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【8】再始動
親の戦い、子の戦い
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ノックスの外では混乱が続いた。
壱子が場を引き受けている。
背後に大きな雄叫びを受けながら、アイラは一行に合流した。早速サキに対し、違和感を抱いているようだ。緑色のきれいなコート、まるで自分をまねた大きなカバンが腰に見受けられる。
種の研究所からそう何日も経過していないはずなのに、見違えたものだとアイラは思った。
「お師匠様、無事だったんですね……」
「あたしが簡単に捕まるような人かね?」
そんな風には見えないが、この場にいるなら、デマ情報に踊らされた。次からはこういった情報も注意しなくてはいけない。
「情報だけを信じるなんてねぇ。真実は自分の目で見たもの。総崩れを食らったと、ギルドでもデカデカとやられてさぁ?」
「す、すみません……」
恥ずかしいと言わんばかりに、サキが俯いて首を振った。二重の意味で『信じるな』であった。これはアイラ自身にも向けられている。
この一行が、一度や二度叩かれたところで簡単に崩れるはずがない。心のどこかで信じてはいたが、アイラも心配をした。
心配をしていたのはジェフリーもそうだった。
「どうしておばさんがここに?」
ジェフリーの声を聞き、アイラは竜次も視界に入れた。
「ケーシスさんと話した。ミティアちゃんも一緒だったよ」
「ミティアと?」
ジェフリーが確認をとると、アイラは深く頷いた。ミティアが無事と知って、皆が安堵の息をした。心配していた彼女が無事だと知り、疲弊していたのに活気を取り戻す。
「ケーシス様のお考え、お話した方がよろしいでしょうね……」
アイラのカバンから圭白が顔を出した。先ほど突進された際に彼にもダメージがあったのか、慣らすように首をぶるぶると振っている。
「ケーシス様はミティア様を沙蘭へ送ったあとに、ご自分の道を歩まれるみたいです。咎を背負った分、罪滅ぼしを、間もなく消える灯火とともに……」
アイラは黙って視線を伏せた。僅かな時間だったが、ケーシスも無茶をしていたのを把握している。アイラの口からでなくとも、圭白が詳細を話してくれた。
「今から向かっても、ケーシス様いないかもしれませんが、ミティア様は残られているかと。ただ、今もご無事なのかはわかりません。沙蘭もかの男性による攻撃対象のようでしたので」
圭白の言う『かの男性による攻撃対象』、ジェフリーはそれを理解していた。温厚ではない内容だ。ミティアがこれ以上、危険な目に遭うのはもう耐えられない。
「どうすればいいんだ……」
まただ、答えは出ていても手が届かない。離れて、想いは募るばかり。
ジェフリーのもどかしい思いを圭白が汲み取った。
「アイシャ様……」
「無茶は言わないでおくれ。それに、あたしゃ金にならないことはやらないよ!」
アイラは拒否したが、それは当然だ。情報だけでもありがたいくらいである。
サキが例の瞬間移動魔法、テレポートを使えたとしても今は瀕死だ。これ以上無理をさせるわけにもいかない。
すぐにでも沙蘭へ向かいたい思いは皆も一緒だ。
コーディが状況を見て一つの提案を口にする。だが、条件が悪い。
「私、フィリップスから飛ぼうか? 乗せられるのはせいぜい二人だけど……」
ここで別行動は危険が強まる。ジェフリーはコーディの提案を、あくまでも最終手段として考えていたかった。
「陸路で急いでも丸一日くらいだろうな……」
渋い表情を浮かべるも、今は手段が限られる。仮に船で行けたとしても、半日はかかる計算だ。
気を持ち直したキッドもいよいよミティアの救助に向かうと知り、躍起になった。
「あたしは走ってもいいわ。絶対早いもの」
足の速さなら自信のあるキッドが前に出るも、案の定、竜次に止められていた。
「いけません!! あなたは怪我しているのですよ? それに、何かあったらどうするつもりですか。またあなたを陥れるような襲撃でもあったら……」
「そ、そうです、よね……」
心配に対し、少し照れ臭そうにしながらも、キッドはしゅんとおとなしくなった。急に素直になったので、彼女らしくないとジェフリーは感じた。
「あのぉ……」
発言権を求めるように、ローズがおそるおそる挙手をした。この仕草を見るのは、とても久しい。
「乱用はよくないものが、その……家にあるデス。トランスポートというものが……」
乱用はよくない、というのが引っかかった。一応意見は聞きたい。ジェフリーは焦りから説明を迫った。
「博士、手短に説明を頼みたい」
ローズは引け越しになりながら、何とか言葉を絞り出した。
「科学の力、チートアイテム、デス。使用者の思い出に沿って行きたい場所に飛ぶというかワープというか……魔法と違って便利ですが有限なので、壊れやすく、高い……」
壊れやすく、高い。そう便利なアイテムが好き勝手使えるはずがない。
要点は伝わった。
突然湧いた話だが、やることは決まった。
「みんな、もう少し頑張ろう。フィリップスのギルドで報告、それから博士の家だ。ほかに意見があるなら聞きたい……」
ここが踏ん張りどころだ。誰もがジェフリーの言葉に頷いている。
懸念事項が一つある。あの魔物というか、猛獣をどうするべきなのかだ。何となくだが、一同は壱子が戦っていることに注目をする。
援護するべきかと考えもするが、一行に戦えるだけの余力もない。
その点なら心配いらないと、アイラは自分の考えを言う。
「あたしゃ残って壱子さんを援護しようと思う。これは緊急なんだ。ギルドから報酬も出るだろうね。ここで賞金を稼げば、目標額に到達する。近々、サキとあたしの手配も解除されるみたいだし、少しは平和になるかもね」
あっさりと、軽い引き受けだった。この場を引き受けるのには『お金』という理由があるようだ。アイラはサキに笑みかけた。
「ここはあたしたちに任せて、行っておあげ」
「お師匠様……一つ、いいでしょうか?」
疑問に思うサキ。アイラは心当たりがないようだ。
「お師匠様は、アリューン神族の王族なのですか?」
サキの質問に対し、アイラは笑みを浮かべながら頷いた。
「あぁ、そうだよ。よく辿り着いたね」
「アリューン神族の世界に連れて行ってください!!」
先の約束をしようとした。いずれはその件でアイラの世話になるだろう。
「なるほど、天空都市への手段ですね」
圭白がサキの心を読み取って告げると、アイラが一同を見渡す。
「わかった。でも条件がある。それはのちに沙蘭で話そうかね」
アイラが大股で退き、距離を取った。その表情は、何やらうれしそうだ。
「まったく、子どもだと思っていたのに、いつの間に大きくなって……」
「マダム、沙蘭でお待ちしています」
「あいよ」
竜次にも言われ、さらに約束が強まった。
それは人同士だけではない。
「圭馬、いつまでひねくれているのですか。あなたもショコラ様や皆さんと仲良くなさい? いつまでも子どもではないでしょう?」
圭白は圭馬に指摘を入れた。てっきり眼中にないものだと思っていたが、油断したのかサキのカバンがゴソゴソと動いた。
圭馬はひねくれているか、拗ねているのかもしれないが、返事もしないし顔も出さない。
「おばさん、死ぬなよ」
「さぁて、どうしたもんかね……」
アイラは言葉を交わすも、とぼけるように双剣を抜き走って行った。
そのうしろ姿がどんなに大きく見えただろうか。子どものために、戦う親、弟子のために戦う師匠としてでもある。
「……行こう!」
大人たちが戦っている。ジェフリーの声でまとまったが、サキだけはどうしてもアイラが気になっていた。
「サキ、残るか?」
「いえ、こんなに疲れている僕が残っても、足手まといです。それに……」
サキはジェフリーの声で気持ちが固まったようだ。友だちが迷いを払ってくれる。
「僕は『こちら側』の人間です。友だちや仲間を助けたいです」
サキはアイラについて行きたい気持ちを振り払った。
友だちはジェフリーを指している。あえて名指しをしなかったが、サキはジェフリーを信頼している。こっそりと尊敬だってしていた。
ジェフリーがサキの手を握った。
「馬鹿だな、友だちなんかじゃない」
ジェフリーに友だちじゃないと言われ、サキは思わず真顔になった。心遣いを拾われたのに、友だちと思っていたのは一方的だったのかという心外だ。
「何だ、その顔は……」
手を引きながらどんどんサキの表情が曇ってゆく。少し不満にも思っているようだ。
「うわぁ……」
コーディが茶々を入れるように、わざとらしい声を上げる。まるで、不在を装っている圭馬のようだ。
ジェフリーは顔を真っ赤にして、言葉で噛みついた。
「こ、こういうのって、親友って言うんじゃないのか?」
――わかりにくい。
ローズも脇を小走りになりながら、一部始終を見守っていた。
微笑ましい光景だ。サキはようやく理解したのか、途端に歩く速度を上げた。気持ち的な問題もあったようだ。
この人に認めてもらえると嬉しい。
「圭馬チャン、羨ましいって顔してますねぇ?」
「う、うるさいなぁ……」
興味本位で一緒に行動をして来た圭馬が、契約をした主とその友だちの進展を見て拗ねていた。ついにここまで来たか、と……。
少し和やかな雰囲気と空気に便乗しようとしていたのは竜次だ。キッドの手を取ろうとしたが、跳ね除けられた。
「先生、足遅いから嫌です」
やっぱり、脈ナシのようだ。
少しは進展したかと思ったが、一時的なものだった。
だが、そんなキッドの表情は和やかだ。照れ臭いのかもしれない。その一方で、竜次はキッドの反応を真に受けて小さくため息をついた。やっぱり彼女が気になる。それが正直な気持ちだ。
この絶妙な関係は長く続きそうだ。これはこれで、周りが面白いかもしれない。
