おもいでにかわるまで

名波美奈

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第四章

第二百三十四話

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滅多にない明人からの着信に水樹は恐怖した。

ドクッ。心臓から一つ大きな音がすると、次はトクトクトクトクと物凄い速さで脈打った。

「久しぶり・・・。」

「あは。学校で会ってるよ。」

「そうだよね・・・。あのさ、俺考えたから。」

まとわりついてくる生ぬるい空気が、水樹の全身を一瞬で痺れさせて動けなくする。

「別れよう。」

明人は聞き取りやすいようにはっきりと声にした。もっと声が詰まったり震えたりするのかと思っていたけれどスムーズに言う事が出来た。そしてその聞き取りにくさなどないはっきりとした声には、明人の決意が表されているようで、水樹は、ザンっと真剣で頭から真っ二つに切られたような衝撃を受け、同時に目から大量の血ではなく、大量の涙を溢れさせた。そして明人は電話を切らずにその泣き声が途切れるまで待った。

あっ、はっ、嫌だ、声が出ない、苦しい、はっ、となんとか息継ぎをして水樹は持ちこたえる。

大丈夫、大丈夫、大丈夫、落ち着かなきゃ、何か言わなきゃ。

でも当然泣き続けるしか出来なくて、すぐには話せない。

「この間は言い過ぎてごめんなさい。ちゃんと考えてってそんなつもりで言ったんじゃないよ。」 

「俺は凄く考えて悩んだよ。」

明人にとって、水樹の輝かしい未来の為に身を引く、なんてそんな美談ではなくて、ただ単に水樹と歩むべき未来から離脱したかった。

水樹は泣く事しか出来なくて、だからそれ以上は話すのは難しく、そして週末会ってもう一度話そうと約束した。

水樹は電話を切ると、わあっと泣き叫びたかった。布団を頭から被り、家族の誰にも聴こえないように、声を殺して朝まで泣き続けた。

大丈夫、大丈夫、絶対に説得する、会えるんだからまだなんとかなる。謝る、頑張る、きっとまだ間に合う。そうなんとか自分に言い聞かせないと生きていけそうにない程ギリギリの精神状態だった。
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