7 / 56
【1】変わるきっかけ
偽りの感謝
しおりを挟む
ミティアはキッドに連れられ、宿に戻った。キッドに泣き顔を何とかしようと誘われ、大浴場へ向かう。
脱衣所でミティアは自身のポーチに見慣れない金属のチェーンを目にし、摘み出した。チェーンを手繰り寄せると、金色をした立派な懐中時計だった。手に取ってじっと見つめる。
「これって、時計……だよね?」
蓋がついているが、秒針が時を刻む心地よい音がする。
キッドは時計を見て、表情を強張らせた。
「魔法学校で成績がいい子がもらえたものだと思う……」
キッドはこの懐中時計を知っている様子だ。ミティアはかまわず時計を眺めていた。
「この蓋の透かし、綺麗だね。お花かな?」
「鈴蘭……」
「うん?」
「フィラノスのシンボルフラワーよ」
言ってからキッドは、懐中時計を手に取った。
「あんまりじろじろ見るものじゃないわ。あとで先生に相談しましょ」
「う、うん……」
キッドの様子がおかしい。ミティアは頷きはしたが、疑問を抱いた。親友の知らない一面を見てしまったからだ。
上着を脱ぎながらキッドは別の話を振った。
「先生ならきっと大丈夫よ。だってあんなに強いじゃない」
「そ、そうだね……」
ミティアは浮かない顔をしながら頷いた。もちろん逃がしてくれた竜次も心配だった。だが、ミティアはフィラノスに来てから、キッドの変化が気になっていた。
大浴場の洗い場で、ミティアは魔法使いの男の子にぶつかった一部始終をキッドに話した。これを聞いたキッドはひどく呆れた。
「なーーーにそのラブコメ。馬鹿みたい」
キッドに馬鹿にされ、ミティアは落ち込んだ。真面目に話したのに、こんな反応をされると恥ずかしい。
「あうー……わたしが悪いの。ちゃんと前見てなかったし、その人は悪くなくて」
「あのねぇ、男の人だったんでしょ? もっと気をつけなさい。変なことされたらどうするのよ」
「変なことって?」
キッドは説明するよりも実際の行動で示した。
「こういうことよ!」
「ひゃあぁーっ……わぅ……あぁっ!!」
裸のじゃれ合いだ。キッドに乳を鷲掴みにされたミティアが、顔を赤くしながら叫んだ。この行動は大浴場に居合わせたほかの女性たちにも注目された。
幸いにも、くすくすと笑われた程度で済んだ。今度同じことをしたら、出て行けと摘み出されるかもしれない。二人は意識をあらためた。
薄黄緑色に濁った湯は、疲れた体に染みる。身体によさそうな薬草の香りがした。大きな浴槽は、足が伸ばせて気持ちがいい。
キッドが深いため息をつきながら肩まで浸かる。その顔は物悲しそうだった。
「ミティアは平気なんだね」
「平気って?」
「いや、まぁ、あたしは一人だからいいけど、ミティアは帰る場所がないのに大丈夫なんだなって」
キッドが言うように、ミティアは帰る場所も肉親も亡くしているはずだがいつまでも引きずらない。ミティアはその理由を話した。
「わたしは全部が悪いことだったとは思えないの」
「ねぇ、人が死んだのよ?」
キッドは眉をひそめる。親友が何を考えているのか、わからないからだ。
「もしかして、今の方が楽しいと思ってる?」
「そ、そんなこと、ないよ……」
二人の付き合いは十年ほど。村の中では、年が同じくらいの人はいなかった。
村には、狭く限られたコミュニティしかなかった。外部からの接触が少ないせいだ。そこにあるものが正しく、当たり前だと思い込んでいた。キッドはそれはよくないと思いながら、ずっと切り替えきれずにいた。
キッドはミティアが外の世界に触れ、刺激を受けて変わるのが不安だった。『知らない人』になってしまうのではないかと、おそれていた。
「あいつに何かされたの? まさか殴られたり、乱暴された?」
ミティアが大きく変わってしまったのはジェフリーのせいだ。キッドの観点から原因は彼しか思い当たらない。
ミティアは強い口調で否定した。
「ジェフリーさんは、そんなことしない」
「じゃあ何で泣いたの?」
「あれはわたしが悪かったんだもの。ジェフリーさんを傷つけちゃった。それが、申し訳なくて」
キッドはまたも呆れてしまった。ミティアが泣いていた理由が予想を大きく外れたからだ。彼女の考えや言動に驚くのは今に始まったことではない。だが、最近の目まぐるしい変化には驚かされてばかりだ。
「あいつは悪くない。ミティアが泣いていた理由もあいつじゃない。そっか……」
ミティアが誰かを悪く言っているところを知らないし、聞いた覚えもない。いつも自分が悪いと言ってその場をやりすごそうとする。そのせいで、村の人たちの罵声を受けたのかもしれない。キッドはぼんやりと考えていた。
ミティアは気を遣っているのか、キッドの手を握って言う。
「キッドもわたしの前では泣いていいよ」
「そ、そう簡単に泣かないわよ」
強がっているのはキッド自身でも理解している。弱さを見せてはいけないと、脆い自分を偽っていた。少しでも脆さを見せてしまったら、つけ入られてしまうかもしれない。これからも注意しなくては。
――優しい。
キッドはそう思っている。握っている手は微かに震えていた。
ミティアの笑顔の下では闇が燻ぶっていた。
『もしかして、今の方が楽しいと思ってる?』
そんなことないと、嘘をついた。今が楽しいと思っていた。正確には、今の方がましだと思っていた。
ミティアは『生きてちゃいけない命なんてない』と言ってくれたジェフリーに出会って、変わりたいと思った。親友よりも、彼に縋っていた。
これは偽りの感謝かもしれない。
それでも今は、共に歩んでくれる親友に感謝をしている。
天井を仰ぐと見える、儚く消える湯気のように、嫌なものはすぐに消えてしまったらどんなに楽だろうか。自分の目で自分を知ることは、本当の心と向き合う怖い言葉だと感じた。
脱衣所でミティアは自身のポーチに見慣れない金属のチェーンを目にし、摘み出した。チェーンを手繰り寄せると、金色をした立派な懐中時計だった。手に取ってじっと見つめる。
「これって、時計……だよね?」
蓋がついているが、秒針が時を刻む心地よい音がする。
キッドは時計を見て、表情を強張らせた。
「魔法学校で成績がいい子がもらえたものだと思う……」
キッドはこの懐中時計を知っている様子だ。ミティアはかまわず時計を眺めていた。
「この蓋の透かし、綺麗だね。お花かな?」
「鈴蘭……」
「うん?」
「フィラノスのシンボルフラワーよ」
言ってからキッドは、懐中時計を手に取った。
「あんまりじろじろ見るものじゃないわ。あとで先生に相談しましょ」
「う、うん……」
キッドの様子がおかしい。ミティアは頷きはしたが、疑問を抱いた。親友の知らない一面を見てしまったからだ。
上着を脱ぎながらキッドは別の話を振った。
「先生ならきっと大丈夫よ。だってあんなに強いじゃない」
「そ、そうだね……」
ミティアは浮かない顔をしながら頷いた。もちろん逃がしてくれた竜次も心配だった。だが、ミティアはフィラノスに来てから、キッドの変化が気になっていた。
大浴場の洗い場で、ミティアは魔法使いの男の子にぶつかった一部始終をキッドに話した。これを聞いたキッドはひどく呆れた。
「なーーーにそのラブコメ。馬鹿みたい」
キッドに馬鹿にされ、ミティアは落ち込んだ。真面目に話したのに、こんな反応をされると恥ずかしい。
「あうー……わたしが悪いの。ちゃんと前見てなかったし、その人は悪くなくて」
「あのねぇ、男の人だったんでしょ? もっと気をつけなさい。変なことされたらどうするのよ」
「変なことって?」
キッドは説明するよりも実際の行動で示した。
「こういうことよ!」
「ひゃあぁーっ……わぅ……あぁっ!!」
裸のじゃれ合いだ。キッドに乳を鷲掴みにされたミティアが、顔を赤くしながら叫んだ。この行動は大浴場に居合わせたほかの女性たちにも注目された。
幸いにも、くすくすと笑われた程度で済んだ。今度同じことをしたら、出て行けと摘み出されるかもしれない。二人は意識をあらためた。
薄黄緑色に濁った湯は、疲れた体に染みる。身体によさそうな薬草の香りがした。大きな浴槽は、足が伸ばせて気持ちがいい。
キッドが深いため息をつきながら肩まで浸かる。その顔は物悲しそうだった。
「ミティアは平気なんだね」
「平気って?」
「いや、まぁ、あたしは一人だからいいけど、ミティアは帰る場所がないのに大丈夫なんだなって」
キッドが言うように、ミティアは帰る場所も肉親も亡くしているはずだがいつまでも引きずらない。ミティアはその理由を話した。
「わたしは全部が悪いことだったとは思えないの」
「ねぇ、人が死んだのよ?」
キッドは眉をひそめる。親友が何を考えているのか、わからないからだ。
「もしかして、今の方が楽しいと思ってる?」
「そ、そんなこと、ないよ……」
二人の付き合いは十年ほど。村の中では、年が同じくらいの人はいなかった。
村には、狭く限られたコミュニティしかなかった。外部からの接触が少ないせいだ。そこにあるものが正しく、当たり前だと思い込んでいた。キッドはそれはよくないと思いながら、ずっと切り替えきれずにいた。
キッドはミティアが外の世界に触れ、刺激を受けて変わるのが不安だった。『知らない人』になってしまうのではないかと、おそれていた。
「あいつに何かされたの? まさか殴られたり、乱暴された?」
ミティアが大きく変わってしまったのはジェフリーのせいだ。キッドの観点から原因は彼しか思い当たらない。
ミティアは強い口調で否定した。
「ジェフリーさんは、そんなことしない」
「じゃあ何で泣いたの?」
「あれはわたしが悪かったんだもの。ジェフリーさんを傷つけちゃった。それが、申し訳なくて」
キッドはまたも呆れてしまった。ミティアが泣いていた理由が予想を大きく外れたからだ。彼女の考えや言動に驚くのは今に始まったことではない。だが、最近の目まぐるしい変化には驚かされてばかりだ。
「あいつは悪くない。ミティアが泣いていた理由もあいつじゃない。そっか……」
ミティアが誰かを悪く言っているところを知らないし、聞いた覚えもない。いつも自分が悪いと言ってその場をやりすごそうとする。そのせいで、村の人たちの罵声を受けたのかもしれない。キッドはぼんやりと考えていた。
ミティアは気を遣っているのか、キッドの手を握って言う。
「キッドもわたしの前では泣いていいよ」
「そ、そう簡単に泣かないわよ」
強がっているのはキッド自身でも理解している。弱さを見せてはいけないと、脆い自分を偽っていた。少しでも脆さを見せてしまったら、つけ入られてしまうかもしれない。これからも注意しなくては。
――優しい。
キッドはそう思っている。握っている手は微かに震えていた。
ミティアの笑顔の下では闇が燻ぶっていた。
『もしかして、今の方が楽しいと思ってる?』
そんなことないと、嘘をついた。今が楽しいと思っていた。正確には、今の方がましだと思っていた。
ミティアは『生きてちゃいけない命なんてない』と言ってくれたジェフリーに出会って、変わりたいと思った。親友よりも、彼に縋っていた。
これは偽りの感謝かもしれない。
それでも今は、共に歩んでくれる親友に感謝をしている。
天井を仰ぐと見える、儚く消える湯気のように、嫌なものはすぐに消えてしまったらどんなに楽だろうか。自分の目で自分を知ることは、本当の心と向き合う怖い言葉だと感じた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説

ジミート チート神を探して神々の森へ 追放されし三人の勇者故郷を救え!
二廻歩
ファンタジー
冒険・旅・RPG・レトロ・ただの女・好きな人集まれ!
火遊びで村を追い出されたカンはチートを授かろうと当てもなくさまよう。
道中二人の仲間と出会い行動を共にする。
神が住まいし地、神々の森を目指し三人は旅を開始する。
少女プラスティ―の不気味な予言。
三人は強大な敵の恐ろしい陰謀に巻き込まれてしまう。
果たして村は世界はどうなってしまうのか?
終わりなきサイクルの果てに訪れる世界の秘密に迫る新たな夜明け。
村に残してきた幼馴染のアル―とちょっぴり嫉妬深いヒロインのプラスティ―。
絶望の中で迷いに迷いついに答えを出すカン。どちらの愛が勝つのか?
物語は最終目的地である伝説の地イスラへ。
イスラ・オブ・ドリーム

スライムすら倒せない底辺冒険者の俺、レベルアップしてハーレムを築く(予定)〜ユニークスキル[レベルアップ]を手に入れた俺は最弱魔法で無双する
カツラノエース
ファンタジー
ろくでもない人生を送っていた俺、海乃 哲也は、
23歳にして交通事故で死に、異世界転生をする。
急に異世界に飛ばされた俺、もちろん金は無い。何とか超初級クエストで金を集め武器を買ったが、俺に戦いの才能は無かったらしく、スライムすら倒せずに返り討ちにあってしまう。
完全に戦うということを諦めた俺は危険の無い薬草集めで、何とか金を稼ぎ、ひもじい思いをしながらも生き繋いでいた。
そんな日々を過ごしていると、突然ユニークスキル[レベルアップ]とやらを獲得する。
最初はこの胡散臭過ぎるユニークスキルを疑ったが、薬草集めでレベルが2に上がった俺は、好奇心に負け、ダメ元で再びスライムと戦う。
すると、前までは歯が立たなかったスライムをすんなり倒せてしまう。
どうやら本当にレベルアップしている模様。
「ちょっと待てよ?これなら最強になれるんじゃね?」
最弱魔法しか使う事の出来ない底辺冒険者である俺が、レベルアップで高みを目指す物語。
他サイトにも掲載しています。


ぽっちゃりおっさん異世界ひとり旅〜目指せSランク冒険者〜
ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
酒好きなぽっちゃりおっさん。
魔物が跋扈する異世界で転生する。
頭で思い浮かべた事を具現化する魔法《創造魔法》の加護を貰う。
《創造魔法》を駆使して異世界でSランク冒険者を目指す物語。
※以前完結した作品を修正、加筆しております。
完結した内容を変更して、続編を連載する予定です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

その狂犬戦士はお義兄様ですが、何か?
行枝ローザ
ファンタジー
美しき侯爵令嬢の側には、強面・高背・剛腕と揃った『狂犬戦士』と恐れられる偉丈夫がいる。
貧乏男爵家の五人兄弟末子が養子に入った魔力を誇る伯爵家で彼を待ち受けていたのは、五歳下の義妹と二歳上の義兄、そして王都随一の魔術後方支援警護兵たち。
元・家族の誰からも愛されなかった少年は、新しい家族から愛されることと癒されることを知って強くなる。
これは不遇な微魔力持ち魔剣士が凄惨な乳幼児期から幸福な少年期を経て、成長していく物語。
※見切り発車で書いていきます(通常運転。笑)
※エブリスタでも同時連載。2021/6/5よりカクヨムでも後追い連載しています。
※2021/9/15けっこう前に追いついて、カクヨムでも現在は同時掲載です。
異世界転生、防御特化能力で彼女たちを英雄にしようと思ったが、そんな彼女たちには俺が英雄のようだ。
Mです。
ファンタジー
異世界学園バトル。
現世で惨めなサラリーマンをしていた……
そんな会社からの帰り道、「転生屋」という見慣れない怪しげな店を見つける。
その転生屋で新たな世界で生きる為の能力を受け取る。
それを自由イメージして良いと言われた為、せめて、新しい世界では苦しまないようにと防御に突出した能力をイメージする。
目を覚ますと見知らぬ世界に居て……学生くらいの年齢に若返っていて……
現実か夢かわからなくて……そんな世界で出会うヒロイン達に……
特殊な能力が当然のように存在するその世界で……
自分の存在も、手に入れた能力も……異世界に来たって俺の人生はそんなもん。
俺は俺の出来ること……
彼女たちを守り……そして俺はその能力を駆使して彼女たちを英雄にする。
だけど、そんな彼女たちにとっては俺が英雄のようだ……。
※※多少意識はしていますが、主人公最強で無双はなく、普通に苦戦します……流行ではないのは承知ですが、登場人物の個性を持たせるためそのキャラの物語(エピソード)や回想のような場面が多いです……後一応理由はありますが、主人公の年上に対する態度がなってません……、後、私(さくしゃ)の変な癖で「……」が凄く多いです。その変ご了承の上で楽しんで頂けると……Mです。の本望です(どうでもいいですよね…)※※
※※楽しかった……続きが気になると思って頂けた場合、お気に入り登録……このエピソード好みだなとか思ったらコメントを貰えたりすると軽い絶頂を覚えるくらいには喜びます……メンタル弱めなので、誹謗中傷てきなものには怯えていますが、気軽に頂けると嬉しいです。※※
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる