トレジャーキッズ

著:剣 恵真/絵・編集:猫宮 りぃ

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【4】千切れそうな絆

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  三人は陣を取っていた場所へ帰還した。キッドとジェフリーは汗と土埃をまとい、ミティアは首筋と頬に傷を負っていた。陣を取っていた場所で待っていた一同は、当然驚いた。
「ミティアさん、その怪我は……」
 竜次が血相を変えて座るように促した。ミティアはぺたりと座り、服の裾を整える。その過程で頭に手当てを受けたコーディに気がつき、微笑んだ。
「コーディちゃん、気がついて良かった。もう大丈夫?」
「えっ、あ、うん。私は大丈夫だけど、お姉ちゃんの方がひどい怪我をしてるよね」
 コーディは不思議そうにミティアを見ている。竜次がうまく話して恐怖や誤解を取り除いたのだろう。
「一体何があったのですか?」
 竜次はカバンの中を探りながら、キッドとジェフリーにも質問をした。先に答えたのはキッドだった。
「襲われました。賊みたいな男に。でも、目的がはっきりしていたから、賊ではなかったのかもしれません」
 キッドは言いながら髪の毛を直した。パサパサと土埃が落ちる。
 ジェフリーも頷いて説明を加えた。
「俺と兄貴の命を狙っていた。コーディを攻撃したのは、たまたまだったらしい。でも、その男はミティアをさらう目的を持っていた」
 二人の話を聞いて、竜次は表情を険しくした。
 言いづらいがこれも言わないといけない。ジェフリーは重要なこと口にした。
「その男は親父を知っていた」
「お、お父様をどうして⁉ その賊といったい何のつながりが……」
 竜次は薬瓶を握る手を震わせた。
「俺たちを始末して、親父の前に突き出すつもりだったらしい。どこかの民族衣装のような服を着ていた。男はシフと名乗っていたが、その名前に聞き覚えはないか?」
 動揺に追い打ちをかけるような質問だったが、ジェフリーはどうしても気になっていた。
 竜次は手の震えを止め、一度は首を横に振った。だが、苦虫を噛み締めたような表情を浮かべ、心当たりを口にした。
「知らない人です。ですが、私は恨みを買ってもおかしくない立場でもあります。お父様に『何か』あるのでしたら、利用する価値はあると思います」
 悟ったような言い方だ。ジェフリーは意外に思った。
「兄貴はそういう心構えもできるのか」
「命を狙われるのはいい気がしませんけどね」
 竜次もジェフリーも沙蘭の関係者だ。命を狙われることがあっても不思議ではない。今まで見えていなかっただけで、そういう『敵』も意識しないといけなくなるのは仲間に負担が増えてしまう。

 サキは兄弟の話に加わらず、怪我をしているミティアを気遣った。話に熱が入り、彼女の手当てが進まないのをよく思っていなかった。
「僕に任せてください。細かい傷は、魔法がいいと思います」
 サキはミティアの頬と首に回復魔法、フェアリーヒールをかけた。威力こそ微弱だが、傷は目立たなくなった。だが、服に血が染みている。
「わぁ、サキの魔法はすごいね。ありがとう」
「いえいえ、褒められるより、ミティアさんをお助けできたのがうれしいです」
 元気になったミティアの笑顔に癒される。だが、サキはあざといアピールを続けた。
「お困りの際は僕を頼ってくださいね」
「う、うん……そうだね」
 多くの感情のぶつかりと入り混じりで変化に目まぐるしい。疲労もあってミティアの笑顔が引きつった。襲って来た男、シフは魔法を使っていた。今度対峙することがあれば、間違いなくサキの力は必要になる。だが、大人数の状態で襲撃をするだろうか。シフの話を聞いていた者は、嫌な予感を胸にしていた。

「お姉ちゃん、大丈夫?」
 疲れの色が見え始めたミティアをコーディが心配した。ミティアは小さく頷いた。心配をよそに、コーディを抱き寄せる。ぎゅっとしているのが落ち着くようだ。
 ミティアが落ち着いてくれてよかったと、一同は安堵の息を漏らした。
 落ち着いたところで、竜次が取りまとめる。
「今日はもう休息を取って落ちつきましょう。できるだけ単独行動はしないように」
 襲われたのなら、この先へ進むにはもっと慎重にならなくてはいけない。そのためにも、今は十分な休息が必要だと意見がまとまる。
 一行のランタンを見てコーディはトランクから不織布に入った小さい袋を取り出し、竜次に渡した。
「これ、よかったらどうぞ。王都フィリップスで買った獣除け。純正だから変なもの入ってないよ」
「ありがとうございます。せっかくですから、今、使いますね」
 ランタンに袋を入れて、入り口の近くに持って行った。胡椒や唐辛子のような刺激臭が広がるが、ほとんどは外に流れる。横穴という環境もそうだが、都合がいい。
「あぁそっか、じゃあこれも使っていいよ」
 コーディもランタンを取り出した。自分でも持っていたようだ。そのままトランクの中を整理し始めた。皆も思い出したように手持ちの整理を始める。その中で、圭馬が歩み寄って話しかけた。
「ねーねぇ、ボク圭馬って言うんだ。ドラグニー神族の末裔に会えて光栄だよ。この世界に定住してから初めて見たもん」
 コーディは顔を上げて圭馬を凝視する。驚きのあまり、何度も瞬いた。
「えっ、ウサギが喋った?」
 驚くのも無理はない。だが、驚いてばかりで、名乗るのを忘れていたとコーディは軽く咳払いをする。
「あ、私はコーデリア・イーグルサント。ドラグニーと人間の混血よ? 怖くないの?」
「少なくともキミは怖くはないかな。そんなに好戦的にも見えないし」
「あなたも仲間なの?」
「まぁ、利害の一致でそうなるね。そこの魔導士がボクの主だよ」
 圭馬はサキを紹介する。サキはコーディに対して申し訳なさそうにしていた。
「怖がってすいません。僕はサキと申します。ドラグニー神族について、多少は知っているので、変に警戒してしまって……」
「知識のある人間はそうだと思うよ。慣れてるから、大丈夫」
 形上は収まった。多少の壁は感じるが、一時的なものだろうと解釈する。
 コーディはトランクを閉じ、サイドポケットの中身に触れてから一同を見渡した。質問があるようだ。
「間違ってたらごめん。黒い龍を倒した勇者って、もしかしてあなたたち?」
 コーディがサイドポケットから、綺麗に折りたたまれた紙を取り出した。
「勇者ぁ? 何だ、その言い方……」
 ジェフリーが顔をしかめた。不意を突かれた気分だ。
 コーディは竜次に紙を渡す。何かの文章のようだ。
「広げて読んでもいいのでしょうか?」
「うん、フィラノスのギルドからの案件だし」
 竜次は確認を取ってから紙を広げる。確かにギルドの書面だった。フィラノスの宿で見かけた記事のまとめのようだった。いくつかのチープな噂話が書かれており、その中の一つに『勇者』という単語を見つける。
「沙蘭にて、黒い龍による襲撃あり。名の知れない者たちによって討伐との噂。勇者かもしれない。情報を求む……って、何ですかこれ?」
 書き方に笑っていた。もちろん、中身が全部嘘ではないと理解しての反応だ。
 聞いていたジェフリーも、ギルドの文章の書き方にため息をついた。
「まぁ、勇者かどうかはわからないけど、全部ハズレじゃないな」
 命のやりとりをした出来事だというのに、第三者の捉え方は都合のいいものだ。沙蘭は襲撃を受けたのにこういった話は、どうやってギルドに届くのだろうか。ジェフリーはギルドの情報網に疑問を持った。
 竜次は悩ましげに首を傾げ、紙を見つめたまま言う。
「確かに黒い龍は倒したのかもしれませんが……」
 黒い龍とは戦った。正確には消えてしまったのだと思われる。危機が去るように奮起したのは間違いない。だが、それにしてはずいぶんと好印象を抱かせるように持ち上げられている。誰かの思惑ではないかとコーディ以外は疑いを持った。
「最近のギルドじゃ、この話で盛り上がっているよ。ここ数年で小さい町や村がその黒い龍によっていくつも壊滅しているから」
 コーディが深刻さを主張した。同時に目が輝いている。
「ギルドの人が今まで隠していた黒い龍の情報を一部開示したの。これは、絶対に何かある。私が追い求めたい真実に辿り着けるかもしれない」
 ギルドの話は貴重だ。枯渇していたのは物資だけではなく、情報もそうだった。今は沙蘭も壊滅している。どうしても外部からの情報が少ない。
 コーディが望む情報は、こちらが持っている真実だろう。安易に提供もできない。だからといって、コーディの志を挫くのもどうだろうか。
 皆の気まずい空気を読んでか、竜次が紙を返しながら質問をする。
「これをお持ちということは、コーディちゃんはフィラノスから来たのですか?」
 コーディは深く頷いて答えた。
「うん。それは昨日の情報だよ。私は飛べるから沙蘭を跨いで来たの。もう復旧に力を入れているなんて驚いたよ。この情報を持って貿易都市ノアに行こうと思っていたの」
 目的地は一致している。話を進めていた竜次は小さく唸った。同行を持ちかけようか、悩ましい。
「コーディちゃんも? ねぇ、わたしたちと一緒に行かない?」
 声を上げたのはミティアだ。以前会った時は、コーディが依頼を抱えていたせいで同行を見送った。今回も断られるのかと思ったがどうも違う。コーディは確認を取った。
「あなたたちも貿易都市に?」
「そうだよ? コーディちゃんと一緒!」
 ミティアはにこやかにコーディの両手を持って手を上下させている。
「え、ノアに何か用があるの? もしかして賞金ハンターにでもなったの?」
 コーディの質問に答えたのはジェフリーだった。
「情報収集のためだ。前と違って、込み入った事情を抱えているもんでな」
「込み入った事情、ねぇ……」
 コーディは世渡りをしている。そのせいかある程度、人との距離を保っていた。彼女がどこまでの理解があるかは不明だ。一行としては正直、今はギルドの情報も欲しい。心理戦をしたいわけではないが、やり取りの中で出方を探ってしまう。
「どういう理由があって人数が増えたのかなって、気にはなった」
 コーディは、ローズとサキに視線を送った。以前、フィラノスの近くの川沿いで会った際、この二人はまだいなかった。旅をしているなら、人数が増えるのはよくあることだ。だがコーディは一行から、冒険者ではないと耳にしていた。用事がある程度に軽かったのではないかと思っていた。
「場合によっては一緒に行動してもいいが、コーディは飛べるよな? わざわざ陸路を行く必要はないんじゃないか?」
 ジェフリーのその言葉に、ミティアが忘れてたと言わんばかりに目を見開いた。
「あぁ⁉ そ、そっか……」
 ミティアは肩を落とし、がっかりしている。個人的にコーディを気に入っているようだ。だが、コーディは空を飛べる。わざわざ陸路で行動を共にするメリットが見つからない。
 コーディは声に力を込めて言う。
「他の目的が一致しているかわからないけど、私もいずれは黒い龍とちゃんと戦わないといけなくなると思う」
 この幼い外見から放たれた力強い言葉。これで話の流れが変わった。
 コーディは、何のためにギルドでハンターをしているのだろうか。わざわざ危険に身を投じなくともいいはずだ。
「えっ、どういうこと? コーディちゃん、ギルドのハンターじゃないっけ?」
 キッドが疑問に思いながら、隣に座り直した。コーディの体が小さいので、横に並ぶと姉妹のようだ。
「私、本を書きたいから……」
 コーディの眼光が鋭くなった。こんなにも確立した、野望を秘めた目をする少女を他に知らない。
「前も言っていたな」
 ジェフリーは深く感心している。自分の夢をしっかりと持っているのは本当に羨ましい。その理由は、彼は夢という夢がない。なおのこと、輝いて見えていたからだ。
 本と聞いて、サキが目の色を変えた。
「本、ですか? どんな本か興味があります」
 一気に注目の的になり、コーディが慌て出した。
「まだ子どもなのに、しっかりしてマス……」
「こ、子どもじゃないよ! こう見えて十六歳なんだから!!」
 ローズの言葉を拾い、コーディはしっかりと指摘を返した。
