トレジャーキッズ

著:剣 恵真/絵・編集:猫宮 りぃ

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【3】明かされた真実

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 夜が明けた。何事もなかったかのように、晴れている。皮肉なことに、この太陽が現実を突きつけているように思えた。
 最後に見張りの交代があってから、そのままマナカは外へ出たようだ。真面目過ぎるが、彼女はちゃんと休んでいるのかとジェフリーは心配に思っていた。心配したところで、沙蘭の勝手を知らないのだから代わりにはなれない。
 街の人たちは光介の案内で、徐々に地下避難所から城に移動をした。城を避難場所に変えたとのことだ。正姫が直々に街の人に食べ物を配っていた。
 広々としていて、過ごすにはこちらの方が断然いい。
「休められたかの?」
 街の人たちに配り終えた正姫がわざわざこちらに顔を見せに来た。笹に包まれたおにぎりのようなものを、一人一人に渡している。まだ温かい。
「お姫様これは?」
 ミティアが質問をすると、竜次が答えた。
「ちまきです。中にもっちりとしたご飯が入っていますよ」
 正姫が申し訳なさそうに補足した。
「電気で温めたからあまりおいしくなかったら申し訳ない」
 正姫が直々に作ったのだろうか。そういえば昨日話をした後、姿を見なかった。よく見ないとわからないが、まともに寝ていないようだ。髪はほつれ、疲労が見え隠れしていた。
 姿が見えなくなったと思っていた光介が、大間の奥からデッキブラシを持って駆けつけた。何やら慌てている。
「姫姉、やっぱりお湯が出ないっスね」
 聞いてローズが前に出た。ライフラインの復旧がまだ追いついていないようだ。
「ワタシ、直せるかもしれないデス。見せていただけますかネ?」
 正姫が驚いている。便乗するようにキッドとミティアも手伝いを申し出た。
「弟さん、お掃除するなら私もやるわ!」
「わたしもお手伝いしたいです!」
 キッドなんて肩を回している。やる気は十分だ。
「皆様はゆっくりしてくださいませ。街を救っていただいたのに申し訳ないです」
 正姫が手を振って拒否する。だが、竜次が間に入った。
「姫子、彼女たちを止めるのは難しいですよ。諦めてください」
 竜次が笑いながら話すと、正姫は観念した。どうも兄の竜次には頭が上がらないようだ。
「さて、私も小さいことなら手伝えるかな。光ちゃん、何かお仕事くださいな」
「お兄様! お怪我をされているではありませんか」
 正姫の静止に応じず、手伝う志願者は光介について行ってしまった。
 サキとジェフリーが残され、正姫が話しかける。
「ただでさえ、助けていただいたのに本当に申し訳ない」
「いえ、こちらこそよくしていただいてありがとうございます。ね、ジェフリーさん」
 サキははにかんでジェフリーにも話を振った。
「一番風呂でもやってあげてくれ。お礼ならもらっているからな」
 ジェフリーもサキと頷いた。
「して、その賢そうな子はジェフの友だちか?」
 正姫がサキを見て首を傾げた。
「賢そうなじゃなくて、こいつは賢いぞ。いなかったら、ここまで何回死んでるかわからないくらいには頼りになるし、助けられている」
「ち、ちょっと、褒め過ぎです!!」
「嘘を言ってどうするんだ」
 サキは顔を真っ赤にして恥ずかしがっている。だが、ジェフリーは容赦なく褒め殺していた。彼の魔法がなかったら、どれだけの苦戦をしていただろうか。
 実の弟がいい友人に恵まれたのを微笑ましく思いながら、正姫は頷いていた。
「友だちを持つのは視野が広がってよいな」
 正姫はまるで母親のようにうれしがり、目尻に涙を浮かべた。

「遅くなりました!」
 長刀を持ったマナカが報告に駆けつけた。返り血のような汚れが目立つ。
「このような格好で申し訳ありません。血の臭いで野生のオオカミが数匹迷い込んでしまったようで、今は役人に引き継ぎました」
 マナカはほつれた髪を直しながら、ジェフリーとサキに向き直った。
「大図書館でしたよね。わたくしがご案内します」
 正姫に見送られ、サキとジェフリーは街中に出た。
 まだ片付いていないが、街の人が出歩いている。昨日の今日でもう手をつけはじめるとは早いとジェフリーは思っていた。歩きながら見渡していると、崩れた家屋を前に泣き崩れている女性が目に入った。誰か亡くなったのだろう。表向きにはこの国を惨劇から救えたかもしれないが、それはすべてではない。
「ジェフリーさん?」
「……あぁ、ごめん」
 サキに声をかけられ、自然と足が止まっていたのに気がついた。ジェフリーは浮かない返事をする。感傷に浸らずにはいられない。
 気を病んだジェフリーをマナカがフォローした。
「こちらで手厚く葬らせていただきます。なので、ジェフ兄さんが心を痛めなくともいいのですよ」
 汚れ役はこちらの仕事だと主張していた。それでもジェフリーは、どこか納得していなかった。自分たちの進む道が正しいのかもわからない。だが、行き着いた先であの女性のような人が減るのならいいとは思った。
 気持ちを切り替えつつ、マナカに案内されたのは街外れの大きな蔵だった。
 木造のせいか黒い龍の襲撃で半壊し、屋根が崩れて落ちている。今日が悪天候ではないことに救われた。
 マナカは律儀に鍵を開けてくれた。屋根から入れと言われたら、登れそうな程度には崩れがひどい。本がやられていないか心配だ。
「どうぞ。今でしたら、王都フィリップスから来た書物もございます」
 屋根から射す太陽の光で明るい。あらかじめチェックしてあったのか、大きな瓦礫は取り除かれていた。本棚も動いた痕跡があるが、乱雑ながら本は収められている。
 王都フィリップスからの本が寄贈された棚もあった。逆に沙蘭の武術書の棚が一部、空になっていた。張り紙にフィリップスへ寄贈しましたと書いてある。
「武術書、参考までに見たかったな……」
 ジェフリーが張り紙を見て残念がった。まったくないわけではないが、合気道や棒術など、専門外の本が残っている。戦術に取り入れてみるのも考えたが、短時間でどうにかなるものではない。
「すみません、古書や重要書物はないですか?」
 焦れったさを感じたのだろう。サキはマナカに重要書物がないかを訊ねた。
「古書? どんな情報をお探しでしょうか?」
 答えにくい質問だ。困ったサキが、ジェフリーに助け舟を求めた。
「特別な人間の話とか、凄い魔法とか、歴史とか?」
 だいぶぼかした言い方だった。ジェフリーの言葉に、マナカは不審がった。
「調べたいものの意図がわからないのですが。わざわざ何をお調べに?」
 昨日の不思議な力の話を掘り下げると長くなる。特にマナカは真面目だ。気にする部分が多く、指摘は細かい。
 命にかかわる禁忌の魔法。詳しく言ってしまうと、治癒や蘇生だ。この話をしてしまうと混乱してしまうだろう。クディフ以外に狙われるのは仲間の心労が重なる。
「いや、まぁ、探す楽しみがあるし、大丈夫だ。すまない」
 ジェフリーは嘘をついた。サキも気がついたのか、小さく頷き調子を合わせる。自分たちで欲しい情報を探せば、詮索は避けられる。
 フィラノスに比べたら規模は小さい。それでも、大図書館ではあるのだろう。それなりに本の量はある。問題はめぼしいものがない。沙蘭の文化や、誰かが書いた小説、地図、沙蘭の料理の本。
 本棚を見ていたジェフリーはため息をついた。ついでにあくびも。
「ジェフリーさん、ちょっといいですか?」
 サキが奥で手招きをしている。彼は大きくて分厚い本を抱えていた。珍しく表紙が布製の本だが、ところどころがぼろぼろで破けている。
「それ、何の本だ?」
 ジェフリーの質問に、サキは答えづらそうに視線を泳がせている。
「図鑑のようなのですが、読めないんです。何ひとつ……」
 サキは指で挟んでいたページをそっと開いて見せる。そこには、ミティアが左腕にしている、腕輪によく似たものが描かれてあった。
「これは……」
「ですよね」
 二人は揃って頷いた。気になって仕方がないが、読めない字で書かれている。カクカクした見慣れない文字だ。どこの文字だろうか。
 ジェフリーが文字を眺めるが、こんな独特の文字は見た記憶がない。どんな形状かというと、四角いドットのような集合体が記号のように記されている。時折蛇のようなうねりもあり、とても奇妙な文字だ。
「悔しいが、俺にもまったく読めない」
 せっかく何かつかめそうだというのに落胆した。肩を落とすジェフリーの横で、サキは考え込んでいる。どうしても諦めたくないようだ。
 嫌な予感がし、ジェフリーは一応の注意をした。
「こっそり持ち出そうなんて考えるなよ? お前の論文じゃないし、そんなでかい本は無理だ」
 サキは入り口で待つマナカに視線をおくる。何か思いついた様子だ。
「ジェフリーさん、ちょっとこのページを押さえていてくれませんか?」
「いいけど、何をするんだ?」
 ジェフリーは本を受け取ったが思いのほか重たい本で腰が落ちた。サキは、マナカから紙を数枚とペンをもらって戻った。
「あのなぁ……書いても読めないんだぞ?」
 ジェフリーが指摘するも、サキはすでにペンを走らせていた。書きながら笑っている。
「『僕たち』には読めない、ですね?」
 意味深な言葉だった。だが、ジェフリーはすぐに意図を汲み取った。
「そうか、博士に相談してみれば……」
   サキは小さく頷き、夢中で書き写している。
 残念ながらジェフリーはそこまで頭が回らなかった。サキは常に知らないものを知ろうと必死だ。わからないものは許さない。この根性は、知識に貪欲と謳っていた彼らしい。
「お前、本当にすごいな。そこまで頭が回らなかった」
「ふふ、もっと褒めてもいいんですよ」
 ペンを走らせながらサキはさらに言う。
「ほかにめぼしい本がないか、見てください。書き写したら、僕も探します」
「そうだな……」
 ジェフリーは立って再び本棚とにらめっこしていた。その後、小一時間ほど見たが、今回の収穫はその腕輪の話くらいだ。大図書館も、実際はこんなものだろう。フィラノスの規模が大きかったので、落差も感じた。

「待たせた。ありがとう」
「ペンをお返しします。ありがとうございました」
 ジェフリーとサキは揃って、マナカにお礼を言う。
 マナカは世間の目を気にしていたのか、外で待っている間にちまきを食べていた。役人と変わらない仕事をしているのだから、街の人の前では食べないつもりだったのだろう。街のため、国のために尽くしているのに、世間の目も気にするとは律義なものだ。
 大図書館をあとにした。
 城に戻ると、玄関口で白と青の着物、上着、腰には刀だけ下げた竜次が出迎えた。
 察するに、服を洗われてしまったのだろう。首にタオルを引っかけていた。
「あぁ、おかえりなさい」
 左腕には、包帯が見えた。
 それはそうと、竜次の着物姿が似合い過ぎて、これが私服ではないのかと思うくらいには違和感がない。
「姫子の厚意で着物と客間をいただきました。女性陣も似合っていましたよ? 今日は同室ではないのが少し残念ですが」
 まだ乾き切っていない髪を気にしていた。
「あなたたちもお風呂をいただいてください。今は街の人にも開放していますので、賑やかだと思いますが一緒でしたら気にしないでしょう?」
「兄貴は休まないのか?」
 ジェフリーに言われるも、竜次は腰を指さした。
「髪の毛を乾かすのも兼ねて、少し役人に混ざって見回りをして来ます」
 竜次はまだまだ何かしたいようだ。下駄まで履いているのに、悠々としている。

「先生、待って!」
 ズルッ すてーん!

 奥からミティアの声と、転ぶ音がした。畳に鼻から突っ込んだらしい。
「何してんだ?」
「ミティアさん、大丈夫ですか?」
 ジェフリーとサキが駆け寄って起こした。
 淡い紫がかったピンクの浴衣に、無理矢理剣を下げている。
「その格好で出て行くのは、ちょっと品がないぞ?」
 ミティアは裾と胸元を気にしながら、すでに遠い竜次を追おうとしていたようだ。ジェフリーの指摘を受けてしゅんとしている。
「だって先生、怪我してるし……」
 竜次も振り返りまではするが、その好意を受け取ろうか困っていた。
「私は大丈夫ですよ?」
 ミティアはどうしてもついて行きたいらしく、むくれている。
「わかりました。でも、帯に括るのはよしなさいな。はだけてしまって、品がないですよ?」
 ミティアは渋々手に持ち替えて、追い駆けて行った。
 浴衣で武装は着崩れしやすいし、あまりよくない。
 ジェフリーはミティアの背中を見送った。だがサキの視線が刺さった。
「浴衣が可愛かったとでも言いたそうだな?」
 遠くなってからサキに言葉を投げた。だが、少し反応が違う。
「素敵だとは思いましたが、ジェフリーさんはこのままでもいいんですか?」
「何がだ?」
 ジェフリーには質問の意味がわからない。サキは続けた。
「先生とミティアさん、ずっと仲良いと思いますが……」
 何かと思ったらくだらない。ジェフリーはそう言わんばかりにため息をついた。
「別にいいんじゃないか?」
 サキは悩ましげに首を傾げている。
「ジェフリーさん、そう言ってますが、顔に出てますよ?」
「俺の顔はもともと悪い。くだらない勘繰りはやめとけ」
「またすぐそうやって、ごまかしてひねくれちゃうんですね」
 ジェフリーは追及を塞いで歩き出した。だが、サキもここで引き下がる根性ではない。
「ジェフリーさんっ!」
「お前こそどうなんだ? キッドと仲良いじゃんか?」
 食い下がろうとするサキに対し、ジェフリーは半ば強引に話題を逸らした。だが、サキは真面目なことに正面から受け止めていた。
「キッドさんはそういう人じゃないです」
 歩きながら落ち込んでしまった。そんなにまずい話だっただろうか。
「そんなんじゃ……」
 サキの中でも何かあるのだろうか? 詳しくは言わなかったが、落ち込んでしまった。ジェフリーは悪いことをしたと思った。キッドも意味深なことを言っていたし、お互いを探っているのだろうか。詮索は避けるべきだと判断した。
  
 怪我をしているから、心配だからという名目でミティアはついて来た。慣れない服装で歩きにくそうだ。ちょこちょこと歩いている。これだけ慕ってもらえるのはうれしい。だが、やはり後ろめたい気持ちが勝る。竜次は直視できなかった。
 ミティアと竜次は城からは大きく離れず、外周を散歩するように歩く。
 出払っているせいでここは人が少ない。あまり人がいないと、それはそれで邪な気持ちが芽生えてしそうだ。
 竜次は邪な思いが勝ってしまった。
「ミティアさん、お聞きしたいことがあるのですが」
「先生がわたしに質問なんて、珍しいですね」
 ミティアは大きな目をぱちぱちとさせ、驚いている様子だった。
 確かにそうだ。でも今は、真剣な質問ではなく、意地悪な質問がしたい。竜次はミティアの真意を探ろうとした。
「ミティアさんが私に優しくする理由は何ですか?」
 前にフィラノスで振られたミティアからの質問を、今度は竜次からした。
 二人は足を止めて向き合った。
 ミティアは恥ずかしそうに笑う。この表情がたまらなく愛おしいと竜次は思ってしまった。濁りのない純粋を今は独占したい。
「先生に、生きてほしいから……です!」
「それは私の過去を知ったから、でしょうか?」
「それもあります。でも、それだけじゃないです」
 この先を望んではいけない。寂しさと孤独を、ミティアで満たそうなど、間違っていると思う。竜次はそれでも言葉を求めた。
「昨日、わたしにジェフリーさんを助けて欲しいって言っていましたよね? わたしは先生も助けたいです。先生の力になりたい……」
「気がついていないかもしれませんが、たくさん助けられていますよ?」
「えっ?」
「ふふふ……」
 ミティアに自覚はないようだ。小動物のように首を傾げている。
 竜次が具体的に『助けられている』と指すのは、主に精神面だ。ミティアは可愛らしく、美人であるだけではなく不思議な人徳でもあるのだろうか。
 守りたい気持ちが増した。だが、この燻る気持ちは本当に勘違いだったのかもしれない。今は大切な家族のような感情だ。
「もう一周したら戻りましょうか」
「そうですね!」
 なぜミティアが普通の女の子ではないのだろうか。
 父親と何の関係があるのだろうか。
 どこかにつながりは確実にあるだろう。絶対に見つけてみせる。竜次は決意をあらたたにした。

 キッドとローズは城の大浴場から少し離れた蔵で発電機を直していた。金網に囲まれ、立ち入りが制限されている場所だ。襲撃を受けてもここは無事だったようだ。
「ローズさん、本当に何でも直せますね」
 黄色い浴衣に道具箱を持ったキッドが、ローズの補助をしている。
「何でもではありませんヨ」
 ローズも浴衣に白衣を羽織っていた。白衣は自分で替えを持っていたらしく、羽織っていた。この格好でゴム手袋をし、工具を手に発電機を直していた。
「多分これで街中の電気が復旧するはずデス」
 ローズは作業を終え、工具を片付けていた。
 その過程で世間話を交える。
「そう言えばキッドさん、ミティアちゃんと仲良しデスネ。もう長いんデス?」
「そうですね、もう十年くらいになります。ずっと仲良くしてますよ!」
「十年……」
 質問をしたのはローズだが、なぜか影を落としている。
「昔からずっと明るかったデス?」
 世間話なのだが、ローズは何かの確認をしたいようだ。それでもキッドは抵抗なく答える。
「初めて会った時はあんまり喋らない子でした。人を怖がっていて、お医者さんが大嫌いで、でも体は凄く弱くて、あとは何だったかなぁ……」
「記憶はありましたデス?」
「なかったみたいです。お兄さんが言っていました」
 キッドが答えてくれたのは、彼女がさばさばした性格であるおかげだ。ローズは聞き入った。
「あたし、過去は過程であって、それがなかったら今はないと思うのよね」
 迷いのない真っ直ぐな言葉だ。確かにキッドは人の過去をとやかく言わない。ジェフリーやサキと些細なことで言い争っても、その場で終わらせて、引きずらないようにしている。それが、キッドの『らしさ』なのかもしれない。自身を多くは語らない。今を見据えているのが彼女だ。戦っている時もそうだった。ローズはキッドの精神の強さを感じた。
「キッドさん、その人にどんな過去があっても、絶対に軽蔑しないデス?」
 この質問にはローズの賭けが込められている。
 片付けの手が止まってしまい、キッドは疑問に思っていた。
「人を殺しているわけでもないなら、別にいいんじゃないですかね? 多少の傷は誰でも持っているし、喋りたくないことはあると思いますよ」
 キッドの答えは前向きなものだった。むしろ、彼女からしたら、そう答えるのが普通なのかもしれない。

