トレジャーキッズ

著:剣 恵真/絵・編集:猫宮 りぃ

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【2】疑惑

優しさと厳しさのカケヒキ

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 仲間からはぐれ、ミティアと竜次は二人で川岸を目指していた。ミティアは怪我をし、手当を受け、寒さ凌ぎに白衣を羽織っている。竜次はコンパスとペンライトを手に先導していた。
 鬱蒼とした森の中で仲間とはぐれるなど、場合によっては命の危機に晒される。幸いだったのは、この二人はすぐに合流できたことだ。孤独と死の恐怖に怯える極限では正確な判断ができない。
 湿った地面と草木、立ち込める靄のようなもの、時折動物の鳴き声がする。
 先を歩く竜次は足音が自分だけしかしない異変を察知し、振り返った。白衣を着たミティアが脇道を向いて茫然としている。
「ミティアさん!!」
 竜次に名前を呼ばれて、ミティアは背筋を伸ばしてビクッと反応した。本当にぼうっとしていたらしい。またはぐれては大変だ。竜次は足を戻し、彼女の手を取った。
「ご、ごめんなさい……」
 竜次に呼ばれ、ミティアは謝った。だが、自分から歩こうとはしない。
「どうしました?」
 個人の感情で歩調を乱されるのは困る。竜次は叱咤すべきかと思っていたが、ミティアは脇道を指さした。
「……かわい、そう」
 脇道には小さくて長い体をした小動物が蹲っていた。遭遇したのは茶色いイタチだ。しかも怪我をしている。竜次は深くため息をついた。ミティアが何を言いたいのか、理解したからだ。
「いけません」
「…………」
  当然ミティアはがっかりし、肩を落とした。竜次はかまわず手を引こうとする。だが、ミティアはこれに抵抗した。
「ミティアさん!」
「先生はお医者さんなのに……」
「あのですねぇ……」
  話が長くなりそうだ。竜次まで肩を落とした。長居をしては、こちらの体力も危うい。
「よく考えて。そんな余裕があると思いますか?」
 ただでさえ、はぐれてしまった仲間を見つけなくてはいけないのに。
 ミティアはじっと竜次を見上げる。フィラノスの薬屋で受けた注意を思い出していた。まるで家族を叱るような接し方に、眉をひそめている。
「もしあの動物が人を襲ったオオカミだったら、助けますか?」
 猛獣でも同情するのだろうか。竜次の質問に、ミティアは首を横に振った。だが、それも渋々というところ。ミティアは質問し返した。
「じゃあ、先生はわたしが怖い見た目をしていたら助けてくれますか?」
「えっ?」
 これは終わりのない屁理屈だ。嫌な予感を胸に、竜次は答える。
「そ、そりゃあ……大切な仲間ですから」
 答えながら竜次は『何かが違う』と思考を働かせる。これはもしかしなくても、らちが明かないかもしれないと思っていた。無理矢理にでもミティアが納得して先に進もうと思える答えを出さなくては。
「先生?」
 ミティアが呼ぶも、竜次はイタチに向かってゆっくりと歩み寄った。気になって仕方ないのなら、気にならないようにしなくては。
 イタチは腹部に怪我を負っている様子だったが、竜次が歩み寄ると身をびくつかせた。動ける様子だ。しかも威嚇している。
 竜次が刀の鞘を動かすと、イタチは茂みに消えて行った。野生動物は手を加えず、自然に返すべきだというのが考えだ。それに、いつまでも視界に入れたままではミティアが突拍子のない行動をするかもしれないと思っていた。
「怪我をしていましたが、元気に威嚇していましたね。下手に手を出して、噛みつかれたり、引っかかれたりしたら怪我だけでは済まないかもしれません。野生の動物は、どんな病原菌を持っているのかわかりませんからね」
 ミティアは残念がった。彼女の考えは、手当てをして自然に返してあげたかったのだ。
「ミティアさんは禁忌の魔法が使える。この意味がわかりますか?」
 あまりにミティアが納得しないので、竜次が手を取って厳しく言い聞かせた。
「まだ詳しいことはわかっていませんが、その魔法は動物の怪我も癒せるのかもしれません。もしそうだったら、その反動でミティアさんが……」
 竜次はあえて続きを口にしなかった。ただでさえ今は心身に余裕がない。この状況で不吉な言葉は不安を煽るだけだと塞ぎ込んだ。ミティアはこれで理解してくれるだろうかと、祈るような気持だった。
「ごめんなさい。気をつけます」
 竜次の言葉に、ミティアは重大なことを思い出した。最悪、自分が死ぬかもしれないというリスクだ。真摯に受け止めて、今にも泣き出してしまいそうだ。だが、それは一瞬だった。唇を噛み締め、竜次から手を解いた。拳を作って訴えるように力強く言う。
「わたし、まだ死にたくないです」
 ミティアの言葉は、『今が充実している』と思っているからだ。自分のせいで、皆を巻き込んでいる。それでも、目に見えない何かが築かれていくこのときが、かけがえのないものだと感じていた。もちろん、このやりとりも例外ではない。
 言われた竜次は複雑な思いを抱いていた。それは表情にも、声にも出てしまう。
「そ、そうですね。慎重にならないと……」
「慎重に……?」
「い、いえ、何でもありません。先に進みましょう?」
 竜次は笑ってごまかした。今、言葉の真意を汲み取られては困るからだ。先に進もうと促した。ミティアは白衣を寄せ、あとをついて歩いた。

 竜次は歩きながら胸の中の葛藤と戦っていた。
 自分はただ、ジェフリーの保護者としてついて来たわけではない。今はきちんとした理由がある。しかも、仲間に対するうしろめたさが強い理由だ。
 竜次が理由の変化に気がついたのは、ミティアが自分の過去を聞いてくれたこと。代わりに泣いてくれたことが大きかった。
 自分のために涙を流してくれる。それがどんなにうれしかっただろう。
 もうこんな『想い』は抱かないと思っていた。

 追い込まれていた状況から、勘違いかもしれない。それでも、変わってしまった気持ちに偽りはなかった。
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