トレジャーキッズ

著:剣 恵真/絵・編集:猫宮 りぃ

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【7】くずれゆくもの

灰色の記憶

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 今日は曇りのようだ。朝なのに、窓から陽の光が入らない。家の中なのに肌寒い。
 身支度を整え、軽い朝食を囲う。シリアルにミルク、チョコレートを入れて食べている者もいた。まぁ、そんなことをするのは決まって彼女、ミティアだ。
「ミティアったら、朝から糖分多くない?」
 キッドに注意をされるも、聞く耳を持たない。ミティアは冷たいミルクにチョコをダイブさせ、パキパキと堪能している。なかなか通な楽しみ方だ。
 心配されていたサキは、起きたらいつもと変わらなかった。薬のせいで少しだるそうだったが、問題なく会話もし、笑顔も見せている。 
 またしばらく家を空けることになり、戸締りは厳重に行われた。身支度を整えて出発する。
 七人と二匹、もう大所帯だ。

 街を抜け、北へ進む。平原に馬車が通る道があるが、慣らされていない。
 轍はあるが、道の脇は草が茂っている。これはしばらく物流がなかったのかもしれない。進むと別れ道と簡単な立て看板があらわれた。進む方向は決まっているので迷いはなかったが、違う道はこの先は『天山』だった。
 世界が見下ろせるという山、今は用がないが行く機会があるかもしれない。
 凶暴化した動物でも出るかと思ったが、近くに青々とした豊かな山があるのだ。食べ物がなくなったら道中、襲われるかもしれない。
 自然があるのなら、動物は山に集中するだろう。
 見通しがいい。北に向かうための道にいくつかルートがあるため、知らないと遠回りをしそうだ。
「いやぁ、本当にピクニックみたいですね。今日は晴れてはいませんが……」
 いつだったか、ワニの大群に襲われた際に、竜次がピクニックみたいと皮肉っていたときがあった。今回は奇襲もなく、問題なく進めた。
 乾いた道に小砂利が増えた。いつの間にか土らしさはなくなり、石や岩が増えて緑も減った。もうすぐだ。


 炭鉱の街ノックス。
 昼前に到着した。街は灰色の岩山を切り開いた独特の造りをしている。貿易都市ノアに近いかもしれないが、真ん中が運動場のようにだだっ広い。
 街の入口に石碑があり、炭鉱の街ノックスと書いてある。
 コーディが街の様子を見て息を飲んだ。
「すんごい静かでびっくり……」
 ギルドで噂は聞いていた。埋蔵金だ、財宝だ、ゴールドラッシュだと騒がれ、全国の稼ぎを必要とするギルドハンターが群がっていたと。そのせいでこの街に人手が集中し、全国で人手不足に陥った。
 街の人がぽつぽつと出歩いている程度で活気はない。
 単純な構造だが意外と広そうだ。街を見た竜次が提案をする。
「いきなり炭鉱に行くわけにもいきませんからね。まずは情報収集。効率よく、二手に別れませんか?」
 悪くない案だ。ジェフリーは何も言わずに頷いた。
 その場の空気でグループ分けをすることになった。何となく今、仲間の中で誰と親しいのかがわかる。
「はい、じゃあ街の北側は私が受けます。南側はジェフにお任せしますね」
 竜次がジェフリーに南を任せると少し前に出た。
 すぐ、竜次側にキッドがついた。説明するまでもなく、彼女が進んでジェフリーと仲良く行動するとは思えない。
 ジェフリー側にサキとコーディがついた。
 ミティアがローズと顔を見合わせ、少し困っているようだ。 
「ど、どうしよ……」 
「ムムム……」
 少し悩んで二人とも竜次側についた。ジェフリー側が情報収集に長けていそうな気がするが、これからどうなるだろうか。
 竜次はリーダーのように振る舞うが、形だけでそんな器量はない。
「夕方にはこちらでまた。ジェフ、宿だけ先に手配しておいてくださいね」
 手持ちの確認をし、行動を開始する。

 面倒なことは先に済ませる。
「先に手配するか、この過疎なら取れるだろうけど」
 ジェフリーが面倒くさそうに宿の方角へ足を運んだ。事前に地図帳でチェックをしてあるのだから、場所はだいたい覚えている。
 コーディが同行したのは、おそらく監視だろう。
「ジェフリーお兄ちゃん、予習バッチリだね」
 コーディはジェフリーが熱心に調べ物をしていたのを目撃していた。特に皆には言いふらしていないようだ。ジェフリーは皮肉を言われているようにも思えた。
「ジェフリーさん?」
 サキからの、いいんですか? の、サインだった。ジェフリーはかまわず、前を歩いている。
「コーディは真実を本にするって言っていたくらいだからな」
 コーディに、対する信頼は厚い。人をよく見るジェフリーには、コーディは干渉しすぎないよさがある。若いのにしっかりしている。
 宿に入ると大袈裟に歓迎された。やはり客がいないらしい。男女別部屋で取り、朝食をつけてもらったがあまり高くなかった。
 お風呂は天然ではないが、手を加えた温泉があるようだ。これは皆が喜ぶだろう。
 情報収集のスタートに出遅れたが、予約を済ませて街中に出る。
 コーディは既に紙を持っていた。宿にある観光案内だ。その街を堪能してもらい、お金を落としてもらうのだから、地図帳で見るものよりずっと詳しい。
「ふふーん、ただ突っ立ってないよ?」
 コーディは自慢気に見せて来た。時々子どもっぽく、お調子者のところがある。若いからかもしれないが、接しやすくて気が楽だ。
 街の地図も詳しくあり、営業時間まで記載されている。これはありがたい情報だ。もっとも、長居をするつもりもないのだが。
 観光案内に目を通しながらコーディが嫌らしく言う。
「教会、一番行きたいんじゃないの? この宿のすぐ裏だって」
 ジェフリーは眉を歪ませ、宿のわき道に目をやる。
「まぁ、近い所から潰す案は悪くないな」
 ジェフリーはあくまでも平然でいた。その様子を見たサキは、指摘を入れる。
