おもいでにかわるまで

名波美奈

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第二章

第四十八話

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その聖也は荒れていた。

何が得失点差だ。女々しい事言ってんじゃねーよ絶対負けねーから。俺の叫びは絶望じゃなくて歓喜なんだよ。

そしてスウ、と大きく空気を吸うと仲間に続いて階段をおりた。

扉の前には一足先に水樹がいて、顔をしかめたかと思えばにやにやしたりうなずいたり、何やら一人の世界の真っ只中に見えた。

この試合前の酷い緊張の中でも、水樹を見ると聖也は癒やされまたもやぷっと吹き出す。

超不審者発見。

今は水樹に構う余裕すら無いのだけれど、結局聖也は話し掛けてしまうのだ。

「みーずき。さっきから何百面相してんの?」

二人に気が付いた夏子が試合開始時間を気にして注意を促した。

「聖也、油売るのは1分だけにしなよ。」

そしてはなから聖也の返事を聞く気はなく扉の中に消えていく。

「そんな顔してました?すみません。何だか心配で・・・。」

水樹の‘心配’という言葉が胸に刺さって痛かった。

「それにしても正木さんてなんでもよく見てますね。」

「お、おう。皆のまさちゃんだからよ。」

「あはは。なんですか、それ。いつも面白いですね、正木さんて。」

いつになく頭が回らず聖也はださい返事をしたが、それでも笑ってくれる水樹がいる。

別に面白くなんてねーよ。お前がそうさせてんだろ。

聖也は恥ずかしくても水樹を強く見つめたくなった。聖也は最初から、水樹のこの笑顔が好きなのだ。そして、水樹の笑顔をこの先も覚えていたいと思った。

好き・・・。

そうだよな・・・。

その二文字で心臓がどんどん揺れた。ドクドク、ドクドク、ドクドク、ドクドク・・・。速くなり、そして今はっきりと思う。

俺は水樹が好きだ。

「水樹さ、俺がふざけてばっかの軽い男だと思ってるでしょ。」

「えっ?」

「じゃあさ、今から本気まじなやつ言うわ。」

「まじなやつですか?」

「この全部が終わったらよ・・・、どっか連れてってやっからどこ行きたいか考えとけ。」

少し間を開けてから、水樹は返事をした。

「はい・・・。」

でも聖也には水樹の表情は読めなくて、たかだか遊びに誘っただけなのに最後は心臓が爆発した。そしてこれ以上一緒にいる事が限界とさとると、水樹を置いてコートに向かった。

何で今くどいてんだよ、俺・・・。

バカなの?俺・・・。

こんな大事な時に余計に緊張してどうすんだよ、俺・・・。

でもいんだ。大切な誰かの為に闘うと力が湧いてくるって、スポーツマン達がこぞって言ってんだ。

それからシュート練習をして整列し、上を向いて右手で胸を押さえて気持ちを落ち着かせる。聖也がベンチを見ると水樹と夏子が小さくガッツポーズしていた。

行くよ。

心で二人にそう伝えると、試合開始のブザーが鳴った。
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