ゴールドレイン

小夏 つきひ

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咲⑤

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「なんで私がこんなことせなならんのや」
居間から多重子の声がした。
「ほんまにあいつはろくな奴じゃないのう。あの女そっくりや」
「そんなこと言うなよ」
由雄の声だ。拓人は息を潜めてその場に留まった。
「家ん中は散らかり放題、洗濯物は腰掛けに広げっぱなし。おまけにガラスの割れたんもそのままにしてあったわ。血が付いてて気味悪かったし」
「それもお前が片付けるんか?」
「そうせなしゃあないやろ。後見人かなんかいうんになったんやから」
「どうせ家は売るんやから適当でいいやろ」
「あいつの嫁の仏壇、あれ処分するのも面倒やわ。ああ、金かかるのう」
「そこまでしてうちに来さす必要あるんか」
「何言うてんの、私ら死ぬまでこの土地で暮らすんよ?老い先短いのに、いつまでもあんな事で周りに陰口言われたら堪らんわ」
「…俺は別に気にならんけどな。子供がしたことやし」
「私が嫌やわ!」
入りにくくなった拓人は部屋に引き返した。話の内容はよくわからないが、多重子の機嫌が悪く話しかけるのは不味いと思った。
部屋で白飯を黙々と食べる。埃っぽい匂いのする部屋では味気ない。

連日、多重子は白飯だけを拓人に渡した。茶を飲みたいとも言いづらくなった拓人は黙って水道水をコップに入れて飲んだ。学校へ行けば美味い給食を食べられる、それまでの我慢だと自分に言い聞かせた。
学校の帰り、またいつもの草原へ寄り道した。今日は学校の図書館で本を借りた。やっと娯楽を手にした拓人は家での辛さを心から少し離し、陽の光で温まりながら本を読んだ。どれくらい経ったのかわからない、突然ピーと音がした。笛のように聞こえるが、細く弱い音だ。何度か鳴ったあとはぴたりと止まってしまった。周りを見渡すが人の姿はない。すぐ近くに大きな木が1本立っている、拓人は見に行くか考えた。しかし、人と会えば言葉を交わさなければならないと思うと立つ気になれなかった。
ふと目の前を見ると、うっすらと色づいた小さな花の蕾がところどころに揺れていた。拓人は暫くそれを眺めるとさっき読んでいたページに向き合った。


部屋の襖が勢いよく開いた。
「あんたのや、ちゃんと畳んでおけよ」
多重子は乾いた洗濯物をハンガーが付いたまま床へ放り投げた。
「なに黙っとるんや」
「…ありがとうございます」
多重子は襖を開けたまま居間の方へ歩いていく。
拓人は疑問に思った。食事が白飯だけになり、自分の部屋以外に行くことを拒否され、茶さえもらえなくなったというのに何故風呂は入っても文句を言われず洗濯物の世話はしてもらえるのだろう。
服を畳んでいると照明がちかちかと光った。見上げると二重になっている輪の蛍光灯がひとつ消えかかっている。部屋は湿っぽく、まもなく梅雨の季節がやってくることを思わせた。
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