8 / 56
【2】疑惑
サルベーション
しおりを挟む
「おい、聞いたか? あの王様崩れ、ここで働くんだってさ」
「ちょっと顔がいいからって、何でも許されると思ってるんじゃない?」
「ここでも『未遂』を起こすつもりか。面倒だな」
ひそひそと小言が耳に入ったのは、ここで働くと挨拶をし、借家に向かう途中だった。
自分は家族にも、国にも迷惑をかけた。
これは罰だ。『生きてしまった』のだから、我慢するしかない。この先もずっと白い目で見られ続ける。さぞ肩身の狭い思いをするのだろうと覚悟をしていた。
借家には先に荷物が行っているはずだ。荷を解いて、気持ちを落ち着かせよう。
多忙が予想されるとは聞いていたので大きな間取りではない。最低限に寝られたら、それでいい。古くて安い借家だ。扉の前でポケットの鍵を探った。やっと探り当てた鍵を鍵穴に入れようとすると、扉が勝手に開いた。立てつけが悪いのだろうか。いや、中から人の気配がする。
思い切って扉を開くと、テーブルの上にはランタンがあり、部屋は明るい。金髪を結った男が部屋の隅から振り返り、目が合った。男は紙袋と雑巾を手にしている。
「あ、空き巣……というか、もしかして泥棒!?」
大声を上げるも、男は平然としてその場から動かない。肝が据わっているのか、泥棒という自覚がない天然か。男はじっと見たまま何度か瞬いた。憤慨しながら歩み寄るが、抵抗する様子はまったくない。男が持っている袋の中からは洗剤が見えた。泥棒にしては持っているものが奇妙だ。男が目を合わせたまま口角を上げる。
「かっこいいピアスはしてるし、大声は出るし、元気そうだな」
男は左耳の三日月のピアスを指さした。この男、目つきは悪いが、見覚えがある。正確には面影を感じたのかもしれない。思い出したが、この街の剣術学校には弟がいたはずだ。まさかと思って愛称を口にした。
「もしかして……ジェフ?」
男はニッと歯を見せて脇を抜けた。弟のジェフリーで正解のようだ。目で追うと、閉めた扉に大きな文字が見えた。
『国に帰れ』
『死ね!』
『消えろ!』
陰湿ないたずら書きだ。いや、これはいたずらを通り越して……
「カッコ悪いよな。いい『大人』がすることじゃない。ま、医者が死ねだなんて言わないだろうから、街の人かもしれないな」
ジェフリーは壁際でキョロキョロとしている。足もとには大きな剣と荷物があった。ここは一人用の借家だ。まさかと思っていると、ジェフリーから質問をされた。
「なぁ、バケツは外か? コイツは消しておかないと気になって仕方ない」
「え? えぇ、たぶん……」
ジェフリーはさっさと部屋を出て行った。借りたばかりで設備の確認もしていない。部屋を見渡すと、部屋の隅も机の上も擦ってあり、一部だけが綺麗になっている。自分に向けられた誹謗の文字を消してくれたようだ。まだ手がついていない小さく『死ね』と書かれた文字を指でなぞる。
「本当に死んじゃってもよかったんですけどね……」
乾いた笑いが込み上げる。『ひとり』だったら、きっとこうは思わなかった。
また、誰もが求める『いい子』を演じなくてはいけないらしい。笑いながら肩を落とした。
陰湿ないじめや誹謗中傷なら慣れている。本来は、慣れてはいけないのかもしれない。『助けてくれ』と声を上げないといけない。それでも、声は上げられなかった。抑え込むしかなかった。ひたすら耐えて、できるだけ反応しないようにした。相手が飽きるのをひたすら待った。
人を殺したわけではない。ものを盗んだわけでもない。
たった一度、『自由』を求めた。
それだけだった。
なのに……
「ちょっと顔がいいからって、何でも許されると思ってるんじゃない?」
「ここでも『未遂』を起こすつもりか。面倒だな」
ひそひそと小言が耳に入ったのは、ここで働くと挨拶をし、借家に向かう途中だった。
自分は家族にも、国にも迷惑をかけた。
これは罰だ。『生きてしまった』のだから、我慢するしかない。この先もずっと白い目で見られ続ける。さぞ肩身の狭い思いをするのだろうと覚悟をしていた。
借家には先に荷物が行っているはずだ。荷を解いて、気持ちを落ち着かせよう。
多忙が予想されるとは聞いていたので大きな間取りではない。最低限に寝られたら、それでいい。古くて安い借家だ。扉の前でポケットの鍵を探った。やっと探り当てた鍵を鍵穴に入れようとすると、扉が勝手に開いた。立てつけが悪いのだろうか。いや、中から人の気配がする。
思い切って扉を開くと、テーブルの上にはランタンがあり、部屋は明るい。金髪を結った男が部屋の隅から振り返り、目が合った。男は紙袋と雑巾を手にしている。
「あ、空き巣……というか、もしかして泥棒!?」
大声を上げるも、男は平然としてその場から動かない。肝が据わっているのか、泥棒という自覚がない天然か。男はじっと見たまま何度か瞬いた。憤慨しながら歩み寄るが、抵抗する様子はまったくない。男が持っている袋の中からは洗剤が見えた。泥棒にしては持っているものが奇妙だ。男が目を合わせたまま口角を上げる。
「かっこいいピアスはしてるし、大声は出るし、元気そうだな」
男は左耳の三日月のピアスを指さした。この男、目つきは悪いが、見覚えがある。正確には面影を感じたのかもしれない。思い出したが、この街の剣術学校には弟がいたはずだ。まさかと思って愛称を口にした。
「もしかして……ジェフ?」
男はニッと歯を見せて脇を抜けた。弟のジェフリーで正解のようだ。目で追うと、閉めた扉に大きな文字が見えた。
『国に帰れ』
『死ね!』
『消えろ!』
陰湿ないたずら書きだ。いや、これはいたずらを通り越して……
「カッコ悪いよな。いい『大人』がすることじゃない。ま、医者が死ねだなんて言わないだろうから、街の人かもしれないな」
ジェフリーは壁際でキョロキョロとしている。足もとには大きな剣と荷物があった。ここは一人用の借家だ。まさかと思っていると、ジェフリーから質問をされた。
「なぁ、バケツは外か? コイツは消しておかないと気になって仕方ない」
「え? えぇ、たぶん……」
ジェフリーはさっさと部屋を出て行った。借りたばかりで設備の確認もしていない。部屋を見渡すと、部屋の隅も机の上も擦ってあり、一部だけが綺麗になっている。自分に向けられた誹謗の文字を消してくれたようだ。まだ手がついていない小さく『死ね』と書かれた文字を指でなぞる。
「本当に死んじゃってもよかったんですけどね……」
乾いた笑いが込み上げる。『ひとり』だったら、きっとこうは思わなかった。
また、誰もが求める『いい子』を演じなくてはいけないらしい。笑いながら肩を落とした。
陰湿ないじめや誹謗中傷なら慣れている。本来は、慣れてはいけないのかもしれない。『助けてくれ』と声を上げないといけない。それでも、声は上げられなかった。抑え込むしかなかった。ひたすら耐えて、できるだけ反応しないようにした。相手が飽きるのをひたすら待った。
人を殺したわけではない。ものを盗んだわけでもない。
たった一度、『自由』を求めた。
それだけだった。
なのに……
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説

スライムすら倒せない底辺冒険者の俺、レベルアップしてハーレムを築く(予定)〜ユニークスキル[レベルアップ]を手に入れた俺は最弱魔法で無双する
カツラノエース
ファンタジー
ろくでもない人生を送っていた俺、海乃 哲也は、
23歳にして交通事故で死に、異世界転生をする。
急に異世界に飛ばされた俺、もちろん金は無い。何とか超初級クエストで金を集め武器を買ったが、俺に戦いの才能は無かったらしく、スライムすら倒せずに返り討ちにあってしまう。
完全に戦うということを諦めた俺は危険の無い薬草集めで、何とか金を稼ぎ、ひもじい思いをしながらも生き繋いでいた。
そんな日々を過ごしていると、突然ユニークスキル[レベルアップ]とやらを獲得する。
最初はこの胡散臭過ぎるユニークスキルを疑ったが、薬草集めでレベルが2に上がった俺は、好奇心に負け、ダメ元で再びスライムと戦う。
すると、前までは歯が立たなかったスライムをすんなり倒せてしまう。
どうやら本当にレベルアップしている模様。
「ちょっと待てよ?これなら最強になれるんじゃね?」
最弱魔法しか使う事の出来ない底辺冒険者である俺が、レベルアップで高みを目指す物語。
他サイトにも掲載しています。

転生の際に抵抗したらオッサンに転生しちゃったので、神様に頼んで何とかして貰いました。
武雅
ファンタジー
突然の雷に打たれて死んでしまったらしい。
打たれた瞬間目の前が真っ白になり、視界が戻るとそこは神様が作った空間だった。
どうやら神様が落とした雷の狙いが外れ自分に直撃したらしく転生をさせてくれるとの事。
とりあえずチート能力はもらえる様なので安心してたら異世界へ転生させる方法が…。
咄嗟に抵抗をするもその結果、タイミングがズレてまさかの小汚く体形もダルンダルンの中年転生してしまった…。
夢のチートでハーレム生活を夢見ていたのに、どう考えても女の子に近づこうとしても逃げられんじゃね?
ただ抵抗した事で神様の都合上、1年間はある意味最強のチート状態になったのでその間に何とかしよう。
そんな物語です。
※本作は他の作品を作っている時に思い付き冒頭1万文字ぐらい書いて後、続きを書かず眠っていた作品を消化する一環で投稿させて頂きました。
…冒頭だけ書いた作品が溜まり過ぎたので今後も不定期でチョイチョイ消化させて頂きます。
完結まで作成しておりますので毎日投降させて頂きます。
稚作ではございますがお読み頂ければ幸いでございます。
2回目の人生は異世界で
黒ハット
ファンタジー
増田信也は初めてのデートの待ち合わせ場所に行く途中ペットの子犬を抱いて横断歩道を信号が青で渡っていた時に大型トラックが暴走して来てトラックに跳ね飛ばされて内臓が破裂して即死したはずだが、気が付くとそこは見知らぬ異世界の遺跡の中で、何故かペットの柴犬と異世界に生き返った。2日目の人生は異世界で生きる事になった
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

貧弱の英雄
カタナヅキ
ファンタジー
この世界では誰もが生まれた時から「異能」と「レベル」呼ばれる能力を身に付けており、人々はレベルを上げて自分の能力を磨き、それに適した職業に就くのが当たり前だった。しかし、山奥で捨てられていたところを狩人に拾われ、後に「ナイ」と名付けられた少年は「貧弱」という異能の中でも異質な能力を身に付けていた。
貧弱の能力の効果は日付が変更される度に強制的にレベルがリセットされてしまい、生まれた時からナイは「レベル1」だった。どれだけ努力してレベルを上げようと日付変わる度にレベル1に戻ってしまい、レベルで上がった分の能力が低下してしまう。
自分の貧弱の技能に悲観する彼だったが、ある時にレベルを上昇させるときに身に付ける「SP」の存在を知る。これを使用すれば「技能」と呼ばれる様々な技術を身に付ける事を知り、レベルが毎日のようにリセットされる事を逆に利用して彼はSPを溜めて数々の技能を身に付け、落ちこぼれと呼んだ者達を見返すため、底辺から成り上がる――
※修正要請のコメントは対処後に削除します。
【書籍化進行中、完結】私だけが知らない
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始

その狂犬戦士はお義兄様ですが、何か?
行枝ローザ
ファンタジー
美しき侯爵令嬢の側には、強面・高背・剛腕と揃った『狂犬戦士』と恐れられる偉丈夫がいる。
貧乏男爵家の五人兄弟末子が養子に入った魔力を誇る伯爵家で彼を待ち受けていたのは、五歳下の義妹と二歳上の義兄、そして王都随一の魔術後方支援警護兵たち。
元・家族の誰からも愛されなかった少年は、新しい家族から愛されることと癒されることを知って強くなる。
これは不遇な微魔力持ち魔剣士が凄惨な乳幼児期から幸福な少年期を経て、成長していく物語。
※見切り発車で書いていきます(通常運転。笑)
※エブリスタでも同時連載。2021/6/5よりカクヨムでも後追い連載しています。
※2021/9/15けっこう前に追いついて、カクヨムでも現在は同時掲載です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる