ゴールドレイン

小夏 つきひ

文字の大きさ
上 下
29 / 75

咲⑫

しおりを挟む
「私の家、園芸のお店やってたんだ」
「そうなんだ」
拓人はそんな店が近くにあったかと疑問に思った。
「このライトはね、父ちゃんが一番気に入ってたやつなの」
「お店ってどこにあるの?」
「火事で燃えちゃった」
「…」
「だからこれが私の宝物」
なんと言っていいかわからず拓人は横目で咲の顔を見た。
「父ちゃんね、植物のことなんでも知ってるんだ。それに、いろんなもの作ってくれた」
咲はポケットからあの枝笛を取り出して吹いた。
「ねえ、これなんて言ってるか当ててみて」
ピーっと音が3回鳴った。
「全然わかんないよ」
「じゃーあ、ヒント!果物だよ」
「りんご?」
「ブー。もっかいやるね」
「あ、わかった。みかん?」
「えっ、正解」
咲は驚いた顔で笑った。拓人は胸の中が変にくすぐったくなった。
それから暫く2人は笛の音で遊んだ。拓人は話しながら思った、咲は家の事情を聞いてこない。
外で会えばいつも笑い、楽しいことを探そうとする。だから居心地がいい。
「明日」
「え?」
「明日も来れる?」
「…雨降らなかったら」
「ほんと?雨降るかな」
「どうかな」
咲は上を見た。
「星、見えないから」
拓人も空を見上げた。確かに星は無く、月すらはっきり見えない。
「星好きなの?」
「うん。ここで寝転んで見れたらいいなって」
拓人は想像した。電線のない広い空を寝転んで見ることができるなんて夢みたいだ。
思えばいつからか星の図鑑を開かなくなっていた。
「原君はまだ見たことないかもしれないけど、雲がひとつもなくて星がたくさん見れる時があるんだよ」
「そうなんだ。明日、見えないかもしれないよ」
「いいよ。そしたらまたたくさん話そう」
「…わかった」
「じゃあまた10時にね」
「うん」


翌日、また咲は学校でそっけない態度だった。
拓人は思った。きっと他の生徒と遊ぼうとしない自分が咲とだけ話したりすると周りに陰口を言われるからだ。それで拓人も咲をできるだけ見ないようにした。今夜も会える、そう思えばなんてことなかった。
家に帰り掃除を始めると家の電話が鳴った。多重子が電話に出ると拓人はここぞと見計らって水筒に茶を入れに行った。だんだん暑くなり始め、喉が渇くのが早くなった。掃除で体を動かすから余計にだ。
茶を入れた水筒を部屋に置きにいき部屋を出た。電話は終わったのか、多重子が目の前に立っている。
「今、学校の先生から電話あったわ」
拓人は萎縮した。何か問題を起こしたわけではない。しかし、多重子は怒りの滲んだ目で拓人を見下ろしている。
「お前学校で毎日暗い顔してるらしいなあ。家でも辛気臭い顔しとるけど、よそでそんなん晒すなよ」
「ごめんなさい」
俯きそうになり咄嗟に顔を上げた。すると多重子は拓人の頬を摘まんだ。


しおりを挟む

処理中です...