花びらは掌に宿る

小夏 つきひ

文字の大きさ
上 下
66 / 95

赤⑥

しおりを挟む
この数年間、やりきれない思いを何度味わったことだろう。洋介が私との別れを選ばない理由はいつか迎えに来るからなんだとずっと自分に言い聞かせてきた。
そして、長らく待ち続けたチャンスはやって来た。
予約販売の服を取りに行った先で年の離れた男女が目の前を横切った。引っ掛かるものがあり立ち止まって後ろ姿を見ていた。2人はアクセサリー店に入っていき、私はガラス越しに姿を探した。
あれは洋介の隣にいた女だ。目当ての物があったのか、声を掛けた店員はすぐに準備を始めた。すると女が財布を取り出した。紙袋を持った店員と2人がこちらに向かって来るのを見て、急いで入口から離れた。どういう関係なのか知りたくなったが、間もなく男が歩きながら洋介の妻の腰に手を回したのを見て理解した。
混乱を落ち着かせようとカフェに入りアイスコーヒーを注文した。飲み干したグラスを手に握ったまま中の氷を見つめた。若い男に貢ぎ遊んでいるような女に洋介を取られたと思うと全身が怒りで震える。洋介が知ったらどんな気持ちになるか。
洋介が知ったら?――――――
その時ある考えに行きついた、この事を洋介に知らせて離婚させればいいんだ。手放しそうになっていた希望が鼓動し始めた。
話があると言って洋介を呼び出した。いつもより早くに迎えに来た洋介は困惑の色を見せた、当て付けに嘘の別れをほのめかしていた私が何を切り出すのか気にしているようだった。車に乗り込み人のいない場所へと移動した。
「ねえ、私が電話したときどんな話すると思った?」
洋介は焦った顔をした。
「なんで笑ってるんだよ」
私は面白くなって頬を緩めた。
「別れ話じゃないわよ」
「違うのか?」
「残念、ここまで待って諦める訳ないでしょ」
「ビビらせるなよ。で、何の話だ?」
「私、とんでもないもの見ちゃった」
「とんでもないもの?」
「そう、大スクープよ。どうする?聞く?」
「大袈裟だな」
「大袈裟になるわよ、だって洋介の奥さんの事なんだから」
洋介は一瞬顔を強張らせた。私が話題を避ける人物だからだ。洋介はハンドルに右手を置いて指先を遊ばせた。
「あゆみは顔を知らないだろ?」
「洋介が奥さんと2人でいるところを前に見掛けたの、だから知ってる」
洋介は目を細めて聞いた。
「スクープって何だ?」
「若い男に貢いでる」
「は?」
私は見た事全てを話した。洋介は何も言わず耳を傾けていた。
「ね、大スクープでしょ。証拠を用意すればさっさと離婚できるはずよ」
私は腕組をし、これから始まる未来を想像した。きっと洋介もこのチャンスを逃すまいと喜ぶはずだ。
「その話、本当か?」
「作り話して何になるのよ」
突然洋介は声を出して笑った。
「なんだ、そんなの親戚かもしれないじゃないか。勘違いだろ」
予想もしなかった洋介の反応を見て戸惑った。
「親戚?腰に手を回すような男が親戚な訳ないじゃない」
「それ、人違いなんじゃないか。1回顔見たからってそんなにはっきり区別できないだろ」
「私を疑うの?」
「怒るなよ。そりゃあ証拠写真でもあれば俺も信じられるけど、ないだろ?」
黙っている私を見て洋介は声を張った。
「絶対人違いだって」
何故か認めようとしない洋介に腹が立った。どうして余裕綽々と笑っているのか訳が分からない。
「証拠写真があればいいのね」
「ああ、もし撮れたらな」
「わかった。撮るわ」
「むきになるなって。できるはずがない」
「知り合いに探偵がいるの」
私は嘘をついた。
「その人に依頼すれば、きちんとした証拠が用意できる」
「もしその証拠が本物だったら俺、離婚するよ」
「約束して、私本気なんだから」
洋介は私の目を見て約束した。そして車のギアを倒すと行きつけの店へと車を走らせた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

若社長な旦那様は欲望に正直~新妻が可愛すぎて仕事が手につかない~

雪宮凛
恋愛
「来週からしばらく、在宅ワークをすることになった」 夕食時、突如告げられた夫の言葉に驚く静香。だけど、大好きな旦那様のために、少しでも良い仕事環境を整えようと奮闘する。 そんな健気な妻の姿を目の当たりにした夫の至は、仕事中にも関わらずムラムラしてしまい――。 全3話 ※タグにご注意ください/ムーンライトノベルズより転載

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。 *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。

処理中です...