「ムムッ、ドラグニーもよくわからない見た目をしてますネ……」
「アリューンのお姉ちゃんこそ、何歳なの⁉」
 コーディの本を書く話から、今度は異種族の話になった。
 どうも人間とは少し感覚が違うらしい。
「ワタシ、百歳は過ぎてマス」
 ローズの答えに一同は揃って驚愕した。
「ろ、ローズさん、そんなお年でしたか……」
 竜次は自分と年が近いと思っていたらしく、表情を引きつらせる。
「神族って年齢が狂うよね……」
 コーディもそうだが、感覚が狂ってしまいそうだ。外見と実際年齢は一致しないものと考えていいようだ。
「まぁいいや。私が書きたい本は、真実をまとめた本だよ?」
 コーディは脱線した話をうまく軌道修正する。
「真実……?」
 サキは興味を持っていた。本を書く、その内容が気になるようだ。 
「種族戦争、今、世界で何が起きているのか。みんなが知るべきこと、この世界がおかしいってこと……」
 以前に一度、会っている四人はこの目的を聞いている。
 相変わらず、目的がしっかりしていると再認識する。だが、深いテーマだ。何がコーディを情熱的にするのだろうか。彼女自身の疑問もあるが、話の流れに沿った。
 竜次は険しい表情を浮かべる。
「この世界がおかしい、ですか?」
 コーディの答えによっては、真の敵が見えて来るかもしれない。
 やけに真剣だがその分、話の重みを増す。コーディは声を低くし、真剣な表情で言った。
「ギルドの常連が話してた情報だけど、黒い龍は誰かの所有物なんじゃないかって話が出てきたの。ちょっと探ってるってワケ……」
 不穏な話だ、皆がそれぞれの顔色をうかがっている。
 ジェフリーはその話に食らいついた。
「コーディ、その話……もう少し詳しく聞かせてもらえないか?」
「な、なんかお兄ちゃん、怖いよ?」
 コーディはびくっと反応した。話に食らいついたのが、ジェフリーだったせいかもしれない。
 竜次がすぐにフォローを入れた。
「弟の顔が怖いのはもともとです。怖がらせてすみませんね。ですが、私たちもその真実を追っているのです」
「ふぅんそっか、そういうことだったのね。さっきまでどうしようかと思っていたんだけど……」
 コーディは深めに頷いて続けた。
「お兄ちゃんたちがギルドのハンターじゃないのは承知してる。でももしよかったら、この先も一緒に行動しない?」
 意外だった。一度は流れてしまった話だが、コーディの方から再度同行を申し出た。
 もちろんうれしい申し出だが、判断は誰に委ねたらいいのだろう。この一行は、いつまでもリーダーは定まらないままだ。
 ミティアとキッドは明るい表情だ。少なくともこの二人は反対ではない。
 竜次とジェフリーは顔を見合わせて頷いた。
「私はいいと思います。どうです? ジェフ……」
「コーディと手を組むなら、ギルドに潜り込めるし、依頼が受けられるよな? 情報が得られやすくなるんじゃないのか?」
 コーディはジェフリーの疑問を汲み取った。
「確かに、ちゃんと所属したら見られない情報も見せてもらえるけど、それだけ危険が増すよ。凄腕の世界は手柄や賞金の奪い合いだからね……」
 反応を見て、圭馬はサキに確認を取った。
「ねぇねぇ、お仲間さんになるなら、ドラグニーの文字って解読してもらえるんじゃない?」
「あっ、そうですね……」
 ついでみたいになってしまったが、サキはメモを取り出した。沙蘭の大図書館で気になった事項を書き写したものだ。
「解読? 私に?」
 サキはコーディに紙を渡す。彼女が開いて見ると、几帳面で整った文字に思わず目を見開いていた。しばらく読み解くと、今度は血相を変えた。
「こ、これ……どこで?」
 突然コーディは立ち上がった。
 一瞬だけミティアを見て、サキに向かって紙を突き返した。
「沙蘭の、大図書館です」
「他種族のこんな情報を持ってるなんて、信じられない……これ、本当だったら大変だよ!」
 コーディが震えている。その表情は動揺している。
 サキは紙をポーチにしまいながら首を傾げた。
「大変って……?」
 コーディがミティアをもう一度見た。
「こ、このお姉ちゃん、禁忌の魔法を使う神族の女王様だよ!!」
 一同は揃って驚きの声を上げている。だが、肝心のミティアはあまり驚いていないようだ。
「うーん、わたしは王族じゃないからなぁ」
 ミティアはいきなりそんなことを言われても、という感じのようだ。実感もない。
 書き記した張本人のサキは、コーディに質問をする。
「一体この文章は何だったのですか?」
 コーディは動揺しながらもミティアとキッドの間に座った。
 そのままミティアを見上げた。
「その見つけたってページはただの図鑑だよ。ドラグニー神族の中ではメジャーなもの。でも、これを人間が見つけるなんてすごいね。お姉ちゃんがしてる腕輪、外れないんでしょ?」
「これ? そうだけど……」
 ミティアは左腕を差し出した。皆で揃って注目しているが、じっくり見る機会がなかったのが正直なところ。
 くすんだ金色をしており、細かい細工が施された豪勢な腕輪だ。だが、やけに年代物のようだ。細かいひびが入り、痛んでいるのが目立つ。
「それ、禁忌の魔法を使っても、反動を抑える効果があるものだって書いてあった。主に王位継承の人が身につけるものだって。だから身につけた時点で外れない呪いがかかっているんだって」
 王位継承者。つまり、ミティアの腕輪は重要な人物が身につけていたものと同じのようだ。不思議なことに、ミティアが王族だと結びつく。その王族はヒアノスの時代、今から千年も前の話だ。ミティアは外の世界を知らずに暮らしていた村の娘だ。彼女が該当する可能性は極めて低い。あるとしても末裔か、純潔に近い混血ならありえない話ではない程度だ。
 肝心のミティアの素性を知る者がいない。命を落としてしまったと言っていたミティアの兄か、もしくはミティアをさらおうとしていたシフ。シフは兄弟の父親であるケーシスのもとへミティアを連れて行こうとしていた。その点から、ケーシスが知っている可能性もある。
 もっと可能性を挙げると、ミティアに進む道の選択肢を与えたクディフだって疑う。
 点でしかなかったヒントがまたひとつ、つながりそうだ。
「返事……まだ聞いてないんだけど、私はこの話に乗りたい」
 コーディは再度これから行動をともにすることを申し出た。言わずとも、一同の返事は決まったものだった。
「そうですね。じゃあ、私からお願いします。よろしく、コーディちゃん……」
 皆を代表して竜次が手を差し出した。
 握手を交わしたが、返事はこれでいいのかとコーディが一同を見渡している。
 皆の表情が明るい。目的が一致したからだ。
 キッドはミティアの手を握った。
「ミティアが何者でも、あたしは関係ないから。ずっと一緒だからね?」
「気を遣ってくれるの? わたしなら大丈夫だよ。キッドもみんなも一緒だから……」
「そうね。それに、まだそれが確定じゃないかもしれないし」
 キッドよりミティアの方が落ち着いていた。もしかしたら、言われた意味や実感がないのかもしれない。
 ジェフリーも話の流れに乗り、首を横に振ってほんのり笑う。
「あくまで腕輪の話だし。ミティアは今までと何も変わらない」
 あくまでもジェフリーの中ではそう思っていた。いや、そうであってもらいたいのが本心だ。ここまで踏み込んでしまったのだから見届けたい。
 サキも知っている範囲の知識でフォローを入れた。
「本当に王族であっても、現在のフィラノスの話ではないです。厳密には王族ではないと思います」
 彼は自身で調べた論文と歴史の教科書からこの情報を得ている。もちろん、その調べた本が正しいのならばの話だが。
 
 話が散らかってしまったが、いったん落ち着いた。ここのところ、情報が多い。これからの行動に、大きく影響がありそうだ。
 話の中心はミティアだ。だが、彼女は皆の支えでもある。真実に近づこうとすれば命の危険は増す。今まで以上に注意を払いたい。
 
 襲撃を受けた件もあり、今夜は見張りを二人ずつ交代させる流れになった。休息のための準備を整える。
 コーディの厚意で、お菓子が配られた。一同が持っていた携帯食料と水も分け合い、腹を満たす。コーディが言うには、陸路だったら明日の昼すぎから夕方にはノアに到着するようだ。
 コーディのトランクにはさまざまなものが入っている。トランクの整理をしながら会話を交わした。
 いつの間にか、圭馬とコーディが仲良くなっていた。圭馬は可愛いらしいウサギの外見とは違い、実際はズバズバとものを言う。嫌いな人は嫌いかもしれない。包み隠さないという点では真実を追い求めるコーディと気が合いそうだ。

 外が暗くなり、土の湿る音と臭いがした。いつの間にか空は泣いていた。小降りだったが、朝までには止んでもらいたい。
 怪我人もいるので、見張りに組ませるのがどうしても難しかった。今の主力はキッドとジェフリーだ。
 スプリングフォレストから、なかなかこの二人はゆっくりと休めない。だが、人数が増えたことで野営の負担は少しずつ減った。
 ローズが起きているらしいので、見張りとは別途で、何かあった時は起こしてほしい緊急の番を頼んだ。
 今日は薬品ではなく、工具を広げている。ローズは戦えない分、何か役に立つものを作ろうとしていた。

 夜が深まる。何もなければ、交代は一人ずつだが、今回は二人ずつ、くじ引きで三回になった。
 ミティアと竜次が入口でランタンの明かりを頼りに立った。
 竜次は気持ちが悪いほど上機嫌だ。その理由は個人的にもっと話してみたいミティアと一緒だからだ。
 ミティアは雨を見ながらぼんやりとしていた。竜次はそんな彼女を気遣った。
「疲れますよ、座りなさいな?」
 竜次が先に座って促した。
 ミティアも竜次の横に座る。竜次を気にかけていた。
「先生、手……大丈夫ですか?」
 竜次は心配されて嬉しいのか、気色悪いほど笑顔だ。だが、どちらかと言うと、彼女の心身の疲れが心配だった。
「私は大丈夫ですが、ミティアさんだってお怪我を……」
 心配性かもしれない。過保護かもしれない。それでも竜次はミティアが心配だった。
 竜次に気遣いをされても、ミティア本人は平然としている。
「顔に傷なんて、許せません……」
「あれは、わたしが暴れたからいけないんです」
「それなら尚更ですよ。もっと自分を大切にしてください。ミティアさんに何かあったら……」
 竜次は取り乱していた。心配が度を越して、恋愛感情よりもはや保護者に近いかもしれない。まるで家族を心配するようだ。
 ミティアも竜次が言いたいことはわかっていた。大切な人を亡くしているからこそ、これだけ身を心配してくれる。だが、少ししつこいのではないだろうかとも思っていた。
「先生って、心配性ですか?」
「私はあなたのためを思っているのです。みんなにも言われませんか?」
 さすがにこうも言われ続けていると、ミティアも意識を持たないといけないのではないかと思う。ミティアは申し訳なさそうにしながら、口を尖らせていた。
「わたしってそんなに大切なのですか?」
「大切に決まっているじゃないですか!」
 奥で休んでいる皆にまで聞こえているかもしれない。だが、竜次もそれだけは譲れなかった。明らかにむきになっていた。そして感情をぶつけているにも限らず、素直に聞き入れてくれないのがもどかしかった。
 ミティアは竜次があまりにも執拗なのでふてくされていた。
「わたしが死んだら世界が破滅するからですか?」
「そんなの、関係ない! 大切な人を大切と言っていけませんか?」
「わたし……なんて……」
「それがいけないってどうしてわかっていただけないのですか?」
 竜次は話に熱が入ってしまい、声が大きくなってしまった。ミティアの気分を害したかもしれないが、こればかりはきちんと伝えたかった。たとえ自分の想いが届かなくとも、大切であることに変わりはない。

 話に熱が入ったせいだろうか、ジェフリーが起きて二人の背後に立った。
「ミティアは襲われもしたし、疲れてるんじゃないか? 見張りは俺が代わってやるから休んでいい」
 ミティアは膝を抱えたまま答えようとしない。
 ジェフリーはさらに言う。
「どうしたんだ? 最近おかしいぞ……」
 指摘を受け、ミティアはジェフリーを見上げた。だが、その目は睨んでいるようにも思える鋭さだった。
「ミティアさん、そうしなさい。お疲れなのだと思います」
 加勢するように竜次も言う。
 ミティアは深いため息をついて立ち上がった。特別扱いされているのかと不満にもなるが、ここで突っかかっても仕方がない。
 ミティアはもの言いたげにジェフリーを見る。だが、ジェフリーは容赦しない。
「俺に気を遣うなって言ったよな?」
 睨み合いになっていまい、ミティアの方が折れた。
「ジェフリー……さん、に、気なんて遣ってない。確かにわたし、今日はちょっと疲れたのかもしれない。ごめんね。代わってくれて、ありがとう……」
 ミティアなりに気を遣わない返事をした。不満を押し殺し、笑顔を見せたがどうも不自然だった。
 ミティアはローズの脇を通過し、奥へ引っ込んだ。誰とも顔を合わせずに背を向けて横になった。持っている外套をまるで毛布のように頭までかぶっている。これではまるで不貞寝だ。
 ミティアの様子を見て、竜次はジェフリーに小声で不満を呟いた。
「ミティアさんが笑ってくれません……私じゃいけなかったのでしょうか?」
「絶対に違う。少なくとも兄貴のせいじゃない。色々あって疲れてるだけじゃないのか?」
 ジェフリーは腕を組んで即答した。色々……と、まとまっているが、心配する懸念がない方がおかしい状況だ。
 竜次の呟きは続いた。よほどショックを受けたようだ。
「まさか襲って来た人がカッコ良くて恋煩い……」
「顔がいいかは別だが、キッドは下品って言ってたぞ。俺もそう思うけどな」
「じゃあ、お付き合いをされているサキ君と喧嘩した?」
「それくらいくだらない理由だといいな」
 さすがにそれが理由だとは思えない。だが、ジェフリーが口にするように、それくらいくだらなかったら、どんなに平和だろうか。竜次は悩ましげに首を傾げた。
「それとも、思春期? あ、遅めの反抗期かな?」
「いつから親父みたいなこと言うようになったんだ?」
「気になって仕方がないじゃないですか。ジェフだって、彼女には元気になってもらいたいでしょう?」
「そりゃあそうだけど……」
 ご機嫌を取ったくらいで元気になるのだろうか。ジェフリーは疑問に思った。なぐさめるつもりはないが、竜次の話に付き合っている。
「次に行く街は大きいんだろ? 兄貴がデートにでも誘ってやったらどうだ?」
「あっ、えぇっと……ジェフはそれがいいと思いますか?」
 竜次の頬が赤い。だが、ジェフリーの提案をいいと思いつつ、後ろめたい気持ちの占める割合が多かった。
「その……ジェフは何とも思わないのですか?」
「何ともって?」
 話の攻防が逆転した。竜次はいい機会だと思って話をつけようとする。
「まず座ってください。雨は入って来ないので」
 ジェフリーは立ったままだったが、岩壁に寄り掛かった。
「座ると眠くなるからこれでいい」
 外に対する警戒を緩めないためか、ジェフリーは座る様子がない。
 仕方なく、竜次が見上げながら話し出した。
「あなた、ミティアさんに好かれていますよ?」
「それは勘違いじゃないのか?」
「またそうやって逃げる。わかってるくせに……」
 竜次はムッとしながら顔をしかめた。ジェフリーは見張りなので逃げられない。適当に話を流せない。
 ジェフリーは明らかに面倒と態度を示しているのに、竜次は容赦しなかった。
「どうして彼女に向き合ってあげないのですか?」
「どうしてって、兄貴やサキが慕ってるのを知ってるし」
「それも逃げてる」
 竜次は言葉で包囲し、ジェフリーの逃げ道を塞いでいた。どうしても彼の口から吐かせたいようだ。
「彼女が嫌いなのですか?」
「そうじゃない」
 これには素直に即答した。だが、ジェフリーは言ってから恥ずかしそうに竜次から視線を逸らした。話の内容は真剣なのに、雨音が気になり、うるさく感じる。
 ジェフリーのトラウマが放たれた。
「きっと、俺は呪われでもしてるんだ。俺の周りでは人が死ぬ……」
「クライヴェーテ令嬢の件、まだ気にしていたのですか? あれは魔導士狩りがいけなかったわけで、ジェフのせいじゃない」
 ジェフリーにとってこの話は思い出したくないものを抉られる思いだった。
 親が決めた婚約かもしれないが、一緒に過ごすうちに好きかもしれないと思った。そんな矢先に起きたのが魔導士狩りだ。
「もう、お墓参りもして、今までだって償いをしたのではないですか?」
 恋の話から一転し、重い話になった。
 竜次は、ジェフリーの心を縛るものが少しでも和らいでほしくてこの話題にはしつこさを見せた。何度もこの話を振っているが、ジェフリーから冴えた返事はない。
「剣術学校、わざと一番つらいクラスを選択したのでしょう? まだ子どもだったのに、大人用の剣を振っていたと姫子たちに聞きましたよ」
 当時、子どもながら罪を背負ったつもりなのだろう。指摘されたことは間違っていない。それでもジェフリーは納得をしていない様子だった。
「剣術学校でも先輩や後輩が死んだ」
「それはそういうクラスだったから……でしょう?」
「そうだったかもしれない」
 煮え切らないジェフリーに対し、竜次は何をそんなに不安がっているのかと思った。もう少しで弟の真意に迫れそうだ。
「俺は今が好きだ。前向きになれたのはみんながいるおかげだと思う。だからこそ守りたい。失いたくなんてないんだ……」
「それは私も同じです」
「そ、その……恥ずかしいんだけど……」
「ん?」
 ジェフリーがやっと座った。眠くなるから座らないと言っていたのに、あまり聞かれたくない話をしたいようだ。
 竜次は空気を読んで身を寄せ、耳を傾けた。
「マーチンを出て山道でミティアを助けたとき、笑った顔が見たいと思った。初めて人のために死んでもかまわないと思った。もしかしたら俺は、その時すでに惚れていたのかもしれない……」
「もぉぉぉ……素直になってくれないと困ります」
 諦めと、恥じらいと、不安と。思いが交差して、ジェフリーはらしからぬ顔をしていた。いくら誰でも強靭になれる学校を卒業したとしても、それは自分を高めただけで誰かを守るために剣を振るのは素人だ。仲間の動きを見ているつもりでも、まだまだ的確な指示を出せるわけではない。