激しく戦っている大人たちの戦火を背後に、一行はフィリップスに急いだ。
妄想と活動資源を得た壱子が、人一倍、奮起していた。
鋏でざっくりと後ろ脚を切り裂く。燕尾服がふわりと風になびいた。
「今日はいいものがたくさん見られて光栄です。これでケーシス様の新刊が読めたら、どんなにいいことか……」
右足を踏ん張り、勢いをつけて切り返した。今度は腹を狙ったが、皮膚が硬いのだろうか、思うように攻撃が通らない。先ほども、やっと通った攻撃だ。
「壱子さんっ!」
「おっ、レジェンド様、一緒に行かなくてよろしかったのですか?」
援護に駆けつけたアイラは声をかけた。壱子はいったん退いて姿勢を正す。
「ここを片したら、沙蘭に行くさ」
「お気持ちはうれしいのですが、こやつ、少々手強いようです」
「そうみたいさね……」
手を組む自体は構わないのだが、壱子とて一応ギルドの賞金ハンターだ。こんなに苦戦を強いられるのは珍しい。それとも、この猛獣が特殊なのか。何か、強化作用でもあるのか。
圭白がそっとカバンから顔を覗かせる。
「解放なさいますか?」
アイラにも一応だが、魔力解放という奥の手がある。問題はそのあと、たまらない疲労感に動きにくくなる。
アイラも連戦だ、ハイリスクな戦いはしたくない。
「いや、それは最終手段。でもこいつは一体何なのさ?」
「おそらく、『人間だったモノ』です……」
「はっ、はぁ? 白ちゃん、冗談じゃないだろうねぇ!?」
圭白が冗談など言うはずがない。アイラはわかっていて間違いではないかと聞き返した。
「むむむ……確か、もとには戻らないって、さっき言っていたような気がしますね」
壱子も困っている。問題はこれが『誰だったのか』だ。どちらにしろ、倒さないとアイラは先に進めない。こんなところで、いつまでも足止めを食っていてはいられない。
「さぁて、どうしたもんかね……」
抜けぬ攻撃。何度も駄目を押し通さないと難しい。
「わたくし、魔法はあんまりさんですよ?」
壱子のカミングアウトにアイラも覚悟を決めた。
「よし……一か八か、やってみようかね。壱子さんの武器は鋭利だ。一瞬だけ防御を脆くする魔法を仕掛ける。いけるかい?」
即席で考えた作戦。信頼関係が試されるが、そんなものは常に文章で築き上げてきた。実際に組むのはこれが初めてだが、ここは信じたい。
「承知いたしました。こういうノーマルな関係も悪くないですね」
「……?」
壱子は妙なことを言う。アイラはさらっと流して詠唱しながら猛獣に突っ込んだ。壱子をまともに相手するのは難しい。一体、誰ができるのだろうか。
また突進して来るのかと瞬時に構えたが、狙いは首に定まっていた。
詠唱を終え、黄色の魔石を弾き、右の剣に魔法を纏わせる。
「ブレイクマーカー!」
言葉のまま、猛獣の首に壊すポイントをマーキングする魔法を付与した一撃を食らわせた。やはり深手は負わせられない。ほのかに傷口が光る。
退いてすぐに、壱子が鋏を突きに追撃に入る。
「さて、次のイベントに向けての軍資金をいただきますよっと」
レイピアにも似た扱いで、深く突いた。
攻撃が通じた。
壱子は体重をかけ、刺さったままの鋏を開くと再び閉じ、肉を裂いて骨をへし折った。
なかなかの荒業だ。断末魔とともに首から大量に血が溢れ、大きな音を立てて巨体は倒れた。土や草が血に染まる。
返り血を受けながら、壱子が鋏を鞘に収めた。
「ふぅ、やれやれですねぇ。管轄はノックスでしょうか。いえ、これはフィリップスに報告すべきかもしれませんが」
「さすがだね、壱子さん」
「お力添えがなかったら難しかったでしょう。まぁ、山分けですね」
鋏を使って戦う者は珍しい。
魔法と物理、お互いを称えた。撃破に対し、二人は揃って大きく頷いた。
血の海に沈む巨体を長くは見ていなかった。
二人はノックスに向かった。報告と街の状況を確認するためだ。
「先ほどの猛獣はどこからだったのでしょう?」
「あたしゃ知らないよ。ノックスであの子たちを探していた中で突然だったからね」
「では、やはり『人間だったモノ』は正しいのかもしれませんね」
淡々としているが、二人ともかなり焦っている。『誰』なのか、その正体がわからないからだ。
アイラと壱子はノックスに足を運んだ。さっそく異変を察知した
教会が火事で騒がれていたはずだが、誰も外を歩いていない。
「いやに静かだねぇ?」
もうすぐ夕暮れだが、こんなに静かだろうか。違和感よりも先、気分がすぐれないと圭白が訴えた。
「申し上げにくいのですが、気分がすぐれません。この場にはまるで魔界にいるような禍々しさを感じます」
「白ちゃん、どうしたってんだい?」
圭白が身を縮こませている。アイラは圭白に無理をさせないよう、カバンの中に退避させた。
とりあえずギルドに足を運んだ。
ギルドの壁に血が飛び散った跡がある。床にも、カウンターにも。
「何だい、これは……」
アイラは眉を歪ませ、小さく唸った。ここに誰かいるわけでも、死体があるわけでもないからだ。
「はぁーん……これは嫌な予感がしますね」
壱子もふざけてはいないし、冗談を交える余裕がないようだ。
当然だが、仕事も報告もできない。誰かが反乱でも起こしたのだろうか。改めて街中に出るも、この静かで人がいない状況がおかしい。
表通りではなく、裏通りを回ってみると血を引きずった跡があった。靴で擦ってみると滲んだ。まだ新しいようだ。
血の跡の先に、片足を失いながら歩く少女がこちらを見ている。
「ど、どうしたんだい。大変だよ……」
アイラが駆け寄ろうとするが、壱子が手を出して静止させた。
「壱子さん?」
「おかしいとは思いませんか?」
壱子の考えに同調する者がいた。
「お待ちください……」
圭白も顔を出した。注意を促す。
「人、ではないです。この方も人だった……心が読めません」
「えぇっ、冗談でしょ」
アイラはまだ信じていないようだ。現実にはあり得ないサイバーホラーと言うべきか。女の子の向こうに動物が見える。犬だろうか、そう大きくはないが、ぐったりとし、命が朽ちていた。
推測するに、犬を捕食していた。女の子の口元に滲む血肉がうっすらと広がる。感情が読めない。
壱子が転機を利かせる。
「屋根に上りましょう。ここは危険地帯と見て間違いないと思います」
女の子が襲いかかって来るにはやけに鈍足だった。足を失ってしまったのなら鈍足なのは納得がいくが、地面を這う様子はなく、あくまで立ったまま手探りで『何か』を求めているようだった。
屋根に上り、街を見下ろすと。この異様な光景は他の裏通りでも見受けられた。
人と人が抱き合っている。いや、捕食し合っている。
吐き気を誘う光景に、アイラは口もとを押さえながら前屈みになった。
「街の外に出られたら嫌ですね。生存者はいないのでしょうか……」
壱子の言葉に、圭白がカバンから這い出た。彼なりに透視にも似た街の見渡しをしている。
ふと、耳をピンと立て、焼け落ちた教会の方を向いた。
「生存者……?」
「おぉ? 流れが変わって来ましたね」
壱子が圭白を拾い上げると、詳しい場所を指した。教会から少し奥の納屋を指している。
アイラはかぶりを振って、深呼吸をする。ようやく現実を受け入れたようだ。
「どう見ても異常だけど、気張ろうかね……」
人が捕食し合う光景を見て、驚かない壱子もどうかと思ったが、この人は少し変わっていたのを思い出した。特殊な耐性でもあるのだろうか。
納屋に向かうと、鍵はかかっていなかった。外には紐でくくった果物が干してある。
そう大きくはない中はシャベルやスコップ、つるはしなど古く壊れかけのものや刃が欠けているものが多く見受けられた。予備の道具なのだろうか、あまり使われていない感じで埃が見受けられた。
奥で異様なものを発見した。麻袋から靴を履いた足だけ見える。女性だろうか、細く白い。
アイラは豪快に麻袋を引っ張り中の人を確認する。
「なっ!? この人……」
赤毛で、後ろに軽く結ってある女性だ。この顔立ち、知っている子によく似ている。
胸元に十字架、服装はシスター服か修道女の服か、後ろ手に縛られている。彼女の大汗での湿り気と熱気が、狭い納屋の中に放たれた。
アイラは女性に呼びかける。
「しっかりおし、生きてるかい?」
見るからに脱水症状で弱っていたが、意識はある。それでも応答は難しいようだ。こんなときにはつい圭白を頼ってしまう。
よくできた信頼関係だ。目を向けるだけで察したのか、圭白は女性から情報を読み取ろうと試みている。
「レスフィーナ・ノルス・アーリクライア。この街の教会のシスターです。彼女はフィリップスの王子に監禁されていたようですね」
「んん、ごめんよ、白ちゃん。話が読めない」
女性が縛られていた縄を短剣で解き、上体を起こすも、やはりぐったりとしている。
圭白は落ち着いた様子で言う。
「つまり、フィリップスも『利用』されていた対象と見ていいでしょう。フィラノスだけではなかった……」
無数の散らばったパズルのピースを、たった数ピースだけ拾った。そんな気分にさせられた。壱子もアイラも謎の苛立ちが気分を悪くした。
圭白は続けた。
「王子の単独犯のようですね。フィリップスの王子はセーノルズご一家と親交もあったので、『かの男性』には利用価値があったのでしょう。また嫌なものを見てしまいましたね」
「そっか、この人、一応ミティアちゃんのお母さんだものね。フィリップスは、あの子たちの混乱と戦力を欠けさせたかったってところかい」
ノックスの教会に行けば、ミティアの出生がわかるかもしれない。アイラはその手紙を書いた記憶がある。おそらく、その話を聞いたあとだろう。
もう少し、あと少しというものを目の前に、さぞ悔しい思いをしただろう。特にジェフリーはよく挫けなかったものだ。アイラはジェフリーの強さを改めて知った。
ガラン!
納屋の扉が壊された音だ。
あの亡霊にも似た人が見える。今度は大柄な男性だ。襲って来るつもりのようだ。
判断が早かったのは壱子だった。
「アイラ様、フィリップスに向かった方がよさそうですね」
圭白を片手に、壱子が男性に向かってきれいに伸びた足で回し蹴りをぶちかました。その勢いは都合のいいことに、納屋の壁が崩れた。
アイラがレスフィーナを担いだ。体の負担が重いが、ここで頑張らなくては。
「あいよ。壱子さんに援護をお願いしたい」
「では、取り分はわたくしが六で……」
ちゃっかりしている壱子だが、仕方ない。背に腹は代えられないのだから。
アイラは舌打ちをしかけて、左肩に激痛が走った。思わず顔が歪む。
癒え切っていない傷が開いてしまいそうだ。
「アイシャ様、無茶です」
体勢を崩しかけて、壱子が代わりに担ぎを継いだ。
「フィリップスまで持っていただかないと、わたくしが丸儲けですよ」
「そいつは困るねぇ……」
苦痛に顔を歪ませながら、アイラは体勢を戻した。
ノックスから脱出をというときに、街の入り口でアイラが街に向かって立ち止まる。
「こいつらが外に出たらマズいだろうねぇ……」
カバンに圭白を戻し、その入れ違いに赤いお札を数枚取り出した。歪みからの瘴気を押さえる際にも使った結界だ。
「これで数日は持つだろうさ……」
以前より、荒い扱いだが今回は邪悪なものを封じているわけではない。
報告をして、ノックスの人が外に漏れないようにギルドに依頼でも持ちかければいいだろう。バリケードでも封鎖でも何でもしてくれるとアイラは考えていた。
さすがに異常事態だ。自分たちでなくてもある程度はフィリップスからお金も出るし防ごうとしてくれるだろう。それを踏まえて間に合わせの判断をアイラはした。
何もしないままだと、この世界にあのゾンビや、キメラのような生物が蔓延ってしまう恐怖が襲ったからだ。
ただし、結界とて一応は継続魔法だ。アイラのスペルコストの上限が半分ほどになる。
大きな魔法はこれより先、身を削ってしまうが上手く立ち回ろう。ここに来て、アイラが片膝を地に着いた。
「わわっ、大丈夫ですか?」
「今日は、ガラにもなく働くね……」
壱子に気遣われるも、もっと頑張っている子どもたちがいる。そう思うと、何もしなくても立ち上がれた。
特に、今回は愛弟子にとびっきりのお土産があるのだ。片付いたら教えてあげようと励んだ。
フィリップスに向けて足を走らせた。休んでいる暇も惜しい。
日が傾き、冷たい空気が服に入り込む。こんなにも目まぐるしく、忙しい一日があっただろうか。
蹴散らした猛獣の肉片を尻目に、二人が駆け抜けた。
ジェフリーたち一行は、フィリップスに到着した。
すぐに竜次とコーディが離脱した。城へ報告に向かうようだ。
街中で連続の襲撃はないだろう。それに、なぜかローズが人手をほしがっていた。
竜次とコーディがフィリップスの城まで来た。だが名前を告げても門前払いを食らった。城の警備が厳重になっていて誰も話を聞いてくれない。
竜次が門番の兵に食い下がると、剣を向けられた。ここで争っても無意味だ。
「このままでは報告ができませんね……」
手が詰まってしまい、竜次が深くため息をつき、肩を落とした。
「せめてお伝えする手段があればいいのですけれど」
竜次の言葉に、コーディが顔を上げ、服の裾を引っ張った。
「お兄ちゃん先生、ギルドでクレスト王子に手紙を出そうよ」
コーディがトランクのサイドポケットからカードを取り出した。そう言えば、王子から渡されたのを思い出した。
「いいアイディアです。早速行きましょうか」
「わっ、お兄ちゃん先生、怪我してるはずなのに元気だね……」
コーディの手を引いて竜次が走り出した。先程まで門前払いで落ち込んでいたのに、切り替えが早くなったような気がする。そう激しく動いて、頭の怪我は大丈夫なのだろうかとコーディは心配をする。だが、竜次の表情は明るい。
機嫌がいいのはキッドと仲良くなったからだろうか。竜次は少し早口で言う。
「もうすぐミティアさんに会えますよ。妹たちにも、もしかしたら、お父様にも会えるかもしれない。私は沙蘭に行くのを楽しみにしているんです!」
息を切らせ、子どものようにはしゃいでいる。
コーディは帰る故郷があるのは羨ましいと思った。会いたい人がいるのも羨ましい。自分にはないものをこの人はたくさん持っていると思った。一緒になって走りながらも、あえて言わない。
孤独に弱い竜次が、自分は一人なんかじゃないと早く気がつけばいいのに。
みんなよりお兄さんなのに、誰よりも子どもっぽい。優しさはいつも空回り。黙ってはいるが、憎めないしそれもいいところ。ときどき誰よりもお兄さんになるけれど、そんなのは本当にたまにしか見られない。コーディは竜次の人間性がいろいろと惜しいと思っていた。
ギルドの前で竜次は立ち止まった。
「あ、お手紙書かないといけませんね」
「はぁ……」
特有の空回りがはじまった。目的だけでそそっかしい。
コーディはトランクの中から便箋セットと万年筆を取り出し、そのまま竜次に渡す。
「まぁ、かしこまった文章を書くのは、お兄ちゃん先生に向いてるよね……」
「ありがとう。コーディちゃん……」
竜次は万年筆を受け取って、コーディの頭を撫でる。
「子ども扱いしないで……」
こういう余計なところがなければ、もっと女性に好かれると思った。コーディは言わずに口を窄めた。
コーディは厚手のパンフレットと便箋セットを渡した。
竜次は真剣な表情で紙にペンを走らせている。伊達に雑用をやっていたわけではないと、こんなところで経験が光った。
「よし……」
キャップを閉じ、ペンを逆さまにして誤字のチェックもしていたが、それもすぐだった。終えると封書にサインをしていく。
「コーディちゃんの名前もお書きしていいのでしょうか?」
「えっ、あ、うん? もう書き終わったの?」
「はい。こういうのは得意なんですよ? 調査報告と、一度は失敗した不祥事のお詫び、街でお受けしたご厚意も勝手に書き添えてしまいましたが、少しは街の温かみが伝わっていただけるかと」
街の気遣いが添えられる。偉い人に届くようにしているのではなかろうか。捨てた王の権限からなのか、竜次の気質が見え隠れしている。
お忍びで国の調査でもしている王子のようだ。いやそれと変わりはない。そもそも、竜次はそういった心遣いもするだろう。
コーディは竜次を見直した。今からでもその気があれば、沙蘭の王になれるのではなかろうか。
手紙には厳重に封をした。二重に。
整えてから二人してギルドに入る。すると、中は閑散としていた。外で書き物をしていたが、誰もすれ違わなかった。
カウンターのおじさんにカードと一緒に提出するも、渋い顔をされてしまった。
「いえね、担当、僕なんですが、届くのに時間を要するかもしれません」
「先ほど、お城に直接行きましたが、ずいぶんと厳重でしたね」
竜次が対応する。ギルドのおじさんは、誰もいないと再度確認しながらも小声で話した。
「あの、まだ正式に発表されていませんが、今朝がた、長いこと病床に伏せておいででしたフィリップスの王が永眠なされたとお聞きしまして」
竜次はこれを聞いて息を飲んでコーディと顔を見合わせる。わかっていても、思わず周囲を気にしてしまった。
「クレスト様は?」
「それが、不在なのです。なので、城では総出でお探しになっているみたいで。こう立て続けで何だか嫌ですよね」
「立て続けとは?」
気になる事を言われた。おじさんは口が滑ってしまったのか、苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「お兄ちゃん先生?」
「何かあったのですね?」
竜次はおじさんに圧をかけた。コーディが身震いを起こしている。普段頼りなく、自由で子どもっぽさが目立つ竜次だが、人に圧をかけることは誰よりも長けている。これで折れないのなら、笑顔の威圧という、もっと怖いものが出て来るのだが、その前におじさんは観念した。
「さ、さっき入った情報だが、あの悪名高いフィラノス王が昨晩から行方不明だとさ? ま、敵国の話だからいいんだけど……ま、まだ内緒だよ?」
いいんだけど、とは言っているがその表情は渋い。
「こう物騒な話が続くと、沙蘭が何ともならないといいんだけどねぇ」
竜次が反応するよりも早く、コーディが手を引いた。
「一応それ出して、急ごう、お兄ちゃん先生!!」
「そ、そうですね……」
コーディに催促され、竜次はカウンターに手紙を置いて身を引いた。ほぼ同時に、ギルドにたくさんの人が押し寄せた。急に騒がしくなった。
竜次とコーディは人の波を避け、急いでローズの家に向かおうとしていた。だが、ギルドに押し寄せた人の声に足が止まった。
「沙蘭で奇跡の光を見たぞ!」
「火山で見た雨晴の光だ」
「いや、あれは貿易都市での光だろう」
押し寄せた人は観光客のようだ。荷物を持ったままの人が目立つ。定期船でも着いたのだろうかと思ったが、案の定船乗りも混ざっていた。情報で収入を得る者たちだ。
奇跡の光……?
火山で見た光?
貿易都市での光?
しかも、沙蘭で。
「行こう、お兄ちゃん先生!!」
「どうして、こんな……まさか……」
思わず当たり散らしでもしてしまいそうな事態だと竜次は思った。もし本当なら、ミティアも妹たちも沙蘭も無事ではないかもしれない。
なぜ、どうして、誰のせいで――。
悪い方に考えが傾いてしまう。堪えようにも竜次の表情は悲痛だ。
整った街並みは走り抜けるのも楽だった。
あと少し、もう少し。
ローズの家では騒がしく地下から三階まで、総出で探し物が行われていた。
魔法で探せないかと試みたが、トランスポートというものがどういうものなのかを知らない故に反応はしなかった。人手がほしいとは納得だ。
探しているのはルービックキューブみたいな形状のものだとローズは説明をした。
初めてローズの家に来たとき、掃除をしたが大きなものは破棄していない。そんなものは見ていない。
掃除の際に家具を動かしていたのはキッドだ。
「そんなのあったかしら……そういうのは捨ててないと思うけど」
床を這ってベッドの下を見るキッド。すでに髪もスカートも埃まみれだ。
一番厄介な地下書庫をサキとジェフリー、使い魔二匹が担当した。散乱した書物もそうだが、本棚や小道具、本でないものもあり邪魔なものが多い。
「まったく、この緊急事態に探し物なんて、信じられないね」
「のぉん、圭馬チャンも手伝ってて、偉いのぉん……」
地下にあるせいなのか、物をどかそうとすると埃が舞い、視界が悪くなる。ただでさえ、明かりが届かない場所が多いというのに。
この中を探すとなると気が遠くなる。ジェフリーは苛立ちを見せた。
「燃やした方が早そうなくらいだ……」
サキはランタンをかざしながら憤慨していた。
「本を燃やすなんて常識的に考えてないでしょう?」
「人の命とどっちが大切だろうな」
「荒事は嫌いです……」
ミティアがいなくなってから、ジェフリーの気が立っているように思えて仕方ない。サキは出会った頃のジェフリーを見ているようだと思った。
圭馬は本棚の裏の隙間に頭を突っ込み。そのまま愚痴を漏らした。
「素直に船でも陸路でも使った方が早くないかい? 確実だし、この時間がチョーもったいないと思うよ」
圭馬が言うのも無理はない。時間が惜しく感じられた。
立ったりしゃがんだりをしているうちに、サキが座り込んでしまった。
「ご、ごめんなさい。何だか気分が悪くなって……」
「主ぃ、大丈夫ですかのぉん?」
ショコラがサキに寄り添う。サキは壁を伝って立とうとした。
その様子を見て、ジェフリーは肩を貸した。
「さっきは当たり散らして悪かった。上に行って少し休め。ここは空気も悪いし、倒れられたら俺が無理させたって、キッドに殺される……」
サキは魔力解放を二日連続で行っている。今日も魔力解放をし、走って体力も消耗させた。体力的につらいだろう。悔しそうに唇を噛み締めて俯いた。
「僕っていつも、重要なときに役に立てませんね……」
「ほかで頼りにしてるんだから、こういうときくらいは甘えておけ」
うれしいのだが、甘やかされるのはどうだろうかと思った。そんなサキの気持ちを察してか、圭馬が吐き捨てる。
「いーっつも、キミばっかりいいカッコしてずるいじゃないか。仲間だったら、ボクにも花を持たせてほしいものだね!」
圭馬はつーんとそっぽを向き、奥へ走って行った。彼も素直じゃない。ノックスの採掘場で大活躍したというのに、まだ手柄を欲張っている。それは建前として、契約主を気遣っている優しさがうかがえた。
ショコラも尻尾を振りながら、圭馬のあとを追う。
それを見たサキは、ジェフリーの手を振り払った。
「せめて、自分で立ちます。お二人を、ここを、お願いします」
サキは弱々しい笑顔を見せ、壁を伝いながら階段を上がった。
「お兄ちゃん、この電話帳みたいなの、退かしてもらえる?」
お願いしますと言われた矢先に、圭馬に呼ばれた。
ジェフリーはサキの背中を見送らず、圭馬に呼ばれるまま奥へ足を運んだ。よくできた信頼関係だ。
この関係は、簡単に築けたものではない。そのぶん、簡単に壊れたりしない。
地下書庫の捜索は続いた。
空気が違う。埃っぽさもない。
サキは空咳をしながら、台所に辿り着いた。そこをローズに目撃される。
「だ、大丈夫デス? 顔色が悪いヨ?」
ローズは探しやすいように、ソファーを動かしている。カウンター越に声をかけられたが、サキは申し訳なさそうにカップに水を入れながら頷く。
そこへ竜次とコーディが息を切らせながら駆けつけた。皆が揃うも、二人は騒々しくも急かしている。特にコーディは子どもが親を急かすようにその場で足踏みをしている。
「ローズ、早くしないとミティアお姉ちゃんが」
「総出で探してるデス!! ルービックキューブみたいなきれいな箱を探すデス!!」
「えぇっ、探すところからなの!?」
状況を先に判断したコーディは、軽く飛んで上の階にいるキッドに話しかけた。
「キッドお姉ちゃん、どこ探した?」
「三階はベッドの下まで見たわよ。あと二階!!」
もしかしたら、戦うよりもしんどいかもしれない。世話になった広い家で、こんなに苦しめられるとは誰も思わなかった。
取り乱すまでもなく、竜次も切り替えて捜索に加わった。
「私はお風呂場と、洗濯場を見ますね」
竜次は台所で休むサキにも声をかけた。
「外の空気を吸いに行ってもいいのですよ?」
「先生……すみません。ちょっとおとなしくしていれば大丈夫だと思います」
サキはもう一度深呼吸をし、ここが台所だと思い出した。ローズがカウンターの向こうなのだから、ここは着手していないはずだ。体力を無駄に消費しないでここを探そうと思った。
宿を経営していた痕跡か、食器も多いし、調理器具も多い。ここは難所ではないだろうか。
ルービックキューブみたいなきれいな箱、そういわれてもピンとは来ない。だが、箱があると言う点だけ絞れば、台所は一番可能性が高いかもしれない。
サキは、ガラスの戸棚を順に覗き見る。大図書館で調べ物をするのに似ている感じが、不謹慎ながら少し楽しくも思えた。
冷蔵庫の中は当然ながらないし、台所にはないのだろうか。
サキはため息をついて流しに寄り掛かった。その際、何かが肘に触れた。
『ガッシャン!!』
硝子が砕ける音がした。やってしまった。うがいをしたカップをそのままにしてしまっていたのだ。
カウンター越しにローズが覗き込んだ。
「ダイジョブ?」
「す、すみません、自分で片付けますので……」
今日は災難かもしれないが、いちいち嘆いている時間はない。サキは自分でやってしまったので飛び散ったガラスを片付けようとしゃがみ込んだ。そこへ、ローズから再び声がかかった。
「アルミロッカーの中に、箒とちりとりがあるデス」
素手で回収しては指を切ってしまいそうだ。サキは言葉に甘えて、台所の戸棚の隙間にあったアルミロッカーを開けた。ここも調べていない。
言われていたように箒とちりとりは入っていたが、上段にチェック柄の紙袋がある。
まだ新しいのか、折り目が少なくきれいだ。サキは不思議に思って手に取った。
「あれ、重い……」
本当は見るつもりはなかったが、袋に重みを感じた。がさがさと中を覗いてみると、箱がたくさん入っている。
「もしかして……」
サキは淡い期待を胸に、手にしてみる。きれいな模様の箱がたくさん入っていた。
試しに一つ手にしてみると、エスニック調のスパイスの缶だがその中身は飴だった。
もう一つ手にしてみると、平たい紅茶の缶に見覚えのある板チョコが何枚か入っている。
この板チョコは誰か食べていたような記憶がある。空の箱もあった。化粧箱のような扱いだろうか。
黙っているサキを心配し、ローズが台所に入った。
「サキ君、どしたデス?」
サキはローズに、紙袋の中を覗かせる。
すると、彼女は無言で手を突っ込んだ。確認しながらも奥底から取り出したのは、箱に四角い宝石が規則正しく散りばめられている小箱だった。
ローズは目を丸くしている。
「あった……デス……」
ローズは歓喜し、すぐに皆を呼び寄せた。
一番早く駆け付けた竜次が、解れた髪を結び直す。
「何だか、戦うよりも疲れましたね」
その気持ちは皆もそうだった。どっと疲れた。何とも言えない疲労感が一同を襲う。
皆に埃を払ってもらいながら、圭馬が質問をする。
「それで、どこにあったのさ?」
サキが紙袋を見せる。
紙袋を見てジェフリーは苦笑いをし、がっくりと肩を落として首を振った。
「その派手な紙袋、ミティアがほしがっていたからあげたやつだぞ……」
これにはキッドも呆れ顔だった。
「そう、あの子らしいわね……」
キッドいわく、袋の中の古いものはこの家の掃除で出て来たものだと言う。ミティアが缶や箱に自分のお菓子を隠しておくだなんて、本当に小動物のようだ。期限が長そうなチョコや、飴が入っていたのも納得した。
コーディはくすくすと笑っていた。
「ここでミティアお姉ちゃんに助けられるなんて変だね。これからお姉ちゃんを迎えに行くはずなのに……」
その隣で竜次が物悲しく話す。
「ギルドで聞きましたが、各国の偉い方が立て続けに行方不明になっています。それに、沙蘭で奇跡の光を見たと耳にしました。嫌な予感がします」
聞いたジェフリーは塞ぎ込んだ。どんなに心苦しいか、表情で読み取れる。
ローズが箱を握り、声を上げた。
「周りのものまで巻き込むので、何もない場所……家の裏の広場がいいデスネ」
ここを出ようと言う流れだ。
捜索で散らかしてしまったが、またもローズの家をあとにした。
今度来たときは、また掃除から始まりそうだ。
裏の広場で自然と円陣を組む形になった。恥ずかしいが、子どもの頃から何か勝負事があったらこういった行動で士気を高め、チームワークを確かめ合う。それを、いい大人たちが今からやろうとしていた。
トランスポートの箱を持ったローズが、円陣の中心に手を向けた。
「沙蘭に行く人この指とーまれ、みたいなの、やるんですっけネ?」
「ローズ、遊んでる場合なの?」
コーディが厳しく指摘するも小さい手を添えた。
