おもいでにかわるまで

名波美奈

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第三章

第百三十八話

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1回の表の攻撃でA組は2点を先制した。そして裏のD組の攻撃で瞬介は2番打者だった。でも、さあ反撃だと意気込んではみたものの、瞬介は三振、他は内野ゴロと外野フライ、結局三者凡退に終わった。

ただし瞬介は三振した後ににやけていたのだった。水樹が投げて、瞬介が構え、照れて笑いながらお互い目を合わせて見つめ合った事になんだか興奮してしまった。そしてその結果が三振なのだった。

三振をして喜んでいるなんて、瞬介はクラスの皆には言えないな、と思っていた。

2回表のA組の攻撃は8番打者からで、つまりは9番の水樹に打順が回る。その打席姿を瞬介は内緒で期待した。そしてもしかしたら瞬介以外の男子も期待しているのかもしれなかった。

A組の攻撃は、8番がアウトになり水樹の番となる。そして数球目、水樹がパコーンとやや低く打ち返した打球はライトとセンターの間にゆっくりと落ち、ただそのヒットすらも水樹らしくてこの場を和ませた。

毎年クラブの歓迎会でボーリングに行っているけれど、水樹はボーリングはうまいしそこでもかっこいい。けれども卓球なんかはどんくさくて、そのギャップがかわいいなと瞬介は思うと地味に赤面した。

そして次の打者の明人はライトフライに倒れ、2番打者の打球はサードへの強襲で水樹は2塁に走った。でもサードは判断し、ファーストではなくセカンドに送球した。

え、え、えー!?と何名かは驚く。

ズザー!

スポーツになると急にやんちゃになる水樹はこの場面でスライディングをした。瞬介は水樹がセカンドでスライディングをした事にどぎまぎし、それから敵味方関係なく皆で爆笑した。

「炎のスライディング!」

瞬介がセンターから水樹に声を掛けると、立ち上がってから水樹はとびきりの笑顔で胸の辺りでブイサインをして瞬介に返した。

「羽柴お前どっちの味方なの。いちゃこらしてんじゃねーよっ。」

いちゃこら。久しぶりに聞いたな、と瞬介はまた喜んだ。

こんな自分でもあの水樹とちゃんといちゃついているように見てもらえるのだ。だから仲間の冷やかしは少しも鬱陶しくなく、反対に、何年も生長しない瞬介の小さな恋の種にドクドクと水を与えてくれているのだった。
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