「あ、あの、ジェフリーさん。もう話してしまっては?」
 サキに言われるまでもない。もう気づかれている。
 サキのカバンからは二匹、顔だけ覗かせている。何を話すのか、興味があるようだ。
 ジェフリーは観念するように息をついた。
「説明は省くが、このままだとミティアが衰退していずれ死ぬ運命にあるそうだ。俺たちは世界規模の話の水面下であいつを助ける方法を探っている」
 コーディは眉を寄せ、不満そうだ。この表情が幼い外観とミスマッチだ。
「えっ、みんなには……あぁ、でも、そうだね。よく考えたら、それに全振りは無理だもんね」
 察しがついたようだ。コーディは鋭い感覚の持ち主でもある。
「私もね、言ってない秘密があるんだよね。多分どこかで役に立てると思うから、先に言っておくね。私、『飛べる』から」
 コーディがわざわざ言った『飛べる』の意味がわからなかった。彼女は高度こそ出ないが飛べるのは知っている。
「いや、普段から飛んでるだろ?」
「そうじゃないよ」
 少し言いづらそうだ。首を振って、視線を泳がせた。
「人間と違うって認めるようだけど、私、ドラグニーの中でも始祖なの」
「シソって何だ? 食ったらスーッとする葉っぱか?」
 少なくともジェフリーは理解していない。
「のぉん……? 始祖ってドラゴンですかぁ?」
「あぁ、そうか。もしかして、コーディちゃんって変身するんですか?」
 ショコラの言葉に、サキはピンと来たようだ。神族について調べた経緯もあるせいか、話が勝手に進んでしまう。
 圭馬も話に加わった。
「ふぅん、始祖って特に好戦的で強大な力を持っていたから、狩り尽くされていないんじゃないの? ドラグニーってだけでも珍しいのに」
 知らないのはジェフリーだけ。話に追いつけず、イマイチよくわかっていない。
 コーディはしびれを切らす。
「だから、飛竜に変身するって言ってるんだけど」
「えっと、ファンタジーな世界でよく出るタイプのか? ボスでいるよな……」
 ジェフリーは非日常を懸念するも、もう遅い。この旅が始まったきっかけも、非日常だった。平穏でよくある、じゃあ旅に出ます、ではなかった。
 ある程度から予感はしていたが、普通ではないのが当たり前だ。感覚の『麻痺』だ。もう諦めよう。
「退治する?」
 コーディは両手を腰に当て、威張った。本当ならすごい。海を渡れる。
 思い出を掘り返すと、フィラノスの手前でコーディと出会ったとき、ギルドの仕事で火山まで行っていた。道が崩れていたと言ったにも限らず、火山をわざわざ調査し、ギルドをはじめ、全国にその情報を広めた。
「私、強いよ?」
「強すぎて、何も言えねぇ……」
 コーディは差別を嫌う。ジェフリーはコーディを信頼していたが、その信頼は一方通行ではないようだ。意識していないだけで、築かれていた。
「頼れるときは頼る、ありがとう……」
 コーディの気遣いを汲み取った。頼もしい仲間だ。
 脇道に入り、教会へ向かった。

 竜次がリーダーシップを発揮……するはずがなかった。
 珍しく、ミティアとキッドの意見がぶつかっており、険悪になりつつある。
「情報と言えば観光案内所じゃないかな?」
「いっそ、採掘場に行って、現場の人に聞いたらわかりやすくない?」
「そうしたら、キッドは中まで行こうとしない? 足並みを乱すのは良くないかも?」
 北には採掘場も観光案内所もあった。どちらも捨て難い。
「先生はどっちがいいと思いますか?」
 キッドがじろりと竜次を見る。
「そうだ、先生が決めてください!」
 ミティアが上目遣いで竜次を見つめる。
 これまでに、こんなに女性に迫られる経験があっただろうか。
 竜次は苦笑いをしながら、悩ましげに首を傾げた。
 ローズは少し離れて呆れながら腕を組んで見守っている。彼女の助けがないと理解し、竜次はこの場を収めようと必死だ。
「えっと、両方行くのはどうです?」
 具体的な理由もなく、ただ両方と説得力のない言い方をした。これがかえって誤解を生んでしまった。この提案にキッドは腕を組み、憤慨した。
「ちゃんと聞いてます?」
「え、聞いてます、聞いてますよ?」
「どっちがいいかって聞いていたんですよ? 優柔不断な先生って、最ッ低!」
「ゔっ……」
 散々な言われだ。竜次は肩を落として凹む。こんなときは決まって、ミティアが助けに入る。
「ダメだよ、キッド。先生にひどいこと言っちゃ……」
「言わなきゃ先生、いつまで経ってもダメなままだから、言わなきゃダメ!」
 竜次の気が重い。どうしたらいいかわからず、ローズに視線をおくり、助けを求めた。この合図でようやくローズは意見を口にする。
「ほいでは、とりあえずご飯かナ? お二人とも、お腹が空いているから機嫌が悪いのではないデス?」
 ローズが出した助け舟が思わぬ的外れで、竜次はずっこけそうになった。悩んだり、迫られたり、叱られたりで本当に忙しい。
 ミティアとキッドは、ローズの意見に賛成した。
 こんなとき、ジェフリーならどうするのだろうかと竜次はぼんやりと考えた。
 ローズの提案で昼間から開いている広い居酒屋に向かった。もちろん、ローズが居酒屋を選んだのには、理由がある。採掘場で働いていた人がいるのではないかと狙っていた。賞金稼ぎが出入りしていたのなら、簡略でも街案内の情報も入手可能だろうという狙いもある。
 狙いは的中し、何人かの炭鉱夫、炭鉱マンが昼間から酒をあおっていた。わざと近くに座って聞き耳を立てる。
 そんな策など知らない親友同士がわいわいとメニューを見ている。
 酒を飲んでいる様子から、オフのようだ。いきなり話しかけるのも雰囲気を台無しにしてしまうので、適当に注文をしながらしばらく様子を見てみようとする。
 ミティアとキッドは仲良くパスタを食べている。先ほどまで言い合っていたのに、女性は食べ物に弱いのだろうか。彼女たちの扱いが慣れないと竜次は肩を落とした。
「先生サン」
 隣に座っていたローズが小声で壁を指さした。張り紙に注目している。
 目をやると、採掘場の求人が出ている。『急募!!』と大きな文字が目立ったが、給料は医者をしているよりずっといい。力仕事なのだから、さぞ、いい汗を流せるだろう。竜次は嫌な予感がし、声を上げた。
「わ、私に炭鉱マンをやれと言うのですか!?」
 思わず大きな声が出てしまい、店中の注目の的になる。竜次は軽く咳払いをして、頬を赤らめながら小声になった。
「採掘場に入るためならギルドの依頼書を見せれば大丈夫でしょう? ジェフならまだわかります。私がやると、かえって邪魔をしてしまう気が……」
 自称インテリのお医者さんに、力仕事などできるだろうか。今までどれだけ体力のなさ、簡単に筋肉痛を招く体を嘆いただろう。
 騒動があったせいで、すぐ採掘場に入れるかは怪しい。案は悪くないが、もう少し慎重になるべきだと、ブレーキをかけようとする。
「おう、お兄ちゃん、興味があるのか?」
 近くの炭鉱マンから声がかかった。
 一瞬、竜次の表情が露骨に嫌な表情になる。引きつった笑いをしながら答える。
「い、いえ、私たちはフィリップスから、暴走した魔鉱石とやらの調査に来ていまして、ですね……」
 ひどく逃げ腰だ。だが少しでも興味を持ってくれた、調査に来てくれた。その理由だけで炭鉱マンたちは感激したようだ。
「何だ、話が早いじゃないか。今から炭鉱の視察と魔鉱石の回収に行くんだ」
「いやぁ、炭鉱の一部が浮いいて不気味だから、とりあえず用心棒として来てくれないか?」
 トントンと話が進む。
「……?」
 竜次は笑顔のまま固まった。この人たちの手もとにお酒があるが、大丈夫だろうか。
「えっ、先生だけ行くの?」
 フォークを咥えたまま、ミティアが目を丸くする。
 炭鉱マンたちは竜次だけを連れて行くつもりだ。もちろん竜次は慌てている。
「お嬢ちゃん、中は迷路だぞ」
「あの、調査なので……」
「よし、決まったらお嬢ちゃんたちの飯は奢ってやるから、今から行くぞ!」
 竜次の言葉が届かない。いつからこんなに発言権がなくなってしまったのだろうか。
 店中の関係者が集結し、伝票と竜次を人さらいのようにかっさらって行った。
「ど、どうしよう、ローズさん?」
 ミティアはおろおろとしながらも、やはりフォークを手放さない。さすがにまずいと思ったのか、キッドがご飯そっちのけで立ち上がった。
「先生一人なんて無茶よ。あたしも行くわ!! 二人は向こうと合流して、知らせてちょうだい」
「えぇっ、キッド?」
 グラスの水を飲み干し、キッドは追い駆けて行った。
 去り行くキッドを見届け、ローズは小さく唸った。
「うーむ……案外うまくやれるかもデス……」
 情報収集が、自ら収集されるとは思いもしなかったであろう。ローズもそんなつもりはなかった。
 ただ、最近パッとしない竜次が活躍するいい機会だとは思った。もちろん、ローズからは他人事のように思えるが。

 灰色の目立たない建物。木造の屋根の上に立派な十字架が掲げられていた。平屋で目立った造りはしていない。教会という名にふさわしく、ひっそりとしている。
 勝手に入るのも失礼なので、大きな扉をノックする。すると、中から若い女性が出て来た。長めの赤髪で緑の目、誰かに似ている。そしてシスター服を着ている。
 女性は困った顔をしながら三人を見つめた。
「あら、こんにちは。もしかして、お祈りですか?」
 何と答えたらいいものか。この中で一番お祈りと無縁そうなジェフリーが、怪訝な顔をしている。
「話をしたい」
「お話、ですか? 懺悔でしょうか? 神への告白でしょうか?」
 受け答えが親しくなる前のミティアにそっくりで感に障る。他人になった彼女を見ているようでジェフリーは気分が冴えない。
 三人のうち、一番融通が利きそうな先が交渉を試みる。
「僕たち、怪しい者ではないです。教会に興味があって……」
「あぁ! それはいい心がけです。どうぞ」
 シスターは三人を招き入れた。よく入れてもらえたものだ。
「解放時間外なのですが、お祈りはいつ何時でもしたくなりますからね」
 教会に似つかわしくない明るい人だ。もっと、お淑やかな人が対応するものだと思ったが、そうとも限らないのだろうか。
 広間に案内された。正面には大きなステンドグラス、燭台、祭壇、手前には長椅子が並んでいる。曇りなのに明かりが差して眩しいくらいだ。
「それで、どんな御用でしょうか?」
 女性が振り返る。サキがカバンの中を気にしながら質問をした。中の小動物二匹が、余計なことを言わないか気にしている。
 サキは場を和ませようと試みる。
「教会、お綺麗ですね。もちろんシスターもお綺麗ですが。」
 和ませるつもりが、女性が不審者を見る目になった。リップサービスが効かない。
 ミティアも褒め言葉を聞き流す癖があったが、外見だけではなく似ている点が多い。
 コーディが肘でサキの脇を攻撃した。話せという合図である。
「この教会の歴史が知りたくて来ました」
 言ってから、こんな感じ? とジェフリーに目線で訴えた。
 シスターが手を叩いて目を輝かせる。
「わたくし、この教会でシスターをしております。レスフィーナと申します」
 少なくとも、名前がミティアと縁がなくてよかった。軽く自己紹介をして、シスターが教会の奥へ案内した。
 初対面でよくもここまで信用すると思って、こちらが心配になる。
 奥は書庫だった。先ほどの場所と違って、薄暗くて埃っぽい。
「この教会、一度焼けてしまっているので、あまり資料が残っていませんが」
 当時のものらしき焼け跡のついた本がある。ローズの家で見たものには全焼とあったが、少しは残っているようだ。
 ここから調べるか? あまり長居しているわけにもいかない。ジェフリーは慎重さを捨てた。
「実は、あんたそっくりの知り合いがいるんだが……」
「わっ、ジェフリーさん!」
 唐突に話を進めようとするジェフリーに対し、サキは止めようとする。コーディも困惑した。
 ところがレスフィーナは、ジェフリーの手を取って、ずいずいと迫る。
