花びらは掌に宿る

小夏 つきひ

文字の大きさ
上 下
1 / 95
花絵

花絵①

しおりを挟む

「隆平!」
「……」
「りゅうへい~」
また宙を見てぼんやりしている後ろ姿に声を掛けた。
「おう」
「修学旅行の用意できた?」
「まだだよ」
「そうだろうと思った。もう再来週にはバスに乗ってるんだよ、早く用意しないと」
「そうだな」
「足りない物があったら電話して。買い物ついでに届けるから」
「サンキュー、また連絡する」
修学旅行を機に気持ちを伝える、それは中学2年の春にぼんやりと思いついた事だった。花絵に相談すると、協力するって言ってくれた。
覗くように廊下に目を向けるとドアにもたれる花絵の横顔が見えた。 
「じゃ、私行くね」
隆平はひらひらと手を振ると、廊下側をちらりと見てから机の上の教科書やらを片付け始めた。
吹奏楽部の演奏が響き渡るグランドの端を歩きながら、その賑やかな音楽に紛れるように質問をした。
「花絵、最近隆平となんかあった?」
「何も」
「2人が喋ってるところ最近見ないなーって思って」
「話す事がないからだよ」
「ふーん、そっか」
無表情はいつもの事、冷たく言い放っているようで時々見当違いもある。それでも今のは多分冷たいほうのだと思った。


彫刻が施された重いドアを開けると清潔感のある上品な香りがした。 
「お邪魔しまーす」
シャカシャカと床を掛ける足音が聞こえクッキーが全速力で花絵に飛びついた。
「ただいまクッキー」抱きしめる花絵の顔に今日初めての笑顔が見えた。普段無表情な分、笑うといつもはっとさせられる。私達とクッキーの出会いは近くのペットショップだった。まだ子犬でコロコロと小さなケージ内を転がり無邪気に遊ぶクッキーに私達は一目惚れした。小学校の授業が終わるとほぼ毎日隆平と三人でペットショップに通った。今日も行くよねって言い出すのはいつも花絵だった。授業の終わりが近付くにつれてそわそわしている花絵が可愛くて隆平と目を合わせてこっそり笑った。あんまり長い間通うもんだから、花絵パパが折れてクッキーを迎えに行ってくれた。
「いらっしゃい夕夏ちゃん、桃のタルトがあるの、さっきデパートで見つけたのよ。後で出すわね」
笑った時の柔らかく弧を描いた目元が優しい印象で、花絵ママはたくさんの表情を持っている。美人な顔立ちは似ているのに、あの無表情さはパパとママどちらにも似ていない。桃のタルトがある事と花絵ママの笑顔が私のテンションを上げた。
「え、嬉しい!」
「みんな好きだもんね。隆平君も来てくれたら良かったんだけど……」
「今から誘う!?」鞄から携帯を取り出そうとチャックを開けた。
「先に部屋行ってて」
聞こえたはずなのに花絵はクッキーを抱いたままリビングに行ってしまった。
「聞こえなかったのかしら?」
最近の花絵と隆平の距離感を知らない花絵ママはきょとんとしている。
「隆平も塾とかあるみたいだし、今日は誘うのやめときます」
そうは言ったものの、正直残念だった。初めて桃のタルトを3人で食べた思い出が遠くに行ってしまったような感じがして、少し寂しくなった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

若社長な旦那様は欲望に正直~新妻が可愛すぎて仕事が手につかない~

雪宮凛
恋愛
「来週からしばらく、在宅ワークをすることになった」 夕食時、突如告げられた夫の言葉に驚く静香。だけど、大好きな旦那様のために、少しでも良い仕事環境を整えようと奮闘する。 そんな健気な妻の姿を目の当たりにした夫の至は、仕事中にも関わらずムラムラしてしまい――。 全3話 ※タグにご注意ください/ムーンライトノベルズより転載

処理中です...