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【6】思惑
一陽来復に願う
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暗い話ばかりだった反動か、パーティは大盛り上がりを見せた。クラッカーやシャンパンのコルクを弾く音が騒がしい。
ピンクのエプロンのジェフリーが、チョコレートケーキを食卓に乗せる。
このエプロンは宿のものらしいが、年季が入っていて、クマとウサギのアップリケがチャーミングだ。もう一度説明するが、これを着ているのはジェフリーだ。
何度でも言っていい。顔が悪いと自称しているジェフリーである。
お手製のチョコレートケーキには粉砂糖がまぶしてあり、その上に市販のお菓子がちりばめられている。砕かれたナッツも見え、おいしそうだ。
頑張って作った感がある。だが、この不格好さが手作りを強調して、もらった側はうれしい。
読書三昧のあとにこのパーティ。サキは納得がいかずにキッドに抗議していた。
「姉さん、ひどいです!! ミティアさんの誕生日、僕にも教えてよ!!」
「あんた、ご飯にも顔を出さず、本にかじりついていたくせに、ずいぶんと生意気ね」
「だからって除け者はひどすぎませんか!?」
「うっさいわねぇ、そんなに言うなら、今から楽しませる一発芸でも考えたら?」
仲睦まじい姉弟の喧嘩だ。
自由なふるまいをする仲間を見て、ジェフリーはため息をついた。次々と食卓に料理を運ぶ。
「あぁ! 私の好物、焼き春巻き!!」
「兄貴、まだ食べるなって!! つか、喧嘩なら外でやれよ。ミティアが困るだろ」
添えられている小鉢料理に、沙蘭の料理があって竜次が歓喜している。
「これ、クッキーのボックスデス」
「前に沙蘭で買った七宝焼きのキーホルダーなんだけど、よかったら……」
間に合わせながら、ローズとコーディもプレゼントを渡していた。
つまり、何も用意できなかったのは、本当にサキだけ。
「そんなに気にしなくてもいいのに……」
ミティア本人は気持ちだけで感無量のようだ。ほろほろと泣いては目を擦っている。
グラスを持って来てジェフリーも席に座った。
「本当はこんなバカ騒ぎをするのもどうかと思うけど、最近は生きるか死ぬかで暗くなる話ばっかりだったからな」
フロントのカウンターの前で机をくっつけ、椅子を持ち寄って囲んだ造りだ。質素なものだが、食卓は賑やかだ。
皆のグラスに飲み物があることを確認し、ジェフリーが祝杯の合図をする。
「よし、みんなグラスは持ったな……」
皆はグラスを持った。
『乾杯!!』
カランカランとグラスがぶつかる。こんなに賑やかな食事は初めてだ。
キッドはミティアに注意をする。
「ちょこっとだけにしなさいよ」
ミティアはローズにカクテルの入ったグラスを持たされていた。ピンク色の微炭酸はまるでミティアを思わせるようだ。
「お兄ちゃん先生、ボクも焼き春巻きが食べたいよぅ」
お皿に乗っていた焼き春巻きを、ほとんど一人占めしていた竜次に圭馬がねだる。
「何でそんなにこれ好きなの?」
「いえね、手を汚さずに診断書が書けるので昔……」
「わかった。わかったからちょうだいってば!」
ちゃっかりシャンパンも飲みながら上機嫌だ。
お酒だけではなく、料理も進む。ケーキがあるせいで、主食はない。適度に摘まめるおかずが並ぶ。
「ジェフリーお兄ちゃん、お料理うまいね。この野菜スープ、おいしいよ?」
「学校で習わされたって説明するべきなのかもしれないが、腕は人並みだぞ」
「そーかなぁ、もぐもぐ……」
コーディは野菜スープ、もとい、ミネストローネを木の匙で口に運んでいる。具沢山であるおかげでさまざまな野菜の味を楽しめる。トマトの酸味、ニンジンと芋の甘味、葉野菜のほのかな苦みとスパイスが食欲をそそる。
パスタ好きのキッドも、これには頷き、上機嫌だ。
「あら、ペンネが入ってるじゃない、気が利くわね……」
キッドはジェフリーを褒めている。これは珍しい。
サキは切り分けられたケーキの層を崩し、スポンジのふわふわ具合を観察している。クリームもしつこくない甘さで上品だ。コーティングのチョコレートの甘さが考慮されている。
「うぅっ、ジェフリーさんの作ったケーキ、悔しいけどおいしい……」
認めざるを得ない。そんな顔でケーキを口にしている。
ケーキの観察に熱心なサキに、ジェフリーが指摘を入れる。
「お前はケーキよりも肉を食べた方がいいんじゃないか?」
「頭を使ったので、甘いものが食べたい気分なんです!!」
まだ機嫌が悪いのか、つーんと顎を上げている。サキは賢いゆえに、へそを曲げ続けられるのは厄介だ。早めに機嫌を直してもらいたい。
ミティアの顔が赤い。
「わたし、こんなに祝ってもらったことがないから、うれしいな……」
カクテルを含んだせいで、泣き上戸にでもなるのだろうか。いつも以上に涙脆いような気がする。
いつまでもこのままでいたかったのだが、そうもいかない。
食事の八割ほどが落ち着いたところで、飲み物をノンアルコールに切り替えながらこれからの会議を開始した。
会議の主導をジェフリーが握る。
「えーと……まず、親父は個人的に動いていると見ていいんだろう? 博士もそんな話をしたんじゃないか?」
「そデス、悪名高くなってしまったのをいいことに、このまま裏側から探ると言ってました……」
「親父は三下芝居しかしなかったが、とりあえず味方と見ていいか……」
ジェフリーの話の整理に、竜次も深く頷いた。
「人相も悪いし、どう見ても悪党なのですよね。やけに暴力的ですけれど、あれは躾なので……私は気絶しましたけど」
父親の激を思い出すだけで身震いする。
竜次は幼い頃に躾を受けた。荒っぽかったのを覚えているが、きちんとできたことは褒めてくれた。必要以上の暴力は振るわない。今となっては、躾のために手を挙げる親は少ないかもしれない。母親の愛情をほとんど覚えていないせいか、父親ばかり印象が残っていた。
躾と聞いて、コーディはケーシスに手を上げられたのを思い出した。
