二人の火照り遊び

山之辺アキラ

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1章

29.ほどこされた印

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 突然、拓斗はシャツを脱いだ。
 ハーフパンツも脱いだ。
 ついでのようにソックスも脱いで、グレーのボクサーパンツ一枚だけになった。

「え……たっくん、なんで……?」

 寝ていた体を起こした美詠は、たっくんだ――と、瞬間的に感じた。

 拓斗の身体はしなやかだが優しすぎず、自然だった。
 顔や性格、声に仕草、そうした彼の全てと違和感なく重なった。
 身体だけ見ても彼は彼だった。

「脱いだほうが気持ち良さそうだし」

 均整の取れた体つきの少年は何でもないことのような顔で、けろりと言った。
 ご褒美の残り二つはキスと抱っこ。
 だからそこは美詠も納得できる。でも一つだけ分からない。

「まだなんかするのかなって思っちゃった。でも、たっくんはいいの?」
「なにが?」
「だって脱がないって言ってたのに」
「エロいことすんの終わったし、脱いだって別にいいよ。みよみちゃんも裸だし」
「どういうこと? 脱いだらエッチでしょ?」
「二人で脱いだらおあいこじゃん。楽しそうだけどエッチじゃないよ」
「ふーん」

 分かるような、分からないような。
 美詠は首をかしげる。
 それを見て拓斗も首をかしげる。

「みよみちゃんは違うの?」
「私はたっくんが脱いでもドキドキするよ」
「へー。じゃあ俺にも脱いで欲しかったのに我慢してた?」
「そうじゃないけど……」
「違うの? もし俺がずっと脱がなかったらどうする?」
「それでも別にいいよ」
「ふーん」

 分かるような、分からないような。
 拓斗は首をかしげる。
 それを見て美詠は笑った。

「私はたっくんがやることなら何でも好きだよ」
「なんだよー」

 拓斗も笑った。

「俺はパンツは脱がないぞ」
「あ、そう言われるとエッチ」
「イジワルに聞こえるから?」
「うん」
「あはは」

 拓斗はご褒美をあげたくて仕方ないといった顔をした。
 座布団にぺたんと座る美詠に言う。

「みよみちゃん。俺が座布団に座るから俺の脚の上に座ってよ」
「はあい」

 二人は向かい合って座りなおした。
 さっき少し汗がにじんでいた肌は、いつの間にか乾いてさらさらしている。

 美詠は初めて見た拓斗の素肌をまぶしく感じた。
 脱いでも脱がなくてもいいと言ったのは本心でも、これは思わぬご褒美だった。
 彼の匂いを含んだシャツにしがみつくことは、それはそれで魅力的でも、シャツと素肌どっちか選ぶとしたら、少なくとも今は素肌だった。

 美詠は拓斗の肩に手をのせた。
 もう抱きついていいのか迷っていると、彼の笑った口が白い歯を見せた。

「さっき俺、みよみちゃんの肩にキスするとこだったよ」
「いつ?」
「ボールで遊んでたとき。ご褒美になっちゃうから我慢したけど」
「そうなんだ。なんで肩なの?」
「みよみちゃん頑張ってたし」
「なにを?」
「ボール落とさないようにってさ」
「えー?」

 もっと頑張れって言ってたくせに?
 美詠は少し渋い顔をしてみせる。
 すると、さっきの傲慢な王様は「ずっと頑張ってんの分かってたし」と晴れやかに笑った。

「なあんだあ」

 美詠は首に抱きついた。またあの良い匂いがした。
 どこからと思えば髪の生え際だ。後ろ頭がとくに爽やか。
 そこに鼻を近づけたくて首を伸ばす。

「みよみちゃんはほんと可愛いなー」
「うふふ。たっくんも優しくてかっこいいよ」
「今日ずっといじめてたじゃん。俺、エロいの好きだし」
「じゃあ、いじわるでエッチで優しくてかっこいいよ」
「おかしいだろ」

 肩が揺れた。
 少し日に焼けた首まわりの肌に、力のこもった筋肉が浮く。
 美詠はそこに頬ずりした。心地よくすべった。

「みよみちゃん」
「ん」
「キスしようよ」
「う、うん」

 ゆるゆるにゆるんだ頬を上げると目尻を優しくほころばせた笑顔が待っていた。
 美詠は彼と目を合わせたが、なかなか来ないので目をそらせた。
 それでも来ないので目を戻すと、やっぱり同じ笑顔が待っていた。

