりあえずお腹に入れて、身支度が整ったのは昼過ぎ。最近はこの生活リズムになりつつある。
ハーターとローズは残って予算の立て直しに入るらしい。ハイスペックな彼女がまたコテンパンにされるのを少し楽しみに思いながら、六人と二匹はギルドへ行くことになった。
道中、竜次が旅の資金の話をする。
「最後に頂いた報酬は沙蘭の十万リースです。今の資金の総額はざっくりですが五十万リース程、ジェフはもう数万リース持っていますよね?」
竜次が手持ちの話をしているが、ジェフリーは話を振られても、細々使っていることを言わず大変タチが悪い。毎度お金の話をされると、何となく恨めしい顔をしている。
ギルドに足を運んだ。問題は何をして稼いで行くかである。
ギルドに入って早々、竜次は別行動に入った。
「おっと、私は世界情勢のチェックをしませんと」
竜次は壁の張り出しを見てニュースを仕入れている。相変わらず熱心だが、しばらくしていなかったので仕入れる情報が多そうだ。
コーディはカウンターに向かい、依頼を見せてもらえるように手続きをした。
「ジェフリーお兄ちゃん、依頼書見よう?」
コーディに呼ばれ、ジェフリーがカウンターに身を乗り出した。
昨日はざっとしか見られなかったので、本腰を入れて仕事を見る。
竜次のうしろで、ぶつくさとキッドとサキが会話を交わす。
「仕事かぁ。力仕事ならよろこんでやるわ」
「姉さんは逞しいなぁ。僕なんていくら魔法に長けていても、暮らして行くのにあまり役に立たないという厳しい現実に負けそうです」
ものすごく落ち込んでいる。そんなサキに明るい声がかかった。
「サキーっ、ちょうどいいお仕事があるよー?」
ミティアの声だ。カウンターで手を振っている。振っていた手がそのまま招く動きに変わった。
「え、僕ですか? 何か社会貢献できるのかな?」
まさかの名指しに首を傾げながら、サキもカウンター組に加わった。サキは依頼内容を見て、声をひっくり返した。
「特殊依頼。報酬がひゃくま……百万リース?」
大声になりそうになって慌てて口を塞いだ。目が回りそうだ。問題はその内容。コーディがいじわるそうに言う。
「お城でもうすぐ定年退職するお爺さんが大魔導士の試験を受けたい、だって。お爺さんの家庭教師? できるのぉ?」
コーディは小馬鹿にするように鼻で笑う。サキが若いから、この依頼は無理だと思っているようだ。
「お爺さんにわかりやすく要点教えるって難しいよね。耳が遠かったり、目が悪かったりするのかもしれないよ。ましてや年齢がさ?」
「うっ、だからこんなに報酬が高額なのかぁ」
念のため、他の仕事も見ているが、獣退治や害虫駆除などの物騒な物が目に入った。サキはいったん引き下がった。『やります』とはすぐに言えない。考える時間がほしいというよりは、誰かに背中を押してもらいたい気持ちが強そうだ。気持ちだけは『やりたい』に傾いていた。
皆はできそうな仕事に目を向けている。中でもミティアは人一倍、興味津々だ。主に軽い仕事に目を輝かせている。
「あ、わたし、これやりたいかも?」
ミティアが声を弾ませ、指をさす。
「ん? クレープ販売員?」
コーディが眉をひそめる。ミティアの気質を知っているのなら、誰もが疑いの目を向けるだろう。キッドもそうだった。
「ミティア、摘み食いしちゃうんじゃない?」
ミティアは食べることが大好きだ。親友であるキッドは呆れていた。もちろんミティアは否定する。
「そんなことしないよぉ! このお仕事、続けていたら、ずっと収入になるでしょ? ほらぁ、日払いオーケーって書いてあるし」
ミティアのことはほどほどにして、他の依頼に目を通す。彼女が指したように飲食店や雑貨屋の店番などもある。継続すると給料が上がるようだ。社会勉強になっていいが、稼ぐ即効性にはならない。手に職をつけたいのならば、別の話だが。
ギルドのおばあさんが、カウンターに別途のファイルケースを持って来た。物々しく、ほとんどの項目に付箋がついている。
「あいよ、コチラはレジェンド級の人にしか見せられない、『特別』な仕事だよ」
コーディがその対象だ。連れが見ても問題はないだろう。ジェフリーも覗き込む。
開いて一ページ目でもう手が止まった。コーディがジェフリーを見上げる。
「シビれるな……こういうの」
ジェフリーの反応を見て、皆も覗き込んだ。内容が内容なだけに、皆で険しい顔になる。
『貿易都市ノアからの人身売買の監視』
報酬額は書いてない。貿易都市にはセーノルズ家の親戚がやっている孤児院があるはずだ。これは不穏な空気になる。監視と言っているのだから、よく言えば調査くらいだが、これは仕事にしても規模が大きい。
捲っていくと、誰でも見られる物とは比べ物にならない依頼ばかりが連なっている。
『炭鉱の街ノックスの再建と復興』
『第三の種の研究所の破壊』
頭が痛くなりそうな案件だ。全部にかまうのは、現状では難しい。報酬も依頼主も書いていないものが多い。
『アリューン界の異変調査』
『幻を見せる瘴気の魔物の討伐』
ピタリと目に止まった。瘴気の魔物の話をまじまじと見ると、内容が丁寧な文字で手書きだ。依頼主、ルシフ・ウイズリー・シリウスと名前がある。あの兄妹の兄の方だ。確信を持って言えるのは、あの二人だけでこの問題を解決するのが難しいということ。写しをもらって持ち帰った方がいい案件かもしれない。
残り少なくなり、最後の一枚で鳥肌が立った。
『勇者一行の抹殺』
依頼主の名前はない。明らかな名指し、一行の名前が内容に書いてある。
「これ、もしかして、兄さんが出したんじゃ?」
ミティアが言うように、可能性が一番高いのはルッシェナだ。コーディも強張った顔のままカウンターのおばあさんに詳細を聞こうとする。
「これ、依頼主の名前がないけど?」
「そんなもん、誰も受けやしないよ。いくら金を積まれても、お前さんたちが世の中をよくしようとしている。困っている人たちを助けているじゃないかい」
おばあさんは非常にゆったりとした口調で答える。大きく頷いて続けた。
「この依頼を出した人、若い人だって言っていたよ。少なくともこんな依頼、ギルドに出すものじゃあないね。報酬も要相談。胡散臭いったらありゃしない」
おばあさんの言う通りだ。言うことは大きいくせに、要相談とある。
ジェフリーは考え込みながら、『いや待てよ?』と疑問を抱いた。
「ばあさん、これ、万が一誰かが請けたら、依頼主に会えるのか?」
この質問によって、場に緊張が走った。いつの間にか全員で、カウンターに釘付けになっている。
「まぁ、そうなるねぇ。しかし本人が現れるとは限らないよ。こういう汚い暗殺業は、フィラノスのローレンシア一家がやっていたからねぇ」
こんな所でローレンシア一家の名前を聞くとは思わなかった。サキの表情が一瞬暗くなった。気にしすぎても仕方ないが、不意打ちを食らったのが正しいかもしれない。
「それで、何か請けるのかい?」
散々散らかして何も受けないと言うのも気が引ける。重労働や気になった仕事はいったん写しをもらって相談したい。別途でこれはお願いした。
この年でまともに仕事をしていなかったジェフリーが額を抱え込んだ。
「仕事を探すって大変だな」
ギルドでは貼り出し程度。求人は店の先や、掲示板など、別の所でもやっている。ただ、今はお金を優先しているので安定して収入が見込めるものは望んでいない。その違いをまだ履き違えていた。その程度にはジェフリーは社会の仕組みについて疎い。
ジェフリーはカウンターに伏せて落ち込んでいた。そのジェフリーの肩を、竜次が叩く。
「あくまでも体験と思ってみなさい。ここで将来について重点を置く必要はありません。せっかくですから、社会勉強をして、自分が本当にやりたいものに生かすのはいいと思います。そういう考え方はできませんか?」
ジェフリーだけではなく、皆にも向かってアドバイスをした。竜次は一足先に社会に出ていたせいもあり、言い方に余裕がある。
サキはそのアドバイスで一歩を踏み出した。
「あの、僕、さっきのお爺さんの家庭教師、興味があります。今からお話を聞きに行ってもいいでしょうか? まだ、やるかやらないかは別ですけど」
その一歩は大きなものだった。
「あいよ、詳しい話と相手の連絡先を持って来てあげよう」
おばあさんはカウンターの奥に下がった。引き出しをいくつも出し入れする音が聞こえて来る。
待っている時間に、小馬鹿にしていたコーディが、せっかくやる気のあるサキをいじめようとする。
「結局、それ?」
「う、うん。興味を持つことが悪いとは思わないし、話だけでも聞いてみないと」
「友だちや、仲間に教えるのとはまた違うんだからね?」
「わ、わかっています! 妙に突っ掛かるなぁ」
優等生が苦悩する顔は趣がある。コーディの歪んだ趣味だ。
ミティアは相変わらず飲食店のアルバイトがしたいと駄々をこねている。好きそうだが、本当にクビにされないか心配だ。だが、やる気だけは確かなようだ。サキが一歩踏み出したことにより、ミティアも決断する。
「じゃあ、わたしもこのフラワーショップのアルバイトがやりたいです。今からっ!!」
働くことに積極的なミティア。竜次も日雇いの仕事に目を向けた。
「ははは、接客業がお好きとはミティアさんは社交的ですね。いいじゃないですか。私はそのお隣の、このお仕事でお勉強しようかな」
やけに和やかな空気だ。ジェフリーは表情を歪ませている。
「兄貴まで何をのんきなことを……」
「おや? 私はミティアさんの気持ちを汲み取りながら言っていますよ? おしとやかになるのは悪くないと言っているのです。彼女が剣を持って、命の危機に晒されながらお金稼ぐのはどうですか?」
「た、確かに……」
「そういうのはジェフが率先してはどうです? あ、これとこれのお仕事の詳細、くださいな」
おばあさんがサキに封書を渡したタイミングで、竜次がミティアと自分の仕事の詳細を要望した。二人には、その場で綺麗に折りたたまれた紙が渡される。
動き出そうとしているのだから、コーディも影響を受けた。彼女はジェフリーとキッドにとある提案をする。
「ちょっと大きな稼ぎをするなら、ジェフリーお兄ちゃんとキッドお姉ちゃんも一緒にこれやろうよ。中規模案件」
誘いを受け、ジェフリーは依頼書を覗き込む。
「二日間、荷馬車の護衛って、夜まで張り込みじゃないか」
報酬は二十万リースとあるが、続きの記載がある。キッドも覗き込むが、彼女は文字が読めないのですぐに口を尖らせた。
「それってあたしに手伝えるの?」
「むしろ、キッドが適任かもしれない。こんな世の中だから、積み荷を狙った窃盗団があらわれたらしい。そいつを撃退したら、ボーナスって書いてある」
「へぇ、腕が鳴るわね」
「キッドは目がいいからな」
ジェフリーに褒められるのはむず痒い。キッドは顔をしかめながら腕を組んだ。ちらりとサキを見る。
サキの受けようとしているものも案件としては大きい。詳細が書かれていた紙を広げて首を傾げていた。
「依頼主、レナード。役職はコンスル? この人の名前、どこかで聞いたことがあるような気がしますけど?」
サキが言うのだから覚えがあるはず。記憶をかなり掘り起こして答えに辿り着いたのはコーディだった。大手柄だ。
「あ、あの王子様の側近だったお爺さんだ」
「あぁ、あのじいさんか」
ジェフリーも直接話したことのある人だ。これは意外といい流れかもしれない。
サキは直接会っていないので、どんな人なのか思い描いている。
「えっ、僕が行っても大丈夫かな? どんな人だろう?」
「少なくとも耳が遠かったりボケがあったりする人じゃない。いい人だったから、サキが行っても問題ないと思う」
ジェフリーは大丈夫と言っている。サキは竜次にも視線を送っていた。
「えぇ、サキ君をどうこうする人ではありませんね。言いふらすような方ではないと思いますが、私のことは内緒にしてくださいね」
この街にいることは筒抜けてしまっているだろう。少なくとも、もうお見合いがしたいだなんて御免だ。竜次は一応変装しているとはいえ、わかる人にはわかってしまう程度だ。目立つことをしなければ、波風立てないとは思うが。
キッドは先の背中を叩く。サキは背筋を伸ばし、びくっとした。
「ほら、頑張って行きなさい。稼ぎ頭になるかもしれないわよ?」
期待と応援を受け、サキは不安が吹き飛び笑顔になる。
「じゃ、僕、行ってきます!!」
サキは小走りになってギルドを出て行った。もともとは自分も、誰かの役に立てるかもしれない。彼はそう志を持って一行に加わった。社会貢献が少しはできるかもしれないと、うれしそうだった。
「わたしも行くね。夜遅くならないうちに帰るから」
ミティアもニコニコしながらギルドを出て行った。彼女が挫けて帰って来ないか心配だが、これもいい勉強だと思い、皆は独り立ちを応援した。
二人がいなくなったのを確認した竜次は、カバンに紙をしまっている。
「さて、私も行こうかな」
竜次はギルドを出ようとした。ジェフリーは疑問に思い引き止める。
「そうだ、兄貴って何の仕事をするんだ?」
「街の調査です」
「は?」
ジェフリーは気の抜けた声が出てしまった。キッドもコーディも、『何、それ?』とでも言いたそうな顔をしている。その視線を受けても、竜次はいたって真面目だ。
「街の地図が間違っていないかを調べる調査です。簡単に言ってしまえば、お散歩しながらお店とか家とか、道が変わっていないかを調べるものですよ」
あまりにも平和な仕事だ。キッドは疑いの目を向ける。
「竜次さん、本気?」
「サボりではないです。何も考えていないわけではないですってば。一人くらい、街に残って、誰か危険な目に遭わないか見てる人がいてもいいでしょう? のんびりしながらですが、一日の食費くらいは稼げますし。腕のいい人ばかりが街の外で大きい仕事していたら、今行ってしまった二人だけではなく、ローズさんたちも心配ではないですか?」
キッドが目を真ん丸にして竜次を見上げる。安全の配慮をしているので、何かあったのかと疑った。
竜次はキッドに言う。
「野戦……夜戦になるかもしれないなら、クレアは着替えてから加わるべきだと思いますよ? その格好では寒いですし、今、弓矢を持っていないでしょう?」
「うっ、いよいよあれ着るのか」
「私が着替えさせてあげましょうか?」
大人としての余裕でもできたのだろうか。不敵な笑みを浮かべる竜次に、キッドは顔を真っ赤にして首を振っている。そして回れ右をさせ、背中を押した。
「あ、あたしはいいからっ!! 早くお仕事に行ってっ!!」
「ふふふっ、クレアは今日も可愛いですね」
「もぉっ!!」
キッドが一段と大きな声を立てると、竜次は逃げるようにギルドを出て行った。
コーディもジェフリーも呆れている。カウンターのおばあさんは指摘を入れた。
「仲がいいねぇ? 夫婦かしら?」
キッドは顔を真っ赤にして否定した。
「ち、違いますっ!!」
何も知らない人が見たら、夫婦漫才でも見せられている気分だろう。
ジェフリーは苦笑いをしながら提案をする。
「残って兄貴と一緒の仕事を……」
「あたしはコッチやるからっ!! そういう気遣い要らないからっ!!」
こんなキッドも珍しい。
ジェフリーは気まずく思いながら、本当にいいのかと確認すると今度は睨み付ける。キッドはずいぶんと丸くなったものだと思っていた。
キッドはコーディに質問をした。
「それで、待機場所は?」
「街外れの商会本部だって。はい、地図」
「そ、そう。き、着替えてから行くわね」
キッドがいったん離脱した。ローズの家に戻って身支度を整え直すようだ。
コーディが気を利かせてジェフリーの名前で登録させる。
ジェフリーはギルドの手帳をもらって気分だけは一人前だ。事実上、ジェフリーの賞金ハンターのデビューになる。
二人はギルドを出て、街中を歩く。先に作戦を立てた。
「キッドは最後まで伏兵みたいに潜んでてもらうとして、コーディは高い所から見張り。俺は、馬車の積み荷に紛れていたらいいかもな」
「ふぅん、悪くないね。キッドお姉ちゃんは遠近両方動けるから、伏兵っていいと思うよ。私も頑張らないと」
「怪我をしないようにしないとな」
危険な仕事であることは承知している。それでも怪我は避けたい。万が一キッドに大怪我でもさせたら、竜次が怖い。感覚を取り戻すいい機会だと緊張感を高めた。
サキはフィリップス城で、門番と係の人に名前とギルドの依頼書を見せた。なぜか名前を見せて驚かれたが、サキは気が付いていないようだ。圭馬に注意された。
「帽子脱ぎなよ。有名人なんだし、ここお城なんだからさ。そこんとこ、ちゃんとしなきゃ」
「あぁ、そっか。緊張して、よくわかってなかった」
サキは慌てて帽子を手に持った。係りの者が参りますと言われたので待っていると、踝まで隠れる程の茶色いロングスカートとエプロンの若いメイドが迎えに来た。
「あら、可愛らしいお客様ですね。こちらへどうぞ」
城に上がるなど初めてだ。いくらサキでも、フィラノスの城だって入ったことがない。
綺麗な絨毯の廊下、壁には絵画、天井にはシャンデリアと本でしか見たことのない光景に興味津々で思わずキョロキョロしてしまう。メイドにクスクスと笑われてしまったが、サキはかまわず城内の観察を続けた。
「こちらがレナード様のお部屋です」
てっきり豪華な部屋なのだと期待していたが、メイドは段ボールが積まれた部屋の前でぺこりとお辞儀をする。ドアをノックしてくれるわけでもなく、文字通り案内だけして持ち場へ戻って行った。
サキは首を傾げる。おかしいと思っているのは彼だけではない。カバンの中の使い魔が小声で疑問を口にする。
「あれ? コンスルって執政官。偉い人じゃないっけ?」
「何だか雑な扱いだったのぉん?」
「もっとちゃんとした案内するのかと思ったのにね?」
サキは部屋の前に積まれている段ボールを見て考え込んだ。緊張していたはずなのに、いつの間にか考えることにシフトしている。
「もしかして、国の王も王子もが不在だからでしょうか?」
圭馬も疑問に思っていたようだ。
「それはあるかもね。なーんか、よくない空気だけど、とりあえず入ってみようよ」
ここで悩んでいても話が進まない。
サキはノックをする。中から小さい声で応答があったので進んで扉を開く。
「わっ、うぶっ……」
扉を少し開けた段階で中から埃が舞い出て来た。あまりにひどい埃だったので、廊下に茶色く澱んだ空気が抜けるのが目に見えてわかったくらいだ。もくもくと天井に上がって行くが、埃なんかに阻まれては何をしに来たのか本当にわからなくなってしまう。
「し、失礼します」
