二人の火照り遊び

山之辺アキラ

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1章

30.一年間のインターバル

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 夏休みが終わって二学期が始まった。
 覚悟はあっても一年はやっぱり先が長い。
 美詠はあえて拓斗を意識しないように過ごしている。

 しかし、それがどうしても破られてしまう日がある。
 今年になってから参加しはじめた町内会の文化ふれあい教室の日だ。
 拓斗の祖母、和子とそこで必ず一緒になるのである。

 文化ふれあい教室は美詠と和子の関係を、”挨拶だけのお隣さん”から”共通の話題のあるお隣さん”へと変えてくれた功労者だが、今の美詠にとっては楽しさ半分、つらさ半分といったところだ。
 とはいえ、参加をやめるというのも和子の手前、なかなかしづらい。

 この前の教室のテーマは折り紙だった。
 自治会館の和室で講師と参加者が輪になって、みんなで折り紙を楽しんだ。
 美詠もいつもどおり和子の隣で和やかな時間を過ごしたのだが……。

 出るだろうなと思っていたら、その日もやっぱり出た彼の話題。
 たっくん大好き和子さんだから、会えば何かにつけて聞かされる。
 例えばネコを折りながら「そういえば昔、拓斗にもね」と思い出エピソードが始まったり、きれいな紙の柄を見て「拓斗もこういう柄が結構好きなのよ」と教えてくれたり、それこそ連想ゲームのように湧いてくる。

 もちろん和子に悪気はないし、むしろ拓斗との仲の良さを知ったうえで話す善意なのだから、美詠もありがたく話を聞いて調子を合わせる。
 それが少しきついのだ。
 彼と付き合ってるからつらいんですとも言えないし、話を聞きたくないとも言えないし、和子の隣に座らないというのも到底できない。

 きついと言えば拓斗が東京へ帰った次の日に、同じ文化ふれあい教室で和子に感謝された時もそう。

「拓斗はおとなしくて一人でじっとしているから心配だったのよ。みよみちゃんがお友達になってくれて本当に嬉しいわ」と言われた時は、さすがに美詠も、
「あ、いえ。こちらこそー」とお茶を濁して笑うしかなかった。

 孤立を心配されるほどのおとなしさ――。

 確かに縁台で寝転ぶ姿ばかり見ているとそう思うのかもしれない。
 けれどもそれが彼の実態といかに離れているか、美詠はよく知っている。
 知っているからそんなことを言われると逆にいろいろ思い出してしまう。

 それでもってその感謝の後に「ああ見えて優しいから」という一言が差し込まれたのだからたまらない。アンナコトやコンナコトが脳裏にありありと甦ってしまった。

 そのときの恥ずかしさといったらない。
 ゆったり微笑む和子の顔と、教室の文化的で穏やかな空気が針のムシロ。
 顔に出ちゃったかなあと美詠は後でげんなりしたくらいだ。

 それが尾を引いたまま次の日学校へ行くと、いきなり男子にからかわれた。

「藍川のくせに朝から元気ねーじゃん」
「普通だよ?」
「分かった。朝ご飯の量が少なかったんだろ!」
「私そんな食いしんぼじゃないもん!」
「だははは。怒った怒った」
「もう、うるさーいっ」

 疲れるのである。

 学校といえば美詠は例のコクハク遊びをしばらく警戒していた。
 もちろん巻き込まれないようにだ。自分から加わらなくても、以前のノリでパッとスカートをめくられては困ってしまう。

 もっともそれは杞憂に終わった。
 長い休みがみんなの気分を変えたのか、ブームは自然消滅していた。

 しかし、みんなの気配がなにやらおかしい。
 なんだろうと思っていると、ひそかにこんな噂が広まっていた。

「お股にシャワーを当てると気持ち良いんだって」
「……!」

 その日の夜、お風呂の中で美詠はさっそく試してみた。
 ……のだが、期待に反してそんなに良くない。
 当てているとムズムズする感じはあるが、カーッとくるようなアレがない。

(なんで?)

 ひとまず中断してお股の中を洗うことにした。
 石鹸を使うのは外側だけ。割れ目の中はお湯洗い。少し開いて指でシュッシュッ。
 物心ついた頃からこうして洗っているのだ。
 自分の気持ちの良い場所も小さい頃すでに発見していた。
 しかし発見当時、お風呂の中でなんとなく触っていたら、「洗うだけ!」と母親しずえに手をはたかれたので、いけない場所なんだと思って、以来そこを意識しなくなったという経緯がある。

 あらためてそこを触ってみると、やっぱり気持ちが良い。
 けれども、おかしい。

(あれぇ?)

 美詠はまた首をかしげた。
 そこそこな気持ち良さしかない。

(たっくんに触られたときはすごかったのに)

 頭にクエスチョンがいっぱい浮かんだ。
 包皮を指でちょいちょいと触っていると、またアンナコトやコンナコトが今のことのように思い返された。

 ――すると来た。急にイイ感じになった。
 体中の熱がそこに集まったかのように張ってきて、感覚がガラリと変わった。

 そしてひらめいた。
 シャワーのほうもこれでいけるはず。

 いけた。

(あうう……)

 刺激がものすごく強くなっている。
 目をつぶるとイメージが鮮明になって、なおすごい。
 シャワーのお湯でぞくりとするほどの感覚だ。

 美詠は目を閉じたまま彼の姿をイメージした。

 拓斗がシャワーを持って、イジワルな顔でそこにお湯を当てている。
 自分は何も抵抗させてもらえない。脚を開いたままじっとしていないといけない。

(あ……だめ……)

 頭がぼんやりしてきた。
 その時である。

「みよみ、いつまで入ってるのっ。お湯ずっと出しっぱなしで!」

 扉の外から静江の怒声。
 美詠は床にお尻を滑らせそうになるほど驚いた。
「もう出るの」と、気弱な声で返事する。

「さっさとしなさいね。宿題まだなんでしょ」
「うん……」

 静江は洗剤の替えか何かを取りに来たらしい。
 脱衣所の棚をごそごそやってから出ていった。

 美詠は「はぁ……」と深いため息をついた。
 気持ちがすっかり下がってしまった。
 なんでいつもああいうタイミングで現れるのだろう。

 お風呂を出て部屋に戻る。
 いちおう机に向かったが、やっぱりすぐには宿題をやる気になれない。
 それっぽく漢字ドリルを開きながら、こっそりジョイキャッチをONにする。

 するとトップ画面に見慣れないお知らせが届いていた。
 メッセージボックスに新着が一件入っている。

 中身を見て美詠は心臓が飛び上がるほど驚いた。

《タクトだけど、ミヨミちゃんで合ってる?》

 たっくんもゲーム買ってもらったんだ!
 美詠はすぐに理解した。

 ジョイキャッチはネットワークを介してユーザー同士で交流がもてるのである。
 一緒にプレイをしたときの美詠のユーザー名を拓斗は憶えていたのだ。

 急いで返信すると拓斗からまたメッセージがきた。
 彼もちょうど今、向こう側にいるのである。
 内容は簡潔だ。

《合っててよかった。フレしようぜ》

 うん!
 美詠は心の中で大きな返事をした。
 ハートマークをいっぱい付けてそれを返信した。
 すると、見られたら恥ずかしいからやめてくれと返ってきた。
 ”はあい”と書いて一個だけ付けて返信した。

 苦笑う彼とのフレンドユーザー登録はすぐに済んだ。
 これでつながりはバッチリだ。
 メッセージはすぐに送れるし、お互いのオンライン状況も分かるし、もちろん一緒にゲームだってできるのだ。

(やったあ!)

 美詠はもう拓斗のことを忘れて日々を過ごす必要がなくなった。
 彼からまたメッセージが届いている。

《スマホ買ってくれないならゲーム機買ってくれって言ってねばったら買ってくれたんだよ。てことでヨロシクな!》

 言われなくても分かってた。
 けれどもせっかく教えてくれたことだから、美詠も知らないふうにして答える。

《そうだったんだ。よろしくね!》

 初めて彼を紹介された時もこんなだった。

 宿題を手早く済ませた美詠は、拓斗とまた少しやり取りしてから布団に入った。
 布団の中で初めて自分で自分を触って絶頂に達した。
 とても満ち足りた気分で眠りについた。

 それから約一年の後――。

 七月に入ってすぐ、学校で七夕飾りを作る時間があった。
 毎年同じものを同じように作るのである。

 できあがった飾りは願いを書いた短冊と一緒に昇降口の笹を飾った。
 笹には色の違う短冊がたくさん吊るされていて鮮やかだ。

 その中には美詠の短冊ももちろんある。
 少し変わった願いが書かれている。
 それを見つけた連中が騒ぎたてた。

「あははは。こんなの書いてどうすんだよ」
「うおー、マジだ。なんだこれ」
「すげーロマンチックじゃん。これは晴れる」

 彼らがあんまりうるさいので、下級生たちの注目を引いている。

 美詠は頬を膨らませた。
 言い返してやろうとしたまさにそのとき、

「あんたたち、そういうこと言うとコノハナサクヤの呪いにかかるんだからねっ」

 友達が一喝して黙らせた。
 耳慣れない謎の単語が妙な説得力をもっている。
 騒いだ連中は「呪い怖ぇぇぇ」と捨て台詞を吐いて全員逃げた。

「ありがとう」
「ううん、いいよ。ミヨちゃんのこれいいよね。私は好きだな」
「ほんと? 嬉しい」

 二人の前に下がる短冊にはこう書いてある。

 ――オリヒメとヒコ星が今年も会えますように――

 そして飾りつけから一週間が経ち、
 給食でそうめんと色鮮やかな星形の練り物が出た日の夜、
 ジョイキャッチに拓斗からのメッセージが届いた。

《父さんが来月の飛行機の予約取ったって》

 こちらへ来る日付もきちんと書いてある。
 美詠はすぐカレンダーに大きな赤い丸をつけた。 
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