花びらは掌に宿る

小夏 つきひ

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恭也

恭也④

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「お兄ちゃんは5つ上で27歳です。東京の実家で一緒に暮らしてました。去年の10月に私が留学から帰ってきたらお兄ちゃんが居なくなってたんです。ママは女の人が原因だって言ってました。その人のそばに居たいから今の仕事を辞めて長野で暮らすって言われたらしいです」
「女の人?」
「はい、でも納得できないんです。お兄ちゃんは頭が良くて仕事は一流企業に就いてました。女の人にたぶらかされてついて行くような意思の弱い人間じゃありません。だから益々わからなくて。ただ、その人がお兄ちゃんを奪ったって事だけは確かです」
「どうしてこの辺りにいるってわかったの?」
「電話が掛かってきたんです、潤(じゅん)って人から。お兄ちゃんの中学からの友達で、家に何度か来た事があるからその人の事は知ってました。実家を出る事にしたから自分に何かあったら妹に連絡してくれって頼まれてたそうです。事情は知らないらしくて、最近になって何度か電話したけど毎回繋がらないから私に連絡をくれました。私が掛けても出ません」
妹はタケルの反応を窺った。タケルは潤という名前には反応せず、ただ真剣に話を聞いている。
「潤さんがお兄ちゃんから聞いてた長野の住所を教えてくれたんです」
妹はポケットから少し皺になった四つ折りのメモを取り出して広げテーブルに置いた。
「ここにはもう行きました。潤さんが休みを合わせて一緒に行ってくれたんです。ハイツの管理会社に状況を話して中の様子を見せて欲しいって言いました。けど、ちょっと連絡がつかない程度で勝手に開けることは出来ないって断られたんです、もう警察か弁護士に相談するしかないって思ったときにあの店の前でお兄ちゃんを見かけて」
「職場には連絡したの?」
「はい。退職したって」
妹はタケルを見て悲痛な表情を浮かべた。
「お兄ちゃん、何があったの?本当に何も覚えてないの?」
タケルは黙って首を振った。
「麗華ちゃんって呼んでいい?いつ東京に帰るの?」
「明後日の昼には長野を出る予定です。今夜は長野駅近くのホテルに泊まります。両親には旅行に行くって言って出てきました」
「そうなんだ、じゃあ明日はまだこっちに居るんだよね」
「はい、この辺りを探すつもりだったので。せっかく見つかったのに記憶がないなんて、パパとママにどう説明したらいいか。こんな状態だってわかったら余計怒るに決まってる」
私は立ち上がって棚の引き出しから黒いキーケースを取り出した。
「…鍵はこれかもしれない」
タケルは倒れていた時キーケースだけを持っていた。あの花火大会の夜、うちに来たときにキーケースを預かり引き出しに保管していた。
「これ、その部屋のだと思うの。明日一緒に行かない?タケルも部屋の中を見たら何か思い出すかもしれない」
妹は目を見張った、そしてすぐに肩を落とした。
「もし家に帰っても思い出せなかったら、どうしたらいいの…」
メモに書いてある住所をネットの地図で検索した。拡大しても番地が書いてあるだけでほとんど目印になるような建物がない。
「道、覚えてる?」
「家ばっかりあるような場所だったから…、そういえば神社がありました」
「神社?」
地図に目を凝らした。近くに白枝駅が表示されている。
「ここって…」
ここは、タケルと歩いていた結び桜の周辺だ。

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