 話したくない、話せないことならローズの中にもある。間違いなく自分は皆が求めているものに近い。どちらかと言うと、言って崩れてしまうのが怖かった。
 それこそが、ローズの本心だ。
  
 夕方になって、それぞれ一段落したところ、空きの時間が出来た。
 風呂上りで浴衣姿のサキとジェフリーが、ローズを呼び出した。もちろん、大図書館で持ち帰った情報を見せるためだ。サキは書き写した紙をローズに渡した。
 見るなりローズが、今までに見覚えのない渋い顔をする。じっと文字をにらみ、苦虫を噛み潰したような顔になった。
 紙を近寄らせたり離してみたりと試していたが、ため息をついた。
「おそらくドラグニーの暗号文字デス。ワタシには読めませんネ」
 期待が大きかっただけに二人は脱力した。
 せっかく持ち帰ったのだから、何とかならないものか。ジェフリーはローズに食い下がった。
「ドラグニーってのは、例の神族の一括りだよな。ドラグニーの文字って何だ? 博士は学者だろう? 何か心当たりはないか」
「ドラグニーの文字は独特デス。もしかしたら、幻獣の彼なら読めるかもしれませんデス。このドラグニーという種族は好戦的で身体能力が高いだけではなく、財宝や宝石を収集するのに長けていた種族なのデス。お宝の秘密が世間にわかるように記すとは思えませんネ」
 ローズがお手上げと言わんばかりに、両手をひらひらとさせた。彼女でもわからないことがあるようだ。わずかながらでもわかりそうなものならば、もう少し気分も明るかろうが、そういう感じでもない。だが、ローズの好奇心は刺激を受けているようだった。
「大図書館は、こういうのもあるデス……?」
 ローズは小難しい顔をしていた。彼女なら大図書館など、欲しい知識の宝庫かもしれないが、利用はしないのだろうか。
「今度一緒に行ってみますか?」
 サキの誘いに、ローズが口を尖らせた。
 意外な反応だ。
「欲しい情報を見つけるために、手間がかかるのはちょっと苦手デス。だったら、欲しい本を買うか、ギルドに依頼をしてしまいますネ……」
「まぁ、確かにその方が確実かもしれないな」
 ジェフリーは言い分に納得した。世の中に出回っている情報であれば、確かに効率がよさそうだ。だが、自分たちが探している情報には、世の中から避けられているものも多い。他の種族の話、歴史が特にそうだ。
「さて、僕はちょっとキッドさんにお話があるので、これで失礼しますね」
 サキは紙をポーチにしまって一礼した。浴衣の裾を気にしていたが、彼はちょこちょこと走って行った。

 ジェフリーと二人きりになり、ローズは気まずそうに視線を泳がせた。
「博士はあまり俺と話したくなさそうだな?」
 腕を組みながら、ジェフリーが言った。
 ローズが白衣の両ポケットに手を突っ込み、気を紛らわすようにぶらぶらとさせる。
「何か……?」
「博士に思い切ったことを聞きたい」
 ローズは露骨に嫌な顔をした。まだジェフリーが本題を言う前だが、話すことに抵抗あるようだ。
「博士、親父が何をしていたのか知ってるよな?」
 赤いルージュが噛み締められた。前々から思っていたが、この人は嘘が下手だ。それに、わざと距離を置いた接し方をしている。初めは擦り寄って来たが、本当は警戒しているこの性格が素なのかもしれないとジェフリーは思っていた。
「お願いだ、俺は先に進みたい。なぜ、行方不明なのか、理由は昨日知った」
 ローズは眉間に深いしわを作った。
「知らなければよかったと、思ったのではないですか?」
 怪しいとは思っていたが、口調が崩れた。こういう時のローズはふざけていない。ジェフリーは続けた。
「俺のせいだったのはわかった。だから、そのあとどうなったのかが知りたい。博士は親父が今どこで何をしているまで、実は知っているんじゃないのか?」
 ローズが顔色をうかがいながら顔をしかめた。
「奥様は亡くなったと聞きました。だけど、ケーシスはずっとその知らせをよこさなくて、話はギルドから流れて来たものなので信用は低いです。直接会って聞きたいというところですね。数年前は王都フィリップスにいたみたいデス」
 それは探したい。本当なのか、自分の耳で聞きたい。ジェフリーはますます父親に会いたいと思った。
「なぁ博士、そのおふくろが亡くなった話、ギルドが出処ってどういうことなんだ?」
 ジェフリーの声に熱が籠った。ローズは青ざめながらジェフリーに視線を送っていた。
「博士?」
 ローズとは視線が合わない。ジェフリーは気配を感じ、背後を振り返った。
 竜次が壁にもたれかかっていた。つまり、今の話を耳にしていた。思いつめた表情をしている。
 ジェフリーは眉間にしわを寄せた。竜次の行動を不審に思った。
「兄貴……?」
 竜次はジェフリーの胸元に、折りたたまれた紙を突き出した。
「知ればジェフは取り乱すと思ったので」
 ジェフリーが紙を開くと、フィラノスのギルドの写しだった。日付はフィラノスで情報収集をした日だった。

【探しもの】
   亡き妻の結婚指輪。依頼主 ケーシス・レイヴィノ・セーノルズ

 ジェフリーはこれを見てぞわりと鳥肌が立った。つまり、竜次はこの情報を入手してもずっと黙っていた。竜次に同行していたのはキッドとミティアだが、覚えている限りでミティアはギルドの外にいた。同行していたキッドは、自身が難しい文字を読めないと話していた。情報を抱え込むには好都合だったのだろう。
 竜次が仲間を悪い意味で利用したのも、ジェフリーには気に入らなかった。
「フィラノスのギルドで目ぼしい情報はないって言っていたじゃないか。あれは嘘だったのか!?」
「違いますよ? ミティアさんの不思議な力に関する、目ぼしい情報はありませんでした。そういう意味です」
 ジェフリーは思わず舌打ちをした。このまま悪態をつきそうだ。
 ローズをよそに、兄弟は腹の探り合いをしていた。けん制をしたのは竜次が先だった。
「私に話さないということは、つまり私をよく思っていない。そうですね?」
 ジェフリーは無言で竜次を強く睨みつけた。それでも竜次は涼しい顔を崩さない。
「いいですよ。私を責めることで、ジェフが自分を責めなくなるのなら」
 ジェフリーは怒りで拳を震わせた。竜次の開き直りとも思える行動に苛立った。本当は怒りに身を任せて殴りかかりたい。ここで怒ったところで真相がわかるわけではない。それに、竜次は手負いだ。いくら何でもそこまで非情ではない。ジェフリーはいったん怒りを押し殺した。
 竜次はローズに話を振った。
「ローズさんは私たちの名前を知った途端、距離を置くようになり、話すのを避けるようになった。つまり、うしろめたい事情があると思うのですが」
 ローズは苦笑いをしながら腕を抱えた。なかなか口を割らないため、竜次は笑顔で威圧をかけた。
「私の想像をお話してもいいですか?」
 人によっては、この笑みで人の弱みを握ったいやらしい人と思うかもしれない。実際は無理矢理情報を吐かせる行為だ。竜次はローズを追い詰めるように言う。
「ローズさんはお父様と同志、もしくはそれ以上の存在……」
 さすがに失礼だ。ジェフリーは二人の会話に割って入った。
「兄貴、言っていいことと悪いことが……」
 ジェフリーの背後で、ばさりと大きな音がした。ローズは膝から崩れていた。座り込んでうなだれている。
「博士、まさか……」
「軽蔑、しますよね」
 ローズは竜次の指摘が的を射ていると認めた。
 聞いた竜次は悲しい顔をした。一般的には不貞行為を暴いたことになる。だが、ローズだけを責めることはできるだろうか。母親がいつ亡くなったのかにもよる。長年両親には会っていない。いないも同然で正直なところ、自分たちに影響があったかというとそうではない。
 今は人の悪事を責めている場合ではない。竜次はため息をついて言う。
「世の中、理不尽だらけ、ですね……」
 理不尽と言いまとめたが、詳しい話をしても関係がこじれるだけだ。ましてや仲間に話すことでもない。竜次はこれ以上問い詰めるのをやめた。
 ジェフリーは全貌を知りたそうだ。竜次は釘を刺した。
「一応言っておきますが、皆さんには言わない方がいいと思いますよ」
「どうしてだ?」
「私はローズさんをこれ以上責めません。一般的には悪いことかもしれませんが、男女の気持ちとは計り知れないもので……」
「秘密を作るのはどうかと思うが」
「お父様に悪い人というイメージがついてしまいます。疑いたくはなりますが、余計な心配をかけたくはないでしょう?」
 ジェフリーは竜次の言葉を耳にするも、どこか納得していないようだ。それでも、余計な説明が増えるのではないかという、面倒でぼんやりとした理由で渋々了承した。
 ローズは膝をついたまま、俯きながら小声で言った。
「私の存在が気分を害しているなら、森を抜けた報酬金を渡して離れます……」
「それは困ります」
 なぜか、竜次が話の主導権を握っていた。
「ローズさんもお父様を探している。お互いの目的は一致しています。行動をともにする理由も定まりました」
 竜次に確認をされ、ローズは唇を震わせた。
「あ、あの、ワタシもミティアちゃんを助けたいデス……」
 ローズは立ち上がり、そのまま深々と頭を下げられた。
「ワタシの想像では、ケーシスはよくないことをしようとしてマス。それを止めたいデス。もう少しご一緒に行動してもいいですか?」
 ジェフリーも竜次ももちろん頷いた。一緒に行動をするのはかまわないが、まだ引っかかりはある。
「俺はそのつもりだった。親父は何をしようとしているんだ?」
「私も気になります。教えていただけますか?」
 兄弟の質問に、ローズは深く頷いた。
「まだ推理している部分はあります。ちょっと重い話なのですが、これはみんなにも話したいデス。明日、幻獣の彼にも相談します。その時にお話させてくださいデス……」
「重い話……か」
 ジェフリーはもったいぶらされている気分がした。
 そのジェフリーを尻目に、竜次は話の流れを警戒していた。
「んー、どれくらいの規模か、心の準備がしたいですねぇ?」
 竜次はどちらかと言うと、ジェフリーが思いがけないショックを受けるのではないかと心配をしていた。母親が亡くなっている可能性が出てきたのだから、それが怖い。
 ローズもその気配を感じているようだ。
「話すタイミングを見計らってはいました。下手をしたら廃人になりかねないデス」
「うーん、立ち直れなくなるのは困りますね」
 特にジェフリーが。と、竜次はチラリと顔を覗いた。明日、情勢が大きく動くだろう。その覚悟を胸にした。

