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珍しく家の電話が鳴った。
1階には健司がいるはずだが呼び出し音は止まらない。あまりに長く間鳴っているため拓人は2階から降りて電話に出た。
「はい、原です」
「・・・」
電話機の画面を見た、非通知が表示されている。
「もしもし?」
受話器の向こう側は静まり返っている。少しして、しわがれた女の声がした。
「・・か」
「え?」
「お前の父親はそこにいるか」
「誰ですか」
返答を待っていると健司が来て聞いた。
「誰からだ?」
健司は横になっていたのか瞼を重そうにしている。拓人は目を合わせて首を傾けた。その時、耳元で声がした。
「替われ」
何も分からないまま拓人は受話器を渡す。相手が誰なのか知りたくて後ろに立ったがあの枯れた声では聞き取れそうにない。
健司は「原です」と言うと暫くして耳から受話器を遠ざけた、そして拓人に言った。
「2階に行きなさい」
拓人はその声色に疑問を抱いた。健司がどんな顔をしているのか気になりながら背を見たが、「拓人」と促されて階段を上った。
健司の声には冷たいものが滲んでいた。部屋に入ろうとした瞬間、下の階から台を強く叩く音がした。5段ほど階段を降りると健司の叫ぶ声がして足がすくんだ。
「どうして・・どうしてもっと早く言ってくれなかったんですか!!」
鼓動が激しくなっていく。忍び足で降りて息を呑み、覗いた。
健司はその場でしゃがみこんでいる。通話は切れてしまっているのか受話器が台からぶら下がっている。
翌週の土曜日、朝食の目玉焼きとトーストを食べながら拓人は黒服で降りてきた健司を見て目が覚めた。幼い頃の光景が目の前にあるようで体が強張る。
「拓人、出掛けてくるから昼ご飯は冷蔵庫の惣菜を食べなさい」
「どこ行くの?」
健司は目を合わせずに言った。
「知らなくていい」
そして玄関へ行きドアの閉まる音が寂しげに響いた。
「林先生どうかしたんですか?」
体育教師の岡本は、先程から手を止め一点を見つめている林に声をかけた。
「いえ、ちょっと考え事を」
「新学期が始まってお互い大変ですからね。何かあれば相談乗りますよ」
「ありがとうございます」
林は少し間を空けてから自分のデスクに戻ろうとする岡本呼び止めた。
「岡本先生、すみません」
岡本は振り返り周りを気にする林に歩み寄った。
「うちのクラスの原君なんですけど、体育の時に何か変わった様子はないですか」
近くに空いている椅子を見つけて岡本は座った。
「と言いますと?」
「実は最近、原君の表情がやけに暗いのが気になっていて」
「暗い?」
「はい。それだけならいいんですけど、あの子が着ている服の汚れや皺が目立っていたり、同じのを何日か続けて着ている時もあるんです」
岡本は林の懸念していることが分かりだした。そして周りを気にしつつ声を小さくして言った。
「体操服を着てる時に傷や痣なんかは見た記憶ないですけどね」
「そうですか… 僅かながら、育児放棄の傾向があるんじゃないかと心配になってしまって」
「うーん、しかし父親は確かいつもスーツでビシッと決めて人当たりの良さそうなあの人でしょ?」
「はい」
岡本は緊張がほぐれたように笑った。
「考えすぎじゃないですか?そりゃ暗い顔してたら気になるのは分かりますけど、あんな理想とされるような父親滅多にいないですよ」
「何もなければいいんですけど、なぜか引っかかってしまって」
「原は自分ではっきり物を言えるタイプですから、何か言ってくるのを待ってみればいいんじゃないですか」
岡本は立ち上がるとデスクに移動しタオルで汗を拭いた。
林はまだぼんやりと宙を見ている。
1階には健司がいるはずだが呼び出し音は止まらない。あまりに長く間鳴っているため拓人は2階から降りて電話に出た。
「はい、原です」
「・・・」
電話機の画面を見た、非通知が表示されている。
「もしもし?」
受話器の向こう側は静まり返っている。少しして、しわがれた女の声がした。
「・・か」
「え?」
「お前の父親はそこにいるか」
「誰ですか」
返答を待っていると健司が来て聞いた。
「誰からだ?」
健司は横になっていたのか瞼を重そうにしている。拓人は目を合わせて首を傾けた。その時、耳元で声がした。
「替われ」
何も分からないまま拓人は受話器を渡す。相手が誰なのか知りたくて後ろに立ったがあの枯れた声では聞き取れそうにない。
健司は「原です」と言うと暫くして耳から受話器を遠ざけた、そして拓人に言った。
「2階に行きなさい」
拓人はその声色に疑問を抱いた。健司がどんな顔をしているのか気になりながら背を見たが、「拓人」と促されて階段を上った。
健司の声には冷たいものが滲んでいた。部屋に入ろうとした瞬間、下の階から台を強く叩く音がした。5段ほど階段を降りると健司の叫ぶ声がして足がすくんだ。
「どうして・・どうしてもっと早く言ってくれなかったんですか!!」
鼓動が激しくなっていく。忍び足で降りて息を呑み、覗いた。
健司はその場でしゃがみこんでいる。通話は切れてしまっているのか受話器が台からぶら下がっている。
翌週の土曜日、朝食の目玉焼きとトーストを食べながら拓人は黒服で降りてきた健司を見て目が覚めた。幼い頃の光景が目の前にあるようで体が強張る。
「拓人、出掛けてくるから昼ご飯は冷蔵庫の惣菜を食べなさい」
「どこ行くの?」
健司は目を合わせずに言った。
「知らなくていい」
そして玄関へ行きドアの閉まる音が寂しげに響いた。
「林先生どうかしたんですか?」
体育教師の岡本は、先程から手を止め一点を見つめている林に声をかけた。
「いえ、ちょっと考え事を」
「新学期が始まってお互い大変ですからね。何かあれば相談乗りますよ」
「ありがとうございます」
林は少し間を空けてから自分のデスクに戻ろうとする岡本呼び止めた。
「岡本先生、すみません」
岡本は振り返り周りを気にする林に歩み寄った。
「うちのクラスの原君なんですけど、体育の時に何か変わった様子はないですか」
近くに空いている椅子を見つけて岡本は座った。
「と言いますと?」
「実は最近、原君の表情がやけに暗いのが気になっていて」
「暗い?」
「はい。それだけならいいんですけど、あの子が着ている服の汚れや皺が目立っていたり、同じのを何日か続けて着ている時もあるんです」
岡本は林の懸念していることが分かりだした。そして周りを気にしつつ声を小さくして言った。
「体操服を着てる時に傷や痣なんかは見た記憶ないですけどね」
「そうですか… 僅かながら、育児放棄の傾向があるんじゃないかと心配になってしまって」
「うーん、しかし父親は確かいつもスーツでビシッと決めて人当たりの良さそうなあの人でしょ?」
「はい」
岡本は緊張がほぐれたように笑った。
「考えすぎじゃないですか?そりゃ暗い顔してたら気になるのは分かりますけど、あんな理想とされるような父親滅多にいないですよ」
「何もなければいいんですけど、なぜか引っかかってしまって」
「原は自分ではっきり物を言えるタイプですから、何か言ってくるのを待ってみればいいんじゃないですか」
岡本は立ち上がるとデスクに移動しタオルで汗を拭いた。
林はまだぼんやりと宙を見ている。
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