40 / 79
咲
咲 23
しおりを挟む
夏休みが始まる頃には拓人の腕から三角巾が外された。そして多重子は例の掃除を再開するよう言いつけた。
拓人の部屋には扇風機やエアコンがなく窓すらない。唇が白くなっている拓人の顔を見て多重子は団扇をひとつ部屋に投げ入れた。
掃除にきりがつくと拓人は外へ出掛ける。真昼間は日差しがきつくなり肌が痛くなる、それでも家にいるよりずっといいと冷たい川の水に足先をつけながら思った。
盆になる少し前、やはりあの家族がやってきた。一家は拓人の存在に気が付いたが声を掛けることもなく荷物を玄関に下ろし家の中へ入って行った。
夕食時、拓人は1人部屋で食事を摂った。トイレに向かうと居間から珍しく多重子の楽し気な声が聞こえてきた。
食器を洗いに台所へ行くと孝太は決まって真後ろで騒ぐ。剣のおもちゃを振り回し、至るところで大きな音を立てた。
昼は昼で拓人が廊下の雑巾がけをしているところへうろつき邪魔をする。多重子の気に障ることがあれば拓人は自分の部屋で正座をさせられた。
さぼることがないようにと襖を開けたままにしておくよう言われ、そこに孝太が度々顔を覗かせて嘲笑を浮かべるのだった。
拓人にとって長い5日間だった。既に慣れていたはずの孤独や疎外感もこの時ばかりは胸に堪えた。
孝太らが荷物をまとめて家を発つと好奇の視線から解放されたことで心の内はすっかりもぬけの殻となってしまった。
夏休みも残り僅かとなった。拓人はいつものように掃除を終わらせると外へ出掛けた。たったひとつの拠り所だったあの場所も今は花も枯れて青々とした草が茂っているだけになった。拓人は草の地面に寝ころび高い空を見上げた。もうあの笛を聞くことはないのだろうか、そう考えて目を瞑った―――――
「こんなところで寝転んで、暑くないのか?」
突然の声に驚き目を開けると見知らぬ男が1人、爽やかな笑みを見せて立っていた。
「…はい」
上半身を起こし咄嗟に適当な返事をすると男は風で吹き飛びそうになったバケット帽を手で押さえながら遠くの空を見た。
「やっぱりこっちの方は自然が綺麗だな」
独り言か話しかけているのかわからない言葉を聞いて拓人は返事に戸惑った。男は首から下げていたカメラを構えると山の方に向けてシャッターを切った。顔からカメラを離すと拓人に訊いた。
「この辺で景色のいい場所ってどこかな?」
拓人は僅かに警戒したが、男が持つ少し特別に見えるカメラに興味があった。
「色々あるよ」
「よかったら案内してくれない?」
「……うん」
拓人は立ち上がり服に付いた草を払った。男は空を見上げ、吸い込まれそうな青さに目を細めている。
拓人の部屋には扇風機やエアコンがなく窓すらない。唇が白くなっている拓人の顔を見て多重子は団扇をひとつ部屋に投げ入れた。
掃除にきりがつくと拓人は外へ出掛ける。真昼間は日差しがきつくなり肌が痛くなる、それでも家にいるよりずっといいと冷たい川の水に足先をつけながら思った。
盆になる少し前、やはりあの家族がやってきた。一家は拓人の存在に気が付いたが声を掛けることもなく荷物を玄関に下ろし家の中へ入って行った。
夕食時、拓人は1人部屋で食事を摂った。トイレに向かうと居間から珍しく多重子の楽し気な声が聞こえてきた。
食器を洗いに台所へ行くと孝太は決まって真後ろで騒ぐ。剣のおもちゃを振り回し、至るところで大きな音を立てた。
昼は昼で拓人が廊下の雑巾がけをしているところへうろつき邪魔をする。多重子の気に障ることがあれば拓人は自分の部屋で正座をさせられた。
さぼることがないようにと襖を開けたままにしておくよう言われ、そこに孝太が度々顔を覗かせて嘲笑を浮かべるのだった。
拓人にとって長い5日間だった。既に慣れていたはずの孤独や疎外感もこの時ばかりは胸に堪えた。
孝太らが荷物をまとめて家を発つと好奇の視線から解放されたことで心の内はすっかりもぬけの殻となってしまった。
夏休みも残り僅かとなった。拓人はいつものように掃除を終わらせると外へ出掛けた。たったひとつの拠り所だったあの場所も今は花も枯れて青々とした草が茂っているだけになった。拓人は草の地面に寝ころび高い空を見上げた。もうあの笛を聞くことはないのだろうか、そう考えて目を瞑った―――――
「こんなところで寝転んで、暑くないのか?」
