おもいでにかわるまで

名波美奈

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第二章

第八十三話

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聖也は春休みの午後練の後、水樹と駅の少し向こうのショッピングセンターのフードコートでデートをしていた。

「勇利今日も休みだったね。練習無断で休んでるし電話も出ねーし返信もないんだ。」

「きっと何かあったんですよね。心配です。正木さん、どうしよう・・・。」

勇利の名が出ると水樹はあからさまにうろたえた。

「だあいじょうぶだって。そんな動揺すんなよ。なあ水樹、勇利の事はまた俺が様子見とくから、今は俺の事だけ見といて。」

「すみません・・・。」

まただ。と聖也は気になった。水樹は聖也が何かを言うとすぐに謝る。だから二人は当然もめることもなければ傷付け合う事もないのだ。本当はもっと、水樹の良い所も悪い所も全部受け止めて、聖也は水樹でいっぱいになりたかった。でもあまり追い詰めても水樹はすぐにごめんなさいと言うだけだからと無理をしないでいた。

ところで水樹の鞄には、先月のホワイトデーのプレゼントに付属していたスワロフスキーのクマのチャームがぶら下がっている。他の聖也からのプレゼントもいつも肌見離さず身に着けているのに、何を不安になってんだ、と聖也は自分を戒めた。

「そのクマ、やっぱかわいい。」

「はい。とても気に入っています。ありがとうございました。」

「ちょっと触ってもいい?」

聖也は水樹からクマを受け取ると、水樹にしたいようにクマを愛しく撫で手の中で抱きしめた。それからクマをテーブルの上に立たせてみた。けれどそのクマは自身では支える事が出来ずに倒れてしまった。

「このクマって、支えがないと立てないね。」

そこで聖也は自分の腕時計を外し、クマの周りを囲う様に置いてあげた。するとクマは時計にもたれかかって立つ事が出来たのだった。

「良かった。うまく立てましたね。」

水樹はクマと時計の並びが気に入ったのか、それからクマと時計を動かして遊び始めた。

「このクマと時計は俺達みたいだね。」

「え?」

「クマが水樹で時計が俺。見てて。こうやってさ、時計が広くクマを囲うとさ、クマはきちんと立つ事ができるでしょ?でもさ、徐々に時計を縮めて狭くしていくとさ、コトン、ってクマは窮屈になってまた倒れちゃうんだよね・・・。」

聖也は内容が重すぎたかなと反省した。それから沈黙になり、少し気持ちが落ちてしまった。
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