 一行は城で男女ごとの部屋を用意された。客間のような簡素な部屋だが、込み入った話をするには好都合だ。ここまで気を遣ってもらえたのはありがたい。
 サキは女性部屋からわざわざキッドを呼び出した。だが、ミティアまで興味を示してしまった。本当に仲良しだが、いつもこうだと、なかなか凝った会話を交わせない。
「どうしたのよ、あたしをご指名なんて」
 キッドの背中からミティアが覗いている。猫がご主人の様子をうかがうような、そんな可愛さにサキは驚かされた。
「あ、いえ、キッドさんにお話しておきたいことがありまして」
 キッドは顔をしかめた。一応聞く姿勢を示している。
「まぁいいわ、入って座りなさい」
 サキは女性部屋に招き入れられた。キッドだけを呼び出すはずが、招き入れられるとなるとあらぬ誤解を生みそうだ。一応周囲を気にしてから入室した。年上の女性二人と向かい合って座布団に座る。この緊張感は何だろうかとサキは息をのんだ。
「で、どうしたの?」
 キッドが要件を急かす。物事をはっきりしてほしい性格が表立った。
 ミティアもいるせいか、サキは話しづらそうにしている。
「えぇっと、キッドさんは、魔法に関する知識はないんですか?」
「ん、どういうこと?」
 質問に対し、キッドは目をぱちくりさせている。
「キッドさんはフィラノスにお住いだったと聞きました」
「まぁ、魔導士狩りに遭うまではね。それがどうしたの?」
「もしかして、ご家族に、魔法に秀でていた方はいませんでしたか?」
 キッドはサキの質問の意図をやっと理解した。単刀直入ではないが、つまりはキッドの『謎』に迫りたいようだ。キッドもこれは気になった。
「えーっと、あれってやっぱりあたしがやったの?」
 キッドのこの確認で、お互いが話したいものの合致がした。
「でも、キッドは魔法が使えないって言ってなかった? あれは魔法が消えちゃったみたいだったよね?」
 二人のやりとりを耳にして、ミティアも興味を抱いた。話の流れを何となく理解はしている様子だ。そのうえで、どうしても話に参加したいようだ。
 親友として一緒にいる。コンプレックスまで知っている。魔法が使えない、その才能がないとずっと劣等感を抱いていたのも理解している。ミティアはキッドの答えを待った。
「家族は……あたし以外は魔法を使えたわよ。母さんは魔法学校の教師、父さんは学者で大魔導士って言っていた気がするけど、もういないから」
「あれ? 弟さんは?」
 キッドはミティアに指摘を受ける。その言葉のせいか、サキを意識していた。
「いたけど、きっと死んだのよ。そう思うことにしたから……」
 キッドは感傷に浸らないようにし、流していた。あまり引きずらないようにしているようだ。
 ここまで聞いて、サキは物悲しげに俯いた。
「もしかしたら、本当に僕の、お姉ちゃん……じゃ、ないかなって」
「はぁ⁉」
 キッドが声を裏返し返し、仰け反って驚愕した。彼女の反応に、ミティアも息を飲んだ。この展開を予想していなかったからだ。
「あ、あのね、あんたのことを弟みたいとは言ったけど……」
 キッドは慌てふためいた。一度はそう言ったかもしれないが、サキが真に受けているとは思わなかった。
 サキは膝の上で拳を握りながら熱弁した。
「僕、昔のことを覚えていません。でも、本当のお姉ちゃんみたいな気がして、一方的に慕っていました。一緒にいてどこか懐かしくて、落ち着く感じがします。どうしても、それをお伝えしたくて……」
 キッドは動揺の一色だ。どうしたものかと、頬を指でカリカリとさせている。
 ミティアが二人の仲を疑った。
「キッドぉ、ちゃんとお返事しないと」
「べ、別に、慕うだけならかまわないわよ。あたしだって、最初は嫌だったけど、あんたが悪い子じゃないのはあの森でわかってるから」
「えー、慕うってそういうのなの?」
 せっかく歩み寄りを見せたキッドだが、ミティアが台無しにしている。
 キッドは額に手をつき、ため息をついた。
「もぉ、どこをどうしたらこの子が愛の告白をしてると思えるのよ?」
 キッドはミティアの頬を指でつついている。キッドは調子を狂わされた反撃をした。
「ミティアこそ、先生にべったりじゃない。先生のこと、好きなの?」
 目の前にサキがいるにも関わらず、見事な脱線から、女性特有の色恋話が始まってしまった。困惑するサキを目の前にしても、おかまいなしだ。
「せ、先生とはそういう感じじゃないよ?」
「そうかしら。先生、どう見てもミティアのこと好きだと思うわ?」
 キッドが積極的に攻め込む。ミティアは照れもしないし普通に笑っていた。本当に『その気』はないようだ。
 サキはこの話に黙っていられず、思わず口を挟んだ。
「僕はジェフリーさんが、ミティアさんを好きなのだと思っていました……」
 それを聞いたキッドは笑い飛ばし、馬鹿にした。
「あんな何考えてるかわかんない奴がぁ!? 絶対にないない」
 キッドは手の平をぱたぱたと扇いだ。
 その反応に、サキがニッコリとした。
「そうですよね? 僕はミティアさん、好きですよ?」
 無邪気な笑いが眩しい。いや、惑わされてはいけない。サキは爆弾発言をしている。
 キッドは立ち上がってサキを見下ろし、人差し指を突きつけた。
「あ、あんたまで何言ってんの? そんな年でミティアにコクるつもり?」
「そうですよー? まずは、お友だちからですけどね」
 キッドとサキは些細なことから喧嘩上等になってしまった。
「はぁ!? ミティア、こんな子の告白なんて絶対……」
「それって、サキさんがわたしを好きって意味ですか?」
 キッドが言いかけたのを押し退けて、ミティアはずいずいと前に出た。
 サキはミティアの反応を意外に思いながら、口角を上げてにこにこと笑う。
「僕、まだ会ってから短いですから、知らないことだらけですけどね?」
 聞いたミティアはサキの両手を持って、濁りのないまぶしい笑顔を見せた。
「うれしいです!!」
 キッドは立ったまま顔を引きつらせる。聞き間違いかと疑っていた。
「え、ちょっ、え? 嘘でしょ?」
 普通はこのタイミングで図々しい告白など断るに決まっている。キッドはそう考えていたのに、違っていた。
 サキは気持ちを受け取ってもらえたのに驚いていた。
「わわっ、いいんですか?」
「はい! よろしくお願いします? えっと、じゃあ、サキ!」
 ミティアはサキを『さん』づけではなく、呼び捨てにした。無邪気な彼女が可愛らしい。
「あぁぁ、えっとナシ! 絶対に認めないわ!」
 キッドは首を振りながら割って入った。だが、こうなったらサキも引き下がらない。
「じゃあ、親友さんに認めてもらえるように努力します!」
 言ってから、サキは年相応のあどけなさが残る笑顔を見せた。
「えへへー……」
「ダメダメ、そこまで! 離れなさいったら!!」
 キッドは強引に二人の手を解き、引き離した。
 引き裂かれたにも限らず、サキの顔はにやけていた。マイナスイオンでも浴びているかのようだ。
 一方で、ミティアは引き離されたことに不満そうだ。頬を膨らませている。
「わたしはうれしいからナシじゃないよ?」
「あーもぉ! あんたも、もう用が済んだらさっさと出て行きなさいって!」
 女子同士で揉み合いになっている。サキは喜びを噛み締めながら、部屋の戸に手をかけた。もう少しキッドの身の上話を聞きたかったが、それを凌ぐいい進展があったのだから、自然と機嫌がいい。
「今度、僕とデートしてくださいね!」
 サキはミティアの返事を待たず、一方的に言って女性部屋を去った。
 ミティアとじゃれ合うようになって、キッドが小言をぼやく。
「ミティア、モテ過ぎなんじゃ……」 
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