突然の声に驚き目を開けると見知らぬ男が1人、爽やかな笑みを見せて立っていた。
「…はい」
上半身を起こし咄嗟に適当な返事をすると男は風で吹き飛びそうになったバケット帽を手で押さえながら遠くの空を見た。
「やっぱりこっちの方は自然が綺麗だな」
独り言か話しかけているのかわからない言葉を聞いて拓人は返事に戸惑った。男は首から下げていたカメラを構えると山の方に向けてシャッターを切った。顔からカメラを離すと拓人に訊いた。
「この辺で景色のいい場所ってどこかな?」
拓人は僅かに警戒したが、男が持つ少し特別に見えるカメラに興味があった。
「色々あるよ」
「よかったら案内してくれない?」
「……うん」
拓人は立ち上がり服に付いた草を払った。男は空を見上げ、吸い込まれそうな青さに目を細めている。
0
あなたにおすすめの小説
結婚式をボイコットした王女
椿森
恋愛
請われて隣国の王太子の元に嫁ぐこととなった、王女のナルシア。
しかし、婚姻の儀の直前に王太子が不貞とも言える行動をしたためにボイコットすることにした。もちろん、婚約は解消させていただきます。
※初投稿のため生暖か目で見てくださると幸いです※
1/9:一応、本編完結です。今後、このお話に至るまでを書いていこうと思います。
1/17:王太子の名前を修正しました!申し訳ございませんでした···( ´ཫ`)
彼の過ちと彼女の選択
浅海 景
恋愛
伯爵令嬢として育てられていたアンナだが、両親の死によって伯爵家を継いだ伯父家族に虐げられる日々を送っていた。義兄となったクロードはかつて優しい従兄だったが、アンナに対して冷淡な態度を取るようになる。
そんな中16歳の誕生日を迎えたアンナには縁談の話が持ち上がると、クロードは突然アンナとの婚約を宣言する。何を考えているか分からないクロードの言動に不安を募らせるアンナは、クロードのある一言をきっかけにパニックに陥りベランダから転落。
一方、トラックに衝突したはずの杏奈が目を覚ますと見知らぬ男性が傍にいた。同じ名前の少女と中身が入れ替わってしまったと悟る。正直に話せば追い出されるか病院行きだと考えた杏奈は記憶喪失の振りをするが……。
愚かな側妃と言われたので、我慢することをやめます
天宮有
恋愛
私アリザは平民から側妃となり、国王ルグドに利用されていた。
王妃のシェムを愛しているルグドは、私を酷使する。
影で城の人達から「愚かな側妃」と蔑まれていることを知り、全てがどうでもよくなっていた。
私は我慢することをやめてルグドを助けず、愚かな側妃として生きます。
【完結】身代わりとなります
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
レイチェルは素行不良の令嬢として悪名を轟かせている。しかし、それはレイチェルが無知ゆえにいつも失態をしていたためで本人には悪意はなかった。
レイチェルは家族に顧みられず誰からも貴族のルールを教えてもらわずに育ったのだ。
そんなレイチェルに婚約者ができた。
侯爵令息のダニエルだ。
彼は誠実でレイチェルの置かれている状況を知り、マナー講師を招いたり、ドレスを作ってくれたりした。
はじめは貴族然としている婚約者に反発していたレイチェルだったがいつのまにか彼の優しさに惹かれるようになった。
彼のレイチェルへの想いが同情であっても。
彼がレイチェルではない人を愛していても。
そんな時、彼の想い人である隣国の伯爵令嬢フィオラの国で革命が起き、彼女は隣国の貴族として処刑されることが決まった。
そして、さまざまな思惑が交錯する中、レイチェルは一つの決断を下し・・・
*過去と未来が行ったり来たりしながら進行する書き方にチャレンジしてみました。
読みにくいかもしれませんがご了承ください。
乙女ゲームの正しい進め方
みおな
恋愛
乙女ゲームの世界に転生しました。
目の前には、ヒロインや攻略対象たちがいます。
私はこの乙女ゲームが大好きでした。
心優しいヒロイン。そのヒロインが出会う王子様たち攻略対象。
だから、彼らが今流行りのザマァされるラノベ展開にならないように、キッチリと指導してあげるつもりです。
彼らには幸せになってもらいたいですから。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる