花びらは掌に宿る

小夏 つきひ

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疑惑

疑惑⑭

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翌朝タケルは早くに起きていた。いつもと変わらず「おはよう」と声を掛けてきた。寝起きで茫然としながら昨日の事を振り返る、瞼が重く頭痛がする。
「パン焼いたけど食べる?」
タケルは部屋の洗濯物を集めながら言った。
「うん。今日も遥人君の店に行くの?」
「行くよ」
顔を洗ってテーブルに着きマグカップの牛乳を飲んだ。やけに乾いた喉に染み渡る。トーストを齧っていると目の前がはっきりしてきた。タケルを取り巻く空気は柔らかい。
遥人君は確か週3日入ってくれればいい、それ以上は可能な限りで来てもらえたら助かると言った。でもタケルはほぼ毎日店に行っている。働くようになってから表情が出てきた、効果はあるみたいだ。昨日のは八つ当たりだった、私はタケルの優しさに甘えてしまっている。


満員電車に揺られてからずっと胸やけがする。降車したときに足元がふらつくほど貧血気味だった。会社に着いてから更に気分は悪くなり、ミネラルウォーターを飲んで呼吸を整えた。
「体調悪いの?」
山下さんが眼鏡の奥で目を光らせた。
「大丈夫です。すぐ良くなると思いますから」
「季節の変わり目は体調が崩れやすいから、気を付けて自己管理してね」
あなたの心配をしているというよりも社会人としての常識を教えている、そんなふうに聞こえた。
新製品の発売日が迫り営業社員は在庫を車に積んで朝から出たっきり戻ってこない。
「部長、先週決まった取引先の発注書を整理してまとめておきました」
「横山君すまん、助かるよ。いつも気が利いてるね」
「足元に何か落ちてますよ」
横山さんは部長の足元に屈んだ。
「何だそれは」
「え」
「見せなさい」
「でも」
2人の会話が気になって顔を上げた。横山さんが手にしている物が何なのかよく見えない。
「橋詰君、ちょっと来なさい」
「はい」
「横山君は戻っていいよ」
「わかりました」
横山さんと擦れ違った、またあの香りが数々の感情を思い出させた。
「これは、君のか?」
部長から渡されたのは写真だった。
「どうしてこれが」
「わしが聞きたいね。そういう事だったのか?」
写真は私が持っているのと全く同じものだった。柳瀬さんと私が車内で携帯電話の画面を覗き込んでいるあの写真だ。ここにあるはずがない、という事は別でプリントされたものだ。
「君のじゃないって言うなら他の奴にも聞いてみるが、どうなんだ」
部長はほくそ笑んだ顔で椅子にもたれてこちらの反応を観察している。ここで弁解しても余計に疑われるに決まってる。
「私のです。拾ってくださってありがとうございます」
「お前、ほどほどにしておけよ」
部長は鼻をならし、私に席へ戻るよう言った。
またじわじわと怒りが込み上げた。席に戻ると山下さんの視線を感じた。


一日中、写真の事が頭から離れなかった。あれは横山さんが部長の足元に落としたに違いない。私の事が気に入らないからといって性悪にも程がある。
帰宅すると家の電気がついていた、タケルが帰っている。食べ物のいい匂いがする。
「おかえり」
テーブルには料理が並んでいた。
「これ、どうしたの?」
「作ったんだ。ちょっとは自身があるから、食べてみてよ」
唐揚げ、天津飯、ポテトサラダ、餃子、遥人君の店のメニューだと気付いた。
「すごい、これ全部タケルが?」
「そうだよ。飲み物、何にする?」
タケルは床に並べたジュースのペットボトルを見せた。2リットルのサイズだ。
「なんか量が多いね」
「うん。お客さんを呼んであるから」
お客さん?
インターホンが鳴った、タケルは私に出るよう目で合図した。
「はい」
『夕夏さーん!開けてくださーい』
莉奈ちゃんと遥人君だ。
オートロックを解除して暫くするとドアインターホンが鳴った。
ドアを開けると2人は落ち着きない様子でいた。
「お仕事お疲れ様です!」
莉奈ちゃんと遥人君は声を揃えた。
「びっくりした。どうしたの?」
「まあー、呼ばれたっていうかなんていうか、入っていいっすか?」
遥人君は手を後ろに回して何かを隠している。
「入って。今日はお店いいの?」
「大丈夫っす。前から親に言ってあったんで」
「そうなんだ」
前から、という言葉の意味がわからなかったけど2人に会えて嬉しかった。ここ最近の憂鬱さから少し離れられるような気がした。

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