「そんなに見られると恥ずかしい」

 つきたてのお餅のようなほっぺたに朱色の照れが一滴さした。
 すると拓斗の手がそれを取った。

「みよみちゃんの顔つかまえた」
「あう」
「逃げられないね」
「……うん」

 拓斗は唇を近づけた。
 美詠は目をつぶった。

 うるんだ薄皮が当たって、すぐにやわらかな厚みへと変わった。
 厚みから広がる温もりが、胸の奥までじんわり沁みる。

 二人は唇を離して抱きあった。
 美詠は腰をさらに前へ。開いた脚ごと拓斗にすりつく。
 拓斗も美詠の体を抱き寄せた。

 胸と胸。おなかとおなか。腰と腰。
 くっつき合う肌に胸がときめく。
 からませ合った腕に心が安らぐ。
 ときめきと安らぎ。ふたつを行き来する気持ちのシーソー。
 時間の進みが今は早い。

「たっくん」
「ん」
「来年もまたこっちに来る?」
「来るよ」
「絶対来てね。待ってるから」
「分かった。遊びに来るよ」

 抱き合いながら交わした言葉は、お互いの心に深く響いた。

 二人は頭を起こしあった。
 相手の顔を見て、二人で一緒に安心して、二人で一緒に微笑んだ。

「うふふ。ずっと恋人だからね」
「ずっと恋人だよ。みよみちゃんは俺のだよ」
「うん。私はたっくんのものだから、たっくんも私の王様でいてね」
「いるいる。あはは」

 畳の上でジョイキャッチの画面が暗くなった。
 バッテリーが切れかけていた。
 拓斗があと30分ぐらいと言ってから40分以上が経っている。
 時間大丈夫?と美詠が聞くと、大丈夫だよと彼は笑った。

 二人は服を着た。
 洗面所に寄って髪を整え、タオルを戻し、手をつなぎながら玄関まで歩いた。
 拓斗は靴を履いて振り返る。

「楽しかったよ」
「私も楽しかったよ。今日はありがとう」
「こちらこそ。みよみちゃんは明日の昼間っている? 帰るとき声かけるよ」
「いるけど、でも私たちがすっごい仲良しってみんなにバレちゃわない?」
「もうバレてるよ。遊びに来てんだから。堂々と仲良くしようぜ」
「そうだねっ。じゃあ声かけてね」
「おう」

 元気よく言葉を切った顔はやはり少年のものだった。
 しかし爽やかなだけだった最初の笑みは、もう違う。
 大人には見抜けない妖しい眼光が宿っている。

 それに当てられる美詠の笑みも前と違った。
 薄いピンクを含ませた西洋紫陽花アナベルはかすかな香りを帯びた。
 許した人にだけ宛てたメッセージが唇に小さく灯った。
 宛名の人は気がつかなかったが、彼の無意識はそれをきちんと受け取った。

「もう一回」

 拓斗は唇を近づける。
 美詠はちらりと玄関の鍵を確認してから彼を受け入れた。
 はたから見れば無邪気な子供のキスも、二人にとっては大人の深いキスだった。
 二人は離れて、また笑う。

「こんなとこでチューしちゃった」
「しちゃったよ。いいことするから手を後ろにやって」
「えー、なにするの」

 美詠は笑いながら手を背中にまわして組んだ。
 スカートのプリーツが少し揺れた。

 めくられるんだ。
 美詠はドキリとしたが、それでは済まなかった。
 ホックをはずされ、ファスナーをおろされた。
 スカートは足元にストンと落ちた。

 拓斗の手はまだ止まらない。
 白のショーツを、なんのためらいもなく股下までおろした。

「きゃっ」

 驚いて思わず膝が下がった。美詠はそれをすぐに戻した。
 拓斗のやることなら受け入れなければならなかった。
 体もそれを受け入れて、花が彼のための蜜をためた。

 薄いピンクのTシャツと、太ももでよじれたショーツの間に愛らしい割れ目が見えている。
「やっぱりここも」と言った唇が重なった。

「あ……」

 美詠はつい腰を引いてしまった。
 すると二つの手がお尻をむんずと掴んだ。
 お尻ごと前に引き戻された。

「はう」

 逃げ道のふさがれた下腹部に拓斗の顔がうずまった。
 蜜を吸い出すミツバチのように、唇がチューっと割れ目を吸う。

「ああー……」

 美詠は口みたいだなと言っていた彼の言葉を思い出した。
 自分のそんなところまでキスの対象になったことを知った。

 唇が離れると今度はそこに人差し指が当てられた。
 指は割れ目を下へなぞってから周りに円を描いた。
 印を描き終えて拓斗の顔があがった。涼しげな目がにっこり笑う。

「俺の」

 美詠は耳まで赤くなった。
 夕陽のように真っ赤に焼けた。
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