「極論を言うと、好きになるのが怖い。俺が守ってやれる自信がないんだ」
「つまり、ジェフはミティアさんを好きなのですね? でも守ってあげられない、失ってしまうかもしれないとおそれているから向き合ってあげられないと?」
 竜次はジェフリーの肩に手を回し、抱え込んだ。怪しい商談でも始まるかのような異様な空気になる。
「否定はしない」
「なんてじれったい!」
 迫真の竜次とは違って、ジェフリーはひどい顔をしている。顔は真っ赤で眉を下げ、まるでヘタレ顔だ。こんな表情をしたことがあっただろうか。少なくとも皆の前では見せたことはなかった。まるで坂道を転げ落ちるかのように、ぼろぼろと弱みが吐かれた。
「ミティアに言うつもりはない」
「どうして?」
「言ってもミティアの負担になるだけだ。俺には将来性もない。兄貴みたいに手に職があるわけでもない。やりたい仕事もわからない。そういう意味で、俺は自立ができていないと思う」
「……?」
 竜次はジェフリーの考えに疑問を抱いた。先のことまで考えているとは思いもしなかった。だが、その考えを持つのはつまり真剣に考えている。決して遊びではなく、いわゆる『本気』というものではなかろうか。
 大抵のことはなるようになる。何とかなるであろう。今が楽しければそれでいい。先のことなど考えもしない。その考えがどんなに楽なのか、自由に生きる選択をした竜次は知っていた。
 
 兄弟だけの話で盛り上がってしまい、見張りが疎かになってしまった。襲撃はなかったが、気持ちを引き締め、現実を見据えたのはジェフリーが先だった。
 ジェフリーは異変に気がつき、血相を変えて言う。
「兄貴、うしろ……」
「えっ?」
 竜次の背後にサキが立っている。その表情は蔑んでいるように受け取れた。
 決めた見張りの交代はサキとジェフリーだった。その時間が来たようだ。
「ああ……えっと、サキ君。も、もう交代かな?」
 竜次は引きつり笑いをしながら誤魔化していた。サキは話のどこからか聞いていたようだ。呆れているのか、敵対心を抱いているのか、あるいは両方かもしれない。
「なぁんだ、みんなあのお姉ちゃんが好きなんだね」
 竜次とジェフリーの間から圭馬がひょっこりと顔を覗かせた。小動物だからこそできる、強引な割り込みだ。ウサギの体でいるせいで表情はわからないが、圭馬は何やら意味深なことを言っている。
「そ、その耳は地獄耳かな?」
「さぁね。ボクは関係ないけど、楽しそうだったね。修学旅行の深夜トークみたいじゃない? 青春だね!!」
 色恋話がしっかりと聞かれていた。
 竜次は圭馬を摘まみ上げる。
「悪趣味ですよ? それともウサギさんなだけに、おさかんなのですか? めっ!」
「別にいいじゃん。こういう話は隠していても無駄だと思うよ? 知るのが早いか、遅いかの違いじゃなぁい?」
 圭馬の意見は的を射ている。隠していたところでいずれは知られてしまう。
 ジェフリーは大きなダメージを受けた。よりによってサキに聞かれてしまった。恥ずかしくて、後ろめたくて、目を合わせられない。
 何も言えなくなってしまったジェフリーを見ながらサキは言う。
「せっかく告白したのに、僕に興味を持ってくれないんですから、困っちゃいます」
 サキは呆れながら不満を口にした。その不満を耳にして、ここで竜次はサキの思惑を理解した。
「あれ? もしかしてサキ君は、ジェフが重い腰を上げてくれるようにわざと?」
 見せつけるように手をつなぎ、にこやかに、親しげにミティアに接していたサキ。ジェフリーも竜次もそれを目撃している。
 サキは得意げに、少しだけいやらしそうに独特の笑みを浮かべていた。
「半分は真剣です。声を上げればジェフリーさん、少しは素直になってくれるかと思ったので。一応、友だちですからね」
「い、一応って何だよ⁉」
「恋路に友だちは邪魔と語る本もありますから」
「どんな本だ……」
 サキはジェフリーに気を遣っていたようだ。『一応』友だちとして……と主張するが、腹の内を知りたい思惑があったようだ。
 賢い人間を真正面から相手にすると、手強い。ジェフリーはこのとき、絶対にサキとは口喧嘩をしたくはないと思った。
「ジェフリーさんは僕と見張り番ですよね? 逃がしませんから……」
 サキはジェフリーを威圧する。ジェフリーは素早く視線を背けたが、今度は竜次が逃さなかった。
「何だ、この包囲網……兄貴は交代だろ? さっさと引っ込んで休めよ……」
「こうなったら、私もお付き合いしますよ、サキ君!」
「それじゃあ、ただの夜更かしじゃないか」
 話が妙な流れになってしまった。
 サキは向こうで起きているのはローズだけだと確認した。それからジェフリーに向かい合うように座った。本当に逃がすつもりがないようだ。
「ジェフリーさん、さっきの話、本当ですか?」
「どこのさっきからだ?」
「実はかなり前から聞いてましたよ? 惚れていたのに亡くすのが怖いって」
 ジェフリーは額に手をついてため息をついた。もう恥ずかしい次元を超えて、変な汗が出てしまう。
 サキはジェフリーの過去を触り程度にしか知らない。重いものを背負っているのは早い段階から理解していた。だが、深く知る機会がなかった。フィラノスのワッフル屋さんで、共通の魔導士狩りだと話した記憶があるがその程度だ。
「僕は抜け駆けなんてしたくありません。だから、ジェフリーさんも正々堂々としてください。ミティアさんを支えてあげたいと思わないんですか?」
「ミティアが普通の女の子として、幸せになれるならそれでいい。笑っていてほしいだけだ。そこにある陽だまりみたいに、ただそれだけで……」
 ジェフリーは俯いて気持ちを抑え込んだ。
 あまりの歯切れの悪さに、竜次も苛立ちを見せた。
「ジェフ、気持ちは一緒です。ですが、なぜあなたが遠慮をするのかがわからない」
「本当にジェフリーさんって罪深い人ですね」
 ジェフリーはあくまでもそれ以上の思いはないと主張した。
