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序章
10.二人が出逢った青い夏の日 ◆
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横を向く美詠の足首をとって拓斗は脚を片方ずつ肘掛けから下ろした。
ふくらはぎの細い、軽い脚だ。肘掛けに当たっていた所が少し赤くなっている。
下ろしたかかとを畳の上でそろえると足の甲が冷えていた。
ミルクで洗ったような足だ。拓斗が足を手で包んでなでると、それにこそばゆさを感じた足の指が動いた。
「あ、ありがと」
美詠は顔を戻して膝を気持ち曲げた。包む手から足が離れる。
「お礼を言われるのもなんか変だな」
拓斗は笑う。
「足おろしてくれたから」
「やったの俺だよ。膝の後ろ赤くなっちゃったなー、ごめん」
美詠はうまく返事ができなかった。さっきまで有無を言わさない語り方をしていた拓斗の口が、今はどうしたことか、その気配を感じさせない。
「怒った?」
黙る美詠に首をかしげている。
「……ううん」
否定すると「なら良かった」と顔がまた笑った。
「少し足マッサージするよ」
「え、悪いからいい。平気だよ」
「評判いいよ、俺のマッサージ。やらせてよ」
「そ、そう? じゃあ、うん」
「よし、力抜いて」
顔が張りきっている。手がウズウズしている。
それを見て美詠もつい笑ってしまった。
美詠が力を抜くと、片方のかかとを持ち上げられて、足先をくいっと反らされた。
固まっていた足の筋が伸びていく、じんわりと。
「あ~……気持ちいい……」
「だろー」
足ばかりか背筋をとおって頭まで伸ばされていく感じを美詠は受けた。評判が良いというのもうなずける話だった。学校の先生にやったら「いいね」のシールを全種類もらえそうな心地の良さだ。
学校でやってるのかなと美詠はふと思って尋ねる。
「誰に評判いいの?」
「かあちゃんと、じいちゃん」
「あは。仁島さんは? えっと、おばあちゃん」
「ばあちゃんは、しないでいいって言うんだよ。恥ずかしいんじゃないかな」
伸ばす足が入れ替えられる。じんわりと筋が伸びていく。
美詠は拓斗の想像した理由に「あ~」と納得した。これを仁島さんが断るなら美詠にも他の理由が思い浮かばない。心地よさ混じりで口が二回ぶん笑った。
すると拓斗の口もますます笑いだした。また白い歯を見せている。
「父さんも、ばあちゃんと似ててさ、やらないでいいって絶対言うんだよな」
「へええ、お父さんも恥ずかしいとか。あ、たっくんって、お父さんのことは“父さん”って言うんだね」
「父さんは父ちゃんって感じじゃないなー。たぶん見たらわかるよ」
「へーへー」
マッサージの手が足の裏を揉みだした。足の指先、指の付け根、足の裏の筋肉。
「あ~、気持ちいい~~」
「そうだろー。俺も気持ちいいよ」
「へえ?」
「女の子の足ってこうなんだなー」
「こうって?」
「なんていうか、すげー良い感じ」
「よくわかんないけど」
男の子も女の子にいろいろ感じるんだと知って美詠は肩で笑ってしまった。
「ねえ、たっくん」
「ん?」
「……さっきは何であんなにイジワルだったの?」
「エロいことしてたとき?」
「うん」
「うーん」
マッサージが、ふくらはぎから足首までの間に移る。
「なんだろーな、意地悪したくなっちゃったんだよな。エロい気分のせいかな。今は意地悪したいとか思わないけど……あーでもみよみちゃんのソコ見てたら、やっぱりまたやりたくなってくるな」
目線が“ソコ”をなでている。
美詠は太ももをすり合わせた。
「やぁん、もう。でも、そうなんだ」
「そうそう。みよみちゃんが可愛いせいだよ」
「えー!?」
「可愛いから意地悪したくなるんだよ」
「うわぁ……」美詠は顔を覆った。
拓斗の手がふくらはぎから膝へ移る。今度は膝から太ももにかけてを揉んでいる。
「まあ意地悪すぎたらごめん」
「別に……」
美詠はそれ以上の言葉が出なかった。
揉む手を休めずに拓斗は言う。
「今日のことは二人の秘密にしような」
「二人の秘密?」
「そうそう、二人だけの秘密。誰にも内緒でさ」
言われなくても内緒にはなる話。けれども――。
「そっかぁ……」
美詠は顔から胸に手を下げた。心臓が高鳴ったり落ち着いたりと大忙しに動いている。「わかった、いいよ~。二人の秘密ね」と答えた声は、ほがらかになった。
こうなったらついでにもう一つ。美詠は気になったことを聞いてみた。
「ねえ、たっくんは私のどこが可愛いって思うの」
「全部」
「へえっ!?」
「最初見たとき可愛いなーって思ったけど、遊んでみたらもっと可愛くて、今はなんかもう全部かなー」
「ええええええ!?」
美詠は手で胸をぎゅーっとおさえた。膝も曲がってしまった。
「どんだけ驚くんだよ」
笑いながら膝を真っすぐに戻される。マッサージはまだ続く。
「ええーっ! だって……ええーーっ?」
「いやいや」
「こんなの言われたことないもん」
「ウソだろー」
ごく普通のことを言っただけ、という顔が美詠を見た。
学校の違い、住む地域の違い、男子女子の違い、そういったものをさらに飛び越えた違いを美詠に感じさせる顔だった。
「ウソじゃないよ。ほんと! ほんと!」
美詠は首をぷるぷる振った。おおげさな身振りをしても、ちっともわざとらしさを自分に感じなかった。拓斗の肩から上だけが今は世界のすべてだった。
「学校でも言われないの?」
不思議そうに拓斗は言う。
「学校でだよお。そんなこと言われたことない」
「ふーん、変わってんなー」
「たっくんが変わってるんだよ。男の子だれもそんなこと言わないよ」
「そうか? じゃあ、みよみちゃんはどう言われてんの」
「えー……」
あまり良い思い出が美詠にはない。口の中が渋くなって、とんがった。
「藍川うるさいとか……言われるよ。人を犬みたいにシッシッてやるし」
とたんに拓斗が大笑いした。マッサージをやめて、顔を天井へ向けて笑っている。
なんでそんなに笑うのかがわからなくて、美詠は頬をふくらませた。
それを見た拓斗の手が背もたれを叩く。
「愛されキャラじゃん、みよみちゃん」
「ぜーーーったい、違うと思うーー。そういうのじゃないもん」
「違わないって。みよみちゃんぐらい可愛い子って、ほかに見たことないよ、俺」
「えーー、ウソだあ」
「ほんとだって。顔だろー、声だろー、性格だろ、反応だろ、身体だろ……あー、いじめたくなるなー」
「あああああああ、やめてえええええ」
美詠は叫んだ。
拓斗は笑い崩れた。美詠の腰の脇に手をついて、座布団を凹ませながら、のしかかるような近さで笑っている。
「ううーー……」
泣いてしまいそうなまぶたを美詠は押しとどめた。
自分の感情に気づくよりも先に目が勝手に反応した。
その目を見られているものだから、美詠は苦し紛れの時間稼ぎを口に含んで、笑いっぱなしの顔に言い放った。
「たっくんって、さては私のこと好きでしょ」
男子はたじろいで逃げていくか、言い返してくるかの言葉だ。
しかし拓斗はうなずいた。
「好きだよ」
「え…………」
「好きになっちゃったよ」
「え、好きって……そういう好き?」
「そういうって?」
「えっと……恋人になるやつ……」
「そうそう。その好き」
「う……そ…………」