サキは咳を堪えながら、帽子で鼻から下を覆う。まだ、もくもくとしている室内ではいくつもの段ボールを広げ、本や置物を入れている老人がいた。白髪が混じっているが、背筋も伸びているし、よく見たら埃まみれの空気の中をフェアリーライトがくるくると舞っている。魔法使いであることは間違いない。
サキは咳を抑え込んで苦しそうに言う。
「か、換気した方がいいですよ。窓……」
登り切った太陽が見えるのに、窓が開かないし、鍵が掛かっている。鍵穴があるのになぜだろうか。
「あ、あの、このままだと体に悪いですよ。けほけほっ……」
ついに噎せ返してしまった。現状の打開策が何も思い付かないので、サキは老人の手を取っていったん部屋から出た。また廊下に埃が出てしまったが、これは仕方ない。
「けほっ……勝手にすみません。でもいったん退かないと、あの中で作業し続けるのは体に悪いですよ」
「申し訳ございません」
老人は謝った。品のある立ち振る舞いだが、どこか影を感じる。廊下に出て姿がやっと明らかになった。裏地が赤く、紫をしたミディアム丈のマントに少しくたびれた青いローブを着ている。その胸にはひまわりのブローチ。間違いなく国の関係者だ。眼鏡はかけておらず、サキをしっかりと見ていた。
「あ、あの、僕はギルドであなたのお仕事依頼を見て来たサキと申します。お話が聞きたくて」
「これはこれは、こちらこそ失礼致しました。わたくしはレナードと申します。お見苦しいところを申し訳ございません」
「あ、いえ、その、僕の方こそ何か余計なことをしてなければいいのですが」
多分余計なことはしてしまった。この段階では『多分』だったが、それはすぐに確信へ変わった。
「おやおや、まだいたのか。汚らしい、さっさと掃除したまえ」
「早く荷物をまとめて出て行ってはくれんかね?」
すぐ脇の通路を、華やかなマントとスーツに身を包んだ男性が二人通り掛かった。執政官ともあろうレナードを、汚らしいものでも見るようにあざけ笑って去って行った。
思わず圭馬がカバンから顔を出してしまった。
「えっ、何? 今の頭が悪そうな人たち」
サキも同じ気持ちだったので、人前に出てしまった圭馬を叱れなかった。レナードは圭馬には目もくれず、首を振って肩を落とす。
サキはなぜか、放っておくことができなかった。
「あ、あの、レナードさん。僕、その、何かお手伝いできませんか?」
「いえいえ、わたくしのことはよろしいのですよ。大魔導士様」
「やっぱり僕を知っているのですね?」
多分知っているだろうと踏んでいたが、間違ってはいなかった。
「まず、事情をうかがった方がよさそうですね」
サキは依頼の話をいったん伏せた。先に環境を整える必要がある。ダンボールに隠れるようにして立ち話を始める。
「この状況はどういうことですか」
サキも質問したのだが、圭馬の方が声は大きい。
「間違っていたらごめんね。これって人間で言う、イジメってヤツじゃないの?」
レナードは申し訳なさそうに首を垂れた。圭馬が言っていたことは、的を射ていたようだ。
「本当はもう少しこの城にいたかったのですが、新しい風が吹こうとしているのです。隠居するしかないようですので片付けをしておりました」
「定年退職って言うか、強制的な早期退職ってヤツだね? で、退去を求められたってことかぁ。窓に鍵がかかっていたし、わざわざと劣悪な環境にさせようだなんて、メイドにでも鍵隠されちゃったんでしょ? 悪質だねー、やだねー、国のために尽くした賢人にすることじゃないよねー」
後半は圭馬らしく、人間いびりだったがレナードは否定しない。ただ、少し寂しそうだった。圭馬がサキにせがんだ。
「魔力を解放してよ。力仕事、キミには無理でしょ?」
「ぼ、僕もやりますっ!」
「じゃあ、まず、ババァにでもお願いをしてみたら?」
さらっと言うが、今の流れだとサキは魔力解放を二回することになる。どれくらいセーブしたら自分も動けるか、計算を含めた行動を迫られた。
「何か便利な魔法なんてあるんじゃない?」
ウサギが猫を挑発する。ショコラは幻影術が主流だが、何か手はあるのだろうか。このとぼけた鯖トラ猫はここぞというときにいい助言をくれる。
「そうだのぉん……わしが万能の鍵に化けることはできるけどぉ、たかだかそのためだけに、魔力解放など、もったいなくはないかのぉ?」
「あれ、ショコラさんは、人に対する幻影術だけではなく、自分が化けることもできるのですか?」
「そう聞こえんかったかのぉ?」
契約主なのに、どこまでが能力なのか把握していない。そうと決まればと、サキは早速精神を集中させる。
ここまで来たのだから手ぶらでは帰りたくはない。いつも思っていることなのだが、今回は自分が請けた『仕事』なのだ。サキはショコラを抱き上げた。
「我が魔力解放せん……」
ショコラがサキの魔力をもとに、棒状の鍵へと姿を変えた。手の平両手で持って丁度いいサイズで大きめだ。現状では棒であるだけで、鍵には程遠い。
「レナードさん、行きますよ!!」
サキは鍵を片手で持ち直し、レナードの手を引いて部屋に再び入った。一目散に窓に向かうと、万能の鍵と化したショコラを鍵穴に突っ込んで捻った。
カチッと音がしたと同時に窓を開ける。埃が立ち込めていた空気が一気に外に向かって放たれる。少し待って、視界が開けた。
「ぷはっ、よかった」
「早く解除するんだ。キミの魔力が駄々漏れだよ。もったいない……」
圭馬にすぐ注意された。魔力の供給を最小限に抑え、ショコラを猫の姿に戻す。床にすとんと降り立った。
「うむ、上出来じゃのぉん」
空気が入れ替わったところで、サキがあらためて話に入ろうとする。
「これで多分大丈夫です。あの、お話を聞かせてもらってもいいですか?」
せっかく訊ねているのだが、レナードはせっせと本を片付けようとしている。それもいいのだが、何となく納得がいかない。
圭馬がサキの靴を叩く。
「居場所がないって感じなんだね。手伝いたいからよろしく」
「え、は、はい。うーん……」
「話がしたいなら、手を動かしながらでいいじゃないか」
「わ、わかりましたよ」
やけに圭馬がご執着だ。人間に深く干渉しないはずだったのに、ここまでレナードに対して興味を持っている。魔力解放によって、今度は圭馬が人の姿になった。藤色のローブは品があって中身と一致していない。
サキも窓の調整をして開け過ぎないように意識している。
「ねぇねぇ、賢人さんお城に何年いたの? やっぱ前の王子様のときからずっとなの?」
圭馬は馴れ馴れしい態度だ。レナードがどうやったら心を開いてくれるのかを模索しているようだ。箱に詰めるものを手伝っている。
「突っ立ってないで掃除しなよ。まだ埃あるでしょ」
「あ、そ、そうですね……」
これではどっちが契約主なのかわからない。主従関係が逆転している。そもそもサキはあまり使い魔を手荒に扱ってはいなかったので違和感はある。
多少の家事ならアイラのもとでやったことがあるが、場所は狭くて本がどんどん増えてしまっていたので多くはやった記憶がない。
サキは手短な場所にあった雑巾を持って、いったん濡らしに部屋を出た。
サキは廊下を小走りになって水場を探した。彼の格好はどちらかと言うとおしゃれな部類なので、城の中をうろついても不審に思われなかった。警戒されない反面、嫌な話も耳に入った。
貴族なのだろうが、華やかなドレスを着た女性が数人立ち話をしている。
「誰を推薦なさいますの?」
「わたくしはマイテ様ですわ。支持すると経済的な支援をいただけますよ」
「まぁ、あの方は振る舞いがよろしくてね!!」
「ルミナスお嬢様なんて支持するだけ無駄ですわ。オムツも取れないようなお子様ではありませんの?」
「でもマイテ様、沙蘭がお嫌いなのでしょう? 同盟も解消かしら?」
「当然でしょうね。代わりにわたくしたちにお金が回るのでしたらよろしいではありませんの?」
「安泰ですわね」
「オホホホホ……」
「キャハハハ……」
私利私欲に塗れた会話だった。ふざけるなと言ってやりたい。ここで自分が何を言っても話が厄介になるだけだし、人を呼ばれて摘み出されるかもしれない。王も王子も居ないこの国で新しい王政が始まろうとしている。仕えていたレナードの存在が邪魔なのだ。サキはやっと把握した。
「なんか嫌なだなぁ、こういうの」
口出しはしなかったが、モヤモヤが晴れない。帰ったら竜次にでも相談してみよう。サキは雑巾をぎゅっと握って再び歩き出した。
フィリップスの地図の調査をしていた竜次は、城の周辺をうろうろとしていた。
城の周辺は変化なし。部分的な拡大地図にチェックを入れる。次は大通りだが、なかなかこの場を離れない。城の周辺をチェックする振りをして、サキが泣いて出て来ないか、心配をしていた。
「まぁ、サキ君は大丈夫だと思いますけど」
竜次はぶつぶつと独り言を呟く。地図の修正がないかという、誰にでもできて余裕のある仕事をしながら様子をうかがっていた。圭馬もショコラも一緒だし、彼自身はしっかりしている。自分から踏むようなことはしないし、基本的には人畜無害。むしろ、可愛いビジュアルで弄ばれているかもしれない。
あまり城の周辺をうろつくのも門番に睨まれそうだ。クローバーの生えた、芝生の庭を抜ける。
「おや?」
庭師が手入れをしたのであろう、綺麗な花壇がある。冬も近いというのに、桃色や黄色といった色とりどりだ。その花壇の花に埋もれるように、ウサギのぬいぐるみが見えた。拾い上げると、泥を被っている。
「落とし物かな?」
竜次はペンを胸ポケットにしまい、バインダーを脇に抱えてぬいぐるみを拾い上げた。白い色で、ふんわりとしたぬいぐるみだ。土埃を被り、蟻が登っていたので軽く払う。随分とくたびれているようにも思えたが、こんなところにぬいぐるみがあるなんておかしい。
「フランソワ! フランソワ―!!」
人の気配と声に振り返ると、ピンクのドレスに赤いリボン、ブロンドの綺麗な髪をした女の子が駆け寄って来た。まだ幼い。
「フランソワ!!」
女の子は竜次の足元でじっと見上げている。やっと理解した。
「あぁ、なるほど。はい。どうぞ」
竜次がぬいぐるみを差し出すと、女の子は奪うように取り、両手で抱えた。女の子が幼いせいで身丈の半分ほどに見える。怒っているようにも思えるが少し違うようだ。
「おふろにいれてたらおとしたって、メイドがいってた。ぜったいうそ。フランソワ、かわいそう」
くたびれている理由はお風呂だろうか。子どもがお風呂と言うのは、他の例えでは日常で洗濯くらいだろうか。そんな推測をしながら、竜次はしゃがんで目線を低くした。
「お友だちですか? お花と一緒にお昼寝をしていましたよ。無事に見つかってよかったですね」
あまり気の利いた話し方はできないが、竜次なりに子どもにもわかるように話した。営業スマイルを付け加えて警戒心を和らげる。
竜次を悪い人ではないと思ったのか、女の子がはにかむ。
「おじちゃんがフランソワをみつけてくれたのね!! ありがとう!!」
「お、おじ…………」
竜次は純真な目でそれはないだろうと思いつつ、肩を震わせる。子ども相手なので引きつった笑いで済ませた。適当に流さないと怪しまれてしまう。
だが、それはもう遅かった。女の子は首を傾げている。
「おしろのひとじゃないの?」
「え、えぇ、私は違いますよ。ただの通りがかりです」
「おしごとがないなら、おしごとあげるー!!」
「お、お医者さんです。急いでいますのでこれで失礼しますね」
子どもは嫌いではないのだが、これくらいの年齢は自我を持ち始めるので、変なことを植え付けてはいけない。竜次は早々に退散するつもりで立ち上がった。
「うぐっ……」
結ってある長い髪を引っ張られた。竜次は、どうしてこんな目に遭うのかと理不尽に思った。
「な、何かな? お嬢ちゃん? お兄さん、とっても急いでいるんだけどなぁ?」
竜次は『お兄さん』と強調する。実は二十五歳なので、『おじちゃん』と言う言葉には敏感なお年頃だ。
女の子は竜次に興味を抱いていた。
「あたし、ルミナスっていうの。おじちゃんは?」
「だから、おじちゃんじゃ……り、りゅー……竜ちゃんです」
おじちゃんと言う言葉によるダメージを抑えつつ、うっかり名前を吐きそうになって誤魔化した。
女の子の名前は、ルミナス。どんな子であるのかは、この時点ではわからなかった。
竜次は髪の毛を引っ張り、苦笑いをする。完全に怪しい人だ。ドレスを着ているので貴族の娘か、城の関係者だろう。嫌な予感がする。人を呼ばれる前に去りたい思いだった。だが、焦ってはいけない板挟みが竜次の顔を歪ませる。いつの間にか背中に冷や汗をかいていた。
ルミナスは竜次に手を伸ばした。
「りゅーちゃん、これあげる」
「えっ、えぇ?」
竜次は気まずく思いながら手を出す。すると、しおれかけの四葉のクローバーが置かれた。
「えっ? 四葉のクローバー?」
先程抜けて来た庭にクローバーがあったが、見つけるのは大変のはず。竜次が顔を上げると、ルミナスはドレスを引きずりながらぬいぐるみを持って城に帰って行った。やはり城の関係者だったようだ。
竜次は茫然とする。危うく依頼の地図を挟んだバインダーを落としそうになった。
「ど、どうしようこれ」
あの広大な中から探し当てたのだろう。しおれ具合から、あまり長持ちしそうにない。
日が傾き始めたのに気が付いた。依頼の半分ほどが残っている。
竜次は街中へ足を戻した。
城から街への橋を渡り、整った石畳を歩く。
竜次は歩きながら、考えごとをしていた。
たまたまだったとはいえ、妙な出会いをした。相手は子どもだったし、出来事をばら撒くことはないだろう。誰かに言ったところで、どうせ子どもだ。真に受ける者などいない。変装もしていることだし、自分が騒ぎを起こすことはないだろう。
「せーんせっ!!」
竜次はぼうっとしていたせいで素通りしそうになった。ここは花屋さんだ。ルミナスに翻弄されたせいで、本当の目的も忘れそうになっていた。
竜次を呼び止めたのは、ミティアだった。
「あはは、ミティアさん、その格好、可愛いじゃないですか」
竜次は咄嗟にバインダーで自身を扇ぎ、ぼうっとしていたのを誤魔化す。
ミティアは植木鉢を持ってお店の中へ移動していた。可愛らしい赤いチェック柄のカフェエプロンが見えた。頬を膨らませながら竜次に言う。
「可愛い格好って、エプロンだけですよ。適当なことを言っていると、キッドに言いつけますよ?」
「そ、それだけは……」
頬を膨らませ口を窄めているミティアは、普段とはまた違った可愛さを見せる。それでも手は止めない。日が沈む前に、外の植木を店内に運んでいるのだ。
竜次がただ突っ立っているだけだったので、ミティアがちくりと言う。
「ひやかしですか?」
苗がたくさん入ったビニールポットのケースを手にして、小悪魔のように顔を覗く。ジェフリーが見たら照れそうな表情だ。
ひやかしと訊ねられ、竜次はむきになって何か買おうかと店の中を覗く。
「ひやかし……ねぇ。あぁ、そうだ」
竜次はお店の中を見て、ちょうどいいものがあったので手にする。
「くださいな?」
「はーい。って、これ、お花じゃないですよ?」
「わかっていますよ」
何枚もの短冊状に切られた色画用紙とレース、細いリボンと透明なシートがセットになった栞を作るキットだ。
ミティアは不思議に思いながら会計に応じる。
竜次は財布を取り出しながら慌てて言う。
「あぁ、袋はいいです。このままカバンに入れちゃいます。買い物をしたのを内緒にしておきたいので。はい、三百リース」
「押し花にでもして、キッドにあげるんですか?」
「んー……それもいいですね。本が読めるようになったら、使ってくれるかな?」
にこにこと笑って反応するも、それも悪くないと思った。竜次はにこにことしていた顔が次第ににやにやへと変わっていった。好きな人が、あげたプレゼントを使ってくれたらどんなにうれしいだろうか。問題は、竜次自身が不器用と言う点。
竜次は自覚していた。
「あ、失敗しそうなのでもう一セットと、そこのブーケでもいただこうかな?」
竜次はレジ横の大輪の花が咲いた花束を指した。だが、ミティアは驚いている。
「うれしいですけど。これ、お墓参りに持って行くお花ですよ? それに、こんな大きなお花、栞に向かないと思います」
「ど、どうも、こういうのは疎くて」
気まずそうに苦笑いをする竜次。何だか沼に入ってしまったような気分だが、ここで引き下がるのもどうかと思った。すでに一セット購入してしまったし、何となくやり遂げたい。
ミティアはそんな竜次の心を汲み取ったのか、あえておすすめをした。
「コッチの小さい花がセットのミニブーケがいいと思います。目ぼしいのがあったらですけど。このフサフサした小さいのとか、あまり水気が多くないので、押し花にしやすいと思いますよ?」
ミニブーケを持って仕事の続きもどうかと思ったものの、竜次が奥にあった可愛らしい黄色と白の色彩に統一したブーケを手に取った。
「それじゃあ、これで……えっと、千二百リースですね」
「はーい。ブーケにリボンは巻きますか?」
「ラッピング料金は別にかかると書いてありますよ?」
「リボンを巻く練習をさせてくれないんですか?」
竜次はミティアのやり取りが面白くてたまらない。意外と商売に向いているのかもしれないと思った。観念するようにコインをもう一枚置く。
「困った子です。そのうちチップをもらって来そうですね」
「えへへ……」
ただ、ミティアが不器用だったのを思い出したのは、部分的にコブ結びができ上がっているリボンを見てからだった。竜次は苦笑いをした。
ミティアは縮こまって上目遣いをした。
「ご、ごめんなさい」
「はははっ、要練習ですね」
ミティアの人間性から、怒られることは少ないと思うが、デートやパーティに持って行く人はこれを見てがっかりするかもしれない。ただ、カットや色合いのセンスは光るので、練習を重ねればなかなかの腕前になるかもしれない。仕事熱心なミティアの邪魔にならないように、竜次は店を出た。
竜次はブーケを片手にまたも街中に繰り出した。地図のチェックもそうだが、今日は少し変わったことが多い気がする。
あとで本屋さんも立ち寄って、押し花の本を買おうと思った。剣術を磨くのもいいのだが、こういうのんびりしたことも悪くはない。
いつもこれくらい平和だったらどんなにいいだろう。
誰も悲しまないで、何も失わないで、ちょっとしたことにでも笑っていられるような日々だったら、どんなにいいだろうか。
目が覚め、昨日の残りをとりあえずお腹に入れて、身支度が整ったのは昼過ぎ。最近はこの生活リズムになりつつある。
