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【8】再始動
彼女の物語
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沙蘭の澄んだ空に太陽が昇る。昨日と違って雲も少ない。
そしてバタバタと騒がしかった。
きっかけは、東殿にキッドの悲鳴が響き渡ったことだ。
「きゃあああああ!! せ、先生!! ミティアが、ミティアが大変なんです!!」
起き抜けの竜次は目が据わっている。寝起きはすこぶる機嫌が悪いのも知っていて、キッドが揺さぶって目を覚まさせていた。竜次の勝手を知っていて呼ぶなど、キッドも根性がある。
「何ですか? 頭に響きますね……」
「どうしよう、ミティアが……今すぐ一緒に来てくださいっ!!」
寝起きの稼働率の低さは異常だが、こう呼ばれては行くしかない。竜次は髪の毛も整えないまま手を引かれた。廊下を抜けて階段を上がる。
寝室の戸は開きっぱなしだった。
身支度の整ったサキがとぼうっと立っている。
「あっ、先生、おはようございます。これ、見てください」
サキは退いて、布団を指した。
ミティアが上半身を起こし、にっこりとしている。無事に目が覚めた。こちらを認識している。ここまでは喜ばしいことだが問題がある。
「……ふむ」
竜次はようやく『大変』の意味を把握した。
キッドはミティアに言う。
「そ、そいつ、どかしなさいよ」
「えっ、別にこのままでもいいと思うんだけど……」
「だめだめだめ!!」
キッドの指す『そいつ』とは、ジェフリーを指す。
普通に受け応えているミティアに指摘を入れる前に、彼女の膝を枕に熟睡をしているジェフリーに注目した。騒ぎ立てているというのに、起きる様子がない。疲れ果てて寝てしまったのかもしれないが、状況がまずい。
ちょっとした事件、ハプニングだ。この一行の日常なら、ジェフリーがあらぬ勘違いから悪者に仕立て上げられてしまうのだが、今回は勘違いどころではない。
竜次はいったん情報の整理を諦めた。
「んー……叱ってもいいのですが、ジェフがこれでは、ねぇ……」
起き抜けで身形も整っていない。ミティアを叱るのもおかしいし、きちんとした話の場を設けるべきだ。竜次は少し悩んで提案をした。
「一時間後、下の居間に集合。各自、身支度を整えておくように! なんてね」
竜次の格好が整っていれば、文句のないリーダーシップだった。こんなことは珍しい。いつもは空回りをするばかりで、まとまりがなかった。
竜次は呆気に取られているキッドとサキに言う。
「キッドさん、サキ君、居間の片付けとお茶の支度を手伝ってくれませんか?」
サキは渋りながら了解したようだ。だが、キッドは口をあんぐりとさせて納得していない様子。竜次は二人をさっさと追い出し、ミティアに振り返った。
「さ、あと一時間ですよ。お待ちしていますからね?」
つまり、ミティアもあと一時間で支度をしろという遠回しな言い方だ。
竜次はあえてここで話し込まず、ミティアにいつも通りの接し方をした。本当はここで喜びたいくらいである。
ミティアはこの心遣いに笑ってしまった。
「えへへ、はぁい。わかりました」
無邪気で見慣れた笑顔だ。竜次は懐かしくも思い、照れくさくもなった。ただそこにいるだけで陽だまりのような存在。追い込まれた窮地から、一度は自分だけのものにしようとした。竜次には眩しすぎる存在だった。
竜次は部屋を出る際、空の弁当箱と割ってある箸を二膳確認した。少しは元気が出てくれただろうか。
一時間後、居間で『これから』の会議を始めた。
持っている情報と、ミティアが持っている情報が交わされる。ほぼほぼ答え合わせのようなものだった。『本当の敵』が見えて一番ショックを受けたのはキッドだった。
ミティアはルッシェナの話をしても泣かなかった。義理の兄妹、同じ村で暮らした。今となっては情があるわけではない。ただ、今度会ったら直接聞きたいことがあった。聞き出すまでは、自分は死ぬわけにはいかない。強い意志と決意を胸に抱いていた。
知らないことを知り、人間の汚れを知り、世界の裏事を裏まで知った。
いろいろあったとまとめるのは簡単だが、またこのメンバーで旅を再開する。新しい歩みは、これまでよりも過酷なものになるだろう。
それでも今は、再会を喜んだ。
ミティアは復帰早々、コーディをぬいぐるみのように弄んでいる。思いのほか元気のようだ。
「それで、これからご飯でも行くんですか?」
絶好調だ。何を失ったのかが怖いところ。身支度を整えて、街中へ行く流れになった。久しくこのメンバーでの食事が楽しみだ。
澄んだ青い空。太陽が眩しくて。
太陽を囲む人。
この光を失わせないために。
また輝いてほしくて、もっと輝いてほしくて、歩き出す。
理不尽な運命から逆らって生きるために。
