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【6】思惑
冒険者の理想と現実
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依頼を完了した一同は、猫森から王都フィリップスに戻った。
時間は昼過ぎだ。早いうちに済んでよかった。怪我もなくてよかったが、足もとに鯖トラの猫は増えた。間違いなく何か言われるだろう。
ショコラが賑やかさに、尻尾をゆらゆらとさせる。
「ほぉ、人里に出るのは久しぶりかなぁん。数か月前に依頼を出しに来たがのぉん」
フィリップスに戻ったが、キッドは肝心なことを思い出した。
「向こうもこっちも、いつ終わるかわからなかったから決めてなかったけど、集合場所くらい決めてもよかったわね」
三人の居場所がわからない。まだ城なのか、それとも家に戻っているのか、買い物でもしているのだろうか。
サキがここぞとばかりに前に出た。
「そうだ、僕の魔法で探しますよ」
気が早く、右手人差し指は既に八の字を描いている。何を探してほしいのか、判断は視線でミティアに訴えている。
「えっと、じゃあ、コーディちゃんのトランクで!!」
ミティアの元気な声で、サキの物探しの魔法が頭上に放たれた。小さい光が街中にすっと動き出す。
「ほほぉ、ご愛用くださってありがとうのぉ」
追い駆けながら、ショコラがご機嫌に言う。その様子に圭馬がつーんとしていた。早くも仲違いだろうか。くだらない嫉妬かもしれない。
あっさりと居場所がわかり、一同は向かう。街の繁華街の入り口でコーディを見つけたが、彼女一人だけのようだ。
「あ、お帰りなさい」
コーディはトランクを片手に、メモを見ながらお店を探していたようだ。ジェフリーと竜次の姿がなかったが、何かあったのだろうか。
ミティアがメモを覗き込みながら質問をする。
「あれ、コーディちゃん一人?」
メモには保存食の補充項目が記されてあった。これから先を考えて、竜次がお願いしたのだろう。トランクしか手にしていないところを見ると、買いものに出てすぐのようだ。
「うん、お兄ちゃんたちは買い物に行った後、ギルドの依頼で賞金稼ぎに出たよ?」
コーディの言葉を聞き、キッドは驚いていた。
「し、賞金稼ぎ? お金を稼ぎに行ったの?」
コーディが小さく頷くが、どこか呆れているようにも見えた。
「最近は結構お金を使っちゃったからって、街の外に出たよ。報酬金が五万リースだから、そんなに手こずる相手じゃないと思うけど」
賞金稼ぎと聞いて、ローズが首を傾げる。
「あの二人が組むなんて珍しいデス。明日は雨デス?」
ローズが言うように、兄弟が進んで組むとは珍しい。仲が悪いわけではなさそうだが、性格も気質もほぼ正反対だ。
「私も一緒に行こうと思ったけど、みんなが帰って来たときのために、買い物を兼ねて残ってたの」
コーディが残っていた事情を説明した。
ミティアは謁見がどうだったのかを気にしていた。
「王子様には会ったの? お話して、大丈夫だった?」
街にいるのなら、大丈夫かもしれないが、これにはコーディも笑顔で頷いた。
「いやぁ、気疲れしたけど。お兄ちゃんたち、絶対にそのストレス発散も兼ねてるんじゃないかな」
あくまでコーディ個人的な考えかもしれないが、その考えなら有り得ない話ではない。その辺に当たり散らして物を壊すよりかはずっといいが、兄弟はそこまで子どもだっただろうか。
賞金稼ぎと聞き、キッドは腕を組んで唸った。
「賞金稼ぎねぇ、どんなのを討伐しに行ったの?」
「えっと、街道の荷馬車を狙う全長八メートルくらいの鳥獣」
「え? 鳥獣って……つまり狩りじゃ?」
キッドは狩猟に関してはプロの部類だ。一方で兄弟の身なりは狩猟には適さない。きっと、イノシシ一匹だって物理で押し込むタイプだと予想はつく。
「何を考えているの? 自然をナメてんの?」
「私、一応止めたよ?」
「あいつバカなんじゃない?」
「うぅん、やりたいって言ったの、お兄ちゃん先生だよ」
コーディの説明で、キッドだけではなく、皆も驚いた。
竜次がわざわざ自分から不利な状況に突っ込んだと知って、衝撃が走った。
「場所、街道の手前って言ったわよね? あたし、ちょっと行くわ!」
「あぁっ、キッド! お昼食べないの?」
キッドはミティアの呼びかけに応じず、そのまま走って行ってしまった。
サキはすでに小さくなってしまったキッドを追おうとする。だが、ローズに引き止められた。
「サキ君、待つデス。プロに任せるべきだと思いますヨ?」
「姉さんったら……」
姉の心配はむしろしていないが、無謀な賞金稼ぎに出ている兄弟にはどうしても疑問を抱く。
ローズは切替えも早く、買い物を進めようとする。
「それよりも、猫缶を追加で買わないとデス……」
ローズが猫にお熱のようだ。買う物を追加で話している。
「え、猫じゃん、どうしたの?」
コーディがやっとショコラの存在に気がついた。これは立ち回りが変わる。積もる話をしつつ、お店を探す。
街道手前の草原、晴れて澄み渡った空をトンビのような鳥が何羽も旋回している。ギルドの依頼を請け、ジェフリーと竜次が茂みに身をひそめている。
「兄貴、荷馬車があと数分で通るぞ。さっさと仕留めろよ!」
「一羽だけじゃないんですか? こんなの無理です!」
右手にマスケット銃を握った竜次が弱音を吐いていた。依頼では一羽と聞いていたが、来てみたら四羽はいる。どれも大きくて、ノアに向かう荷馬車の積荷にはおいしいものがあると覚えてしまったようだ。
「うぅっ、どうしよう。失敗したらコーディちゃんの評価が下がっちゃいます」
ギルドの人が撃退用にマスケットを貸してくれた。これは沙蘭で普及している飛び道具の一種だ。一般的には銃と呼ぶだろう。実は竜次がこれを戦術に取り入れたいと考えているようだ。
試し打ちをしてみるがほとんど威嚇射撃にしかならない。追い払うならそれでもいいかもしれないが、依頼の内容は討伐だ。
竜次が恨めしく空を見上げながら様子をうかがっていると、ガラガラと荷車を引く音がする。
「はぁ……馬車、来ちゃったみたいですね……」
「馬車が森に入るまで護衛するんだ! さすがに森に入ったら、あんなデカい鳥も追ってはこないだろう」
「そ、そうですね……」
依頼を請けたのは竜次だが、作戦を考えるのはジェフリーだ。
馬に乗る商人の男性がこちらに気づき、手を振って頭を下げた。荷馬車自体はさほど大きくはない。馬一頭で荷車は布をかぶせただけの速さを重視した荷車だ。
「こんな面倒な仕事、ジェフまで来なくてもよかったんですよ?」
「兄貴が急に色気づきやがったからな? 俺も試したいことがあるし、ちょうどいい」
「……?」
街中の買い物でジェフリーは、サキやミティアのような小さいポーチを買っていた。すでに腰に下がってはいるが、中に何が入っているかは竜次も知らない。ジェフリーは勝手に買い物をするからだ。
馬車が森に入る手前、次々と鳥獣が急降下した。羽を広げると八メートルほどだと聞いていたが、もっと大きく感じた。
竜次がマスケットを構える。
「当たれぇっ!」
バンッ! とマスケット銃から大きな煙と音が立った。反動が激しく、足元がぐらつく。そしてやはり当たらない。
当たらないだけならまだしも、マスケット銃の音で馬が驚き、ヒヒンと鳴き暴れた。前足を上げ、首を激しく振り、馬車が完全に止まってしまった。このままでは格好の標的だ。
非常事態だ。ジェフリーは竜次のマスケットを握り、銃口を下ろした。
「打つな!」
「そ、そんな……」
目の前の餌にマスケット銃ごときで怯むはずもなく、鳥獣は荷の布を啄み始めた。
「ど、どうしよう、ジェフ……」
「ったく、どうしようもねぇな……」
ジェフリーがポーチの中から黄色い魔石を取り出した。
「使うのは十年ぶりだ。えっと……貫け、サンダーランス!」
弾く加減がわからず、荷車の上に魔石をぶん投げた。
燻るようなジリジリとした音がし、パンッと火花が散った。『ランス』という名にはふさわしくない本体の姿がない未熟な魔法だった。だが、雷らしい音と光は威力があったようだ。その派手さの甲斐もあって、一羽が火花の餌食になってパタリと地面に落ちた。痙攣している足が見える。
一羽はひっくり返ったが、残りの三羽がいったん空に飛んだ。間合いを取り、様子を見ながら旋回している。
ジェフリーが次の手を打とうとする。
「兄貴、馬をどうにかしろ!」
「そんな器用なこと、私ができるわけがないじゃないですか!」
商人の男性が馬を宥めるも、銃と雷の魔法のせいで怯えてしまった。至近距離で大きくて慣れない音がしたのだ。人間だって驚くに決まっている。
馬車が動かないのをいいことに、またも鳥獣が降下した。
急を要する事態に、ジェフリーが剣の柄に手をかける。
「クソっ、直接叩くしかないか……」
もちろん竜次が黙っているはずもない。なぜなら、今回は自分たちだけで済む問題ではないからだ。
「そんなことしたら、馬車を壊してしまいますよ! 馬だって傷つけちゃうかもしれません! 危険です!!」
「……ンだとぉ、兄貴が請けた仕事だろうが!」
「でも目的のためにあの商人さんと馬が危険な目に遭わせてしまいます。安全の確保が優先です!」
「そんなこと言ってる場合か!?」
ひどい仲間割れ、いや、性格と考えが違うゆえの、兄弟喧嘩かもしれない。向かい合って言い合う二人の目の前を、小さい影と疾風が通過した。
鳥のけたたましい断末魔が聞こえる。二人が馬車に視線を向けると、一羽が撃ち落とされている。その鳥獣の腹には矢が刺さっていた。
矢の主を探そうとして、竜次の頭上を矢が走った。
また当たる。広げた羽に命中し、壊れたラジコンのようにクルクルと回転しながら落ちた。
「動物っていうのは音に敏感なのよ!」
ジェフリーのうしろで、聞き覚えのある女性の声がした。振り向くと、空の残り一羽に向かって弓矢を構えるキッドが見えた。やはり彼女だった。狙いを定めると矢が放たれる。
バスッと鳥獣の首に突き刺さった。羽根を散らしながら最後の一羽が落ちた。
「キッドさん……」
竜次が情けない声を上げるも、キッドは見向きもせず、馬に向かって歩き出した。
「怖かったね。頑張った、頑張った……」
馬の頭を撫で、首を触った。すると、馬がおでこをキッドにこすりつけ、ブルブルと震えた。パカパカと足踏みし、足並みを揃えた。安心したようだ。
これを見た商人の男性は歓喜する。
「おぉ、よかったよ。お嬢ちゃんすごいね。ありがとう!」
キッドは馬から離れて一礼する。男性は手綱を引き、馬車は街道へ消えて行った。
見送ったキッドが、呆れながら大きくため息をついた。
「信じらんないわね……」
ジェフリーよりも、竜次に対する呆れの方が大きいようだ。キッドの視線は竜次に向いていた。
「先生、それ何ですか?」
「えっと、マスケットです……」
「そんなものを使っても威嚇にしかなりません。鳥を狩るのは難しいですよ。一般的には飛んでいるものに飛び道具は有効と考えられていますけど、マスケットは引きつけてからではないと当たらないです!!」
キッドは厳しい指摘をした。ジェフリーが魔法を使った点よりも、マスケット銃が気になるようだ。話は続いた。
「どうしてそんなもの使おうと思ったんですか?」
「それは、これから先、もっと手強い敵に遭遇したときを想定して試験的に……」
「それ自体は悪いとは思いませんが、対動物にはあまり有効じゃないと思いますよ?」
ジェフリーはその様子を黙って見ていたが、こうも竜次にダメ出しができる人も珍しいと感じていた。違和感も抱く。キッドはやけにマスケットに詳しい。同じ飛び道具だからだろうか。ジェフリーはもうしばらく様子を見ることにした。
「私は、弓を引けません。だから、遊撃なあなたの負担を少なくしたかったのです。この気持ちだけはご理解いただけますか?」
指摘された内容に関しては反省している。竜次は真摯に受け止める姿勢を示した。
「それだったら、少しくらい相談してくれてもよかったんじゃないですか?」
「だから、それに関しては……」
「お気持ちはうれしいですが、先走はカッコつけようとしても、ボロが出ますよ?」
「うっ…………」
今度は肩まで落として落ち込んでいる。ここまで落ち込む竜次も珍しい。
「自然界は人間の考えを裏切るのが普通です。今回は何とかなりましたけど、これが荷物じゃなくて人だった場合は人命がかかるんです。その責任が取れますか? 人間を襲う動物だっているんですよ?」
「…………」
「もしかしたら、それが仲間や知り合い、大切な人や家族かもしれない。その場合はどうしますか?」
キッドの説教に熱がこもっている。一方的に竜次ばかりが責められているものだから、ジェフリーが庇いに入った。
「行かせた俺も悪い。その辺にしてやってほしい」
「いえ、ジェフ、いいのです。私がいけない」
竜次はジェフリーの庇いを払った。
以前の竜次なら、落ち込んでしばらく再起不能にまでなる感じだった。どんな心境の変化だろうか。ジェフリーは疑問を抱いた。
キッドは違う指摘もする。
「少し荷物が多すぎます。先生はただでさえ大きなカバンを下げているのに、これ以上行動が遅くなったら足手まといになるのではないですか?」
「そうですね。考えてみます。ご指摘、ありがとう……」
ジェフリーから見れば、このやり取りに寒気を覚える。竜次はもっと自分は完璧なはずだと気取って、簡単には古い考えを捨てない、プライドの塊だったはずだ。
少なくともジェフリーが知る竜次はもっとわがままだし、自分以上に改善点の指摘を受け入れない強情な性格だ。
キッドはスカートを払い、弓を担いだ。
「帰ってギルドに報告するんでしょ?」
「そうだな。キッドが戻ったなら、みんなも帰って来たんだな」
「お昼でも食べて買い物してるんじゃない?」
キッドはさらっと流して街に戻ろうと先を歩き出した。彼女は本当に行動も、切り替えも早い。
ジェフリーは見える範囲に、切り替えが遅い竜次もいて見比べてしまう。まだ、自身で自覚しているだけ進歩したものだが。
竜次は小さく頷いてマスケット銃を右腰のホルスターに収めた。顔を上げて、キッドのあとを追い駆けた。
どうも竜次の様子がおかしいし、落ち着きがない。
自分が言ってもいい加減に流す上に、頑固であまり意見を取り入れようとしない竜次がキッドの厳しい指摘や注意を真面目に聞いている。
もしかして、竜次はキッドが気になっているのではないだろうか。
そんなくだらない疑惑を胸に、ジェフリーも街へと足を歩ませた。
新しいスカーフを買ってご機嫌のローズ。勢いで、動きやすそうなブーツも購入していた。走りやすそうだ。
お昼ご飯にツナのピザを食べてご機嫌のミティア。
圭馬に駄々をこねられ、腰カバンを新調したサキ。
王都は品揃えがいい。少し値は張るが、それに見合う、いいものが揃っている。
その雰囲気で、新しいものを新調した。
「手首とか、肩がそろそろきつくなって来たんだけどなぁ。服は考えておこっと」
サキは服装について思うところがあるようだ。彼は虐待とストレスで痩せているところから始まった。多少は不規則だが、ご飯も食べるようになり、運動もするようになった。そろそろ何か考えていいかもしれないとは思っていた。
身なりを整えていると、パタパタと足音した。金髪のふんわりボブカット、キッドが帰って来た。そのうしろを、足が重そう歩く兄弟が見える。
目立つ怪我もしていないようだ。
「キッドぉ! お帰りなさい!!」
ミティアはキッドに抱き着き、歓喜の声を上げた。
「わわっ、どうしたの? ご機嫌ね……」
「えへへ……」
ミティアはキッドに抱き着いたまま、竜次とジェフリーを見る。どこか浮かない表情をしていた。
「えっと、お帰りなさい?」
「あぁ……」
答えたのはジェフリーだ。竜次は俯きながら黙っていた。
「騒がせたな。報告に行きたいんだが、コーディ、付き合ってもらえるか?」
「あぁ、討伐できたんだ? その顔は、仕留めたの、キッドお姉ちゃんでしょ?」
どうやら兄弟の顔に出てしまっているようだ。
ギルドに報告と聞いて、竜次が率先した。
「ジェフ、私が行きます。それくらいはしないと……」
落ち込んではいたものの、せめて報告には顔を出すと申し出た。コーディがトランクを持ち直しながら、竜次に寄った。そのままギルドに向かって歩き出す。
「すみません、皆さんはゆっくりしていてください」
竜次は浮かない顔のまま、コーディと行ってしまった。その背中を見ながら、ミティアが心配そうにしている。
「先生、どうしたんだろう? キッドが活躍しすぎたのかな?」
キッドの活躍と言えば間違いではない。だが、もっと違うものだ。ジェフリーは詳しい説明を省いて言う。
「ごめんな。いい薬だとは思うけど」
医者なだけに、というのをしゃれたつもりだった。ジェフリーは場の空気が悪くなったのを詫びた。
それよりもサキがずいずいと前に出て、熱意のまま訴える。
「ジェフリーさん! 森での報告はあとでしますけど、すぐにでも大図書館に行きたいです!! ご一緒してくれませんか!?」
「昨日の今日で急だな……」
ジェフリーは別日にするつもりだと、一度は断ろうとした。だが、これは好機かもしれない。
「いや、そうだな。今日行っておけば、明日には北に向かえる」
「北へ……?」
「コーディから話、行ってないか?」
熱意があるサキに対し、ジェフリーはずいぶんと冷静だ。
「簡単に言うと、明日この街の北、炭鉱の街ノックスを目指すことになった。買い物とか準備を済ませておいてもらえると助かる」
ジェフリーはこの場の皆にも障りだけ説明した。
「詳しい話は夜にしよう。持ち寄った情報も整理したい。先に博士の家に戻っていてもかまわない」
ジェフリーとサキもいったん離脱した。別行動と知って、ローズも用事を思い出した。
「ワタシ、ちょっと工具を見に行くデス」
ローズは元気がなかった竜次の腰に下がっていたものを見ていたようだ。改良と、整備をしようと勝手に企んでいた。
街中で別行動をとることになり、ミティアがキッドに言う。
「キッド、お腹空いてるでしょ? 何か食べるならどこか入ろう?」
ミティアはキッドの昼食を気遣っている。ミティアがつられて、また食べてしまいそうだ。
「そうね、じゃあローズさん」
キッドも手を振って別れた。
別行動を取ってすぐ、ミティアが深刻な表情をしながら小声で話しかける。
「キッド、先生の『あれ』、思い出しちゃった?」
親友を気遣う様子だ。キッドは緊張の表情を和らげて、頷いた。
「仕方ないけど、思い出さない方が無理でしょ……」
「兄さんもマスケット銃、持っていたもんね」
キッドは塞ぎ込んだ。過去は振り返らない主義の彼女だが、村での生活を思い出さずにはいられない。
ミティアは心苦しく思いながら、このままではいけないと切り出した。
「キッドは兄さんを好きだったよね。よく一緒に森に出ていたじゃない」
キッドはミティアの義兄ルッシェナが亡くなったとショックを受けた。だが、頑張って前を向いて来た。それを、新しいものを取り入れようとする竜次によって、思い出してしまった。古傷を抉り返される思いだったのは否定しない。もしかしたら、きつい言葉と態度を竜次にぶつけてしまったかもしれない。
ミティアは胸に手を当て、キッドの顔を覗き込んだ。
「わたしから先生にやめてって言ってあげようか? 嫌でしょ? 苦しくならない?」
こんな数奇な巡り合わせなど、想像もしなかった。これ以上キッドが我慢して傷つくのは見ているのがつらい。
――とはいうものの、ミティアだって兄の存在を忘れたかった。
キッドとは違い、甘い思い出は一切ない。話せない葛藤と、キッドの心を気遣う板挟みに心が痛んだ。
キッドはつらそうにしながら笑う。
「だけどさ、先生はあたしの負担を軽減したいから使っていたみたいなんだよね」
「で、でも……」
「あはは、平気よ。だって、全然使いこなせてないんだもの」
いつまでも引きずっていてもつらいだけだ。切り替えの早いキッドらしくもない。
キッドは自分を納得させるように、何度も頷いていた。
「ほんとさぁ、先生ってどうしようもないよね……」
今度はミティアが首を傾げながら苦笑いする。
「はぁーあ、お腹空いちゃった。パスタでも食べようかな……」
慣れるまでは、しばらくかかるかもしれない。だけど、親友に心配をかけてもいられない。キッドは空を仰ぎ、軽く背伸びをした。
ギルドで報告をする。状況の説明をしたところ、追加報酬が出るらしく待たされた。
思いのほか、大きな仕事をしてしまったようだ。
「ボーナス込みで、十二万リース出るらしいよ。大仕事だね」
カウンターからコーディが振り返るも、竜次は説明こそしたのだが、やはり落ち着かない様子だ。正直、お金で解決する問題ではないようだ。
「ほとんど彼女が片付けてしまったのです。仕留めたジェフはまだしも、私なんて馬を止めてしまったので、失敗も失敗です」
竜次は額に手をつき、猛省している。落ち込みっぱなしの竜次にコーディはフォローを入れる。
「まぁ、そんなときもあるよ。手配の鳥獣、馬車の積み荷だけじゃなくて、ノックスやフィリップスの旅行客から荷物をひったくっていたみたいだね。怪我人も出ていたみたいだし大手柄だと思うよ。それでいいじゃん。お兄ちゃん先生って、こんなに生真面目だったっけ?」
コーディは竜次を馬鹿にするように小突き、笑う。
これ以上落ち込む要素ではないものの、この程度で済んだのが幸いではある。キッドが言っていた、人命、仲間がかかっていなかっただけ。竜次はため息をつき、肩を落とした。
「今回はいい経験になりました。勢いだけで押し切れるほど自分は強くないし、新しい試みはもっと慎重になるべきでした」
「その銃もらっていいって。ボーナスも弾んでもらってよかったね」
「うーん……気は進まないのですが」
スプリングフォレストでもそうだったが、自然の中には常にイレギュラーが潜んでいる。これからは、肝に銘じて動こうと竜次は強く思った。
マスケットは、依頼を出した商会の責任者がプレゼントとして一行に贈った。ありがたくいただいたが、竜次はトラウマを植えつけられたようで重く感じたようだ。仲間の誰かが使いたいのなら譲るつもりでいた。
コーディはカウンターで引き続き話をしている。
「それで、王子様の依頼って、私たちが請けていいんだよね?」
依頼書の最新版にはノックスの依頼が消えていた。魔鉱石の暴走、行方不明者の捜索依頼までも消えていた。まとめて頼まれたと見ていいのだろうか。
依頼とは別に、ニュースや噂話も張り出されているが、竜次が気になる記事を見つけ、指でなぞった。
世界の情勢は気になるが、いい記事と悪い記事を見てしまい、複雑な気持ちだ。
いい記事は、沙蘭の復興が完了しつつある話だ。フィリップスから支援が行った書き込みがある。これはありがたいと思った。
悪い記事は、フィラノスが今ごろになって魔導士狩りの犯人を突き止めたとある。その名はローレンシア一家と書き記されてあった。
サキに、名前を出さないように注意するべきかもしれない。だが、これに関しては、フィリップスの後ろ盾がある。有事の際は、使うしかない。
コーディが手帳にサインをもらって受け取った。手帳をトランクにしまい込みながら、壁の記事を熱心に読んでいる竜次に声をかける。
「あぁ、沙蘭。よかったね」
「私が帰る場所とは限らないですが、うれしいですね。妹や弟が元気にしているといいのですけれど」
竜次は故郷へ思いを馳せる。立ち寄りたい気持ちはもちろんある。 父親の報告、今は何と戦っているのか、これからどうするつもりなのか、その話は正姫にしていいかもしれない。
最近は難しい話が多くなり、理解が追いつかないことも多々ある。それに加えて自分の人間性と戦力の乏しさが気がかりだ。考え込んだら頭が痛い。
考え込む竜次の顔を、コーディが覗き込んだ。
「ねぇ、お兄ちゃん先生? 間違ってたらごめんなんだけどさぁ?」
コーディは悪巧みをするように口角を上げる。
「お兄ちゃん先生って、キッドお姉ちゃんが気になってるの?」
「むっ……」
竜次は反射的に背筋が伸びた。否定しようとにも、素直に反応して嘘がつけない。
「えっと、まぁ、そうですね。コーディちゃんになら、言ってもいいかな……」
「わーい、また当たった」
「また、とは?」
二人はギルドの端で他愛のない会話をする。実は竜次は、コーディと深く話したことがない。
「んと、ジェフリーお兄ちゃんに、恋愛小説が書けるって言われた」
遠回しな言い方だ。ジェフリーにも同じようなことを言ったのだろうかと竜次は疑問に思った。
コーディは人の観察に長けているようだ。ジェフリーとはまた違ったタイプで、人の感情の観察部分に秀でているように思える。
「私、あまり相手にされていないみたいですね。彼女が逞しすぎます。強いし、行動力も私よりずっとありますから」
「そうだね。今のところ脈ナシかな」
竜次は再び肩を落とした。わかってはいたものの、いざ言葉にされるとダメージが大きい。客観的な意見はもちろんありがたいのだが、そう見えているのなら仕方がない。
「せめて、ちゃんとした会話がしたいです……」
「デートとか好きそうじゃないよね。おしゃれもしないし?」
「いっそ、ジェフみたいに蔑んでいただきたい気もします」
「お兄ちゃん先生……変態?」
竜次はさらに深く肩を落とす。コーディからまさか『変態』と浴びせられるなんて、ショックと言うか、傷つくというか。
変に期待を持たせる言い方ではないだけ、まだ救いかもしれないが。
「私、いい学校も行って、武術も習いましたし、皆さんより少し年上のはずなんですが、この劣等感の塊っぷりは何でしょうね」
少し話しただけで凹む要素はたくさんある。布団の埃のようだ。
「人間性? もうちょっとでいいから、その人の立場になって考えられたらいいよね」
コーディはキッドと同じ指摘を入れた。そもそも医者というスキルもあるはずなのに、ほとんど人を診た経験もない。
相手の立場になって、何を求められているかを気にするのは難しい。
それが自然にできるミティア。人の観察に長けているジェフリー。
ないものをねだっても、そう簡単に得られるものでもないだろうが、自分はこの先仲間と上手くやっていけるのかと竜次は心配になった。
「人に言われて気がつくって遅いですよね」
「言われるだけ幸せって捉え方もあるけどね。どうでもいい人に期待してなかったら、注意とか助言なんてしてくれないんじゃない?」
コーディは十六歳と言っていた。世渡りをしていたせいもあるかもしれないが、本当にしっかりしている。
竜次は英才教育で固められ、将来を期待された身だ。執事や世話係、学校の先生、全員が沙蘭の王様候補として見ていた。今まで妹や弟、亡くなった彼女しか、『竜次』を見てくれていなかった。仲間の存在が今、どれだけありがたいかと再認識した。
「やっぱり私はまだまだ子どもですね。コーディちゃんの方がよっぽど大人です」
「お兄ちゃん先生の周りにはいい人いっぱいいるじゃん。大人になってから新しい友だちを作るのって難しいんだよ?」
「あぁー、そうですよね。ホントそれ、思います」
竜次は情けなく髪を掻きながら頷く。仲間はどんなにほしくても、お金では買えないものだ。
「うん。頑張ろう。何だか愚痴っぽいものを長々とすみませんでした」
コーディは礼儀や言葉遣いこそなっていないが、これも本当にありがたい。種族の壁以前に、人として壁を感じない素直さ。
本を書く夢がコーディにはある。真実を見極めようとするその意思は強い。彼女の理想や夢は案外近いのかもしれない。
「さて、臨時収入がありましたし。今日こそ、お隣のチーズケーキでも買って帰りますか」
「わーい、やったー!!」
竜次にとって、年の離れた妹を相手にしている気持ちだった。彼の妹は正姫とマナカだ。逞しくしっかりと地面に足をついて生きている。
コーディも近い。もう少し甘えてくれてもいいのだが、それは自分が頼りないのだろう。竜次は落ち込みつつもこれもいい解釈と受け止めた。
年齢は上かもしれないが、器量もまだまだだ。貴重な話ができてよかった。頑張ろう。
一人、士気を高める竜次であった。
大図書館への坂道、いつ話そうか。
ジェフリーはそわそわと落ち着かない。だが、どうしても、何よりも気になっていることがある。
「なぁ、その、猫はどうしたんだ?」
サキの腰のカバンに入り込んでいる圭馬はともかく、鯖トラ柄の猫が足元をつきまとう。
野良猫かと思ったが、どうも違うようだ。ジェフリーを見上げ挨拶をする。
「ショコラじゃよぉ。幻獣の猫さんなのぉん」
「……?」
「面白そうなイケメンだなぁん?」
「非日常らしいが、喋ったよな……」
ショコラの尻尾がゆらゆらと揺れている。ジェフリーは撫でるまでしないものの、手を出した。ショコラは鼻でつんつんと挨拶タッチをした。
「ジェフリーだ。よろしく」
ジェフリーは心許されたようだ。ショコラの方から頭を撫でろと手の内に潜り込む。
「某ウサギが嫉妬するんじゃないか?」
「聞こえてるよお兄ちゃん」
カバンから声がした。某ウサギこと、圭馬の尻尾だけが見えている。姿を見せないあたり、機嫌が悪いようだ。
「大図書館って動物ダメなんじゃない? ババァも入っておかないと誤魔化せないじゃん」
「のぉん、そうだなぁん。抱っこしてくれんかの?」
ショコラはジェフリーに抱っこをねだった。そのままサキのカバンに入れたが、とても狭そうだ。大図書館に潜り込むつもりのようだ。この二匹、いや、二人が一緒だ。
ジェフリーは込み入った話をしてしまうつもりなのだが、口止めしておくしかないようだ。
口が軽そうな圭馬が言い漏らさないか、心配ではあるのだが仕方ない。
フィリップス城の近くに大図書館があった。それなりに大きそうだ。サキが懐中時計と身分証を見せると、受付の人に渋い顔をされたが入館の許可をしてもらえた。
大きなカバンでも不審に思ったのだろうか。
とりあえず入館に成功だ。王都なだけあって、予想通り規模が大きい。
雰囲気はフィラノスの大図書館に近かった。手前の本棚は雑多のようだ。机や椅子が並び、それなりの身なりをした人がレポートなどを綴っている。
ジェフリーは雑多な本棚を眺めながら疑問に思う。
「難しい本はやっぱり奥か?」
「どうでしょう。同じような並びですかね」
二人は人が少ない方へ足が行った。
サキは重そうにカバンのベルトを持っている。
「ジェフリーさん、そのポーチどうしたんですか?」
カバンつながりか、サキはジェフリーの右腰のポーチに気がついたようだ。
「あぁ、まだ言ってないか」
ジェフリーはポーチを傾け、黄色い魔石と手帳サイズの簡易魔導書を取り出した。自慢げに見せている。
もちろんサキは目を丸くして驚いた。
「えっ、えっ? ジェフリーさんが魔法……?」
驚くのも無理はない。しかも、サキがあまり使わない雷の魔法を示す黄色い魔石だ。
「昔の名残だ。本当に基礎しかできないけどな。行動の引き出しが多いに越したことはないだろうし」
「そうだったら、僕に相談してくれたらよかったのに……」
「いや、まぁ、サキには別の相談もあるから……」
ジェフリーは自然と語尾を引きずった。話してしまっていいかと、人気がないのを確認し、念の為部屋の端で立ち止まった。振り返って、ジャケットの懐からアイラの手紙を取り出した。そのままサキへ渡す。
「これは?」
「フィラノスで当初、お前と仲良くするのを条件に得るはずだった情報だ。騙すようで気が引ける話だが、俺はいったんこれを断って変えた。代わりにお前がどうやったら自由になれるかを優先した。そのときの話だ」
人がないのを確認したのか、カバンから二人も飛び出してきた。
「ボクも読みたい」
「よろしいですかぁ?」
そうなるとは思っていたが、止めるのは難しい。ジェフリーは念のため注意をした。
「いいけど、まだみんなには話さないでほしい」
守ってもらえるとは限らないが、一応の釘は刺した。
圭馬はサキの腕によじ登り、ショコラは肩からぶらりと前足と顔を覗かせた。サキが動物園の飼育員のような格好になる。広げて読み始めた。
淡々としていたが、読み進めると表情が険しくなり、最後の手紙で手が震えていた。
読み終わってすぐ、顔を上げた。
「ジェフリーさん、これ……大変じゃないですか」
「だから、お前の力を借りたいと思った」
「だって、皆さんにも話さないと、ミティアさんが……」
この反応をされるのは予想していた。ジェフリーが理由を言う前に、圭馬が耳を下げながら注意する。
「ジェフリーお兄ちゃんは賢いね。内緒にしていたのは、現状では優先順位が違うって意味だよ。話が大きくなって、今や世界規模。そうなると、お姉ちゃんはすぐじゃなくてもよくなる」
「でも、でも、このままじゃ……」
サキは納得していない様子だ。ジェフリーを睨みつける。
「命がかっているんですよ? ジェフリーさん、平気なんですか!?」
「平気なわけがないだろ。だから今、悩んでるんだ」
口論しても何も解決しない。それくらい、お互いに理解している。だが、声を荒げてしまった。
「でもぉ、徐々になら、まだ時間はあるわねぇ?」
新参の鯖トラ猫、ショコラが喧喧囂囂にブレーキをかけた。重要ではあるが、まだ時間があると指摘する。
圭馬も別の指摘をした。
「キミ、そういうテレポート魔法は使えないし、街を移動する手段も今のところ定期船だよね。フィラノスに目をつけられているのなら、船を沈められそうな気がするよ」
ごもっともな説明で抑止をする。都合が悪い者が乗っているのがわかれば、フィラノス側から何かして来るかもしれない。沙蘭の船を止め、悪い噂で陥れようとした判断材料もある。
「そういう、魔法……お師匠様……」
サキは己の力不足を悔いているようだ。知識も実力もある。だが、場数と経験がどうしても足りない。まだ若いせいなのかもしれない。
ジェフリーは声を小さくし、話を続けた。
「表立って行動するのは現状では難しい。だが、手がないわけじゃない。お師匠さんはお前を頼れというメッセージを込めていた。多分、だけどな」
「わかってます、それくらい! それくらい……」
ギリギリと歯を軋ませるサキ。だが、それもほんの少しの時間だった。
サキは大きく頷いて顔を上げた。
「戦えるだけの魔法を身につけます。助ける道を、絶対に探して見せる!!」
「現状で頼れるのはお前しかいない。こんな頼り方は好かないけど」
「いいえ、それだけ僕を信頼してくれているのはわかりました。でも、時間をください。すぐには情報が集まらないし、天空都市やフィラノスに乗り込む話もありますから……」
同時進行だ。当然ペースはゆっくりとなるだろう。どうしても優先順位は下がる。
「でも、黙っていても、いつかは皆さんにわかってしまいます。そんなとき、皆さんは軽蔑するんじゃないですか? それこそ仲間内で……」
サキは懸念事項を口にした。裏切りと思われるかもしれない。
ジェフリーは視線を伏せ、首を振った。
「残念だけど、俺は親父の気持ちを痛いほどわかった。最悪、俺だけ離れて行動することも考えている。本当は全部投げ出して、あいつを助ける手段を探しに全振りしたいくらいだ」
吐き捨てるように言って肩を落とすジェフリー。
サキはジェフリーの肩に手を置いた。やけに力がかかっている。
「そのときは僕も一緒です。一人より、ずっと心強いと思います。それに、ジェフリーさんだけが悪者になる必要はないですよ」
サキは少し涙声だ。力強い言葉が沈む感情にブレーキをかける。
こんなに頼もしい理解者がどこにいようか。
「お前が友だちで良かった」
友だちではなく、親友も通り越してもはや悪友かもしれない。もしもの時の話をしているが、いつかそうなると二人は思っていた。
圭馬は自分から見た、サキにだけ話す理由を予想する。
「ミティアお姉ちゃんの義理のお兄ちゃん、キッドお姉ちゃんも知ってるでしょ? あと、ローズちゃんの後輩だから、立ち位置としてはあんまり良くないね。お兄ちゃん先生は、知っちゃったら感情的になりすぎて暴走しそうだよなぁ」
少し洞察力が上がったかもしれない。いや、もしかしたら、少しは仲間を理解しようとしたのかもしれない。
この予想はジェフリーを唸らせた。
「だいたい正解だ。だが、コーディには話してもいいかもしれないと思っている。あえて話そうとは思わないが、察しがいいから途中で気がつくだろう」
コーディはどう思うかはわからないが、ジェフリーはこれまでの道中で個人的に信頼を寄せている。余計なことは言わない、場の空気を乱さない、人の観察力に長けているといった判断材料があったからだ。
どうもこの仲間にはただならぬ関係性があるようだ。お互いをよく理解し、信頼をしている関係性にショコラは興味を抱いた。
「ほぉん、珍しいタイプの人間ですねぇ。でも、彼女が弱って来てしまったら、いかがなされますのぉん? 言い逃れにも、誤魔化しにも限界がありますよぉん」
ショコラも話の流れを理解し、話に入った。
ジェフリーは指摘された点に関しては、何も対策を考えていない。
顔色から察したのか、サキが不安たっぷりにジェフリーに訊ねる。
「えっと、もしかして、その考えはない感じですか?」
ジェフリーは目を瞑って考え込んでいる。想像したくない、が、正しいかもしれない。
難しく考え込むジェフリーに圭馬が提案を持ちかける。
「ジェフリーお兄ちゃん、この子のお師匠さんか、パパさんを頼ってみたらどうかな? 都合よく遭遇するとは思えないけど、少なくともボクたちだけで悩むよりかは、いい案をくれると思うよ」
圭馬の提案に、ショコラも頷く。
「ほむぅ、しかし、生贄制度は昔から変わっておらぬのですなぁ。今はハイブリッド人間まで人工的に創り出すなんて、何とおぞましい……」
ショコラのボヤキに気になる単語、ハイブリッド人間。そこにもヒントがある気がする。この猫は新参で、詳しい事情は知らない。ただ、持っている情報とつながりがある反応だ。
どうも引っかかって仕方ないことばかりだが、この場はよき理解者ばかりで助かった。自分は一人ではないことを知り、ジェフリーは安堵の息をついた。
「そろそろ調べ物を済ませるか。長話してすまない。本当は怖かったんだ。こんな話をするのは……」
「いえ、あのこれ……」
「きっとサキなら、みんなにわからないように持っていてくれるだろ? 本に挟むなり、細工をしてくれると助かる」
サキは手紙の所有を任され、困惑している。持ち物が少ないジェフリーより、彼が隠すのがいいだろう。
サキはカバンの奥底に手紙を入れた。
大図書館の奥へ進む。
ジェフリーはミティアの義兄に会った話を伏せたまま……。
時間は昼過ぎだ。早いうちに済んでよかった。怪我もなくてよかったが、足もとに鯖トラの猫は増えた。間違いなく何か言われるだろう。
ショコラが賑やかさに、尻尾をゆらゆらとさせる。
「ほぉ、人里に出るのは久しぶりかなぁん。数か月前に依頼を出しに来たがのぉん」
フィリップスに戻ったが、キッドは肝心なことを思い出した。
「向こうもこっちも、いつ終わるかわからなかったから決めてなかったけど、集合場所くらい決めてもよかったわね」
三人の居場所がわからない。まだ城なのか、それとも家に戻っているのか、買い物でもしているのだろうか。
サキがここぞとばかりに前に出た。
「そうだ、僕の魔法で探しますよ」
気が早く、右手人差し指は既に八の字を描いている。何を探してほしいのか、判断は視線でミティアに訴えている。
「えっと、じゃあ、コーディちゃんのトランクで!!」
ミティアの元気な声で、サキの物探しの魔法が頭上に放たれた。小さい光が街中にすっと動き出す。
「ほほぉ、ご愛用くださってありがとうのぉ」
追い駆けながら、ショコラがご機嫌に言う。その様子に圭馬がつーんとしていた。早くも仲違いだろうか。くだらない嫉妬かもしれない。
あっさりと居場所がわかり、一同は向かう。街の繁華街の入り口でコーディを見つけたが、彼女一人だけのようだ。
「あ、お帰りなさい」
コーディはトランクを片手に、メモを見ながらお店を探していたようだ。ジェフリーと竜次の姿がなかったが、何かあったのだろうか。
ミティアがメモを覗き込みながら質問をする。
「あれ、コーディちゃん一人?」
メモには保存食の補充項目が記されてあった。これから先を考えて、竜次がお願いしたのだろう。トランクしか手にしていないところを見ると、買いものに出てすぐのようだ。
「うん、お兄ちゃんたちは買い物に行った後、ギルドの依頼で賞金稼ぎに出たよ?」
コーディの言葉を聞き、キッドは驚いていた。
「し、賞金稼ぎ? お金を稼ぎに行ったの?」
コーディが小さく頷くが、どこか呆れているようにも見えた。
「最近は結構お金を使っちゃったからって、街の外に出たよ。報酬金が五万リースだから、そんなに手こずる相手じゃないと思うけど」
賞金稼ぎと聞いて、ローズが首を傾げる。
「あの二人が組むなんて珍しいデス。明日は雨デス?」
ローズが言うように、兄弟が進んで組むとは珍しい。仲が悪いわけではなさそうだが、性格も気質もほぼ正反対だ。
「私も一緒に行こうと思ったけど、みんなが帰って来たときのために、買い物を兼ねて残ってたの」
コーディが残っていた事情を説明した。
ミティアは謁見がどうだったのかを気にしていた。
「王子様には会ったの? お話して、大丈夫だった?」
街にいるのなら、大丈夫かもしれないが、これにはコーディも笑顔で頷いた。
「いやぁ、気疲れしたけど。お兄ちゃんたち、絶対にそのストレス発散も兼ねてるんじゃないかな」
あくまでコーディ個人的な考えかもしれないが、その考えなら有り得ない話ではない。その辺に当たり散らして物を壊すよりかはずっといいが、兄弟はそこまで子どもだっただろうか。
賞金稼ぎと聞き、キッドは腕を組んで唸った。
「賞金稼ぎねぇ、どんなのを討伐しに行ったの?」
「えっと、街道の荷馬車を狙う全長八メートルくらいの鳥獣」
「え? 鳥獣って……つまり狩りじゃ?」
キッドは狩猟に関してはプロの部類だ。一方で兄弟の身なりは狩猟には適さない。きっと、イノシシ一匹だって物理で押し込むタイプだと予想はつく。
「何を考えているの? 自然をナメてんの?」
「私、一応止めたよ?」
「あいつバカなんじゃない?」
「うぅん、やりたいって言ったの、お兄ちゃん先生だよ」
コーディの説明で、キッドだけではなく、皆も驚いた。
竜次がわざわざ自分から不利な状況に突っ込んだと知って、衝撃が走った。
「場所、街道の手前って言ったわよね? あたし、ちょっと行くわ!」
「あぁっ、キッド! お昼食べないの?」
キッドはミティアの呼びかけに応じず、そのまま走って行ってしまった。
サキはすでに小さくなってしまったキッドを追おうとする。だが、ローズに引き止められた。
「サキ君、待つデス。プロに任せるべきだと思いますヨ?」
「姉さんったら……」
姉の心配はむしろしていないが、無謀な賞金稼ぎに出ている兄弟にはどうしても疑問を抱く。
ローズは切替えも早く、買い物を進めようとする。
「それよりも、猫缶を追加で買わないとデス……」
ローズが猫にお熱のようだ。買う物を追加で話している。
「え、猫じゃん、どうしたの?」
コーディがやっとショコラの存在に気がついた。これは立ち回りが変わる。積もる話をしつつ、お店を探す。
街道手前の草原、晴れて澄み渡った空をトンビのような鳥が何羽も旋回している。ギルドの依頼を請け、ジェフリーと竜次が茂みに身をひそめている。
「兄貴、荷馬車があと数分で通るぞ。さっさと仕留めろよ!」
「一羽だけじゃないんですか? こんなの無理です!」
右手にマスケット銃を握った竜次が弱音を吐いていた。依頼では一羽と聞いていたが、来てみたら四羽はいる。どれも大きくて、ノアに向かう荷馬車の積荷にはおいしいものがあると覚えてしまったようだ。
「うぅっ、どうしよう。失敗したらコーディちゃんの評価が下がっちゃいます」
ギルドの人が撃退用にマスケットを貸してくれた。これは沙蘭で普及している飛び道具の一種だ。一般的には銃と呼ぶだろう。実は竜次がこれを戦術に取り入れたいと考えているようだ。
試し打ちをしてみるがほとんど威嚇射撃にしかならない。追い払うならそれでもいいかもしれないが、依頼の内容は討伐だ。
竜次が恨めしく空を見上げながら様子をうかがっていると、ガラガラと荷車を引く音がする。
「はぁ……馬車、来ちゃったみたいですね……」
「馬車が森に入るまで護衛するんだ! さすがに森に入ったら、あんなデカい鳥も追ってはこないだろう」
「そ、そうですね……」
依頼を請けたのは竜次だが、作戦を考えるのはジェフリーだ。
馬に乗る商人の男性がこちらに気づき、手を振って頭を下げた。荷馬車自体はさほど大きくはない。馬一頭で荷車は布をかぶせただけの速さを重視した荷車だ。
「こんな面倒な仕事、ジェフまで来なくてもよかったんですよ?」
「兄貴が急に色気づきやがったからな? 俺も試したいことがあるし、ちょうどいい」
「……?」
街中の買い物でジェフリーは、サキやミティアのような小さいポーチを買っていた。すでに腰に下がってはいるが、中に何が入っているかは竜次も知らない。ジェフリーは勝手に買い物をするからだ。
馬車が森に入る手前、次々と鳥獣が急降下した。羽を広げると八メートルほどだと聞いていたが、もっと大きく感じた。
竜次がマスケットを構える。
「当たれぇっ!」
バンッ! とマスケット銃から大きな煙と音が立った。反動が激しく、足元がぐらつく。そしてやはり当たらない。
当たらないだけならまだしも、マスケット銃の音で馬が驚き、ヒヒンと鳴き暴れた。前足を上げ、首を激しく振り、馬車が完全に止まってしまった。このままでは格好の標的だ。
非常事態だ。ジェフリーは竜次のマスケットを握り、銃口を下ろした。
「打つな!」
「そ、そんな……」
目の前の餌にマスケット銃ごときで怯むはずもなく、鳥獣は荷の布を啄み始めた。
「ど、どうしよう、ジェフ……」
「ったく、どうしようもねぇな……」
ジェフリーがポーチの中から黄色い魔石を取り出した。
「使うのは十年ぶりだ。えっと……貫け、サンダーランス!」
弾く加減がわからず、荷車の上に魔石をぶん投げた。
燻るようなジリジリとした音がし、パンッと火花が散った。『ランス』という名にはふさわしくない本体の姿がない未熟な魔法だった。だが、雷らしい音と光は威力があったようだ。その派手さの甲斐もあって、一羽が火花の餌食になってパタリと地面に落ちた。痙攣している足が見える。
一羽はひっくり返ったが、残りの三羽がいったん空に飛んだ。間合いを取り、様子を見ながら旋回している。
ジェフリーが次の手を打とうとする。
「兄貴、馬をどうにかしろ!」
「そんな器用なこと、私ができるわけがないじゃないですか!」
商人の男性が馬を宥めるも、銃と雷の魔法のせいで怯えてしまった。至近距離で大きくて慣れない音がしたのだ。人間だって驚くに決まっている。
馬車が動かないのをいいことに、またも鳥獣が降下した。
急を要する事態に、ジェフリーが剣の柄に手をかける。
「クソっ、直接叩くしかないか……」
もちろん竜次が黙っているはずもない。なぜなら、今回は自分たちだけで済む問題ではないからだ。
「そんなことしたら、馬車を壊してしまいますよ! 馬だって傷つけちゃうかもしれません! 危険です!!」
「……ンだとぉ、兄貴が請けた仕事だろうが!」
「でも目的のためにあの商人さんと馬が危険な目に遭わせてしまいます。安全の確保が優先です!」
「そんなこと言ってる場合か!?」
ひどい仲間割れ、いや、性格と考えが違うゆえの、兄弟喧嘩かもしれない。向かい合って言い合う二人の目の前を、小さい影と疾風が通過した。
鳥のけたたましい断末魔が聞こえる。二人が馬車に視線を向けると、一羽が撃ち落とされている。その鳥獣の腹には矢が刺さっていた。
矢の主を探そうとして、竜次の頭上を矢が走った。
また当たる。広げた羽に命中し、壊れたラジコンのようにクルクルと回転しながら落ちた。
「動物っていうのは音に敏感なのよ!」
ジェフリーのうしろで、聞き覚えのある女性の声がした。振り向くと、空の残り一羽に向かって弓矢を構えるキッドが見えた。やはり彼女だった。狙いを定めると矢が放たれる。
バスッと鳥獣の首に突き刺さった。羽根を散らしながら最後の一羽が落ちた。
「キッドさん……」
竜次が情けない声を上げるも、キッドは見向きもせず、馬に向かって歩き出した。
「怖かったね。頑張った、頑張った……」
馬の頭を撫で、首を触った。すると、馬がおでこをキッドにこすりつけ、ブルブルと震えた。パカパカと足踏みし、足並みを揃えた。安心したようだ。
これを見た商人の男性は歓喜する。
「おぉ、よかったよ。お嬢ちゃんすごいね。ありがとう!」
キッドは馬から離れて一礼する。男性は手綱を引き、馬車は街道へ消えて行った。
見送ったキッドが、呆れながら大きくため息をついた。
「信じらんないわね……」
ジェフリーよりも、竜次に対する呆れの方が大きいようだ。キッドの視線は竜次に向いていた。
「先生、それ何ですか?」
「えっと、マスケットです……」
「そんなものを使っても威嚇にしかなりません。鳥を狩るのは難しいですよ。一般的には飛んでいるものに飛び道具は有効と考えられていますけど、マスケットは引きつけてからではないと当たらないです!!」
キッドは厳しい指摘をした。ジェフリーが魔法を使った点よりも、マスケット銃が気になるようだ。話は続いた。
「どうしてそんなもの使おうと思ったんですか?」
「それは、これから先、もっと手強い敵に遭遇したときを想定して試験的に……」
「それ自体は悪いとは思いませんが、対動物にはあまり有効じゃないと思いますよ?」
ジェフリーはその様子を黙って見ていたが、こうも竜次にダメ出しができる人も珍しいと感じていた。違和感も抱く。キッドはやけにマスケットに詳しい。同じ飛び道具だからだろうか。ジェフリーはもうしばらく様子を見ることにした。
「私は、弓を引けません。だから、遊撃なあなたの負担を少なくしたかったのです。この気持ちだけはご理解いただけますか?」
指摘された内容に関しては反省している。竜次は真摯に受け止める姿勢を示した。
「それだったら、少しくらい相談してくれてもよかったんじゃないですか?」
「だから、それに関しては……」
「お気持ちはうれしいですが、先走はカッコつけようとしても、ボロが出ますよ?」
「うっ…………」
今度は肩まで落として落ち込んでいる。ここまで落ち込む竜次も珍しい。
「自然界は人間の考えを裏切るのが普通です。今回は何とかなりましたけど、これが荷物じゃなくて人だった場合は人命がかかるんです。その責任が取れますか? 人間を襲う動物だっているんですよ?」
「…………」
「もしかしたら、それが仲間や知り合い、大切な人や家族かもしれない。その場合はどうしますか?」
キッドの説教に熱がこもっている。一方的に竜次ばかりが責められているものだから、ジェフリーが庇いに入った。
「行かせた俺も悪い。その辺にしてやってほしい」
「いえ、ジェフ、いいのです。私がいけない」
竜次はジェフリーの庇いを払った。
以前の竜次なら、落ち込んでしばらく再起不能にまでなる感じだった。どんな心境の変化だろうか。ジェフリーは疑問を抱いた。
キッドは違う指摘もする。
「少し荷物が多すぎます。先生はただでさえ大きなカバンを下げているのに、これ以上行動が遅くなったら足手まといになるのではないですか?」
「そうですね。考えてみます。ご指摘、ありがとう……」
ジェフリーから見れば、このやり取りに寒気を覚える。竜次はもっと自分は完璧なはずだと気取って、簡単には古い考えを捨てない、プライドの塊だったはずだ。
少なくともジェフリーが知る竜次はもっとわがままだし、自分以上に改善点の指摘を受け入れない強情な性格だ。
キッドはスカートを払い、弓を担いだ。
「帰ってギルドに報告するんでしょ?」
「そうだな。キッドが戻ったなら、みんなも帰って来たんだな」
「お昼でも食べて買い物してるんじゃない?」
キッドはさらっと流して街に戻ろうと先を歩き出した。彼女は本当に行動も、切り替えも早い。
ジェフリーは見える範囲に、切り替えが遅い竜次もいて見比べてしまう。まだ、自身で自覚しているだけ進歩したものだが。
竜次は小さく頷いてマスケット銃を右腰のホルスターに収めた。顔を上げて、キッドのあとを追い駆けた。
どうも竜次の様子がおかしいし、落ち着きがない。
自分が言ってもいい加減に流す上に、頑固であまり意見を取り入れようとしない竜次がキッドの厳しい指摘や注意を真面目に聞いている。
もしかして、竜次はキッドが気になっているのではないだろうか。
そんなくだらない疑惑を胸に、ジェフリーも街へと足を歩ませた。
新しいスカーフを買ってご機嫌のローズ。勢いで、動きやすそうなブーツも購入していた。走りやすそうだ。
お昼ご飯にツナのピザを食べてご機嫌のミティア。
圭馬に駄々をこねられ、腰カバンを新調したサキ。
王都は品揃えがいい。少し値は張るが、それに見合う、いいものが揃っている。
その雰囲気で、新しいものを新調した。
「手首とか、肩がそろそろきつくなって来たんだけどなぁ。服は考えておこっと」
サキは服装について思うところがあるようだ。彼は虐待とストレスで痩せているところから始まった。多少は不規則だが、ご飯も食べるようになり、運動もするようになった。そろそろ何か考えていいかもしれないとは思っていた。
身なりを整えていると、パタパタと足音した。金髪のふんわりボブカット、キッドが帰って来た。そのうしろを、足が重そう歩く兄弟が見える。
目立つ怪我もしていないようだ。
「キッドぉ! お帰りなさい!!」
ミティアはキッドに抱き着き、歓喜の声を上げた。
「わわっ、どうしたの? ご機嫌ね……」
「えへへ……」
ミティアはキッドに抱き着いたまま、竜次とジェフリーを見る。どこか浮かない表情をしていた。
「えっと、お帰りなさい?」
「あぁ……」
答えたのはジェフリーだ。竜次は俯きながら黙っていた。
「騒がせたな。報告に行きたいんだが、コーディ、付き合ってもらえるか?」
「あぁ、討伐できたんだ? その顔は、仕留めたの、キッドお姉ちゃんでしょ?」
どうやら兄弟の顔に出てしまっているようだ。
ギルドに報告と聞いて、竜次が率先した。
「ジェフ、私が行きます。それくらいはしないと……」
落ち込んではいたものの、せめて報告には顔を出すと申し出た。コーディがトランクを持ち直しながら、竜次に寄った。そのままギルドに向かって歩き出す。
「すみません、皆さんはゆっくりしていてください」
竜次は浮かない顔のまま、コーディと行ってしまった。その背中を見ながら、ミティアが心配そうにしている。
「先生、どうしたんだろう? キッドが活躍しすぎたのかな?」
キッドの活躍と言えば間違いではない。だが、もっと違うものだ。ジェフリーは詳しい説明を省いて言う。
「ごめんな。いい薬だとは思うけど」
医者なだけに、というのをしゃれたつもりだった。ジェフリーは場の空気が悪くなったのを詫びた。
それよりもサキがずいずいと前に出て、熱意のまま訴える。
「ジェフリーさん! 森での報告はあとでしますけど、すぐにでも大図書館に行きたいです!! ご一緒してくれませんか!?」
「昨日の今日で急だな……」
ジェフリーは別日にするつもりだと、一度は断ろうとした。だが、これは好機かもしれない。
「いや、そうだな。今日行っておけば、明日には北に向かえる」
「北へ……?」
「コーディから話、行ってないか?」
熱意があるサキに対し、ジェフリーはずいぶんと冷静だ。
「簡単に言うと、明日この街の北、炭鉱の街ノックスを目指すことになった。買い物とか準備を済ませておいてもらえると助かる」
ジェフリーはこの場の皆にも障りだけ説明した。
「詳しい話は夜にしよう。持ち寄った情報も整理したい。先に博士の家に戻っていてもかまわない」
ジェフリーとサキもいったん離脱した。別行動と知って、ローズも用事を思い出した。
「ワタシ、ちょっと工具を見に行くデス」
ローズは元気がなかった竜次の腰に下がっていたものを見ていたようだ。改良と、整備をしようと勝手に企んでいた。
街中で別行動をとることになり、ミティアがキッドに言う。
「キッド、お腹空いてるでしょ? 何か食べるならどこか入ろう?」
ミティアはキッドの昼食を気遣っている。ミティアがつられて、また食べてしまいそうだ。
「そうね、じゃあローズさん」
キッドも手を振って別れた。
別行動を取ってすぐ、ミティアが深刻な表情をしながら小声で話しかける。
「キッド、先生の『あれ』、思い出しちゃった?」
親友を気遣う様子だ。キッドは緊張の表情を和らげて、頷いた。
「仕方ないけど、思い出さない方が無理でしょ……」
「兄さんもマスケット銃、持っていたもんね」
キッドは塞ぎ込んだ。過去は振り返らない主義の彼女だが、村での生活を思い出さずにはいられない。
ミティアは心苦しく思いながら、このままではいけないと切り出した。
「キッドは兄さんを好きだったよね。よく一緒に森に出ていたじゃない」
キッドはミティアの義兄ルッシェナが亡くなったとショックを受けた。だが、頑張って前を向いて来た。それを、新しいものを取り入れようとする竜次によって、思い出してしまった。古傷を抉り返される思いだったのは否定しない。もしかしたら、きつい言葉と態度を竜次にぶつけてしまったかもしれない。
ミティアは胸に手を当て、キッドの顔を覗き込んだ。
「わたしから先生にやめてって言ってあげようか? 嫌でしょ? 苦しくならない?」
こんな数奇な巡り合わせなど、想像もしなかった。これ以上キッドが我慢して傷つくのは見ているのがつらい。
――とはいうものの、ミティアだって兄の存在を忘れたかった。
キッドとは違い、甘い思い出は一切ない。話せない葛藤と、キッドの心を気遣う板挟みに心が痛んだ。
キッドはつらそうにしながら笑う。
「だけどさ、先生はあたしの負担を軽減したいから使っていたみたいなんだよね」
「で、でも……」
「あはは、平気よ。だって、全然使いこなせてないんだもの」
いつまでも引きずっていてもつらいだけだ。切り替えの早いキッドらしくもない。
キッドは自分を納得させるように、何度も頷いていた。
「ほんとさぁ、先生ってどうしようもないよね……」
今度はミティアが首を傾げながら苦笑いする。
「はぁーあ、お腹空いちゃった。パスタでも食べようかな……」
慣れるまでは、しばらくかかるかもしれない。だけど、親友に心配をかけてもいられない。キッドは空を仰ぎ、軽く背伸びをした。
ギルドで報告をする。状況の説明をしたところ、追加報酬が出るらしく待たされた。
思いのほか、大きな仕事をしてしまったようだ。
「ボーナス込みで、十二万リース出るらしいよ。大仕事だね」
カウンターからコーディが振り返るも、竜次は説明こそしたのだが、やはり落ち着かない様子だ。正直、お金で解決する問題ではないようだ。
「ほとんど彼女が片付けてしまったのです。仕留めたジェフはまだしも、私なんて馬を止めてしまったので、失敗も失敗です」
竜次は額に手をつき、猛省している。落ち込みっぱなしの竜次にコーディはフォローを入れる。
「まぁ、そんなときもあるよ。手配の鳥獣、馬車の積み荷だけじゃなくて、ノックスやフィリップスの旅行客から荷物をひったくっていたみたいだね。怪我人も出ていたみたいだし大手柄だと思うよ。それでいいじゃん。お兄ちゃん先生って、こんなに生真面目だったっけ?」
コーディは竜次を馬鹿にするように小突き、笑う。
これ以上落ち込む要素ではないものの、この程度で済んだのが幸いではある。キッドが言っていた、人命、仲間がかかっていなかっただけ。竜次はため息をつき、肩を落とした。
「今回はいい経験になりました。勢いだけで押し切れるほど自分は強くないし、新しい試みはもっと慎重になるべきでした」
「その銃もらっていいって。ボーナスも弾んでもらってよかったね」
「うーん……気は進まないのですが」
スプリングフォレストでもそうだったが、自然の中には常にイレギュラーが潜んでいる。これからは、肝に銘じて動こうと竜次は強く思った。
マスケットは、依頼を出した商会の責任者がプレゼントとして一行に贈った。ありがたくいただいたが、竜次はトラウマを植えつけられたようで重く感じたようだ。仲間の誰かが使いたいのなら譲るつもりでいた。
コーディはカウンターで引き続き話をしている。
「それで、王子様の依頼って、私たちが請けていいんだよね?」
依頼書の最新版にはノックスの依頼が消えていた。魔鉱石の暴走、行方不明者の捜索依頼までも消えていた。まとめて頼まれたと見ていいのだろうか。
依頼とは別に、ニュースや噂話も張り出されているが、竜次が気になる記事を見つけ、指でなぞった。
世界の情勢は気になるが、いい記事と悪い記事を見てしまい、複雑な気持ちだ。
いい記事は、沙蘭の復興が完了しつつある話だ。フィリップスから支援が行った書き込みがある。これはありがたいと思った。
悪い記事は、フィラノスが今ごろになって魔導士狩りの犯人を突き止めたとある。その名はローレンシア一家と書き記されてあった。
サキに、名前を出さないように注意するべきかもしれない。だが、これに関しては、フィリップスの後ろ盾がある。有事の際は、使うしかない。
コーディが手帳にサインをもらって受け取った。手帳をトランクにしまい込みながら、壁の記事を熱心に読んでいる竜次に声をかける。
「あぁ、沙蘭。よかったね」
「私が帰る場所とは限らないですが、うれしいですね。妹や弟が元気にしているといいのですけれど」
竜次は故郷へ思いを馳せる。立ち寄りたい気持ちはもちろんある。 父親の報告、今は何と戦っているのか、これからどうするつもりなのか、その話は正姫にしていいかもしれない。
最近は難しい話が多くなり、理解が追いつかないことも多々ある。それに加えて自分の人間性と戦力の乏しさが気がかりだ。考え込んだら頭が痛い。
考え込む竜次の顔を、コーディが覗き込んだ。
「ねぇ、お兄ちゃん先生? 間違ってたらごめんなんだけどさぁ?」
コーディは悪巧みをするように口角を上げる。
「お兄ちゃん先生って、キッドお姉ちゃんが気になってるの?」
「むっ……」
竜次は反射的に背筋が伸びた。否定しようとにも、素直に反応して嘘がつけない。
「えっと、まぁ、そうですね。コーディちゃんになら、言ってもいいかな……」
「わーい、また当たった」
「また、とは?」
二人はギルドの端で他愛のない会話をする。実は竜次は、コーディと深く話したことがない。
「んと、ジェフリーお兄ちゃんに、恋愛小説が書けるって言われた」
遠回しな言い方だ。ジェフリーにも同じようなことを言ったのだろうかと竜次は疑問に思った。
コーディは人の観察に長けているようだ。ジェフリーとはまた違ったタイプで、人の感情の観察部分に秀でているように思える。
「私、あまり相手にされていないみたいですね。彼女が逞しすぎます。強いし、行動力も私よりずっとありますから」
「そうだね。今のところ脈ナシかな」
竜次は再び肩を落とした。わかってはいたものの、いざ言葉にされるとダメージが大きい。客観的な意見はもちろんありがたいのだが、そう見えているのなら仕方がない。
「せめて、ちゃんとした会話がしたいです……」
「デートとか好きそうじゃないよね。おしゃれもしないし?」
「いっそ、ジェフみたいに蔑んでいただきたい気もします」
「お兄ちゃん先生……変態?」
竜次はさらに深く肩を落とす。コーディからまさか『変態』と浴びせられるなんて、ショックと言うか、傷つくというか。
変に期待を持たせる言い方ではないだけ、まだ救いかもしれないが。
「私、いい学校も行って、武術も習いましたし、皆さんより少し年上のはずなんですが、この劣等感の塊っぷりは何でしょうね」
少し話しただけで凹む要素はたくさんある。布団の埃のようだ。
「人間性? もうちょっとでいいから、その人の立場になって考えられたらいいよね」
コーディはキッドと同じ指摘を入れた。そもそも医者というスキルもあるはずなのに、ほとんど人を診た経験もない。
相手の立場になって、何を求められているかを気にするのは難しい。
それが自然にできるミティア。人の観察に長けているジェフリー。
ないものをねだっても、そう簡単に得られるものでもないだろうが、自分はこの先仲間と上手くやっていけるのかと竜次は心配になった。
「人に言われて気がつくって遅いですよね」
「言われるだけ幸せって捉え方もあるけどね。どうでもいい人に期待してなかったら、注意とか助言なんてしてくれないんじゃない?」
コーディは十六歳と言っていた。世渡りをしていたせいもあるかもしれないが、本当にしっかりしている。
竜次は英才教育で固められ、将来を期待された身だ。執事や世話係、学校の先生、全員が沙蘭の王様候補として見ていた。今まで妹や弟、亡くなった彼女しか、『竜次』を見てくれていなかった。仲間の存在が今、どれだけありがたいかと再認識した。
「やっぱり私はまだまだ子どもですね。コーディちゃんの方がよっぽど大人です」
「お兄ちゃん先生の周りにはいい人いっぱいいるじゃん。大人になってから新しい友だちを作るのって難しいんだよ?」
「あぁー、そうですよね。ホントそれ、思います」
竜次は情けなく髪を掻きながら頷く。仲間はどんなにほしくても、お金では買えないものだ。
「うん。頑張ろう。何だか愚痴っぽいものを長々とすみませんでした」
コーディは礼儀や言葉遣いこそなっていないが、これも本当にありがたい。種族の壁以前に、人として壁を感じない素直さ。
本を書く夢がコーディにはある。真実を見極めようとするその意思は強い。彼女の理想や夢は案外近いのかもしれない。
「さて、臨時収入がありましたし。今日こそ、お隣のチーズケーキでも買って帰りますか」
「わーい、やったー!!」
竜次にとって、年の離れた妹を相手にしている気持ちだった。彼の妹は正姫とマナカだ。逞しくしっかりと地面に足をついて生きている。
コーディも近い。もう少し甘えてくれてもいいのだが、それは自分が頼りないのだろう。竜次は落ち込みつつもこれもいい解釈と受け止めた。
年齢は上かもしれないが、器量もまだまだだ。貴重な話ができてよかった。頑張ろう。
一人、士気を高める竜次であった。
大図書館への坂道、いつ話そうか。
ジェフリーはそわそわと落ち着かない。だが、どうしても、何よりも気になっていることがある。
「なぁ、その、猫はどうしたんだ?」
サキの腰のカバンに入り込んでいる圭馬はともかく、鯖トラ柄の猫が足元をつきまとう。
野良猫かと思ったが、どうも違うようだ。ジェフリーを見上げ挨拶をする。
「ショコラじゃよぉ。幻獣の猫さんなのぉん」
「……?」
「面白そうなイケメンだなぁん?」
「非日常らしいが、喋ったよな……」
ショコラの尻尾がゆらゆらと揺れている。ジェフリーは撫でるまでしないものの、手を出した。ショコラは鼻でつんつんと挨拶タッチをした。
「ジェフリーだ。よろしく」
ジェフリーは心許されたようだ。ショコラの方から頭を撫でろと手の内に潜り込む。
「某ウサギが嫉妬するんじゃないか?」
「聞こえてるよお兄ちゃん」
カバンから声がした。某ウサギこと、圭馬の尻尾だけが見えている。姿を見せないあたり、機嫌が悪いようだ。
「大図書館って動物ダメなんじゃない? ババァも入っておかないと誤魔化せないじゃん」
「のぉん、そうだなぁん。抱っこしてくれんかの?」
ショコラはジェフリーに抱っこをねだった。そのままサキのカバンに入れたが、とても狭そうだ。大図書館に潜り込むつもりのようだ。この二匹、いや、二人が一緒だ。
ジェフリーは込み入った話をしてしまうつもりなのだが、口止めしておくしかないようだ。
口が軽そうな圭馬が言い漏らさないか、心配ではあるのだが仕方ない。
フィリップス城の近くに大図書館があった。それなりに大きそうだ。サキが懐中時計と身分証を見せると、受付の人に渋い顔をされたが入館の許可をしてもらえた。
大きなカバンでも不審に思ったのだろうか。
とりあえず入館に成功だ。王都なだけあって、予想通り規模が大きい。
雰囲気はフィラノスの大図書館に近かった。手前の本棚は雑多のようだ。机や椅子が並び、それなりの身なりをした人がレポートなどを綴っている。
ジェフリーは雑多な本棚を眺めながら疑問に思う。
「難しい本はやっぱり奥か?」
「どうでしょう。同じような並びですかね」
二人は人が少ない方へ足が行った。
サキは重そうにカバンのベルトを持っている。
「ジェフリーさん、そのポーチどうしたんですか?」
カバンつながりか、サキはジェフリーの右腰のポーチに気がついたようだ。
「あぁ、まだ言ってないか」
ジェフリーはポーチを傾け、黄色い魔石と手帳サイズの簡易魔導書を取り出した。自慢げに見せている。
もちろんサキは目を丸くして驚いた。
「えっ、えっ? ジェフリーさんが魔法……?」
驚くのも無理はない。しかも、サキがあまり使わない雷の魔法を示す黄色い魔石だ。
「昔の名残だ。本当に基礎しかできないけどな。行動の引き出しが多いに越したことはないだろうし」
「そうだったら、僕に相談してくれたらよかったのに……」
「いや、まぁ、サキには別の相談もあるから……」
ジェフリーは自然と語尾を引きずった。話してしまっていいかと、人気がないのを確認し、念の為部屋の端で立ち止まった。振り返って、ジャケットの懐からアイラの手紙を取り出した。そのままサキへ渡す。
「これは?」
「フィラノスで当初、お前と仲良くするのを条件に得るはずだった情報だ。騙すようで気が引ける話だが、俺はいったんこれを断って変えた。代わりにお前がどうやったら自由になれるかを優先した。そのときの話だ」
人がないのを確認したのか、カバンから二人も飛び出してきた。
「ボクも読みたい」
「よろしいですかぁ?」
そうなるとは思っていたが、止めるのは難しい。ジェフリーは念のため注意をした。
「いいけど、まだみんなには話さないでほしい」
守ってもらえるとは限らないが、一応の釘は刺した。
圭馬はサキの腕によじ登り、ショコラは肩からぶらりと前足と顔を覗かせた。サキが動物園の飼育員のような格好になる。広げて読み始めた。
淡々としていたが、読み進めると表情が険しくなり、最後の手紙で手が震えていた。
読み終わってすぐ、顔を上げた。
「ジェフリーさん、これ……大変じゃないですか」
「だから、お前の力を借りたいと思った」
「だって、皆さんにも話さないと、ミティアさんが……」
この反応をされるのは予想していた。ジェフリーが理由を言う前に、圭馬が耳を下げながら注意する。
「ジェフリーお兄ちゃんは賢いね。内緒にしていたのは、現状では優先順位が違うって意味だよ。話が大きくなって、今や世界規模。そうなると、お姉ちゃんはすぐじゃなくてもよくなる」
「でも、でも、このままじゃ……」
サキは納得していない様子だ。ジェフリーを睨みつける。
「命がかっているんですよ? ジェフリーさん、平気なんですか!?」
「平気なわけがないだろ。だから今、悩んでるんだ」
口論しても何も解決しない。それくらい、お互いに理解している。だが、声を荒げてしまった。
「でもぉ、徐々になら、まだ時間はあるわねぇ?」
新参の鯖トラ猫、ショコラが喧喧囂囂にブレーキをかけた。重要ではあるが、まだ時間があると指摘する。
圭馬も別の指摘をした。
「キミ、そういうテレポート魔法は使えないし、街を移動する手段も今のところ定期船だよね。フィラノスに目をつけられているのなら、船を沈められそうな気がするよ」
ごもっともな説明で抑止をする。都合が悪い者が乗っているのがわかれば、フィラノス側から何かして来るかもしれない。沙蘭の船を止め、悪い噂で陥れようとした判断材料もある。
「そういう、魔法……お師匠様……」
サキは己の力不足を悔いているようだ。知識も実力もある。だが、場数と経験がどうしても足りない。まだ若いせいなのかもしれない。
ジェフリーは声を小さくし、話を続けた。
「表立って行動するのは現状では難しい。だが、手がないわけじゃない。お師匠さんはお前を頼れというメッセージを込めていた。多分、だけどな」
「わかってます、それくらい! それくらい……」
ギリギリと歯を軋ませるサキ。だが、それもほんの少しの時間だった。
サキは大きく頷いて顔を上げた。
「戦えるだけの魔法を身につけます。助ける道を、絶対に探して見せる!!」
「現状で頼れるのはお前しかいない。こんな頼り方は好かないけど」
「いいえ、それだけ僕を信頼してくれているのはわかりました。でも、時間をください。すぐには情報が集まらないし、天空都市やフィラノスに乗り込む話もありますから……」
同時進行だ。当然ペースはゆっくりとなるだろう。どうしても優先順位は下がる。
「でも、黙っていても、いつかは皆さんにわかってしまいます。そんなとき、皆さんは軽蔑するんじゃないですか? それこそ仲間内で……」
サキは懸念事項を口にした。裏切りと思われるかもしれない。
ジェフリーは視線を伏せ、首を振った。
「残念だけど、俺は親父の気持ちを痛いほどわかった。最悪、俺だけ離れて行動することも考えている。本当は全部投げ出して、あいつを助ける手段を探しに全振りしたいくらいだ」
吐き捨てるように言って肩を落とすジェフリー。
サキはジェフリーの肩に手を置いた。やけに力がかかっている。
「そのときは僕も一緒です。一人より、ずっと心強いと思います。それに、ジェフリーさんだけが悪者になる必要はないですよ」
サキは少し涙声だ。力強い言葉が沈む感情にブレーキをかける。
こんなに頼もしい理解者がどこにいようか。
「お前が友だちで良かった」
友だちではなく、親友も通り越してもはや悪友かもしれない。もしもの時の話をしているが、いつかそうなると二人は思っていた。
圭馬は自分から見た、サキにだけ話す理由を予想する。
「ミティアお姉ちゃんの義理のお兄ちゃん、キッドお姉ちゃんも知ってるでしょ? あと、ローズちゃんの後輩だから、立ち位置としてはあんまり良くないね。お兄ちゃん先生は、知っちゃったら感情的になりすぎて暴走しそうだよなぁ」
少し洞察力が上がったかもしれない。いや、もしかしたら、少しは仲間を理解しようとしたのかもしれない。
この予想はジェフリーを唸らせた。
「だいたい正解だ。だが、コーディには話してもいいかもしれないと思っている。あえて話そうとは思わないが、察しがいいから途中で気がつくだろう」
コーディはどう思うかはわからないが、ジェフリーはこれまでの道中で個人的に信頼を寄せている。余計なことは言わない、場の空気を乱さない、人の観察力に長けているといった判断材料があったからだ。
どうもこの仲間にはただならぬ関係性があるようだ。お互いをよく理解し、信頼をしている関係性にショコラは興味を抱いた。
「ほぉん、珍しいタイプの人間ですねぇ。でも、彼女が弱って来てしまったら、いかがなされますのぉん? 言い逃れにも、誤魔化しにも限界がありますよぉん」
ショコラも話の流れを理解し、話に入った。
ジェフリーは指摘された点に関しては、何も対策を考えていない。
顔色から察したのか、サキが不安たっぷりにジェフリーに訊ねる。
「えっと、もしかして、その考えはない感じですか?」
ジェフリーは目を瞑って考え込んでいる。想像したくない、が、正しいかもしれない。
難しく考え込むジェフリーに圭馬が提案を持ちかける。
「ジェフリーお兄ちゃん、この子のお師匠さんか、パパさんを頼ってみたらどうかな? 都合よく遭遇するとは思えないけど、少なくともボクたちだけで悩むよりかは、いい案をくれると思うよ」
圭馬の提案に、ショコラも頷く。
「ほむぅ、しかし、生贄制度は昔から変わっておらぬのですなぁ。今はハイブリッド人間まで人工的に創り出すなんて、何とおぞましい……」
ショコラのボヤキに気になる単語、ハイブリッド人間。そこにもヒントがある気がする。この猫は新参で、詳しい事情は知らない。ただ、持っている情報とつながりがある反応だ。
どうも引っかかって仕方ないことばかりだが、この場はよき理解者ばかりで助かった。自分は一人ではないことを知り、ジェフリーは安堵の息をついた。
「そろそろ調べ物を済ませるか。長話してすまない。本当は怖かったんだ。こんな話をするのは……」
「いえ、あのこれ……」
「きっとサキなら、みんなにわからないように持っていてくれるだろ? 本に挟むなり、細工をしてくれると助かる」
サキは手紙の所有を任され、困惑している。持ち物が少ないジェフリーより、彼が隠すのがいいだろう。
サキはカバンの奥底に手紙を入れた。
大図書館の奥へ進む。
ジェフリーはミティアの義兄に会った話を伏せたまま……。
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