ゴールドレイン

小夏 つきひ

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咲①

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「これ、うちで採れた野菜」
沼津は大きな葉を広げた数本の大根を箱に入れたまま玄関の床へ置くと今度は腕に提げた紙袋を渡した。
「あと、ちょっとだけど菓子もね。ほら、あんたとこ来た子に」
「ありがとうございます、気を遣ってもらって」
原多重子(はらたえこ)は短い白髪混じりの横髪を耳にかけると淑やかに頭を下げた。
沼津はその場で中の様子を覗うように目を動かした。
「沼津さん久しぶりですね、元気してましたか?」
「あー、そうだな。腰がちょっと痛かったもんだからな」
ばつが悪くなって沼津は手を後ろにまわすと玄関の扉を開けて帰る素振りを見せた。
「その子によろしく言うといてね」
「わかりました」
扉が閉まって静かになると、多重子は薄ら笑いを浮かべた。

「遠慮せんとたくさん食べるんよ」
低い食卓に様々な食器が並び、料理が盛られている。
原由雄(はらよしお)は既に箸を持ち自分の皿におかずを取りはじめている。
「来週から学校やし、しっかり食べて勉強頑張らんとね」
微笑みかける多重子をじっと見て、拓人は小さく「いただきます」と言った。
テレビは消えており、ただ黙々と食事をする多重子と由雄の顔を気付かれない程度に見ながら茶碗の米がなくなるまで食べた。
由雄は拓人に目を合わせることもなく、ひたすら料理を口に運んで時々湯呑の茶を啜った。食事が終わった後も言葉を交わさない老夫婦を見ていて拓人は自分がどう思われているのか気になった。
「お風呂入りなさい」
多重子に連れられて風呂場へ行くと、荷物に入れていた自分の服が既においてあった。
「脱いだ服はここの籠に入れなさいね」
「はい」
多重子は去り、拓人は1人になったことで息を楽にして風呂へ入った。

拓人が一時保護施設に入ってから2ヶ月が経とうとした頃、突然多重子が現れた。
拓人が保護された当初、父方、母方どちらにも連絡のつく親戚はいないという話だった。そのため拓人には児童養護施設へ入所する手続きがなされ、健司は精神疾患が短期間で回復する見込みがないために成年後見人をつける流れとなっていた。ところが、拓人の通う学校に多重子が訪ねてきて祖母だと言った。担任の林は役所に連絡をし、幾度の面会を終えて拓人は多重子の家に引き取られることとなった。多重子はこれまで付き合いがなかったことについて健司が一方的に連絡を絶ったため疎遠になってしまっていたと主張した。また、過去に健司が精神疾患を患っていたことを多重子は知っており、実家の高知でともに暮らしていた時から度々様子がおかしくなることがあり心配していたと話した。

拓人は風呂から上がり、自分の部屋として与えられた四畳一間の小さな和室に入ると薄暗い明かりの下でリュックから写真を取り出した。
一時保護施設から出る際、預けられていた荷物はすべてリュックに詰められ渡された。母めぐみと家の前で撮った写真、不器用に伸びたひまわりが懐かしく、カメラを構えて地面に尻餅をついた曽根明美の笑い声を思い出した。
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