「あ、あの、それはまさか、あの子が見つかったのですか!?」
 追い出される警戒までしていたが、話に食いついた。口説き文句にも似た言い方だったが、レスフィーナの目は真剣だ。
「あんた、何者だ?」
「あの子を知っているの? 返して!」
「人の話を聞いてくれ!」
 軽く揉み合いになる。なぜこうまで必死なのか。コーディが割って入り、引き離した。
 レスフィーナが祈り嘆いた。
「あぁ、神様……」
 神に祈っていた。信仰深さがうかがえる。
「あなたが言う人は誰?」
 コーディは、レスフィーナが言う『あの子』が誰なのか、確認をする。
「フィラノスの人に連れて行かれたんです。わたくしの……わたくしの半身にして大切な子!」
 話の切り出し方が悪かったのに、トントンと話が進む。
 ジェフリーも焦りを見せた。
「確認したいんだ。前にここが全焼した際、ほとんど無傷で発見されたという女の子を指しているんだよな?」
 レスフィーナは深く頷いた。
 加速する話は、焦りと情報の錯綜を招く。
 ここでサキは、確信に迫る質問をジェフリーにした。やけに小声だ。
「あのシスターさん、半身と言っていましたよ。もしかして、先生があの剣士から聞いた『半分』と何か関係があるのでしょうか?」
「今のところわからない。可能性はあるけれど……」
 レスフィーナはずっと悲願している。
 こちらも正確な情報ではない上に、確証もない。
「ずっと探しているのです。わたくしが、わたくしがフィリップスに派遣された不在時に教会があんな……あの、あの子は生きていますか?」
「ジェフリーさん、お連れした方がいいのでは……」
 サキの言いたいことはわかる。が、いらぬ混乱を招く意味でそれは回避したい。下手をしたら目的が入れ替わる。
 諦めるべきかと思い始めたときだった。
「ねえ、半身ってどういう意味なの?」
 カバンの中から圭馬が顔を出している。やってしまった、喋る動物。騒がれるかと思いきや、レスフィーナは圭馬を見て歓喜している。
「まぁ! なんて可愛い……人語を理解なさるとは素晴らしいですね!」
「なんか、人の話を聞かないところとか、ホントにあのお姉ちゃんに似てるなぁ……」
 話が進まなくてイライラが目立つが、可愛さで相殺されている。
「半身って何? そのお姉ちゃんこのままだと死ぬんだけど?」
 急かす様な言い方だ。気を遣ってもいないし、直球だ。強引に解決へ導こうとする悪癖だ。これがどう転ぶのか、ジェフリーもサキも、固唾を飲んで見守る。
「そうですね。わたくしたちは、地上では長く生きることができません」
「あの、何を言ってるかわからないんだけど?」
「信じていただけないと思いますが、天空の民なのです」
「もっとわからないんだけど?」
 話がややこしくなった。圭馬との話が行き詰った。
「のぉん……」
 さらにややこしくなりそうな展開だ。ショコラも、カバンから顔を出した。
 コーディとジェフリーが呆れている。
「天空の民と申しましたかぁ?」
「まぁ、何と今日はよき日でしょう。神に感謝しなくては……」
「のぉん…………」
 ショコラもこれには困惑した。そもそも圭馬もそうだが、勝手に口出しをしているのだが。本人たちに悪気はまったくない。
 居心地が悪い。サキは出直すことも考えていた。
「僕たち、あまり時間がないのですが……」
 これだけでかなりの時間を消耗している。ほかの情報収集もしなくてはいけない。
 それこそ手ぶらで帰ったら、竜次やキッドに何か言われそうだ。
「あぁっ、待ってください! お願いです、その子に会わせてください。わたくしと同じ天空の民です!」
 レスフィーナは食い下がろうと必死だ。
「我々天空の民は、地上の瘴気に順応しておりません。だから、長くは生きていけません。文明が滅びてしまった際に地上に逃げ延びたというのに、地上はこんなにも愚かで卑しい人間で満ちている。せめてあの子だけでも救いたいのです」
「なんかすごく難しいこと言ってるけど、つまりシスターさんはこの世界の人間ではないって言いたいの? 大丈夫? 妄想じゃないよね?」
 圭馬が厳しい指摘を入れる。だが指摘は当たりのようだ。レスフィーナは深々と頷いた。
 ほとんどの話を圭馬がしている。情報は入手できるかもしれないが、フィリップスの依頼も疎かにはできない。このあたりが引き際かもしれない。
 圭馬もその考えを持っていた。ジェフリーとサキに言う。
「あのお姉ちゃんは人為的に負荷がかかって、もう一人の人格を植えつけられてしまっている状況だったよね。世界の生贄にされちゃったから、残された時間はもっと短いかもしれない」
 可能性はある。ミティアが抱えている条件は最悪だ。音のしない、時限爆弾を抱えているようなものだからだ。
「せ、世界の生贄! あの子が!?」
 レスフィーナは世界の生贄という単語に大きなダメージを受けたらしく、立ちくらみを起こしていた。
「そんなっ!! 何かを入れるための、『器』には適していますが、世界の生贄だなんて……そんなのひどすぎます!」
 寿命が縮まる要因が多い。変なところを研究されたものだ。二十年はあくまでも目安かもしれないが、時間がないのも焦る。
 ミティアはどれほど弄ばれてしまったのだろうか。想像を絶するようなことも、されてしまっているのかもしれない。
 それでも好きな人のために、何かを変えたい、何かをしてあげたい。
 ジェフリーは何に縋って、何に希望を抱けばいいのか、わからなくなっていた。
 まずは、ミティアの中のもう一人の人格を排除するか、切り離すかしないといけない。負担が少なくなれば救済措置はもっと広がるはずだ。
 サキと圭馬はジェフリーに言う。
「ジェフリーさん、戻って手を考えましょう! 目指す方向性は見えてきたのですから」
「ボクもそう思うね、なんだかお姉ちゃん助けたくなって来たよ」
 ジェフリーは落ち込みそうだった気持ちを上向かせた。一人だったら挫けていたし、こんなに話が進まなかったであろう。
 前向きに考えていたのはコーディも同じだった。
「ジェフリーお兄ちゃん、いずれはお姉ちゃんにも話さないと!」
 コーディがジェフリーに向き直る。
「しっかりして! 落ち込んでいる暇はないよ」
 コーディは、ジェフリーに喝を入れた。
 ジェフリーは頷きつつ、レスフィーナに言う。
「話し込んで悪かった。ほかの用事もあるから、そろそろ帰る……」
「待って!! あの子に会わせてください!」
 レスフィーナは一同を引き留める。自分の子どもかもしれない人に会わせてもらえないことが納得いかないようだ。一見、この訴えは正当なように思える。
 ジェフリーは牙を向けた。
「連れて来てもいい。だが、ここへは置けない」
「そんな! 納得できません! 一緒にいさせてください! あの子はわたくしの……」
「俺たちが都合のいいことばかり言っているのはわかっている。だけど、あんたは自分の子どもを表に出さずに監禁していた。本当の悪者はどっちだろうな……」
 このやり取りが馬鹿らしく思えた。面倒臭いと、全部投げ出せたらさぞ楽だろう。
 知ってしまった。この気持ちに偽りはない。
 手が打てるまで、ここに置いて行くなんてできない。ましてや、このシスターは危険を孕んでいる。
 ジェフリーの考えはこうだ。
 今のところ、ミティアと親子関係がある疑いが濃厚だ。連れて来て、詳細を話すのはいいだろう。だが、本当に親子だった場合、この母親はミティアを過保護に扱い、監禁するおそれがある。ミティアは何を思うだろうか。ジェフリーにはそれが正しい選択だとは思えなかった。それに、騒ぎを大きくし、こちらが動きにくくなるのは極力避けたい。
 レスフィーナが棚に向かって走った。乾いた床の音、次に金属の音がする。
「出て行って!」
 ミサにでも使うのか、短刀だ。刃先が震え、彼女は涙を零している。
「わたくしは何も聞かなかった。あなたがたも、お祈りに来ただけだった!」
 シスターが刃物を向けるなど、誰が想像しただろうか。
 こういった行為をする者は、大概その気はない。だが、ここまで興奮させてしまったとジェフリーは猛省した。
 話は詰まり、交渉は決裂した。もう後戻りはできない。
「わかった。別の道を探す……」
 ジェフリーの足が退いた。そのまま踵を返す。これが彼の出した答えなら、それについて行く。サキとコーディも、膝を着き泣き崩れるシスターに頭を下げて教会を出た。

 外に出るなり、圭馬が大きくため息をついた。
「あーあ……ふりだしかぁ……」
 サキも肩は落とすも、諦めない性格が早くも前面に出ている。
「そうかもしれません。でも、別の道を探すなら、僕も力になります」
 いい言葉のはずなのに、ジェフリーは俯いたまま首を横に振った。
 塞ぎ込んでしまった。そのまま宿のある表通りに出た。
「まだ、フィラノスの大図書館が、現行の種の研究所があります。僕、絶対に諦めないですから!」
 サキはまだ強気だった。一方で、ジェフリーが今にも壊れてしまいそうだ。
 コーディは策を考えていた。まだ、絶対に何かあるはずだと。
「ねぇ、ギルドに行こうよ。すぐそこだし」
 少し空気を変えようという、コーディの狙いだった。
 この流れにはサキも賛成した。
 暗い話ばかりしても、気持ちが上向きにはならない。話の真相には近くなったが、遠くなってしまったのも否めない。
 結局、何が正しい道なのか、ジェフリーは追い詰められていた。
 
 炭鉱マンに囲まれ、薄暗い採掘行路を行く。コウモリや見慣れない虫などには遭遇したが、武器を構えるまでではない。
 薄暗くて、埃っぽさがあり、空気もよどんでいる。同行した炭鉱マンの一人が懐中電灯で照らされた光が頼りだ。この中で護衛とはどういうことか。竜次がやる気のなさを見せつける。
「はぁ、やだなぁ……」
 キッドはしっかりと竜次の面倒を見ている。
「先生、ちゃんと前見て!」
 いざそのときになったら、頑張れるのだが、あまり運動が得意ではない上に、こんな場所に来ている。
 心配をしてキッドはついて来たのだが、これも竜次が凹む要素である。どれだけ信用されていないのだろうか。
 奥に進むと、岩壁に青白い光を放つ石が混ざるようになった。懐中電灯の光が反射する。竜次は興味を引き、足を止めた。炭鉱マンも足を止める。
「これが魔鉱石ですか?」
「いやいや、そんなモンじゃない。原石だよ。宝石の」
「ほほぅ……」
「魔鉱石ってのはもっと魔力を秘めたもので、魔法使いが使う魔石の原石だとか媒体となるアクセサリーがどうのこうのって言っていたな」
「媒体……なるほど」
 サキやミティアが気にしていたものだ。サキは魔法を使う際に魔石を用いることがある。案外気にしていないだけで、こういった発見があって面白い場所だ。
「俺たちゃ掘る仕事をしているだけだ。それが、金銀財宝が出て騒ぎにはなったがその金銀財宝がその後どうなったのかは知らねぇ」
 炭鉱マンの話を聞きながら、竜次は石に触れる。大きくても指の爪くらいだが、指で擦るとぽろりと落ちる。純度は低そうだ。手に持ってみると、筋や濁りが目立つ。いくら宝石の原石であっても、磨かなければただの石だ。
「キッドさん、見てください。トレジャーハンティングみたいですねぇ」
「先生、緊張感ないですね」
「む、むぅ……」
 せめて場を和ませようと竜次は冗談を交える。だがキッドは呆れてばかりだ。
 青白い光を放つ石が少なくなった。あたりは薄暗いどころか、真っ暗で空気が濁っている。明かりが届きにくい。かなり奥まで来たようだ。
「せ、先生?」
「いいから……」
 一気に視界が悪くなったと心配し、竜次はキッドと手をつないだ。本当は自身が怖いという理由もある。
 視界が悪い中を抜けた先は空が見えた。あの視界の悪さは、一体何だったのかと思うほどだった。
「ここですよ」
 先を歩く炭鉱マンが立ち止まった。
「浮いてしまったという場所ですか?」
 竜次が振り返ると、一緒に来ていたはずの炭鉱関係者が案内をしていた一人だけになっていた。
「そういうわけではないようですね」
 竜次はキッドをうしろに引き、刀の柄に手をかけた。
「えっ、先生?」
「下がって!」
 作業服の男がニヤニヤと笑っているのが見える。
「ネーチャンは余計だったなぁ……」
 声質が低い、いやこれ高笑いに近い。
「その下品な笑い方、覚えがあるわね」
 竜次の背後から、キッドが睨みつけている。
 男が指を弾いた、変装魔法のようだ。頭にターバン、民族衣装のような服装、耳にはじゃらじゃらとピアスを身につけている。そして極めつけはこの下品な笑い方。
「また会ったな、ネーチャン。俺ぁ、会いたかったけどな?」
「気色悪い……」
 魔法使いで剣士、魔法剣士とでも呼ぶべきか。キッドとジェフリーが、貿易都市に抜ける山道で刃を混じえた男、シフだ。
「セーノルズ家、長男坊! 残念だがここでお別れだ」
 何を仕掛けて来るのか。警戒するも、今のところ争う様子がない。
「まんまと引っかかってくれてありがとよぉ!」
 シフが指を弾いた。炭鉱路がグラリと揺れる。崩れる音、先ほど見えていた空が陰る。
 嫌な予感がし、竜次は声を上げた。
「ま、まさか!」
「生き埋めってどんな気分だろうな?」
 下品な笑いともに、シフは緑の魔石を弾く、反則的なものを感じたが、彼の姿は消えてしまった。
「まっ……」
 声を上げようとしたが、次にはもう土砂が流れ込んだ。
「先生!!」
「くっ……」
 感情的になっている場合ではなかった。足が引きずられる。視界が土煙で暗くなる。
「あなた、足が速いでしょ?」
「馬鹿なこと、言わないでっ!!」
 竜次は多くを言わず、キッドに逃げるよう促した。だが、キッドはその薄情さを持ち合わせてはいない。
 近場が大きく崩れたが、現状では音でしかわからない。退路は絶たれてしまったようだ。次の手が考えられない。場が引っ掻き回され、前後左右もわからない。
 シフの目的は竜次の動きを封じることだった。ブランクがあるとはいえ、竜次は剣豪だ。まともに相手にはしたくはないだろう。
 不安に声を震わせるキッド。竜次はその手を引いて抱き寄せる。
「せ、せん……?」
「あなただけは絶対に……」
 最後の言葉かもしれない。背中に迫る土砂に竜次は覚悟を決める。

 ギルドに向かったのはジェフリーとコーディとサキだ。ギルドでは不穏な空気が流れていた。先ほどの教会の件だけではない。
 コーディが低い声を上げる。
「えぇっ、指名手配?」
 ニスの艶がある綺麗な木造の壁、張り紙が目を引く。目を疑った。サキが指名手配されている。
「お、おばさん、これ何?」
 コーディがカウンターに食いついた。カウンター越しのおばさんが、面倒臭そうに紙を渡して来た。あまりやる気がないタイプの人のようだ。
「なっ、何これ……まずいじゃん」
 コーディがジェフリーにも見せた。
「昨日の記事だな、フィラノス王は魔導士狩りの首謀者、ラーニャ・ローレンシアを拘束。その際に抵抗されたため、その場で銃殺処刑の令を下した……だと?」
 サキの顔を見るまでもない。ある意味、これで本当に解放されたのかもしれないが、そんなものでは済まされない。
「血縁者と見られる、アイラ・ローレンシア、サキ・ローレンシア、それぞれに一千万リースの懸賞金をフィラノス王が発表。尚、生け捕りでない場合、懸賞金は支払われない?」
 一千万リースなど、そうそう稼げる金額ではない。数年は遊べるのではないだろうか。
 フィラノスが動き始めた。この手配書に、写真や詳細の掲載はない。名前だけだが、これでサキの行動が制限された。
「大図書館に、入れない……」
 懐中時計は身分証になり、見事な名前が入っている。
 コーディが皆にも見せるために、トランクのサイドポケットにしまった。
「まぁ、指名手配なら私もされた経験があるから、捕まらない限りはギルドの仕事をしてもいいんだけどね。何も言われないわけじゃないけど」
 全国に手配書が撒き散らされているとは、どうも気に食わない。
「仕事もないね……」
 ギルドのハンターがいなくなったせいかもしれないが、雑貨屋の店番や居酒屋の皿洗いの平和な仕事などが目立つ。
 気を落としているサキを気遣ってか、いったんギルドをあとにする。
「何とかしないと……」
 こんなところで捕まるわけにはいかない。
 行動が制限されるのは困る。ジェフリーも黙ってはいたが悩んでいた。
 ギルドに足を運んだが、気分転換にもならず、嫌な情報があっただけだった。ここのところ、精神的に追い込まれている。

 ギルドを出て正面の広場が騒がしかった。
「ローズさんっ!」
 ミティアの声だ。彼女が大声を張り上げるなど、珍しい。
 三人が広場を見た。既に戦場だった。ミティアがローズを庇って剣を振り上げているのが見えた。
 その相手は、北の山道で戦った下品な笑い方をするシフだ。彼は仲間を分散させ、戦力を削ってジワジワと潰しにかかっていた。そして今回もそうだ。別れて情報収集をしていたところを襲撃した。
 なかなかの策士だ。誰かの提案かもしれない。ジェフリーが知るシフは、べらべらと重要な情報を口にする迂闊な奴だと認識している。
 ジェフリーが声を上げる前に、ローズが気がついた。
「ジェフ君!!」
「博士、兄貴たちはどうしたんだ!」
「それが……」
 ローズが言う前に、シフが嘲笑う。
「ふはは、今頃はネーチャンと仲良く生き埋めになってるぜ」
 下品な笑いに胸糞悪さが増す。シフはミティアの剣を短剣で振り払った。
 ミティアは剣を払われても自身の剣を離さず、強気の姿勢を見せた。怒りに声を震わせる。
「どうして……どうしてそんなひどいことするの!?」
 誰もが、そう思っただろう。
 ジェフリーが柄に手をかけながら地面を蹴った。広場との距離はすぐだ。ジェフリーの横ではサキが、詠唱を開始している。
 自分に向かって刃を向けようとしているのがジェフリーと知り、シフは刃を向ける。
「またやられに来たかクソ野郎が!」
「生憎今、機嫌が悪い」
 刃が交わる。あまりの剣戟にシフが弾かれた。
 シフが退いた。その隙にサキが追撃を仕掛ける。
「放つ光、閃光の如く、我、魔力解放せん……ティラマラント!」
 怒りで我を忘れているようだ。突然の魔力解放、戸惑いながらカバンから圭馬が飛び出した。
「しょーがないけど、ボクはキミに従うよ……」
 圭馬はサキの魔力によって、藤色のローブを身にまとった獣人の姿に変身する。天に向かって手をかざした。
「アンリミテッド・シューティングスター!!」
 光の矢を放つ追跡魔法だ。シフは回避を試みているが、地面が抉り返され、土埃が舞い上がった。派手な演出だけではなく、威力もすさまじい。これが指す意味をショコラは知っていた。
「いけません主様ぁ!!」
 魔力解放によってサキは立ちくらみを起こし、膝をついた。コーディが手を貸すもフラフラだ。
「やりすぎだよ……」
 サキは媒体なしで強力な魔法を放ったせいで、自身の体力が削られた。肩で息をしている。
 土埃が鎮まる。静けさにやったかと思えた。 
 ジェフリーの真横を風が抜ける。嫌な予感がした。
「うわっぶぶあぁッ!!」
 コーディの情けない声が響き、別の土埃が舞っている。いや、地面をほじくり返す勢いの大荒れだ。まるで、超人の肉弾戦でも見ているようだ。
 岩壁にサキとコーディが打ちつけられ、ぐったりと地面に伏せている。
「サキ!! コーディ!!」
 一体何が起こったのか、ジェフリーも困惑する。
 土埃から短剣を振り上げたシフが姿を見せた。気づいたときはもう遅い。まずはサキから無力化する戦略が光る。魔法が使える人間は敵対したら、間違いなく一番厄介だ。
 もっとも、今は納得している場合ではない。
「再起不能にしてやるぞ、魔導士!!」
「やめろっ!!」
 ジェフリーの叫びが虚しい。
 シフの手際があまりにもいいので、行動が追いつかない。今から剣を手に割り込めるかというと、そんな速さはジェフリーにはない。いや、キッドに続く素早さを持った彼女がいた。
「そこを退け、生贄ちゃん」
 生贄ちゃんとは、ミティアを指す。こんな特殊な呼び方、シフ以外にいない。
 ミティアは立ち向かうわけでもなく、割って入ったまま剣を下げていた。彼女の表情は険しい。
「ミティア、下がれ!!」
 ジェフリーはここで自身の違和感に気がついた。足が動かない。上半身だけしか動かせないのだ。足もとに、光をまとった短剣が見えた。しっかりと影を捕らえている。
「なっ、まさか……」
 動きを封じられたと見ていい。土埃が舞った直後にやられたのだろう。ジェフリーは血の気が引き、背筋が凍りそうになった。つまり、今のジェフリーは剣が振れない。仲間を助けにも、庇いにも、目の前のミティアを止めることも叶わない。
 こんな生殺しは今までにない。思考を凝らすも、行動の引き出しは限られる。付け焼刃で魔法を放つか。それも悪あがきに過ぎない。潰されて終わってしまう。
 何か策はないものかと、目を頼りにする。視界にローズが入ったが、彼女も様子を見ていた。彼女も媒体による少々の魔法が打てるが、それも微々たるもの。
 黙ってミティアとのやりとりに耳を傾ける。せめて、サキかコーディが意識を取り戻してくれるといいのだが。
 ニヤニヤと品のない笑い方をするシフに対し、ミティアは剣を鞘に収めて両手をぶらつかせた。争わず、話がしたいサインだ。
「どういうつもりだ? 俺は目がいいから誤魔化せねぇ。お前……誰だ? 前に会った弱々しい生贄ちゃんじゃねぇな」
 まるでミティアが別人とでも言いたそうだ、これは気味が悪い。
 ミティアは凛とした表情で質問をする。
「こんな奇襲を仕掛けるなんて、誰に頼まれているの?」
 シフは眉をひそめた。皆は一緒だったせいでわからなかったかもしれない。
 ……彼女の『変化』に。
「抵抗せず、黙って従うのなら、教えてやってもいい」
 質問は取引へと変貌する。心理戦、というのが正しいかもしれない。シフに従う。つまり一緒に行かなくてはいけない。
 ミティアはジェフリーに視線をおくり、倒れたままのサキとコーディも確認した。そして、今にも泣きそうな天を仰ぎ、目を閉じた。
「これ以上、みんなを傷つけないでくれるなら、あなたに従います」
 やけに簡単に折れてしまった。当然ジェフリーは黙ってはいない。
「やめろっ!! 自分が何を言っているのか、わかっているのか!? そんなことをしたら……」
 なぜ抵抗しないのだろう。訴えるも、ジェフリーは手を出せない。言ったところで、ミティアが思い直すとも思えないのが悔しい。
「わたしは『今』が好きだし、何よりも、みんなを大切に思ってる」
「だからって……」
「ジェフリー……私は待ってるから。絶対に、迎えに来て……」
 ミティアは悲しげだったが、泣いてはいない。交わす少ない言葉の中に、信頼も愛情も込められていた。今はただ、納得するしかない。状況が不利なのはわかっているのだから。
 シフはやり取りを耳にして、嫌らしい笑みを見せるのかと思いきや、険しい表情だった。彼にとっては有利で無駄のない取引のはずだが、何が気に食わないのだろうか。
 ミティアは顔色をうかがいながら向き直った。
「その目は何だ?」
「わたしをさらうのだけが目的じゃないと思いました」
「……ふん。本当は厄介な奴は潰しておきたかったが、これも『命令』だからな」
 シフがヒントを口にした。
 ミティアは思った。シフは誰かにそそのかされているに違いない、と。
 現状で抵抗しても、勝ち目がない。それどころか、この人の話が本当なら、竜次とキッドが危ない。時間は限られている。
 見据えていたミティアとは違い、ジェフリーは気が気ではなかった。好きな人が自分から遠ざかる思いに押し潰されそうだ。黙って見ているしか出来ないのがもどかしい。
 シフが右腕を広げ、ミティアを迎え入れようとする。彼女も一歩踏み出した。その足は次を踏み出すどころか、先へ飛び込もうとしていた。
「だめぇっ!!」
 ミティアが絶叫した。シフの背後からローズが飛び掛かっている。
