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追憶

追憶21

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渡された一斗缶を前に抱えて階段へ向かった。途中、ふと気がかりなことが浮かんで足を止めた。
「ねえ、タケル」
振り返り、タケルに向き合った。
「もういなくなったりしないよね?」
タケルは一瞬不意をつかれた顔をした。
「さっき恭也が言ってたことがその通りだったとしたら、僕は自分の人生を生きることができる」
「…うん」
「そしたら、僕が夕夏から離れる理由はなくなる」
その言葉に安堵した。でも、タケルの表情は硬い。
「さっきの話は現実味がない。実際に恭也と対面できている時点で入れ替わってると仮定することは理解できる。でも僕は青谷蓮という人物を知らないし、元に戻ったとして、どうなるのかわからない」
段々と陰りを見せる言葉に不安が迫る。
「何を言おうとしてるの?」
「この先も夕夏の傍にいるってことを約束できない」
「……」
「でも、もしこの事が解決したらその時は」
目を逸らしたくなるほどタケルは真剣で、静か過ぎる空間に緊張し息を呑んだ。
「ずっと傍にいるって約束する」
手に力が入って強張る。嬉しいのか寂しいのか、この感情がよくわからない。
「好きって言ったこと、まだ覚えてる?」
そう聞くとタケルの表情は緩み、困ったように微笑んだ。
「覚えてるよ」
「傍にいるって、そういう意味だって思っていい?」
タケルは私の目を見たままで、何も言おうとしない。どうしてこんなことを聞いてしまったのかとすぐに後悔した。
「ごめん、なんか気まずいよね。降りよう」
踵を返して階段の方に歩いた。微かな声でタケルが私の名前を呼んだように聞こえた気がした。でもそれも気にしていられないほど慌てたのは階段で莉奈ちゃんと遥人君が身を潜めていたからだ。
「…いつからいたの?」
「えっと、ちょっと前からです」
「…そう、あ、タケルが椅子替わりにできる物みつけてさ、それ運んでほしいんだ」
「じゃあ運びまーす」
莉奈ちゃんは上機嫌で私の横を通り過ぎていく。遥人君はすれ違いざま凛々しい顔で私に親指を立てて見せた。
自分が言ったことを思い出して顔が熱くなる。焦っているみたいで恥ずかしい。半ば逃げ出したくなるような気持ちで階段を下りた。
部屋に恭也さんが戻ってきていた。さっき木材の上に置いたノートを手に取り見ている。開いているページに色鮮やかな絵が描かれているのが見えた。
「それ、恭也さんが描いたんですか?」
「これは……」
言いかけたところで恭也さんはノートを閉じてしまった。視線の先には階段を下りてくる莉奈ちゃん達がいた。



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