「躾にしては怖いね。確かに私、礼儀とかよく知らないから失礼だったかもしれない。お父さんはいなかったから、ちょっと羨ましいとは思うけど……」
コーディも殴られた一人だ。げんなりとしている。世渡りはするが、きちんとした教育を受けたわけではない。生き抜くために社会に身を置いたが、挨拶の類は雑だったかもしれないと思い返す。不思議なことに、ケーシスに悪い印象を抱いていなかった。
ジェフリーは次の確認をする。
「で、あの黒マントの剣士はまだ中立でいいのか?」
クディフの問題だ。満足に話し合っていない。ミティアが助けると言ったのだから、この先も敵という敵にはならないだろう。
ミティアはクディフの思うところがあるようだ。
「難しいかもしれないけど、わたしがこれ以上、禁忌の魔法を使わなければいいんだよね。そうすれば、みんなに心配をかけることもないはず……」
ミティアは水を飲みながら一人納得した。さっそくアルコールを薄めている。
圭馬から意味深な呟きが発せられた。
「うーん、禁忌の魔法を使わせたいのが、彼だけならいいんだけどねぇ」
今に始まったわけではないが、観点が鋭い。
クディフの話になって、竜次も思い出したことがある。
「私、個人的にですが、あの方と勝負の約束があるのですよね」
覚えている限り、気がかりな点もあった。
「それに、人情マダムと仲が悪かったようで、殺し合いをしていました。我々が気にしても解決はしませんけれど、これも気になりますね」
思い出しがサキにも伝染した。怪我をしていた点が気がかりだ。
「お師匠様、大丈夫だといいのですが……」
「白兄ちゃんが一緒なら大丈夫でしょ。まさか契約して、一緒に行動しているなんて思いもしなかったけど。読心術だよ? ある意味チート。つか、無敵じゃん」
圭馬が兄、圭白の活躍に呆れている。
これに関しては、ジェフリーも同じ意見だ。できれば行動をともにしてもらいたい気持ちもあった。読心術も強力だが、アイラとは目的が被っている。
「アイラさん、ギルドにお礼のお金、少し置いて行ったみたいだね。立ち寄ったくらいだから、無事なんだと思うよ」
コーディがギルドからもらった封筒を開封する。フィリップスの封書が先立って、見るのを忘れていた。
「あれ、お金じゃない……」
コーディが封筒の中から封筒を取り出した。
厚みから、お金かと思っていたようだが違った。
コーディはその封筒をジェフリーに手渡した。
「これ、ジェフリーお兄ちゃんだけが読めって書いてあるよ」
二重封筒。外の封筒は目隠しのものだ。他には何も入っていないようだ。
ジェフリーは首を傾げながら、話を進めることを優先した。
「あとで読む。話を進めよう。あとは、王様に会う話があるんだったか?」
受け取ってとりあえず懐にしまっておいた。名指しも指定もしたのだから、きっと重要な内容に違いない。
重要な話になり、竜次は箔押しの手紙を取り出した。
「正確にはこの国の王子、クレスト様です。明日、アポ取りに行ってみますが、そもそもこの都市は治安がいいので、すぐに通されてしまいそうですね。立ち振る舞いでしたら何とかなると思いますが、手紙を受け取ったコーディちゃんと、ジェフは用心棒枠で一緒に来てください」
「やっぱり俺も行くのか……」
予想はしていたが、ジェフリーは気が進まない。偉い人……王族や貴族に向けての作法なら多少は覚えている。ただ、それだけで対応が可能なのかは疑問だ。
竜次は渋い反応のジェフリーを説得する。
「あなた、人を見る目はありますからね。良し悪しを見極めるためにも、一緒に来てくれませんか?」
「良し悪しねぇ……万が一、喧嘩を売ろうとしているのが筒抜けで、この国の人が黒だった場合はどうするつもりだ?」
一応保険も考えておきたい。もしもという備えがあってもいいはずだ。
「そうですね、その線も踏まえて私たち三人だけに絞ったのです。万が一、拘束でもされるようになったら、サキ君が助けてくれると信じていますので」
「えぇぇぇぇ……僕ってそういう役目ですか?」
サキは肩を落とした。有事の際の保険扱いに不満を感じているようだ。
自覚がないようなので、ジェフリーは立場を説く。
「俺たち兄弟は親父が指名手配犯みたいなモンだし、コーディはもう事情に首を突っ込んでる。キッドは魔法無効能力者、サキはその弟。ミティアは世界の生贄、博士は種の研究所の元研究員。今、勇者って称えられているのが奇跡みたいだろ?」
これには残念だが、誰もが納得をせざるを得ない。
あまりにわかりやすい説明だったので、キッドは小さく唸った。
「淡々と言ってるけど、あたしたちって結構ヤバい集団じゃない?」
「さすがだな、キッドが言うなら間違いない」
「あんたに褒められても、全然嬉しくないわね……」
この蔑む視線も、棘のあるやり取りも慣れてしまった。食らって喜ぶ人も、そういないだろう。他人が見たら驚くかもしれない。ジェフリーはこれを嫌だと思っていない。むしろ気を引き締めさせてくれるいいスパイスだと思っている。
タスクが埋まっていくので、サキも積極的に話に入った。
「それで、僕たちはその謁見の間、何をしていればいいですか? せっかくなので情報収集もしたいですね」
三人以外は自由になった。だが、別件で何かするのも悪くない。ここは王都フィリップス。ギルドもそうだが、大図書館もあるはずだ。
サキは大図書館が気になっていた。
「大図書館があるので、行ってもいいのですが」
「それは俺も行きたい。だから別の日で!!」
大図書館へ赴くのは別日がいいと、ジェフリーが選択肢を塞いだ。ある程度、勝手を知っている人と同行すると、効率がいいのはサキも心得ている。
情報収集も大図書館も手をつけたいが、実はこの家の地下書庫も読破には遠い。
コーディがサキに依頼書と噂話の写しを渡した。
「依頼書と噂話の写しならあるけど、お金稼ぎでもやる?」
コーディの提案はいい提案だったようだ。サキは見覚えのある単語を見つけ、すぐに顔を上げる。
「ローズさん、これ、さっき話してた……」
「んン? あぁ、猫森の魔法実験依頼ってなんでしょうネ」
同じものに興味をそそられたようだ。地下書庫で話し込んでいた共通の話題なのだから、把握しているのはこの二人だけ。
