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【6】思惑
そっと感じるフィーリング
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王都フィリップスの大図書館。サキとジェフリーは、利用者がいない場所に来た。床や本棚に埃が見える。ここはあまり手が行き届いていないようだ。それだけ貴重な本の望みは薄いかもしれないが、見ないわけにもいかない。
ジェフリーは沙蘭から寄贈された本がまとまっている棚を見つけ、足を止めた。
「寄贈された本、ちょっと見ていいか?」
本棚の脇に、沙蘭からの寄贈された本と丁寧な文字で張り紙がされている。サキも目を引くものがないか、念の為目を通している。
背表紙がないものもあり、サキの卒業論文を思い出した。
「寄贈されたのは、本だけじゃないのか?」
ジェフリーが手にしたのは子どもの落書き帳だった。冊数が多い分、変なものがたまに混じっているのは知っている。だが、今回は多そうだ。
「確か、寄贈された本は、あまりチェックが厳しくないんですよね。フィラノスの大図書館にも、時々夏休みの宿題とかスケッチブックが混ざっていたのを見たことがあります。個人の日記もたまに見ますね?」
「うーん、背表紙がないものは引っ張ってチェックするしかないか」
「寄贈された本はあまり有益な情報がないかもしれませんが、僕も一応見ますね?」
ジェフリーとサキは手分けして本棚の本を物色した。
新調の高いジェフリーは、腰から下の棚をチェックするのがつらい。中腰になって、本をなぞっていった。
また背表紙がないものだ。手帳かと引いて表紙を見ると、可愛らしい押し花がとじてあった。これでは中身がわからない。
適当にパラパラとめくると、中はカレンダーがあり、一言日記のようだった。前半はほぼ毎日、ぎっしりと枠に文字が書いてある。数ヶ月を過ぎると文字を書き記した日が飛び始めた。書くのが飽きたのかと見流していて閉じようとして、見覚えのある名前を見つけ、手を止めた。
『明日は竜次君の誕生日。実習から帰って来るから、ちゃんと起きよう』
ジェフリーの手が震えた。この日記の持ち主の名前を探す。
「ジェフリーさん、どうしたんですか?」
サキは立ったまま手帳をめくるジェフリーに駆け寄った。ジェフリーは血眼で、めくっては名前を探している。結局名前は見つからなかった。
よく見れば、沙蘭の街中にある店舗の名前もある。買ったものや食べたものの名前が独特なのも、沙蘭だからだ。持ち主が沙蘭の人であるのは間違いないが、まさかと思った。
ジェフリーはサキに訊ねる。
「これ、持ち帰ったら怒られるか?」
サキは手帳を手にして軽く眺めた。表紙と裏表紙、中もざっと目を通してジェフリーに返した。
「管理カードが入っていませんね。個人の日記みたいですが、どうするんですか?」
「や、別に俺じゃないんだが、兄貴の知ってる人の日記かもしれない」
今のところ、この判断までしかできない。あまりいいことではないだろうが、ここに紛れ込んでいるのもこの日記が埋もれて気の毒だ。ジェフリーは弔いや供養にもなるだろうと考えていた。
「そう大きくはないので、大丈夫だと思いますよ。でも、バレないように、そっとお願いしますね?」
一応周囲を見るも、人は見当たらない。それを確認して、ジェフリーはジャケットの懐ポケットに忍ばせた。この世界でそう被るような名前ではない。何となくだが、竜次が亡くした彼女の日記かと思う。だが、沙蘭からの寄贈された部所にあるのは少し違和感があった。
図書館で、本の配置がバラバラになるのはよくある話だ。案外大図書館とは名ばかりで、自分たちが思っているよりもずっと管理が大変なのかもしれない。それゆえに管理が行き届かずにずさんな印象を抱く可能性がある。
ここ数日、竜次の精神的な面で心配だ。彼には今、支えがない。自殺未遂を起こした前歴から、これを出すのも少し慎重になった方がいいだろう。見せないという選択肢もある。日記の他に、剣術のメモがあった。これだけ見せたいような気もするが、なかなかに難しい。むしろこの剣術のメモは、ジェフリーが個人的に見たいと思った。
「ジェフリーさん、ノックスには向かうんですよね。お師匠様の手紙で行き方はわかりましたが、どんな街なのかの下調べ、ここでしてしまうのもいいのでは?」
「そうだな。同じ領土なら、資料くらいあるか」
歴史に長けるフィリップスなら、そういった情報も得られるかもしれない。
「俺はこっちを見よう」
「はい、じゃあ僕はこっちから行きますね」
一番奥の部屋に来て、大きな本棚を手分けする。きちんとした背表紙で、貴重な本がいくつかあるようだ。見慣れない言葉を見受ける。
「ノックスの超常現象?」
気になる本を見つけ、ジェフリーが手に取った。本棚に寄りかかりながらめくってみると、街でこれまで何が起きたかが記されている。
炭鉱の街として古くから栄えているが、度々不可解な現象が起きるとの記載だ。
近くに世界を見下ろせると有名な天山もあり、観光としても栄えはするものの、最近まではどこの管轄にも属さなかったノックス。
火山があるわけでもないのに大地震が起き、崩落事故も多発する。街は山のような地形に穴が空いた造りになっている。
これは天空都市の一部が落ちてきたという古き人の証言があるようだ。
同時に天空都市の民も地に落ちた。地上の者はその人々を神の使いと崇めたとある。
超常現象かもしれないが、あまりにも非現実的で胡散臭い。思いながら何枚かページを捲ったが、目に入った言葉に手を止めた。
『天空の民は祈る行為によって、科学的に説明のつかない力を発揮する』
ページを戻って読み直した。天空都市、つまり地上ではない場所。地上の人間や種族とは違う力を持つ。
禁忌の魔法に近いものを使うが、リバウンドはソフォイエル神族よりも少ない。
嫌な予感がする。
祈る、天空都市、天空の民、禁忌の魔法に近い。材料がこれだけ出て来ると、不思議とミティアに結びついた。
「ジェフリーさん、あれ?」
辛辣な表情で読んでいるのをサキに見つかった。
「魔鉱石についてわかった点があったのですが、ジェフリーさんは何か見つけました、よ……ね?」
サキはジェフリーが持っていた本を覗き見た。
「いや、読んでいい。多分、説明しなくてもわかるだろうから」
ジェフリーは本を開いたままサキに渡した。
「……?」
「俺はこのままほかの本も見る。少しでも何か見つけたい」
スッとジェフリーが離れ、ほかの本棚を物色しだした。ここまで来たら、彼だって必至だ。少しでも何か得ようという姿勢にもなる。
渡された本を読みながら、サキは唸っていた。心当たりがあるからだ。
「もしこれが本当なら、種の研究所が放っておくとは思えませんね……」
本の背表紙を指で触りながら左右に流して行くジェフリー。下まで行って、特に目ぼしいものはない。
どうして、貴重な書物の場所に、料理や生物の本まであるのだろうか。
ジェフリーは小難しい顔をしながら、次の本棚に向き合う。閉館の時間が近いチャイムが鳴る。ささっと速足で本を見る意識を持った。
だが、サキは未だに渡された本を読んでいた。しかも、あまりいい表情をしていない。
圭馬とショコラも飛びついて、一緒になって読んでいる。
「ん?」
ジェフリーが見上げながら妙なものを見つけた。
数十冊ほど同じ作者の本が並んでいる。ショコラ・マーリュージュとある。
「これはあんたの本じゃないか?」
「のぉん?」
ジェフリーが呼びかけると、ショコラはすり寄った。抱っこは無理な位置なので、そのまま頭に乗せる。温かくて柔らかい。
「わしの本じゃなぁ。幻影魔術の本が置いてあるとは、こりゃまた珍しいのぉん」
「あんた、ソッチ系の魔法を使うのか?」
「そうなのぉ。人を騙すのが得意なのよぉ?」
おっとりした口調とは裏腹に、意外とトリッキーかもしれない。ジェフリーは小さく笑った。
「習ってみたいものだ」
「んんふぅ、その気があればいつでもどうぞぉ?」
少なくとも、ジェフリーは強い魔法を使えない。こういう魔法でサポートとして回るのはかなり前向きに考えたい。どうせ主力は剣術なのだから、補助として使うなら相性はいいかもしれない。
ジェフリーは適当に下ろしたが、ショコラは彼の膝に乗って来た。そのまま本棚を眺める。どうもショコラはかまい過ぎないジェフリーを気に入ったようだ。
『間もなく閉館です!』
人が来て、反射的に動物の化身をそれぞれ抱え込んで隠した。
なんとかやり過ごしたが、かなりヒヤヒヤさせられた。
「仕方がない。今日はこのあたりにして、ここを出よう」
「そうですね。だいたいのほしい情報は得られましたね。少し無理して来てしまいましたけど……」
「俺が長話したせいだな」
「いえ、来たかったらまた立ち寄ればいいので。まだまだ面白い本がありそうですし」
サキはジェフリーをいっさい責めなかった。ほしい情報はだいたい手に入ったのだから、あとは整理して進むしかない。
大図書館を出ると、空には闇夜の緞帳がおりていた。
「そんなに長居したか?」
「冬になりかけですし、日が短いのかもしれませんね。少し街中を見て、ローズさんのお宅へ戻りましょうか」
街の明かりがイルミネーションのように見える。王都なだけあって、品のある街並みだ。歩きながら、ジェフリーが口を開いた。
「心配の種を増やすようで悪かったな」
「どうして謝るんですか?」
「もともと、お前って、何か目的があって来たわけじゃないだろ? それが今はこんな大事に首を突っ込んでいるんだ。もっと平和に暮れせたかもしれない」
ジェフリーなりの気遣う言葉だった。が、サキは少し怒っているようだ。
「何を今さら……僕は間違った判断をしたと思っていません。これから間違うかもしれないですけど、そうした時は上手く転べるように勉強として身につけます」
サキはムッとしながらも、どこか笑っている。
歩きながら互いを確認するように会話した。
「ジェフリーさん、変わりましたよね。前はもっと近寄り難い感じでした」
「お前こそ、クソ生意気なところが減って素直になったよな」
「うわぁ……僕って生意気だと思われてたんだ……」
ジェフリーは褒め返したつもりだ。だが、サキは変な捉え方をした。
旅の道中で協力者としてサキを頼ったのがことの発端だ。一行の欠かせない存在であり、助けになっている。強敵を撃破する要と言っても過言ではない。
少し年の離れた友だちだと、ジェフリーは思っていた。個人的な相談も乗ってくれる貴重な存在だ。ジェフリーは多くを語らないが、サキに絶大な信頼を寄せていた。
ローズの家に帰った。いい匂いがする。
「ただいま戻りました。なんかいい匂いがしますね?」
サキが大きめの声で玄関のドアを開けると、家の中の空気が暖かい。
カウンター越しの台所で、エプロン姿のミティアがフライパンを振っていた。
その手前で、お皿を出しているコーディが顔を上げる。
「あ、お帰り。やけに遅かったね」
「すみません、閉館までいたもので。僕もお手伝いしますよ」
サキはカバンを置いて、手伝おうとする。コーディは呆れていた。
「外から帰ったらせめて手を洗いなよ」
「あわ……ごめんなさい」
ジェフリーは手伝うよりも先に、台所の水場で手を洗い、拭いている。当然のようにミティアが気になる。フライパンの上で蕎麦ものが踊り、トングで混ぜているようだ。
ミティアが料理を作るのが想像できない。記憶が正しければ、彼女は家事が苦手だったはずだ。
「みんなが食べられるものを作れよ?」
ジェフリーは怪訝な表情で疑いをかける。ミティアはにっこりと笑っていた。
「焼きそばだからみんな食べられるよ。ケチャップってどこにあるの?」
「…………」
炒められた野菜のいい匂いはする。味つけはまだのようだ。助かった。
ジェフリーはミティアの隣に立ち、フライパンとトングを奪った。中に海老や貝が見える。凝った材料で作ったものだ。
「この具材なら、塩と煮干し粉でいいだろ。どうせこの量だ、もう一回は作らないとみんなの分がないぞ?」
「あっ、そうそう、材料はあるの。いろんな味が作りたくて」
「わかったから、野菜を切ってくれないか? 肉はこんなに厚切りだと蒸らさないと火が通らないぞ」
「はーい……」
ジェフリーの方が料理の手つきがいい。彼に託した方がいいものを作れそうだとミティアは素材の準備をする。冷蔵庫の中を見て何か追加を検討しているようだ。
手を洗いに来たサキがミティアに話しかけた。
「先生や姉さんたちは何をしてます?」
「上で先生とローズさんが話し込んでたよ。キッドは地図帳を見ていたような」
竜次とローズが話し込んでいるとは珍しい。
手を拭きながら気にするも、先にキッドが地図帳を持って下りて来た。
「あら、おかえり。遅かったじゃない」
「ただいま、姉さん」
食器を出すのを手伝っていると、声がかかった。地図帳を見て目の色を変えた。
「あとでそれ、見せてもらっていいですか?」
「じゃあ椅子に置いておくわね。食器並べなら、あたしがやるわよ? あんたはお皿割りそうだし」
キッドに手伝いを奪われた。慣れない手つきなのは認めざるを得ない。
「まだ、ご挨拶していない方はどちらかしらぁ?」
「あぁ、そう言えば……」
今度はショコラから声がかかった。見ていないうちに、圭馬は台所に行ってしまっていた。ミティアから野菜の切れ端をもらっては食べている。
大人しくしているし、彼女に余計なことを言っていないならいいだろう。ジェフリーも一緒だ。
サキはショコラを連れて階段を上がった。三階から話声と金属音がする。
挨拶するよりも前に、階段を上がる足音で反応された。先に声を上げたのはローズだ。
「サキ君、おかえりなさいデス」
ローズは何か解体している様子だ。それを竜次が覗き込んでいる。
竜次はショコラの存在に気がつくと、だらしない顔で手招きした。
「そ、その猫さんはどうしたんですか? にゃん……」
早速デレデレとだらしない表情をしている。
ショコラはしつこい人を好かないようだ。淡々と紹介する。
「わしは幻影魔術を得意とするショコラじゃのぉ。よろしくなのぉ」
「私は竜次と申します。こんにちは、いえ、こんばんはですね。何て可愛い……」
「先生と呼ばれておるのはそなただのぉん?」
ショコラの指摘を受け、竜次は軽く咳払いをして表情を引き締めた。
「そ、そうです。一応これでもお医者さんなので」
キリッとしているのだろうが、どこかデレデレを隠すむず痒さを訴えている。
「そうかぁ。不慣れが多いが、よろしく頼むのぉん」
最後に、にゃおんと加えた。竜次が卒倒しそうにクラッと首を動かした。猫を被った真面目さの崩壊が早い。
「先生もローズさんも何をしていたんですか?」
サキも興味津々にローズの手元を覗いた。
「銃……? もしかして、沙蘭のマスケットですか?」
「サキ君、ご存知だったのですか? さすがですね」
知識豊富なサキは知っていることを述べた。
「重たくて反動も大きくて当たりにくい。お手入れが大変で、改良を加えないと使いこなせない……までしか知りませんが」
だいたい合っている。そこまでが模範解答でもいいくらいだ。竜次はこくこくと小刻みに頷いた。
このままでは実用的ではない物に、ローズが手を加えている。
「それを、ワタシが改造と改良をして……」
ローズは機械整備士のライセンスもある。本当にマルチな学者で医者だ。彼女は戦場以外の、こういった面で頼りになる。カチャカチャと金属が組まれ、パチンと部品がはめられた。
「ほい、先生サン、どうデス?」
ローズが持ち手を竜次に差し出した。
「あぁ、軽い……」
「あとは、火薬の量が少なくても撃てるようにしましたデス。目盛りを回せばワイド撃ち……リロードが重いのでまた改良しますネ」
「これで少しは役に立てそうです。助かりました」
竜次もまた、新しく何かを得ようと必死だというのは伝わった。
ローズが指先を真っ黒にしながら、工具をしまい込んだ。脇の黒く汚れた布の上には、削り出した金属や細かい部品が置かれている。
「サキ君来たということは、そろそろご飯デス?」
「はい、もう食器が出ていますので」
やり取りがあってすぐに、下からキッドの呼び出しがあった。
情報整理と、これから行動を決める会議の時間でもある。
三つほどの大皿に違う味付けの焼きそばが盛られていた。
「今日もケーキがあるらしいぞ」
嬉しそうなミティアの横で、ジェフリーが呆れながらため息をついた。
海鮮が入っている塩味、ノーマルなソース味、どうしてもこの味つけがしたいと作られたマヨネーズとケチャップの味。前者二つが好評だった。ミティアが作ったマヨネーズケチャップはイマイチのようだ。
どれを誰が作ったとは言わなかったが、マヨネーズケチャップだけ見事に残ってしまい、ミティアがしゅんとしている。
「あんまりおいしくないね、これ」
「個性的な物を作ろうとするのがいけない。俺が食うから取っておけ……」
パスタを食べているのに近い風味だ。肉ではなくベーコンというあたりがまた焼きそばとは違うものを想像させる。
「ミティアさんが作ったんですか? 僕が食べますよ!」
「やっぱりミティアが作ったのね? ナポリタンみたいじゃない……」
食べようという姿勢は大したものだ。特に、このままサキは肥えてほしい。
キッドの指摘はごもっともだ。
料理が少なくなってきたところで話を持ち寄った。
切り出しに、ジェフリーは城での情報を
「まず、謁見に関してだが、大きな問題はなかった。兄貴とコーディが上手くやってくれたお陰もあるが、明日は国の依頼で北の炭鉱の街ノックスへ向かう。依頼内容は発掘された石の中に変なものがあり、街の一部が浮いたという調査だ」
コーディは依頼書を見せた。フィリップス王代行のクレスト王子とある。これに竜次が言葉を添える。
「私と面識があったのもありまして、話は大変スムーズでした。だいたいはフィリップスと手を組む話にまとまりました。敵はフィラノスだと」
竜次も城での話をする。敵はフィラノス国だという、ひどい話だ。
「魔法無効能力者のキッドさん。強力な魔法を使える兵器にも成りうる魔導士、これはサキ君に限らないでしょうが人情マダムもそうかもしれません。それから旧国ヒアノスの王女、これはミティアさん。最終的にはこの世界を支配することがフィラノスの目的。ほしいものを手中に収めて、世界そのものを制圧ではないかと読んでいます……」
「敵はフィラノス……ですか」
竜次の話にサキが顔をしかめる。フィラノスが敵国だと、このままだとフィラノスに行きづらくなるのではないかという懸念事項だ。
「いずれはフィラノスに戻るつもりだったのですが……」
サキの言葉に、竜次とコーディとが目を合わせ、頷いた。
「フィラノス、今は危ないかも? 魔導士狩りの調査をしてる。ローレンシア一家ではないかってギルドでニュースになってたよね」
「えっと、コーディちゃん? それって僕も危ないですか?」
明らかにサキが動揺している。もしかしたら、アイラもそうではないかと悪い考えが加速する。
「念のためですが、自分から名乗ったりはしない方がいいかもしれませんね」
竜次も忠告をする。
サキは大図書館で受付が渋い顔をしたのは、もしかしたらこのせいだったのかもしれないと思った。
「気をつけます……」
サキの行動に制限がかかるのは、正直痛手だ。名乗らなければ目をつけられないだろうが、懐中時計は誤魔化せられない。
やはり、外の世界でも、名前に縛られている。
サキは気持ちを切り替え、森での出来事を報告する。
「東の森では、こちらのショコラさんにお話しを聞きました。結果、同行することになりました。お話の内容は、世界は三つ存在する話です。天空都市、アリューン界、それからこの世界。魔界も入れていいのかはわかりませんが、凝ったお話をしました。それをベースに大図書館でも調べ物をしました」
ノックスはもともと天空都市の一部だった話などを交えた。
魔鉱石と天空都市に接点がありそうで、コーディやジェフリーがその話をする。
「依頼内容は調査だけど、魔鉱石が暴走して一部が空に浮いたって話ね」
「天空都市の一部って言うなら、逆も然りか。浮くなら、地上から天空都市に行くヒントになるかもしれないな」
問題はその技術を得るのは難しいのではないかという説だ。
これにはローズも渋い反応を見せる。秘密をにぎっているものと思われる純血のアリューン神族。覚えがない。そもそもアリューン神族の情報は極めて少ない。技術に長けていたとしたら、なぜ何も残っていないのだろうか。
「純血のアリューン神族は知らないデス」
これが厄介だ。そんな知り合いはいない。
アリューン神族と言わない限りは、普通の人間と大差がないため、把握は難しい。末裔や混血はローズのように自然と生活に溶け込んでいる。
アリューン神族の話になり、竜次は考え込んでいた。
「これは意識して探すしかないでしょうね」
何か引っかかっているものを感じた。確証がない段階では言えないが、もしかしたらアイラはそうかもしれないと考えていた。それなら、アリューン神族の混血だったクディフとの因縁があるのも頷ける。だが、知っていたらこの場でサキかジェフリーが反応するだろう。定かではないのでとりあえず伏せておいた。
話が少し反れたが、コーディはノックスの騒動に関する調査が気になっていた。
「炭鉱の探索やだなぁ。なんかいるのかなぁ。おっきいのと戦うの、やだよ?」
確かにここから先は不明な点が多い分、予想外の遭遇もあり得る。
「まぁ、だから手段は多いに越したことはない。その対策は個人でするしかないな。とりあえず下手くそな魔法を始めたぞ」
ジェフリーが自慢をしながら、簡易魔道書を引っ張り出した。今のところ、ないよりはマシ、くらしにしかならないが。
「あーあ、ジェフリーお兄ちゃんと被ったし」
コーディが椅子の下からポシェットを取り出した。中から緑の魔石が取り出される。
「私はぺーぺーだから、威嚇にもならないけどさぁ」
各自で動き出した。あえてその会話の中に、竜次は入らなかった。
「さて、話はこんなもんかしら?」
いつも難しい話に入っては来ないが、一応聞いてはいたキッドが、みんなの様子を見て立ち上がった。
「あたしも磨くわ。先生、組手に付き合ってくださいよ」
「えっ? わ、私ですか? ケーキがありますよ?」
初めから武器を二つ持つキッドが、剣技を磨きたいようだ。竜次を指名した。
「あたし、いいや。少しでも戦力アップを狙いたいし」
チーズケーキを断った。珍しい。そもそも七等分は難しいのだが。
竜次がローズに了解を得ようとすると、ローズは言われる前にピースサインをした。
「改造なら任せるデス!」
「すみません、ローズさん。よろしくお願いします」
「戻って来たらチェックしてネ」
竜次も立ち上がった。荷物から久しぶりに木刀を引っ張り出す。握るのは、本当に久しぶりだ。
「よ、よし、私も頑張らないといけませんね」
竜次がしっかりしてくれるのはありがたい。
「ちょっと打ち合いして来ますね」
二人は軽く身支度をして出て行った。珍しい組み合わせかもしれないが、悪くない。
「俺たちも地図帳で街中に何があるか、確認するか。そのまま散歩に行ってもいいな」
ケーキの乗ったお皿を持って、ジェフリーとサキが三階へ上がった。
「わたし、洗い物するね」
ミティアはぺろりとチーズケーキを食べ、空いたお皿を片づけ始めた。
フォークを滑らせながら、ローズとコーディが顔を見合わせる。
「一切れどうするの?」
「んン? これをまた半分つして、置いておけばいいじゃないデスカ?」
「なんだ、ローズも気づいてるんだ? 賛成」
くすくすと笑い合った。さらにナイフを通して、細身のチーズケーキを二つ作った。
ジェフリーは沙蘭から寄贈された本がまとまっている棚を見つけ、足を止めた。
「寄贈された本、ちょっと見ていいか?」
本棚の脇に、沙蘭からの寄贈された本と丁寧な文字で張り紙がされている。サキも目を引くものがないか、念の為目を通している。
背表紙がないものもあり、サキの卒業論文を思い出した。
「寄贈されたのは、本だけじゃないのか?」
ジェフリーが手にしたのは子どもの落書き帳だった。冊数が多い分、変なものがたまに混じっているのは知っている。だが、今回は多そうだ。
「確か、寄贈された本は、あまりチェックが厳しくないんですよね。フィラノスの大図書館にも、時々夏休みの宿題とかスケッチブックが混ざっていたのを見たことがあります。個人の日記もたまに見ますね?」
「うーん、背表紙がないものは引っ張ってチェックするしかないか」
「寄贈された本はあまり有益な情報がないかもしれませんが、僕も一応見ますね?」
ジェフリーとサキは手分けして本棚の本を物色した。
新調の高いジェフリーは、腰から下の棚をチェックするのがつらい。中腰になって、本をなぞっていった。
また背表紙がないものだ。手帳かと引いて表紙を見ると、可愛らしい押し花がとじてあった。これでは中身がわからない。
適当にパラパラとめくると、中はカレンダーがあり、一言日記のようだった。前半はほぼ毎日、ぎっしりと枠に文字が書いてある。数ヶ月を過ぎると文字を書き記した日が飛び始めた。書くのが飽きたのかと見流していて閉じようとして、見覚えのある名前を見つけ、手を止めた。
『明日は竜次君の誕生日。実習から帰って来るから、ちゃんと起きよう』
ジェフリーの手が震えた。この日記の持ち主の名前を探す。
「ジェフリーさん、どうしたんですか?」
サキは立ったまま手帳をめくるジェフリーに駆け寄った。ジェフリーは血眼で、めくっては名前を探している。結局名前は見つからなかった。
よく見れば、沙蘭の街中にある店舗の名前もある。買ったものや食べたものの名前が独特なのも、沙蘭だからだ。持ち主が沙蘭の人であるのは間違いないが、まさかと思った。
ジェフリーはサキに訊ねる。
「これ、持ち帰ったら怒られるか?」
サキは手帳を手にして軽く眺めた。表紙と裏表紙、中もざっと目を通してジェフリーに返した。
「管理カードが入っていませんね。個人の日記みたいですが、どうするんですか?」
「や、別に俺じゃないんだが、兄貴の知ってる人の日記かもしれない」
今のところ、この判断までしかできない。あまりいいことではないだろうが、ここに紛れ込んでいるのもこの日記が埋もれて気の毒だ。ジェフリーは弔いや供養にもなるだろうと考えていた。
「そう大きくはないので、大丈夫だと思いますよ。でも、バレないように、そっとお願いしますね?」
一応周囲を見るも、人は見当たらない。それを確認して、ジェフリーはジャケットの懐ポケットに忍ばせた。この世界でそう被るような名前ではない。何となくだが、竜次が亡くした彼女の日記かと思う。だが、沙蘭からの寄贈された部所にあるのは少し違和感があった。
図書館で、本の配置がバラバラになるのはよくある話だ。案外大図書館とは名ばかりで、自分たちが思っているよりもずっと管理が大変なのかもしれない。それゆえに管理が行き届かずにずさんな印象を抱く可能性がある。
ここ数日、竜次の精神的な面で心配だ。彼には今、支えがない。自殺未遂を起こした前歴から、これを出すのも少し慎重になった方がいいだろう。見せないという選択肢もある。日記の他に、剣術のメモがあった。これだけ見せたいような気もするが、なかなかに難しい。むしろこの剣術のメモは、ジェフリーが個人的に見たいと思った。
「ジェフリーさん、ノックスには向かうんですよね。お師匠様の手紙で行き方はわかりましたが、どんな街なのかの下調べ、ここでしてしまうのもいいのでは?」
「そうだな。同じ領土なら、資料くらいあるか」
歴史に長けるフィリップスなら、そういった情報も得られるかもしれない。
「俺はこっちを見よう」
「はい、じゃあ僕はこっちから行きますね」
一番奥の部屋に来て、大きな本棚を手分けする。きちんとした背表紙で、貴重な本がいくつかあるようだ。見慣れない言葉を見受ける。
「ノックスの超常現象?」
気になる本を見つけ、ジェフリーが手に取った。本棚に寄りかかりながらめくってみると、街でこれまで何が起きたかが記されている。
炭鉱の街として古くから栄えているが、度々不可解な現象が起きるとの記載だ。
近くに世界を見下ろせると有名な天山もあり、観光としても栄えはするものの、最近まではどこの管轄にも属さなかったノックス。
火山があるわけでもないのに大地震が起き、崩落事故も多発する。街は山のような地形に穴が空いた造りになっている。
これは天空都市の一部が落ちてきたという古き人の証言があるようだ。
同時に天空都市の民も地に落ちた。地上の者はその人々を神の使いと崇めたとある。
超常現象かもしれないが、あまりにも非現実的で胡散臭い。思いながら何枚かページを捲ったが、目に入った言葉に手を止めた。
『天空の民は祈る行為によって、科学的に説明のつかない力を発揮する』
ページを戻って読み直した。天空都市、つまり地上ではない場所。地上の人間や種族とは違う力を持つ。
禁忌の魔法に近いものを使うが、リバウンドはソフォイエル神族よりも少ない。
嫌な予感がする。
祈る、天空都市、天空の民、禁忌の魔法に近い。材料がこれだけ出て来ると、不思議とミティアに結びついた。
「ジェフリーさん、あれ?」
辛辣な表情で読んでいるのをサキに見つかった。
「魔鉱石についてわかった点があったのですが、ジェフリーさんは何か見つけました、よ……ね?」
サキはジェフリーが持っていた本を覗き見た。
「いや、読んでいい。多分、説明しなくてもわかるだろうから」
ジェフリーは本を開いたままサキに渡した。
「……?」
「俺はこのままほかの本も見る。少しでも何か見つけたい」
スッとジェフリーが離れ、ほかの本棚を物色しだした。ここまで来たら、彼だって必至だ。少しでも何か得ようという姿勢にもなる。
渡された本を読みながら、サキは唸っていた。心当たりがあるからだ。
「もしこれが本当なら、種の研究所が放っておくとは思えませんね……」
本の背表紙を指で触りながら左右に流して行くジェフリー。下まで行って、特に目ぼしいものはない。
どうして、貴重な書物の場所に、料理や生物の本まであるのだろうか。
ジェフリーは小難しい顔をしながら、次の本棚に向き合う。閉館の時間が近いチャイムが鳴る。ささっと速足で本を見る意識を持った。
だが、サキは未だに渡された本を読んでいた。しかも、あまりいい表情をしていない。
圭馬とショコラも飛びついて、一緒になって読んでいる。
「ん?」
ジェフリーが見上げながら妙なものを見つけた。
数十冊ほど同じ作者の本が並んでいる。ショコラ・マーリュージュとある。
「これはあんたの本じゃないか?」
「のぉん?」
ジェフリーが呼びかけると、ショコラはすり寄った。抱っこは無理な位置なので、そのまま頭に乗せる。温かくて柔らかい。
「わしの本じゃなぁ。幻影魔術の本が置いてあるとは、こりゃまた珍しいのぉん」
「あんた、ソッチ系の魔法を使うのか?」
「そうなのぉ。人を騙すのが得意なのよぉ?」
おっとりした口調とは裏腹に、意外とトリッキーかもしれない。ジェフリーは小さく笑った。
「習ってみたいものだ」
「んんふぅ、その気があればいつでもどうぞぉ?」
少なくとも、ジェフリーは強い魔法を使えない。こういう魔法でサポートとして回るのはかなり前向きに考えたい。どうせ主力は剣術なのだから、補助として使うなら相性はいいかもしれない。
ジェフリーは適当に下ろしたが、ショコラは彼の膝に乗って来た。そのまま本棚を眺める。どうもショコラはかまい過ぎないジェフリーを気に入ったようだ。
『間もなく閉館です!』
人が来て、反射的に動物の化身をそれぞれ抱え込んで隠した。
なんとかやり過ごしたが、かなりヒヤヒヤさせられた。
「仕方がない。今日はこのあたりにして、ここを出よう」
「そうですね。だいたいのほしい情報は得られましたね。少し無理して来てしまいましたけど……」
「俺が長話したせいだな」
「いえ、来たかったらまた立ち寄ればいいので。まだまだ面白い本がありそうですし」
サキはジェフリーをいっさい責めなかった。ほしい情報はだいたい手に入ったのだから、あとは整理して進むしかない。
大図書館を出ると、空には闇夜の緞帳がおりていた。
「そんなに長居したか?」
「冬になりかけですし、日が短いのかもしれませんね。少し街中を見て、ローズさんのお宅へ戻りましょうか」
街の明かりがイルミネーションのように見える。王都なだけあって、品のある街並みだ。歩きながら、ジェフリーが口を開いた。
「心配の種を増やすようで悪かったな」
「どうして謝るんですか?」
「もともと、お前って、何か目的があって来たわけじゃないだろ? それが今はこんな大事に首を突っ込んでいるんだ。もっと平和に暮れせたかもしれない」
ジェフリーなりの気遣う言葉だった。が、サキは少し怒っているようだ。
「何を今さら……僕は間違った判断をしたと思っていません。これから間違うかもしれないですけど、そうした時は上手く転べるように勉強として身につけます」
サキはムッとしながらも、どこか笑っている。
歩きながら互いを確認するように会話した。
「ジェフリーさん、変わりましたよね。前はもっと近寄り難い感じでした」
「お前こそ、クソ生意気なところが減って素直になったよな」
「うわぁ……僕って生意気だと思われてたんだ……」
ジェフリーは褒め返したつもりだ。だが、サキは変な捉え方をした。
旅の道中で協力者としてサキを頼ったのがことの発端だ。一行の欠かせない存在であり、助けになっている。強敵を撃破する要と言っても過言ではない。
少し年の離れた友だちだと、ジェフリーは思っていた。個人的な相談も乗ってくれる貴重な存在だ。ジェフリーは多くを語らないが、サキに絶大な信頼を寄せていた。
ローズの家に帰った。いい匂いがする。
「ただいま戻りました。なんかいい匂いがしますね?」
サキが大きめの声で玄関のドアを開けると、家の中の空気が暖かい。
カウンター越しの台所で、エプロン姿のミティアがフライパンを振っていた。
その手前で、お皿を出しているコーディが顔を上げる。
「あ、お帰り。やけに遅かったね」
「すみません、閉館までいたもので。僕もお手伝いしますよ」
サキはカバンを置いて、手伝おうとする。コーディは呆れていた。
「外から帰ったらせめて手を洗いなよ」
「あわ……ごめんなさい」
ジェフリーは手伝うよりも先に、台所の水場で手を洗い、拭いている。当然のようにミティアが気になる。フライパンの上で蕎麦ものが踊り、トングで混ぜているようだ。
ミティアが料理を作るのが想像できない。記憶が正しければ、彼女は家事が苦手だったはずだ。
「みんなが食べられるものを作れよ?」
ジェフリーは怪訝な表情で疑いをかける。ミティアはにっこりと笑っていた。
「焼きそばだからみんな食べられるよ。ケチャップってどこにあるの?」
「…………」
炒められた野菜のいい匂いはする。味つけはまだのようだ。助かった。
ジェフリーはミティアの隣に立ち、フライパンとトングを奪った。中に海老や貝が見える。凝った材料で作ったものだ。
「この具材なら、塩と煮干し粉でいいだろ。どうせこの量だ、もう一回は作らないとみんなの分がないぞ?」
「あっ、そうそう、材料はあるの。いろんな味が作りたくて」
「わかったから、野菜を切ってくれないか? 肉はこんなに厚切りだと蒸らさないと火が通らないぞ」
「はーい……」
ジェフリーの方が料理の手つきがいい。彼に託した方がいいものを作れそうだとミティアは素材の準備をする。冷蔵庫の中を見て何か追加を検討しているようだ。
手を洗いに来たサキがミティアに話しかけた。
「先生や姉さんたちは何をしてます?」
「上で先生とローズさんが話し込んでたよ。キッドは地図帳を見ていたような」
竜次とローズが話し込んでいるとは珍しい。
手を拭きながら気にするも、先にキッドが地図帳を持って下りて来た。
「あら、おかえり。遅かったじゃない」
「ただいま、姉さん」
食器を出すのを手伝っていると、声がかかった。地図帳を見て目の色を変えた。
「あとでそれ、見せてもらっていいですか?」
「じゃあ椅子に置いておくわね。食器並べなら、あたしがやるわよ? あんたはお皿割りそうだし」
キッドに手伝いを奪われた。慣れない手つきなのは認めざるを得ない。
「まだ、ご挨拶していない方はどちらかしらぁ?」
「あぁ、そう言えば……」
今度はショコラから声がかかった。見ていないうちに、圭馬は台所に行ってしまっていた。ミティアから野菜の切れ端をもらっては食べている。
大人しくしているし、彼女に余計なことを言っていないならいいだろう。ジェフリーも一緒だ。
サキはショコラを連れて階段を上がった。三階から話声と金属音がする。
挨拶するよりも前に、階段を上がる足音で反応された。先に声を上げたのはローズだ。
「サキ君、おかえりなさいデス」
ローズは何か解体している様子だ。それを竜次が覗き込んでいる。
竜次はショコラの存在に気がつくと、だらしない顔で手招きした。
「そ、その猫さんはどうしたんですか? にゃん……」
早速デレデレとだらしない表情をしている。
ショコラはしつこい人を好かないようだ。淡々と紹介する。
「わしは幻影魔術を得意とするショコラじゃのぉ。よろしくなのぉ」
「私は竜次と申します。こんにちは、いえ、こんばんはですね。何て可愛い……」
「先生と呼ばれておるのはそなただのぉん?」
ショコラの指摘を受け、竜次は軽く咳払いをして表情を引き締めた。
「そ、そうです。一応これでもお医者さんなので」
キリッとしているのだろうが、どこかデレデレを隠すむず痒さを訴えている。
「そうかぁ。不慣れが多いが、よろしく頼むのぉん」
最後に、にゃおんと加えた。竜次が卒倒しそうにクラッと首を動かした。猫を被った真面目さの崩壊が早い。
「先生もローズさんも何をしていたんですか?」
サキも興味津々にローズの手元を覗いた。
「銃……? もしかして、沙蘭のマスケットですか?」
「サキ君、ご存知だったのですか? さすがですね」
知識豊富なサキは知っていることを述べた。
「重たくて反動も大きくて当たりにくい。お手入れが大変で、改良を加えないと使いこなせない……までしか知りませんが」
だいたい合っている。そこまでが模範解答でもいいくらいだ。竜次はこくこくと小刻みに頷いた。
このままでは実用的ではない物に、ローズが手を加えている。
「それを、ワタシが改造と改良をして……」
ローズは機械整備士のライセンスもある。本当にマルチな学者で医者だ。彼女は戦場以外の、こういった面で頼りになる。カチャカチャと金属が組まれ、パチンと部品がはめられた。
「ほい、先生サン、どうデス?」
ローズが持ち手を竜次に差し出した。
「あぁ、軽い……」
「あとは、火薬の量が少なくても撃てるようにしましたデス。目盛りを回せばワイド撃ち……リロードが重いのでまた改良しますネ」
「これで少しは役に立てそうです。助かりました」
竜次もまた、新しく何かを得ようと必死だというのは伝わった。
ローズが指先を真っ黒にしながら、工具をしまい込んだ。脇の黒く汚れた布の上には、削り出した金属や細かい部品が置かれている。
「サキ君来たということは、そろそろご飯デス?」
「はい、もう食器が出ていますので」
やり取りがあってすぐに、下からキッドの呼び出しがあった。
情報整理と、これから行動を決める会議の時間でもある。
三つほどの大皿に違う味付けの焼きそばが盛られていた。
「今日もケーキがあるらしいぞ」
嬉しそうなミティアの横で、ジェフリーが呆れながらため息をついた。
海鮮が入っている塩味、ノーマルなソース味、どうしてもこの味つけがしたいと作られたマヨネーズとケチャップの味。前者二つが好評だった。ミティアが作ったマヨネーズケチャップはイマイチのようだ。
どれを誰が作ったとは言わなかったが、マヨネーズケチャップだけ見事に残ってしまい、ミティアがしゅんとしている。
「あんまりおいしくないね、これ」
「個性的な物を作ろうとするのがいけない。俺が食うから取っておけ……」
パスタを食べているのに近い風味だ。肉ではなくベーコンというあたりがまた焼きそばとは違うものを想像させる。
「ミティアさんが作ったんですか? 僕が食べますよ!」
「やっぱりミティアが作ったのね? ナポリタンみたいじゃない……」
食べようという姿勢は大したものだ。特に、このままサキは肥えてほしい。
キッドの指摘はごもっともだ。
料理が少なくなってきたところで話を持ち寄った。
切り出しに、ジェフリーは城での情報を
「まず、謁見に関してだが、大きな問題はなかった。兄貴とコーディが上手くやってくれたお陰もあるが、明日は国の依頼で北の炭鉱の街ノックスへ向かう。依頼内容は発掘された石の中に変なものがあり、街の一部が浮いたという調査だ」
コーディは依頼書を見せた。フィリップス王代行のクレスト王子とある。これに竜次が言葉を添える。
「私と面識があったのもありまして、話は大変スムーズでした。だいたいはフィリップスと手を組む話にまとまりました。敵はフィラノスだと」
竜次も城での話をする。敵はフィラノス国だという、ひどい話だ。
「魔法無効能力者のキッドさん。強力な魔法を使える兵器にも成りうる魔導士、これはサキ君に限らないでしょうが人情マダムもそうかもしれません。それから旧国ヒアノスの王女、これはミティアさん。最終的にはこの世界を支配することがフィラノスの目的。ほしいものを手中に収めて、世界そのものを制圧ではないかと読んでいます……」
「敵はフィラノス……ですか」
竜次の話にサキが顔をしかめる。フィラノスが敵国だと、このままだとフィラノスに行きづらくなるのではないかという懸念事項だ。
「いずれはフィラノスに戻るつもりだったのですが……」
サキの言葉に、竜次とコーディとが目を合わせ、頷いた。
「フィラノス、今は危ないかも? 魔導士狩りの調査をしてる。ローレンシア一家ではないかってギルドでニュースになってたよね」
「えっと、コーディちゃん? それって僕も危ないですか?」
明らかにサキが動揺している。もしかしたら、アイラもそうではないかと悪い考えが加速する。
「念のためですが、自分から名乗ったりはしない方がいいかもしれませんね」
竜次も忠告をする。
サキは大図書館で受付が渋い顔をしたのは、もしかしたらこのせいだったのかもしれないと思った。
「気をつけます……」
サキの行動に制限がかかるのは、正直痛手だ。名乗らなければ目をつけられないだろうが、懐中時計は誤魔化せられない。
やはり、外の世界でも、名前に縛られている。
サキは気持ちを切り替え、森での出来事を報告する。
「東の森では、こちらのショコラさんにお話しを聞きました。結果、同行することになりました。お話の内容は、世界は三つ存在する話です。天空都市、アリューン界、それからこの世界。魔界も入れていいのかはわかりませんが、凝ったお話をしました。それをベースに大図書館でも調べ物をしました」
ノックスはもともと天空都市の一部だった話などを交えた。
魔鉱石と天空都市に接点がありそうで、コーディやジェフリーがその話をする。
「依頼内容は調査だけど、魔鉱石が暴走して一部が空に浮いたって話ね」
「天空都市の一部って言うなら、逆も然りか。浮くなら、地上から天空都市に行くヒントになるかもしれないな」
問題はその技術を得るのは難しいのではないかという説だ。
これにはローズも渋い反応を見せる。秘密をにぎっているものと思われる純血のアリューン神族。覚えがない。そもそもアリューン神族の情報は極めて少ない。技術に長けていたとしたら、なぜ何も残っていないのだろうか。
「純血のアリューン神族は知らないデス」
これが厄介だ。そんな知り合いはいない。
アリューン神族と言わない限りは、普通の人間と大差がないため、把握は難しい。末裔や混血はローズのように自然と生活に溶け込んでいる。
アリューン神族の話になり、竜次は考え込んでいた。
「これは意識して探すしかないでしょうね」
何か引っかかっているものを感じた。確証がない段階では言えないが、もしかしたらアイラはそうかもしれないと考えていた。それなら、アリューン神族の混血だったクディフとの因縁があるのも頷ける。だが、知っていたらこの場でサキかジェフリーが反応するだろう。定かではないのでとりあえず伏せておいた。
話が少し反れたが、コーディはノックスの騒動に関する調査が気になっていた。
「炭鉱の探索やだなぁ。なんかいるのかなぁ。おっきいのと戦うの、やだよ?」
確かにここから先は不明な点が多い分、予想外の遭遇もあり得る。
「まぁ、だから手段は多いに越したことはない。その対策は個人でするしかないな。とりあえず下手くそな魔法を始めたぞ」
ジェフリーが自慢をしながら、簡易魔道書を引っ張り出した。今のところ、ないよりはマシ、くらしにしかならないが。
「あーあ、ジェフリーお兄ちゃんと被ったし」
コーディが椅子の下からポシェットを取り出した。中から緑の魔石が取り出される。
「私はぺーぺーだから、威嚇にもならないけどさぁ」
各自で動き出した。あえてその会話の中に、竜次は入らなかった。
「さて、話はこんなもんかしら?」
いつも難しい話に入っては来ないが、一応聞いてはいたキッドが、みんなの様子を見て立ち上がった。
「あたしも磨くわ。先生、組手に付き合ってくださいよ」
「えっ? わ、私ですか? ケーキがありますよ?」
初めから武器を二つ持つキッドが、剣技を磨きたいようだ。竜次を指名した。
「あたし、いいや。少しでも戦力アップを狙いたいし」
チーズケーキを断った。珍しい。そもそも七等分は難しいのだが。
竜次がローズに了解を得ようとすると、ローズは言われる前にピースサインをした。
「改造なら任せるデス!」
「すみません、ローズさん。よろしくお願いします」
「戻って来たらチェックしてネ」
竜次も立ち上がった。荷物から久しぶりに木刀を引っ張り出す。握るのは、本当に久しぶりだ。
「よ、よし、私も頑張らないといけませんね」
竜次がしっかりしてくれるのはありがたい。
「ちょっと打ち合いして来ますね」
二人は軽く身支度をして出て行った。珍しい組み合わせかもしれないが、悪くない。
「俺たちも地図帳で街中に何があるか、確認するか。そのまま散歩に行ってもいいな」
ケーキの乗ったお皿を持って、ジェフリーとサキが三階へ上がった。
「わたし、洗い物するね」
ミティアはぺろりとチーズケーキを食べ、空いたお皿を片づけ始めた。
フォークを滑らせながら、ローズとコーディが顔を見合わせる。
「一切れどうするの?」
「んン? これをまた半分つして、置いておけばいいじゃないデスカ?」
「なんだ、ローズも気づいてるんだ? 賛成」
くすくすと笑い合った。さらにナイフを通して、細身のチーズケーキを二つ作った。
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