おもいでにかわるまで

名波美奈

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第三章

第百六十ニ話

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水樹はサラリーマン風の男に腕を掴まれ、揉めているように瞬介には見えた。

「お小遣いあげるから今からホテル行かない?」

「行くわけないでしょっ。離せうすらばかっ。」

瞬介はただ単純に驚いた。水樹の口から聞いた事が無いような罵声が飛び出してる。それにそんな事言うと逆効果だ。

「お姉さんこわっ。でも逆にそれつぼだわ。」

そう言うと男はもっと強く水樹の腕を引っ張り、そして瞬介は焦り急いで考えた。自分の思い付く限りの、漫画、アニメ、ドラマ、映画、コントの中から今言うべき台詞をだ。

「俺の女に手ぇ出すんじゃねーよ。」

「はい?なんだ?このチビっ。」

うわ、お約束!と瞬介がこんなシリアスなシーンで笑ってはいけないと自分を律すると、男は水樹から手を離し瞬介の方に向き直した。

「水樹ちゃん、俺の後ろに。」

当然現実がこちらで本当は怖くて瞬介の心臓はバクバクした。それに喧嘩なんてした事もなかった。

よし。と瞬介は小学生の頃習っていた空手の動きをした。でも本当は習っていたのは低学年のみで、もちろん弱過ぎて組んだり出来ないのだ。それでも水樹を護りたくて、ドキドキしながらはあーと手を前に構えて息を吐き、そしてとんでもなく大きな声で叫んだ。

「サアッ!」

「サア?は?卓球でも始めるのかよ?」

手応えはあった。男は混乱して動きが止まっている。そしてこの続きをどうするか高速で考える。けれども瞬介も同様に混乱していて咄嗟にはこの後の行動が思い付かない。

「瞬ちゃん行くよっ。」

水樹は瞬介の腕を掴むと、陸上選手並みの猛スピードで走り出した。そして男は追い掛けては来ず、二人は無事にソフトクリームを食べようとした場所に戻ってきたのだった。

「はあ、はあ、はあ。良かった。うまく逃げられたね。」

「はあ、はあ、はあ。ごめんなさい。知らない人について行って・・・。」

水樹は理由を話した。座っている時に男に携帯電話の地図を見せられ道を聞かれ、うまく理解してもらえなかった為少しだけ案内するつもりだったが、男は最初からナンパ目的で、途中、‘ていうか今からお茶しません?’の流れに変わったとの事だった。
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