 ローズはシフの左腕を抱え込むように掴みかかった。一矢報いるつもりだ。
「ローズさん、だめっ!!」
「ジェフ君!!」
 ローズがジェフリーに叫んだ。一つの合図とも思われる。
「のぉん」
 ジェフリーの背後でショコラの鳴き声と、カラカラと金属の音がした。この鯖トラ猫によって、影を捕らえていた短剣がなぎ倒されていた。
 つまり、動ける。
「キミ!! しっかりするんだ!!」
 圭馬の声もした。サキとコーディを気づかせようと、交互に呼びかけている。この短時間で、立て直しを図ろうとしているのだ。
 それでも希望は一瞬で砕かれた。
「邪魔を、するなぁぁぁぁぁッ!!」
 シフが低い声で唸る。
 空いていた右腕から短剣が見えた。ミティアがこれに反応する。たいした瞬発力だ。
 結果は止められなかった。止めることは叶わなかったが、軌道は逸らせた。ミティアはシフの短剣を持った腕にしがみついたのだ。
「…………うっく」
 ローズの体が崩れ、膝をついて蹲った。白衣からは血が滲んでいる。刺されたに違いない。
 シフは剣を握る手の重みに気づく。
「ふざけた仲間だな……」
 ミティアは血の滲む短剣を退かせようと食い下がる。
「お願い、もう……やめて!! 傷つけないで!!」
 シフの視線は、自然と自由を取り戻したジェフリーへ向いた。
「生贄ちゃんはやめろって言ってんぞ」
「…………」
 ローズも負傷した。このおかげか、ジェフリーは冷静になれた。剣を振れば確実にミティアも傷つけてしまう。
 わかっていても、柄に手をかけそうになった。
「ジェフリー、仲間を……先生とキッドを助けて! 今この人と争っても、敵の正体は見えないままだよ」
 ミティアからの警告だった。今すべきは、自分を助けることではない、と。
 本当の悪党なら、ここで追い打ちをかけ全員を負傷させるだろう。シフは高笑いをするわけでもなく、ミティアを抱え込んで緑色の魔石を弾いた。
 音もなく、すっと消える転移魔法。こんな魔法、アイラも使っていた。高度な魔法なのだろう。
 音もなかったのだから、虚しかった。抵抗して、泣き叫んでくれたら、自分も泣くことができたのに。ジェフリーは拳を握って、歯を軋ませた。
 悔しがるのは当然だ。切り替えが出来ていないジェフリーを、鯖トラ猫が諭した。
「お前さんはあの娘さんしか『大切』ではないのかのぉん? 焦っているのはもちろんじゃが、視野が狭くなっていたのではなかろうかなぁん?」
 惚けたふりをして、肝心な時に手を貸した。だがそれは、やるべきことを見定めてもらうため。ただジェフリーを助けたわけではない。
 ショコラは契約を交わした主、サキを第一に考えてほしかったと思っていた。残念ながらショコラの自分勝手な考えではあった。
 だが、これがきっかけで、ジェフリーは仲間に目を向ける。
「そうだ、博士!!」
 やるべきことは決まっている。皆を助け、依頼された調査をしながら、ミティアを助ける方法を探す。
 誰も犠牲にしなかったミティアの選択を、間違ったものにしないために。

「うぐっ……浅いけど広い傷か……」 
 ローズが顔を上げ、深呼吸した。手と白衣には血が滲んでいるが、傷は浅いようだ。白衣のせいでひどく見える。彼女は医者なのだから、自分の傷の程度はわかっているはず。
 ジェフリーはローズを支え起こす。
「大丈夫なのか?」
「ミティアちゃんが間に入ったおかげで、ネ……」
 ローズは引きつった笑いをしながら、大丈夫と頷いた。ミティアが止めなかったら、もっと大怪我をしただろう。
「でも、ワタシの怪我は無駄にはならないハズ……」
「博士……」
 半ば放心状態だ。こんなジェフリーは珍しい。
「ジェフリーさん……」
「サキお兄ちゃん、そんなフラフラじゃ何も出来ないよ⁉」
「悔しい。僕が……ただやられるなんて」
 サキは唇を噛み締めて何度も瞬いていた。
 やっとコーディに支えられて立ってはいるが、今にも倒れてしまいそうだ。
「いきなり魔力解放する魔導士がいるぅ? キミの魔力、全部使うところだったじゃないか。しかも媒体なし、体がバラバラになっちゃうよ。死んじゃ困るんだけど?」
 圭馬に苦言を刺された。それでも、サキは納得しない。
「許せなかった。姉さんが、姉さん……先生……」
 キッドが、姉が危険な目に遭っている。知って許せなかった。
「泣きっ面に蜂って嫌だろうけど、挑発に乗ったら思うつぼだよ。もっと冷静にならないといけない。耐え忍べば、いつかは隙を見せるモンだよ」
 サキは圭馬からさらに厳しい叱責を受けた。一見ひどいが、言っている内容は正しい。
「ま、なっちゃったものはしょうがないよ。あの人、お姉ちゃんの命を奪うまではしないでしょ。誰かの命令で動いていたみたいだしね?」
 胸糞が悪い話だ。わかってはいるが、ミティアが犠牲になる必要が本当にあったのかはジェフリーの心に引っかかったままだった。
「兄貴たちを助けないと……」
 か細く頼りない声だ。とてもジェフリーの声とは思えない。
「ワタシ、サキ君と宿にチェックインしますデス。コーディと採掘場へ」
「博士、でも……」
「ジェフ君、らしくない。ここは任せるデス」
 ローズが辛うじて立ち上がる。少し辛そうだが、彼女は自分で手当てができるだろう。
 コーディとタッチした。入れ替わりにコーディが前に出る。
「ジェフリーさんをお願いします……」
 役に立たない、無理に行っても足手まとい、それを自負しサキはコーディに託した。
「僕は大丈夫です。切り替えて、回復に努めます。圭馬さん、ショコラさん、一緒に行ってあげてください」
 厳しい目と厳しい助言が必要だ。そう判断したサキが圭馬とショコラを放った。
 使い魔の様な扱いだが、本来これは正しい扱いだ。
 場所を聞いてすぐに向かった。
 取り乱しそうになったのを皆が止めてくれた。
 それがどんなにありがたいことであったのか、ジェフリーは後に知る。
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