「本当にいいんだ。今は目的があるからこのままが一番いい。こんな俺が人の幸せを願うなんて、してもいいのかわからないけど……」
 自信がないというのが正しいのかもしれない。ジェフリーがこれだけ気持ちを打ち明けるようになっただけでも大進歩だ。

「惚れ話の大会をしてもいいんだけど、そのお姉ちゃんを今後どうやって支えて行くの? 世界の生贄で、滅びた神族の国の人かもしれなくで、禁忌の魔法を使えて、悪い人にも狙われていて……ホント、お姉ちゃん不憫だよね」
 圭馬が話の流れを変えた。意外と空気が読めるのかもしれない。一行に加わって、早い段階からこのキャラクターを確立している。ゆえに、第三者の視点での意見が正しい表現だ。
 色恋話もいいのだが、今は彼女を守る術を話し合うのが重要かもしれない。圭馬の話に三人は危機感を持った。
「お父様の件も、その襲ってきた不審者にも今後注意をしないといけません。下手をしたら国やお偉い様はアテになりませんからね。あくまでも私たちだけでどうにかするという点では、ギルドに身を置くのはいい選択肢だったかもしれません……」
「ギルドも絶対に安全じゃないだろうし、陥れられて全国指名手配にでもなったら大変だな?」
「そうなったら、人相の悪さでジェフが一番様になりますね」
 竜次が質の悪い冗談を交えて、真面目な顔になった。
「圭馬さんはどう思いますか? 何かいい案はありますか?」
 竜次は圭馬に意見を求めた。興味本位で同行をしているが、ある程度の意見くらいは持っているだろうと予想する。
「ひとつだけ絶対に言えるのは、何が何でもお姉ちゃんを守らないといけないよね。これからは何でも疑った方がいいと思うよ。今さらボクたちと別れて役人や国に引き渡すつもりでもいたの? そんな馬鹿なことはしないでしょ? ボクから提案するなら、まずは一人で行動させないようにしないといけないね」
 少し離れた視点からのいい指摘だ。これはミティアが自身で意識してもらうしかないだろう。もっと仲間を頼ってもらいたい。
「お姉ちゃんを孤立させないで、尚且つ補助する点では、キミが偽物の彼氏でも悪くないかもね」
 圭馬は言ってから尻尾を揺らし、サキを見上げる。ずいぶんと言葉の棘が大きい。
「偽物って……僕、半分は本気です!!」
 当然だが、サキは不機嫌になる。ミティアを慕っている気持ちは本物だからだ。
 圭馬の提案に、意外にも竜次は前向きだった。
「サキ君はミティアさんに魔法の手ほどきなさるのでしょう?」
「そうか、何かあったときはミティア一人でもある程度やり合えるようになるかもしれないな」
 ジェフリーもその狙いに納得した。すべての目が行き届くとは限らない。一人のときに危険な目にあっても、ある程度の自衛が可能であれば、駆け付けるまでの時間稼ぎにはなる。
「お、お二人とも……責任重大なこと、言ってませんか?」
 サキは次の街でミティアの魔法道具を見繕う約束をしている。湖畔の屋敷で、指輪を買うのではないかと騒いだのが記憶に新しい。
「襲われたときに、火の魔法を使ってたな。サキの魔法に比べたら、まだまだだったけど」
 ジェフリーはミティアの魔法を間近で見た。今まで使えなかった魔法で不意を突かれたら驚くに決まっている。
 聞いた圭馬は深く頷いた。実際に教えたのだからこの反応だ。
「いやぁ、ホント、英断だった。基礎を跨いで、いきなり攻撃魔法を学ばせた甲斐があったよ。素質はじゅうぶんあったからね」
「僕、キッドさんにも魔法の基礎をお教えしたいのに、そんなに色々と出来るか不安です。でも、それがお役に立てるのでしたら僕は頑張ります。ちょっと思惑を感じますけれど……」
 サキは言ってから口を尖らせた。うまく利用されている感じがしたからだ。それだけ期待されているのは承知だが、サキも性格から断れない。
「俺は次の街でコーディと組んでギルドから情報を集めてみようと思う。だから、サキにミティアを頼みたい」
「そうでうね、私たち、次の街で少しバタバタしそうなので」
「ん? 兄貴、次の街で何かあったっけ?」
 ジェフリーがしかめた顔をする。
 竜次は呆れながら右手の人差し指を立てて腹を立てた。
「何か、じゃないでしょう? おば様の孤児院があるじゃないですか!!」
「あぁ、そうか……」
「あなたねぇ……唯一連絡の取れる親戚でしょう? きちんと挨拶しに行かないと!!」
 正姫から預かった手紙を渡す用事もある。渡したところで何か変わるのかはわからない。それに、親戚の再会となれば、長い時間の束縛になりそうだ。
「情報集めもいいですが、ジェフも顔出しに行きなさいよ?」
「わかった。おばさん、元気にしてるといいけど」
「無駄かもしれませんが、お父様に関して何か存じていないか聞いてみましょう」
 貿易都市に着いたら忙しくなりそうだ。
 まずはこの山道を安全に抜ける。次の目的地の話もいいが、気を引き締めたい。
 目的がまとまって、圭馬が楽しそうに声をはずませる。
「なんか楽しそうじゃん。ボクも話に足を突っ込んでみるよ。さすがにキミだけじゃ心配だからね。それこその都会には変な人もいるんだし」
 さすがに街中ではないと思いたいが、襲撃されては困る。フィラノスの街中でクディフに遭遇したくらいなのだから、可能性はゼロではないだろう。
「そうだ、キミたちにも言っておこうかな」
 流れで圭馬はそのまま話し続けた。
「あのお姉ちゃん、人の汚い部分を知らなさすぎるんじゃない? あれじゃ、悪い人に騙されてもわからないと思うよ?」
 誰もが思っている要注意点だ。集団で行動する今は、具体的な注意のしようがない。だからといって、あれもだめ、これもだめと制限してしまうのはいかがなものか。ミティアを一人にさせないという対策が先ほど挙がったばかりだ。
「同感です。何でも信じてしまうのは正直、とても心配です。我々もよく信頼していただけたと思います。普通はキッドさんのように警戒心があるものでしょうけどねぇ」
 竜次は頷いて息をついた。
 これまでキッドが親友として、行動をともにしていた。ずっとミティアを守っていたといっても過言ではない。キッドの存在が大きいのを再認識した。彼女は戦力としても心強いがそれだけではなかった。
「それがミティアのいいところかもしれないけど、確かになぁ……」
「あの純粋な目で見つめられると、困ってしまいますね」
「美人なのも困ります。僕だって最初は、こんな美人がいるのかとびっくりしました」
 結局は男性トークに落ち着いてしまった。
 その流れを、圭馬がぶった切った。
「盛り上がっているところ申し訳ないけど、極論を言うとだね、このままだとみんな大好きで終わっちゃうかもしれないんだよ!? 疑いも知らないで、ほかのわけのわからない男の人に取られちゃっていいのぉ!?」
 大袈裟な言い方だったが、確かにもう少し危機感を持つべきだ。
「それは大問題だと思います。サキ君に緊急指令です! 知らない人にそそのかされないように教えないと!!」
「えっ、えぇ……それも僕ですか?」
 サキに負担がのしかかる。
 先ほどミティアは不貞腐れた態度を見せた。サキだったら、竜次やジェフリーよりは話を聞いてくれるかもしれない。
 不安に思っているサキに圭馬は声をかけた。
「まぁまぁ、そう気負いなさんなって。ボクも力を貸すからさ。これでもお姉ちゃん心配だし?」
 ミティアがこのままでいる方がこの先もっと不安だ。何とか軌道修正をかけたい。その心はあるが、サキは自信がなかった。なぜならいくらミティアに好意を寄せてもなびかないからだ。いくらアピールをしても受け流されてしまう。
 正直サキに対してではなく、それこそ邪な目的を持った人に対し、疑いをもって受け流してもらいたいものだ。

 竜次がキッドを起こしに行った。
 起きて作業をしていたローズがチラリと竜次を見上げる。
「起こさなくていいデス……」
 ローズは立ち上がって白衣を軽く払うと、ジェフリーとサキのもとへ向かった。
「ん? 博士どうしたんだ?」
 ジェフリーが声をかけるも反応はない。ローズは外の天気を気にすると、大丈夫と判断したのか地面に平べったいものを設置した。左右にアンテナのようなものが見える。本体は平たいお皿のようだ。野球のベースより小さい。
「地雷をヒントに作った試作品デス。この上を人が通過したら警報が鳴りマス」
 ローズは実用的な物を作っていたようだ。警報が鳴る。見張りの代わりに危険を知らせてくれるのなら、ゆっくりと休める。
 交代で話しながら親交を深めるのもいいが、休めるのならそれに越したことはない。
「山は疲れますからネ。少しでもお役に立てればと……」
 サキが好奇心を抑えながらローズを称えた。自分とは違ったタイプの頭のいい人は、刺激を受けるようだ。
「ローズさん、今日は凄いものを作りましたね」
 あまり前に出ることのないローズが、やけに自慢げだ。おちゃらけてピースサインを繰り出した。
「皆さん、頑張ってマス。ワタシ、あまりお役に立てないくせに重要な情報を持っていたので、少し悔しくてネ……」
 卑屈なローズの態度にジェフリーは首を振った。
「博士……そんな風に思わなくていいのに」
「さ、ワタシ、もう一つ作りたいものがあるので起きてマス。何かあったら起こしますので休むといいデス。男手は道中で重要ですからネ?」
 ローズはそう言って、奥へ戻った。再び座って、すらっとした綺麗な足を組んだ。今度は違う小箱を白衣のポケットから取り出す。中はケーブルが詰め込まれていた。
 絡まったケーブルを解きながら、ローズは竜次に休むように促した。
「ワタシ、キラキラした女子トークは苦手ですが、男子トークは面白くて好きかもしれませんデス。またおつまみにさせてくださいネ」
 少しだけローズもお堅い部分が解れたかもしれない。
 男性一同は恥ずかしがったが、聞かれた以上は仕方がない。これ以上の交代はなく、せっかくなのでローズの厚意に甘えた。

 日が登りはじめた頃、コーディが早く起き上がって驚いていた。
「嘘でしょ? 交代に起こしてよ……」
「そういう道具設置して、大丈夫にしましたデス」
 みんな仮眠をとっている。コーディがローズの手元に目をやった。生き物のような形にはなっているが、まだカチャカチャと作業をしている。機械作業をしているようだ。
「あなた、変わってるね」
 コーディは首を傾げた。不思議なものを見る表情だ。
「アリューン神族って秘密主義でしょ。だからこういう技術を人前で奮うのは、本来ならあり得ないかなって?」
 今回のケースだと、コーディが知っていた情報はアテにならなかった。ローズは例外のようだ。ただ、ローズもこれがどうしてなのかをうまく説明できない。
「うーん……ワタシも皆さんが好きだし、役に立ちたいと思うから。ですかネ」
「やっぱり変わってるね。アリューン神族っぽくない」
「ワタシもそう思いマス」
 コーディが他種族を目にするのはこれが初めてではない。それでもローズは異例だった。コーディが指摘をするように、アリューン神族は技術に長けている。その技術を表に出さず、ましてや人前でひけらかすこともない。だから独自の世界を創り、一族は種族戦争を生き延びた。
 これは一般的には知られていない。サキのように大図書館や、種族間で共有している情報からなるものだ。何も知らない人から見れば、ほかの人よりも手先が器用だという認識くらいだろう。
「コーデリアちゃんは、他種族を怖く思わないのですかネ?」
「コーディでいいよ、アリューンのお姉ちゃん」
「では、ワタシもローズでいいデス」
 言い合ってからお互い顔を合わせた。二人して笑っている。
「少なくともローズは怖くないかな。ここにいるお兄ちゃんやお姉ちゃんも、まだよくわかってないけどそんなに悪い人なら、こうやって組んだりしないと思うし?」
 見た目が子どものせいだろうが、十六歳が話す内容ではなく現実を見据えている。聞き手によっては、面白い印象を抱かせるかもしれない。
「この人たちに悪い人はいませんヨ。一番悪い人は案外ワタシかもしれませんネ」
「クスッ、何、その冗談。役に立ちたいってさっき言ってたくせに、面白いね」
 他種族同士だが、二人の距離が縮まった。
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