太陽の力を借りて、太陽を救う。
人はいくらでも強くなれるから。
そしてバタバタと騒がしかった。
きっかけは、東殿にキッドの悲鳴が響き渡ったことだ。
「きゃあああああ!! せ、先生!! ミティアが、ミティアが大変なんです!!」
起き抜けの竜次は目が据わっている。寝起きはすこぶる機嫌が悪いのも知っていて、キッドが揺さぶって目を覚まさせていた。竜次の勝手を知っていて呼ぶなど、キッドも根性がある。
「何ですか? 頭に響きますね……」
「どうしよう、ミティアが……今すぐ一緒に来てくださいっ!!」
寝起きの稼働率の低さは異常だが、こう呼ばれては行くしかない。竜次は髪の毛も整えないまま手を引かれた。廊下を抜けて階段を上がる。
寝室の戸は開きっぱなしだった。
身支度の整ったサキがとぼうっと立っている。
「あっ、先生、おはようございます。これ、見てください」
サキは退いて、布団を指した。
ミティアが上半身を起こし、にっこりとしている。無事に目が覚めた。こちらを認識している。ここまでは喜ばしいことだが問題がある。
「……ふむ」
竜次はようやく『大変』の意味を把握した。
キッドはミティアに言う。
「そ、そいつ、どかしなさいよ」
「えっ、別にこのままでもいいと思うんだけど……」
「だめだめだめ!!」
キッドの指す『そいつ』とは、ジェフリーを指す。
普通に受け応えているミティアに指摘を入れる前に、彼女の膝を枕に熟睡をしているジェフリーに注目した。騒ぎ立てているというのに、起きる様子がない。疲れ果てて寝てしまったのかもしれないが、状況がまずい。
ちょっとした事件、ハプニングだ。この一行の日常なら、ジェフリーがあらぬ勘違いから悪者に仕立て上げられてしまうのだが、今回は勘違いどころではない。
竜次はいったん情報の整理を諦めた。
「んー……叱ってもいいのですが、ジェフがこれでは、ねぇ……」
起き抜けで身形も整っていない。ミティアを叱るのもおかしいし、きちんとした話の場を設けるべきだ。竜次は少し悩んで提案をした。
「一時間後、下の居間に集合。各自、身支度を整えておくように! なんてね」
竜次の格好が整っていれば、文句のないリーダーシップだった。こんなことは珍しい。いつもは空回りをするばかりで、まとまりがなかった。
竜次は呆気に取られているキッドとサキに言う。
「キッドさん、サキ君、居間の片付けとお茶の支度を手伝ってくれませんか?」
サキは渋りながら了解したようだ。だが、キッドは口をあんぐりとさせて納得していない様子。竜次は二人をさっさと追い出し、ミティアに振り返った。
「さ、あと一時間ですよ。お待ちしていますからね?」
つまり、ミティアもあと一時間で支度をしろという遠回しな言い方だ。
竜次はあえてここで話し込まず、ミティアにいつも通りの接し方をした。本当はここで喜びたいくらいである。
ミティアはこの心遣いに笑ってしまった。
「えへへ、はぁい。わかりました」
無邪気で見慣れた笑顔だ。竜次は懐かしくも思い、照れくさくもなった。ただそこにいるだけで陽だまりのような存在。追い込まれた窮地から、一度は自分だけのものにしようとした。竜次には眩しすぎる存在だった。
竜次は部屋を出る際、空の弁当箱と割ってある箸を二膳確認した。少しは元気が出てくれただろうか。
一時間後、居間で『これから』の会議を始めた。
持っている情報と、ミティアが持っている情報が交わされる。ほぼほぼ答え合わせのようなものだった。『本当の敵』が見えて一番ショックを受けたのはキッドだった。
ミティアはルッシェナの話をしても泣かなかった。義理の兄妹、同じ村で暮らした。今となっては情があるわけではない。ただ、今度会ったら直接聞きたいことがあった。聞き出すまでは、自分は死ぬわけにはいかない。強い意志と決意を胸に抱いていた。
知らないことを知り、人間の汚れを知り、世界の裏事を裏まで知った。
いろいろあったとまとめるのは簡単だが、またこのメンバーで旅を再開する。新しい歩みは、これまでよりも過酷なものになるだろう。
それでも今は、再会を喜んだ。
ミティアは復帰早々、コーディをぬいぐるみのように弄んでいる。思いのほか元気のようだ。
「それで、これからご飯でも行くんですか?」
絶好調だ。何を失ったのかが怖いところ。身支度を整えて、街中へ行く流れになった。久しくこのメンバーでの食事が楽しみだ。
澄んだ青い空。太陽が眩しくて。
太陽を囲む人。
この光を失わせないために。
また輝いてほしくて、もっと輝いてほしくて、歩き出す。
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太陽の力を借りて、太陽を救う。
人はいくらでも強くなれるから。
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