後に続くものだと思ったが、ほかの皆は黙って手を重ねた。コーディだけが乗った形となり、当然ながら眉をひそめている。
キッドは悩ましげに言う。
「ミティアなら乗ってくれるかもね。こういうの好きそうだし」
想像するのはたやすい。きっとミティアなら、一緒にやろうよと周りを巻き込むだろう。それも彼女のいいところだ。
ローズが箱に向かって、重ねた手に向かって叫んだ。
「いざ、沙蘭へ!!」
どんな仕掛けなのかはわからない。こんな小箱から、何が飛び出すのかと期待した。光ったと思ったら一瞬体が重くなり、見覚えのある森と門が見えた。感じた重さは、移動の際に何かの作用が働いたのだろう。重力かもしれない。
背後はスプリングフォレストに続く道、前方はきれいに修復がされた沙蘭の門だ。
懐かしい光景。進む足は自然と足は早まった。
壱子が場を引き受けている。
背後に大きな雄叫びを受けながら、アイラは一行に合流した。早速サキに対し、違和感を抱いているようだ。緑色のきれいなコート、まるで自分をまねた大きなカバンが腰に見受けられる。
種の研究所からそう何日も経過していないはずなのに、見違えたものだとアイラは思った。
「お師匠様、無事だったんですね……」
「あたしが簡単に捕まるような人かね?」
そんな風には見えないが、この場にいるなら、デマ情報に踊らされた。次からはこういった情報も注意しなくてはいけない。
「情報だけを信じるなんてねぇ。真実は自分の目で見たもの。総崩れを食らったと、ギルドでもデカデカとやられてさぁ?」
「す、すみません……」
恥ずかしいと言わんばかりに、サキが俯いて首を振った。二重の意味で『信じるな』であった。これはアイラ自身にも向けられている。
この一行が、一度や二度叩かれたところで簡単に崩れるはずがない。心のどこかで信じてはいたが、アイラも心配をした。
心配をしていたのはジェフリーもそうだった。
「どうしておばさんがここに?」
ジェフリーの声を聞き、アイラは竜次も視界に入れた。
「ケーシスさんと話した。ミティアちゃんも一緒だったよ」
「ミティアと?」
ジェフリーが確認をとると、アイラは深く頷いた。ミティアが無事と知って、皆が安堵の息をした。心配していた彼女が無事だと知り、疲弊していたのに活気を取り戻す。
「ケーシス様のお考え、お話した方がよろしいでしょうね……」
アイラのカバンから圭白が顔を出した。先ほど突進された際に彼にもダメージがあったのか、慣らすように首をぶるぶると振っている。
「ケーシス様はミティア様を沙蘭へ送ったあとに、ご自分の道を歩まれるみたいです。咎を背負った分、罪滅ぼしを、間もなく消える灯火とともに……」
アイラは黙って視線を伏せた。僅かな時間だったが、ケーシスも無茶をしていたのを把握している。アイラの口からでなくとも、圭白が詳細を話してくれた。
「今から向かっても、ケーシス様いないかもしれませんが、ミティア様は残られているかと。ただ、今もご無事なのかはわかりません。沙蘭もかの男性による攻撃対象のようでしたので」
圭白の言う『かの男性による攻撃対象』、ジェフリーはそれを理解していた。温厚ではない内容だ。ミティアがこれ以上、危険な目に遭うのはもう耐えられない。
「どうすればいいんだ……」
まただ、答えは出ていても手が届かない。離れて、想いは募るばかり。
ジェフリーのもどかしい思いを圭白が汲み取った。
「アイシャ様……」
「無茶は言わないでおくれ。それに、あたしゃ金にならないことはやらないよ!」
アイラは拒否したが、それは当然だ。情報だけでもありがたいくらいである。
サキが例の瞬間移動魔法、テレポートを使えたとしても今は瀕死だ。これ以上無理をさせるわけにもいかない。
すぐにでも沙蘭へ向かいたい思いは皆も一緒だ。
コーディが状況を見て一つの提案を口にする。だが、条件が悪い。
「私、フィリップスから飛ぼうか? 乗せられるのはせいぜい二人だけど……」
ここで別行動は危険が強まる。ジェフリーはコーディの提案を、あくまでも最終手段として考えていたかった。
「陸路で急いでも丸一日くらいだろうな……」
渋い表情を浮かべるも、今は手段が限られる。仮に船で行けたとしても、半日はかかる計算だ。
気を持ち直したキッドもいよいよミティアの救助に向かうと知り、躍起になった。
「あたしは走ってもいいわ。絶対早いもの」
足の速さなら自信のあるキッドが前に出るも、案の定、竜次に止められていた。
「いけません!! あなたは怪我しているのですよ? それに、何かあったらどうするつもりですか。またあなたを陥れるような襲撃でもあったら……」
「そ、そうです、よね……」
心配に対し、少し照れ臭そうにしながらも、キッドはしゅんとおとなしくなった。急に素直になったので、彼女らしくないとジェフリーは感じた。
「あのぉ……」
発言権を求めるように、ローズがおそるおそる挙手をした。この仕草を見るのは、とても久しい。
「乱用はよくないものが、その……家にあるデス。トランスポートというものが……」
乱用はよくない、というのが引っかかった。一応意見は聞きたい。ジェフリーは焦りから説明を迫った。
「博士、手短に説明を頼みたい」
ローズは引け越しになりながら、何とか言葉を絞り出した。
「科学の力、チートアイテム、デス。使用者の思い出に沿って行きたい場所に飛ぶというかワープというか……魔法と違って便利ですが有限なので、壊れやすく、高い……」
壊れやすく、高い。そう便利なアイテムが好き勝手使えるはずがない。
要点は伝わった。
突然湧いた話だが、やることは決まった。
「みんな、もう少し頑張ろう。フィリップスのギルドで報告、それから博士の家だ。ほかに意見があるなら聞きたい……」
ここが踏ん張りどころだ。誰もがジェフリーの言葉に頷いている。
懸念事項が一つある。あの魔物というか、猛獣をどうするべきなのかだ。何となくだが、一同は壱子が戦っていることに注目をする。
援護するべきかと考えもするが、一行に戦えるだけの余力もない。
その点なら心配いらないと、アイラは自分の考えを言う。
「あたしゃ残って壱子さんを援護しようと思う。これは緊急なんだ。ギルドから報酬も出るだろうね。ここで賞金を稼げば、目標額に到達する。近々、サキとあたしの手配も解除されるみたいだし、少しは平和になるかもね」
あっさりと、軽い引き受けだった。この場を引き受けるのには『お金』という理由があるようだ。アイラはサキに笑みかけた。
「ここはあたしたちに任せて、行っておあげ」
「お師匠様……一つ、いいでしょうか?」
疑問に思うサキ。アイラは心当たりがないようだ。
「お師匠様は、アリューン神族の王族なのですか?」
サキの質問に対し、アイラは笑みを浮かべながら頷いた。
「あぁ、そうだよ。よく辿り着いたね」
「アリューン神族の世界に連れて行ってください!!」
先の約束をしようとした。いずれはその件でアイラの世話になるだろう。
「なるほど、天空都市への手段ですね」
圭白がサキの心を読み取って告げると、アイラが一同を見渡す。
「わかった。でも条件がある。それはのちに沙蘭で話そうかね」
アイラが大股で退き、距離を取った。その表情は、何やらうれしそうだ。
「まったく、子どもだと思っていたのに、いつの間に大きくなって……」
「マダム、沙蘭でお待ちしています」
「あいよ」
竜次にも言われ、さらに約束が強まった。
それは人同士だけではない。
「圭馬、いつまでひねくれているのですか。あなたもショコラ様や皆さんと仲良くなさい? いつまでも子どもではないでしょう?」
圭白は圭馬に指摘を入れた。てっきり眼中にないものだと思っていたが、油断したのかサキのカバンがゴソゴソと動いた。
圭馬はひねくれているか、拗ねているのかもしれないが、返事もしないし顔も出さない。
「おばさん、死ぬなよ」
「さぁて、どうしたもんかね……」
アイラは言葉を交わすも、とぼけるように双剣を抜き走って行った。
そのうしろ姿がどんなに大きく見えただろうか。子どものために、戦う親、弟子のために戦う師匠としてでもある。
「……行こう!」
大人たちが戦っている。ジェフリーの声でまとまったが、サキだけはどうしてもアイラが気になっていた。
「サキ、残るか?」
「いえ、こんなに疲れている僕が残っても、足手まといです。それに……」
サキはジェフリーの声で気持ちが固まったようだ。友だちが迷いを払ってくれる。
「僕は『こちら側』の人間です。友だちや仲間を助けたいです」
サキはアイラについて行きたい気持ちを振り払った。
友だちはジェフリーを指している。あえて名指しをしなかったが、サキはジェフリーを信頼している。こっそりと尊敬だってしていた。
ジェフリーがサキの手を握った。
「馬鹿だな、友だちなんかじゃない」
ジェフリーに友だちじゃないと言われ、サキは思わず真顔になった。心遣いを拾われたのに、友だちと思っていたのは一方的だったのかという心外だ。
「何だ、その顔は……」
手を引きながらどんどんサキの表情が曇ってゆく。少し不満にも思っているようだ。
「うわぁ……」
コーディが茶々を入れるように、わざとらしい声を上げる。まるで、不在を装っている圭馬のようだ。
ジェフリーは顔を真っ赤にして、言葉で噛みついた。
「こ、こういうのって、親友って言うんじゃないのか?」
――わかりにくい。
ローズも脇を小走りになりながら、一部始終を見守っていた。
微笑ましい光景だ。サキはようやく理解したのか、途端に歩く速度を上げた。気持ち的な問題もあったようだ。
この人に認めてもらえると嬉しい。
「圭馬チャン、羨ましいって顔してますねぇ?」
「う、うるさいなぁ……」
興味本位で一緒に行動をして来た圭馬が、契約をした主とその友だちの進展を見て拗ねていた。ついにここまで来たか、と……。
少し和やかな雰囲気と空気に便乗しようとしていたのは竜次だ。キッドの手を取ろうとしたが、跳ね除けられた。
「先生、足遅いから嫌です」
やっぱり、脈ナシのようだ。
少しは進展したかと思ったが、一時的なものだった。
だが、そんなキッドの表情は和やかだ。照れ臭いのかもしれない。その一方で、竜次はキッドの反応を真に受けて小さくため息をついた。やっぱり彼女が気になる。それが正直な気持ちだ。
この絶妙な関係は長く続きそうだ。これはこれで、周りが面白いかもしれない。
激しく戦っている大人たちの戦火を背後に、一行はフィリップスに急いだ。
妄想と活動資源を得た壱子が、人一倍、奮起していた。
鋏でざっくりと後ろ脚を切り裂く。燕尾服がふわりと風になびいた。
「今日はいいものがたくさん見られて光栄です。これでケーシス様の新刊が読めたら、どんなにいいことか……」
右足を踏ん張り、勢いをつけて切り返した。今度は腹を狙ったが、皮膚が硬いのだろうか、思うように攻撃が通らない。先ほども、やっと通った攻撃だ。
「壱子さんっ!」
「おっ、レジェンド様、一緒に行かなくてよろしかったのですか?」
援護に駆けつけたアイラは声をかけた。壱子はいったん退いて姿勢を正す。
「ここを片したら、沙蘭に行くさ」
「お気持ちはうれしいのですが、こやつ、少々手強いようです」
「そうみたいさね……」
手を組む自体は構わないのだが、壱子とて一応ギルドの賞金ハンターだ。こんなに苦戦を強いられるのは珍しい。それとも、この猛獣が特殊なのか。何か、強化作用でもあるのか。
圭白がそっとカバンから顔を覗かせる。
「解放なさいますか?」
アイラにも一応だが、魔力解放という奥の手がある。問題はそのあと、たまらない疲労感に動きにくくなる。
アイラも連戦だ、ハイリスクな戦いはしたくない。
「いや、それは最終手段。でもこいつは一体何なのさ?」
「おそらく、『人間だったモノ』です……」
「はっ、はぁ? 白ちゃん、冗談じゃないだろうねぇ!?」
圭白が冗談など言うはずがない。アイラはわかっていて間違いではないかと聞き返した。
「むむむ……確か、もとには戻らないって、さっき言っていたような気がしますね」
壱子も困っている。問題はこれが『誰だったのか』だ。どちらにしろ、倒さないとアイラは先に進めない。こんなところで、いつまでも足止めを食っていてはいられない。
「さぁて、どうしたもんかね……」
抜けぬ攻撃。何度も駄目を押し通さないと難しい。
「わたくし、魔法はあんまりさんですよ?」
壱子のカミングアウトにアイラも覚悟を決めた。
「よし……一か八か、やってみようかね。壱子さんの武器は鋭利だ。一瞬だけ防御を脆くする魔法を仕掛ける。いけるかい?」
即席で考えた作戦。信頼関係が試されるが、そんなものは常に文章で築き上げてきた。実際に組むのはこれが初めてだが、ここは信じたい。
「承知いたしました。こういうノーマルな関係も悪くないですね」
「……?」
壱子は妙なことを言う。アイラはさらっと流して詠唱しながら猛獣に突っ込んだ。壱子をまともに相手するのは難しい。一体、誰ができるのだろうか。
また突進して来るのかと瞬時に構えたが、狙いは首に定まっていた。
詠唱を終え、黄色の魔石を弾き、右の剣に魔法を纏わせる。
「ブレイクマーカー!」
言葉のまま、猛獣の首に壊すポイントをマーキングする魔法を付与した一撃を食らわせた。やはり深手は負わせられない。ほのかに傷口が光る。
退いてすぐに、壱子が鋏を突きに追撃に入る。
「さて、次のイベントに向けての軍資金をいただきますよっと」
レイピアにも似た扱いで、深く突いた。
攻撃が通じた。
壱子は体重をかけ、刺さったままの鋏を開くと再び閉じ、肉を裂いて骨をへし折った。
なかなかの荒業だ。断末魔とともに首から大量に血が溢れ、大きな音を立てて巨体は倒れた。土や草が血に染まる。
返り血を受けながら、壱子が鋏を鞘に収めた。
「ふぅ、やれやれですねぇ。管轄はノックスでしょうか。いえ、これはフィリップスに報告すべきかもしれませんが」
「さすがだね、壱子さん」
「お力添えがなかったら難しかったでしょう。まぁ、山分けですね」
鋏を使って戦う者は珍しい。
魔法と物理、お互いを称えた。撃破に対し、二人は揃って大きく頷いた。
血の海に沈む巨体を長くは見ていなかった。
二人はノックスに向かった。報告と街の状況を確認するためだ。
「先ほどの猛獣はどこからだったのでしょう?」
「あたしゃ知らないよ。ノックスであの子たちを探していた中で突然だったからね」
「では、やはり『人間だったモノ』は正しいのかもしれませんね」
淡々としているが、二人ともかなり焦っている。『誰』なのか、その正体がわからないからだ。
アイラと壱子はノックスに足を運んだ。さっそく異変を察知した
教会が火事で騒がれていたはずだが、誰も外を歩いていない。
「いやに静かだねぇ?」
もうすぐ夕暮れだが、こんなに静かだろうか。違和感よりも先、気分がすぐれないと圭白が訴えた。
「申し上げにくいのですが、気分がすぐれません。この場にはまるで魔界にいるような禍々しさを感じます」
「白ちゃん、どうしたってんだい?」
圭白が身を縮こませている。アイラは圭白に無理をさせないよう、カバンの中に退避させた。
とりあえずギルドに足を運んだ。
ギルドの壁に血が飛び散った跡がある。床にも、カウンターにも。
「何だい、これは……」
アイラは眉を歪ませ、小さく唸った。ここに誰かいるわけでも、死体があるわけでもないからだ。
「はぁーん……これは嫌な予感がしますね」
壱子もふざけてはいないし、冗談を交える余裕がないようだ。
当然だが、仕事も報告もできない。誰かが反乱でも起こしたのだろうか。改めて街中に出るも、この静かで人がいない状況がおかしい。
表通りではなく、裏通りを回ってみると血を引きずった跡があった。靴で擦ってみると滲んだ。まだ新しいようだ。
血の跡の先に、片足を失いながら歩く少女がこちらを見ている。
「ど、どうしたんだい。大変だよ……」
アイラが駆け寄ろうとするが、壱子が手を出して静止させた。
「壱子さん?」
「おかしいとは思いませんか?」
壱子の考えに同調する者がいた。
「お待ちください……」
圭白も顔を出した。注意を促す。
「人、ではないです。この方も人だった……心が読めません」
「えぇっ、冗談でしょ」
アイラはまだ信じていないようだ。現実にはあり得ないサイバーホラーと言うべきか。女の子の向こうに動物が見える。犬だろうか、そう大きくはないが、ぐったりとし、命が朽ちていた。
推測するに、犬を捕食していた。女の子の口元に滲む血肉がうっすらと広がる。感情が読めない。
壱子が転機を利かせる。
「屋根に上りましょう。ここは危険地帯と見て間違いないと思います」
女の子が襲いかかって来るにはやけに鈍足だった。足を失ってしまったのなら鈍足なのは納得がいくが、地面を這う様子はなく、あくまで立ったまま手探りで『何か』を求めているようだった。
屋根に上り、街を見下ろすと。この異様な光景は他の裏通りでも見受けられた。
人と人が抱き合っている。いや、捕食し合っている。
吐き気を誘う光景に、アイラは口もとを押さえながら前屈みになった。
「街の外に出られたら嫌ですね。生存者はいないのでしょうか……」
壱子の言葉に、圭白がカバンから這い出た。彼なりに透視にも似た街の見渡しをしている。
ふと、耳をピンと立て、焼け落ちた教会の方を向いた。
「生存者……?」
「おぉ? 流れが変わって来ましたね」
壱子が圭白を拾い上げると、詳しい場所を指した。教会から少し奥の納屋を指している。
アイラはかぶりを振って、深呼吸をする。ようやく現実を受け入れたようだ。
「どう見ても異常だけど、気張ろうかね……」
人が捕食し合う光景を見て、驚かない壱子もどうかと思ったが、この人は少し変わっていたのを思い出した。特殊な耐性でもあるのだろうか。
納屋に向かうと、鍵はかかっていなかった。外には紐でくくった果物が干してある。
そう大きくはない中はシャベルやスコップ、つるはしなど古く壊れかけのものや刃が欠けているものが多く見受けられた。予備の道具なのだろうか、あまり使われていない感じで埃が見受けられた。
奥で異様なものを発見した。麻袋から靴を履いた足だけ見える。女性だろうか、細く白い。
アイラは豪快に麻袋を引っ張り中の人を確認する。
「なっ!? この人……」
赤毛で、後ろに軽く結ってある女性だ。この顔立ち、知っている子によく似ている。
胸元に十字架、服装はシスター服か修道女の服か、後ろ手に縛られている。彼女の大汗での湿り気と熱気が、狭い納屋の中に放たれた。
アイラは女性に呼びかける。
「しっかりおし、生きてるかい?」
見るからに脱水症状で弱っていたが、意識はある。それでも応答は難しいようだ。こんなときにはつい圭白を頼ってしまう。
よくできた信頼関係だ。目を向けるだけで察したのか、圭白は女性から情報を読み取ろうと試みている。
「レスフィーナ・ノルス・アーリクライア。この街の教会のシスターです。彼女はフィリップスの王子に監禁されていたようですね」
「んん、ごめんよ、白ちゃん。話が読めない」
女性が縛られていた縄を短剣で解き、上体を起こすも、やはりぐったりとしている。
圭白は落ち着いた様子で言う。
「つまり、フィリップスも『利用』されていた対象と見ていいでしょう。フィラノスだけではなかった……」
無数の散らばったパズルのピースを、たった数ピースだけ拾った。そんな気分にさせられた。壱子もアイラも謎の苛立ちが気分を悪くした。
圭白は続けた。
「王子の単独犯のようですね。フィリップスの王子はセーノルズご一家と親交もあったので、『かの男性』には利用価値があったのでしょう。また嫌なものを見てしまいましたね」
「そっか、この人、一応ミティアちゃんのお母さんだものね。フィリップスは、あの子たちの混乱と戦力を欠けさせたかったってところかい」
ノックスの教会に行けば、ミティアの出生がわかるかもしれない。アイラはその手紙を書いた記憶がある。おそらく、その話を聞いたあとだろう。
もう少し、あと少しというものを目の前に、さぞ悔しい思いをしただろう。特にジェフリーはよく挫けなかったものだ。アイラはジェフリーの強さを改めて知った。
ガラン!