美詠は口に手をあてた。
肩が上がって髪が揺れた。
内巻きの毛先が喉をなでた。
「ああああああ……」
指のあいだから涙が一滴、はらりとこぼれてキャミソールに落っこちた。
「うわっ。みよみちゃん、なんで」
拓斗は体を起こして顔を寄せた。
美詠は違う、違う、と首を振る。
「私も、たっくんが好き」
「マジか。じゃあ俺たち両想いじゃん」
「両想いだあ……」
「びっくりした。泣かせたかと思った。いや、泣かせたのか」
「ごめーん……」
「いいって、いいって。あー、嬉しいな」
「うん……うん……」
「とりあえず目、ふこう」
拓斗はポケットに手を突っこんだ。
しかし、あるはずのハンカチが今日は入っていなかった。
別のポケットを探ると、丸めたティッシュが空っぽの袋ごと指に当たった。
しかたなく彼は自分の半袖シャツに手を突っこんだ。
「なかったから、これで」
美詠の顔に大きなハンカチがかぶさった。
ふんわり軽いポプリン生地。
晴れた今日の夏空を、めいっぱい含んだような水色と肌触り。
仁島家でよく使う柔軟剤の残り香に、拓斗の匂いが混ざっている。
「あ……」
美詠の頬を指が触った。
布地の向こうで拓斗の手が頬にかかっている。もう一つの手が顔の反対側をおさえている。
美詠は目を閉じて自分で涙をふいた。シャツをちょっと引っ張って、目に当てた。
「もう平気、ありがとう」
「OK」
水色のハンカチがシャツに戻った。
「ティッシュがなくてさ」と言っている。
美詠はガラステーブルのほうを指で差した。方向は合っているはずだった。
「柱に……かかってる……」
「あっ、あれか。しまったなー」
「いいよお……」
ふぅ、と息をつき、一人で涼し気に戻った顔を引き上げて、拓斗は畳に座りなおした。
指に触れたショーツをさりげなく美詠から遠ざけている。
「ねぇ、たっくんって……」
「うん?」
「……エッチだよね」
「みよみちゃんには黙ってたけど俺エロいんだよ。いやだ?」
本気か冗談か美詠にはよくわからないことを彼は言う。
「別にいいけど。もう恋人だし」
「恋人だなー」
「じゃあ、あれしよ」
「あれって?」
「ほら、これ」
美詠は自分の指と指をくっつけてみせた。
「キス」
いいねと拓斗はうなずいた。
「しようか。あんまりしたことないからよく分かんないけど」
「あんまりって? 誰かとしたことあるの?」
「あー、どうかな。うーん」
「そっか……たっくんは初めてじゃないんだ……」
「いや、ほらさっき」
「さっき……?」
美詠は考える。
結果、おでこまで赤くなった。
「あれキスじゃないから! 違うから!」
「あれは違うのか」
「違う違う違うっ。ぜったい違うから! 当たっただけだから!」
「結構長くくっついてたけど」
「もーーーっ!」
美詠は目をつぶって股に手をはさんだ。太ももでぎゅーっと挟みこんだ。
ムードを台無しにしてくれた声が「なら俺も初めてだよ」と答えている。
「ははははは」
「なんで笑うの。やっぱりたっくんはイジワルだよね」
「大丈夫だよ、みよみちゃんのことしかイジメないから。嫌いになった?」
「ならないけど!」
「ははははは」
拓斗は笑いながら美詠を手招く。
「みよみちゃん、前にきて。やりづらいから」
「このへん?」
「そうそう」
座椅子に浅く座りなおした美詠に、拓斗はまたがって体を寄せた。
水色のシャツが下にたれて美詠の身体に触れている。
「わ。たっくん、これ近い」
「近くなきゃできないじゃん」
「そうだけど、ちょっと待って……」
「どうして」
「ドキドキして震えそう」
「俺もしてるから大丈夫」
「でも待って、もうちょっと」
美詠は胸に手を重ねた。
