上 下
71 / 97
追憶

追憶29

しおりを挟む
恭也さんは口を開けて苦しそうに俯いている。
「遥人君、車止めて!!」
「えっ… はい!」
車は止まった。
「恭也さんが苦しそうなの、どうしよう」
肩で大きく息をしている恭也さんの額には脂汗が滲んでいる。
「救急車呼びますか?」
「お願い」
恭也さんの動きが止まった。意識を失ってしまった体を私は慌てて引き寄せた。
「恭也さん、意識がないよ…」
遥人君は電話の向こうに状況を説明してくれた。いくつか受け答えをしたあと場所を伝えて電話を切った。
「タケルさんのとこ戻りましょう、仰向けに寝かした方がいいみたいです。救急車はそこに来てくれます」
「うん…」
車はUターンをして走り出した。急ぐ車の揺れに耐えながら恭也さんの背中を擦った。シャツにも汗が滲んでいる。まだ出発して間もなかったため数分で建物のところに戻ることができた。
「タケルさん電話出ないです。あたし探してきます」
「ありがとう莉奈ちゃん」
遥人君が車を停めるとすぐ莉奈ちゃんは建物に入っていった。
「中にマットなんかないよね…」
「トランクに断熱シートならありますよ!まあまあ厚みあります」
「じゃあそれ敷こう」
「はい!」
遥人君は車を降りてトランクの方へ回った。車のドアを開けて待っていると莉奈ちゃんが建物から飛びだしてきてこっちに叫んだ。
「夕夏さん!タケルさん、タケルさん倒れてます!!」
「え?」





手術室に入っていく寝台を見送った後、私達はその場に立ち尽くした。廊下の静けさが抑えていた動揺を露にした。
「恭也さん、ごめんなさい… あたしのせいで…」
莉奈ちゃんはしゃがみ込み手で顔を覆った。泣くのを堪えようとしている背中を見ていたたまれなくなった。
「莉奈ちゃん、あんまり自分を責めないで」
「違うんです、あたしが余計なことばっかり言ってたから」
「余計なこと?」
「…脚立に座って待ってたとき、恭也さんに聞いたんです。2階から下りるときにノートを開いてるのが見えて、綺麗な絵があったから誰が描いたのか知りたくて」
「恭也さん、なんて言ってた?」
「…彼女が描いたって。だから私興奮して色々聞こうとしたら、彼女はもう…亡くなったって…」
莉奈ちゃんはボロボロと溢れる涙を手で拭った。
「行きの車の中で言ってた事とか思い出したら申し訳なくて…」
「それで急に立ち上がったの?」
「…はい」
莉奈ちゃんの顔色が悪かったのはこの事だったのかとやり取りを振り返った。遥人君は黙ったまま床を見つめている。
自動ドアが開く音がして目をやるとすぐるさんが息を切らして入ってきた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18完結】エリートビジネスマンの裏の顔

白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます​─​──​。 私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。 同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが…… この生活に果たして救いはあるのか。 ※サムネにAI生成画像を使用しています

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

お久しぶりです、元旦那様

mios
恋愛
「お久しぶりです。元旦那様。」

あなたが望んだ、ただそれだけ

cyaru
恋愛
いつものように王城に妃教育に行ったカーメリアは王太子が侯爵令嬢と茶会をしているのを目にする。日に日に大きくなる次の教育が始まらない事に対する焦り。 国王夫妻に呼ばれ両親と共に登城すると婚約の解消を言い渡される。 カーメリアの両親はそれまでの所業が腹に据えかねていた事もあり、領地も売り払い夫人の実家のある隣国へ移住を決めた。 王太子イデオットの悪意なき本音はカーメリアの心を粉々に打ち砕いてしまった。 失意から寝込みがちになったカーメリアに追い打ちをかけるように見舞いに来た王太子イデオットとエンヴィー侯爵令嬢は更に悪意のない本音をカーメリアに浴びせた。 公爵はイデオットの態度に激昂し、処刑を覚悟で2人を叩きだしてしまった。 逃げるように移り住んだリアーノ国で静かに静養をしていたが、そこに1人の男性が現れた。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※胸糞展開ありますが、クールダウンお願いします。  心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。イラっとしたら現実に戻ってください。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

別に構いませんよ、離縁するので。

杉本凪咲
恋愛
父親から告げられたのは「出ていけ」という冷たい言葉。 他の家族もそれに賛同しているようで、どうやら私は捨てられてしまうらしい。 まあいいですけどね。私はこっそりと笑顔を浮かべた。

婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい

恋愛
婚約者には初恋の人がいる。 王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。 待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。 婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。 従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。 ※なろうさんにも公開しています。 ※短編→長編に変更しました(2023.7.19)

ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました

宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。 ーーそれではお幸せに。 以前書いていたお話です。 投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと… 十話完結で既に書き終えてます。

処理中です...