40 / 77
咲
咲 23
しおりを挟む
夏休みが始まる頃には拓人の腕から三角巾が外された。そして多重子は例の掃除を再開するよう言いつけた。
拓人の部屋には扇風機やエアコンがなく窓すらない。唇が白くなっている拓人の顔を見て多重子は団扇をひとつ部屋に投げ入れた。
掃除にきりがつくと拓人は外へ出掛ける。真昼間は日差しがきつくなり肌が痛くなる、それでも家にいるよりずっといいと冷たい川の水に足先をつけながら思った。
盆になる少し前、やはりあの家族がやってきた。一家は拓人の存在に気が付いたが声を掛けることもなく荷物を玄関に下ろし家の中へ入って行った。
夕食時、拓人は1人部屋で食事を摂った。トイレに向かうと居間から珍しく多重子の楽し気な声が聞こえてきた。
食器を洗いに台所へ行くと孝太は決まって真後ろで騒ぐ。剣のおもちゃを振り回し、至るところで大きな音を立てた。
昼は昼で拓人が廊下の雑巾がけをしているところへうろつき邪魔をする。多重子の気に障ることがあれば拓人は自分の部屋で正座をさせられた。
さぼることがないようにと襖を開けたままにしておくよう言われ、そこに孝太が度々顔を覗かせて嘲笑を浮かべるのだった。
拓人にとって長い5日間だった。既に慣れていたはずの孤独や疎外感もこの時ばかりは胸に堪えた。
孝太らが荷物をまとめて家を発つと好奇の視線から解放されたことで心の内はすっかりもぬけの殻となってしまった。
夏休みも残り僅かとなった。拓人はいつものように掃除を終わらせると外へ出掛けた。たったひとつの拠り所だったあの場所も今は花も枯れて青々とした草が茂っているだけになった。拓人は草の地面に寝ころび高い空を見上げた。もうあの笛を聞くことはないのだろうか、そう考えて目を瞑った―――――
「こんなところで寝転んで、暑くないのか?」
突然の声に驚き目を開けると見知らぬ男が1人、爽やかな笑みを見せて立っていた。
「…はい」
上半身を起こし咄嗟に適当な返事をすると男は風で吹き飛びそうになったバケット帽を手で押さえながら遠くの空を見た。
「やっぱりこっちの方は自然が綺麗だな」
独り言か話しかけているのかわからない言葉を聞いて拓人は返事に戸惑った。男は首から下げていたカメラを構えると山の方に向けてシャッターを切った。顔からカメラを離すと拓人に訊いた。
「この辺で景色のいい場所ってどこかな?」
拓人は僅かに警戒したが、男が持つ少し特別に見えるカメラに興味があった。
「色々あるよ」
「よかったら案内してくれない?」
「……うん」
拓人は立ち上がり服に付いた草を払った。男は空を見上げ、吸い込まれそうな青さに目を細めている。
拓人の部屋には扇風機やエアコンがなく窓すらない。唇が白くなっている拓人の顔を見て多重子は団扇をひとつ部屋に投げ入れた。
掃除にきりがつくと拓人は外へ出掛ける。真昼間は日差しがきつくなり肌が痛くなる、それでも家にいるよりずっといいと冷たい川の水に足先をつけながら思った。
盆になる少し前、やはりあの家族がやってきた。一家は拓人の存在に気が付いたが声を掛けることもなく荷物を玄関に下ろし家の中へ入って行った。
夕食時、拓人は1人部屋で食事を摂った。トイレに向かうと居間から珍しく多重子の楽し気な声が聞こえてきた。
食器を洗いに台所へ行くと孝太は決まって真後ろで騒ぐ。剣のおもちゃを振り回し、至るところで大きな音を立てた。
昼は昼で拓人が廊下の雑巾がけをしているところへうろつき邪魔をする。多重子の気に障ることがあれば拓人は自分の部屋で正座をさせられた。
さぼることがないようにと襖を開けたままにしておくよう言われ、そこに孝太が度々顔を覗かせて嘲笑を浮かべるのだった。
拓人にとって長い5日間だった。既に慣れていたはずの孤独や疎外感もこの時ばかりは胸に堪えた。
孝太らが荷物をまとめて家を発つと好奇の視線から解放されたことで心の内はすっかりもぬけの殻となってしまった。
夏休みも残り僅かとなった。拓人はいつものように掃除を終わらせると外へ出掛けた。たったひとつの拠り所だったあの場所も今は花も枯れて青々とした草が茂っているだけになった。拓人は草の地面に寝ころび高い空を見上げた。もうあの笛を聞くことはないのだろうか、そう考えて目を瞑った―――――
「こんなところで寝転んで、暑くないのか?」
突然の声に驚き目を開けると見知らぬ男が1人、爽やかな笑みを見せて立っていた。
「…はい」
上半身を起こし咄嗟に適当な返事をすると男は風で吹き飛びそうになったバケット帽を手で押さえながら遠くの空を見た。
「やっぱりこっちの方は自然が綺麗だな」
独り言か話しかけているのかわからない言葉を聞いて拓人は返事に戸惑った。男は首から下げていたカメラを構えると山の方に向けてシャッターを切った。顔からカメラを離すと拓人に訊いた。
「この辺で景色のいい場所ってどこかな?」
拓人は僅かに警戒したが、男が持つ少し特別に見えるカメラに興味があった。
「色々あるよ」
「よかったら案内してくれない?」
「……うん」
拓人は立ち上がり服に付いた草を払った。男は空を見上げ、吸い込まれそうな青さに目を細めている。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
マッサージ
えぼりゅういち
恋愛
いつからか疎遠になっていた女友達が、ある日突然僕の家にやってきた。
背中のマッサージをするように言われ、大人しく従うものの、しばらく見ないうちにすっかり成長していたからだに触れて、興奮が止まらなくなってしまう。
僕たちはただの友達……。そう思いながらも、彼女の身体の感触が、冷静になることを許さない。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる