おもいでにかわるまで

名波美奈

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第三章

第百五十話

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ソフトボールをした次の日、明人が登校すると明人の机の中には水樹からきっちりとレポート用紙が返ってきていた。明人はその瞬間には内容を確認せず、授業が始まってから少し周りを警戒しながらゆっくりとページをめくった。

レポート用紙が無事に返却されて良かったと思う反面、どうして水樹が返事を書いてよこすのかがわからない。けれどおそらく何も深い意味はないのだと納得はしている。

それともこれは何かの罠で、自分を騙そうとしているのかもしれない。と思った矢先に水樹はそんな人じゃないな、と明人はすぐに自分のナーバスを否定した。出会ったばかりでまだ水樹の事を何も知らないけれど、何の根拠もないけれど、明人にはそう思えるのだった。

‘ソフトボールお疲れ様でした。私も中学3年生ではサードだったんですよ。’

水樹の一方通行の情報に、明人はへえ、そうなんだ。と思った。それに確かに内野手用のグラブだった。そして、中学生の水樹はどんな感じだったんだろうかと明人はつい想像してしまうのだった。

あんまり変わってないんだろうな。と授業中にも関わらず、ふふっと過去に意識を飛ばしてほくそ笑むと、ん?と一度書いたものを消しゴムで消した跡に気が付いた。

気にはなる。でも見えない。まいいか。と簡単に諦め、明人はシャープペンシルを握り返事を書いた。

‘怪我は大丈夫ですか。負けて残念ですね。ここに書いてあった事を教えてくれたらいつかいい物あげます。’

消された箇所の付近に矢印を書き足し、それからあとは特に他に書く事が思い付かなかったので明人は肘を付いて窓の外を見た。

もうあれ以来迷い猫は現れない。

そしてしばらく経ってからふと思い立ちまたレポート用紙を取り出すと、‘猫が好きなんですか。’と追記して、水樹の後ろ姿をぼんとやり眺めた。
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