深呼吸。大きく吸って、大きく吐く。
いいよと言おうとして顔をあげた瞬間、
(あ~~っ)
美詠は唇に襲われた。
ふくらはぎの細い、軽い脚だ。肘掛けに当たっていた所が少し赤くなっている。
下ろしたかかとを畳の上でそろえると足の甲が冷えていた。
ミルクで洗ったような足だ。拓斗が足を手で包んでなでると、それにこそばゆさを感じた足の指が動いた。
「あ、ありがと」
美詠は顔を戻して膝を気持ち曲げた。包む手から足が離れる。
「お礼を言われるのもなんか変だな」
拓斗は笑う。
「足おろしてくれたから」
「やったの俺だよ。膝の後ろ赤くなっちゃったなー、ごめん」
美詠はうまく返事ができなかった。さっきまで有無を言わさない語り方をしていた拓斗の口が、今はどうしたことか、その気配を感じさせない。
「怒った?」
黙る美詠に首をかしげている。
「……ううん」
否定すると「なら良かった」と顔がまた笑った。
「少し足マッサージするよ」
「え、悪いからいい。平気だよ」
「評判いいよ、俺のマッサージ。やらせてよ」
「そ、そう? じゃあ、うん」
「よし、力抜いて」
顔が張りきっている。手がウズウズしている。
それを見て美詠もつい笑ってしまった。
美詠が力を抜くと、片方のかかとを持ち上げられて、足先をくいっと反らされた。
固まっていた足の筋が伸びていく、じんわりと。
「あ~……気持ちいい……」
「だろー」
足ばかりか背筋をとおって頭まで伸ばされていく感じを美詠は受けた。評判が良いというのもうなずける話だった。学校の先生にやったら「いいね」のシールを全種類もらえそうな心地の良さだ。
学校でやってるのかなと美詠はふと思って尋ねる。
「誰に評判いいの?」
「かあちゃんと、じいちゃん」
「あは。仁島さんは? えっと、おばあちゃん」
「ばあちゃんは、しないでいいって言うんだよ。恥ずかしいんじゃないかな」
伸ばす足が入れ替えられる。じんわりと筋が伸びていく。
美詠は拓斗の想像した理由に「あ~」と納得した。これを仁島さんが断るなら美詠にも他の理由が思い浮かばない。心地よさ混じりで口が二回ぶん笑った。
すると拓斗の口もますます笑いだした。また白い歯を見せている。
「父さんも、ばあちゃんと似ててさ、やらないでいいって絶対言うんだよな」
「へええ、お父さんも恥ずかしいとか。あ、たっくんって、お父さんのことは“父さん”って言うんだね」
「父さんは父ちゃんって感じじゃないなー。たぶん見たらわかるよ」
「へーへー」
マッサージの手が足の裏を揉みだした。足の指先、指の付け根、足の裏の筋肉。
「あ~、気持ちいい~~」
「そうだろー。俺も気持ちいいよ」
「へえ?」
「女の子の足ってこうなんだなー」
「こうって?」
「なんていうか、すげー良い感じ」
「よくわかんないけど」
男の子も女の子にいろいろ感じるんだと知って美詠は肩で笑ってしまった。
「ねえ、たっくん」
「ん?」
「……さっきは何であんなにイジワルだったの?」
「エロいことしてたとき?」
「うん」
「うーん」
マッサージが、ふくらはぎから足首までの間に移る。
「なんだろーな、意地悪したくなっちゃったんだよな。エロい気分のせいかな。今は意地悪したいとか思わないけど……あーでもみよみちゃんのソコ見てたら、やっぱりまたやりたくなってくるな」
目線が“ソコ”をなでている。
美詠は太ももをすり合わせた。
「やぁん、もう。でも、そうなんだ」
「そうそう。みよみちゃんが可愛いせいだよ」
「えー!?」
「可愛いから意地悪したくなるんだよ」
「うわぁ……」美詠は顔を覆った。
拓斗の手がふくらはぎから膝へ移る。今度は膝から太ももにかけてを揉んでいる。
「まあ意地悪すぎたらごめん」
「別に……」
美詠はそれ以上の言葉が出なかった。
揉む手を休めずに拓斗は言う。
「今日のことは二人の秘密にしような」
「二人の秘密?」
「そうそう、二人だけの秘密。誰にも内緒でさ」
言われなくても内緒にはなる話。けれども――。
「そっかぁ……」
美詠は顔から胸に手を下げた。心臓が高鳴ったり落ち着いたりと大忙しに動いている。「わかった、いいよ~。二人の秘密ね」と答えた声は、ほがらかになった。
こうなったらついでにもう一つ。美詠は気になったことを聞いてみた。
「ねえ、たっくんは私のどこが可愛いって思うの」
「全部」
「へえっ!?」
「最初見たとき可愛いなーって思ったけど、遊んでみたらもっと可愛くて、今はなんかもう全部かなー」
「ええええええ!?」
美詠は手で胸をぎゅーっとおさえた。膝も曲がってしまった。
「どんだけ驚くんだよ」
笑いながら膝を真っすぐに戻される。マッサージはまだ続く。
「ええーっ! だって……ええーーっ?」
「いやいや」
「こんなの言われたことないもん」
「ウソだろー」
ごく普通のことを言っただけ、という顔が美詠を見た。
学校の違い、住む地域の違い、男子女子の違い、そういったものをさらに飛び越えた違いを美詠に感じさせる顔だった。
「ウソじゃないよ。ほんと! ほんと!」
美詠は首をぷるぷる振った。おおげさな身振りをしても、ちっともわざとらしさを自分に感じなかった。拓斗の肩から上だけが今は世界のすべてだった。
「学校でも言われないの?」
不思議そうに拓斗は言う。
「学校でだよお。そんなこと言われたことない」
「ふーん、変わってんなー」
「たっくんが変わってるんだよ。男の子だれもそんなこと言わないよ」
「そうか? じゃあ、みよみちゃんはどう言われてんの」
「えー……」
あまり良い思い出が美詠にはない。口の中が渋くなって、とんがった。
「藍川うるさいとか……言われるよ。人を犬みたいにシッシッてやるし」
とたんに拓斗が大笑いした。マッサージをやめて、顔を天井へ向けて笑っている。
なんでそんなに笑うのかがわからなくて、美詠は頬をふくらませた。
それを見た拓斗の手が背もたれを叩く。
「愛されキャラじゃん、みよみちゃん」
「ぜーーーったい、違うと思うーー。そういうのじゃないもん」
「違わないって。みよみちゃんぐらい可愛い子って、ほかに見たことないよ、俺」
「えーー、ウソだあ」
「ほんとだって。顔だろー、声だろー、性格だろ、反応だろ、身体だろ……あー、いじめたくなるなー」
「あああああああ、やめてえええええ」
美詠は叫んだ。
拓斗は笑い崩れた。美詠の腰の脇に手をついて、座布団を凹ませながら、のしかかるような近さで笑っている。
「ううーー……」
泣いてしまいそうなまぶたを美詠は押しとどめた。
自分の感情に気づくよりも先に目が勝手に反応した。
その目を見られているものだから、美詠は苦し紛れの時間稼ぎを口に含んで、笑いっぱなしの顔に言い放った。
「たっくんって、さては私のこと好きでしょ」
男子はたじろいで逃げていくか、言い返してくるかの言葉だ。
しかし拓斗はうなずいた。
「好きだよ」
「え…………」
「好きになっちゃったよ」
「え、好きって……そういう好き?」
「そういうって?」
「えっと……恋人になるやつ……」
「そうそう。その好き」
「う……そ…………」
美詠は口に手をあてた。
肩が上がって髪が揺れた。
内巻きの毛先が喉をなでた。
「ああああああ……」
指のあいだから涙が一滴、はらりとこぼれてキャミソールに落っこちた。
「うわっ。みよみちゃん、なんで」
拓斗は体を起こして顔を寄せた。
美詠は違う、違う、と首を振る。
「私も、たっくんが好き」
「マジか。じゃあ俺たち両想いじゃん」
「両想いだあ……」
「びっくりした。泣かせたかと思った。いや、泣かせたのか」
「ごめーん……」
「いいって、いいって。あー、嬉しいな」
「うん……うん……」
「とりあえず目、ふこう」
拓斗はポケットに手を突っこんだ。
しかし、あるはずのハンカチが今日は入っていなかった。
別のポケットを探ると、丸めたティッシュが空っぽの袋ごと指に当たった。
しかたなく彼は自分の半袖シャツに手を突っこんだ。
「なかったから、これで」
美詠の顔に大きなハンカチがかぶさった。
ふんわり軽いポプリン生地。
晴れた今日の夏空を、めいっぱい含んだような水色と肌触り。
仁島家でよく使う柔軟剤の残り香に、拓斗の匂いが混ざっている。
「あ……」
美詠の頬を指が触った。
布地の向こうで拓斗の手が頬にかかっている。もう一つの手が顔の反対側をおさえている。
美詠は目を閉じて自分で涙をふいた。シャツをちょっと引っ張って、目に当てた。
「もう平気、ありがとう」
「OK」
水色のハンカチがシャツに戻った。
「ティッシュがなくてさ」と言っている。
美詠はガラステーブルのほうを指で差した。方向は合っているはずだった。
「柱に……かかってる……」
「あっ、あれか。しまったなー」
「いいよお……」
ふぅ、と息をつき、一人で涼し気に戻った顔を引き上げて、拓斗は畳に座りなおした。
指に触れたショーツをさりげなく美詠から遠ざけている。
「ねぇ、たっくんって……」
「うん?」
「……エッチだよね」
「みよみちゃんには黙ってたけど俺エロいんだよ。いやだ?」
本気か冗談か美詠にはよくわからないことを彼は言う。
「別にいいけど。もう恋人だし」
「恋人だなー」
「じゃあ、あれしよ」
「あれって?」
「ほら、これ」
美詠は自分の指と指をくっつけてみせた。
「キス」
いいねと拓斗はうなずいた。
「しようか。あんまりしたことないからよく分かんないけど」
「あんまりって? 誰かとしたことあるの?」
「あー、どうかな。うーん」
「そっか……たっくんは初めてじゃないんだ……」
「いや、ほらさっき」
「さっき……?」
美詠は考える。
結果、おでこまで赤くなった。
「あれキスじゃないから! 違うから!」
「あれは違うのか」
「違う違う違うっ。ぜったい違うから! 当たっただけだから!」
「結構長くくっついてたけど」
「もーーーっ!」
美詠は目をつぶって股に手をはさんだ。太ももでぎゅーっと挟みこんだ。
ムードを台無しにしてくれた声が「なら俺も初めてだよ」と答えている。
「ははははは」
「なんで笑うの。やっぱりたっくんはイジワルだよね」
「大丈夫だよ、みよみちゃんのことしかイジメないから。嫌いになった?」
「ならないけど!」
「ははははは」
拓斗は笑いながら美詠を手招く。
「みよみちゃん、前にきて。やりづらいから」
「このへん?」
「そうそう」
座椅子に浅く座りなおした美詠に、拓斗はまたがって体を寄せた。
水色のシャツが下にたれて美詠の身体に触れている。
「わ。たっくん、これ近い」
「近くなきゃできないじゃん」
「そうだけど、ちょっと待って……」
「どうして」
「ドキドキして震えそう」
「俺もしてるから大丈夫」
「でも待って、もうちょっと」
美詠は胸に手を重ねた。
深呼吸。大きく吸って、大きく吐く。
いいよと言おうとして顔をあげた瞬間、
(あ~~っ)
美詠は唇に襲われた。
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