納屋の扉が壊された音だ。
あの亡霊にも似た人が見える。今度は大柄な男性だ。襲って来るつもりのようだ。
判断が早かったのは壱子だった。
「アイラ様、フィリップスに向かった方がよさそうですね」
圭白を片手に、壱子が男性に向かってきれいに伸びた足で回し蹴りをぶちかました。その勢いは都合のいいことに、納屋の壁が崩れた。
アイラがレスフィーナを担いだ。体の負担が重いが、ここで頑張らなくては。
「あいよ。壱子さんに援護をお願いしたい」
「では、取り分はわたくしが六で……」
ちゃっかりしている壱子だが、仕方ない。背に腹は代えられないのだから。
アイラは舌打ちをしかけて、左肩に激痛が走った。思わず顔が歪む。
癒え切っていない傷が開いてしまいそうだ。
「アイシャ様、無茶です」
体勢を崩しかけて、壱子が代わりに担ぎを継いだ。
「フィリップスまで持っていただかないと、わたくしが丸儲けですよ」
「そいつは困るねぇ……」
苦痛に顔を歪ませながら、アイラは体勢を戻した。
ノックスから脱出をというときに、街の入り口でアイラが街に向かって立ち止まる。
「こいつらが外に出たらマズいだろうねぇ……」
カバンに圭白を戻し、その入れ違いに赤いお札を数枚取り出した。歪みからの瘴気を押さえる際にも使った結界だ。
「これで数日は持つだろうさ……」
以前より、荒い扱いだが今回は邪悪なものを封じているわけではない。
報告をして、ノックスの人が外に漏れないようにギルドに依頼でも持ちかければいいだろう。バリケードでも封鎖でも何でもしてくれるとアイラは考えていた。
さすがに異常事態だ。自分たちでなくてもある程度はフィリップスからお金も出るし防ごうとしてくれるだろう。それを踏まえて間に合わせの判断をアイラはした。
何もしないままだと、この世界にあのゾンビや、キメラのような生物が蔓延ってしまう恐怖が襲ったからだ。
ただし、結界とて一応は継続魔法だ。アイラのスペルコストの上限が半分ほどになる。
大きな魔法はこれより先、身を削ってしまうが上手く立ち回ろう。ここに来て、アイラが片膝を地に着いた。
「わわっ、大丈夫ですか?」
「今日は、ガラにもなく働くね……」
壱子に気遣われるも、もっと頑張っている子どもたちがいる。そう思うと、何もしなくても立ち上がれた。
特に、今回は愛弟子にとびっきりのお土産があるのだ。片付いたら教えてあげようと励んだ。
フィリップスに向けて足を走らせた。休んでいる暇も惜しい。
日が傾き、冷たい空気が服に入り込む。こんなにも目まぐるしく、忙しい一日があっただろうか。
蹴散らした猛獣の肉片を尻目に、二人が駆け抜けた。
ジェフリーたち一行は、フィリップスに到着した。
すぐに竜次とコーディが離脱した。城へ報告に向かうようだ。
街中で連続の襲撃はないだろう。それに、なぜかローズが人手をほしがっていた。
竜次とコーディがフィリップスの城まで来た。だが名前を告げても門前払いを食らった。城の警備が厳重になっていて誰も話を聞いてくれない。
竜次が門番の兵に食い下がると、剣を向けられた。ここで争っても無意味だ。
「このままでは報告ができませんね……」
手が詰まってしまい、竜次が深くため息をつき、肩を落とした。
「せめてお伝えする手段があればいいのですけれど」
竜次の言葉に、コーディが顔を上げ、服の裾を引っ張った。
「お兄ちゃん先生、ギルドでクレスト王子に手紙を出そうよ」
コーディがトランクのサイドポケットからカードを取り出した。そう言えば、王子から渡されたのを思い出した。
「いいアイディアです。早速行きましょうか」
「わっ、お兄ちゃん先生、怪我してるはずなのに元気だね……」
コーディの手を引いて竜次が走り出した。先程まで門前払いで落ち込んでいたのに、切り替えが早くなったような気がする。そう激しく動いて、頭の怪我は大丈夫なのだろうかとコーディは心配をする。だが、竜次の表情は明るい。
機嫌がいいのはキッドと仲良くなったからだろうか。竜次は少し早口で言う。
「もうすぐミティアさんに会えますよ。妹たちにも、もしかしたら、お父様にも会えるかもしれない。私は沙蘭に行くのを楽しみにしているんです!」
息を切らせ、子どものようにはしゃいでいる。
コーディは帰る故郷があるのは羨ましいと思った。会いたい人がいるのも羨ましい。自分にはないものをこの人はたくさん持っていると思った。一緒になって走りながらも、あえて言わない。
孤独に弱い竜次が、自分は一人なんかじゃないと早く気がつけばいいのに。
みんなよりお兄さんなのに、誰よりも子どもっぽい。優しさはいつも空回り。黙ってはいるが、憎めないしそれもいいところ。ときどき誰よりもお兄さんになるけれど、そんなのは本当にたまにしか見られない。コーディは竜次の人間性がいろいろと惜しいと思っていた。
ギルドの前で竜次は立ち止まった。
「あ、お手紙書かないといけませんね」
「はぁ……」
特有の空回りがはじまった。目的だけでそそっかしい。
コーディはトランクの中から便箋セットと万年筆を取り出し、そのまま竜次に渡す。
「まぁ、かしこまった文章を書くのは、お兄ちゃん先生に向いてるよね……」
「ありがとう。コーディちゃん……」
竜次は万年筆を受け取って、コーディの頭を撫でる。
「子ども扱いしないで……」
こういう余計なところがなければ、もっと女性に好かれると思った。コーディは言わずに口を窄めた。
コーディは厚手のパンフレットと便箋セットを渡した。
竜次は真剣な表情で紙にペンを走らせている。伊達に雑用をやっていたわけではないと、こんなところで経験が光った。
「よし……」
キャップを閉じ、ペンを逆さまにして誤字のチェックもしていたが、それもすぐだった。終えると封書にサインをしていく。
「コーディちゃんの名前もお書きしていいのでしょうか?」
「えっ、あ、うん? もう書き終わったの?」
「はい。こういうのは得意なんですよ? 調査報告と、一度は失敗した不祥事のお詫び、街でお受けしたご厚意も勝手に書き添えてしまいましたが、少しは街の温かみが伝わっていただけるかと」
街の気遣いが添えられる。偉い人に届くようにしているのではなかろうか。捨てた王の権限からなのか、竜次の気質が見え隠れしている。
お忍びで国の調査でもしている王子のようだ。いやそれと変わりはない。そもそも、竜次はそういった心遣いもするだろう。
コーディは竜次を見直した。今からでもその気があれば、沙蘭の王になれるのではなかろうか。
手紙には厳重に封をした。二重に。
整えてから二人してギルドに入る。すると、中は閑散としていた。外で書き物をしていたが、誰もすれ違わなかった。
カウンターのおじさんにカードと一緒に提出するも、渋い顔をされてしまった。
「いえね、担当、僕なんですが、届くのに時間を要するかもしれません」
「先ほど、お城に直接行きましたが、ずいぶんと厳重でしたね」
竜次が対応する。ギルドのおじさんは、誰もいないと再度確認しながらも小声で話した。
「あの、まだ正式に発表されていませんが、今朝がた、長いこと病床に伏せておいででしたフィリップスの王が永眠なされたとお聞きしまして」
竜次はこれを聞いて息を飲んでコーディと顔を見合わせる。わかっていても、思わず周囲を気にしてしまった。
「クレスト様は?」
「それが、不在なのです。なので、城では総出でお探しになっているみたいで。こう立て続けで何だか嫌ですよね」
「立て続けとは?」
気になる事を言われた。おじさんは口が滑ってしまったのか、苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「お兄ちゃん先生?」
「何かあったのですね?」
竜次はおじさんに圧をかけた。コーディが身震いを起こしている。普段頼りなく、自由で子どもっぽさが目立つ竜次だが、人に圧をかけることは誰よりも長けている。これで折れないのなら、笑顔の威圧という、もっと怖いものが出て来るのだが、その前におじさんは観念した。
「さ、さっき入った情報だが、あの悪名高いフィラノス王が昨晩から行方不明だとさ? ま、敵国の話だからいいんだけど……ま、まだ内緒だよ?」
いいんだけど、とは言っているがその表情は渋い。
「こう物騒な話が続くと、沙蘭が何ともならないといいんだけどねぇ」
竜次が反応するよりも早く、コーディが手を引いた。
「一応それ出して、急ごう、お兄ちゃん先生!!」
「そ、そうですね……」
コーディに催促され、竜次はカウンターに手紙を置いて身を引いた。ほぼ同時に、ギルドにたくさんの人が押し寄せた。急に騒がしくなった。
竜次とコーディは人の波を避け、急いでローズの家に向かおうとしていた。だが、ギルドに押し寄せた人の声に足が止まった。
「沙蘭で奇跡の光を見たぞ!」
「火山で見た雨晴の光だ」
「いや、あれは貿易都市での光だろう」
押し寄せた人は観光客のようだ。荷物を持ったままの人が目立つ。定期船でも着いたのだろうかと思ったが、案の定船乗りも混ざっていた。情報で収入を得る者たちだ。
奇跡の光……?
火山で見た光?
貿易都市での光?
しかも、沙蘭で。
「行こう、お兄ちゃん先生!!」
「どうして、こんな……まさか……」
思わず当たり散らしでもしてしまいそうな事態だと竜次は思った。もし本当なら、ミティアも妹たちも沙蘭も無事ではないかもしれない。
なぜ、どうして、誰のせいで――。
悪い方に考えが傾いてしまう。堪えようにも竜次の表情は悲痛だ。
整った街並みは走り抜けるのも楽だった。
あと少し、もう少し。
ローズの家では騒がしく地下から三階まで、総出で探し物が行われていた。
魔法で探せないかと試みたが、トランスポートというものがどういうものなのかを知らない故に反応はしなかった。人手がほしいとは納得だ。
探しているのはルービックキューブみたいな形状のものだとローズは説明をした。
初めてローズの家に来たとき、掃除をしたが大きなものは破棄していない。そんなものは見ていない。
掃除の際に家具を動かしていたのはキッドだ。
「そんなのあったかしら……そういうのは捨ててないと思うけど」
床を這ってベッドの下を見るキッド。すでに髪もスカートも埃まみれだ。
一番厄介な地下書庫をサキとジェフリー、使い魔二匹が担当した。散乱した書物もそうだが、本棚や小道具、本でないものもあり邪魔なものが多い。
「まったく、この緊急事態に探し物なんて、信じられないね」
「のぉん、圭馬チャンも手伝ってて、偉いのぉん……」
地下にあるせいなのか、物をどかそうとすると埃が舞い、視界が悪くなる。ただでさえ、明かりが届かない場所が多いというのに。
この中を探すとなると気が遠くなる。ジェフリーは苛立ちを見せた。
「燃やした方が早そうなくらいだ……」
サキはランタンをかざしながら憤慨していた。
「本を燃やすなんて常識的に考えてないでしょう?」
「人の命とどっちが大切だろうな」
「荒事は嫌いです……」
ミティアがいなくなってから、ジェフリーの気が立っているように思えて仕方ない。サキは出会った頃のジェフリーを見ているようだと思った。
圭馬は本棚の裏の隙間に頭を突っ込み。そのまま愚痴を漏らした。
「素直に船でも陸路でも使った方が早くないかい? 確実だし、この時間がチョーもったいないと思うよ」
圭馬が言うのも無理はない。時間が惜しく感じられた。
立ったりしゃがんだりをしているうちに、サキが座り込んでしまった。
「ご、ごめんなさい。何だか気分が悪くなって……」
「主ぃ、大丈夫ですかのぉん?」
ショコラがサキに寄り添う。サキは壁を伝って立とうとした。
その様子を見て、ジェフリーは肩を貸した。
「さっきは当たり散らして悪かった。上に行って少し休め。ここは空気も悪いし、倒れられたら俺が無理させたって、キッドに殺される……」
サキは魔力解放を二日連続で行っている。今日も魔力解放をし、走って体力も消耗させた。体力的につらいだろう。悔しそうに唇を噛み締めて俯いた。
「僕っていつも、重要なときに役に立てませんね……」
「ほかで頼りにしてるんだから、こういうときくらいは甘えておけ」
うれしいのだが、甘やかされるのはどうだろうかと思った。そんなサキの気持ちを察してか、圭馬が吐き捨てる。
「いーっつも、キミばっかりいいカッコしてずるいじゃないか。仲間だったら、ボクにも花を持たせてほしいものだね!」
圭馬はつーんとそっぽを向き、奥へ走って行った。彼も素直じゃない。ノックスの採掘場で大活躍したというのに、まだ手柄を欲張っている。それは建前として、契約主を気遣っている優しさがうかがえた。
ショコラも尻尾を振りながら、圭馬のあとを追う。
それを見たサキは、ジェフリーの手を振り払った。
「せめて、自分で立ちます。お二人を、ここを、お願いします」
サキは弱々しい笑顔を見せ、壁を伝いながら階段を上がった。
「お兄ちゃん、この電話帳みたいなの、退かしてもらえる?」
お願いしますと言われた矢先に、圭馬に呼ばれた。
ジェフリーはサキの背中を見送らず、圭馬に呼ばれるまま奥へ足を運んだ。よくできた信頼関係だ。
この関係は、簡単に築けたものではない。そのぶん、簡単に壊れたりしない。
地下書庫の捜索は続いた。
空気が違う。埃っぽさもない。
サキは空咳をしながら、台所に辿り着いた。そこをローズに目撃される。
「だ、大丈夫デス? 顔色が悪いヨ?」
ローズは探しやすいように、ソファーを動かしている。カウンター越に声をかけられたが、サキは申し訳なさそうにカップに水を入れながら頷く。
そこへ竜次とコーディが息を切らせながら駆けつけた。皆が揃うも、二人は騒々しくも急かしている。特にコーディは子どもが親を急かすようにその場で足踏みをしている。
「ローズ、早くしないとミティアお姉ちゃんが」
「総出で探してるデス!! ルービックキューブみたいなきれいな箱を探すデス!!」
「えぇっ、探すところからなの!?」
状況を先に判断したコーディは、軽く飛んで上の階にいるキッドに話しかけた。
「キッドお姉ちゃん、どこ探した?」
「三階はベッドの下まで見たわよ。あと二階!!」
もしかしたら、戦うよりもしんどいかもしれない。世話になった広い家で、こんなに苦しめられるとは誰も思わなかった。
取り乱すまでもなく、竜次も切り替えて捜索に加わった。
「私はお風呂場と、洗濯場を見ますね」
竜次は台所で休むサキにも声をかけた。
「外の空気を吸いに行ってもいいのですよ?」
「先生……すみません。ちょっとおとなしくしていれば大丈夫だと思います」
サキはもう一度深呼吸をし、ここが台所だと思い出した。ローズがカウンターの向こうなのだから、ここは着手していないはずだ。体力を無駄に消費しないでここを探そうと思った。
宿を経営していた痕跡か、食器も多いし、調理器具も多い。ここは難所ではないだろうか。
ルービックキューブみたいなきれいな箱、そういわれてもピンとは来ない。だが、箱があると言う点だけ絞れば、台所は一番可能性が高いかもしれない。
サキは、ガラスの戸棚を順に覗き見る。大図書館で調べ物をするのに似ている感じが、不謹慎ながら少し楽しくも思えた。
冷蔵庫の中は当然ながらないし、台所にはないのだろうか。
サキはため息をついて流しに寄り掛かった。その際、何かが肘に触れた。
『ガッシャン!!』
硝子が砕ける音がした。やってしまった。うがいをしたカップをそのままにしてしまっていたのだ。
カウンター越しにローズが覗き込んだ。
「ダイジョブ?」
「す、すみません、自分で片付けますので……」
今日は災難かもしれないが、いちいち嘆いている時間はない。サキは自分でやってしまったので飛び散ったガラスを片付けようとしゃがみ込んだ。そこへ、ローズから再び声がかかった。
「アルミロッカーの中に、箒とちりとりがあるデス」
素手で回収しては指を切ってしまいそうだ。サキは言葉に甘えて、台所の戸棚の隙間にあったアルミロッカーを開けた。ここも調べていない。
言われていたように箒とちりとりは入っていたが、上段にチェック柄の紙袋がある。
まだ新しいのか、折り目が少なくきれいだ。サキは不思議に思って手に取った。
「あれ、重い……」
本当は見るつもりはなかったが、袋に重みを感じた。がさがさと中を覗いてみると、箱がたくさん入っている。
「もしかして……」
サキは淡い期待を胸に、手にしてみる。きれいな模様の箱がたくさん入っていた。
試しに一つ手にしてみると、エスニック調のスパイスの缶だがその中身は飴だった。
もう一つ手にしてみると、平たい紅茶の缶に見覚えのある板チョコが何枚か入っている。
この板チョコは誰か食べていたような記憶がある。空の箱もあった。化粧箱のような扱いだろうか。
黙っているサキを心配し、ローズが台所に入った。
「サキ君、どしたデス?」
サキはローズに、紙袋の中を覗かせる。
すると、彼女は無言で手を突っ込んだ。確認しながらも奥底から取り出したのは、箱に四角い宝石が規則正しく散りばめられている小箱だった。
ローズは目を丸くしている。
「あった……デス……」
ローズは歓喜し、すぐに皆を呼び寄せた。
一番早く駆け付けた竜次が、解れた髪を結び直す。
「何だか、戦うよりも疲れましたね」
その気持ちは皆もそうだった。どっと疲れた。何とも言えない疲労感が一同を襲う。
皆に埃を払ってもらいながら、圭馬が質問をする。
「それで、どこにあったのさ?」
サキが紙袋を見せる。
紙袋を見てジェフリーは苦笑いをし、がっくりと肩を落として首を振った。
「その派手な紙袋、ミティアがほしがっていたからあげたやつだぞ……」
これにはキッドも呆れ顔だった。
「そう、あの子らしいわね……」
キッドいわく、袋の中の古いものはこの家の掃除で出て来たものだと言う。ミティアが缶や箱に自分のお菓子を隠しておくだなんて、本当に小動物のようだ。期限が長そうなチョコや、飴が入っていたのも納得した。
コーディはくすくすと笑っていた。
「ここでミティアお姉ちゃんに助けられるなんて変だね。これからお姉ちゃんを迎えに行くはずなのに……」
その隣で竜次が物悲しく話す。
「ギルドで聞きましたが、各国の偉い方が立て続けに行方不明になっています。それに、沙蘭で奇跡の光を見たと耳にしました。嫌な予感がします」
聞いたジェフリーは塞ぎ込んだ。どんなに心苦しいか、表情で読み取れる。
ローズが箱を握り、声を上げた。
「周りのものまで巻き込むので、何もない場所……家の裏の広場がいいデスネ」
ここを出ようと言う流れだ。
捜索で散らかしてしまったが、またもローズの家をあとにした。
今度来たときは、また掃除から始まりそうだ。
裏の広場で自然と円陣を組む形になった。恥ずかしいが、子どもの頃から何か勝負事があったらこういった行動で士気を高め、チームワークを確かめ合う。それを、いい大人たちが今からやろうとしていた。
トランスポートの箱を持ったローズが、円陣の中心に手を向けた。
「沙蘭に行く人この指とーまれ、みたいなの、やるんですっけネ?」
「ローズ、遊んでる場合なの?」
コーディが厳しく指摘するも小さい手を添えた。
後に続くものだと思ったが、ほかの皆は黙って手を重ねた。コーディだけが乗った形となり、当然ながら眉をひそめている。
キッドは悩ましげに言う。
「ミティアなら乗ってくれるかもね。こういうの好きそうだし」
想像するのはたやすい。きっとミティアなら、一緒にやろうよと周りを巻き込むだろう。それも彼女のいいところだ。
ローズが箱に向かって、重ねた手に向かって叫んだ。
「いざ、沙蘭へ!!」
どんな仕掛けなのかはわからない。こんな小箱から、何が飛び出すのかと期待した。光ったと思ったら一瞬体が重くなり、見覚えのある森と門が見えた。感じた重さは、移動の際に何かの作用が働いたのだろう。重力かもしれない。
背後はスプリングフォレストに続く道、前方はきれいに修復がされた沙蘭の門だ。
懐かしい光景。進む足は自然と足は早まった。
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