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疑惑
疑惑⑦
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「雨降りそうだね」
「そうですね、送ってもらえて良かったです」
声のトーンがいつもと違うナオさんにどんな話題を出せばいいかわからず黙ってしまう。
「ゆっかちゃん」
「はい」
「・・・ゆっかちゃんは尽くすタイプ?」
質問に戸惑った。答えを言う前にナオさんは続けた。
「好きな人の為なら自分の気持ちを抑えてでも頼みを聞いてあげられる?」
「内容に依ります」
「じゃあ、頼まれた内容がその人の為に良くない事だったとしたらどうする?」
「嫌われても止めるかな」
「そっか。強いね」
信号が赤になって車は徐々に停止した。ナオさんは何かを考えている。フロントガラスに落ちる雨の雫が増えるとワイパーはゆっくり往復し始めた。
「ゆっかちゃん、俺と付き合わない?」
ワイパーの音がリズムを崩さず響く、そういえば音楽が掛かっていない。ナオさんの顔を見た、前を向いたままだ。
「なんて言いました?」
「ごめん、今の嘘」
またあの力ない笑顔が向けられた。信号が青に変わり車は発進した。
「ナオさんってそんな冗談言うんですね」
「ほんと冗談。ごめんね」
「ナオさんは好きな人、いるんですか?」
「いるよ」
堂々とした返事に少し戸惑った。
「そうなんですね。職場の人ですか?」
「ううん。プライベートでずっと前から知ってる人」
前に智香が言っていた事を思い出した。心ここにあらずという言葉が今のナオさんに似合っている。
「どこで知り合ったんですか?」
「なんて言ったらいいかな。夜、その人が道端で俺に声を掛けて来たんだ。酔っぱらって」
「酔っぱらって?」
「うん。最初は無視したんだけどかなり酔ってて足がふらふらで、女の人だったから心配になって何度か歩きながら振り返って。そのうち橋の手擦りに寄りかかりだしたから慌てて戻ったんだ」
思い出を話すナオさんの唇は優しく動き始めた。
「その人どうなったんですか?」
「なんかすごい鬱憤が溜まってたみたいで、その時冬だったんだけど、寒いからとりあえずファミレスに入ろうって言って肩担いで歩いた」
「そんなにふらふらだったんですか」
「うん、店に入ってからはテーブルに頭を伏せてずっと寝てた。2人とも寝る訳にはいかないから俺はドリンクバーでずっとコーヒー飲んでた。結局朝になって酔いも少し醒めたみたいだったから1人で帰れるか聞いたら不審がられてさ」
「えっ」
「酔っ払って記憶なかったのかな。気付いたら知らない男が目の前で一緒にファミレスの席に座ってるんだもん、そりゃ怖くなるよな」
「でもナオさんは親切にしただけじゃないですか」
「うーん、向こうからしてみれば要らぬ世話だったみたいだけどね」
「その女の人、冷たい人なんですね」
「冷たい・・」
ナオさんは遠くを見た。
「今になって思うのは、冷たいっていうより不器用って感じかな」
「その日以降も会ったんですか?」
「店を出て何も喋らずに歩いていくから帰るんだって思って俺も家の方に向かってたらさ、俺達超近所だったんだ。なんでついて来るの?とか言われて」
「ナオさんからしてみれば踏んだり蹴ったりですね」
ナオさんは楽しそうに笑った。
「まあ、その後ちょっとした事で親しくなっていって今じゃ」
「あ!そこの自販機があるとこのマンションです」
つい話の腰を折ってしまった。
「オッケ。忘れ物ない?」
「はい、大丈夫です。話途中だったのにすみません」
「気にしないで、またゆっくり話せる時にでも」
ナオさんの顔を見て、さっき駅で会った時とは何かが違っている気がした。目に活気がある。
「ありがとうございました」
雨に濡れるから早く入るよう言ってナオさんは手を振った。ほんの少し話を聞いただけだったけど、ナオさんが想うその人に会ってみたくなった。冷たいのではなく不器用、その言葉が頭の中にふわりと印象付いた。
「そうですね、送ってもらえて良かったです」
声のトーンがいつもと違うナオさんにどんな話題を出せばいいかわからず黙ってしまう。
「ゆっかちゃん」
「はい」
「・・・ゆっかちゃんは尽くすタイプ?」
質問に戸惑った。答えを言う前にナオさんは続けた。
「好きな人の為なら自分の気持ちを抑えてでも頼みを聞いてあげられる?」
「内容に依ります」
「じゃあ、頼まれた内容がその人の為に良くない事だったとしたらどうする?」
「嫌われても止めるかな」
「そっか。強いね」
信号が赤になって車は徐々に停止した。ナオさんは何かを考えている。フロントガラスに落ちる雨の雫が増えるとワイパーはゆっくり往復し始めた。
「ゆっかちゃん、俺と付き合わない?」
ワイパーの音がリズムを崩さず響く、そういえば音楽が掛かっていない。ナオさんの顔を見た、前を向いたままだ。
「なんて言いました?」
「ごめん、今の嘘」
またあの力ない笑顔が向けられた。信号が青に変わり車は発進した。
「ナオさんってそんな冗談言うんですね」
「ほんと冗談。ごめんね」
「ナオさんは好きな人、いるんですか?」
「いるよ」
堂々とした返事に少し戸惑った。
「そうなんですね。職場の人ですか?」
「ううん。プライベートでずっと前から知ってる人」
前に智香が言っていた事を思い出した。心ここにあらずという言葉が今のナオさんに似合っている。
「どこで知り合ったんですか?」
「なんて言ったらいいかな。夜、その人が道端で俺に声を掛けて来たんだ。酔っぱらって」
「酔っぱらって?」
「うん。最初は無視したんだけどかなり酔ってて足がふらふらで、女の人だったから心配になって何度か歩きながら振り返って。そのうち橋の手擦りに寄りかかりだしたから慌てて戻ったんだ」
思い出を話すナオさんの唇は優しく動き始めた。
「その人どうなったんですか?」
「なんかすごい鬱憤が溜まってたみたいで、その時冬だったんだけど、寒いからとりあえずファミレスに入ろうって言って肩担いで歩いた」
「そんなにふらふらだったんですか」
「うん、店に入ってからはテーブルに頭を伏せてずっと寝てた。2人とも寝る訳にはいかないから俺はドリンクバーでずっとコーヒー飲んでた。結局朝になって酔いも少し醒めたみたいだったから1人で帰れるか聞いたら不審がられてさ」
「えっ」
「酔っ払って記憶なかったのかな。気付いたら知らない男が目の前で一緒にファミレスの席に座ってるんだもん、そりゃ怖くなるよな」
「でもナオさんは親切にしただけじゃないですか」
「うーん、向こうからしてみれば要らぬ世話だったみたいだけどね」
「その女の人、冷たい人なんですね」
「冷たい・・」
ナオさんは遠くを見た。
「今になって思うのは、冷たいっていうより不器用って感じかな」
「その日以降も会ったんですか?」
「店を出て何も喋らずに歩いていくから帰るんだって思って俺も家の方に向かってたらさ、俺達超近所だったんだ。なんでついて来るの?とか言われて」
「ナオさんからしてみれば踏んだり蹴ったりですね」
ナオさんは楽しそうに笑った。
「まあ、その後ちょっとした事で親しくなっていって今じゃ」
「あ!そこの自販機があるとこのマンションです」
つい話の腰を折ってしまった。
「オッケ。忘れ物ない?」
「はい、大丈夫です。話途中だったのにすみません」
「気にしないで、またゆっくり話せる時にでも」
ナオさんの顔を見て、さっき駅で会った時とは何かが違っている気がした。目に活気がある。
「ありがとうございました」
雨に濡れるから早く入るよう言ってナオさんは手を振った。ほんの少し話を聞いただけだったけど、ナオさんが想うその人に会ってみたくなった。冷たいのではなく不器用、その言葉が頭の中にふわりと印象付いた。
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