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最終章 ~ 掌 ~
掌⑬
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部屋に戻ってから蓮がベッドに座ったのを見届けると俺は急用ができたと言って鞄を抱え出ていった。エレベーターを待ちながら引き返すか悩んだ。戻ったところで何て言って渡すんだ?ーーー
エレベーターが来た、罪悪感を抱えたまま乗り込み1階へ下りた。正面玄関を出るとキンモクセイの香りが鼻をかすめた。
車に乗ってドアを閉めた。震えた溜め息を長く吐き出すと少し呼吸が楽になった。肩の緊張はまだ溶けない。
鞄からスケッチブックを取り出して開いた。1枚目はピンク色の大きな丸を塗りつぶしただけのものだった。これは多分練習で描いたものだ。まだ手をうまく動かせない時だったから。
そして2枚目、3枚目に例の絵はあった。考えすぎかもしれないけど、今はもう花火とキンモクセイにしか見えない。その3枚のページ以降は白紙だった。もう絵を見るのはやめよう、精神的に参る。
家に着いた。スケッチブックはすぐさま本棚の裏に隠した。ベッドに寝転んで暫く目を閉じた。何をやってるんだ、よくわからない妄想で人の物を盗ってくるなんて……
でも、ここまで来たらもう好きなようにすればいいんじゃないかと後押しする自分もいる。
それから携帯電話を手に取った。せっかく休みなんだし夜は夕夏ちゃんとご飯に行けばいい。行けたらだけど。
誘いのメッセージを送ると1時間程して返信が来た。
今日はいつも食べに行ってる近所の中華屋さんに行く予定なの。
20周年みたいだからお花持っていこうと思ってて。
いつも行ってるのがどんな店なのか知りたくなった。一緒に行っていいか聞いてみるとOKだった。花は帰りに注文するらしく、職場の近くまで迎えに行くと返信した。まだ充分時間があるから洗車に行くことにした。ついでに車内の掃除もするか。そうやって準備しているうちに罪悪感は薄れていった。
途中、夕夏ちゃんから定時で上がれそうだとメッセージがきた。時間を見て職場の住所まで車を走らせた。路肩に車を停めて待っていると窓ガラスをノックする音が聞こえた。外を見ると柳瀬さんが笑って立っていた。窓を開けると柳瀬さんは言った。
「水色の車だからもしかしてと思ったら、やっぱり理久だった」
「お疲れ様です。営業回りですか?」
「うん、今戻ってきた。ここで何してるんだ?」
「夕夏ちゃんとご飯食べに行くんです」
「そうか」
柳瀬さんは腕時計を見た。俺は思いついた。
「柳瀬さん、ちょっとだけいいですか?」
「何?」
「あの、聞きたいことがあって。横乗ってもらってもいいですか」
「いいよ」
背の高い柳瀬さんは屈みながら車に入り助手席に座った。
エレベーターが来た、罪悪感を抱えたまま乗り込み1階へ下りた。正面玄関を出るとキンモクセイの香りが鼻をかすめた。
車に乗ってドアを閉めた。震えた溜め息を長く吐き出すと少し呼吸が楽になった。肩の緊張はまだ溶けない。
鞄からスケッチブックを取り出して開いた。1枚目はピンク色の大きな丸を塗りつぶしただけのものだった。これは多分練習で描いたものだ。まだ手をうまく動かせない時だったから。
そして2枚目、3枚目に例の絵はあった。考えすぎかもしれないけど、今はもう花火とキンモクセイにしか見えない。その3枚のページ以降は白紙だった。もう絵を見るのはやめよう、精神的に参る。
家に着いた。スケッチブックはすぐさま本棚の裏に隠した。ベッドに寝転んで暫く目を閉じた。何をやってるんだ、よくわからない妄想で人の物を盗ってくるなんて……
でも、ここまで来たらもう好きなようにすればいいんじゃないかと後押しする自分もいる。
それから携帯電話を手に取った。せっかく休みなんだし夜は夕夏ちゃんとご飯に行けばいい。行けたらだけど。
誘いのメッセージを送ると1時間程して返信が来た。
今日はいつも食べに行ってる近所の中華屋さんに行く予定なの。
20周年みたいだからお花持っていこうと思ってて。
いつも行ってるのがどんな店なのか知りたくなった。一緒に行っていいか聞いてみるとOKだった。花は帰りに注文するらしく、職場の近くまで迎えに行くと返信した。まだ充分時間があるから洗車に行くことにした。ついでに車内の掃除もするか。そうやって準備しているうちに罪悪感は薄れていった。
途中、夕夏ちゃんから定時で上がれそうだとメッセージがきた。時間を見て職場の住所まで車を走らせた。路肩に車を停めて待っていると窓ガラスをノックする音が聞こえた。外を見ると柳瀬さんが笑って立っていた。窓を開けると柳瀬さんは言った。
「水色の車だからもしかしてと思ったら、やっぱり理久だった」
「お疲れ様です。営業回りですか?」
「うん、今戻ってきた。ここで何してるんだ?」
「夕夏ちゃんとご飯食べに行くんです」
「そうか」
柳瀬さんは腕時計を見た。俺は思いついた。
「柳瀬さん、ちょっとだけいいですか?」
「何?」
「あの、聞きたいことがあって。横乗ってもらってもいいですか」
「いいよ」
背の高い柳瀬さんは屈みながら車に入り助手席に座った。
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