ハーターとローズは残って予算の立て直しに入るらしい。ハイスペックな彼女がまたコテンパンにされるのを少し楽しみに思いながら、六人と二匹はギルドへ行くことになった。
道中、竜次が旅の資金の話をする。
「最後に頂いた報酬は沙蘭の十万リースです。今の資金の総額はざっくりですが五十万リース程、ジェフはもう数万リース持っていますよね?」
竜次が手持ちの話をしているが、ジェフリーは話を振られても、細々使っていることを言わず大変タチが悪い。毎度お金の話をされると、何となく恨めしい顔をしている。
ギルドに足を運んだ。問題は何をして稼いで行くかである。
ギルドに入って早々、竜次は別行動に入った。
「おっと、私は世界情勢のチェックをしませんと」
竜次は壁の張り出しを見てニュースを仕入れている。相変わらず熱心だが、しばらくしていなかったので仕入れる情報が多そうだ。
コーディはカウンターに向かい、依頼を見せてもらえるように手続きをした。
「ジェフリーお兄ちゃん、依頼書見よう?」
コーディに呼ばれ、ジェフリーがカウンターに身を乗り出した。
昨日はざっとしか見られなかったので、本腰を入れて仕事を見る。
竜次のうしろで、ぶつくさとキッドとサキが会話を交わす。
「仕事かぁ。力仕事ならよろこんでやるわ」
「姉さんは逞しいなぁ。僕なんていくら魔法に長けていても、暮らして行くのにあまり役に立たないという厳しい現実に負けそうです」
ものすごく落ち込んでいる。そんなサキに明るい声がかかった。
「サキーっ、ちょうどいいお仕事があるよー?」
ミティアの声だ。カウンターで手を振っている。振っていた手がそのまま招く動きに変わった。
「え、僕ですか? 何か社会貢献できるのかな?」
まさかの名指しに首を傾げながら、サキもカウンター組に加わった。サキは依頼内容を見て、声をひっくり返した。
「特殊依頼。報酬がひゃくま……百万リース?」
大声になりそうになって慌てて口を塞いだ。目が回りそうだ。問題はその内容。コーディがいじわるそうに言う。
「お城でもうすぐ定年退職するお爺さんが大魔導士の試験を受けたい、だって。お爺さんの家庭教師? できるのぉ?」
コーディは小馬鹿にするように鼻で笑う。サキが若いから、この依頼は無理だと思っているようだ。
「お爺さんにわかりやすく要点教えるって難しいよね。耳が遠かったり、目が悪かったりするのかもしれないよ。ましてや年齢がさ?」
「うっ、だからこんなに報酬が高額なのかぁ」
念のため、他の仕事も見ているが、獣退治や害虫駆除などの物騒な物が目に入った。サキはいったん引き下がった。『やります』とはすぐに言えない。考える時間がほしいというよりは、誰かに背中を押してもらいたい気持ちが強そうだ。気持ちだけは『やりたい』に傾いていた。
皆はできそうな仕事に目を向けている。中でもミティアは人一倍、興味津々だ。主に軽い仕事に目を輝かせている。
「あ、わたし、これやりたいかも?」
ミティアが声を弾ませ、指をさす。
「ん? クレープ販売員?」
コーディが眉をひそめる。ミティアの気質を知っているのなら、誰もが疑いの目を向けるだろう。キッドもそうだった。
「ミティア、摘み食いしちゃうんじゃない?」
ミティアは食べることが大好きだ。親友であるキッドは呆れていた。もちろんミティアは否定する。
「そんなことしないよぉ! このお仕事、続けていたら、ずっと収入になるでしょ? ほらぁ、日払いオーケーって書いてあるし」
ミティアのことはほどほどにして、他の依頼に目を通す。彼女が指したように飲食店や雑貨屋の店番などもある。継続すると給料が上がるようだ。社会勉強になっていいが、稼ぐ即効性にはならない。手に職をつけたいのならば、別の話だが。
ギルドのおばあさんが、カウンターに別途のファイルケースを持って来た。物々しく、ほとんどの項目に付箋がついている。
「あいよ、コチラはレジェンド級の人にしか見せられない、『特別』な仕事だよ」
コーディがその対象だ。連れが見ても問題はないだろう。ジェフリーも覗き込む。
開いて一ページ目でもう手が止まった。コーディがジェフリーを見上げる。
「シビれるな……こういうの」
ジェフリーの反応を見て、皆も覗き込んだ。内容が内容なだけに、皆で険しい顔になる。
『貿易都市ノアからの人身売買の監視』
報酬額は書いてない。貿易都市にはセーノルズ家の親戚がやっている孤児院があるはずだ。これは不穏な空気になる。監視と言っているのだから、よく言えば調査くらいだが、これは仕事にしても規模が大きい。
捲っていくと、誰でも見られる物とは比べ物にならない依頼ばかりが連なっている。
『炭鉱の街ノックスの再建と復興』
『第三の種の研究所の破壊』
頭が痛くなりそうな案件だ。全部にかまうのは、現状では難しい。報酬も依頼主も書いていないものが多い。
『アリューン界の異変調査』
『幻を見せる瘴気の魔物の討伐』
ピタリと目に止まった。瘴気の魔物の話をまじまじと見ると、内容が丁寧な文字で手書きだ。依頼主、ルシフ・ウイズリー・シリウスと名前がある。あの兄妹の兄の方だ。確信を持って言えるのは、あの二人だけでこの問題を解決するのが難しいということ。写しをもらって持ち帰った方がいい案件かもしれない。
残り少なくなり、最後の一枚で鳥肌が立った。
『勇者一行の抹殺』
依頼主の名前はない。明らかな名指し、一行の名前が内容に書いてある。
「これ、もしかして、兄さんが出したんじゃ?」
ミティアが言うように、可能性が一番高いのはルッシェナだ。コーディも強張った顔のままカウンターのおばあさんに詳細を聞こうとする。
「これ、依頼主の名前がないけど?」
「そんなもん、誰も受けやしないよ。いくら金を積まれても、お前さんたちが世の中をよくしようとしている。困っている人たちを助けているじゃないかい」
おばあさんは非常にゆったりとした口調で答える。大きく頷いて続けた。
「この依頼を出した人、若い人だって言っていたよ。少なくともこんな依頼、ギルドに出すものじゃあないね。報酬も要相談。胡散臭いったらありゃしない」
おばあさんの言う通りだ。言うことは大きいくせに、要相談とある。
ジェフリーは考え込みながら、『いや待てよ?』と疑問を抱いた。
「ばあさん、これ、万が一誰かが請けたら、依頼主に会えるのか?」
この質問によって、場に緊張が走った。いつの間にか全員で、カウンターに釘付けになっている。
「まぁ、そうなるねぇ。しかし本人が現れるとは限らないよ。こういう汚い暗殺業は、フィラノスのローレンシア一家がやっていたからねぇ」
こんな所でローレンシア一家の名前を聞くとは思わなかった。サキの表情が一瞬暗くなった。気にしすぎても仕方ないが、不意打ちを食らったのが正しいかもしれない。
「それで、何か請けるのかい?」
散々散らかして何も受けないと言うのも気が引ける。重労働や気になった仕事はいったん写しをもらって相談したい。別途でこれはお願いした。
この年でまともに仕事をしていなかったジェフリーが額を抱え込んだ。
「仕事を探すって大変だな」
ギルドでは貼り出し程度。求人は店の先や、掲示板など、別の所でもやっている。ただ、今はお金を優先しているので安定して収入が見込めるものは望んでいない。その違いをまだ履き違えていた。その程度にはジェフリーは社会の仕組みについて疎い。
ジェフリーはカウンターに伏せて落ち込んでいた。そのジェフリーの肩を、竜次が叩く。
「あくまでも体験と思ってみなさい。ここで将来について重点を置く必要はありません。せっかくですから、社会勉強をして、自分が本当にやりたいものに生かすのはいいと思います。そういう考え方はできませんか?」
ジェフリーだけではなく、皆にも向かってアドバイスをした。竜次は一足先に社会に出ていたせいもあり、言い方に余裕がある。
サキはそのアドバイスで一歩を踏み出した。
「あの、僕、さっきのお爺さんの家庭教師、興味があります。今からお話を聞きに行ってもいいでしょうか? まだ、やるかやらないかは別ですけど」
その一歩は大きなものだった。
「あいよ、詳しい話と相手の連絡先を持って来てあげよう」
おばあさんはカウンターの奥に下がった。引き出しをいくつも出し入れする音が聞こえて来る。
待っている時間に、小馬鹿にしていたコーディが、せっかくやる気のあるサキをいじめようとする。
「結局、それ?」
「う、うん。興味を持つことが悪いとは思わないし、話だけでも聞いてみないと」
「友だちや、仲間に教えるのとはまた違うんだからね?」
「わ、わかっています! 妙に突っ掛かるなぁ」
優等生が苦悩する顔は趣がある。コーディの歪んだ趣味だ。
ミティアは相変わらず飲食店のアルバイトがしたいと駄々をこねている。好きそうだが、本当にクビにされないか心配だ。だが、やる気だけは確かなようだ。サキが一歩踏み出したことにより、ミティアも決断する。
「じゃあ、わたしもこのフラワーショップのアルバイトがやりたいです。今からっ!!」
働くことに積極的なミティア。竜次も日雇いの仕事に目を向けた。
「ははは、接客業がお好きとはミティアさんは社交的ですね。いいじゃないですか。私はそのお隣の、このお仕事でお勉強しようかな」
