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最終章 ~ 掌 ~
掌⑫
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部屋に入り床頭台の前に立った。ドアが閉まってるのを確認してから急いで上から順に引き出しを開けた。下の扉を開くといろんな物が入っていた。ただ、きれいに整頓されているから目的の物はすぐに見つかった。
スケッチブックを鞄に入れて、中身が見えないようにチャックを閉めた。本当にいいのか?そんな言葉が心の奥で聞こえる。でもその声は無視して部屋を出た。
ナースステーションに行くと蓮が待っていた。
「待たせてごめん」
蓮はにこやかに車椅子を漕ぎだした。
「あっ、俺が押す」
「リハビリになるしエレベーターまでは自分で漕ぐよ」
「いいって。無理しないほうがいいから」
俺は勝手にハンドルを握って押した。
「…ありがとう」
また胸がチクチクと痛む。蓮に顔を見られたくなくて押してるだけだ。
エレベーターが来るのを待ちながら話題を探した。普段どんな話をしてたか振り返る、思いついても口にだせないのは何を言っても不自然になりそうだからだ。
1階に下りて敷地内の広い庭に出た。ベンチに座ってる人や同じように車椅子で散歩してる人が数人いる。
「病院に来てから初めて外に出た」
「初めてなのか?」
「安静にしてないといけなかったし、良くなってからも捷は忙しくて頼めそうになかったから」
「そっか。ずっと中にいたら外の空気吸いたくなるだろうな」
「うん。連れてきてもらえてよかった」
「……」
9月になったと言ってもまだ日差しは暑い。ハンドルを握る手には汗が滲んでる。ゆっくり一周して戻ろう、そう考えながら歩いた。
突然大きな風が吹いて蓮の膝に掛けていたタオルケットがずり落ちた。拾い上げようと止まって前屈みになると蓮がぽつりと言った。
「なんか、いい匂いがする」
「匂い?」
鼻をかすめる僅かな匂いに気付いて周りを見渡した。そして目に入った景色に驚愕した。
キンモクセイが咲いてる、それも向こう側の垣根一面に。立ち尽くしているとベンチに座ってる人達の会話が聞こえた。
「ほんといい匂いよねぇ」
「毎年立派に咲いてるわね」
「キンモクセイの生垣なんてこの辺じゃここの病院にしかないんじゃない?」
「そうね。でも今年は随分早くに咲いたのね」
「言われてみればそうかもしれない。あなたが首にスカーフを巻いてる時期だったかしら」
「そうそう、ほんの少し肌寒い頃なのよね」
蓮の表情をちらっと見た。何か考えてるようにも見える。俺は焦ってタオルケットを勢いよく置いた。
「ちょっと暑いな。汗かくし早めに戻ろう」
「え、ああ… そうだな」
車椅子を押しながら胸の不安を掻き消そうと必死になった。けど、足を進めるごとに不安は強くなっていく。
スケッチブックを鞄に入れて、中身が見えないようにチャックを閉めた。本当にいいのか?そんな言葉が心の奥で聞こえる。でもその声は無視して部屋を出た。
ナースステーションに行くと蓮が待っていた。
「待たせてごめん」
蓮はにこやかに車椅子を漕ぎだした。
「あっ、俺が押す」
「リハビリになるしエレベーターまでは自分で漕ぐよ」
「いいって。無理しないほうがいいから」
俺は勝手にハンドルを握って押した。
「…ありがとう」
また胸がチクチクと痛む。蓮に顔を見られたくなくて押してるだけだ。
エレベーターが来るのを待ちながら話題を探した。普段どんな話をしてたか振り返る、思いついても口にだせないのは何を言っても不自然になりそうだからだ。
1階に下りて敷地内の広い庭に出た。ベンチに座ってる人や同じように車椅子で散歩してる人が数人いる。
「病院に来てから初めて外に出た」
「初めてなのか?」
「安静にしてないといけなかったし、良くなってからも捷は忙しくて頼めそうになかったから」
「そっか。ずっと中にいたら外の空気吸いたくなるだろうな」
「うん。連れてきてもらえてよかった」
「……」
9月になったと言ってもまだ日差しは暑い。ハンドルを握る手には汗が滲んでる。ゆっくり一周して戻ろう、そう考えながら歩いた。
突然大きな風が吹いて蓮の膝に掛けていたタオルケットがずり落ちた。拾い上げようと止まって前屈みになると蓮がぽつりと言った。
「なんか、いい匂いがする」
「匂い?」
鼻をかすめる僅かな匂いに気付いて周りを見渡した。そして目に入った景色に驚愕した。
キンモクセイが咲いてる、それも向こう側の垣根一面に。立ち尽くしているとベンチに座ってる人達の会話が聞こえた。
「ほんといい匂いよねぇ」
「毎年立派に咲いてるわね」
「キンモクセイの生垣なんてこの辺じゃここの病院にしかないんじゃない?」
「そうね。でも今年は随分早くに咲いたのね」
「言われてみればそうかもしれない。あなたが首にスカーフを巻いてる時期だったかしら」
「そうそう、ほんの少し肌寒い頃なのよね」
蓮の表情をちらっと見た。何か考えてるようにも見える。俺は焦ってタオルケットを勢いよく置いた。
「ちょっと暑いな。汗かくし早めに戻ろう」
「え、ああ… そうだな」
車椅子を押しながら胸の不安を掻き消そうと必死になった。けど、足を進めるごとに不安は強くなっていく。
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