おもいでにかわるまで

名波美奈

文字の大きさ
上 下
159 / 267
第三章

第百五十八話

しおりを挟む
ひと気のない駐輪場で、ガシャンと自転車を準備し方向を変える為に明人はハンドルを握る。

「えっ・・・。」

なんで・・・いた・・・待って、た・・・?

心臓が止まった。そしてお互いに何も言葉を発さずに、更には同じような表情で、長い時間、ほんとは数十秒かもしれないけれども長い時間見つめ合った。

何か言おうか・・・。何を言おうか・・・。

と迷いながら思考回路をフル回転させた。自分を驚かせる為に、水樹は今日、わざと返事をしなかったのだろうか。

沈黙が続く。声にならない。ただ我慢できずに先に照れ笑ったのは水樹の方だった。そして明人もまだ目を逸らさずにいたから、つられて少しだけ微笑んだ。

目を合わせると気持ちの通り道ができるのか。昼間のぎこちなさなど吹き飛ばして明人と水樹はプラムの味のような空間に包まれた。

「あ、長谷川さんも遅かったんですね。」

明人は久しぶりに水樹の声を聞いたような気がした。

「うん。ちょっと野暮用で。」

「そうなんですね。お疲れ様です・・・。」

「まじで疲れたよ。」

そして二人はまた沈黙する。でも今度は長くはなかった。

「あの、長谷川さん・・・。」

「一緒にっ・・・。」

声が重なり合い、そしてそこまで言いかけて止まった。それからもう一度目を合わせて、次は明人がさっきよりも少しだけ大きく笑ってその続きを言った。

「一緒に帰ろっか。」

「えっ・・・。はいっ。」

少しだけ大きく笑った明人よりも、水樹はもっと笑って元気に答えた。明人はその姿を、純粋に可愛いと思った。

その後はお互いに自転車を漕いで行き、一緒にいられるギリギリの場所、近くの小さな神社に寄り道をして、今日する事が叶わなかったお喋りをし直した。

「嘘。俺のレポート用紙なかったの?」

明人は驚いた。駐輪場で会えた事、単なる偶然だったのだ。明人が水樹を認識してからあの駐輪場で遭遇した事はなく、だから今日に限ってこんな事が起きるなんて信じられなかった。まるで、春から今日まで二人を惹かれ合わす為に、わざといくつもの奇跡が用意されているみたいだ。

「今日も入れてくれてたんですね。私も机の中、何回も探したので間違いないです。盗られたんでしょうか・・・。」

「・・・うーん。目的はわからないけど、気付いてた奴がいたんだね。そういえばクラブでも和木にさ、あっ。」

明人は、自分と水樹がいちゃついていると思っているやつがいるとは言えるわけがなくて、言いかけた言葉を引っ込めた。そして水樹は不思議そうな顔をした。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

将棋部の眼鏡美少女を抱いた

junk
青春
将棋部の青春恋愛ストーリーです

隣人の女性がDVされてたから助けてみたら、なぜかその人(年下の女子大生)と同棲することになった(なんで?)

チドリ正明@不労所得発売中!!
青春
マンションの隣の部屋から女性の悲鳴と男性の怒鳴り声が聞こえた。 主人公 時田宗利(ときたむねとし)の判断は早かった。迷わず訪問し時間を稼ぎ、確証が取れた段階で警察に通報。DV男を現行犯でとっちめることに成功した。 ちっぽけな勇気と小心者が持つ単なる親切心でやった宗利は日常に戻る。 しかし、しばらくして宗時は見覚えのある女性が部屋の前にしゃがみ込んでいる姿を発見した。 その女性はDVを受けていたあの時の隣人だった。 「頼れる人がいないんです……私と一緒に暮らしてくれませんか?」 これはDVから女性を守ったことで始まる新たな恋物語。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

お父さんのお嫁さんに私はなる

色部耀
恋愛
お父さんのお嫁さんになるという約束……。私は今夜それを叶える――。

讃美歌

エフ=宝泉薫
青春
少女と少女、心と体、美と病。 通い合う想いと届かない祈りが織りなす終わりの見えない物語。

チョメチョメ少女は遺された ~変人中学生たちのドタバタ青春劇~

ほづみエイサク
青春
 お気に入り登録、応援等、ぜひともよろしくお願いいたします!  鈴木陸は校内で探し物をしている最中に『なんでも頼み事を聞いてくれるヤツ』として有名な青木楓に出会う。 「その悩み事、わたしが解決致します」  しかもモノの声が聞こえるという楓。  陸が拒否していると、迎えに来た楓の姉の君乃に一目ぼれをする。  招待された君乃の店『Brugge喫茶』でレアチーズケーキをご馳走された陸は衝撃を受ける。  レアチーズケーキの虜になった陸は、それをエサに姉妹の頼みを聞くことになる 「日向ぼっこで死にたい」  日向音流から珍妙な相談を受けた楓は陸を巻き込み、奔走していく  レアチーズケーキのためなら何でもする鈴木陸  日向ぼっこをこよなく愛する日向音流  モノの声を聞けて人助けに執着する青木楓  三人はそれぞれ遺言に悩まされながら化学反応を起こしていく ――好きなことをして幸せに生きていきなさい  不自由に縛られたお祖父ちゃんが遺した ――お日様の下で死にたかった  好きな畑で死んだじいじが遺した ――人助けをして生きていきなさい。君は  何も為せなかった恩師?が遺した   これは死者に縛られながら好きを叫ぶ物語。

処理中です...