トレジャーキッズ

著:剣 恵真/絵・編集:猫宮 りぃ

文字の大きさ
上 下
6 / 56
【1】変わるきっかけ

嘘と真実と友だちと仲間

しおりを挟む
 ついに、体裁を繕わなくなった、というよりも。

 ふっきったか?と、当たり前のように執務室に入ってきた体格の良い男を見上げてスレインは疲れた顔になる。この男が来ると、女性たちは色めき立つが、目的が分かっているからその目が厳しいものになるのも知っている。
 まあ幸い、この中ではそれほど目立った動きはないが、他の部署が絡んだときに、リラがやりづらそうにしていることが出てきていた。仕事に私情を挟むのはいかがなものかと思うが、おそらくそう言ったものたちは、職場を結婚への足掛かり程度に考えているのだろう。だからなおさら、リラにはその考えが思い浮かびもしないから、苦労しているのはわかる。
 わかるのだが。


 この目立って仕方ない、リラの視線が向けられていないときにはリラに近づくものを威嚇するような顔をする男。ふっきるにはふっきるなりの行動を起こしたのだろうが。
 その割に、リラの方に変化がなさすぎる。
 またきれいさっぱり、聞かなかったことにしたのか、思い切りよく勘違いをしたのか。


 うちみたいに吹けば飛ぶような家の人間に関わっても、美味しくはないんですけどねぇ、なんて言ってたな、とふと思い出す。
 いや、正直、リラがわかっていないだけでシェフィールド家とお近づきになりたい人間は履いて捨てるほどいる。どうにかしてその能力を発揮してもらいたいのに、揃いも揃って程々目立たず、昇進の話は素通りしながら来ているのだ。



「主任」


 不意に呼ばれ、スレインが顔を上げれば、リラが目の前に立っていて。そのすぐ脇には、目を疑うような顔をしたローランドがいる。いやもう、だんだんこんなもんだと見慣れてきているのが恐ろしいが。
 声も、仕草も、何もかもが目に入れても痛くない、孫を愛でるおじいちゃんか、と少しずれたツッコミを入れたくなるのは、ひたすらリラの方に自覚がないからで。
「今日、お昼ご一緒するお約束だったんですけど…」
「あ?ああああ、いい、いい」
 リラがその言葉を口にした瞬間、背筋を嫌な汗が流れた。いや、比喩ではなく。しかも一気に体感温度が下がったようで。氷の騎士様が、本当に氷のような視線を向けてくるのだからたまらない。
「またの機会」
「いや、気にするな。リラ、気にするんじゃんない」
 そして、余計なことは口にするな。
 たまには食堂で飯でも、と、話していたのだが。迂闊だった。いくらローランドがリラをみそめる前の約束だったとしても、何か理由をつけてナシにしておけばよかった。


 いや、こんなことをしていたらリラの交友関係がどんどん制限されていくわけで。
 独占欲、なのだろうが。それはリラにとっては良いことではないと、早い段階で気づいて欲しいものだと思う。命が大事だから、とっさに逃げ腰になってしまうけれど。







 やけに焦った様子のスレインに押し出されるように送り出され、リラは困った顔でローランドを見上げた。

 今日は食堂の予定だったから、お弁当がない。そして、食堂のような場所なら百歩譲って構わないが、不特定多数に提供されるものではなく、リラが食べることを前提として作られたものは、口にするなと、さんざん言われているワケで。


「あの、せっかく作ってきてくださったってことなんですが、申し訳ないので、売店で何か、買ってきます」
「何を言っている?食べてもらえた方がありがたい。申し訳ないというなら、食べてもらいたいものだが」
 申し訳なさの方向性が違うだろう、とローランドが思ったのは当然だな、とリラも思う。
 困惑顔のリラを見下ろしながら、ふと思い出す。先日、リラの口に手ずから食べ物を入れたときに、リラが友人から叱られていたこと。魔力譲渡は、身内以外から受けないように言いつけられていると釘を刺されたこと。
「何か理由が?」
 尋ねるローランドの目が不安そうなのを見てとって、リラは目を逸らす。
 この人のどの辺が、氷のようだというのだろう。
 ずっと答えを待っている様子に、諦めてリラは、その理由を口にする。別に秘密にしている話でもないし、知っている人も多い。
「わたしが口にするものに毒を仕込まれたことがあって。それで、口に入れるものは、不自由に感じない程度に、注意を受けていて」
「なっ」
 いくつもの感情が一度に湧き上がって、ローランドは言葉にならない。
 リラに、毒を盛る輩がいた?
 そいつを生まれてきたことを後悔するほどに…いや、何より、オレがそんなことをするわけがないだろうっっっ!


 という心の中で吹き荒れる叫びにリラが気づくはずもなく。
 なので、買ってきます、とどこかに向かおうとするリラの手首を握り、その細さに驚きながら、流れるようにローランドは腰を引き寄せる。
「え?」
 驚いた顔でぽかんと見上げるリラを、物陰の壁に押しつけた。
「魔力譲渡でなければ、良いんだな」
「へ?」
 何を、と聞き返す前に、壁に縫い付けられたリラの唇に柔らかいものが触れる。なんで、と問いかけることもできない。
 どこで何のスイッチが入った、この人!
 あまりにも唐突ではた迷惑な熱量で、頭がくらくらする。そもそも不慣れなのだから、やめて欲しい。

 もがこうとしても、相手は騎士。かなうはずもなく。
 逆に今まで肩透かしを喰らい続けた結果、すっかりおあずけ続きのローランドの方は、若干…ではなく、暴走気味で。
 言葉を紡ぐその唇の動きだけで、互いのそれ同士が触れてしまうような距離で、ローランドはリラを見つめる。
「お前をこういう意味で、求めている。そんなお前を、この先一緒にいたいと願うお前を、傷つけるはずもない。むしろそういうものから、守りたいんだ」
 この距離で話さないで!
 と、言いたいのに、頭が真っ白で、混乱しすぎて血の気がひいて、とにかく立っているのもやっとで、腰を引き寄せるローランドに支えられているような状態で。
「お前が手に入らないというなら…いや、それでも、傷つけられない。だから、オレの作ったものを食べて何かあるわけもない。それでも拒否するなら、このままここで、お前を食べていようか?」



 反射的に。思い切り。
 リラは首を横にふった。文字通り血の気がひいているからくらくらするけれど、声が出ないから他に意思表示のしようもなく。


 満足げに。
 ぞっとするほどの美しい笑顔を、ローランドはうっとりとリラに向け、啄むような、惜しむような口づけを、軽く、瞼と唇に落とす。
「嬉しいが、惜しい気もするな」
 瀬に腹は変えられない、と、精神衛生上よろしくないレベルのローランドの攻勢からリラは逃れ、当然のように腰を引き寄せてエスコートされる。
 慣れない。慣れないから居心地が悪い。だが、先ほどので正直くらくらしていて、支えは必要で。



 遠い目になりながら、この状況の説明がつくわけもなく。いやもう、言葉通り素直に受け取れば、それで説明はつくのだけれど。ただ、この人が何をそんなに気に入ったのか、全くわからない。



 以前、リラが食べる場所として伝えた一つ、池の畔のベンチに誘われ、楽しげに、口に弁当を運ばれる。
 悔しいが、美味しい。本当に、文句のつけようもなく美味しい。
 だから、つい、そう呟いて仕舞えば、ローランドは心底嬉しそうに目を細めるのだ。
 どうしていいか分からないままに目を逸らして仕舞えば、喉の奥を鳴らすような笑い声が降ってきて、また口に食事が運ばれる。
 自分で食べるというのに、この間、咎められたことの原因もそれとわかって、なおさらこうしているのだろうかと思うほどに、譲ってくれない。
 それもあるが、ただ、食べさせればとても素直に幸せそうに美味しそうに食べるリラに食べさせるのが、楽しくて仕方ないだけだったのだけれど。




 なんか、餌付けされてるみたいだなぁ。



 と、もはや感覚を麻痺させる以外に逃げる手段を見出せず、ぼんやりとなされるがままに遠い目をして、リラは自分を見下ろす蜂蜜のような目を見上げた。



 やっぱり、氷でも鉄でも、ないよね、と。
 むしろどっちも溶かしそうなくらい、恥ずかしいですよ、と。





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

スライムすら倒せない底辺冒険者の俺、レベルアップしてハーレムを築く(予定)〜ユニークスキル[レベルアップ]を手に入れた俺は最弱魔法で無双する

カツラノエース
ファンタジー
ろくでもない人生を送っていた俺、海乃 哲也は、 23歳にして交通事故で死に、異世界転生をする。 急に異世界に飛ばされた俺、もちろん金は無い。何とか超初級クエストで金を集め武器を買ったが、俺に戦いの才能は無かったらしく、スライムすら倒せずに返り討ちにあってしまう。 完全に戦うということを諦めた俺は危険の無い薬草集めで、何とか金を稼ぎ、ひもじい思いをしながらも生き繋いでいた。 そんな日々を過ごしていると、突然ユニークスキル[レベルアップ]とやらを獲得する。 最初はこの胡散臭過ぎるユニークスキルを疑ったが、薬草集めでレベルが2に上がった俺は、好奇心に負け、ダメ元で再びスライムと戦う。 すると、前までは歯が立たなかったスライムをすんなり倒せてしまう。 どうやら本当にレベルアップしている模様。 「ちょっと待てよ?これなら最強になれるんじゃね?」 最弱魔法しか使う事の出来ない底辺冒険者である俺が、レベルアップで高みを目指す物語。 他サイトにも掲載しています。

2回目の人生は異世界で

黒ハット
ファンタジー
増田信也は初めてのデートの待ち合わせ場所に行く途中ペットの子犬を抱いて横断歩道を信号が青で渡っていた時に大型トラックが暴走して来てトラックに跳ね飛ばされて内臓が破裂して即死したはずだが、気が付くとそこは見知らぬ異世界の遺跡の中で、何故かペットの柴犬と異世界に生き返った。2日目の人生は異世界で生きる事になった

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

貧弱の英雄

カタナヅキ
ファンタジー
この世界では誰もが生まれた時から「異能」と「レベル」呼ばれる能力を身に付けており、人々はレベルを上げて自分の能力を磨き、それに適した職業に就くのが当たり前だった。しかし、山奥で捨てられていたところを狩人に拾われ、後に「ナイ」と名付けられた少年は「貧弱」という異能の中でも異質な能力を身に付けていた。 貧弱の能力の効果は日付が変更される度に強制的にレベルがリセットされてしまい、生まれた時からナイは「レベル1」だった。どれだけ努力してレベルを上げようと日付変わる度にレベル1に戻ってしまい、レベルで上がった分の能力が低下してしまう。 自分の貧弱の技能に悲観する彼だったが、ある時にレベルを上昇させるときに身に付ける「SP」の存在を知る。これを使用すれば「技能」と呼ばれる様々な技術を身に付ける事を知り、レベルが毎日のようにリセットされる事を逆に利用して彼はSPを溜めて数々の技能を身に付け、落ちこぼれと呼んだ者達を見返すため、底辺から成り上がる―― ※修正要請のコメントは対処後に削除します。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

処理中です...