「僕はこの依頼、受けてみたいです。依頼主さんにお会いしたいのもありますし」
サキは言ってからハッとした。
「あ、でも、僕がやりたいだけなので……」
猫森と呼ばれる東の森に行きたいようだ。わがままに気がついて身を縮めた。
「ほっほー、行くの? じゃあボクも顔を出してやるかぁ」
なぜか圭馬が話に乗った。どうも知り合いのようだ。
「ワタシも行っていいデス?」
「あ、いいなぁ……」
ローズが同行を申し出たが、隣でミティアが羨ましそうにしている。
ミティアも猫と言わず、なかなかの小動物のような気がするが。
「つか、あんた一人で別行動するつもり?」
キッドも苦言を申し立てた。コーディも渋い表情をしている。
「サキお兄ちゃん、この依頼、報酬お金じゃなくて魔法って書いてあるけど?」
話の雲行きが怪しい。理解してもらえないかもしれないが、サキがこれを選んだ理由を説明し始めた。
「実は地下の書庫で、この人の書いた、世界は三つに分かれているという仮説が書かれた論文が気になったのです。この世界とアリューンの世界と天空都市。その根拠と真実を知っているなら、お話を聞きたくて……」
天空都市、いずれ行くことになるのだろうか。何かしらのヒントが得られるなら是非ともと、サキなりの考えだった。だがうまく交渉すればいい情報が入手できるかもしれない。
ジェフリーは条件を加え、後押しをした。
「いいんじゃないか、俺たち以外のみんなで行くなら」
「ジェフリーさんっ!」
「何か見つけてくると信じている。みんなを頼んだ」
「わかりました!」
ジェフリーはサキの熱意を知っている。どれだけ悪条件でも、何が阻もうとも、必ず何かを得ようと彼は必死になって情報をつかもうとする。魔法都市でも沙蘭でもそうだった。
お金も大切だが、そこまで差し迫ってはいない。気になる小さい芽も、潰しておくのは悪くないとジェフリーは考えていた。
「キッドもミティアも、サキをサポートしてあげてほしい」
ジェフリーから声がかかり、キッドはしかめた顔をしながら腕を組んだ。
「あんたに言われなくても一緒に行くわよ」
警戒心の強いキッドが一緒なら、サキも無茶はしないだろう。
城に行く人三人以外がばらけることはなく、ミティアも安心した。
別行動のリーダーをサキに任せた。その考えに反対する者はいなかった。特に竜次はサキのことを称賛している。
「ジェフはサキ君を信頼していますね。私もサキ君の実力と、知識に関する貪欲っぷりを評価しています。いつも危機を脱せるのは、サキ君がいるおかげですね」
「せ、先生、そんなに褒めないでください。実力なんて、僕は先生みたいに剣が振れないし、強くないので……」
サキはいつものキャッチフレーズでも言うのかと思いきや、実力面の話で縮こまってしまった。モジモジとしている。褒められるとうれしいくせに、褒められすぎると照れて縮こまって、一気に子どもっぽさが滲み出る。
明日の予定が決まり、コーディが話を締めた。
「明日、お城に行く前にギルドで手続きしておくね。お金じゃないからノーアポでもいい気がするけど記帳しておくから」
話がまとまり、一同は片付けをする。
持ち物をまとめ、個々で明日の支度をしていた。
コミュニティの閉ざされた村で育って十年、こんなに盛大に祝われたことはない。
会いたくない人には会った。でも、今日は楽しかった。
明日からまた頑張ろう。
ミティアはそんな思いを胸に、窓の外の星空を眺めた。
片付けも洗い物も終わった。
ジェフリーは酔いも醒めて、台所の流し台に寄りかかった。
誰か来たら間違いなくわかる。誰もいないのを確認し、名指しをされた、アイラの封筒を開いた。
厳重に、警戒するかのように、しっかりと糊づけされている。
封切りに手頃なものが見当たらなく、壁に下がっているキッチンバサミを封に引っかけて開いた。
ジェフリーは念の為、本当に誰も来ないかとカウンターに目をやって確認し、開いた。レポート用紙十枚ほど、一番手前に名刺ほどの紙が挟まっていた。
『これはフィラノスでジェフリーにあげるはずだったものです』
裏は何も書かれていない。
フィラノス? アイラがジェフリーに渡すはずだったもの。
それは、ミティアに関する情報だった。
確かにそんな情報を交換条件でほしいと言った。だが、結局自分たちで得るのでいらないと断った。
ミティアが世界の生贄で、絶滅した神族の使う禁忌の魔法が使える。
ほかに何があるのだろうか。
最初の五枚ほどはすでに知っている内容だった。
問題はそれ以降だった。
彼女は人工的に負荷をかけられたハイブリッド人間。
一人の人間に幾人かの人を宿らせる不安定な存在。
少なくとも彼女の中にはもう一人の人が存在する。
と、記されている。何かを書き写したのか、要点を摘まんでいるようにも思える。
これも、クディフが言っていたと竜次からの言葉だが、半分というのがそうだろう。
彼女の出生は炭鉱の街ノックスの教会に行けば明らかになる。
二枚にわたり、ノックスへの行き方や地図が掲載されてある。
これはいいとして、続きを知りたい。
世界の生贄には条件が揃っていないといけない。
造られた命はおよそ二十年と研究結果にあり。徐々に衰退し一年経たずして朽ちる命である。
人工的に負荷をかけられ、創られた命はそう長く持たない。
「何だよ、これ……」
声が出てしまった。集中してしまい、思い出したように顔を上げた。
ミティアが空の水差しを持って、中に入っていいかと覗き込んでいる。
「お水、もらってもいいかな?」
「あ、あぁ……」
ジェフリーは、ミティアが手紙を覗き見るような性格ではないのは知っている。今だって、黙って入って来なかった。
「顔色、悪いね。酔っぱらっちゃった?」
ミティアは心配をしていた。ジェフリーは苦笑いをし、一息ついた。
「そうかもしれないな」
読まれてはいない。読ませてはいけない文章だ。過敏になる必要はない。平然を装った方がいいだろうかと模索する。
どうしても頭の中を、不穏な言葉が駆け巡った。
徐々に衰退し一年経たずして朽ちる命。
朽ちる命、死ぬ……?
ミティアが、自分の好きな人が、大切な人が、死ぬ?
ジェフリーは平然を装いながら、頭の中では混乱を起こしていた。
「おやすみ」
ミティアは笑って軽く手を振り、階段をトントンと上がって行った。ミティアがいなくなったのを確認し、ジェフリーは限界に近い考察を再開する。
ミティアは出生を知らないと言っていた。つまり、この誕生日は、正確なものかも怪しい。嫌な予感がする。まさか、もう幾日も彼女に時間は残されていないのだろうか。
誰かに相談しなくてはならない。
――では、誰に?
アイラがわざわざ名指しをした意味を理解した。
『判断はジェフリーに任せる』
書かないが、このメッセージを込めたに違いない。
綴じられていない新しい紙を触った。
手書きだ。アイラの字だろうか。整った綺麗な文字だった。同じアイラの文字だと思うが、書かれた時期が違うようだ。
世界を優先すれば彼女を死なせる。
裏の種の研究所はまだ生きている。
今も命を弄び、研究を続け、次の生贄を創ろうとしている。
その研究所の責任者はルッシェナ・エミルト・セミリシア。
ミティア・アミリト・セミリシアの義理の兄。
彼女を本当に助けたいならその者と戦いなさい。
答えを導きたいなら、降魔術の解けた頃にフィラノスの大図書館に行きなさい。
だが強制はしない。
見なかったことにする選択肢は自分の中にはない。
真の黒幕は、昼間に会っていた。
悔しい。
先に知っていたら、かまわず仕掛けていたかもしれない。
ミティアは再会を喜ばなかった。
仲間には話さないでほしいと悲願された。『本当の嘘』まで言って、口止めをされた。
まさか、義兄が諸悪の根源だと知っていたのだろうか。
もしくは『何か』握られているのかもしれない。
勝手な思考が気分を悪くする。
父親のケーシスはきっと気づいているはずだ。
誰に助けを求めたらいいのか、アイラは大図書館に行きなさいと記した。
つまりは、サキだ。
「冗談、きついな……」
おめでとうから一転し、気が狂ってしまいそうだ。
好きな人が死ぬ。そんなもの、耐えられない。世界と彼女の命を天秤にかけるなど、どんなゲームやドラマだろうか。
作り話だと疑う。それこそ、何番煎じかわからない話だ。だらだらと、流されていた日常から変わるためのきっかけだった旅。非日常もここまで来てしまったかと、呆けてしまう。
ミティアの出生を知らねばならない。
炭鉱の街ノックスは近いうちに理由をつけて行く流れにしたい。
それまでにミティアの体に変化が起きないか、よく見てやらなければ。
時間はまだあると、信じたい。
サキにはいつ話そうか。フィラノスにはいつ行こうか。皆には、どう話せばいいだろうか。
いつ、話せば……。
然るべきときが来てから話せば遅いだろう。
ミティアは……彼女は何を望むだろうか。
その前に、アイラのこの手紙は本当なのだろうか?
疑うべきかもしれない。だが、わざわざ手の込んだ名指しの封筒で嘘であろうか。冗談にしては手が込みすぎている。
どこかでアイラも探さねば。
ギルドで金を稼いでいるのなら、どこかで会えると信じている。
絶対に打開してみせる。
真実を知れば、これまで通りの振る舞いが難しいのは目に見えていた。話すタイミングを慎重に見計らわないといけない。
サキには早い段階で話そう。彼の知識を得ようとする貪欲さを信じ、早い段階から水面下で進めたい。
絶対に、絶対にミティアを自由にしてみせる。
手紙を封に戻し、一時的にジャケットの胸ポケットにしまい込んだ。
管理は話すときにサキにお願いした方がよさそうだ。彼なら本に挟むなり、目立たない細工をするだろう。
早めに休もうと思ったのに、眠れるはずがない。
ジェフリーは明かりを落とし、玄関から外に出た。空気が冷たい。星空がとてもきれいだ。玄関の段差に腰かけた。
もう少しで夜が深まると言うのに、繁華街のはまだ明かりが見える。
「はぁ……どうするか……」
重くのしかかった案件だ。ボヤいたところで何も変わらない。気落ちしているだけ、無駄かもしれない。
次から次へと本当に手のかかる女を拾った。すべてはそこから始まった。
何も知らなかったら、今どんなに気が楽だろうか。知ってしまった。つながりを持ってしまった。
もうこんな気持ちにならないと思っていたのに、人を好きになってしまった。
街の明かりと星空を何度か交互に見てぼんやりとした。
ため息をついても気は紛れない。真相に辿り着かなければ未来はない。
しかし、どうしてこうも次々と厄介ばかり続くのだろうか。
せっかく一段落したのに、楽しく祝えたというのに、これからだというのに。大きく肩を落とした。考え過ぎた頭が冷える。
考え込んだところで解決にはならない。
何よりも許せなかったのは、自分が未熟だったことだ。昼間、ミティアの義兄、ルッシェナに会った。その際ミティアの様子がおかしかった。話してくれなかったのは自分が頼りないせいだ。
自分勝手な振る舞いの『ツケ』が回った。
早いところ自立して、安定した自分の地盤があればこんな不安はなかったかもしれない。こればかりはすぐにどうにかできるものではない。
ならば、少しでも自分がミティアの不安を取り除き、支えるぐらいしか手はないだろう。
少なくとも、今は……
ジェフリーは白い息を吐き、もう一度気持ちを落ち着かせた。
ピンクのエプロンのジェフリーが、チョコレートケーキを食卓に乗せる。
このエプロンは宿のものらしいが、年季が入っていて、クマとウサギのアップリケがチャーミングだ。もう一度説明するが、これを着ているのはジェフリーだ。
何度でも言っていい。顔が悪いと自称しているジェフリーである。
お手製のチョコレートケーキには粉砂糖がまぶしてあり、その上に市販のお菓子がちりばめられている。砕かれたナッツも見え、おいしそうだ。
頑張って作った感がある。だが、この不格好さが手作りを強調して、もらった側はうれしい。
読書三昧のあとにこのパーティ。サキは納得がいかずにキッドに抗議していた。
「姉さん、ひどいです!! ミティアさんの誕生日、僕にも教えてよ!!」
「あんた、ご飯にも顔を出さず、本にかじりついていたくせに、ずいぶんと生意気ね」
「だからって除け者はひどすぎませんか!?」
「うっさいわねぇ、そんなに言うなら、今から楽しませる一発芸でも考えたら?」
仲睦まじい姉弟の喧嘩だ。
自由なふるまいをする仲間を見て、ジェフリーはため息をついた。次々と食卓に料理を運ぶ。
「あぁ! 私の好物、焼き春巻き!!」
「兄貴、まだ食べるなって!! つか、喧嘩なら外でやれよ。ミティアが困るだろ」
添えられている小鉢料理に、沙蘭の料理があって竜次が歓喜している。
「これ、クッキーのボックスデス」
「前に沙蘭で買った七宝焼きのキーホルダーなんだけど、よかったら……」
間に合わせながら、ローズとコーディもプレゼントを渡していた。
つまり、何も用意できなかったのは、本当にサキだけ。
「そんなに気にしなくてもいいのに……」
ミティア本人は気持ちだけで感無量のようだ。ほろほろと泣いては目を擦っている。
グラスを持って来てジェフリーも席に座った。
「本当はこんなバカ騒ぎをするのもどうかと思うけど、最近は生きるか死ぬかで暗くなる話ばっかりだったからな」
フロントのカウンターの前で机をくっつけ、椅子を持ち寄って囲んだ造りだ。質素なものだが、食卓は賑やかだ。
皆のグラスに飲み物があることを確認し、ジェフリーが祝杯の合図をする。
「よし、みんなグラスは持ったな……」
皆はグラスを持った。
『乾杯!!』
カランカランとグラスがぶつかる。こんなに賑やかな食事は初めてだ。
キッドはミティアに注意をする。
「ちょこっとだけにしなさいよ」
ミティアはローズにカクテルの入ったグラスを持たされていた。ピンク色の微炭酸はまるでミティアを思わせるようだ。
「お兄ちゃん先生、ボクも焼き春巻きが食べたいよぅ」
お皿に乗っていた焼き春巻きを、ほとんど一人占めしていた竜次に圭馬がねだる。
「何でそんなにこれ好きなの?」
「いえね、手を汚さずに診断書が書けるので昔……」
「わかった。わかったからちょうだいってば!」
ちゃっかりシャンパンも飲みながら上機嫌だ。
お酒だけではなく、料理も進む。ケーキがあるせいで、主食はない。適度に摘まめるおかずが並ぶ。
「ジェフリーお兄ちゃん、お料理うまいね。この野菜スープ、おいしいよ?」
「学校で習わされたって説明するべきなのかもしれないが、腕は人並みだぞ」
「そーかなぁ、もぐもぐ……」
コーディは野菜スープ、もとい、ミネストローネを木の匙で口に運んでいる。具沢山であるおかげでさまざまな野菜の味を楽しめる。トマトの酸味、ニンジンと芋の甘味、葉野菜のほのかな苦みとスパイスが食欲をそそる。
パスタ好きのキッドも、これには頷き、上機嫌だ。
「あら、ペンネが入ってるじゃない、気が利くわね……」
キッドはジェフリーを褒めている。これは珍しい。
サキは切り分けられたケーキの層を崩し、スポンジのふわふわ具合を観察している。クリームもしつこくない甘さで上品だ。コーティングのチョコレートの甘さが考慮されている。
「うぅっ、ジェフリーさんの作ったケーキ、悔しいけどおいしい……」
認めざるを得ない。そんな顔でケーキを口にしている。
ケーキの観察に熱心なサキに、ジェフリーが指摘を入れる。
「お前はケーキよりも肉を食べた方がいいんじゃないか?」
「頭を使ったので、甘いものが食べたい気分なんです!!」
まだ機嫌が悪いのか、つーんと顎を上げている。サキは賢いゆえに、へそを曲げ続けられるのは厄介だ。早めに機嫌を直してもらいたい。
ミティアの顔が赤い。
「わたし、こんなに祝ってもらったことがないから、うれしいな……」
カクテルを含んだせいで、泣き上戸にでもなるのだろうか。いつも以上に涙脆いような気がする。
いつまでもこのままでいたかったのだが、そうもいかない。
食事の八割ほどが落ち着いたところで、飲み物をノンアルコールに切り替えながらこれからの会議を開始した。
会議の主導をジェフリーが握る。
「えーと……まず、親父は個人的に動いていると見ていいんだろう? 博士もそんな話をしたんじゃないか?」
「そデス、悪名高くなってしまったのをいいことに、このまま裏側から探ると言ってました……」
「親父は三下芝居しかしなかったが、とりあえず味方と見ていいか……」
ジェフリーの話の整理に、竜次も深く頷いた。
「人相も悪いし、どう見ても悪党なのですよね。やけに暴力的ですけれど、あれは躾なので……私は気絶しましたけど」
父親の激を思い出すだけで身震いする。
竜次は幼い頃に躾を受けた。荒っぽかったのを覚えているが、きちんとできたことは褒めてくれた。必要以上の暴力は振るわない。今となっては、躾のために手を挙げる親は少ないかもしれない。母親の愛情をほとんど覚えていないせいか、父親ばかり印象が残っていた。
躾と聞いて、コーディはケーシスに手を上げられたのを思い出した。
「躾にしては怖いね。確かに私、礼儀とかよく知らないから失礼だったかもしれない。お父さんはいなかったから、ちょっと羨ましいとは思うけど……」
コーディも殴られた一人だ。げんなりとしている。世渡りはするが、きちんとした教育を受けたわけではない。生き抜くために社会に身を置いたが、挨拶の類は雑だったかもしれないと思い返す。不思議なことに、ケーシスに悪い印象を抱いていなかった。
ジェフリーは次の確認をする。
「で、あの黒マントの剣士はまだ中立でいいのか?」
クディフの問題だ。満足に話し合っていない。ミティアが助けると言ったのだから、この先も敵という敵にはならないだろう。
ミティアはクディフの思うところがあるようだ。
「難しいかもしれないけど、わたしがこれ以上、禁忌の魔法を使わなければいいんだよね。そうすれば、みんなに心配をかけることもないはず……」
ミティアは水を飲みながら一人納得した。さっそくアルコールを薄めている。
圭馬から意味深な呟きが発せられた。
「うーん、禁忌の魔法を使わせたいのが、彼だけならいいんだけどねぇ」
今に始まったわけではないが、観点が鋭い。
クディフの話になって、竜次も思い出したことがある。
「私、個人的にですが、あの方と勝負の約束があるのですよね」
覚えている限り、気がかりな点もあった。
「それに、人情マダムと仲が悪かったようで、殺し合いをしていました。我々が気にしても解決はしませんけれど、これも気になりますね」
思い出しがサキにも伝染した。怪我をしていた点が気がかりだ。
「お師匠様、大丈夫だといいのですが……」
「白兄ちゃんが一緒なら大丈夫でしょ。まさか契約して、一緒に行動しているなんて思いもしなかったけど。読心術だよ? ある意味チート。つか、無敵じゃん」
圭馬が兄、圭白の活躍に呆れている。
これに関しては、ジェフリーも同じ意見だ。できれば行動をともにしてもらいたい気持ちもあった。読心術も強力だが、アイラとは目的が被っている。
「アイラさん、ギルドにお礼のお金、少し置いて行ったみたいだね。立ち寄ったくらいだから、無事なんだと思うよ」
コーディがギルドからもらった封筒を開封する。フィリップスの封書が先立って、見るのを忘れていた。
「あれ、お金じゃない……」
コーディが封筒の中から封筒を取り出した。
厚みから、お金かと思っていたようだが違った。
コーディはその封筒をジェフリーに手渡した。
「これ、ジェフリーお兄ちゃんだけが読めって書いてあるよ」
二重封筒。外の封筒は目隠しのものだ。他には何も入っていないようだ。
ジェフリーは首を傾げながら、話を進めることを優先した。
「あとで読む。話を進めよう。あとは、王様に会う話があるんだったか?」
受け取ってとりあえず懐にしまっておいた。名指しも指定もしたのだから、きっと重要な内容に違いない。
重要な話になり、竜次は箔押しの手紙を取り出した。
「正確にはこの国の王子、クレスト様です。明日、アポ取りに行ってみますが、そもそもこの都市は治安がいいので、すぐに通されてしまいそうですね。立ち振る舞いでしたら何とかなると思いますが、手紙を受け取ったコーディちゃんと、ジェフは用心棒枠で一緒に来てください」
「やっぱり俺も行くのか……」
予想はしていたが、ジェフリーは気が進まない。偉い人……王族や貴族に向けての作法なら多少は覚えている。ただ、それだけで対応が可能なのかは疑問だ。
竜次は渋い反応のジェフリーを説得する。
「あなた、人を見る目はありますからね。良し悪しを見極めるためにも、一緒に来てくれませんか?」
「良し悪しねぇ……万が一、喧嘩を売ろうとしているのが筒抜けで、この国の人が黒だった場合はどうするつもりだ?」
一応保険も考えておきたい。もしもという備えがあってもいいはずだ。
「そうですね、その線も踏まえて私たち三人だけに絞ったのです。万が一、拘束でもされるようになったら、サキ君が助けてくれると信じていますので」
「えぇぇぇぇ……僕ってそういう役目ですか?」
サキは肩を落とした。有事の際の保険扱いに不満を感じているようだ。
自覚がないようなので、ジェフリーは立場を説く。
「俺たち兄弟は親父が指名手配犯みたいなモンだし、コーディはもう事情に首を突っ込んでる。キッドは魔法無効能力者、サキはその弟。ミティアは世界の生贄、博士は種の研究所の元研究員。今、勇者って称えられているのが奇跡みたいだろ?」
これには残念だが、誰もが納得をせざるを得ない。
あまりにわかりやすい説明だったので、キッドは小さく唸った。
「淡々と言ってるけど、あたしたちって結構ヤバい集団じゃない?」
「さすがだな、キッドが言うなら間違いない」
「あんたに褒められても、全然嬉しくないわね……」
この蔑む視線も、棘のあるやり取りも慣れてしまった。食らって喜ぶ人も、そういないだろう。他人が見たら驚くかもしれない。ジェフリーはこれを嫌だと思っていない。むしろ気を引き締めさせてくれるいいスパイスだと思っている。
タスクが埋まっていくので、サキも積極的に話に入った。
「それで、僕たちはその謁見の間、何をしていればいいですか? せっかくなので情報収集もしたいですね」
三人以外は自由になった。だが、別件で何かするのも悪くない。ここは王都フィリップス。ギルドもそうだが、大図書館もあるはずだ。
サキは大図書館が気になっていた。
「大図書館があるので、行ってもいいのですが」
「それは俺も行きたい。だから別の日で!!」
大図書館へ赴くのは別日がいいと、ジェフリーが選択肢を塞いだ。ある程度、勝手を知っている人と同行すると、効率がいいのはサキも心得ている。
情報収集も大図書館も手をつけたいが、実はこの家の地下書庫も読破には遠い。
コーディがサキに依頼書と噂話の写しを渡した。
「依頼書と噂話の写しならあるけど、お金稼ぎでもやる?」
コーディの提案はいい提案だったようだ。サキは見覚えのある単語を見つけ、すぐに顔を上げる。
「ローズさん、これ、さっき話してた……」
「んン? あぁ、猫森の魔法実験依頼ってなんでしょうネ」
同じものに興味をそそられたようだ。地下書庫で話し込んでいた共通の話題なのだから、把握しているのはこの二人だけ。
「僕はこの依頼、受けてみたいです。依頼主さんにお会いしたいのもありますし」
サキは言ってからハッとした。
「あ、でも、僕がやりたいだけなので……」
猫森と呼ばれる東の森に行きたいようだ。わがままに気がついて身を縮めた。
「ほっほー、行くの? じゃあボクも顔を出してやるかぁ」
なぜか圭馬が話に乗った。どうも知り合いのようだ。
「ワタシも行っていいデス?」
「あ、いいなぁ……」
ローズが同行を申し出たが、隣でミティアが羨ましそうにしている。
ミティアも猫と言わず、なかなかの小動物のような気がするが。
「つか、あんた一人で別行動するつもり?」
キッドも苦言を申し立てた。コーディも渋い表情をしている。
「サキお兄ちゃん、この依頼、報酬お金じゃなくて魔法って書いてあるけど?」
話の雲行きが怪しい。理解してもらえないかもしれないが、サキがこれを選んだ理由を説明し始めた。
「実は地下の書庫で、この人の書いた、世界は三つに分かれているという仮説が書かれた論文が気になったのです。この世界とアリューンの世界と天空都市。その根拠と真実を知っているなら、お話を聞きたくて……」
天空都市、いずれ行くことになるのだろうか。何かしらのヒントが得られるなら是非ともと、サキなりの考えだった。だがうまく交渉すればいい情報が入手できるかもしれない。
ジェフリーは条件を加え、後押しをした。
「いいんじゃないか、俺たち以外のみんなで行くなら」
「ジェフリーさんっ!」
「何か見つけてくると信じている。みんなを頼んだ」
「わかりました!」
ジェフリーはサキの熱意を知っている。どれだけ悪条件でも、何が阻もうとも、必ず何かを得ようと彼は必死になって情報をつかもうとする。魔法都市でも沙蘭でもそうだった。
お金も大切だが、そこまで差し迫ってはいない。気になる小さい芽も、潰しておくのは悪くないとジェフリーは考えていた。
「キッドもミティアも、サキをサポートしてあげてほしい」
ジェフリーから声がかかり、キッドはしかめた顔をしながら腕を組んだ。
「あんたに言われなくても一緒に行くわよ」
警戒心の強いキッドが一緒なら、サキも無茶はしないだろう。
城に行く人三人以外がばらけることはなく、ミティアも安心した。
別行動のリーダーをサキに任せた。その考えに反対する者はいなかった。特に竜次はサキのことを称賛している。
「ジェフはサキ君を信頼していますね。私もサキ君の実力と、知識に関する貪欲っぷりを評価しています。いつも危機を脱せるのは、サキ君がいるおかげですね」
「せ、先生、そんなに褒めないでください。実力なんて、僕は先生みたいに剣が振れないし、強くないので……」
サキはいつものキャッチフレーズでも言うのかと思いきや、実力面の話で縮こまってしまった。モジモジとしている。褒められるとうれしいくせに、褒められすぎると照れて縮こまって、一気に子どもっぽさが滲み出る。
明日の予定が決まり、コーディが話を締めた。
「明日、お城に行く前にギルドで手続きしておくね。お金じゃないからノーアポでもいい気がするけど記帳しておくから」
話がまとまり、一同は片付けをする。
持ち物をまとめ、個々で明日の支度をしていた。
コミュニティの閉ざされた村で育って十年、こんなに盛大に祝われたことはない。
会いたくない人には会った。でも、今日は楽しかった。
明日からまた頑張ろう。
ミティアはそんな思いを胸に、窓の外の星空を眺めた。
片付けも洗い物も終わった。
ジェフリーは酔いも醒めて、台所の流し台に寄りかかった。
誰か来たら間違いなくわかる。誰もいないのを確認し、名指しをされた、アイラの封筒を開いた。
厳重に、警戒するかのように、しっかりと糊づけされている。
封切りに手頃なものが見当たらなく、壁に下がっているキッチンバサミを封に引っかけて開いた。
ジェフリーは念の為、本当に誰も来ないかとカウンターに目をやって確認し、開いた。レポート用紙十枚ほど、一番手前に名刺ほどの紙が挟まっていた。
『これはフィラノスでジェフリーにあげるはずだったものです』
裏は何も書かれていない。
フィラノス? アイラがジェフリーに渡すはずだったもの。
それは、ミティアに関する情報だった。
確かにそんな情報を交換条件でほしいと言った。だが、結局自分たちで得るのでいらないと断った。
ミティアが世界の生贄で、絶滅した神族の使う禁忌の魔法が使える。
ほかに何があるのだろうか。
最初の五枚ほどはすでに知っている内容だった。
問題はそれ以降だった。
彼女は人工的に負荷をかけられたハイブリッド人間。
一人の人間に幾人かの人を宿らせる不安定な存在。
少なくとも彼女の中にはもう一人の人が存在する。
と、記されている。何かを書き写したのか、要点を摘まんでいるようにも思える。
これも、クディフが言っていたと竜次からの言葉だが、半分というのがそうだろう。
彼女の出生は炭鉱の街ノックスの教会に行けば明らかになる。
二枚にわたり、ノックスへの行き方や地図が掲載されてある。
これはいいとして、続きを知りたい。
世界の生贄には条件が揃っていないといけない。
造られた命はおよそ二十年と研究結果にあり。徐々に衰退し一年経たずして朽ちる命である。
人工的に負荷をかけられ、創られた命はそう長く持たない。
「何だよ、これ……」
声が出てしまった。集中してしまい、思い出したように顔を上げた。
ミティアが空の水差しを持って、中に入っていいかと覗き込んでいる。
「お水、もらってもいいかな?」
「あ、あぁ……」
ジェフリーは、ミティアが手紙を覗き見るような性格ではないのは知っている。今だって、黙って入って来なかった。
「顔色、悪いね。酔っぱらっちゃった?」
ミティアは心配をしていた。ジェフリーは苦笑いをし、一息ついた。
「そうかもしれないな」
読まれてはいない。読ませてはいけない文章だ。過敏になる必要はない。平然を装った方がいいだろうかと模索する。
どうしても頭の中を、不穏な言葉が駆け巡った。
徐々に衰退し一年経たずして朽ちる命。
朽ちる命、死ぬ……?
ミティアが、自分の好きな人が、大切な人が、死ぬ?
ジェフリーは平然を装いながら、頭の中では混乱を起こしていた。
「おやすみ」
ミティアは笑って軽く手を振り、階段をトントンと上がって行った。ミティアがいなくなったのを確認し、ジェフリーは限界に近い考察を再開する。
ミティアは出生を知らないと言っていた。つまり、この誕生日は、正確なものかも怪しい。嫌な予感がする。まさか、もう幾日も彼女に時間は残されていないのだろうか。
誰かに相談しなくてはならない。
――では、誰に?
アイラがわざわざ名指しをした意味を理解した。
『判断はジェフリーに任せる』
書かないが、このメッセージを込めたに違いない。
綴じられていない新しい紙を触った。
手書きだ。アイラの字だろうか。整った綺麗な文字だった。同じアイラの文字だと思うが、書かれた時期が違うようだ。
世界を優先すれば彼女を死なせる。
裏の種の研究所はまだ生きている。
今も命を弄び、研究を続け、次の生贄を創ろうとしている。
その研究所の責任者はルッシェナ・エミルト・セミリシア。
ミティア・アミリト・セミリシアの義理の兄。
彼女を本当に助けたいならその者と戦いなさい。
答えを導きたいなら、降魔術の解けた頃にフィラノスの大図書館に行きなさい。
だが強制はしない。
見なかったことにする選択肢は自分の中にはない。
真の黒幕は、昼間に会っていた。
悔しい。
先に知っていたら、かまわず仕掛けていたかもしれない。
ミティアは再会を喜ばなかった。
仲間には話さないでほしいと悲願された。『本当の嘘』まで言って、口止めをされた。
まさか、義兄が諸悪の根源だと知っていたのだろうか。
もしくは『何か』握られているのかもしれない。
勝手な思考が気分を悪くする。
父親のケーシスはきっと気づいているはずだ。
誰に助けを求めたらいいのか、アイラは大図書館に行きなさいと記した。
つまりは、サキだ。
「冗談、きついな……」
おめでとうから一転し、気が狂ってしまいそうだ。
好きな人が死ぬ。そんなもの、耐えられない。世界と彼女の命を天秤にかけるなど、どんなゲームやドラマだろうか。
作り話だと疑う。それこそ、何番煎じかわからない話だ。だらだらと、流されていた日常から変わるためのきっかけだった旅。非日常もここまで来てしまったかと、呆けてしまう。
ミティアの出生を知らねばならない。
炭鉱の街ノックスは近いうちに理由をつけて行く流れにしたい。
それまでにミティアの体に変化が起きないか、よく見てやらなければ。
時間はまだあると、信じたい。
サキにはいつ話そうか。フィラノスにはいつ行こうか。皆には、どう話せばいいだろうか。
いつ、話せば……。
然るべきときが来てから話せば遅いだろう。
ミティアは……彼女は何を望むだろうか。
その前に、アイラのこの手紙は本当なのだろうか?
疑うべきかもしれない。だが、わざわざ手の込んだ名指しの封筒で嘘であろうか。冗談にしては手が込みすぎている。
どこかでアイラも探さねば。
ギルドで金を稼いでいるのなら、どこかで会えると信じている。
絶対に打開してみせる。
真実を知れば、これまで通りの振る舞いが難しいのは目に見えていた。話すタイミングを慎重に見計らわないといけない。
サキには早い段階で話そう。彼の知識を得ようとする貪欲さを信じ、早い段階から水面下で進めたい。
絶対に、絶対にミティアを自由にしてみせる。
手紙を封に戻し、一時的にジャケットの胸ポケットにしまい込んだ。
管理は話すときにサキにお願いした方がよさそうだ。彼なら本に挟むなり、目立たない細工をするだろう。
早めに休もうと思ったのに、眠れるはずがない。
ジェフリーは明かりを落とし、玄関から外に出た。空気が冷たい。星空がとてもきれいだ。玄関の段差に腰かけた。
もう少しで夜が深まると言うのに、繁華街のはまだ明かりが見える。
「はぁ……どうするか……」
重くのしかかった案件だ。ボヤいたところで何も変わらない。気落ちしているだけ、無駄かもしれない。
次から次へと本当に手のかかる女を拾った。すべてはそこから始まった。
何も知らなかったら、今どんなに気が楽だろうか。知ってしまった。つながりを持ってしまった。
もうこんな気持ちにならないと思っていたのに、人を好きになってしまった。
街の明かりと星空を何度か交互に見てぼんやりとした。
ため息をついても気は紛れない。真相に辿り着かなければ未来はない。
しかし、どうしてこうも次々と厄介ばかり続くのだろうか。
せっかく一段落したのに、楽しく祝えたというのに、これからだというのに。大きく肩を落とした。考え過ぎた頭が冷える。
考え込んだところで解決にはならない。
何よりも許せなかったのは、自分が未熟だったことだ。昼間、ミティアの義兄、ルッシェナに会った。その際ミティアの様子がおかしかった。話してくれなかったのは自分が頼りないせいだ。
自分勝手な振る舞いの『ツケ』が回った。
早いところ自立して、安定した自分の地盤があればこんな不安はなかったかもしれない。こればかりはすぐにどうにかできるものではない。
ならば、少しでも自分がミティアの不安を取り除き、支えるぐらいしか手はないだろう。
少なくとも、今は……
ジェフリーは白い息を吐き、もう一度気持ちを落ち着かせた。
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