やけに和やかな空気だ。ジェフリーは表情を歪ませている。
「兄貴まで何をのんきなことを……」
「おや? 私はミティアさんの気持ちを汲み取りながら言っていますよ? おしとやかになるのは悪くないと言っているのです。彼女が剣を持って、命の危機に晒されながらお金稼ぐのはどうですか?」
「た、確かに……」
「そういうのはジェフが率先してはどうです? あ、これとこれのお仕事の詳細、くださいな」
おばあさんがサキに封書を渡したタイミングで、竜次がミティアと自分の仕事の詳細を要望した。二人には、その場で綺麗に折りたたまれた紙が渡される。
動き出そうとしているのだから、コーディも影響を受けた。彼女はジェフリーとキッドにとある提案をする。
「ちょっと大きな稼ぎをするなら、ジェフリーお兄ちゃんとキッドお姉ちゃんも一緒にこれやろうよ。中規模案件」
誘いを受け、ジェフリーは依頼書を覗き込む。
「二日間、荷馬車の護衛って、夜まで張り込みじゃないか」
報酬は二十万リースとあるが、続きの記載がある。キッドも覗き込むが、彼女は文字が読めないのですぐに口を尖らせた。
「それってあたしに手伝えるの?」
「むしろ、キッドが適任かもしれない。こんな世の中だから、積み荷を狙った窃盗団があらわれたらしい。そいつを撃退したら、ボーナスって書いてある」
「へぇ、腕が鳴るわね」
「キッドは目がいいからな」
ジェフリーに褒められるのはむず痒い。キッドは顔をしかめながら腕を組んだ。ちらりとサキを見る。
サキの受けようとしているものも案件としては大きい。詳細が書かれていた紙を広げて首を傾げていた。
「依頼主、レナード。役職はコンスル? この人の名前、どこかで聞いたことがあるような気がしますけど?」
サキが言うのだから覚えがあるはず。記憶をかなり掘り起こして答えに辿り着いたのはコーディだった。大手柄だ。
「あ、あの王子様の側近だったお爺さんだ」
「あぁ、あのじいさんか」
ジェフリーも直接話したことのある人だ。これは意外といい流れかもしれない。
サキは直接会っていないので、どんな人なのか思い描いている。
「えっ、僕が行っても大丈夫かな? どんな人だろう?」
「少なくとも耳が遠かったりボケがあったりする人じゃない。いい人だったから、サキが行っても問題ないと思う」
ジェフリーは大丈夫と言っている。サキは竜次にも視線を送っていた。
「えぇ、サキ君をどうこうする人ではありませんね。言いふらすような方ではないと思いますが、私のことは内緒にしてくださいね」
この街にいることは筒抜けてしまっているだろう。少なくとも、もうお見合いがしたいだなんて御免だ。竜次は一応変装しているとはいえ、わかる人にはわかってしまう程度だ。目立つことをしなければ、波風立てないとは思うが。
キッドは先の背中を叩く。サキは背筋を伸ばし、びくっとした。
「ほら、頑張って行きなさい。稼ぎ頭になるかもしれないわよ?」
期待と応援を受け、サキは不安が吹き飛び笑顔になる。
「じゃ、僕、行ってきます!!」
サキは小走りになってギルドを出て行った。もともとは自分も、誰かの役に立てるかもしれない。彼はそう志を持って一行に加わった。社会貢献が少しはできるかもしれないと、うれしそうだった。
「わたしも行くね。夜遅くならないうちに帰るから」
ミティアもニコニコしながらギルドを出て行った。彼女が挫けて帰って来ないか心配だが、これもいい勉強だと思い、皆は独り立ちを応援した。
二人がいなくなったのを確認した竜次は、カバンに紙をしまっている。
「さて、私も行こうかな」
竜次はギルドを出ようとした。ジェフリーは疑問に思い引き止める。
「そうだ、兄貴って何の仕事をするんだ?」
「街の調査です」
「は?」
ジェフリーは気の抜けた声が出てしまった。キッドもコーディも、『何、それ?』とでも言いたそうな顔をしている。その視線を受けても、竜次はいたって真面目だ。
「街の地図が間違っていないかを調べる調査です。簡単に言ってしまえば、お散歩しながらお店とか家とか、道が変わっていないかを調べるものですよ」
あまりにも平和な仕事だ。キッドは疑いの目を向ける。
「竜次さん、本気?」
「サボりではないです。何も考えていないわけではないですってば。一人くらい、街に残って、誰か危険な目に遭わないか見てる人がいてもいいでしょう? のんびりしながらですが、一日の食費くらいは稼げますし。腕のいい人ばかりが街の外で大きい仕事していたら、今行ってしまった二人だけではなく、ローズさんたちも心配ではないですか?」
キッドが目を真ん丸にして竜次を見上げる。安全の配慮をしているので、何かあったのかと疑った。
竜次はキッドに言う。
「野戦……夜戦になるかもしれないなら、クレアは着替えてから加わるべきだと思いますよ? その格好では寒いですし、今、弓矢を持っていないでしょう?」
「うっ、いよいよあれ着るのか」
「私が着替えさせてあげましょうか?」
大人としての余裕でもできたのだろうか。不敵な笑みを浮かべる竜次に、キッドは顔を真っ赤にして首を振っている。そして回れ右をさせ、背中を押した。
「あ、あたしはいいからっ!! 早くお仕事に行ってっ!!」
「ふふふっ、クレアは今日も可愛いですね」
「もぉっ!!」
キッドが一段と大きな声を立てると、竜次は逃げるようにギルドを出て行った。
コーディもジェフリーも呆れている。カウンターのおばあさんは指摘を入れた。
「仲がいいねぇ? 夫婦かしら?」
キッドは顔を真っ赤にして否定した。
「ち、違いますっ!!」
何も知らない人が見たら、夫婦漫才でも見せられている気分だろう。
ジェフリーは苦笑いをしながら提案をする。
「残って兄貴と一緒の仕事を……」
「あたしはコッチやるからっ!! そういう気遣い要らないからっ!!」
こんなキッドも珍しい。
ジェフリーは気まずく思いながら、本当にいいのかと確認すると今度は睨み付ける。キッドはずいぶんと丸くなったものだと思っていた。
キッドはコーディに質問をした。
「それで、待機場所は?」
「街外れの商会本部だって。はい、地図」
「そ、そう。き、着替えてから行くわね」
キッドがいったん離脱した。ローズの家に戻って身支度を整え直すようだ。
コーディが気を利かせてジェフリーの名前で登録させる。
ジェフリーはギルドの手帳をもらって気分だけは一人前だ。事実上、ジェフリーの賞金ハンターのデビューになる。
二人はギルドを出て、街中を歩く。先に作戦を立てた。
「キッドは最後まで伏兵みたいに潜んでてもらうとして、コーディは高い所から見張り。俺は、馬車の積み荷に紛れていたらいいかもな」
「ふぅん、悪くないね。キッドお姉ちゃんは遠近両方動けるから、伏兵っていいと思うよ。私も頑張らないと」
「怪我をしないようにしないとな」
危険な仕事であることは承知している。それでも怪我は避けたい。万が一キッドに大怪我でもさせたら、竜次が怖い。感覚を取り戻すいい機会だと緊張感を高めた。
サキはフィリップス城で、門番と係の人に名前とギルドの依頼書を見せた。なぜか名前を見せて驚かれたが、サキは気が付いていないようだ。圭馬に注意された。
「帽子脱ぎなよ。有名人なんだし、ここお城なんだからさ。そこんとこ、ちゃんとしなきゃ」
「あぁ、そっか。緊張して、よくわかってなかった」
サキは慌てて帽子を手に持った。係りの者が参りますと言われたので待っていると、踝まで隠れる程の茶色いロングスカートとエプロンの若いメイドが迎えに来た。
「あら、可愛らしいお客様ですね。こちらへどうぞ」
城に上がるなど初めてだ。いくらサキでも、フィラノスの城だって入ったことがない。
綺麗な絨毯の廊下、壁には絵画、天井にはシャンデリアと本でしか見たことのない光景に興味津々で思わずキョロキョロしてしまう。メイドにクスクスと笑われてしまったが、サキはかまわず城内の観察を続けた。
「こちらがレナード様のお部屋です」
てっきり豪華な部屋なのだと期待していたが、メイドは段ボールが積まれた部屋の前でぺこりとお辞儀をする。ドアをノックしてくれるわけでもなく、文字通り案内だけして持ち場へ戻って行った。
サキは首を傾げる。おかしいと思っているのは彼だけではない。カバンの中の使い魔が小声で疑問を口にする。
「あれ? コンスルって執政官。偉い人じゃないっけ?」
「何だか雑な扱いだったのぉん?」
「もっとちゃんとした案内するのかと思ったのにね?」
サキは部屋の前に積まれている段ボールを見て考え込んだ。緊張していたはずなのに、いつの間にか考えることにシフトしている。
「もしかして、国の王も王子もが不在だからでしょうか?」
圭馬も疑問に思っていたようだ。
「それはあるかもね。なーんか、よくない空気だけど、とりあえず入ってみようよ」
ここで悩んでいても話が進まない。
サキはノックをする。中から小さい声で応答があったので進んで扉を開く。
「わっ、うぶっ……」
扉を少し開けた段階で中から埃が舞い出て来た。あまりにひどい埃だったので、廊下に茶色く澱んだ空気が抜けるのが目に見えてわかったくらいだ。もくもくと天井に上がって行くが、埃なんかに阻まれては何をしに来たのか本当にわからなくなってしまう。
「し、失礼します」
サキは咳を堪えながら、帽子で鼻から下を覆う。まだ、もくもくとしている室内ではいくつもの段ボールを広げ、本や置物を入れている老人がいた。白髪が混じっているが、背筋も伸びているし、よく見たら埃まみれの空気の中をフェアリーライトがくるくると舞っている。魔法使いであることは間違いない。
サキは咳を抑え込んで苦しそうに言う。
「か、換気した方がいいですよ。窓……」
登り切った太陽が見えるのに、窓が開かないし、鍵が掛かっている。鍵穴があるのになぜだろうか。
「あ、あの、このままだと体に悪いですよ。けほけほっ……」
ついに噎せ返してしまった。現状の打開策が何も思い付かないので、サキは老人の手を取っていったん部屋から出た。また廊下に埃が出てしまったが、これは仕方ない。
「けほっ……勝手にすみません。でもいったん退かないと、あの中で作業し続けるのは体に悪いですよ」
「申し訳ございません」
老人は謝った。品のある立ち振る舞いだが、どこか影を感じる。廊下に出て姿がやっと明らかになった。裏地が赤く、紫をしたミディアム丈のマントに少しくたびれた青いローブを着ている。その胸にはひまわりのブローチ。間違いなく国の関係者だ。眼鏡はかけておらず、サキをしっかりと見ていた。
「あ、あの、僕はギルドであなたのお仕事依頼を見て来たサキと申します。お話が聞きたくて」
「これはこれは、こちらこそ失礼致しました。わたくしはレナードと申します。お見苦しいところを申し訳ございません」
「あ、いえ、その、僕の方こそ何か余計なことをしてなければいいのですが」
多分余計なことはしてしまった。この段階では『多分』だったが、それはすぐに確信へ変わった。
「おやおや、まだいたのか。汚らしい、さっさと掃除したまえ」
「早く荷物をまとめて出て行ってはくれんかね?」
すぐ脇の通路を、華やかなマントとスーツに身を包んだ男性が二人通り掛かった。執政官ともあろうレナードを、汚らしいものでも見るようにあざけ笑って去って行った。
思わず圭馬がカバンから顔を出してしまった。
「えっ、何? 今の頭が悪そうな人たち」
サキも同じ気持ちだったので、人前に出てしまった圭馬を叱れなかった。レナードは圭馬には目もくれず、首を振って肩を落とす。
サキはなぜか、放っておくことができなかった。
「あ、あの、レナードさん。僕、その、何かお手伝いできませんか?」
「いえいえ、わたくしのことはよろしいのですよ。大魔導士様」
「やっぱり僕を知っているのですね?」
多分知っているだろうと踏んでいたが、間違ってはいなかった。
「まず、事情をうかがった方がよさそうですね」
サキは依頼の話をいったん伏せた。先に環境を整える必要がある。ダンボールに隠れるようにして立ち話を始める。
「この状況はどういうことですか」
サキも質問したのだが、圭馬の方が声は大きい。
「間違っていたらごめんね。これって人間で言う、イジメってヤツじゃないの?」
レナードは申し訳なさそうに首を垂れた。圭馬が言っていたことは、的を射ていたようだ。
「本当はもう少しこの城にいたかったのですが、新しい風が吹こうとしているのです。隠居するしかないようですので片付けをしておりました」
「定年退職って言うか、強制的な早期退職ってヤツだね? で、退去を求められたってことかぁ。窓に鍵がかかっていたし、わざわざと劣悪な環境にさせようだなんて、メイドにでも鍵隠されちゃったんでしょ? 悪質だねー、やだねー、国のために尽くした賢人にすることじゃないよねー」
後半は圭馬らしく、人間いびりだったがレナードは否定しない。ただ、少し寂しそうだった。圭馬がサキにせがんだ。
「魔力を解放してよ。力仕事、キミには無理でしょ?」
「ぼ、僕もやりますっ!」
「じゃあ、まず、ババァにでもお願いをしてみたら?」
さらっと言うが、今の流れだとサキは魔力解放を二回することになる。どれくらいセーブしたら自分も動けるか、計算を含めた行動を迫られた。
「何か便利な魔法なんてあるんじゃない?」
ウサギが猫を挑発する。ショコラは幻影術が主流だが、何か手はあるのだろうか。このとぼけた鯖トラ猫はここぞというときにいい助言をくれる。
「そうだのぉん……わしが万能の鍵に化けることはできるけどぉ、たかだかそのためだけに、魔力解放など、もったいなくはないかのぉ?」
「あれ、ショコラさんは、人に対する幻影術だけではなく、自分が化けることもできるのですか?」
「そう聞こえんかったかのぉ?」
契約主なのに、どこまでが能力なのか把握していない。そうと決まればと、サキは早速精神を集中させる。
ここまで来たのだから手ぶらでは帰りたくはない。いつも思っていることなのだが、今回は自分が請けた『仕事』なのだ。サキはショコラを抱き上げた。
「我が魔力解放せん……」
ショコラがサキの魔力をもとに、棒状の鍵へと姿を変えた。手の平両手で持って丁度いいサイズで大きめだ。現状では棒であるだけで、鍵には程遠い。
「レナードさん、行きますよ!!」
サキは鍵を片手で持ち直し、レナードの手を引いて部屋に再び入った。一目散に窓に向かうと、万能の鍵と化したショコラを鍵穴に突っ込んで捻った。
カチッと音がしたと同時に窓を開ける。埃が立ち込めていた空気が一気に外に向かって放たれる。少し待って、視界が開けた。
「ぷはっ、よかった」
「早く解除するんだ。キミの魔力が駄々漏れだよ。もったいない……」
圭馬にすぐ注意された。魔力の供給を最小限に抑え、ショコラを猫の姿に戻す。床にすとんと降り立った。
「うむ、上出来じゃのぉん」
空気が入れ替わったところで、サキがあらためて話に入ろうとする。
「これで多分大丈夫です。あの、お話を聞かせてもらってもいいですか?」
せっかく訊ねているのだが、レナードはせっせと本を片付けようとしている。それもいいのだが、何となく納得がいかない。
圭馬がサキの靴を叩く。
「居場所がないって感じなんだね。手伝いたいからよろしく」
「え、は、はい。うーん……」
「話がしたいなら、手を動かしながらでいいじゃないか」
「わ、わかりましたよ」
やけに圭馬がご執着だ。人間に深く干渉しないはずだったのに、ここまでレナードに対して興味を持っている。魔力解放によって、今度は圭馬が人の姿になった。藤色のローブは品があって中身と一致していない。
サキも窓の調整をして開け過ぎないように意識している。
「ねぇねぇ、賢人さんお城に何年いたの? やっぱ前の王子様のときからずっとなの?」
圭馬は馴れ馴れしい態度だ。レナードがどうやったら心を開いてくれるのかを模索しているようだ。箱に詰めるものを手伝っている。
「突っ立ってないで掃除しなよ。まだ埃あるでしょ」
「あ、そ、そうですね……」
これではどっちが契約主なのかわからない。主従関係が逆転している。そもそもサキはあまり使い魔を手荒に扱ってはいなかったので違和感はある。
多少の家事ならアイラのもとでやったことがあるが、場所は狭くて本がどんどん増えてしまっていたので多くはやった記憶がない。
サキは手短な場所にあった雑巾を持って、いったん濡らしに部屋を出た。
サキは廊下を小走りになって水場を探した。彼の格好はどちらかと言うとおしゃれな部類なので、城の中をうろついても不審に思われなかった。警戒されない反面、嫌な話も耳に入った。
貴族なのだろうが、華やかなドレスを着た女性が数人立ち話をしている。
「誰を推薦なさいますの?」
「わたくしはマイテ様ですわ。支持すると経済的な支援をいただけますよ」
「まぁ、あの方は振る舞いがよろしくてね!!」
「ルミナスお嬢様なんて支持するだけ無駄ですわ。オムツも取れないようなお子様ではありませんの?」
「でもマイテ様、沙蘭がお嫌いなのでしょう? 同盟も解消かしら?」
「当然でしょうね。代わりにわたくしたちにお金が回るのでしたらよろしいではありませんの?」
「安泰ですわね」
「オホホホホ……」
「キャハハハ……」
私利私欲に塗れた会話だった。ふざけるなと言ってやりたい。ここで自分が何を言っても話が厄介になるだけだし、人を呼ばれて摘み出されるかもしれない。王も王子も居ないこの国で新しい王政が始まろうとしている。仕えていたレナードの存在が邪魔なのだ。サキはやっと把握した。
「なんか嫌なだなぁ、こういうの」
口出しはしなかったが、モヤモヤが晴れない。帰ったら竜次にでも相談してみよう。サキは雑巾をぎゅっと握って再び歩き出した。
フィリップスの地図の調査をしていた竜次は、城の周辺をうろうろとしていた。
城の周辺は変化なし。部分的な拡大地図にチェックを入れる。次は大通りだが、なかなかこの場を離れない。城の周辺をチェックする振りをして、サキが泣いて出て来ないか、心配をしていた。
「まぁ、サキ君は大丈夫だと思いますけど」
竜次はぶつぶつと独り言を呟く。地図の修正がないかという、誰にでもできて余裕のある仕事をしながら様子をうかがっていた。圭馬もショコラも一緒だし、彼自身はしっかりしている。自分から踏むようなことはしないし、基本的には人畜無害。むしろ、可愛いビジュアルで弄ばれているかもしれない。
あまり城の周辺をうろつくのも門番に睨まれそうだ。クローバーの生えた、芝生の庭を抜ける。
「おや?」
庭師が手入れをしたのであろう、綺麗な花壇がある。冬も近いというのに、桃色や黄色といった色とりどりだ。その花壇の花に埋もれるように、ウサギのぬいぐるみが見えた。拾い上げると、泥を被っている。
「落とし物かな?」
竜次はペンを胸ポケットにしまい、バインダーを脇に抱えてぬいぐるみを拾い上げた。白い色で、ふんわりとしたぬいぐるみだ。土埃を被り、蟻が登っていたので軽く払う。随分とくたびれているようにも思えたが、こんなところにぬいぐるみがあるなんておかしい。
「フランソワ! フランソワ―!!」
人の気配と声に振り返ると、ピンクのドレスに赤いリボン、ブロンドの綺麗な髪をした女の子が駆け寄って来た。まだ幼い。
「フランソワ!!」
女の子は竜次の足元でじっと見上げている。やっと理解した。
「あぁ、なるほど。はい。どうぞ」
竜次がぬいぐるみを差し出すと、女の子は奪うように取り、両手で抱えた。女の子が幼いせいで身丈の半分ほどに見える。怒っているようにも思えるが少し違うようだ。
「おふろにいれてたらおとしたって、メイドがいってた。ぜったいうそ。フランソワ、かわいそう」
くたびれている理由はお風呂だろうか。子どもがお風呂と言うのは、他の例えでは日常で洗濯くらいだろうか。そんな推測をしながら、竜次はしゃがんで目線を低くした。
「お友だちですか? お花と一緒にお昼寝をしていましたよ。無事に見つかってよかったですね」
あまり気の利いた話し方はできないが、竜次なりに子どもにもわかるように話した。営業スマイルを付け加えて警戒心を和らげる。
竜次を悪い人ではないと思ったのか、女の子がはにかむ。
「おじちゃんがフランソワをみつけてくれたのね!! ありがとう!!」
「お、おじ…………」
竜次は純真な目でそれはないだろうと思いつつ、肩を震わせる。子ども相手なので引きつった笑いで済ませた。適当に流さないと怪しまれてしまう。
だが、それはもう遅かった。女の子は首を傾げている。
「おしろのひとじゃないの?」
「え、えぇ、私は違いますよ。ただの通りがかりです」
「おしごとがないなら、おしごとあげるー!!」
「お、お医者さんです。急いでいますのでこれで失礼しますね」
子どもは嫌いではないのだが、これくらいの年齢は自我を持ち始めるので、変なことを植え付けてはいけない。竜次は早々に退散するつもりで立ち上がった。
「うぐっ……」
結ってある長い髪を引っ張られた。竜次は、どうしてこんな目に遭うのかと理不尽に思った。
「な、何かな? お嬢ちゃん? お兄さん、とっても急いでいるんだけどなぁ?」
竜次は『お兄さん』と強調する。実は二十五歳なので、『おじちゃん』と言う言葉には敏感なお年頃だ。
女の子は竜次に興味を抱いていた。
「あたし、ルミナスっていうの。おじちゃんは?」
「だから、おじちゃんじゃ……り、りゅー……竜ちゃんです」
おじちゃんと言う言葉によるダメージを抑えつつ、うっかり名前を吐きそうになって誤魔化した。
女の子の名前は、ルミナス。どんな子であるのかは、この時点ではわからなかった。
竜次は髪の毛を引っ張り、苦笑いをする。完全に怪しい人だ。ドレスを着ているので貴族の娘か、城の関係者だろう。嫌な予感がする。人を呼ばれる前に去りたい思いだった。だが、焦ってはいけない板挟みが竜次の顔を歪ませる。いつの間にか背中に冷や汗をかいていた。
ルミナスは竜次に手を伸ばした。
「りゅーちゃん、これあげる」
「えっ、えぇ?」
竜次は気まずく思いながら手を出す。すると、しおれかけの四葉のクローバーが置かれた。
「えっ? 四葉のクローバー?」
先程抜けて来た庭にクローバーがあったが、見つけるのは大変のはず。竜次が顔を上げると、ルミナスはドレスを引きずりながらぬいぐるみを持って城に帰って行った。やはり城の関係者だったようだ。
竜次は茫然とする。危うく依頼の地図を挟んだバインダーを落としそうになった。
「ど、どうしようこれ」
あの広大な中から探し当てたのだろう。しおれ具合から、あまり長持ちしそうにない。
日が傾き始めたのに気が付いた。依頼の半分ほどが残っている。
竜次は街中へ足を戻した。
城から街への橋を渡り、整った石畳を歩く。
竜次は歩きながら、考えごとをしていた。
たまたまだったとはいえ、妙な出会いをした。相手は子どもだったし、出来事をばら撒くことはないだろう。誰かに言ったところで、どうせ子どもだ。真に受ける者などいない。変装もしていることだし、自分が騒ぎを起こすことはないだろう。
「せーんせっ!!」
竜次はぼうっとしていたせいで素通りしそうになった。ここは花屋さんだ。ルミナスに翻弄されたせいで、本当の目的も忘れそうになっていた。
竜次を呼び止めたのは、ミティアだった。
「あはは、ミティアさん、その格好、可愛いじゃないですか」
竜次は咄嗟にバインダーで自身を扇ぎ、ぼうっとしていたのを誤魔化す。
ミティアは植木鉢を持ってお店の中へ移動していた。可愛らしい赤いチェック柄のカフェエプロンが見えた。頬を膨らませながら竜次に言う。
「可愛い格好って、エプロンだけですよ。適当なことを言っていると、キッドに言いつけますよ?」
「そ、それだけは……」
頬を膨らませ口を窄めているミティアは、普段とはまた違った可愛さを見せる。それでも手は止めない。日が沈む前に、外の植木を店内に運んでいるのだ。
竜次がただ突っ立っているだけだったので、ミティアがちくりと言う。
「ひやかしですか?」
苗がたくさん入ったビニールポットのケースを手にして、小悪魔のように顔を覗く。ジェフリーが見たら照れそうな表情だ。
ひやかしと訊ねられ、竜次はむきになって何か買おうかと店の中を覗く。
「ひやかし……ねぇ。あぁ、そうだ」
竜次はお店の中を見て、ちょうどいいものがあったので手にする。
「くださいな?」
「はーい。って、これ、お花じゃないですよ?」
「わかっていますよ」
何枚もの短冊状に切られた色画用紙とレース、細いリボンと透明なシートがセットになった栞を作るキットだ。
ミティアは不思議に思いながら会計に応じる。
竜次は財布を取り出しながら慌てて言う。
「あぁ、袋はいいです。このままカバンに入れちゃいます。買い物をしたのを内緒にしておきたいので。はい、三百リース」
「押し花にでもして、キッドにあげるんですか?」
「んー……それもいいですね。本が読めるようになったら、使ってくれるかな?」
にこにこと笑って反応するも、それも悪くないと思った。竜次はにこにことしていた顔が次第ににやにやへと変わっていった。好きな人が、あげたプレゼントを使ってくれたらどんなにうれしいだろうか。問題は、竜次自身が不器用と言う点。
竜次は自覚していた。
「あ、失敗しそうなのでもう一セットと、そこのブーケでもいただこうかな?」
竜次はレジ横の大輪の花が咲いた花束を指した。だが、ミティアは驚いている。
「うれしいですけど。これ、お墓参りに持って行くお花ですよ? それに、こんな大きなお花、栞に向かないと思います」
「ど、どうも、こういうのは疎くて」
気まずそうに苦笑いをする竜次。何だか沼に入ってしまったような気分だが、ここで引き下がるのもどうかと思った。すでに一セット購入してしまったし、何となくやり遂げたい。
ミティアはそんな竜次の心を汲み取ったのか、あえておすすめをした。
「コッチの小さい花がセットのミニブーケがいいと思います。目ぼしいのがあったらですけど。このフサフサした小さいのとか、あまり水気が多くないので、押し花にしやすいと思いますよ?」
ミニブーケを持って仕事の続きもどうかと思ったものの、竜次が奥にあった可愛らしい黄色と白の色彩に統一したブーケを手に取った。
「それじゃあ、これで……えっと、千二百リースですね」
「はーい。ブーケにリボンは巻きますか?」
「ラッピング料金は別にかかると書いてありますよ?」
「リボンを巻く練習をさせてくれないんですか?」
竜次はミティアのやり取りが面白くてたまらない。意外と商売に向いているのかもしれないと思った。観念するようにコインをもう一枚置く。
「困った子です。そのうちチップをもらって来そうですね」
「えへへ……」
ただ、ミティアが不器用だったのを思い出したのは、部分的にコブ結びができ上がっているリボンを見てからだった。竜次は苦笑いをした。
ミティアは縮こまって上目遣いをした。
「ご、ごめんなさい」
「はははっ、要練習ですね」
ミティアの人間性から、怒られることは少ないと思うが、デートやパーティに持って行く人はこれを見てがっかりするかもしれない。ただ、カットや色合いのセンスは光るので、練習を重ねればなかなかの腕前になるかもしれない。仕事熱心なミティアの邪魔にならないように、竜次は店を出た。
竜次はブーケを片手にまたも街中に繰り出した。地図のチェックもそうだが、今日は少し変わったことが多い気がする。
あとで本屋さんも立ち寄って、押し花の本を買おうと思った。剣術を磨くのもいいのだが、こういうのんびりしたことも悪くはない。
いつもこれくらい平和だったらどんなにいいだろう。
誰も悲しまないで、何も失わないで、ちょっとしたことにでも笑っていられるような日々だったら、どんなにいいだろうか。
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