おもいでにかわるまで

名波美奈

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第三章

第百四十二話

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瞬介は守備につきながらセカンドにいる明人を見ていた。明人は喜びもせず、ベースの上に長い片足をクールに載せ立っている。そして瞬介が次に水樹を見ると、手を叩きながらその場で何度も飛び跳ねて喜んでいた。

自分だって水樹の為にランナーを返したいのだから瞬介は悔しくてたまらない。それだけでなく、水樹の為にランナーを返してあげるどころか、ノーアウト満塁で水樹が華麗に放った打球は、皮肉にも自分のクローブに吸い込まれていった。

別に自分が水樹を打ち負かしたいわけではないのに、ベンチに戻っていった水樹の悲しそうな顔が自分のせいのように感じて辛かった。そして次の打者の明人とすれ違いざまに何か話した後、明人が水樹の帽子に触れ耳元でささやいた二人の姿が目に焼き付きズキッとした。

ところで肝心の試合はレフトフライの連続ですぐにチェンジとなり、残るは最終回の裏のD組の攻撃のみとなった。

得点は6対5、A組がリードする展開だけれども、もう瞬介は水樹に勝つのも負けるのも望んでいない中途半端な気持ちで、なんなら6番打者から始まるのだから2番の自分にはもう打席が回ってこなくてもいい、などと仲間に対して最低な事すら考えていたのだった。

そこにはタイムリーを放って水樹を笑顔に変えた明人とは正反対な、陰気な瞬介しかいなかった。けれども自分に回るな、と弱気な気持ちを持ったせいなのか、ツーアウト満塁で瞬介はバッターボックスに入る事になった。

そして最後の回までピッチャーは水樹のままで、瞬介がお疲れ様、と心で労うと、通じたのか水樹は帽子のつばを右手の指二本で挟み笑って一礼した。

やべー・・・。それだけで瞬介のテンションが上がる。でも戸惑う。このおいしいチャンスに仲間からのヤジも容赦がない。

ただ瞬介も男だ。礼とも約束した。迷った時の答えはYES。手は抜かずに打ってかっこいい所を水樹に見せたいのだ。そして一緒に甲子園の砂、ではなくて学校の砂を水樹と集めようと気持ちを切り替えた。水樹も瞬介も真剣な顔をした。

ストライク、ストライク、ボウル、ファウル、ファウル。とタイミングが合う。そして・・・。

カキーン・・・。

瞬介は走った。でも気持ちはごめんなさいだ。打球がセンターとレフトの間を抜けるとランナー二人が帰還しその時点で6対7☓のゲームセットとなり、瞬介は仲間に頭を叩かれながらベンチに戻った。

瞬介は、やったーヒーローだーとなりかけたが心配でA組を、水樹を確認した。もしかして地面に両膝をついてうなだれてるんじゃないかと心配だった。けれども水樹を含めA組の皆は大笑いしてスッキリした顔でワイワイ賑やかにしていて、負けた事など気にしていなかった。
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